…はぁ、…はぁ。


   ……。


   さやかちゃん、大丈夫…?


   …!


   いた…ッ。


   あたしに触らないで…!


   さ、さやかちゃん…。


   あたしに、さわっていい、のは、杏子、だけなの…。


   で、でも、辛そうだから…だから。


   ねぇ、そうでしょ…杏子…。


   ……。


   さやかちゃん…。


   ねぇ、杏子……。


   ……。


   ねぇ、どうして何も言ってくれないの…。
   ねぇ、杏子…。


   杏子ちゃん…。


   …まどか、あたしは先の階を見てくる。
   此処で暫し、待機しててくれ。


   え。


   その間、さやかを頼む。


   でも、一人で


   まどか。


   う、うん、分かった。
   さやかちゃん、ほむらちゃん、此処で少し休もう。


   …分かったわ、まどか。


   さやか、一寸行ってくる。


   ま、まって、杏子…。


   …。


   あたしをおいて、いくの…?
   さきに、いくの…?


   …先に行くわけじゃない。
   先を見たら、直ぐに戻ってくる。


   あたしも、いく…。
   いっしょに、いくから…だから。


   来なくて良い。
   一人の方が小回りが利くんだ。


   それって、あたしはいらないってこと…?


   そんな事は言ってない。
   まどか、ほむら、さやかを頼む。


   …うん。


   …ええ、分かったわ。


   どうして…どうして。
   まえは、いっしょに、いってたのに…。


   …行ってくるよ、さやか。


   いや、いや…。


   さやかちゃん、少し休もう…?
   ね…?


   いやよ…、あたしもいく、いくの…、きょうこと…


   いい加減にして。


   う…。


   これ以上の問答は時間の無駄にしかならない。
   貴女の戯言に付き合っていられるほど、余裕があるわけでは無いの。
   杏子も、私達も。


   ……ほむ、ら。


   ほ、ほむらちゃん…。


   今の貴女では杏子の足手纏いにしかならないわ。
   何故、分からないのかしら。


   ……。


   そんなに、息を切らして。
   どうして、分からないの?


   ……。


   部屋に引き篭もっていた代償は確実に貴女の躰に現れている。
   これでは雷電と太刀風を討つどころか、最上階に到達する事すら叶わないわ。


   ……。


   …矢張り。
   さやかは置いてくるべきだった。


   …!


   …あたし、は。


   貴女は


   ほむらちゃん、だめ…!


   …まどか。


   ほむらちゃん…お願いだから、止めて。


   …これならば、三人の方がずっとましだわ。


   ほむらちゃん…。


   三人ならば今頃はもう、


   ほむら、それ以上は言ってくれるな。


   …杏子。


   若しもそれ以上言いたいのなら、あたしに言え。
   さやかを連れて行くと最終的に決断したのはあたしなんだ。


   ……。


   さやか、これ持っててくれないか。


   …きょう、こ。


   それ、あたしにとってどんなものかお前も知ってるだろう?


   ……あたし、あしでまといなの。


   躰が大分鈍ってるみたいだよ。
   帰ったら鍛錬の為直しだな。あたしも、あんたも。
   久しぶりに手合わせもしようぜ。言っとくけど容赦はしないからな。


   ……。


   さやか。


   ……まけない、から。


   ああ、あたしもだよ。
   まどか、ほむら。


   …気を付けてね、杏子ちゃん。


   杏子。


   文句なら帰ってから聞く。


   どうせ、聞くつもりも無いでしょう。
   貴女。


   善処はしてやる。
   じゃあ、さやか。


   …。


   また後でな。


   ……はやく、もどってきて。


   ああ、分かってるよ。








   ……。


   さやか…ッ!


   ……。


   さやか、さやか…ッ!


   ……きょう、こ。


   待ってろ、今すぐに…ッ?


   ……。


   さや、か…。


   …どっか、いっちゃったの。


   …なんだよ、それ。
   なんなんだよ、それ…ッ!!!


   ……。


   …だから、言ったんだ。
   だから、言ったんだ…ッ!!


   ……きょうこ。


   …赦さねぇ、絶対に赦さねぇ!
   あいつら全員、皆殺しにしてやる…ッ!


   どこ、いっちゃったんだろ…。


   うあぁぁぁぁぁあ…ッ!


   ……あたしの、……。


   あぁぁぁぁあぁぁぁぁ……









   ……ァァァァァァァ…ッ!!!








   …うるせぇな。
   いちいち吼えんじゃねぇよ。


   ……。


   ……。


   …。


   …あたしは待ってろって言った筈だ。


   …然うね。
   でもそれはさやかに掛けた言葉でしょう。


   ……。


   …全身、血塗れ。
   臭い、取れなくなるわ。


   …は。
   今更何言ってやがる。


   あの子に、嫌われるわよ。
   幼子は穢れを嫌がるものだから。


   幼子じゃないだろ、もう。


   …そうかしら。
   貴女に甘える様はまさに、それそのものに見えるけれど。


   …。


   これ、全部やったのね。
   流石に小物は取り零しているようだけれど。


   …戻れ、ほむら。


   どこが鈍っているのかしら。


   ほむら。


   未だ進むつもりなの。
   一人で。


   ……。


   …躰がもたないわ。
   紅こべまでなら、いざ知らず。


   …さっさと戻れ、ほむら。


   多数の黒スズ相手に一人でなんて。
   愚か者がやる事だわ。


   戻れって言ってんだろ…!


   さやかが、泣いてる。


   …ッ!


   いつまで待っても、貴女が戻ってこないから。


   …未だ、そんなに経ってないだろ。


   時の感覚を無くすまで、血を浴びて。
   あまつさえ、陶酔し始めている。
   手に負えなくなるまで後一歩と言うところね。


   …。


   其れ以上続ければ、本当の鬼になってしまう。
   然う、見掛けだけじゃなく。


   ……。


   …そんな事になって喜ぶのは誰なの。


   ……。


   十分、休んだ。休ませた。
   だからもう戻るわよ、杏子。


   ……胸糞悪い事を思い出してた。


   …。


   戦っている最中。
   だから。


   …本当の鬼になってしまう前に。
   さやかの処に戻りなさい、杏子。


   ……さやかは。


   貴女が戻るのを待ってる。
   躰を丸めて…然う、幼子のように。








   ……。


   …ね、さやかちゃん。


   ……。


   ほむらちゃん、杏子ちゃんに追いつけたかな。


   ……。


   …鬼の気配が大分、薄まった。
   杏子ちゃん、あまり無理してないといいけど…。


   ……。


   でも、杏子ちゃんは誰よりも強いから…大丈夫、だよね。


   ……。


   …さやかちゃんの事、杏子ちゃんは絶対に独りぼっちになんてしないから。


   ……、ね。


   うん、なに…?


   ……ごめんね。


   どうして?


   ……あたし。


   うん。


   …まどかに、ひどいことばかりしてる。


   してるの?


   …さっきだって。
   しんぱい、してくれたのに…。


   …。


   ……あたしね、だめなの。
   きょうこがいないと、だめなの…こころが、ばらばらになっちゃうの…。


   …うん。


   ……きょうこが、いなくなっちゃったら。
   あたし…あたし…。


   …ねぇ、さやかちゃん。


   …。


   …さやかちゃんが杏子ちゃんを必要としているように。
   杏子ちゃんも、さやかちゃんを必要としてる…。


   …。


   …でもね?
   わたしも…ほむらちゃんも、さやかちゃんを必要としているんだよ。
   杏子ちゃんだけじゃない。


   ……。


   …大事な家族、だから。


   ……かぞく。


   そうだよ…わたし達は、家族だから。


   ………。


   …腕、痛む?


   ……さわらないで。


   さやかちゃん…。


   ……ごめんね、まどか。
   ごめんなさい……。


   …ううん、いいの。
   わたしこそ、ごめんね…。


   ……。


   …杏子ちゃん、早く戻ってこないかな。
   ね、さやかちゃん。


   …ぜんぶ、おわったら。


   え…?


   …あのいえから、でていくから。


   出て、いく…?


   …。


   出て行くって、なんで…。
   どうして、さやかちゃん…。


   …しんどいの。


   あ…。


   ……せめてしずかに、きえていきたいの。


   ……。


   ……すべて、おわっても。


   …。


   あたしのからだはもう、もとにはもどらないから…。


   ……。


   …だから。


   ……杏子ちゃんは。


   …。


   …杏子ちゃんも一緒なんだね。


   ……そばに、いてくれるって。


   …。


   やくそく、してくれたの……。


   …うん、知ってるよ。


   ……こんなからだでも、きょうこはいいって。
   いってくれたの…いって、くれるの…。


   …。


   だから、あたし……。


   …うん。


   ……。


   でも…そっか。
   寂しく、なるね…。


   ……。


   …でも、終わらせるから。
   必ず、終わらせるから。


   まどか…。


   …その為に、わたしは頑張るって決めたから。


   ……まどかは、つよいね。


   え。


   …あたしより、ちっちゃいくせにさ。


   …。


   あたしはさ、まどか…。


   …なぁに?


   じぶんよりちっちゃいあんたを、まもろうって…おもってた。
   ほら、あたしよりしたのこって、あんたしかいなかったからさ…。


   …さやかちゃんはいつも、わたしを守ってくれた。
   初陣の時だって…さやかちゃんは、ふるえるわたしの前に立ってくれた。


   …。


   いつだって、勇気付けてくれた…。


   …それは、あたしじゃないよ。


   …。


   …たぶん、ほむらだよ。


   そんな事ないよ。


   …。


   …そんな事、ないの。


   あーあ…。


   …。


   …やっぱり、まどかは。
   あたしより…ずっと、ずっと、つよい。


   …強くなんかないよ。
   今だって、怖くて仕方ないもの…。


   …。


   …だけど、一人じゃないから。
   だから、わたしは。


   ……やっぱり、つよいよ。


   …。


   ……にげてごめんね、まどか。


   ううん…逃げたって、いいんだよ。


   …。


   …もしも、駄目だって言う人がいたとしても。
   それでもわたしは…それでもいいって、何度でも言うから。


   ……ぅ。


   ……。


   …まどか、……まどか。


   しあわせに…。


   …。


   …なろうね、さやかちゃん。


   ……ぅぅ。





   さやか。





   あ。


   ……。


   どうした、さやか。


   …きょぅ、こ?


   今、戻った。


   あぁぁぁぁぁ……。


   ばか…何、泣いてるんだよ。


   …きょうこ、……きょうこ。


   たく、さやかはしょうがないな…。


   …まどか。


   ほむらちゃん。


   …思った通りだったわ。


   そっか…でも、間に合って良かった。








   お帰りなさいませ、皆さま!
   お風呂、出来てますよ!バーンとぉ!入っちゃって下さい!!
   その後にごはん、杏子さまが最も楽しみにしてるごはんにしますから!
   このイツ花、腕によりをかけて支度しますから楽しみにしてて下さいネ!








   ただいま、イツ花。


   お帰りなさいませ、まどかさま!
   ご無事で何よりです!


   うん、ありがとう。


   …飯、ねぇ。
   そりゃ、楽しみには違いねーけど。


   あらあら、杏子さま。
   なんだか大変な事になってますねぇ。


   こんなもんだろ、討伐に行けば。


   これは杏子さまが一番ですね、お風呂!
   ご装束は盥にでも放り投げておいて下さいな!


   あー…多分、落ちないと思うけどな。


   ……。


   お帰りなさいませ、さやかさま。
   お身体は大丈夫ですか?お怪我はありませんか?


   ……。


   どうぞ、杏子さまとゆっくり湯船に浸かってきて下さいね。
   良いですか?肩まで浸かるんですよ?


   ……うん。


   何か変わりは無かったかしら。


   はい、特段何も!お帰りなさいませ、ほむらさま!
   後でこの度の戦果をどうぞ、お聞かせ下さいね!


   ええ。


   それではイツ花!
   ごはんの支度の続きをしに、厨に戻りまーす!


   と、言うわけだから。
   さやかちゃん、杏子ちゃん、先に入って?


   ……。


   ……。


   わたしとまどかは後で入るから。
   杏子、イツ花も言っていたけれど、貴女が一番酷いわ。


   これでも、途中の川で少しは落としたつもりなんだけどな。


   少し、ね。


   臭いまでは取れないわ。


   …しょうがねぇな。


   ……杏子。


   …入るか、風呂に。


   ん……。


   着替えはわたしが





   そうそう!
   お着替えならもう、用意してありますよー!





   …だって。
   じゃあ、ゆっくり…ね。


   悪いな、まどか。
   あんたも疲れてるだろうに。


   ううん、いいの。


   ほむら。


   気にしないで。


   じゃあ…行くか、さやか。


   ……うん、きょうこ。








   …少し、熱そうだな。


   ……。


   滑らないよう気を付けろよ、さやか。


   …ん。


   ん?


   …手。


   ああ。
   ほら。


   ん…。


   先に躰、洗わないとな。


   背中、杏子がやって?


   ああ、分かった。


   杏子の背中はあたしが洗ってあげるね。


   おう。


   じゃあ、先に良いよ。
   杏子、酷い様みたいだから。


   ……。


   …?
   杏子…?


   こんなに素直じゃなかったな、って。


   …。


   餓鬼の頃だよ。
   なんでか知らねーけど、いつもあたしがお前を入れる当番だった。
   いやだいやだの一点張りで、あたしがどれだけ難儀したか。


   …覚えてるよ。


   ま、一寸前までの話だからな。


   ううん、もう大分前の話。


   そーか?


   そーだよ。


   そーかな。


   そーなの。


   仕方ね、そーいうことにしといてやる。


   …ほむらはまどか、だったね。


   そうだよ。
   まどかの方が絶対、楽だったに違いないのにさ。
   ほむらのヤツ、絶対に譲らなかったんだ。


   …今を見てれば、分かるじゃない?


   まぁ、なぁ。


   それに。


   うん?


   …スナオじゃないのは、あんたも同じ。


   なんだ、それ。


   入りたかったんでしょ、あたしと。


   何言ってんだか。
   あたしは一人で入りたかったよ、その方がゆっくり出来るしな。


   烏の行水だったくせに。


   失礼だな。


   …ふふ。


   ……。


   …やっぱり、二人の方が良いな。
   二人だけの方が普通に話せるもん…。


   …さやか、くっつくと穢れが移るぞ。


   いいの…。


   …よくねーよ、ばか。
   洗い辛いだろ。


   ……。


   さやか。


   …傷だらけだった。


   ……。


   …あまり無理しないで。


   してねーよ。


   ……。


   出来ると思ったから、やったんだ。
   じゃなきゃ、やらねーよ。


   …そうだとしても。


   お前が、居てくれたからな。


   …あたしが。


   やっぱり、お前の癒しはこの家一番だ。
   そればかりは、変わらない。


   …杏子。


   ……だから洗い辛いって、さやか。


   ……。


   今日一晩、ゆっくり寝たら。
   明日からはまた、鍛錬を始めるからな。


   …うん。


   背中、頼む。


   ん…頼まれた。


   ……。


   …ね、杏子。


   なんだい?


   …まどか達には悪いけど。
   お風呂、ゆっくり入ろうね。


   ま、二人分だからな。
   少し待たせたって良いだろ。


   …かな。


   後ろから抱いてやるから、安心しろ。


   ……。


   しなくても良いなら、やってやらねーけど。


   …そんなわけ、ない。
   ばか…。








   …ゆっくり、だね。


   然うね。


   久しぶりだしね。


   二人分などと、言っているのだと思うわ。


   でも、いいんじゃないかな。
   やっぱり、おうちのお風呂はいいもの。


   ……。


   ねぇ、ほむらちゃん。
   聞いてもいい?


   …何。


   わたしはほむらちゃんだったよね。


   …?


   お風呂。


   …ええ、然うね。


   それで、さやかちゃんは杏子ちゃんだった。


   それが聞きたい事?


   うん。
   どうしてそうなったのかなぁって。


   指を掴んだからよ。


   …指?
   掴む?


   ええ。


   え、と…。


   さやかがこの家に来た時、一番最初に掴んだものは、他の誰のでも無く、杏子の指だった。
   だから、さやかの面倒は杏子が見る事になった。当然、お風呂も。
   まぁ、本人は相当不本意だったみたいだけれど。


   へぇ、そうだったんだ。
   じゃあ、わたしも?


   …。


   わたしは…その、ほむらちゃんの指を?


   いいえ。


   え。


   貴女は…笑ったのよ。


   笑う?


   …。


   ほむらちゃん?


   …杏子にはさやかがもう居て、それだけで手一杯だったから。
   だから、まどかは私が見る事になった。
   ただ、それだけの事。


   …そう、なんだ。


   …?
   まどか?


   …指、掴まなかったんだね。


   ……。


   えへへ…ちょっと、残念。


   …そんな事は無いわ。


   …。


   貴女の笑った顔を見た時…事情を何も知らない笑顔を見た時。
   私は…。


   …わたしは?


   ……何でも無いわ。


   えぇ、言いかけたのにひどいよぉ。


   大した事では無いから。


   大した事、あるよぉ。
   だって、気になるもん。


   ……それより。


   ほむらちゃん。


   …。


   ……。


   …杏子にでも聞いてみれば良いわ。


   杏子ちゃんに?
   どうして?


   杏子がさやかに指を掴まれた時に抱いた気持ちと恐らく、似ていると思うから。


   ……。


   ……。


   …ありがとう、ほむらちゃん。


   未だ聞いてもいないのに。


   …ううん。
   もう、いいの。


   ……。


   …やっぱり、おうちはいいな。
   ほむらちゃんとゆっくりお話し、出来るし…。


   …。


   そうだ、ほむらちゃん。
   お風呂、子供の頃みたいにまた一緒に入らない?


   …もう、子供では無いでしょう?


   でも元服してないよ。


   …さやかじゃあるまいし。


   さやかちゃんだって、暫くは杏子ちゃんと入って…。


   ……。


   ……。


   …良いわ。
   但し、今日だけよ。


   うん…ありがとう、ほむらちゃん。


   …礼には及ばないわ。


   ……。


   …本当ゆっくりね、あの二人。
   杏子一人だったら、烏の行水なのに。


   多分、さやかちゃんのお願いなんじゃないかな。
   杏子ちゃんとゆっくりしたかったんだよ。


   …どうせ、後でたっぷりするでしょうに。


   えへへ…そうだね。


   杏子は結局、さやかにはとても甘い。


   だけど、杏子ちゃんがいてくれたから、今のさやかちゃんがいる。
   わたしはそう、思ってるの。


   …それは、認めるわ。


   ……。


   ……。


   …今回の討伐の話、ちっともしてないね。


   …本当ね。








   なんであたしが…!


   あら、指掴まれたじゃない?


   こんなの、偶々だろ?!
   大体なんだよ、その決まり!


   いつからか然うなったみたいなのよね。
   でも、良いと思うのよ。


   良くない!


   然うかしら。
   じゃあもう一度、やってみる?


   ああ、当然だよ。
   ほむら、お前も手ぇ出せ。


   …往生際が悪いわね。


   うるさい、早く出せよ。


   ……。


   良いか、お前が掴むのはあたしのじゃないぞ。
   分かってるな、ちび。


   こら、赤子に向かって何て言い方をしているの。
   …て、あら?


   マミ、早くしろよ。


   この子、貴女の方を見ているわ。


   は?


   ほら。
   うふふ、綺麗な蒼い瞳ね。


   そんな事、どうでも良いよ。
   そんな事よりも今は…


   本当に見ているわね。


   …おい、ほむら。


   これは、やっぱり。


   貴女が見るべきだわ、杏子。


   だからなんでそうなるんだよ!


   だって、指を掴まれたから。
   残念だわ。


   だったらマミ、あんたが見てやれよ。
   あんたの方が


   この子は貴女を選んだから。


   ほむら。


   こればかりは仕方無いわね。
   ずっと、然うしてきたのだから。


   だからって、なんであたしが


   杏子。


   ……。


   はい。


   …なんだよ。


   抱いてあげて?


   …やだよ、そんな弱々しいの。
   一寸力を入れたら、壊れちまいそうじゃないか。


   大丈夫よ。
   この家の子だもの。


   いやなもんは、いやだ。


   ……。


   あ、ほむら。
   あんた、何そそくさと部屋から出ようと


   もう、決まった事だから。
   これ以上、ここに居ても仕方が無いわ。


   あたしは未だ、





   あーーー。





   …うわ。


   ほら、抱っこしてって言ってるわ。


   言ってないだろ。
   あーって言っただけ


   良いから。


   だから、やだって…う。


   はい。


   ……マミ。


   ね。


   ……くそ。


   抱っこ、してくれるって。
   良かったわね。


   …こっちは一つも良くない。


   出来るだけ、優しくね?


   …知らねぇよ、もう。


   ……。


   …お、…う。


   ね…あったかいで





   あーーーー!!!





   う、うわ。


   …あら。


   お、おい、こら、動くな、落としちまうだろ!


   ……。


   お、大人しくしろよ。
   …て、おいこら!


   ……うーん。


   マ、マミ、どうにかしろ!


   私もなるべく協力はするから。


   て、おい。


   大丈夫よ、多分。


   多分ってなん…て、いてぇ!
   髪、引っ張んな!


   ふふ。


   笑ってんじゃねぇ、マミ!


   楽しそうだなぁって。


   楽し…て、人の口に指入れんな!
   噛んじゃったらどうするんだ、ばか!


   ……。


   止め…止めろ、さやか!


   ……大丈夫ね、屹度。


   笑ってんじゃねぇ、さやか…!!









   …さやか。


   ん…。


   …もう、上がろう。
   これ以上は上せちまう。


   ……もう少し。


   と言うかさ、お前。


   …なに?


   寝てたろ、今。


   …寝てないよ?


   いや、寝てた。


   …それは、杏子。


   あん?


   さやかちゃんと一緒に入るお風呂があんまりにも気持ち良くて。


   何言ってんだよ?


   寝ちゃってたでしょ?


   あたしは寝てない。


   うーそ。


   なんでだよ。


   …うふふ。


   おい、さやか。


   ……。


   …本当に上がるぞ。


   ねぇ。


   …。


   あたしの一番古い記憶、教えてあげようか。


   …今、か?


   そう…今。


   後でじゃ


   今じゃなきゃもう、言わない。


   …。


   …気になるなら、今、聞いて?


   ……なるべく、手短にな。


   どうかなぁ…。


   …あたしが上せちまう前に。


   ふふ…分かった。


   …それで、なんだい?


   赤い、もの。


   …うん?


   赤いのが、動いてるの。


   …なんだそれ。


   あたしのすぐ前でね、赤い何かがあたしを見てるの。
   瞳を覗き込まれてる、と言うのかな…。


   …で?


   だから、あたしはそれが気になって。
   手を伸ばすの。


   …うん。


   で、多分、掴めたと思うんだけど。


   ……他の色は?


   覚えてない。


   …赤、か。


   そう…赤。


   ……。


   …それが多分、あたしが初めて見た色。
   あたしの最初の記憶。


   ふぅん…。


   ね、杏子の一番古い記憶ってなぁに?


   あたしの?


   そう、あなたの。


   …なんだろうな。
   考えた事、無いな。


   じゃあ今、考えて?


   おい…。


   ……。


   …仕方ねーな。
   あーー……。


   …やっぱり、食べ物のことなのかな。


   ……。


   ……あたしなわけ、ないよね。


   空。


   …え?


   蒼。
   多分、空の色。


   それが?


   縁側で日向ぼっこさせられてたって話だから。
   だからだと思う。


   そう、なんだ…。


   ……。


   蒼、なんだ…杏子は。


   …ああ。


   ……なんだか、ちょっと嬉しい。


   ……。


   ……。


   ……お前の瞳の色は。


   ん…。


   綺麗な蒼だな…。


   …どうしたの?


   どうもしねぇ。


   …。


   赤ん坊の頃から綺麗で。
   その瞳であたしの事、いつも、見てやがった。


   ……今も、ね。


   ん…さやか。


   今も、だよ……。


   …ああ、そうだな。


   ……ずっと、見ててね。


   しょうがねぇな…。


   ……。


   …もう、出ても良いか?


   ねぇ…。


   …なんだい。


   人魚の肉って、知ってる…?


   …人魚の?
   なんかまずそうだな…。


   …でも、出されたら残さず食べるでしょ?


   ……それで。
   それがどうしたって?


   …食べると。
   長生き出来るんだって。


   へぇ。


   …で。
   生きたまま、食べると。
   不老不死になれるんだって…。


   …笑えねぇな。


   ……かな。


   不老不死になんて、なりたくない。


   …そっか。
   だけど。


   ……。


   …順番のままだったら。
   杏子が、先だから。


   …。


   …ずっと一緒にいてくれるんでしょ?


   ……ああ。


   だったら。


   …生きたままは勘弁してくれ。


   …。


   食い物を粗末にはしねぇよ。


   …うん、知ってる。


   ……。


   ……。


   ……さやか、もう。


   ね…。


   …。


   これ…あたしのと、おそろい。


   ……さやか。


   …おそろいに、してくれた。


   いっそ、これで刺してやろうか…?


   …あ。


   ……。


   …ふふ、ちくちくする。


   ……。


   鬼も、こうしてたりして…。


   …してないだろ、多分。


   ええ…。


   …こんな戯れをするのは、ヒトだからだよ。


   ……。


   …さやかも、あたしも。


   きょうこ…。


   さ…出るぞ、さやか。


   …またちくちく、してくれる?


   ……気が向いたらな。


   じゃあ、向いてね……。


   さ、出るぞ…さやか。


   ……。


   さや


   においが、する…。


   ……。


   …あの花、の。


   するか…?


   …するよ、すごく。


   ……。


   むせかえるような、におい……。








   ゆっくりだったね、さやかちゃん。

   二人分とは言え長湯が過ぎるわ、杏子。








   ……んー。


   …さやか。


   ……。


   …だから、腹の上に乗るなって。


   いつもは


   今夜はしてないだろう。


   …今夜は、ね。


   …疲れたろう。
   早く眠った方が良い…。


   ……。


   …おい。


   疲れた、疲れたね…。


   ……だから。


   血のにおい…噎せ返る程の。
   あの花と同じ…。


   ……。


   …沢山、殺してきたから。


   ……。


   たくさん、たくさん、ころしてゆくから…。


   ……さやか、重い。


   …。


   …ぐえ。


   これが、あたしの重みなの…。


   …鳩尾を押すな、苦しいだろ。


   ……。


   ……ほら、寝よう。


   ね、きょうこ…。


   …なんだい、さやか。


   ずっと、いっしょ…。


   …ああ、一緒だ。


   ……ひとりぼっちは、さびしいから。


   ……。


   やん…。


   …ほら、下りろ。


   このままがいい…。


   …おい、こら。


   ……。


   …お前なぁ。


   ……。


   …なぁ、さやか。


   ……。


   祝言、だってさ…。


   …しゅうげん?


   そう、祝言…。


   ……だれの。


   誰だろうな…。


   ……。


   ささやかでも、良いんだってさ…。


   …だから、だれのなの。


   ……。


   きょうこ…。


   ……。


   …。


   ……はな、つまむ、な。


   おしえてくれないから。


   …。


   …。


   …明日、教えてやる。


   いや、いまがいい…。


   その方が…ほら、寝る楽しみが出来るだろ?


   いや。


   ……。


   ん…。


   …明日、だ。


   ……。


   …おやすみ、さやか。
   今夜はゆっくり眠ろ…?


   ……ぜったい、だからね。


   おう…絶対、だ。


   ……。


   …て、腹の上では眠るなよ。


   ……うで。


   …。


   うで。


   …しょうがねぇな。
   ほら…。


   ……。


   …おいで、さやか。


   うん…。


   ……。


   ……。


   …花の匂い、するな。


   夜の方が、すごいよね…。


   ……苦手だな、やっぱり。


   うん…あたしも。