-醒めない夢を。(聖蓉)





   「そりゃあ、病気だね」





   …あり?


   …ごきげんよう。


   どったの?


   …だめ?


   いや、寧ろ大歓迎だけど?


   …入れて。


   どうぞどうぞ。
   今ならいらっさいのハグと何ならちゅーも付けちゃう。


   …。


   ……あり?


   …。


   嫌がらない?


   …。


   …え、と。
   寒かったでしょ、早く入って入って。


   …お邪魔します。








   ほい、熱いコーヒー。


   …ありがとう。


   お酒、飲んでるみたいだね?


   …職場の。


   ああ。
   そういえば言ってたね。
   一言くれれば迎えに言ったのに。


   …時間、いつになるか分からなかったから。


   で、連絡も無しにうちに来たと?


   …夜分遅くにごめんなさい。


   良いよ、蓉子だから。


   …もう寝るところだった?


   うん、あともう少しだった。


   ……今夜は早いのね。


   うん、何だか眠たくなって。
   と言うか蓉子も居ないし、起きてたってつまんない。


   …。


   でも蓉子が来てくれたから目が覚めた。
   えへへ。


   …。


   ね?ね?


   …。


   あ、でもその前にお風呂入る?
   あんまり飲んでないんでしょ?


   ……聖。


   うん?
   …え。


   …。


   …どったの?


   …。


   蓉子…?


   ……病気、なんですって。


   はい?


   …。


   てか蓉子病気なの?
   大丈夫?!


   ……結婚。


   は?


   …願望が無いって言ったら。


   ……。


   …病気、なんだって。
   私…。


   …何それ。
   どいつに言われたの。


   …。


   職場の奴?
   男?


   …。


   そんなの、気にする事無い。


   …。


   結婚だけが、全てじゃない。


   ……私は貴女が好き。


   …。


   好きなの、愛してるの。


   …蓉子。


   …願望が無いわけじゃ、無いの。


   ……。


   結婚なんて所詮、紙の上での契約。
   分かってるわ、そんな事。


   …。


   ……それでも病気なのかしら。


   そんな事、無い。


   ……ねぇ、聖。


   …。


   抱いて。


   ……。


   強く、強く、抱いて。


   ……。


   壊すくらい、強く…んん。


   …。


   ……せ、い。


   蓉子。


   ……。


   病気だと言うのなら。
   それは私もだよ。


   …。


   だけど。
   私はそれでも良い、良いんだ。
   仮令、他の奴らが何と言おうとも。


   …。


   志摩子。


   …?


   祥子、祐巳ちゃん。


   …。


   令、由乃ちゃん、そして。





   『江利子』





   …私は。
   私を、私達を、分かってくれている人が少しでもいる、いてくれる。
   それだけで、十分だ。


   …。


   そうでしょう?


   …聖、…せい。


   よしよし…。


   …


   …一寸、心が疲れてるんだね。


   …。


   やっぱり今夜は大人しく眠ろう。


   …いや。


   ずっと抱いててあげる。
   素肌で。


   …。


   …ね、蓉子。


   ……。


   愛してるよ。


   ……。


   …さ、お風呂に入っておいで。
   いや、一緒に入ろうか…。








  -夢はいつか、終わるとしても。(聖蓉)





   …聖?


   …。


   聖。


   …。


   どうしたの。
   こんな時間に。


   …。


   …来るなら事前に連絡を頂戴っていつも言ってるでしょう?


   …。


   聖?
   聞いているの?


   …。


   …まぁ、良いわ。
   入って。
   外は寒いでしょう?


   …こ。


   え、なに?


   …。


   聖、どうしたと言うの?


   …。


   せ…


   …蓉子。


   ど、どうしたの?
   何かあったの?


   …。


   兎に角入って。
   …ああ、こんなに冷たくなって。


   …。


   さぁ、はや……


   …。


   せ…い。


   ……蓉子。


   ん…っ


   …。


   ま、待って、せ


   …。


   あ…っ


   …蓉子、蓉子。


   い…た。


   …はぁ。


   …!
   だめ…!


   …。


   やめて、やめなさい!


   …。


   聖…!


   ……つぅ。


   聖。


   ………。


   待って。


   ……はなして。


   何をしに来たの?


   …。


   私に逢いに来たのでしょう?


   …。


   ねぇ、聖。
   話してくれなければ、私は何も分からない。


   …。


   分からないまま、抱かれるわけにはいかない。
   いかないわ、聖。


   ……。


   それから。
   貴女、飲んでるでしょう?


   …。


   …さぁ、部屋に入って。
   全てはそれからよ。
   ね?








   …。


   …少しは落ち着いた?


   ……蓉子。


   ん?


   ……ごめん。


   …。


   ……。


   聖、どうしたの…?
   ゆっくりで良いから話して…?
   ね…?


   ……い。


   ん…?


   …こわい。


   ……。


   …蓉子、は。


   …うん。


   結婚、したい…?


   …。


   ねぇ、したい…?


   …私、は。


   けど。
   出来ないんだ、私とでは…。


   ……。


   蓉子、私は貴女が好き、好きなの。
   誰よりも誰よりも。
   誰にも渡したくないの、私以外の誰かのところに行くなんて…考えただけでもおかしくなりそうなの。


   ……聖。


   …こわい、…こわいの。


   聖…。


   よう、こぉ…。


   ……何があったのか、分からないけれど。
   私は貴女が好きよ、誰よりも誰よりも。


   ……。


   不安にさせてしまってごめんなさい、ごめんなさいね…聖。


   ……ちがう、ちがうの。


   いいえ、違わないわ。


   あ…。


   ……好きよ、聖。
   愛してるわ。


   ………う。


   …私は貴女と生きていきたい。
   生きていきたいの。
   結婚と言う、契約なんかしなくても。


   ……よ、う…こぉ。


   …貴女の躰が冷えてしまったら。
   私が暖めてあげる。


   ……。


   …涙を流しているのなら。
   私が目蓋にキスをしてあげる。


   ……。


   ……だから。


   ……う、ん。


   …。


   蓉子…ようこ…。


   …今日はもう、眠りましょう。
   お風呂は明日の朝に入れば良いわ。
   明日は屹度、晴れるから。


   …ようこ。


   なぁに…?


   だっこ、して。


   …ええ。


   ……肌、感じたい。


   ……うん。








  -そういう時だってあるの。(聖蓉)





   …。


   んー。


   …ねぇ、聖。


   ん?


   …。


   呼んだ?


   …うん。


   なーに?


   …。


   よーこ?


   …あの、ね。


   うん。


   …。


   よっこ、なに?


   …今、忙しい?


   うんにゃ、別に?
   爪切ろうかな、とは思ってたけど。


   …。


   どうしたっての?


   ……。


   …?


   …聖。


   ん、お…。


   …。


   ……え、とぉ。


   …だから忙しいって聞いたの。


   ……忙しくは無い、けど。


   けど、何よ。


   ……いや、良いや。


   …そ。


   うん、そう。


   ……力、抜いても良い?


   どうぞどうぞ。
   お好きなだけ。


   ……。


   そうだ。
   たまにはしたげっよかな?


   …。


   膝枕。
   いつもしてもらってばっかだから。


   …ううん、このままが良い。


   そ?


   …うん。


   うん。
   蓉子が言うのなら、いっか。


   …。


   …。


   …聖の音がするわ。


   ……落ち着く?


   ……落ち着く。


   うん。
   ならもっと寄りかかって良いよ。


   …ありがとう。


   どういたしまして。








  -甘えたは一生治りません。(聖蓉)





   …。


   …。


   …ねぇ。


   …。


   ねぇってば。


   …なに。


   …。


   …。


   …。


   …なに、聖。


   …。


   どうしたの。


   …。


   …聖。


   暫く、こうしてても良い?


   …だめって言ったら?


   ……言わないで。


   それじゃ初めから答えは一つなのね?


   ……忙しいのは、分かってるの。


   そう。


   ……暫く、で良いから。


   …淋しいの?


   ……。


   聖。


   ……うん。


   …。


   ……蓉子。


   …これくらいなら、良いわ。


   …ほんと?


   ええ。
   でも、変に構ったりは…しないでね?


   うん!


   じゃ、あともう少しだから。
   もう少し、これで我慢しててね。








  -甘やかしも一生治りません。(聖蓉)





   …。


   …ふふ。


   …なぁに?


   ううん…。


   …何でもないの笑うだなんて。
   変な聖ね…?


   …蓉子の髪、いつでもサラサラだなって思ったの。


   ありがとう。
   でももう少し柔らかかったら、って思うのよ。
   貴女の髪のように。


   私のはまとまりが無いだけだよ。


   …ふわふわで、柔らかい髪。
   私、羨ましいのよ。


   …でも私は蓉子の髪が好きだな。


   私は聖の髪が好きよ。


   …。


   色も。
   日に透けてきらきらしてる時があるの、凄くきれい。
   今だって…。


   …ありがと。


   ……嫌じゃなかった?


   うん、蓉子だから。


   私だから?


   蓉子は無責任なコト、絶対に、言わない人だから。


   …。


   …ね、いつまでこうしてようか。


   …今、起きると言ったら。
   応じてくれる?


   …応じない。


   じゃ、貴女の気の済むまでって言ったら?


   …ずっとしてたい。


   言うと、思った。


   ……続き、でも良いな。


   …それはだめ。


   ……良いじゃない。
   何回やっても足りないんだもの…。


   …だめ。


   どうして…?


   …躰が持たないもの。


   無理はしないから…。


   させない、じゃなくて?


   …じゃ、それで。


   でも、だめよ…。


   ……む。


   ずっとしていたら。
   壊れちゃうわ。


   ……。


   …こら。
   そんな顔、しないの…。


   ……私は壊れても良いもの。


   ……。


   蓉子の事ばかり、考えていられたら…良いのに。


   …それはある意味、とても仕合わせな事かも知れないわね。


   でしょう…?


   …でも。
   そういうわけにはいかない…でしょう?


   …。


   ねぇ、聖…。


   ……。


   …聖。


   …。


   …拗ねちゃったの?


   ……違う、けど。


   けど、なぁに…?


   ……一つになれたら良いのに。


   ……。


   蓉子と…。


   …それは出来ないわ。


   ……。


   でもだからこそ、確かめ合う事が出来るのよ。
   その為に…


   ……ん。


   何度も…何度も、躰を重ね合うの…。


   ……蓉子。


   …。


   蓉子…してもいい?


   ……もう、だめなんだけど。


   蓉子…。


   ……無理しない、て約束してくれたら。


   ……。


   あ、ん……ぁ。


   ………。








  -先輩と後輩ちゃん。〈聖と由乃)





   お、そこに行くは。


   ……。


   由乃ちゃん、由乃ちゃんじゃないか。


   ……は?


   やぁやぁ、ごきげんよー。


   ……ああ、聖さまですか。


   あっれぇ、なになにそのテンション。
   ノリが悪くないかな?


   別に


   なぁにぃ? 
   令とまた、けんかでもしちゃった?


   してません。


   またまた~。


   し、て、ま、せ、ん。


   昔の人は言いました。
   喧嘩するほど仲が良い、と。


   それは聖さまと蓉子さまの事ですね。
   私達は


   いっやぁ、確かにそうだねぇ。
   でも今はあんまりしないんだけどね。


   ……そーですか。


   ではでは改めまして。
   ごきげん蓉子さま。


   ……ごきげんよーこさま。


   良いねぇ。
   ノリが良い子は好きだよ。


   …はいはい、ありがとーございます。


   んで、令は?
   今日は一人なの?


   今日はそういう気分なので。


   ははぁ。
   やっぱり喧嘩したなぁ?


   だから違いますって。
   しつこいですよ。


   しし。


   ……。


   ん?
   私の顔になんか付いてる?


   …いえ。
   聖さまもお帰りなんですか?


   うん、お帰り。
   一緒に帰る?


   方向が違いますので。


   送ってあげよっか?
   令の代わりに。


   結構です。


   つれない後輩ちゃんだなぁ。


   祐巳さんみたいに可愛くなくてすみませんね。


   いやいや、なんの。
   由乃ちゃんは由乃ちゃんの味があって、かわいいよ。


   …味って何ですか。


   んー、我侭にゃんこ的な?


   ……。


   でもそんなところが君のかわいいところだよ。
   特に令にしてみたら、ね。


   ……そうやって人を誑かすんですね。


   ん?


   いいえ、何でもありません。


   でもそっか。
   ま、けど、由乃ちゃんちは近いんだっけね。
   徒歩通学だったかな、確か。


   はい。


   なら、そんな遠くないね。
   やっぱり送るよ?


   いいえ、お構いなく。


   たまには後輩とお話でもしようかな、と思ったんだけどなぁ?


   それより、聖さま。


   うん、何かな。


   良いのですか。


   うん?


   時間。


   なんで?


   お会いするのではないかと思って。


   …ほぉ。
   それはまたなんで、そう思ったのかな?


   顔が緩みっぱなしです。
   それはもう、だらしがないまでに。


   あら。


   もう、一刻も早く逢いたい、逢いたくて仕方が無いと言う顔をしていますよ。


   あらら。
   おかしいなぁ、私は祐巳ちゃんじゃないのに。


   ま、そんなもんなんじゃないですか。


   …羨まし?


   は?


   令とは幼馴染だもんね。


   余計なお世話ですね。


   あはは、一緒に居ると移っちゃうのかもねぇ。


   ……。


   でもま、そーなの。
   今日はこれからデードなんです。


   …それは良かったですね。


   うん、良かったですよ。


   急がなくて良いんですか?


   うん、急がないと。


   …のわりには、ゆっくりですね。


   由乃ちゃんもいじりたかったから、ね。


   ……。


   蓉子にはちゃんと謝るんだ。


   …その方が良いですよ。


   はは。
   じゃね、由乃ちゃん。
   ごきげん蓉子さま?


   はいはい、ごきげん蓉子さま。


   ははは。


   ……何なの、あれ。








  -冷蔵庫の前でも座ります。(聖蓉)





   聖。


   んあー。


   聖。


   あー。


   聖。


   …あいた。


   何してるの。


   んー…読書?


   何でそんなところで。


   んー、何でだろうねー?


   本を読むのならちゃんと座って読みなさい。
   そんな姿勢で読んでいたら目が悪くなってしまうわ。


   だってこの方が楽なんだもん。


   だらしがない。


   まぁ、そー固いこと言わずにー。


   だめ。


   えー。


   とりあえず、起きて。
   ちゃんと座って。


   …めんどーだなぁ。


   聖。


   …へーい。


   全く。


   これでいーですか、蓉子さま。


   未だ駄目ね。


   うぇー。


   全く、肩に綿ぼこりが付いてる。


   うえ?


   貴女、いつから綿ぼこりと仲良くなったの。


   今?


   ところ構わず、転がってるからよ。


   ちゃんと掃除してるんだけどねぇ。


   その掃除の邪魔になってるの。


   へーへー。
   それはどーもすみませんねー。


   …。


   あいて。


   …分かったのなら、あっちへ行ってて頂戴。


   ぶったー、ころころでぶったー。


   うるさい。
   早くあっちに行って。


   ぶーぶー。
   暴力はんたーい。


   …。


   …あい、速やかに移動しようと思います。


   宜しい。


   …折角のお休みなのにー。


   何か言った?


   言った。


   何。


   折角のお休みなのに蓉子が朝から掃除してるからつまんない、って言った。


   貴女が普段からちゃんと掃除してないからでしょ。
   この部屋は誰の部屋なの。


   してるよー、ちゃんとしてるよー。
   心外も甚だしいよー。


   じゃあなんで埃が転がってるのよ。


   それはたまたまだよー。


   たまたま、ね。
   聖。


   …なにー。


   動かないで。


   ……。


   はい、取れた。


   ……私、床?


   埃つけたまま移動したら、掃除した意味、無くなっちゃうでしょ?


   …ぶぅぅぅ。


   はいはい。
   あともう少しだから大人しく、ちゃんと座って読書しててね。


   ……よーこ。


   掃除が終わったらご飯にしましょう。


   よーこ。


   んー?


   つまんない。


   ……。


   つまんないよぉ、私と遊ぼうよぉ。


   …掃除が終わったらね。


   遊ぼう、遊ぼうよぉ。


   …。


   よーこってばー。


   もう少し、我慢して。


   やだ。


   その本が読み終わる頃には終わるから。


   もう飽きた。


   ……。


   蓉子と遊びたい。


   …遊ぶって。
   何をして?


   いいコト。


   却下。


   なんでよぅ。


   何となく。


   つまんなーい、つまんないつまんないつまんない。


   ああもう、いい歳して駄々を捏ねないの。


   良いコト、しようよー。


   しつこいわね。


   だってぇ。


   今は、遊びません。


   …。


   今は、だめ。


   …今は?


   そうよ、ばか聖。


   ……うん。
   じゃ、頑張って待ってる。


   ……。


   蓉子。


   …何よ。


   朝まで遊ぼう?


   それはいや。








  -いつくしみ深く(山百合会)






   いつくしみ深き 友なるイエスは、

   罪科憂いを 取り去り給う。

   心の嘆きを 包まず述べて、

   などかは下さぬ 負える重荷を。






   聖は蓉子のどこが好きかと問われたら。
   先ず答えることは無いが、心が好きなのだと言う答えを持っている。
   真っ直ぐに自分を想ってくれる心。
   そこには偽りなど無く、その瞳で聖を見つめる。
   苦手だった、嫌いだったその光は、今思わずとも蓉子の心の輝きだった。
   蓉子の心が聖を真っ直ぐに捉える。
   いつでも、どんな時でも。
   疎ましさ、煩わしさしか感じなかったあの頃を思うと、己の若さを笑いたくなる。
   とまあれ。
   聖は蓉子の心が好きだった。
   愛していた。
   容姿、分かりやすく言えば顔だが、勿論、好きだと言える。有体に好みとも言える。
   だけどその容姿は心から来ているものだと、聖は思うのだ。
   凛としているのは、蓉子の心が常に誇り高く、けれど、驕らず。
   正直に言えば他にも綺麗で、かわいい人はいる。
   だけど、それだけなのだ。
   その時はそう思っても、心に残る事は無い。一寸すればそんな人が居た事も見た事すらも聖はすっかり忘れてしまう。
   そんな事を思うと、自分がどれだけ蓉子が好きなのか…愛しているのか、思い知らされるのだ。
   然う、聖は蓉子を愛していた。
   他の誰よりも。



   だが、しかし。



   聖は思う。
   卒業式を例に挙げても、式と言うのは面倒くさいものだと。
   なんでわざわざそんなに格調高いものにするのか、聖には理解出来ない。
   卒業証書授与式なんて言うけれど、所詮、卒業の証である免状を貰うだけなのだ。
   それなのにわざわざ、来賓だの、校長の祝辞だの、送辞答辞だの、歌を何曲も歌うだの。
   適当に名前を呼んで、適当に渡せば良いと今でも思う。
   だから。



   賛美歌312番。
   それは確かに、今の自分達の為に歌われている。
   かつての山百合会の仲間、自分達とは重なる事の無かった世代さえ、此処に居る。
   蓉子の妹である祥子がパイプオルガンを弾き、その旋律はどこまでも荘厳で。
   祐巳などは今にも泣きそうな顔をして、そんな祐巳を瞳子が手を繋いで支え、しっかりと歌っている。
   志摩子はマリア様のような笑みを湛えて、孫である乃梨子は一生懸命に。
   あの江利子すらも適当にでは無く、然う、自分達の為に丁寧に歌ってくれている。
   令や由乃、あまり知らない江利子のひ孫、菜々と言ったか…もまた、真摯に。
   そして。
   自分達のかつての姉であった二人も、江利子の姉さえもこの場で歌い、祝福してくれている。
   一番驚いたのは静だ。
   歌を生業としている彼女は世界を飛び回っており、かつ、日本に住所を置いていない。
   そんな静が先程アヴェマリアを歌い上げ、今もまた誰よりも響く声で歌っている。
   賛美歌312番。
   それは確かに、自分達の為だけに歌われている。
   聖は思わざるを得なかった。
   面倒くさいだけの“式”が、全て、では無いと言う事を。








   ……。



   聖は言葉が出なかった。正確には出せなかった。
   幾らでも用意はしていた、いや、幾らでも言える筈だったのだが。
   綺麗、だとか、良く似合っているだとか、そんな有り触れた言葉の数々。
   元来、蓉子は美しい人なのだ。
   だから、どんな姿で来ても、それに答えられるとつい先刻まで思っていた。
   甘かった。
   そんな思いは後になって落ち着いた頃に思い出したかのように呟いた言葉。
   今の聖にはそんな言葉を思う余裕なぞ、どこにも、無かった。



   然う。



   聖は初めて恋に落ちた。
   誰でもない、目の前にいる蓉子に。
   いつでも自分の傍に居てなんだかんだと世話を焼く、それは常に彼女の優しさ、慈しむ心から来るものだと気付いた時、
   蓉子に対して恋心を抱くと言うより、もう、愛してしまっていた。
   好きなどと言う言葉では到底間に合わない。
   だからこそ聖は蓉子に恋をした事は、自覚をしてなかっただけかも知れないが、無かったのだ。
   が、どうだろう。
   今の聖は完全に蓉子に心を奪われた。いや、改めてと言う言葉も付け加えた方が正しいかも知れない。
   少し恥ずかしそうに笑みを浮かべる(然う言う時いつも眉根を寄せる)蓉子に何か言葉をと思うのだが、
   頭の中が真っ白で何も浮かんでこない自分に焦るが、どうしようも無い。



   何にも反応を見せてくれない聖に、蓉子は俯く。
   矢張り、私にはこういう格好は似合わないのだと。
   女の人を褒める事に長けている聖が、自分の格好を見ても言葉をくれない。勿論、感嘆する事も無い。
   それだけではない、聖は困ったような表情を浮かべて固まっている。
   蓉子は泣きそうになった。
   こんな時に自分の最も愛している人のそんな姿を見る。
   自分はただ、聖を困らせているだけなのだ、そんな思いが蓉子の瞳に涙を浮かばせた。



   兎に角、何か言わねば。
   しかし聖の中の焦りが益々、聖の口に言葉を紡がせない。
   要は簡単なことだ。
   綺麗だ、そう言えば良い…と思っても、口が動いてくれない。
   蓉子は泣きそうな顔をしている、しているのは分かっているのだ。気付かない筈が無いのだ。
   聖はもどかしい自分に対してどんどん腹が立ってきて、あまつさえ、殴り飛ばしたくなってきた。
   愛する人をそんな顔にさせたいわけでは無い。させたい筈、無い。
   ましてや、こんな日に。



   抱き締めたい。



   思うよりも先に躰が動いたとはこの事だろう。
   我に返った時、聖は蓉子の躰を抱き締めていた。
   祥子がこの日の為に誂えた、純白のドレスを纏う蓉子を。
   白は本来、聖を表す色だった。然う、白薔薇の妹の蕾になったあの頃から。
   同じように蓉子を表す色は紅だった。然う、紅薔薇の妹の蕾になったあの頃より。
   けれど今、白を纏う蓉子は誰よりも己よりも似つかわしく、美しかった。







   アーメン…。



   賛美歌312番、いつくしみ深き、が終わる。
   花嫁である蓉子を隣にし、ドレスを着るのを頑として拒んだ聖に祥子は本来“新郎”が着るような服を用意した。
   けれど女性的なラインを崩さないその服は蓉子も溜め息を漏らさずには居られないほど、聖に似合っていた。
   蓉子は思う。
   本音を言えばドレスを纏う聖も見たかった。屹度、いや絶対に自分なんかよりも良く似合うと。
   が、聖がそういう服装を好まない事を知っていた。
   そもそも結婚“式”自体、好んでいない事も。
   結婚式が、ウェディングドレスが全ての女性の夢だと言うのは、そんなものは、絵空事だ。
   聖はそういう類が嫌い…と言うより面倒なのだ。
   今回の事だって本当は乗り気でなかった事も、蓉子は知っていた。



   リリアン女学園、お御堂。
   みんなが自分達の為に用意してくれた場。
   同性である自分達には恐らく、一生迎える事は無いと思っていたこと。
   聖はやっと気付いた。
   自分がどうでも良いと思っていても、だからと言って、蓉子も然うであるとは言えない事を。
   恥ずかしそうに、けれど、嬉しそうに微笑む蓉子は今までの、どんな蓉子よりも美しかったが故に。
   蓉子は気付く。
   聖の瞳に光るものが浮かんでいる事に。
   最後まで乗り気では無かった聖、そんな聖を押し切って準備をしてくれた祥子たち。
   これで本当に良いのか…と思い悩みもしたが、蓉子は自分の中に秘めた願望を認めてしまったが故に、その流れを止める事は無かった。
   だからこそ聖に抱き締められ、耳元で愛していると呟かれた時、それも祥子と祐巳の前で、蓉子の心は羞恥よりも喜びに染まった。





   愛は寛容にして慈悲あり、愛は妬まず、愛は誇らず高ぶらず、非礼を行わず、

   己の利を求めず、憤らず、人の悪を思わず、不義を喜ばずして、

   真理
(まこと〉の喜ぶところを喜び、おおよそ事忍び、おおよそ事望み、おおよそ事耐うるなり。

   愛はいつまでも絶ゆること無し。









  -El cazador de la bruja





   Gracias、おばちゃん。


   …。


   やれやれ、今日も暑くなりそうだ。


   …。


   空も相変わらず、高いし。


   …。


   それから。


   …。


   ここまで追いかけてこられるとは思わなかったな、señora?


   …流暢になったものね。


   そりゃあ、ね。
   英語、通じないんじゃあね。


   …。


   そっちこそ、女一人旅じゃ危ないと思うけどな?


   人の事、言えない。


   私、こんな格好していると優男にしか見えないらしいよ。


   でも雰囲気が違うでしょう。


   そっかな。
   ま、コイツも持ってるし。


   …そんなものまで。


   ま、一応ね。
   腕前はそれなりよ?


   …で。
   何処まで、行くつもりなの。


   行けるトコまで。


   お金は。


   それなりに。
   日本よか物価、安いし。


   …。


   そっちこそ、仕事はどうしたの?
   優等生なのにさぼり?


   辞めたわ。


   …まじで?


   じゃなきゃ、こんなところまで追いかけてこない。


   …あはは、こりゃ参ったね。


   …。


   あの、さぁ。


   …なに。


   そりゃあ、気が向いたら手紙を出してたけど。
   本当に来るとは思わなかったよ。


   …空を見せたいのでは無かったの。


   いや、見せたいと思ったよ。
   けど、さ?


   じゃ、良いじゃないの。


   まぁ、良いけど。


   何よ。


   あの優等生が、ねぇ。


   だから、何が言いたいの。


   いや、思い切ったコトするなぁ、と。
   こんなヤツの為に。


   莫迦なんだから、仕方ないでしょ。


   私が?


   私が、よ。


   …ふむ。


   …。


   ねぇ。


   …文句は言わせない。


   いや、言わないけど。
   嬉しいし。


   …!
   貴女は…!


   ん?


   どうして、そういう…。


   …え。


   …どうして。


   や、どうしたの?
   どっか痛い?


   うるさい、ばか。


   人が心配してるのに。


   そんなの、私には敵わないわ。
   私がどれだけ貴女を…。


   んー…。


   …重たいなら、重たいって言ったら。


   いや、久しぶりだなぁ、と。


   …。


   …参ったな。
   顔、にやけているかも知れない。


   ……泣かせておいて。


   ごめんね?


   …本当よ。


   けど、本当に凄いな。


   …。


   見つけちゃうなんて。
   やっぱり敵わない。


   …昔から得意だったでしょう。


   いやいや、規模が違うって。
   あっちは学校の敷地内、こっちは南米大陸。


   私を誰だと思っているの。


   んー…紅薔薇さま?


   そういうことよ、白薔薇さま。


   あは、やーっぱり敵う気がしないなぁ。


   …付いて、いくんだから。


   どうぞ、ご自由に。
   と言うか歓迎するよ。


   …。


   さて、どうしようかな。


   …本当に何も考えて無いのね。


   いや、どうせだから遺跡、見で回ろうと思っててね。


   好きよね。


   うん、面白いじゃん。
   教科書には載ってなくってさ。


   …貴女はそういう人よね。


   もっとこっちの歴史も載せやがれってんだ。
   征服者ばっかりじゃなくってさ。


   そうは言っても仕方ないでしょ。
   文字が無い国もあったんだから。
   そもそもこっちの文明だって征服しながら栄えていったのでしょうから。


   お、良く知ってるね。
   でもま、大陸は渡ってないけどね。


   知ってる。
   大体、貴女と付き合ってるとこうなるのよ。


   それはありがとう。


   どういたしまして。


   何か、見たいのある?


   貴女と一緒なら何でも良いわ。


   殺し文句?


   さぁ。


   そんな貴女にとっておきの空を。


   …。


   日本では、見られません。


   ここまで見てきたわ。


   だけど私と見るのは初めてでしょう?


   そうね。


   ふふ。
   じゃ、行こうか。


   絶対、付いていくから。


   分かったって。


   …。


   …ん?


   もう、置いていかないで。


   …。


   …二度、と。


   …んー。


   …。


   そうだ、これあげるよ。


   …?
   何?


   日本に帰ったらあげようと思っていたんだけど。
   今、あげよう。


   …何よ、これ。


   どくろ?


   …趣味、悪い。


   一つの文明をを象徴してて良いと思うんだけどなぁ。


   女の子にあげるもの?


   喜ぶと思ったんだけどな。
   てか、女の子?


   …何よ。


   いや、確かにbonitaだね。


   ……。


   要らない?


   …貰っておいてあげるわ。


   無理しないでも良いよ?


   あくまでも貰っておいてあげるのよ、ばか。


   あはは、なんか手厳しいなぁ。


   …ふん。


   んじゃ、そういうコトで。
   行こうか。


   …。


   とりあえず、空を見に。


   ええ。


   そういやさ、スペイン語は?


   覚えたわ。


   さっすが、Rosa roja。


   じゃないと貴女に付いてなんか行けないのよ、Rosa blanca。








   無期限聖蓉祭。
   最後はエル・カザド風味。