−El sonido de dos corazones.





   どうして聞こえないんだろう。
   こんなにやかましい音なのに。
   ずっと、そう思ってた。





   …ナディ。


   ……え?


   …。


   なに…。


   …とまってる。


   え?


   …。


   ……あ。


   ……。


   エ、エリス…。


   …とまらないで。


   う…。


   ……とまらないで、ナディ。





   自分の胸にあたしの手を押し付ける。
   こうして触れた彼女の胸はいつもとても柔らかくて、温かくて、とても気持ちが良くて。
   触らせておきながら、少し動かしただけで小さくふるえる彼女が愛しくて。





   …はぁ。


   あ……。


   ナディ…。


   ……音。


   え…。


   ……。


   …あ。


   ……。


   ナ、ディ…。


   ……聞こえる。


   …。


   エリスの音…すごい、早い。


   ……わたしの、おと。


   …。


   ……わたしにもきかせて。


   …。


   ナディの…。


   ……うん。





   白い手があたしの胸に遠慮がちに触れる。
   自分の胸に触れさせる時は、ぜんぜん、のくせに。
   自分が触れる時は遠慮するなんて、さ。





   …。


   ナディのおと…すごく、はやくて。
   うるさい…。


   …うるさくて、悪かったな。


   ううん…。


   …。


   …わたしもきっと、うるさいから。


   …。


   だから、ナディ…。


   …。


   あ…ん。





   こんなにやかましいくせに、離れていると聞こえなくて。
   でもこうやって触れれば、くっつけば。
   それは痛いほどに。





   ……エリス。


   はぁ…。


   エリス…。


   …ナディ、ナディ…ナディ…。


   ……聞こえるよ。
   どんどん強くなってる…。


   …わたし、も。


   ……。


   きこえる、よ……。


   …うん。


   …ッ、だか、ら…。


   ……。


   もっ、と……。





   それは、きっと。
   二人が繋がる時にだけ、聞こえるんだ。
   そんなばかみたいなコトを、彼女の胸に頭を埋めながら、真剣に考えたなんて。
   …死んでも、言えそうにない。



   なかったの、に。








   くっつくと、きこえるね。
   よく。


   …うん?


   でもつながると、きこえるの。
   もっと。





   とりあえず終わって、やっぱり彼女の胸の中で(何故なら解放してくれないからだ)息を整えている時に。
   ぽそっと、でも決して聞こえなくはない声で、しかも真面目な声で彼女は言ってのけた。





   …。


   …つながらないと、きこえないの。


   ……あぁ。





   ぎゅうっと頭を抱かれる。くっついてる頬と胸が、更に密着する。
   さっきとは違って、聞こえてくるのは穏やかな彼女の心音。
   なのに、あたしはと言うと。





   …ナディ、どきどきしてる。


   うるさくて、悪かったな…。


   わるくない…。


   …悪いことにして。


   ううん、わるくない…うれしい。


   ……。





   恥ずかしい。
   恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい。
   同じコトを考えていた、と言うより、言い当てられたみたいで。
   いっそ埋まってしまいたくて、頭をぐりぐりと押し付ける。




   あ、ん…。


   …。


   …もう?


   ……うるさい。


   …わたしは、いいよ?


   うるさいって。





   頭の上からくすくすと笑う声が聞こえてくる。
   多分、嬉しそうに笑ってるに違いないんだ。
   それがまた、あたしの心をくすぐるように刺激するんだ。
   このままだと、思う壺なんだ。





   …やっぱり、もう?


   だまれ。





   躰を起こして、彼女の顔を見ると案の定笑ってた。
   ちくしょ…と思いながら、胸を吸えば、やっぱり笑う声。




   …ここは、すなおなのに。


   …っ。





   あたしが躰を起こした事で二人の間に出来た小さな隙間。
   入り込むひやりとした空気。
   と、彼女のか細い腕、小さな手。
   それはゆっくりとあたしの胸の中心に当てられる。
   やっぱり、少しだけふるえながら。





   …いとしい。


   ……だから、だまれって。


   いとしいから。


   …。


   …いとしい、おと。
   ナディの…おと。





   それから、たいして大きくもないあたしの左胸を柔らかく包んで、彼女は瞳を閉じた。
   穏やかで…優しい顔。逢った頃はこんな顔、しなかったのに。そう、笑うことだって。
   いつからこんな顔するように、出来るようになったんだっけ…。





   …つながってるね。


   え…?


   ナディと、わたし…。


   …。


   つながって、いるよね…?


   …うん、繋がってるよ。


   つながっても、いいんだよね…。


   …むしろ、もっとつながりたい。


   …。


   …。


   ……いいよ。





   あたしのちっぽけな胸を包んでいた手、それはゆっくりと、あたしの躰をなぞるように移動して背中、肩甲骨の窪みへ。
   まるでそこが自分の居場所だと言わんばかりにきれいに収めてくれて。
   一連の流れのようにあたしはもう一度、彼女の胸の中に顔を沈めて。





   …や。





   それを吸っては、舌で転がし。
   歯を立てて、食む。





   ナディ…。


   …エリス。


   また、きかせてくれる…?


   …ずっと、聞いてるくせに。


   ふふ…そうだった。


   …聞かせてよ、エリス。


   …。


   あんたの…。


   …ふたり、の。








  −Estrategia del amor.





   あなたがいないと、わたしは、いきてはいけない。





   …なんて、さ。


   …。


   そんなの、作り語だけの話で、つか自分にはありえないと思ってたんだけどな…。


   …。


   …ねぇ?


   …。


   ふふ、よく寝てる…。


   …ん、んん。


   お、と。


   ……。


   …あなたがいないと。


   …。


   ……あなたが、あたしのすべてだから。


   …。


   …なんてさ。
   絶対に、言えないなぁ…。


   …。


   ……寝顔は、こんなに幼いくせに。


   …。


   つか、童顔なのよねぇ…この子は。


   …。


   …まぁ、良いけどね。
   かわいいし。


   …。


   ……。


   …。


   …これは結構。
   恥ずかしい、かも…。


   …。


   …起きてる時は言えないな。


   …。


   ……。


   …。


   ……幼いんだけどな。
   そのくせ…。


   …。


   ……あんたが、いないと。
   あたしは、もう…。


   …。


   ……やっていけそうにない。


   ……。


   なんて、さ…。


   ……。


   エリ…


   ……。


   ……。


   ……。


   …エリス。


   ……。


   え、と…。


   ……。


   …つか、なんか言いなさいよ。


   ……。


   黙っていられると、余計…。


   …?


   ……恥ずかしいでしょーが。


   …。


   ああ、笑うな。


   …。


   笑うなって……笑うなぁ。


   …。


   エリ、む。


   ……わたしが、いないと。


   ……。


   …。


   ……だから、笑うなって。


   …。


   つか、中途半端に止めるなって…。


   ……。


   エリ、んん。


   ……。


   ……つかさ。
   寝たふりはずるいと思うよ…。


   …せんりゃく。


   は?


   これも、こいのせんりゃくのうちなんだって。


   は…?


   …せんりゃく?


   ……。


   ……。


   …ところで。


   うん。


   …どこから、聞いてた。


   …。


   …笑ってばっかだしさぁ。


   とまらないの。


   …。


   とまらない。


   …あーそうかい。
   で?


   で?


   どこから、その…聞いてたの。


   …。


   ……止まらないにも程があるっつの。


   しあわせだから。


   …。


   …しぜんと、でるんだよ?


   ……。


   …はずかしい?


   聞くな…。


   じゃあ、きかない。


   …わ。


   そのかわり、キスをして。


   …意味が分からない。


   ナディが、エリスに、


   そうじゃなくてだな…。


   …して?


   …。


   …。


   ……ちくしょ。


   ふふ…。








  −Romántica.





   わたしのどこがすき?


   ……は?


   どこ?


   どこって…。


   なに?


   なにって、あんたね…。


   おしえて。


   いや、今更何言ってんのよ。


   いまさら?


   でしょ。


   …。


   だか、…ら?


   ……。


   ……苦しいっつの。


   ナディ。


   なに。


   ちかくにいても。


   …うん?


   とおくにいても。


   ……何の話?


   にんげんは、かわるものなんだよ。


   …それは、まぁ。
   あたしも随分と変わったかなぁなんて、思うし…。


   …。


   …なに。


   どんかん。


   あ?


   いいかげん。


   て、エリ


   せっかち。


   ……。


   かわった?


   …そこじゃなくてだな。


   …。


   あんたとこうなるなん


   や。


   …て。


   …。


   エリス、この体勢は…ちょっと。


   …まだ、おしえてもらってない。


   いや、だからなんでこのタイミングなんだっつぅ話で…。


   かんけいない。


   …状況、分かってないなんて言わせないんだけど。


   はだか。


   …。


   ナディも、わたしも。


   …まぁ、そういうコトで。


   もう、にかいした。


   …それは言わんでよろしい。


   おおかみ。


   …一回目はそうだったかもしれないけど、二回目は


   おおかみナディのこどもはきっと、おおかみこども。


   …あんたの要素はどこ行った。


   わたしの…?


   そう、あんたの。


   …。


   だって、あたしだけじゃ…。


   ……。


   ……あ。


   …いいの。


   あ、いや…。


   …。


   …エリス。


   いや。


   …。


   …おしえて。


   それ、は……。


   …わたしのどこが、すき?


   え…。


   ……おしえて。


   あ、ああ……。


   どこがすき…?


   …え、と。


   ねぇ。


   ……。


   …。


   …あー。
   エリ


   こころは、かわるものだから。


   …?


   いっしょにいても。
   うつりかわるものだから。


   …なに言ってんのよ。


   だから、かさねていかないといけないの。


   …かさねる?


   すき、というきもち。
   こころ。


   ……。


   あたりまえ、なんてないんだよ。


   …。


   …。


   …なんか、よく分かんないけど。
   なんか、分かったような気もする。


   どっち?


   ……。


   あ。


   ……エリス。


   …なぁに。


   あんたがあたしに言う事。


   …。


   エリスはエリスだから。
   あたしは、む?


   …。


   ……あんたね。


   それ、だめ。


   …なんでだ。


   ぐたいてきにききたい。


   ……あぁぁ。


   ナディ。


   …じゃあ。


   …。


   あんたも教えなさいよ。


   エリスも?


   あたしはあたしだから、じゃなくて。
   あたしのどこが…その、好きなのか、もっと具体的に


   エリスのはぐたいてき。


   ……。


   ぐたいてき。


   ……なっとくいかねー。


   ねぇ、ナディ。


   …。


   ナディ。


   つか、ずるいじゃないよ。
   自分ばっかり。


   …。


   …そんな顔、したってだな。


   …。


   だめなものは、だめなの。


   …。


   あんたが言えるなら、


   …。


   …。


   ……ああぁ、もう。


   …。


   大体さ、具体的にって言われてもさ…。


   …いわれても、なに。


   ひとつになんて…その、絞れないわよ。


   …。


   …。


   …ひとつ?


   具体的ってつまり、そういうコトじゃないの。


   …。


   ……ひとつになんて。


   ナディ。


   …なに。


   そういうところ、すき。


   ……は。


   ふふ。


   わ、ちょ、エリ…


   …ねぇ、ナディ。


   な、なに…。


   わたしのこと、すき?


   …。


   …すき?


   ……好きよ、我侭なとこも。


   …。


   わがままエリス。


   …ナディにいわれたくない。


   あたしはあんたに言われたくない。


   …。


   …ふふ。


   …。


   ……ほっぺたふくらませた顔も好きだけど。
   笑ってる顔も好きよ…。


   …。


   ……あたしは、あんたが好き。
   もう、どうしようもないくらいに…。


   …。


   ……。


   …さんかいめ。


   …ん。


   したい?


   …て、聞くか。


   いって。


   …。


   …じゃないと、だめ。


   じゃあ…したい。


   …げんきだね?


   あんたに言われたくないっつの…。


   ん…。


   …あんたのせいだから、責任、取ってもらう。


   わたしだけじゃ、んん。


   …。


   …。


   ……取れ?


   ………いえ、さ。








  −Die verlorenen Kinder.





   …。


   …。


   …エリス。


   …ん。


   エリス


   …なに、ナディ。
   あ…。


   ……。


   …ナディ。


   ……。


   ん…。


   ……エリス。


   いいよ。


   …。


   はやく。


   …。


   …やって、ナディ。


   ……。


   …もっと。


   …。


   ……もっとだよ、ナディ。


   …。


   もっと、つよく……じゃ、ないと。


   …。


   …わたしは、ころせないよ。


   …!


   ……ナディのてだったら。


   …。


   ナディのてで、わたしはころされたい。


   ……。


   はやく…。


   …。


   …はやく、ナディ。
   わたしを、ころして。


   ……冗談よ。


   …。


   本当にすると思ったの。


   …してくれればいい。
   そう、おもったの。


   …しないわよ。
   ただの冗談、遊び。


   ……あそびで。


   …。


   ナディはひとをころすの。
   ころせるの。


   …何を言っているの。


   ナディのては。


   …言うな。


   ……たくさん、ひとをころした。


   …。


   わたしがしらないこと。
   でも、しっていること。


   知らないわよ。
   知るわけが無い。


   …そうだね。


   …。


   でも、しってるよ。
   ナディはひとごろしだということ。


   ……。


   …そのめが、ほんとうのナディなの。


   …。


   それとも…。


   …エリス。


   ……わたしを、だいてくれているとき。
   ナディはそういうめをしている…。


   …何よ、それ。


   ……ほんとうのナディ。


   …。


   ほんとうのナディは、んん。


   …。


   ……ナディ、は


   黙れ。


   …どこに、いるの。


   ……。


   どこに…


   …ここに、居るわよ。


   ……。


   どこに居るかだって?
   こんなのが、他に居てたまるか。


   …。


   殺したいのはあんたじゃない。
   いつだって


   …そう。


   …ッ。


   そうやっていつも、ナディは。


   ……うるさい。


   ねぇ、ナディ。


   …。


   …わたしは、あなたがすべて。


   は。


   …すべてなの。


   嘘吐かないでよ。


   …うそじゃない。


   だったら、証明してよ。


   …。


   出来ないくせに。
   簡単に


   ナディが、のぞむなら。
   それは、いつだってあなたのそばにあるから。


   ……。


   …あなたは、わたしのたいよう。
   あなたがいないと、わたしのせかいはくらいまま。


   ……どこが。


   …。


   あたしの、どこが!
   いつだってあたしは…!


   …。


   …あんたを。
   あんたを滅茶苦茶にしてやりたいと思っているのに。


   …。


   …あたしは、太陽なんかじゃない。


   ううん。


   …違う。


   たいよう、は。
   あかるいだけじゃないから。


   そんなわけ、ん。


   …くろい、しみのような、てん。
   それがたいようにはあるんだよ。


   ……。


   そしてそれはあなたのなかにもある。


   …然うよ。
   そしてそれはあたしの中を、中から


   そしてそれはわたしのなかにも。


   ……。


   …わたしをすきって、いって。


   ……。


   わたしが、わたしだけがひつようっていって。


   …そんな事、言えない。
   資格も無い。


   しかくなんて、いらない。


   …。


   わたしはあなたがほしいだけ。
   あなたもわたしが…。


   …止めて。


   やめない。
   やめたらナディは、また。


   …う。


   わたしがすべてになればいい。


   ……いや。


   わたしはあなたがすべてだから。


   …いやだ。


   わたしをあなたのすべてにして。


   や…。


   わたしはあなたをわたしのすべてにしてあげる。


   …ぁ…。


   あなたはわたしをあなたのすべてにすればいい。


   …。


   ころして。
   そうすればわたしはあなたのなかでいきていける。
   あなたは、あなたのこころは、わたしだけのもの。
   ずっと。


   ……。


   …わたしが、あなたのばしょになるから。


   ……。


   あなたはわたしのたいようになって。
   わたしだけを、てらして。
   くらくてもいい。


   …。


   ……あなたは、わたしだけのもの。


   ……ぁ。


   わたしは、あなただけのもの。


   いや…やめて。


   いや、やめない。


   …いや…いや…だ。


   ナディ。


   ……。


   あなたがのぞむもの。
   わたしの、いのち。
   ぜんぶ、あげる。
   でも。


   …。


   わたしいがいのもの、すべて。
   のぞまないで。


   …エリ、ス…。


   ナディ。


   ……あ、ぅ。


   このくび、を。








  −Que será será.





   エリスは本当に綺麗になったわ。


   …は?


   綺麗になっていく、の方が正しいかしら。


   つか、


   誰かさんのおかげかしら?


   …何言ってんの、あんた。


   言葉だけど?


   …。


   何話してるの?


   貴女が綺麗になったって。


   私?


   然う、ナディが。


   て、おい。


   …ナディ。


   あ、いや…


   あら、思っていないとは言わせないわよ。


   ブルーアイズ、あんたは


   ナディ。


   な、何?


   はい。


   え?


   ブルーアイズ。


   ああ、有難う。
   これは?


   いつものマテ茶だよ。


   いつものマテ茶でもエリスが淹れてくれるのは美味しいわ。


   ありがとう。


   て、ナディが。


   …ぶっ。


   あ。


   うん、やっぱり美味しいわ。


   つかさっきからしれっと何言ってんのよ、あんた。


   ナディ、服に染みちゃう。


   タコスには合うかも知れないわね。
   特に肉がメインの。


   おいこら、そこの青むが。


   ナディ、口拭いて?


   矢張り、地域の特性も考慮するべきよね。


   エリス、もう大丈夫だから。
   つか自分で拭けむぐ。


   だめ。


   それにしても、子持ちとは思えない。


   エリス、本当にもう良いから。


   だぁめ。


   と言うより。
   子供を一人、産んだようには見えないのよね。


   エリス、


   ふふ。


   さて。
   有難う、エリス。
   美味しかったわ。


   おかわり、いる?


   良いかしら?


   うん、良いよ。


   ……。


   ところで、ナディ。


   …何よ。


   会う度に思うのよ。
   綺麗になったって。


   ……。


   たまにはちゃんと、言ってあげないと駄目よ?


   やかましい。


   夫婦だからって、馴れ合いはいけないもの。


   あんたに言われる


   ナディは二人にならないと言ってくれないから。


   て、エリス!


   それって二人になれば言ってくれると言う事かしら?


   …それは内緒。
   ね、ナディ。


   ……ノーコメント。


   無言は肯定、だから。


   無言じゃないでしょ。
   ノーコメント。


   ノーコメント、は肯定かしら?


   ふふ、内緒。


   あんたらね…。


   ところでロントは?
   外?


   うん、外。
   家の中より、外の方が好きだから。


   外の方が、ね。


   そう、外。


   矢張り、と言うべきかしら?


   うん。


   …て、何でこっち見て言うかな。


   だって、ねぇ?


   ね。


   …エリス。


   なぁに?


   あたしにもおかわり。


   うん。








   …。


   …。


   ……。


   ……。


   ……エリス。


   はい。


   …て、なんで畏まってるのよ。


   なんで?


   いつもはそんな、


   …。


   …エリス。


   ……本当に。


   え。


   …思ってる?


   何を。


   ……。


   ……。


   ……。


   …いつも一緒にいるから。


   うん。


   あいつはたまにしか、会わないから。


   うん。


   違いが分かると言うか。


   そうだね。


   …。


   …。


   …でも、まぁ。


   でも、まぁ?


   ……きれい、だとは思ってるわよ。


   …。


   きれいになった、かどうかは分からないけど。


   分からないんだ?


   …。


   …。


   …だって、あんたは。


   うん。


   ……最初から、その。


   …最初から、なに?


   …。


   …。


   ……きれいだった、から。


   …。


   …強いて言うなら。


   ……言うなら?


   …。


   …。


   ……きれいになった。


   …なに、それ。


   あ、いや、だからだな…。


   ふふ。


   …。


   …


   …うまく、言えないのよ。


   ……知ってる。


   …。


   …。


   …だけど、あの頃と比べると確かに変わった。
   あいつの言うとおりかは分からないけど、


   言うとおりだよ。


   …。


   ……私がもし、きれいになったのなら。


   お…。


   …そうしてくれたのは、ナディ。


   ……。


   ナディに抱かれて私は、女になったから。
   ナディに抱かれるたび、私は女になっていくから。


   ……。


   …させてくれたのは、ナディ。


   ……ああ、もう。


   ん…?


   …楽しそうに、言うな。


   嬉しいだけだよ?


   …あーそう。


   ……ナディ。


   …。


   ……今夜も女にしてくれる?


   つか、最初から


   最初は、ただの魔女。


   …。


   …人間の女にしてくれたのは、賞金稼ぎだった貴女。


   う…。


   それに今はロントのお母さんだから。
   あの子の前では私はお母さんだから。


   …。


   それはナディもだよ?


   …う、ん。


   ……ナディ。


   …っ。


   私はナディの妻、で…。


   ……はぁ。


   …今は、ナディの恋人。


   エリス…。


   ……あ、ん。


   ……。


   ……だめ。
   さいしょはキスから…。








   きれいになったと言えば。


   …それはもう良いわよ。


   貴女は精悍になったわね。
   どちらかと言うと。


   は?


   元々、無駄なものはあまりついていなかったけれど。


   無駄なもの?


   丸み、と言えば分かるかしら?


   …喧嘩、売られてるのだけは良く分かった。


   褒めているのよ。


   どこがだ。
   大体女に言う言葉じゃないでしょ、精悍って。


   そんな事は無いわよ。


   つか嬉しくない。


   じゃあ、エリス。


   うん?


   言ってあげてみて。
   試しに。


   は?


   良いよ。


   ちょ。


   ナディ。


   良い、良いから。


   ナディは…


   エリス、言ったら怒るよ。


   …なんて言っても怒らないのよね。


   そこの青目、エリスに変なコト言うな。


   ナディ。


   エリス、いちいち真に受けなくても良いか


   …。


   …ら。


   …。


   …え、と。
   なに、エリス。


   いつだって。


   …わ。


   ……いつだって、ナディは。


   ちょ、エリス…。


   …見てない方が良いかしらね、私は。


   うるさい。
   そもそもあんたが変なコト言い出すから…む。


   …。


   …エ、エリス。


   ふふ。


   …それ、止めて。


   どれ…?


   …耳元で笑うな。
   くすぐったい。


   …どこが?


   ど、どこがって…。


   …。


   み、見てんな!


   ごめんなさいね、邪魔者で。


   そんなこと、無いよ?


   エリスにとってはね。
   でも。


   でも?


   だ、だから、二人で見んなって。
   それからエリス、離れて。


   …いや。


   て、エリ…





   ふぅ。





   …ひぁぁッ!


   ふふ。


   あらあら。


   エ、エリ…!


   …くすぐったかった?


   ……ッ!


   言葉になって無い、わね。


   いつも。


   …あぁぁあもう!
   畑、畑見てくる!


   行っちゃうの?


   ここにいると


   まだ、言ってないのに。


   や、だから


   エリス。
   多分、だけれど。


   なに?


   二人の時、が良いんじゃないかしらね。


   だからなんでそうなんの!


   そっか。


   いや、そっかじゃないから!


   分かりやすい。


   単純?


   …もう、良い。
   行ってく


   だめ。


   は……んん。


   …。


   …見てない、わよー。


   …。


   …行ってらっしゃい?


   ………行ってきます。


   うん。


   行ってらっしゃい?


   ……黙れ、青目。








   ……はぁ。


   …。


   ……。


   …大丈夫?


   ん…。


   …。


   …こんやのナディ、は。


   うん…。


   あらくれもの。


   …う。


   ふふ。


   ……昼間、あんなコト言われたから。


   あんなこと?


   …あいつに。


   だれ…?


   …。


   …。


   …名前は、言わない。


   …。


   ここに他の女の名前、持ち込んじゃだめだって言ったのはあんた、


   …ん。


   ……でしょうが。


   ん、そうだった…。


   …精悍、だとか。
   意味、分かんないっつの。


   …。


   ……そりゃあ、さ。


   …なに?


   …。


   …ナディ?


   あたしにはもう、無いけど。
   それでもあたしは男じゃない。


   …。


   …あんたはたまに、


   ん…。


   痛そうだけどね、ここ。


   …かんぜんじゃ、ないから。


   …。


   …できなかったから。


   うん、そうだったね…。


   …もどりたい?


   いや…。


   ……ほんとうに?


   …いつか、また。


   ん、ナディ…。


   ……欲しいって言い出すかも、しれないから。


   あ…。


   ……今はまだ、だめだけど?


   ……。


   …あんたの事だから、さ。


   ……。


   ん…?


   ……だめ?


   だぁめ。


   …まだ?


   まーだ。


   …。


   …今はあんたの躰の方が優先。


   ……ナディ。


   それに一人だって大変だってのに。


   …。


   …ま、その時にね。


   ……。


   ……その時は、また。


   ナディ…。


   …しようか?


   ……。


   …耳、赤い。


   やだ…。


   ……昼間の仕返し。


   …。


   …ふふ。
   かわいい。


   ……すこしだけ。


   ん?


   ……わかる。


   なにが…?


   …せいかん。


   あんたまで言うか。
   つか、まだ真に受けて


   …。


   …勘弁してよ。
   さすがに嬉しくないって。


   …だけど。


   ぅ…。


   ……たいよう。


   ……。


   ……。


   …髪の毛、その長さもやっぱり悪くない。


   ……もっとのばす?


   いや…今はこれで。


   …じゃあ、これで。


   ……エリス、は。


   ん…。


   …やっぱりきれいだと思う。


   …。


   …それに引き換え、あたしは。
   精悍、だもんなぁ。


   きれいだよ。


   …良いわよ、もう。


   よくない。


   …お。


   ……。


   …エリス、もう少し休んでからに、ん。


   …。


   ……エリス。


   きれい…。


   …精悍、じゃなくて?


   せいかんで、きれい…。


   ……なんでもありだなぁ、もう。


   …。


   …まぁ、エリスが言うなら。


   ……いい?


   やっぱりだめ。


   …。


   …。


   …ふふ。


   あはは。


   …。


   …。


   ナディ…。


   …エリス。


   ……。


   もう、いい…?


   …ナディは?


   あたしは……。


   …。


   …もう、いつでも。


   ……わたしももう、だいじょうぶだよ。


   …。


   …。


   …やっぱりキスから?


   あいず、だから。


   …合図、ね。


   ……。


   …いえっさ、エリス。








  −El tiempo empezado.





   研修先で、あの女を見つけた。
   赤髪で褐色の肌の小さい女の子と一緒に歩いていた。
   その子供はどう見ても、親父とは似ても似つかなかった。
   然う、母を捨てたあの男とは。





   …。


   こんにちは。


   ……。


   …?





   これを偶然と呼ぶには、あまりにも瑣末過ぎる。
   だが、紛れも無くこれは現実だ。それは否定しようが無い事実であり、また、否定する事は目を背けるようで気に入らない。
   世界とは聞いていた以上に矮小なものなのかも知れない。
   データ上に残されていた少女、いや今となっては少女とは呼べない年齢の筈だ。
   だが、しかし、目の前にいる女は少女と呼んでも…少なくとも、自分より少し上くらいの女性と呼んでも遜色は無い。
   だからこそ、その手に繋がれている子供が異彩を放っているのだろう。
   簡単に述べれば似つかわしくない。





   …君は。


   人を待っているの。


   …。


   私の恋人。
   結婚した人。


   …。


   この子はその人との間の子供。
   だから、ナンパはお断りなの。





   深く被った帽子を改めて被り直す。
   この子供は親父の子供では無い、たった今、それがこの女の口から証明された。
   親父は、この少女のような女に同じように捨てられたのだ。母と同じように。親父が母にしたように。
   知らず笑みがこぼれる。
   母は、親父が消えた後に俺を産んだ。一人、誰にも支えられる事無く。そして俺を一人で育てた。
   幸い、母は金には不自由しない身であった為、生活は困らず、俺自身も高等教育と言うものを受けられている。
   …そうか、親父は。





   ……その子供は。


   私達の子供。
   名前は…教えない。


   ……。


   一緒には、行かないよ?


   ……。





   …エリス。





   うん?


   おなか、へった。


   そうだね。
   でももう少し、待ってて?


   いえっさ。


   ……エリ、ス。


   ん?


   ……お前が、エリス。


   違うよ?





   エリス。
   あのデータ上に残されていた少女と同じ名の女。
   姿形も、ほぼ変わりなく。
   この女のせいで、母は。俺は。
   だが、親父はこの女に捨てられたのだ。
   それが分かっただけでも、俺の…忘れていた筈の憎しみは晴れた。
   …晴れた筈、だったのだが。





   …お前が、いたから。


   …?


   お前が…!


   …あ。





   夜、母は一人で物思いに耽っていた。
   夜、母は一人で声を殺して泣いていた。
   夜、母はいつも一人で、今も尚。





   お前のせいで…!


   ……。


   お前のせいで、母は…!


   ……ローゼンバーグ。


   …!


   ……貴方は、誰。


   …。


   ローゼンバーグ?


   …違う。


   …。


   俺はあの男とは違う。


   …じゃあ、


   俺は


   エリスを、いじめるな。


   …?


   ……ロント。


   エリスを、いじめるな!


   ……。


   …大丈夫だよ、ロント。





   赤い髪の子供が、小さな身体で女と俺の間に入り、女を守るようにして、俺を精一杯睨みつける。
   紫がかった青、この女と同じ色をした瞳で。





   ……。


   …貴方がローゼンバーグじゃないのなら。
   誰。


   ……俺は





   エリス、ロント。





   あ!


   …ナディ。


   お待たせ…て。


   ……。


   その子、あたしの連れなんだけど。
   何か用?


   …連れ?


   そう、連れ。


   ナディ!


   …わ、と。


   こいつ、エリスをいじめた!


   ロント、私は


   …へぇ。


   ナディ。


   新手のナンパかなんか、知んないけど?
   この子はあたしの連れなの。
   さっさとどっかに行けば良し、行かなければ…?


   ……。


   …ローゼン、バーグ。


   違う…ッ!!


   わぅ!


   ロント。


   うぅ…。


   …大丈夫、大丈夫だよ。


   つか、あんたさ。
   うちの子供、驚かすのは止めて欲しいんだけど。


   …笑わせるな。


   は?


   笑わせるな…!





   この女…「エリス」は確かに言った。
   この子供の親、「父親」を待っていると。
   だが、これはなんの冗談だ。
   来たのは女、この子供と同じく赤髪で褐色の「ナディ」と呼ばれる女、だ。
   つまり、この子供は。





   …どうでも良いけど、さ。


   …。


   人んちの子供、驚かすなって言ってんの。
   分かんない?


   ……は。


   それと。


   ……。


   …エリスに手ぇ出したら。
   その時は。


   …っ。


   …あんたみたいな餓鬼でも、容赦しないけど?


   ……。


   それでも、出したい?


   …は。


   うん?


   はははは…ッ!


   …。


   …ナディ。


   エリス。


   …もう、行こう?


   はは、ははははは…ッ!





   俺は何故か、笑いが止まらなかった。
   冷たい青、先程の子供のものとは全く異なる威圧感が、殺されると言う恐怖が、俺の体を竦ませていると言うのに。





   …まぁ、良いけど。


   ナディ…。


   ん、行こう。


   …。


   …ん?


   遅い。


   ごめん。


   …遅い。


   …ごめんって。
   ロント。


   う?


   エリス、ちゃんと守れた?


   うん!


   て、言ってるけど?


   …うん、守ってくれたよ。


   そっか。


   ロント、エリスまもったよ。


   うん、偉い偉い。


   えへへ。


   …。


   エリス、どした?


   …ううん。


   なら、良いけど。


   …。


   それにしてもあのガ…子供、嫌なものを思い出させてくれたもんだ。


   ……。


   まぁ、青目に付いてる男の例もあるくらいだし。
   案外、そこら辺に良く転がってる顔なのかもしんないけどさ。


   …そうだね。


   て、嫌な想像しちゃった。
   あーあ。


   …ふふ。


   ……ま、なんにせよ。


   ん、ナディ…。


   …あたしが、守るから。
   あんたも、ロントも。


   ナディ…。


   だから、心配はいらない。
   何も。


   ……約束、だよ。


   …。


   …約束、だから。


   いえっさ…エリス。


   …うん。








  −El silbato “POLAND”.





   〜〜〜♪





   ……。


   …ナディ。


   …。


   …くちぶえ。


   ごめん。


   …?


   起こしちゃった。


   …ねないの。


   寝るよ。


   …ねむれないの。


   そういうわけでも、ないけど。


   …あるよ。


   ん、エリス。


   …だから、となりにいなかったんでしょ。


   ……。


   …わたしじゃ、だめ?


   だめって、何が。


   …。


   どうしたの。


   …となりに、いて。
   はなれないで。


   …。


   …よるは、きらい。


   エリス…。


   ……。


   …それは、初めて聞いたな。


   でも。


   …。


   …ナディにだかれているよる、は。


   ……。


   …きらいじゃ、なくなったのに。


   それだと。


   ん…。


   …抱かれるの、初めは嫌いだったように聞こえるんだけど。


   ……。


   …ごめん、冗談。


   ……すき。


   …。


   だいすき、なの…。


   …うん。


   ……ねぇ。


   なに…?


   …くちぶえ。


   …。


   …おんがく。


   そんな大層なものじゃないよ。


   …なんのきょく?


   名前は、知らない。


   …いつ?


   エリスと出逢う前かな。


   …しってる。


   ……昔。


   …。


   仕事中に、聞いた。
   今にもぶっ壊れそうなラジオから、聞こえてきた。


   …しょうきんかせぎ。


   そう、賞金稼ぎ。


   …ん。


   あんたはやっぱり、あったかい。


   …ナディは、あつい。


   今も?


   …いまはすこし、つめたい。


   はは。


   ……それで。


   それだけ。


   …。


   今になって、思い出すとは思わなかった。


   …ナディは。


   ん…。


   くちぶえ、じょうずだね…。


   …笛は、下手だけどね。


   ……。


   …さて、寝よっか。
   今度は隣にいるから。


   …もういちど。


   ……。


   もういちど、ふいて。


   …エリス。


   おぼえるから。


   …。


   …おぼえたいの。
   ナディがおぼえてること…ぜんぶ。


   …それはまた。


   ナディをしるために…。


   ……。


   …ねぇ、ふいて。
   きかせて…。


   …分かった。





   〜〜〜♪





   ……。


   ……。


   ……らー。


   …?


   らー……らー…。


   ……。


   ……。


   …エリス。


   ……。


   あんたは、覚えるのが早い。
   早すぎる…。


   …まだ。


   ……。


   まだ…。


   ……いえっさ。





   〜〜〜♪


   らーーー…♪