ねぇ、ロンティタ。


   なぁに、エリス。


   あなたの名前、どんな意味があるか知ってる?


   うん、しってるー!


   じゃあ、なぁに?


   たまご!


   うん、正解。


   エリスがおしえてくれたんだよ?


   うん、そうだったね。


   ナディの、ばあちゃんのことば!


   そう、ナディの…「おばあちゃん」の言葉。


   えへへ。


   でもね、ロント。


   なぁに?


   ロントが今よりもずぅっと、大きくなったら。
   本当の名前を貰うの。


   …?
   ほんとう?


   そう、大人になったら…。


   ロント、ロントがいい。


   …ね、ロント。
   今日で、いくつになった?


   みっつ!


   ん、正解。


   えへへー。


   ね、ロント。
   たまごの殻が破れると、何が出てくると思う?


   …?
   ロント、たまごすき。


   …うん、そうだね。


   エリスがつくったの、すき!


   ありがとう、ロント。


   だからまたつくって。
   あまいのがいい!


   いえっさ、ロント。
   今日の夜に作ってあげるね。


   ナディもすきなんだよ!


   くいしんぼだから。


   くいしんぼ、くいしんぼ!





   なんの話だ。





   あ、ナディがきたー!


   来ちゃ悪いかー。


   わーるーいー!


   なんだとぅ。


   わぁ!


   こら、はしゃぐな。
   エリスが寝てるでしょうが。


   ナディ。


   エリス、体調は?


   …ん、平気。


   そ。


   ね、ナディ。
   今日の夜、甘いたまご焼き、作るね。


   ん、分かった。
   楽しみだな。


   ん。


   ナディ、ナディ。


   うん?


   ロント、たまご!


   卵?
   ごはんならさっき、


   ううん、ロントがたまご!


   ああ。
   そう、あんたはまだまだたまご。


   ふふ、ふふ。


   でもね、ロント。


   なぁに?


   たまごはいつか、割れるの。


   …?


   正確には殻、だけど。


   から?


   そう、殻。


   ふぅん。


   ま、良いけど。


   …ふふ。


   ナディナディ、あそんで。
   ロント、あそんで。


   あたしは


   ナディ、お願い?


   エリス。


   私、少し眠るから…だから、ね。


   分かった。
   じゃあ、ちょっとだけね。


   やったー!


   良かったね、ロント。


   ん!


   おいで、ロント。
   外、行くよ。


   いえっさ!


   行ってらっしゃい、ロント。


   うん!


   じゃあエリス、また後で。
   外って言っても、家のすぐそばにいるから。


   ん、行ってらっしゃい。


   ナディ、ナディ。


   はいはい、分かったから。
   騒ぐなって。


   ……。








   「ロント」。


   いつか、その殻が破れたら…。















  R u n t u















   ロント。


   …。


   ロント。


   …。


   ロント、聞こえてるならちゃんと返事しろ。


   …聞こえない。


   聞こえてるじゃないの。


   聞こえてない。


   ロン


   エリス。


   うん?


   わたしはもう、たまごじゃないよ。


   たまご?


   ロントって昔の言葉で「たまご」って意味なんでしょ。


   そうだけど。


   ナディには言ってない。


   …こいつ。


   それがどうしたの?


   もう、わたしはたまごじゃない。


   …そっか。


   何言ってんだか。
   あんたはまだ、


   もう、十二才だよ。


   歳は関係ない。
   芋の皮も満足に剥けないでしょ、あんた。


   ナディだってへたくそ。


   なんだとぅ。


   ナディは不器用なだけだよ?


   エリス、それフォローになってないから。


   そう?


   兎に角。
   今のあんたの名前はロントだから


   いやだ。


   ああ?


   ねぇエリス、本当の名前はいつもらえるの?


   欲しいの?


   だってもう、たまごじゃないから。


   そういうことを自分で言ってる時点で、たまご、だ。


   つか、ナディに言われたくない。


   あぁ?


   わたし、とっくに乳離れしたよ。


   …は?


   でもナディはいまだに出来てない。


   …いやいやいや、待って。
   あんた、何言って


   おっぱい離れ、ナディはしてない。


   ………エリス。


   私、何も言ってないよ。


   ……ロント。


   だから、ナディには言われたくない、


   何言ってるんだかさっぱり分からないけど、あたしは別に


   ロント。


   何、エリス。


   ナディは良いんだよ?


   …。


   しなくて、良いの。


   エ、エリス…!!


   …ふふ。


   と、兎に角だ。
   ロント、あんたは


   やだ。


   ……こいつ。


   ねぇ、エリス。
   わたしはもう、たまごじゃない。
   乳離れだってしてる。


   んー…。


   つか、ロント。


   …。


   あんたの名前考えたの、誰だか知らないとは言わせないわよ。


   ……。


   ロント。


   …エリス。


   そう、エリス。
   あんたがお腹にいる頃から、エリスは考えていたの。
   それをあんたは


   …でも、本当の名前じゃないんでしょ。


   だから?


   ……。


   あんたはロント。
   それ以上の名前なんて、今は


   ナディ。


   …なに、エリス。


   考えてって、言ったよ?


   …。


   ロント。


   …なに。


   ナディがちゃんと、くれるから。


   ……いつ。


   いつか、きっと。


   今がいい。


   だからあんたはエリスがくれた名前を


   だったら、二つ名乗ればいいだけだよ。


   は?


   エリスはロントって呼んでいいけど、ナディはだめ。
   たまごって言ってるみたいだから。


   言ってないわよ。


   言ってる。


   言ってないっつの。


   言ってるよ。


   あんたは…。


   どうせ。


   あ?


   考えてないんだ。
   だから、


   ちゃんと考えてるわよ。


   エリス、エリスが考えて。


   て、こら。


   わたし、エリスに考えて欲しい。


   だめ。


   …。


   いつか、ナディはちゃんとくれるから。
   ロントがもう少し、大きくなったら。
   だから、ロント


   いやだ、今欲しい。


   …ナディ。


   ロント、エリスを困らせるな。


   困らせてない。
   エリス、わたしは本気なんだ。


   ロント、いい加減にしなさい。


   ……。


   ロント…。


   ……もう、いい。


   ロント、どこに行くの?


   …外。


   それより、手伝え。


   ……。


   こら、ロント。


   ……。


   …行っちゃった。


   たく、あいつは。
   いきなり何を言い出すんだか。


   年頃…?


   どうだか。
   たく。


   …もしかしたら。


   あ?


   …リリオのせい、かも。


   リリオの?


   早く大人になりたいのかも。


   色気付いて。


   ねぇ、ナディ。


   うん?


   本当にちゃんと考えてる?


   まぁ、ね。


   本当に?


   つかさ。


   うん。


   あくまでも、あいつ次第なのよ。


   ロントの?


   それで、決まるから。


   …それ、考えてないって事?


   今のあの子の名前はロント。
   これ以上の名前は無い。


   ……。


   馴染みすぎていてさ。
   エリスが考えたコトだけあるって言うか。


   …それ、誤魔化してる?


   違うって。


   本当?


   本当だって。


   …ん。


   あの子はロント。
   今はそれ以上の名前は思いつかない。


   …じゃあ、そういうことにしておいてあげるね?


   うん、しておいて。


   …ふふ。
   でもね、ナディ。


   分かってる、から。


   ん。








   リリオ、さ。


   ロント。


   いつになったら結婚、できるかな。


   そうだなぁ。


   わたし、十二才になったんだよ。


   うん、知ってる。
   この間、お誕生日だったものね。


   うん。


   エリスが作ったケーキ、美味しかった?


   うん、おいしかった。


   ナディから貰った本はもう、読んだ?


   …今、読んでるところ。


   面白い?


   面白いけど、リリオが話してくれる話のほうが面白い。


   ロントが本を読むのって、エリスの影響だよね。
   エリスも良く、読んでたなぁ。


   ナディは読まない。


   そうかな。
   ナディだって


   見たこと、ないもん。


   …そっか。
   でもエリスに色んな事を教えたのは、ナディなんだよ。


   …知ってる。
   エリスがよく、話してくれたから。


   色んなもの、貰ったって?


   いっぱい、貰ったって言うんだけど。
   ナディ、昔から貧乏だから、何をあげたのか分かんない。
   何かあげたとこ、あんまり見たことないし。


   お金じゃ、買えないもの。
   かな。


   …。


   ナディはお金、あんまり持ってなかったけど。
   お金じゃ買えないもの、いっぱい、持ってたんだって。


   …ふぅん。


   そうだ、ロント。


   ん?


   はい、これ。
   会ったら渡そうと思っていたの。


   なに?


   私からの誕生日プレゼント。


   わぁ。


   エル・カザドのお話、今まで話してあげた分をまとめてみたんだけど。
   うまくまとまってるかは、ロントが読み終わってから教えて?
   今後の参考にするから。


   いえっさ。
   ありがとう、リリオ。
   大事にする。


   どういたしまして。


   ねぇ、リリオ。


   うん?


   結婚しよう。


   …。


   しよう。


   …うーん、まだ出来ないかなぁ。


   十二才になったのに。


   なったね。


   だから、


   エリスにね、聞いた事があるの。


   …?
   何を?


   名前のお話。


   ……。


   子供が大人へと成長した時、初めて本当の名前を貰えるんだって。


   …でもそれ、昔の習慣だよ。


   うん。


   ……。


   だからロント、貴女が本当の名前を貰ったら。
   その時は、ね。


   …もらえないよ。


   どうして?


   だって、ナディだから。


   ナディだから、どうして?


   …くれないよ。
   いつまでも子ども扱いするから。


   そんな事、ないと思うけどなぁ。


   そんなこと、あるよ。


   ロント。


   …。


   ね、ロント。
   ロントの気は変わらない?


   …。


   私と結婚してくれるって言ってくれている気持ち。
   変えない?


   …変えないよ。


   でも私の気が変わっちゃったら、どうする?


   リリオの?


   そればかりは分からないから。
   ロントの気持ちだって、そう。


   …。


   だからね、ロント。
   早く大きくなって、ナディのこと、見返してあげて?
   ね?


   …。


   ロンティタ?


   …それ、いやだ。


   じゃあ、ロント。


   …分かった。


   頑張らないと駄目だよ?
   ナディ、わりと厳しいから。


   エリスにはあまあまなのに。


   ふふ、そうだね。
   でも、それがナディだから。


   うすらタコス。


   ふふ。








   ぷぅぅぅぅぅぅ…。








   へたくそ。


   …。


   よっこいせ、と。


   ……。


   少しは手伝え。


   …これ。


   エリスに頼まれたから。


   なんでここに持ってくるの。


   あんたがここでさぼってるから、だ。


   ……。


   今夜のごはん。
   あんた、好きでしょ。


   …。


   あたしも食べるのは好きなんだけど、なぁ。
   皮剥きがね。


   …。


   それでもあんたよりかはずっとマシだけど。


   …エリスがむいた方が薄い。


   あの子は昔から器用だから。


   …。


   出逢った頃はあんなに器用だとは思ってなかったけど。


   …。


   あたしはエリスほど器用じゃない。
   そんなの、とうの昔に知ってる。


   …。


   ソーセージ、良く焦がしたし。


   …知ってる。


   あ、そ。


   ……。


   出逢った頃は…無表情で。
   おいしいものを食べても変わらないし、おいしいなんて言葉も出てこなかった。
   それが…。


   …。


   …本当、人は変わるもんだ。


   …。


   うーん…これは、勿体ないかな。


   もったいない。


   あーあ。


   …。


   …そんなに名前、欲しいの。


   …。


   リリオと結婚したいから?


   …。


   だとしたら、まだ、あげられない。


   …どうして。


   それは自分で考えろ。


   …。


   分からないうちは、だーめ。


   …。


   大体、あのリカルドが今のあんたをリリオの相手として認めるとは思えないしね。
   あの朴念仁、剥げ頭になった今でもリリオ溺愛の親莫迦親父だから。


   …。


   ま、最終的にはリカルドなんて、どうでも良いんだけど。





   ……ぷぅぅ。





   へたくそ。


   …。


   あたしはそれ、得意。


   …。


   ほれ。


   …?


   あんたもやる。
   やってればそのうち、出来るようになる。
   やらなければ、いくらたっても出来るようにはならない。
   オーケイ?


   …。


   言っておくけど。
   これはエリスのお手伝いだからね。


   …いえっさ。


   芽、ちゃんと取るのよ。


   言われなくても、分かってるよ。


   あ、そ。


   ……。








   エリス、芋の皮剥き終わったわよ。


   ありがとう、ナディ。


   こちらこそ、ありがと。


   うん?


   ごはん、作ってくれて。


   どうしたの、急に?


   いつも言ってるじゃない。


   そうだった?


   そうだった。


   ……。


   ロントも剥いてくれたの?


   …うん。


   ありがとう、ロント。


   …。


   で、今夜はこれで何を作ってくれるの?


   なんだと思う?


   うーん、何かな。


   …分かってるくせに。


   なに、ロント。


   なんでもない。


   そーかい。
   それでエリス、なに?


   今日はね…


   …わ。


   ロントの好きなもの。


   わたしの?


   ロントの、ねぇ。


   やきもち?


   なんでもそれに結びつけるなって、言ってる。


   えへへ。


   あたしは溶かしたチーズと一緒に食べるのが好きなんだけどな。


   知ってる。
   けど。


   けど?


   ロントが好きなの、ナディも好きだから。


   まぁ、そうなんだけど。


   そうだよ?


   はいはい、そうですよ。


   ふふ…?


   ……。


   ロント?
   どこへ行くの?


   …外。
   外で本、読んでる。


   じゃあ、ごはん出来たら呼ぶね。


   うん。


   ……。


   …ナディ?


   やれやれ、お年頃ってヤツは。


   ね…。


   これもリリオのおかげ、かい。


   恋をすると人は変わるの。


   …恋、ねぇ。
   あの子の場合は


   それに。


   それに?


   恋とは常に、一種の狂気だから。


   きょうき?


   狂気。


   …勘弁してくれ。
   十二才にしてそれだったら、先はどうなるんだ。


   恋に年なんて、関係ないの。


   …む。


   それから、恋は手段を選ばないんだって。


   ……。


   ナディ?
   頭、悪いの?


   …悪いんじゃなくて、痛いの。
   つか、こら。


   冗談。


   たく。


   ふふ。


   でもまぁ、あんたの子だしなぁ。


   どういう意味?


   さぁ、どういう意味でしょう?


   …。


   深く考えるなって。


   …気になる。


   はは。


   ……。


   …あたしは結婚しようなんて、ほいほい言えなかったな。


   ……。


   言えなかった。


   …うん、ナディは言ってくれなかった。


   …。


   でも、してくれた。


   …そりゃあ、したかったから。


   ……。


   ん、なに…。


   ナディは、いつも。


   ん…。


   …いつか、ばかりだった。


   うん…そうだったね。


   ずっと、待ってた…。


   …。


   待ってた…。


   …うん、待たせてばっかりだった。


   ん、ナディ…。


   だから、今は。


   あ…。


   …待たせないように、してるつもりなんだけど。


   でも、鈍感だから…。


   それは、な…。


   ……。


   ……。





   『…ふふ』





   …ねぇ、ナディ。


   うん…?


   …私の事、好き?


   勿論…。


   ……。


   …好きよ。


   今でも、変わらない…?


   …変わるわけ、ない。


   良かった…。


   …ねぇ、エリス。


   なぁに…?


   ロントって。


   …?


   改めて、良い名前だと思う。


   …。


   あの子は気付いてないみたいだけど、さ。


   ……。


   あたしは…いつの間にか、ナディだったからさ。


   でも、ちゃんと貰ってたよ…。


   …。


   ねぇ、キジャ…?


   …そう、なんだけど。
   それはもう、昔の名前だから。


   今は、ナディ?


   そう、あんたがそう呼んでくれるから。


   私もエリスだった。


   …。


   どうしてエリスなのか、分からない…。


   …エリス。


   でもナディが呼んでくれるから。
   ずっと、呼んでくれたから。


   …ん。


   …。


   まぁ、そんなもんなのかなぁ…子供って。


   …ナディ。


   うん…?


   ……。


   …え、と。
   エリス。


   …なに。


   ……あたしの事、好き?


   …。


   お…と。


   ……大好き。








   いつまでもそんなトコで読んでたら、目、悪くなるわよ。


   もう、読んでない。


   あ、そ。


   いちゃいちゃするの、もういいの。


   …あのな。
   ごはん、呼びに来たんだけど。


   …そうだと思ってた。


   分かってるなら、さっさと戻ってきやがれ。
   こっちは腹空かしてるって言うのに。


   ナディは、ごはんとエリスの事ばかりだ。


   失礼な。


   本当の事だから。


   あんたが入ってない。


   …。


   そう、あんた。


   …入ってないと思うし。


   そんなわけ、あるかい。


   ぐ。


   あんたはあたしとエリスの子なんだから。


   …苦しい、ナディ。


   それ。


   …?


   リリオから貰った本?
   面白い?


   …。


   うん?


   魔女と、賞金稼ぎの話。


   ああ。


   ウィニャイマルカ。


   ウィニャイマルカ、ね。


   二人はそこへ行くために旅してる。
   ずっと。


   南へね。


   …。


   ウィニャイマルカの意味、は?


   …永遠の場所。
   昔の言葉。


   そ。
   で、まだ着いてないの?


   きっと、着かないんだ。


   なんで。


   永遠の場所、だから。
   だからずっと、


   それはどうかな。


   …。


   案外、近くにあるもんよ。
   そんなものは。


   …。


   …ま、ずっと旅が終わらないってのは分かるけど。
   生きてる限り、旅は終わらない。


   …。


   何、その顔。


   …別に。


   ほら、さっさと戻ろ。
   エリスが待ってる。


   ……。


   うん?


   …ナディは。


   うん。


   旅、してたんでしょ。


   うん、してた。
   あんたが生まれる前まで、ね。


   …。


   ま、旅とは言えないものなら、何度かしたけど。
   あんたが生まれた後も、さ。


   どうしてしないの。


   ん?


   今は、してない。
   一つの所にずっと、留まってる。


   しない、とは言わない。


   …。


   さっきも言ったけど。


   …。


   旅とは言えないものなら、あんたも連れて、した。


   …旅じゃない。


   だから、そう言ってるじゃない。


   旅はもっと、


   いつか。


   …。


   あたしはまた、エリスと一緒に。
   だから、しない、とは言わない。


   …。


   その時はロント、あんたはどうする?


   …わたしは。


   そう。
   一緒に行く?


   ……。


   それとも、


   リリオと行く。


   …言うと思った。


   わ。


   でも今のあんたじゃ、到底、無理。
   何しろ、芋の皮剥きすらまともに出来ないんだから。


   いもの皮むきなんて、


   出来ないより、出来る方が良い。
   たとえ、使わなくても。


   ……。


   リリオにおいしいごはん、作ってあげたら喜ぶと思うわよ。


   …それ、ナディだけだと思う。


   なんだとぅ?


   エリスのごはんがいつも一番で。
   そう、いっつもいっつも、いーーっつも。


   そりゃ、そうだ。


   …。


   あの子の作るご飯が一番おいしい。
   旅してると、本当にそれが良く分かる。


   いろんなの、食べたんじゃないの。


   …まぁ、ね。
   だからこそ、エリスのが好きなのよ。


   …。


   エリスはいつだってあたし、いや、あたし達の事を想って作ってくれてるから。


   …。


   ま、あんたにもそのうち、分かる。


   …ふぅん。


   分からないうちは、まだまだあんたはロント(たまご)


   む。


   さ、戻るよ。
   エリスが待ちくたび


   ナディ。


   あ?


   わたしの、名前。


   …。


   やっぱり今はくれないの。


   …人の話、聞いてなかったんかい。


   …。


   やれやれ、仕方ないなぁ。


   …。


   そうだなぁ…。


   ……。


   じゃあ…ユカ、ってのは?


   ユカ?


   そう、ユカ。


   …ユカ。


   そう、ユカ。


   ユカ。


   あんたがそれでも良いなら。


   …エリスに聞いてくる。


   おー、聞け聞け。
   ついでに意味も聞いとけ。


   エリス…!








   ユカ?


   ユカ。


   …ユカ?


   そう、ユカ。


   んー…。


   エリス、今日からわたしは


   パパ。


   …え?


   そっか、ロントはユカの方が良かったんだ。
   じゃあ今度はユカで作るね。


   …。


   今日はパパで作ったの。
   ロント、パパ好きだから。


   …パパ。


   うん?


   ……。


   ロント?





   パパのも好きよ、あたしは。





   ナディ。


   さ、ごはんにしよ。


   ナディはなんでも好き。


   辛すぎるのは苦手だけどねー。


   知ってる。
   だから唐辛子はいつだって少なめなの。


   ありがと。


   どういたしまして。


   ま、あんたも得意ではないけど。


   おたがいさま?


   似た者、の方が良いかな。
   どうせなら。


   ん、じゃあそれで。


   …あ。


   うん?


   ナディ!


   あん?


   ユカ…!


   気に入った?


   ユカって、いも…!


   あんた好きでしょ、芋。


   わたしは、いもじゃない…!


   そりゃそうだ。
   ねぇ、エリス。


   うん、ロントはロントだよ。


   でもユカはいもだよ!


   今日のはパパだけどね。
   うん、おいしそう。


   ナディとロントが皮剥き、してくれたから。


   ま、それくらいはね。


   ナディ!


   で?
   どうする、ユカ?


   …ッ。


   ユカも昔は立派な名前のひとつだった、けど。


   いやだ、そんなの!


   名前?


   そう、名前。
   どうしても欲しいって言うから。


   ああ。


   ナディ、


   ロント。


   …ぐ。


   どっちが良い?
   たまご、と、いも。


   …最初から。


   じゃあ、今はロントで。
   オーケイ?


   ……最初から!


   オーケイ、ナディ。


   て、あんたが返事するか。


   えへへ。


   最初から…!
   ずるいよ…!








   ロント。


   ……。


   ロント、良い…?


   ……


   ロント…?


   ……ナディは。


   ん…。


   いっつも、エリスばっかりで。
   わたしのことなんて、何も考えてくれないんだ。


   それは違うよ…?


   ちがわないよ。
   わたしの名前なんて、どうでもいいから、だから


   違うよ。


   …じゃあ、なんで。
   芋なんて、酷いよ。


   ……。


   わたしは、早く、早く…


   リリオと結婚、したいから?


   …。


   だからロントは名前が欲しいの?


   …それも、あるけど。


   他にもあるの?


   ……。


   ナディのように、なりたい?


   …なりたくない。


   ……。


   わたしだったら…自分の子供にあんな意地悪、しないよ。


   意地悪…。


   ……。


   …意地悪じゃないと思う。


   どうして


   だってユカ、は。


   ……。


   大切な食べ物だから。
   人の命を救う、ものだから。


   …そんなの。


   ナディはね、あなたのこと、生まれた時からずっと見てる。


   …。


   ずっと見て、ずっと、考えてる。
   私と約束、したから。


   …エリスと約束しなきゃ


   ううん、しなくても。


   …。


   ナディは…あなたのお母さんだから。
   だからあなたのこと、考えてる。
   いつも、考えてる。


   …。


   ねぇ、ロント。


   …う。


   ロントは、ロントだから。
   それだけは忘れないで。


   …ずっと、たまごのままなの。


   ううん、ずっとじゃない…。


   …


   …名前は、ロント(たまご)でも。
   でも卵のままじゃない…私は、そう、思ってるから。


   …。


   たまごの殻は、いつか、破れるもの。
   ね、破れたら何が出てくると思う…?


   …こども。


   それは、普通の卵。


   ……?


   ロント。


   …。


   …あなたの殻が破れた時。
   あなたはどんな大人になっているのかな…。


   …どんな。


   ナディのようになって欲しいけど…


   …それはやだ。


   どうして?


   だって、エリスの事しか見えてない。


   …ふふ、そっくり。


   え。


   今のロントはリリオしか見えてない。
   ね?


   う…。


   …ね、ロント。


   ……。


   今は私の、私たちのロント。
   でも、いつか…





   グゥゥゥ……。





   …あ。


   ……お腹、へった?


   ……。


   ごはんにしよう?
   ナディも待ってるから。


   …お腹、すかせて。


   そう…あの人はくいしんぼだから。


   ……。


   さぁ…ロント。


   エリスは、甘い。


   ん?


   …二人は、甘い。
   甘すぎるよ。


   そう?


   …そうだよ。
   ずっと見てたら、虫歯になっちゃうんだ。


   ふふ、そっか。
   ごめんね?








   結局、ロントのままなんだ。


   …。


   でもユカ、かぁ。


   …。


   エリスの作ったユカ・レジェーナはおいしいよね。
   もちろん、パパ・レジェーナも。
   ねぇロント、おいしかった?


   …。


   ナディ、いっぱい食べたでしょ?


   …くいしんぼだから。


   ロントもだよね?


   …わたしはあんなに食べない。


   うちにはくいしんぼが二人いるって。
   この間エリスに会った時、言ってたけど。


   む。


   エリス、嬉しそうに話してたっけ。


   …。


   ねぇ、ロント。
   エリスのごはんはなんだって、おいしいと思わない?


   …まめ、きらい。


   それはロントの好き嫌い。
   エリスのは本当においしいんだよ。


   …。


   ねぇ、ロント。


   あ。


   …ロントは、ロント。
   私はそれで良いと思う…。


   …。


   ユカ、も可愛いと思うけど。


   …芋。


   でも、大事な食べ物だから。


   ……。


   でもそうだなぁ、私はロントって名前の方が好きかな。


   …ほんと?


   うん、本当。
   変わらなくても良いんじゃないかって思ってるくらい。


   でも


   この間はああ言ったけど。
   私は今のロントが好きだから。


   …本当に?


   うん、好き。
   結婚は…まだ、出来ないけど。


   ……。


   でも、いつか。
   貴女がナディに本当の名前を貰ったら、


   ロントで、いい。


   うん?


   ロントは…ロントだから。


   良いの?


   …うん。


   あまり良くなさそうだけど。


   リリオが、言ったから。


   …。


   それに…エリスも言ったから。


   エリスが?


   ロントはロントだから。
   忘れないでって。


   それ、ナディも言わなかった?


   ナディ?


   そう、ナディ。


   …今はロントだって。
   言った。


   今は?


   うん。


   うーん…まぁ、ナディらしいかも。


   ……。


   ロント、何してるの?


   草笛。


   ああ。
   良い草、ある?


   これ。


   これが良いんだ?


   …。


   ロント?


   ナディより、うまくなる。


   ナディより?


   うまくなって、へたくそって言わせないようになる。


   そっか。


   それから、芋の皮むきだって。
   ナディに何も言わせないくらい、うまくなってやるんだ。


   じゃあ、頑張んないとね。
   ナディの草笛は、とてもきれいだから。
   皮剥きは…あまり得意じゃないみたいだけど。


   リリオ、聞いてて。


   はい。








   名前、ね。


   …ん。


   考えては、いるんだけど…。


   …だけど?


   考えるものじゃないのかもしれないな、て。


   …どういう意味?


   エリスはさ。


   うん。


   あの子の名前、どうしてロントにしたの?


   …。


   他にも候補、色々あったじゃない?
   でも最後はロントに決めた。


   …そう、思ったの。


   思った…?


   うん…。


   …どうして?


   子供は…たまご、だから。


   ……。


   …色んなものに、なれるから。


   色んなもの、ね…。


   …私たちも、なったのかな。


   さぁ、どうかな。
   少なくともあたしがなったと言えば、賞金稼ぎかな。


   …私は、魔女?


   違うよ。


   …?


   あんたは、あたしの家族になった。
   あの子のお母さんになった。


   …だったら、ナディもだよ。


   うん…。


   …ナディは、私の大切な家族、恋人、それから。


   こらこら…。


   …夫?


   それは違います。


   …ふふ。
   ナディはロントのお母さん。


   …うん。


   名前…いつか。


   ロントって、名前。


   …。


   …それ以上のもの、今は見つからないから。


   そっか…。


   …大体、あんたが良い名前、思いついちゃうから。


   ナディが、教えてくれたからだよ…?


   …失敗した。
   教えなきゃ良かった。


   …うすらタコス。


   そうよ、あたしはうすらタコスですよ…。


   …ん、ナディ。


   名前。


   ……。


   …あたしは、ナディで。
   名無し、って意味だけど、でもあんたが違う意味にしてくれた。


   ……。


   それでも良いんじゃないかな…て。


   …そうしたら。


   あたしじゃない、かもしれないかな…。


   …リリオ?


   あいつの想いが叶えばの話…だけど。


   …。


   子供扱い、まだまだされてるみたいだからね。


   …そうかな。


   ん?


   …ナディ、鈍感だから。


   む…。


   …あん。


   ……悪かったな。


   手だけ、早くなった…。


   誰のせいだ…。


   ナディ…。


   …ばぁか。








   ……ピィィィ!!








   あ、鳴った。


   ……。


   ロント。


   …リリオ。


   え…。


   いつか、旅に出よう。


   …。


   二人で。
   ウィニャイマルカへ。


   …ナディとエリスは?


   二人で行きたいんだ。


   …エル・カザドみたいに?
   そしたら私が魔女


   本気だよ。


   ……。


   約束。


   …約束、か。
   じゃあ、約束。


   ん……。


   ……参ったな。


   何?


   ううん、なんでもない。


   …ふぅん。








   ピィィィィ…ッ!








   ……瞳の色、あの人たちにそっくりなんだもの。