―白薔薇さんち。(乃梨子・志摩子・聖)






   端的に、一言で、言えば。


   いけ好かない。





   それ以上に的確な言葉は真面目に見つからない。

   なので今度。

   千葉に戻った時にでもアレを買ってきて押し付けてやろうか。

   寧ろ、大きく振り被って、おまけに故沢村栄治並に足を上げて、投げつけてやるのもありかもしれない。

   千葉県民なら誰でも知っていよう、あの黄色くて、気付いたらいつのまにかでっかい会社に吸収されていたアレ。

   祐巳さまなら案外喜んでくれるかもしれないけど、ヤツにとってはまっことキツイものになるであろうアレ。

   勿論、嫌がらせ以外の何でもない。

   いっそ、鼻から噴出せば良い。

   加糖練乳の凄まじさをとくと思い知るが良いさ。

   と、お姉さまからヤツは甘いものが苦手とか言う全く持って有難く無い情報を得た時に、ふと、割と本気で然う思った。

   うん。

   我ながらなんて腹黒なんでしょう。

   と言うか自分のお腹の中がこんなに黒くなったのも清清しいまでにヤツのせいだと言い切ってやろうかと思う今日この頃。

   ああ。

   本気でムカツくんですけど、どうしてくれよう。

   つかあんた卒業したんでしょう何ヘラヘラと笑いながらお姉さまの前に姿を現すかなと言うか触るな綺麗な誰よりも綺麗なお姉さまに触るってくれるな。

   ああ。

   いっそ、妹に頼んで送ってもらうか、アレを。

   そうしたら可愛い孫面、いやぶっちゃけかなり無理があるけど、贈り物と称して、やっぱりどこまでいっても無理があるけど、押し付けて…












   乃梨子?


   はい、お姉さま!


   どうしたの?さっきから何か上の空のようだけれど。


   あ、いえ、今日も良い天気だなぁ、と思って。


   然うね、良い天気ね。


   乃梨子ちゃん。


   …あ?


   や、何かあからさまに態度違くない?


   気のせいですよ、聖さま。










  ―討伐中・二(俺屍版・江利子)






   舞へ、鳳。





   其の声は静謐であり。
   荘厳でもある。



   そして其の振る舞いは何時見ても美しいと思う。



   蓉子の呼ぶ鳥は一族が呼ぶ鳥とは異なっていて。
   いや、紅
〈コウ〉血筋の鳥と其れ以外の、と言うべきだろうか。
   元々、紅とは其の名の如く、「火」を最も強く受け継いだ血筋なのだ。
   赤い髪、赤い目、そして赤い肌。
   其れが紅血筋の目にする事が出来る特徴であり、目に見えぬものはこうして心を具現化した時に初めて見る事が出来る。
   蓉子の場合、其れが最も顕著で。
   外見に紅血筋である特徴が全く無いくせに、いや、無いからだろうか。
   其の身に秘めているものは紅、焔そのもので。



   だからこそ、蓉子の鳥は美しいのだろう。
   歪みが全く無いから。



   蓉子の鳥を初めて見たのは然う、あの時。
   あの時は未だ、今よりも小さい鳥だったけれど。
   それでもあの頃の蓉子を思うと、鳥を呼んだ事が、陳腐な言い回しになるけれど、奇跡に近かったと思う。
   いや当時の能力を考えれば会得していて然るべきだった。
   特に蓉子は家の誰よりも努力を惜しまない人だったから。
   けれど実戦では一度も呼び出した事が無かった、火の鳥。
   火の術最高位の一つとなる其れを使うとなれば、当然、それなりの集中力を要する。
   へたをすれば極度の緊張で集中力を乱し、己の呼び出す其れに意識を持っていかれる可能性だって在り得た。
   しかもあの時はいつもの討伐とは違う状況で。
   家の者の家出。
   碌な準備もしないまま、着の身着のまま追いかけて。
   そして。



   気を呑まれてもおかしくなかったあの状況で。
   蓉子は鳥を呼んだ。
   静かな、けれど意志を示した声で。




   鳳、と。










  ―アルベド・1(聖・祐巳)






   突き刺さりそうな視線と、其処だけ気温が著しく下がってしまったような錯覚、
   そして、脳髄に直接響いてくるような低音と。



   それから。
   私は彼の人について何も知らなかった事に。







   やぁ、祐巳ちゃん。ごきげんよう。


   …ごきげんよう、聖さま。
   今日はどうされたのですか。


   いや、さ。
   祐巳ちゃんなら知ってるかな、と思って。


   …何を、でしょう。


   蓉子。


   …蓉子さまがどうかされたのですか。


   顔、見せなかった?


   …其れは。
   高等部に、と言う事ですか?
   それとも…


   場所なんて、何処でも良いよ。
   私が知りたいのは君は蓉子を見たかって事。


   …お見かけしていません。
   そもそも蓉子さまが高等部にいらっしゃる事自体、滅多にありませんから。


   祐巳ちゃんが三年生になってから殊更?


   …はい。
   寧ろ、大学の方に…。


   来てたら、来てないよ。


   …。


   そっか。
   可愛い孫にだったら姿を見せたかも知れないと思ったのに残念だったな。
   祥子も知らないって言うし。


   あ、あの。


   ん、何?


   蓉子さまがどうかされたのですか…?


   さっきと同じ問いだね。


   姿を見せたかも、て。
   其れはどういう意味なのですか。


   さぁ、どういう意味だと思う?


   蓉子さまは…。


   蓉子さ、逃げたんだよ。


   え…。


   ずっと一緒に居てくれるって言ったのに。
   約束を破ったんだ、蓉子は。


   蓉子さまは約束を破るような方ではありません。


   だけど破った。
   嘘吐きだったんだ。


   違います。
   蓉子さま、は…ッ?


   何が?
   何が違うの?
   じゃあなんで蓉子は私の前から消えたの?
   ねぇ、なんでよ。
   教えてよ、祐巳ちゃん。
   蓉子は何処へ行ったの?


   せ、せぃ、さ…ま…。


   傍に居てくれるって言ったのに。
   蓉子は…。


   く、くる…し…ぃ…。


   蓉子は…ッ


   せ…ぁ…ぁ…。


   …あぁ。


   ………げほ、げほッ


   ごめんね、祐巳ちゃん。
   君を苦しませるつもりじゃなかったんだ。


   せい…さ、ま…。


   ああ。
   何処に行ったんだろう、蓉子。


   聖…さま。


   ん、何。


   蓉子さまは、逃げるような方じゃ…無い、です。
   其れが…聖さまからだったら、尚の事。


   …。


   蓉子さまは、逃げません。
   嘘なんか、吐きません。


   まるで。
   分かったような事を言うんだね。


   …ッ


   君は、蓉子の何を知っているの。


   私は何も…聖さまが望む様な事は知りません。
   蓉子さまが何故、聖さまの前から居なくなったのか、も。
   だけど…。


   …祐巳ちゃん。


   はい。


   また、来るよ。


   …志摩子さんにはお会いになっていかれないのですか。


   今日は君に、会いに来たから。


   …分かりました。


   ごきげんよう、祐巳ちゃん。


   …ごきげんよう、聖さま。










  ―I’m home.(聖蓉)






   ただいま、蓉子。


   おかえりなさい。
   ご飯、丁度出来たところよ。


   うん、良い匂いがする。
   今日のごはんは…


   何だと思う?


   蓉子さんお得意の魚の煮付け。
   子持ちガレイ辺り。


   当たり。


   やった。
   じゃ、ご褒美の…む。


   はいはい。


   むー。


   外は寒かったでしょう?


   この中はあったかい。


   今は風邪が流行っているから。
   先ずは手洗いとうがいをして…


   よーうこ。


   …何よ。


   ご飯にする?お風呂にする?
   それとも私?とかって言ってみてよ。


   莫迦でしょう。
   放して。


   私は至極真面目なんですけど。


   でしょうね。
   けど、嫌。


   じゃあ、せめて。
   キスして。


   せめて?


   然う、せめて。


   ……。


   今日も頑張ったし。
   お帰りなさいのキスが欲しいな。


   お帰りなさいの…ね。


   蓉子。


   …少しだけ、だから。










  ―とある、病。(俺屍版:江利子・聖)






   「…帰りたい」


   「は?」




   また始まった。
   毎度の事ながら、内心、舌を打つ。
   言った本人の目は完全にあちらに飛んでいる。
   重症だ。
   これで本人には自覚が無いのだから、迷惑極まりない。


   一応断っておくけれど、今は討伐中。
   京を出て二週間、時はそれなりに費やしている。
   だからそろそろ始まるとは思っていたけれど。
   こうも予想通りだと、本気で面白くも何とも無い。
   初めこそからかい甲斐はあったけれど、今は全く持って無い。
   もう、全っ然、面白く無い。



   「蓉子に、逢いたい」


   「…蓉子ならあんたの心の中に居るでしょ」



   わーあ。
   自分で言ってて寒い事この上ない。
   しかもコイツ、てんで聞いてやしない。
   矢張り遠い目のまま、やれ触りたいだとか、やれ声が聞きたいだとか、ブツブツ言っている。
   寝ても居ないのに夢遊病者のよう。


   大体。
   蓉子が日頃から甘やかすから。
   そもそも先代さまからして甘やかしてたから。
   こんなのが出来上がるのよ。



   「蓉子…蓉子…」



   …ああ、もう。
   いっそ、弓でぶん殴って夢の中へでも飛ばしてやろうかしら。