.

日記
2026年・9月

  15日





   んー……。


   ……。


   ……うん、美味しく出来たかな。


   ……。


   ふふ、喜んで呉れるかな。
   喜んで呉れたら、嬉しいな。


   ……ん。


   うん、これでお茶の支度はばっちりだ。
   あとは、目を覚まして呉れるのを待つだけ。


   ……。


   早く目を覚まして欲しいけど、焦らずにゆっくり待とう。
   良く眠っているんだから、起こしちゃだめだ。


   ……さま。


   今日のお茶は、あの子が好きなものを。
   美味しく淹れよう、喜んでもらえるように。


   ……とと、様。


   お。


   ……。


   起きたかい?


   ……ちが、う。


   アミちゃん。


   ……あなた、は。


   あたしだよ、アミちゃん。


   ……マコ、ちゃん?


   うん、然うだよ。


   ……どう、して。


   今ね、お茶の用意が出来たところなんだ。
   アミちゃんが起きたら、お茶の時間にしようと思ってさ。


   ……かえって、きたの。


   帰って?


   ……いつ。


   あたしは、何処にも行ってないよ。
   ずっと、此処に居たよ。


   ……。


   アミちゃんを置いて、何処かになんて行かないさ。


   ……でも、いなかったわ。


   屹度、見えてなかっただけだよ。
   アミちゃん、とても眠たそうにしていたから。


   ……いままで、なにをしていたの。


   お茶の時間に食べるおやつ、無花果の餡蜜を作っていたんだ。


   ……いちじくの。


   アミちゃんと、とと様と、かか様に。


   ……。


   ね、味見して呉れるかい?


   ……しても、いい?


   アミちゃんにして欲しいんだ。


   ……。


   大丈夫かい?


   ……だいじょうぶ。


   あまり、大丈夫そうに見えないから……。


   ……ん。


   ちょっとだけ、手伝うね。


   ……ありが、とう。


   どう、いたまして。


   ……どう、いたしまして?


   どう、いたしまして。


   ……ふふ。


   はは。


   ……よかった。


   ん、何が?


   ……マコちゃんが、帰って来て。


   んー……何処にも、行ってないんだけどな。


   ……。


   まぁ、いっか。


   ……ねぇ。


   なんだい?


   ……もう、何処にも行かない?


   もう?


   ……私を、置いて。


   何処かに行く事はあると思うけど、アミちゃんを置いては行かないよ。


   ……。


   一緒に行こう?


   ……行けない。


   え。


   ……私は、何処にも行かない。


   え、と……。


   ……だから、何処にも行かないで。


   ん。


   ……私を置いて、何処かになんて行かないのでしょう。


   うん、行かないよ。


   ……じゃあ、行かないで。


   ん、分かった。
   あたしは、何処にも行かない。


   ……っ。


   でも、お散歩ぐらいなら良いだろう?


   ……。


   あれ、其れもだめ?


   ……外の世界は、見なくても良いの。


   うん、見なくても良い。
   外の世界を見るより、アミちゃんとずっと一緒に居たい。


   ……見聞を、広めたいって。


   見聞よりも、アミちゃんの方が大事だ。


   ……うそ。


   嘘じゃないよ。


   ……窮屈なのでしょう。


   窮屈?


   ……城の中は。


   まぁ、窮屈だけど、アミちゃんが居るから大丈夫さ。


   ……大丈夫じゃないわ。


   ううん、大丈夫だよ。


   ……息が、詰まってしまうかも知れない。


   そんな時は、ジュピターと空の散歩に行く。


   ……其のまま、帰って来ないかも知れない。


   まさか、あたしの帰る場所はアミちゃんが居るところだけだ。


   ……私が居る事で、あなたを縛り付けてしまうかも知れない。


   縛り付ける?
   なんで?


   ……私が居なければ。


   何を言ってるんだい?


   ……居なければ、外の世界に行く事が出来るわ。


   言ったろ、外の世界よりもアミちゃんの方が大事だって。


   ……ん。


   あたしは……アミちゃんと、番になりたいんだ。


   ……離れて、しまえば。


   離れたくない。


   ……あぁ。


   アミちゃんとずっと一緒に歩きたいし、たまには走りたい。


   ……走る事は、苦手なの。


   大丈夫……どんな速さでも、あたしは隣に居る。


   ……足枷になってしまうわ。


   足枷……?


   ……私は、鈍いから。


   アミちゃんは鈍くなんてないさ。


   ……鈍間で、愚図で。


   アミちゃん。


   ……マコちゃんの足枷になんて、なりたくないの。


   どうしてそんな事を言うのさ。


   ……ん。


   鈍間で、愚図だなんて……そんな事、自分で言っちゃだめだよ。


   ……みんな、口にしないだけで。


   あたしは、思ってない。
   一度だって、思った事はない。


   ……。


   とと様とかか様、ジュピターやマーキュリーだって。


   ……城の者は。


   そんな事を言う奴が居たら……ただでは、済まさない。


   ……あ。


   雑巾にしてやる。


   だ、だめよ。


   アミちゃんの悪口を言ったんだ、其れくらいじゃ温い方だよ。


   ぼ、暴力はだめ……。


   暴力じゃない、此れは罰だ。


   罰……。


   然う、アミちゃんの悪口を言った罰……とと様だってきっと、赦さない筈だ。


   でも、とと様は……力は、振るわないと思うわ。


   とと様が振るわないから、あたしが振るうんだ。


   ……そんな。


   あたしは、アミちゃんの真の番になる。


   ……え。


   だから、あたしの番を悪く言う奴は、絶対に赦さない。


   ま、待って……。


   分かった、待つ。


   真の、番になるって……。


   あたし以外の奴がアミちゃんの真の番になる、そんな事はどうしても嫌なんだ。


   ……嫌だから、なりたいの。


   違う。


   ……でも。


   最初からなりたかったから、なるんだ。


   ……最初からって。


   生まれた時から。


   ……生まれた時は、分からないわ。


   じゃあ、かか様のお腹の中に居た頃から。


   ……胎児に、思考能力があるわけ。


   本当に、然う言い切れるかい?


   ……言い切れるも、何も。


   お腹の子にだって、音は聞こえているよ。


   音は、聞こえているかも知れないけれど……だからって、思考能力があると言う事にはならないわ。


   聞いているのに?


   ……あくまでも、聞こえているだけ。


   反応しているのに?


   ……音に反応しているだけで、思考した結果じゃない。


   つまらないな。


   ……つまら、ない?


   アミちゃんはいつも然うだ。


   ……いつもって。


   正しい事ばかり、言おうとする。


   だって、胎児が思考能力を持っているだなんて。


   持っていないかも知れないけど、あたしはアミちゃんの声を聞いていたんだ。


   ……私の声?


   然う、アミちゃんの声。


   ……聞き分けていたと?


   うん。


   ……外からの音が聞こえていただけよ、判別なんて出来るわけない。


   だから、其れがつまらない。


   ……つまらないという問題ではないわ。


   とと様の声、かか様の声、アミちゃんの声、ジュピターの声、マーキュリー……は、鳴かないか。


   ……そんな事、あるわけないの。


   あるわけないかも知れないけど、あるかも知れない。


   ……。


   兎に角、あたしは物心ついた時には決めてたんだ。


   ……私の、真の番になる事。


   そして、アミちゃんとずっと一緒に居る事。


   ……。


   アミちゃんと、ずっとずっと、一緒に生きていく事。


   ……其れは、真の番にならなくても。


   アミちゃんは、なりたくないんだね。


   ……。


   あたしと、真の番に。
   あたしなんかと、真の番に。


   ……なんか、じゃ、ない。


   嫌なんだろう、あたしなんて。


   ……なんてじゃ、ないわ。


   小さい頃から、あたしの事が疎ましかったんだ。


   ……そんなこと、あるわけない。


   どうかな、アミちゃんはすぐに自分の気持ちを抑え込んでしまうから。


   抑え込んだとしても、マコちゃんの事を疎ましいだなんて、思った事ない。


   無自覚かも知れないよ。


   むじ、かく……?


   あたしにマーキュリーを取られた事、嫌だったんだろう。


   ……どうして、知っているの。


   知ってるさ、ずっと見てたんだから。


   ……。


   嫌なのに、言って呉れなかった。


   ……だって、言えない。


   マーキュリーが危ないから、其ればかりで。


   ……言えるわけ、ないじゃない。


   どうして、言えないの。


   どうしてって……私は、上の子なのに。


   上の子?


   ……上の子だから。


   上の子だからって、自分の気持ちを抑え込まなきゃいけないものなのかい?


   其れは……だって。


   聞き分けのない我儘な子だと、思われたくなかった。


   ……。


   とと様と、かか様に。


   ……違うわ。


   いいや、違わない。


   ……違う。


   我儘を言わない、良い子でいたかったんだ。


   ……私は良い子なんかじゃ


   良い子だよ、アミちゃんは。
   我儘も、ろくに言わなくて。


   ……。


   良いじゃないか、我儘になったって。


   ……私は、我儘よ。


   何処が?


   ……あなたを、傷付けたもの。


   あたしを?


   ……自分で、食べたいと言ったのに。


   何を?


   ……無花果の餡蜜。


   其れで?


   ……其れなのに、食べたくないって。


   気が変わる事だって、あるからね。


   ……楽しみにしてるって言ったのに、もうしてないって。


   心は、移りゆくものだから。


   ……。


   食べたかったものが食べたくなくなる事もあるし、楽しみにしていた事が楽しみでなくなる事もある。


   ……そんなの、最低だわ。


   だけど、然ういうものだろ。


   ……。


   ひとのこなんて、さ。


   ……だとしても、私は嫌なの。


   真面目なんだ、アミちゃんは。


   ……真面目なんかではないわ。


   いいや、真面目だよ。


   ……そんな風に、言わないで。


   ごめん、嫌だった?


   ……私を、決め付けないで。


   然うだね、ごめんよ。


   ……。


   無花果の餡蜜、食べるかい?


   ……食べないと、言ったら。


   そっか、じゃあ仕方ない。


   ……ぁ。


   食べたくないのなら、無理して食べなくても良い。


   ……消した、の。


   うん、消したよ。
   アミちゃんが食べたくないなら、要らないからね。


   で、でも、とと様とかか様に……。


   アミちゃんが食べないのなら、どうでも良いんだ。


   ……どうでも、良い。


   うん、どうでも良い。


   ……言わないわ。


   ん、なに?


   そんな事、マコちゃんは言わないわ。


   言わないだけだよ。


   ……。


   言わないだけで、思っているかも知れないだろう?


   ……マコちゃんが、とと様とかか様を蔑ろにするような事。


   思っていたら、どうする?


   ……。


   どうもしない?
   其れとも、出来ない?


   ……許さないわ。


   許さない?


   ……とと様とかか様を、蔑ろにするなんて。


   じゃあ、どうする?


   ……叱る。


   叱る?


   ……ふたりを蔑ろにしては、いけないと。


   あはっ。


   ……可笑しい事なんて、言ってない。


   ははははは。


   言ってないわ。


   然うだねぇ、全然、言ってないよ。


   なら、どうして笑うの。


   真面目だからさ。


   だ、だから。


   ……然ういうところも、好きなんだ。


   ん。


   でも、どんなに好きでも、なって呉れないんだね。


   ……。


   あーぁ、此れからどうしようかなぁ。


   ……私以上の、


   居ないよ。


   ……居るかも、知れないわ。


   居ない。


   ……分からないじゃない。


   分かるよ。


   ……外の世界に行けば。


   アミちゃんは、たったひとりしか居ないんだから。


   ……私はひとりしか居なくても、


   欲しかった。


   ……。


   欲しかったんだ……ずっと。


   ……だめ。


   良いだろう……どうせ、叶わないのだから。


   ……其れでも、言わないで。


   嫌だ、最後だから言いたい。


   ……さいご。


   あたしは、アミちゃんを置いて行く。


   ……。


   手紙は書くかも知れないけれど、いつ書くかは分からない。


   ……待って、いるわ。


   ううん、待たなくて良いよ。


   ……待って、いたいの。


   無駄だよ、待っている時間なんて。


   ……待っている時間も、好きだもの。


   あたしは、好きじゃない。


   ……マコちゃんは、好きでなくても。


   待っているのならば、あたし以外の者を見つけた方が良い。


   ……マコちゃん以外。


   あたし以上の奴なんて、幾らでも居る。


   ……。


   其の中には、アミちゃんの真の番に相応しい


   居ないわ。


   ……。


   ……居るわけ、ない。


   どうして?


   ……居るわけ、ないの。


   だから、どうして。
   あたしには言ったじゃないか。


   ……私以上のひとは


   居ないと、言っているのに。


   ……。


   同じだよ、アミちゃん。


   ……何が同じなの。


   アミちゃんがあたし以上のひとは居ないと言うように、あたしにもアミちゃん以上のひとなんか居ないんだ。


   ……でも、だって。


   でもも、だっても、なし。


   ……ぅ。


   素直な言葉を聞かせてよ。


   ……素直な、言葉。


   心からの言葉を。


   ……。


   あたしと、真の番になりたいかい?


   ……。


   待っているよ、言って呉れるまで。


   ……言えない。


   其れでも、待ってる。


   ……待っている事は、好きじゃないと。


   外の世界に、出ても。


   ……。


   待ってる。


   ……待って、いても。


   アミちゃんを置いていく事になるけど。


   ……其れが、マコちゃんのしたい事だもの。


   たまには、帰って来る。


   ……然うしたら、一緒に食事をしましょう。


   お茶の時間もね。


   ……。


   いつでも良い、アミちゃんの言葉を聞かせて。


   ……私が、真の番を得ていたとしても。


   其の時の言葉を聞かせて欲しい。


   ……例えば、どんな。


   しあわせかい?


   ……。


   其の答えを。


   ……言うわけ、ない。


   ん、其れも言いたくない?


   ……。


   アミちゃん……若しかして、泣いてるの?


   ……泣いて、ない。


   けど、声が微かに揺れてる。


   ……気のせい、よ。


   気のせいでは、ないような。


   ……風の音。


   風は、吹いてないかな。


   ……兎に角、泣いてなんかない。


   んー……。


   ……見ないで。


   難しい。


   ……見ないでって、言ってるの。


   分かった、見ない。


   ……。


   あはは。


   ……なんで、笑うの。


   心からの言葉だから。


   ……。


   アミちゃんは今、あたしに見られたくないと心から思っている。


   ……だって、マコちゃんがじっと見てくるから。


   ねぇ、アミちゃん。


   ……なに。


   好きなんだ、やっぱり。


   ……。


   本当の事を言えば、アミちゃんを置いて行きたくない。


   ……私は、行けない。


   もう、何度も聞いた。


   ……でも、本当は。


   ……。


   ……本当は、あなたと。


   アミちゃん。


   ……言えるわけ、ない。


   あたしと、なろう。


   ……。


   言えなくても、良い。
   なろう、あたしと。


   ……マコちゃん。


   ……。


   ……マコちゃん?


   良い匂いがする。


   ……。


   外から、本当の。


   ……そと。


   アミちゃん。


   ……なに。


   ごめん、此れは夢だ。


   ……。


   気付いていたかも知れないけど。


   ……気付いて。


   いなかった?


   ……いたわ。


   ふふ、然うだよね。


   ……こんな、都合の良い事。


   ……。


   でも……有難う。


   ……どういたしまして。


   ……。


   じゃあ、またね。


   ……帰って、来て呉れるの。


   さぁ、どうだろう。


   ……。


   なんて、帰って来るさ。


   ……夢、だものね。


   あは。


   ……。


   帰って来たら、おかえりって言って呉れるかい?


   ……必ず、言うわ。


   じゃ、ただいま。


   ……。


   ははは。


   ……本当に、帰って来て呉れたら。


  14日





   ……ふぅ。


   ユゥ……。


   ……メル。


   隣、良い……?


   ……アミは。


   今は、眠っているわ……。


   ……然うか。


   マーキュリーが、傍に……。


   ……ならば、安心だな。


   外は、何も変わらない……?


   あぁ……今のところは、何も。


   ……何も、聞こえない?


   聞こえるとしたら……時折吹く、風の音くらいだ。


   ……今日は、大人しいわね。


   然うだな……。


   ……。


   メル……君の躰に、夜風は良いものではない。


   ……知っているわ。


   メルは、アミの傍に。


   ……ええ、戻るつもりよ。


   うん……。


   ……けれど、あなたにも寄り添いたいの。


   ……。


   心配しないで……暫しの間だから。


   ……躰は。


   ゆっくりと、お休みしたから……ね。


   ……したからと、言って。


   少しくらいならば、大丈夫……。


   ……。


   ね……お願い。


   ……無理は。


   ん……。


   無理だけは、しないで呉れ……。


   ええ、しないわ……こんな時に、無用な手間は増やしたくないもの。


   ……然ういう事ではなくて。


   ……。


   ……メル。


   ごめんなさい……。


   ……はぁ。


   呆れ……其れとも、心配?


   ……心配に決まっている。


   然う……然うよね。


   ……何か、羽織るものは。


   城内用の外套を……。


   ……。


   城内用なのに、外套だなんて……ふふ、面白いわよね。


   ……特別に誂えたんだ、室内でも使えるように。


   おかげで……何処に居ても、寒さを感じる事はなくなった。


   ……其れでも、完全ではない。


   完全なものなんて、ないもの……。


   ……。


   ……ある程度、抜けているところがあるから良いのよ。


   メル……。


   抜けているところ、足りないところ……不完全ならば、誰かと補えば良いの。


   ……メルにとって、其れは。


   あなた以外に、居る……?


   ……。


   あなたの温もりは……十分過ぎる程、補って呉れる。


   ……外出用の外套も、新調しよう。


   外出用の外套は……未だ、使えるわ。


   ……新調したいんだ。


   ……。


   ……だめかい。


   私のものよりも……子供達のものを。


   ……アミとマコトのものも、新調しよう。


   アミの外套ね……ところどころ、解れてしまっているの。


   ……ずっと、新調していないからな。


   遠慮ばかりして……未だ、使えるからと。


   ……自分の手で繕っている事は、知っている。


   けれどもう、間に合わないと思うわ……。


   ……どんなに大切にしていても、いつかは、壊れてしまうものだ。


   若しも、手離す事を惜しむようならば……。


   ……手離さず、他の形にしてあげれば良いさ。


   他の形……?


   無事なところを使って……然うだな、鞍布なんてどうだろうか。


   鞍布……どうかしら。


   ん……だめか。


   ……お尻の下に、敷く事になるでしょう?


   其れは、然うなんだが……鞍布は、大事なものだぞ。


   ……其れに、直ぐに傷んでしまうと思うの。


   ……。


   ……胸当ては、どうかしら。


   胸当て……胸当てか。


   ……胸当てならば、身に着けるものだし。


   あぁ、良いかも知れないな。


   ……弓を引く事は、あまりないけれど。


   だとしても、鍛練用には丁度良い。


   ……ん。


   気に入って呉れると、良いが。


   ……其の前に、説得しなければね。


   ん、然うだった。


   ……マコトは、今でも成長期で。


   未だに、大きくなっているな……とは言え、未だ、私ほどではないが。


   ……もう、張り合って。


   ははは……。


   ……。


   然ういうわけだから……メルの外套も。


   ……であるならば、あなたの外套も。


   私の外套は……未だ、使える。


   ……お揃いにしましょう?


   お揃い……?


   ……私の外套も、未だ、使えるの。


   ……。


   其れでも、新調して呉れると言うのならば……私は、あなたと揃えたい。


   ……お揃い、か。


   然う……お揃い。


   ……。


   だめ……?


   ……駄目では、ない。


   じゃあ……。


   ……揃いで、新調しよう。


   うん……。


   ……布は皆で選びたいと思うが、どうだろう。


   ん……良いと思う。


   ……では、然うしよう。


   ……。


   ……メルクリウス。


   はい……。


   ……暫しの間だけ、此方に。


   喜んで……ユピテル。


   ……私の傍に、来て呉れるか。


   ええ……行くわ。


   ……。


   ……。


   ……ん、メル?


   頬が、冷たい……。


   ……時折吹く風が、冷たいからな。


   今のあなたにとっても、夜風はあまり良いものではないわ……。


   ……もう少し眺めたら、部屋の中に入るつもりだ。


   うん……然うして。


   ……ふぅ。


   息は、白くないわね……。


   ……未だ、其処までではないようだ。


   ……。


   ……寒くはないか。


   大丈夫よ……あなたが、温かいもの。


   ……。


   ん……ユゥ。


   唇……少し、温まったかな。


   ……熱いお茶を飲んだから。


   アミも、飲んで呉れた……。


   ……お茶を飲んだ事で、心が少し和らいだみたい。


   少しでも、和らいで呉れたようで良かったよ……。


   ……あとは、何か食べて呉れれば。


   夕ごはん……アミが目を覚ましたら、食べようか。


   ……然うね。


   食べて呉れれば、良いのだが……。


   ……お粥のような、柔らかいものが良いと思うの。


   柔らかいもの……?


   ……食欲が湧かなくても、然ういったものならば比較的食べやすいと。


   お腹にも、優しいか……。


   ……私達の子は、ふたりとも、お腹が強い方ではなかったから。


   幼い頃は、食べられるものが限られていたな……。


   ……出来るだけ、消化に良いものを。


   でないと……消化不良を起こしてしまって。


   ……お腹が痛くても、あの子は我慢してしまうの。


   ……。


   マコトとは、正反対で……。


   ……そっと、さすってあげていたな。


   だって、可哀想でしょう……?


   ……うん、可哀想だ。


   さすっているうちに、少しずつ落ち着いてきて……。


   ……眠ってしまう。


   ……。


   ……今も。


   寝顔は、あの頃と変わらない……。


   ……。


   ……大人びては、きたけれど。


   綺麗になったと思う……。


   ……。


   ……益々、メルに似てきた。


   あなたにも、似ているわ……。


   ……然うかな。


   然うよ……。


   ……うん。


   ……。


   ……味は、薄い方が良いだろうか。


   ん……薄い方が良いと思う。


   分かった……用意しよう。


   ……あなたが、用意して呉れるの?


   あぁ、私が用意する……。


   ……今から?


   なに、鍋があれば容易い事だ……。


   ……今日の夕食は、なんだったかしら。


   麦飯ときのこの汁物……主菜は、鶏肉と菜っ葉の煮込みだ。


   ……麦飯と汁物を、お鍋で煮込むと。


   其れならば、容易いだろう……?


   ……然うね、あなたならばね。


   メルは、どうする……?


   私は……私も、アミと同じものが良いわ。


   ……では、メルの分も。


   ごめんなさいね……私の分まで。


   謝りの言葉よりも……お礼の方が良いな。


   然う……では、有難う。


   ……好きかい?


   うん……?


   ……私の事。


   んー……然うねぇ。


   ……。


   ……好きよ。


   あは……。


   ……ふふ。


   然うと、決まれば……ヒューィ。


   ……。


   ん……今夜は、良く響くな。


   ……伝わったかしら。


   伝わっていないようならば、もう一度……。


   ……どうやら、伝わったみたいね。


   ……。


   ……声が聞こえる。


   では、待っていようか……。


   ……いつもよりも遅いから、待ち草臥れていたかも知れないわ。


   だから、静かだったのかも知れないな……。


   ……皆はもう、済ませたのかしら。


   もう、食べ終わっているだろう……。


   ……一部の者を除いて?


   歳星の民は、食べる事が好きだからな……一部の者も、私達が食べ終わった頃に食べ始めるだろう。


   ……お酒を飲む事も好きよね。


   あぁ、好きだな……私は、たまにで良いが。


   ……あなたは、お茶の方が好きだから。


   歳星の民では、珍しい部類に入る……。


   ……中には、然ういう者が居ても良い。


   多様性、だったか……。


   ……皆が皆、お酒好きだったら、美味しいお茶が生まれないかも知れないでしょう?


   ん……其れは、あるかも知れない。


   ……お酒は味蕾を刺激し、味覚を鈍らせるから。


   どうやら、然うみたいだな……。


   ……然うなのよ?


   はい……。


   ……味覚が鈍ったら、食事作りにも影響が出るわ。


   然う考えると、矢張り私はお茶の方が良いな……酒は、たまにで良い。


   ……あの子の、元服の儀が近くなったら。


   若しくは……ふたりの旅立ちが近くなったら。


   ……旅立ち。


   どちらも、飲むかも知れない……。


   ……そして、軽く酔うのね。


   泥酔は、しない……嫌われたくないから。


   ……誰に。


   君に……。


   ……アミも、苦手よ。


   君と……子供達に。


   ……マコトは、どうかしら。


   さて、どうだろう……。


   ……好んでも良いけれど、出来れば控え目にして欲しい。


   飲み過ぎは、病のもと……だな。


   ……アミが、傍に居て呉れたら。


   アミの言う事ならば、素直に聞くだろう……。


   ……アミの言う事しか、聞かないかも知れない。


   あぁ……。


   ……でもまぁ、好むと決まったわけではないし。


   マコトも、お茶を好むかも知れないしな……。


   ……拘りがあるみたい。


   拘り……?


   ……特に、アミに淹れてあげるお茶に関しては。


   あぁ……ふ、分かり易いな。


   ……ね。


   となると……あまり、飲まないかも知れない。


   ……飲むにしても、程々に。


   其れに尽きるな……。


   ……ええ。


   ……。


   ……。


   ……あぁ、然うか。


   ん、なに……?


   今夜は、酒精の熱に浮かされている声が聞こえて来ないのか……。


   ……。


   ふむ……何処まで行っても、珍しいな。


   ……マコトが、帰って来ないから。


   さて、どうだろう……ただの気紛れかも知れないよ。


   ……いつでも、あなたの命に従えるように。


   だとしても、皆が飲まないのは珍しい……休みの者も居るのだから。


   ……矢張り、マコトの為に。


   ……。


   ……かつてのあなたの事が、あったとしても。


   明日になっても、帰って来ぬようならば。


   ……明日。


   捜索の命を出す。


   ……。


   良いだろう……メル。


   ……日が替わったら、直ぐに?


   あぁ、然うだ……。


   ……然うなると矢張り、お酒は飲まないでいて正解ね。


   ただの、気紛れかも知れないが。


   だとしても……皆に、お礼を言わないと。


   お礼……。


   ……言わせて?


   言うのならば、共に。


   ……。


   だめか……?


   ……言い辛いの?


   別に、言い辛いわけではないのだが……。


   ……仕方のないひとね。


   ……。


   ……良いわ、此度は一緒に言いましょう。


   有難う……メル。


   ……どういたしまして、ユゥ。


   ……。


   ……。


   ……寒くはないか。


   未だ、大丈夫……。


   ……。


   ……空、暗いわね。


   あぁ……見えるのは、星だけだ。


   ……辰星は、見えないわ。


   辰星は……見えないな。


   ……。


   ……ジュピターの目は、暗闇でも利く。


   何度も、助けられたのでしょう……?


   ……あぁ、何度も。


   ん……。


   ……もう少し、傍へ。


   此れ以上……?


   ……然う、此れ以上。


   若しかして……寒いの?


   ……寒くはないよ。


   ……。


   でも……もっと、傍に来て欲しい。


   ……分かったわ。


   ……。


   ……此れで、どう?


   あぁ……とても、良いよ。


   ……然う。


   ふぅ……。


   ……。


   ……なぁ、メル。


   なぁに……。


   ……今のアミの平熱は、高いとは言えないだろう。


   ええ……低体温のままよ。


   ……幼い頃は、然うでもなかったのにな。


   抱っこすると、とても温かかったわ……。


   ……おんぶしても、其の温かさが伝わってきた。


   あの子も、熱の塊だった……。


   ……。


   ……守るべき、小さな命。


   今でも……変わらない。


   ……うん。


   ……。


   ……。


   ……躰、冷たくなっていた。


   恐らくは……部屋の外に出て、待っていたのでしょう。


   ……其の方向から帰って来るとは、限らないのに。


   其れを言ってしまったら……私達も、然うでしょう?


   ……然うなんだけど。


   気持ちは、分かるわ……痛い程に。


   ……あぁ。


   ……。


   ……ん、夜光虫だ。


   何処……?


   ……指の先、真っ直ぐ。


   ……。


   ……見えたかい?


   ええ……見えたわ。


   ……もう、そんな季節なのだな。


   早いわね……。


   ……光を見ると、安心したんだ。


   ……。


   夜の空は、暗いからさ……。


   ……其の光は、ひとのこが灯すものでも。


   ひとのこが灯す光には……営みを感じた。


   ……営み。


   其れには、温もりがあるんだ……。


   ……体温。


   其れに、近いかな……。


   ……灯りを、絶やさずに。


   ジュピターならば、見えている筈だ。


   ……見えていて、欲しい。


   ……。


   ……。


   ……どうやら、ごはんが来たようだ。


   ん……然うみたいね。


   ……部屋の中に入ろう、メル。


   ええ……ユゥ。


   ……取り敢えず、メルはアミの傍に。


   然うする……。


   ……。


   ……。


   ……メル?


   ん……なんでもないわ。


   ……何か、聞こえたか。


   冷たい、風の音が……。


   ……何か、見えるか。


   私の目には……何も。


   ……。


   ……ごめんなさい。


   ううん……構わない。


   ……。


   さぁ……アミが、目を覚ます前に。


   ……ええ。


  13日





   ぐぅ……。


   ……ちゃん。


   ……。


   ……マコちゃん。


   んぅ……。


   ……起きて。


   ……。


   ……起きて、マコちゃん。


   もう……ちょっと。


   ……お願い、起きて。


   おきるけど……もう、ちょっと。


   起きて……。


   ……ぐぅ。


   起きて……お願い。


   ……ん。


   お願い、だから……。


   ……アミ、ちゃん。


   起きて、マコちゃん……起きて。


   ……。


   起きて……起きて。


   ……ないてる、の。


   ……。


   ないてるの……アミちゃん。


   ……若しも。


   ……。


   ……若しも、泣いていたら。


   すぐに、おきる。


   ……。


   んー……。


   ……マコ、ちゃん。


   しょ!


   ……。


   良し、起きた。


   ……。


   おはよう、アミちゃん。


   ……おはよう、マコちゃん。


   泣いてる?


   ……泣いて、ない。


   顔、見せて。


   ……見せない。


   確かめたい。


   ……確かめなくても、声で分かるでしょう。


   顔が見たい。


   ……見せたくない。


   どうしても?


   ……どうしても。


   そっか、分かった。


   ……。


   どうして、泣いてるの?


   ……泣いてなんか、いないわ。


   声が、泣いてるような気がする。


   ……。


   声音が、微かに揺れてるんだ。


   ……揺れて、なんか。


   分かるんだ、小さい頃から然うだったから。


   ……幼い頃から、泣いた事なんて。


   あるよ。


   ……マコちゃんの前で。


   その時も、声が揺れてたんだ。


   ……。


   だから、今も然うかなって。


   ……風で、揺れてるだけ。


   かぜ?


   ……然う、風。


   アミちゃん、風邪をひいたの?


   ……その「かぜ」ではないわ。


   大丈夫?


   ……風邪なんて、ひいてない。


   寒くない?


   ……。


   喉は、いがいがしてない?


   ……。


   アミちゃん?


   ……マコちゃんは、寒くないの。


   あたしは、寒くないよ。


   ……本当に、寒くないの。


   ん、全然寒くない。


   ……外套も、お気に入りの帽子も、手袋も、首巻きだって持っていないのに。


   あたしは、体温が高いんだ。


   ……幾ら、体温が高くても。


   う……。


   ……頬が、冷たくなっているわ。


   ほほ……ほっぺた?


   ……とても、冷たい。


   然うかなぁ。


   ……こんなところで、眠っているから。


   こんなところ……?


   ……良く、眠っていたの。


   んー……確かに、良く寝てたかも。


   ……。


   だけど、大丈夫。
   風邪なんて、ひいてない。


   ……。


   ねぇ、アミちゃん……そろそろ、顔を見せてよ。


   ……いや。


   お願いだよ、アミちゃん。


   ……最初から、泣いてなんかいないもの。


   どうしても、然うとは思えないんだ。


   ……。


   アミちゃん……。


   ……どうしても、見たいのなら。


   見たい。


   ……。


   見て……若しも、泣いていたら。


   ……あなたを。


   ん、なに?


   ……あなたを、待っているの。


   え。


   だから……帰って来て。


   あたしは、此処に居るよ。


   ……ううん、居ないの。


   ちゃんと居るよ。


   ……何処にも、居ないの。


   あたしは、此処に居る。


   ……何処に居るの。


   アミちゃんのすぐ傍に。


   ……どうして、帰って来ないの。


   何処にも、行ってないよ。


   ……待っているのに。


   あたしはずっと、此処に居るよ。


   ……みんな、待っているのに。


   アミちゃん、こっち向いてよ。
   こっちを向けば、分かるよ。


   とと様も、かか様も、マーキュリーも……ずっと、待っているのに。


   何処かになんて、行ってない。


   ……わたし、も。


   何処かに行くのなら、アミちゃんと一緒に行くんだ。


   ……。


   ひとりでは、行かない。


   ……。


   ね、顔を見せて。
   あたしを見てよ。


   ……怒ってるの。


   怒って……ううん、怒ってないよ。


   ……わたしが、ひどいことをいったから。


   酷いこと?
   酷いことってなに?


   ……もう、してないって。


   してない……何を、してないの?


   ……たのしみに。


   楽しみ……。


   ……つくってくれるって、いったの。


   え、と……ごめん、なんだっけ。


   ……。


   あ、や……忘れてて、ごめんよ。


   ……いちじくの、あんみつ。


   無花果の……あ。


   ……いって、くれたのに。


   然うだ、餡蜜……無花果の餡蜜を作るんだった!


   ……それ、なのに。 


   ごめん、すぐに作るよ。
   待ってて、アミちゃん。


   ……。


   まずは、水寒天を……て、あれ。


   ……おなか、すいてない?


   ここ……どこだっけ。


   ……なにか、たべたの?


   あたし……なんで、こんなところに。


   ……おみずは、どうしているの。


   此処は……何処だ。


   ……のどは、かわいてない?


   あたしは……どうして。


   ……。


   あたしは、なんで……。


   ……かえりみちは、おぼえてる?


   かえりみち……。


   ……わすれて、しまった?


   帰る……どうやって。


   ……とおくへ、ただ、いきたかったの。


   遠く……空へ、行きたかった。


   ……ただ、とびたかったの。


   然うだ……あたしは、ただ。


   ……。


   どうしよう……どうやって、帰ろう。


   ……は、おぼえているから。


   帰り道が、分からない……城の灯りも、此処からでは見えない。


   ……ちゃんと、憶えているから。


   ねぇ、アミちゃん……あたしはなんで、こんなところに。


   ……、お願いね。


   アミちゃん、アミちゃん?


   ……お願い、あの子を。


   どこ、アミちゃん。


   ……マコちゃんをどうか、つれて帰って来て。


   アミちゃん……!


   ……待って、いるから。


   どこ……っ?


   ……マコちゃん。


   アミちゃん、アミちゃん……っ。


   ……待って、いるわ。


   いやだ、何処にも行かないでよ……っ。


   ……ずっ、と。


   アミちゃん……ッ!


   ……。


   ど、どこ……どこなの、アミちゃん。


   ……。


   いない……いない……どこにも、いない。


   ……。


   アミちゃん、アミちゃん、返事をしてよ、アミちゃん。


   ……。


   あ、あぁ……。


   ……。


   ……か。


   ……


   帰らない、と……早く、帰らないと……ここは、真っ暗だ……真っ暗なのは、嫌だ……ひとりは、嫌だ……。


   ……。


   嫌だ……いやだ……いやだ……いやだ……。


   ……。


   アミちゃん……とと様……かか様……アミちゃん……マーキュリー……ジュピ





   ぐぉう。





   ……う。


   ぐぉう、ぐぉう。


   ……うぅ。


   ぐぉう。


   ……聞こえてるよ。


   ぐぉ。


   ……ジュピター。


   ぐぉう!


   ……はぁ。


   ぐぉう?


   ……あたし、寝てた?


   ぐぉ。


   ……そっか。


   ぐぉ、ぐぉ。


   じゃあ……さっきのは、夢。


   ぐぉぉう。


   ……ん、なに。


   ぐぉ、ぐぉぉ。


   あー……寝言が、うるさかった?


   ぐぅ。


   ……いびき?


   ぐぉ、ぐぉう。


   ……まぁ、どっちでも良いか。


   ……。


   て。


   ぐぉう。


   ……悪かったよ、うるさくて。


   ぐぉ。


   ……。


   ぐぉう、ぐぉ。


   ……お前のお腹は、あったかいなぁ。


   ……。


   ……アミちゃん。


   ぐぉう。


   ……居ないのは、分かってるよ。


   ぐぅ。


   ……そっか、夢か。


   ……。


   ……ところで、ジュピター。


   ぐぉ。


   ……ここ、どこだっけ。


   ぐぉ、ぐぉ。


   ……お前は、分かってるんだろ。


   ぐぉう!


   ……お。


   ぐぉ、ぐぉ、ぐぉ。


   ん、なんだよ。


   ぐぉぉう。


   あー……分からない。


   ぐぉう。


   いや、だから……ん。


   ぐぉ、ぐぉう。


   ……向こう?


   ぐぅ。


   ……違う?


   ぐぉぉう。


   んー……じゃあ、反対側の向こう?


   ぐぉう。


   え、と。


   ぐぉぉう、ぐぉ、ぐぉ。


   向こうを……見ろ?


   ……。


   う。


   ぐぉ、ぐぉう。


   今、見るよ……でも、立たなきゃ見えないだろ。


   ……。


   ちょっと待ってろって、今立つから。


   ……ぐぅぅぅ。


   あぁ、分かった分かった。


   ……。


   向こう、向こうだな……。


   ……。


   向こう……別に、何にもないぞ。


   ……ぐぅ。


   あいた。


   ぐぅぅぅぅ……。


   ……良く見ろって?


   ぐぉう。


   見たって、何も……。


   ……。


   ……くしょいッ!


   ぐぉい。


   ……ふぃぃ。


   ぐぉ。


   ただの、くしゃみだ……くしょいッ。


   ……。


   なんか、鼻がむずむずするな……。


   ぐぅ。


   いや、風邪じゃないぞ。
   寒くないし、喉もいがいがしないし、咳も出てな……くしょいっ!!


   ぐぉッ。


   洟……なんだよ、もう。


   ……。


   ん……鼻紙が、ない。


   ……ぐぉ。


   別に、ジュピターになすりつけたりなんかしないよ。
   こういう時の為に、手巾を持って……。


   ……。


   手巾……手巾…………ない。


   ……ぐ。


   いや、だから、なすりつけたりなんかしないって言ってるだろ。
   そんなことをしたら、頭を軽く齧られてしまいそうだ。


   ぐぉ。


   然うだ、だって?
   言っておくけどな、軽く齧られるだけでも、なかなかの致命傷になるんだぞ。


   ぐぉ~う。


   お前……そんな態度、アミちゃんとかか様の前では絶対にしないくせに。


   ぐぉ、ぐぉぉ。


   とと様の前ではする?
   あぁ、知ってるよ。


   ぐぉう。


   全く、お前は。


   ふ。


   今、鼻で笑ったな?


   ぐぉ、ぐぉ。


   洟と手を拭け?
   言われなくても分かってるけど、拭くのがないんだよ。
   着てるので拭くのはやだし……行儀、悪いし。


   ぐぉう。


   ん、なんだ?


   ぐぉ、ぐぉう。


   なすりつけて良いのか。


   ……。


   牙をちらっと見せるな、ただの冗談だろ。


   ……ぐぅ。


   あー……このままだと、乾いてがびがびになっちゃうなぁ。
   仕方ないから、水で顔を……水。


   ぐぉう。


   いや、早く言えよ。


   ぐぉ、ぐぉ、ぐぉう。


   あ、言ってた? 分からない方が悪い?
   お前が分かり辛いんだよ、もう。


   ……。


   たく……。


   ……ぐぉう。


   ん?


   ぐぉ、ぐぉう。


   先ずは、顔を洗え?
   だから、洗おうとしてるだろ。


   ……。


   はぁ……水辺で良かったな。


   ぐぉう。


   はいはい、ジュピターのおかげだよ。
   ごはんも食べられたし、さ。


   ……。


   火の熾し方……とと様に教わっておいて良かったな。


   ぐぉ。


   あぁ、ジュピターの鱗が役に立った。
   お守りにもなるし、防具にもなるし、火打石代わりにもなるし、本当に便利だな。


   ……。


   お。


   ぐぉぉ……。


   いや、褒めたんだろ?
   何が気に入らないんだよ。


   ……。


   まさか、便利って言ったことか。
   だって、実際便利だろ?


   ……ぐぅぅ。


   あぁ、分かったよ。悪かったよ。
   他の言葉に、言い換えれば良いんだろ。


   ぐぉ。


   他の……あー……えー……うー……。


   ……。


   ……然うだ、重宝。


   ぐ?


   重宝、此れならどうだい?


   ……ふ。


   此れも、気に入らないか……アミちゃんに教わった言葉なのに。


   きゅう。


   は……。


   ……。


   お、お前……今の鳴き声は、なんだ。


   ……。


   さっきまでの鳴き声は、どうした。


   ぐぅ。


   ……は。


   ぐぉう。


   ……あぁ、然うかい。


   ……。


   分かり易いやつだなー……全く。


   ぐぉう、ぐぉう。


   然うだな、あたしもだな。


   ぐぉう。


   はぁ……顔、洗お。


   ぐぅぅ……。


   ……ん、冷たい。


   ……。


   ……ふぅ、さっぱりした。


   ぐぉ。


   早い?
   でも、ちゃんときれいになったぞ。


   ……。


   な?


   ぐぉう。


   は、大して変わってない?
   いや、変わるだろ。良い顔、してるだろ。


   ……。


   あ?


   ……。


   どうした、ジュピター。


   ……ぐぉ。


   向こう?


   ぐぉぉう。


   あぁ、ちゃんと見るんだったな。


   ……。


   向こうは……やっぱり、何も見えないぞ。


   ……きゅう。


   え?


   きゅぅ、きゅぅ。


   どうした、おかしくなったのか?
   それとも、腹でも痛いのか?


   ……。


   おわ。


   ……ぐぅぅぅぅぅぅ。


   いや、だって、アミちゃんも居ないのに……アミちゃん?


   ……。


   若しかして、アミちゃんが来て呉れてるのか?


   ふっ。


   お、お前……また、鼻で笑ったな。


   ……。


   ……なんだよぅ、期待させて。


   きゅぅ。


   ……もう、それは良いよ。


   きゅぅう。


   ……しつこいぞ、ジュピター。


   きゅ、きゅう。


   ……。


   ぐぉっ、ぐぉっ。


   ……若しかして、向こうに居るのか。


   きゅうっ。


   え、然うなのか。


   ぐぉう、ぐぉう、ぐぉう。


   とと様と、かか様……それから、マーキュリーも。


   ぐぉう!


   然うか、向こうに城があるんだな!


   ぐぉぉう!


   じゃあ、向こうに行けば、


   ぐぉ!


   ……。


   ……ぐぉう?


   城……。


   ……。


   とと様と、かか様……今、どうしているかな。


   ぐぉ、ぐぉ。


   心配、してるかな……何も言わずに、出てきてしまったし。


   ぐぅぅ。


   当たり前だ……?
   うん、然うだよな……当たり前、だよな。


   ぐぉっ。


   叱られる……かな、やっぱり。


   ぐぅぅ。


   マーキュリーは……どうかな。


   ……。


   ……眠たそうな目、してるかな。


   ぐぉ。


   ……会いたいかい?


   ぐぉう。


   はは……然うだよな、仲良しだもんな。


   ぐぉ、ぐぉ。


   ……アミちゃん。


   ……。


   アミちゃんは、どうだろ……心配、してるかな。


   ……ぐぅ。


   して、ないかな……振り向いて、呉れなかったし。


   ……。


   アミちゃん……あたしのこと、そんなにいやなのかな。
   いやに、なっちゃったのかな……それとも、小さい頃からいやだったのかな。


   ……。


   ん……ジュピター。


   ぐぉう。


   帰るのは……明日になってからでも。


   ……。


   良いのかって……分からないよ、そんなの。


   ぐぉ。


   アミちゃんには、会いたいけど……アミちゃんは、あたしに会いたくないかも知れない。


   ……。


   かか様、体調は大丈夫かな……朝の鍛練が終わったら、朝の挨拶に行くつもりだったんだけど。


   ……。


   かか様……本当なら、今日は鍛練を見に来て呉れる予定だったんだ。
   でも、見せられなかった……がっかり、したかな……させちゃったかな。


   ……。


   とと様は……どうだろ。


   ぐぉう。


   ……。


   ぐぉう?


   ……とと様のごはんが、食べたいな。


   ぐぉ。


   ……帰りたい、な。


   ……。


   やっぱり、帰りたいな……ジュピター。


   ぐぉ、ぐぉ。


   なら、帰ろうって……?


   ぐぉう、ぐぉう。


   ……でも。


   ぐっ。


   ……わ。


   ぐぅぅ。


   ジュピター……うん、然うだな。


   ぐぉ、ぐぉう。


   ん……帰ろっか。


   ぐぉ。


   分かってる……火の始末、だろ?


   ぐぉぉう。


   すぐにやってしまうから、待ってて。


   ぐぉぉ。


   早くしないと置いて行く?
   いや、それは困る。


   ぐぉう、ぐぉう。


   ……なぁ、ジュピター。


   ぐぉう?


   無花果の餡蜜……作ったら、食べて呉れるかな。


   ……。


   アミちゃんに、作りたいんだ……う。


   ……。


   ざ、ざりざりする……。


   ぐぉう。


   また、顔を洗わなきゃいけなくなっちゃったじゃないか……。


   ぐぉぉ。


   ……ん。


   ぐぉ、ぐぉう。


   ……屹度、食べて呉れる?


   ぐぉう。


   そっか……然うだと、良いな。


   ……。


   良し……ちゃっちゃと済ませて、帰ろう。


   ぐぉ。


   早くしろって?
   はいはい、分かってるよ。


   ……。


   ……あのさ、ジュピター。


   ……。


   飛んで呉れて……ありがとう。


   ふ。


   ……あは。


   ……。


   今度はさ……アミちゃんと一緒に飛びたいと思ってるんだ。


   ……ぐぉう。


   其の時はまた、飛んで呉れるかい?


   ぐぉぉう!


   ふふ、然うか。


   ……。


   ……あの日のことは、今でもはっきり憶えてるんだ。


   ぐぅ。


   アミちゃんに、初めてジュピターに乗せてもらった日……。


   ……。


   とっても、嬉しくてさ……あの日の空の色は屹度、一生、忘れない。


   ぐぉぉう。


   飛行技術は、今でもアミちゃんの方が上手い?


   ぐぉ。


   丁寧で優しいもんな、アミちゃんは。


   ……。


   ……ん、此れで良し。


   ぐぉう。


   ほら、顔も良いだろ。


   ……は。


   お前……まぁ、いっか。


   ……。


   帰ろう、ジュピター。


   ぐぉう。


   ……。


   ぐぉ、ぐぉ。


   ……はい、頼りにしてます。


   ぐぉう!


   ……正直、帰り道のことまでは考えてなかった。


   ぐぉ、ぐぉ。


   ……ジュピターは。


   ……。


   ……とと様とも、こんな風に。


   ぐぉ。


   ……色んなところへ、行ったんだよな。


   ……。


   分かってる……今は、帰る。


   ぐぉう。


   みんなに、ただいまを言って……それから、みんなとごはんが食べたい。


   ……。


   ……アミちゃんに、会いたい。


   ……。


   ……あたしのこと、見て呉れなくても。


   ぐぉぉぉう!


   ん。


   ぐぉうっ。


   うん、それでも帰ろう。


   ……。


   城……家に帰るぞ、ジュピター。


   ぐぉぉうっ!


  12日





   ん。


   ……夜分に、申し訳ありません。


   其の声は、アミか?


   ……はい。


   あぁ。


   其の……ご迷惑で、なければ。


   迷惑などではない、さぁ、中へ。


   ……お部屋の中に入っても、宜しいでしょうか。


   勿論、良いに決まっている。


   ……有難う、御座います。


   今、開けよう。


   いいえ……自分で。


   アミ。


   ……あ。


   どんな時間であろうとも、来て呉れて嬉しいよ。


   何も、言わずに……勝手に、来てしまって。


   私達は構わない、いつでも来て欲しいと思っているのだから。


   ……今は。


   今はメルとふたりでお茶を飲みながら、躰を休めていたんだ。


   ……お茶。


   無花果の葉で淹れたものなのだが、


   ……いち、じく。


   良かったら、アミも……?


   ……ごめんなさい。


   アミ、どうした?


   ……ごめん、なさい。


   何を、謝っているんだ?
   何処か、良くないのか?


   ……いいえ、大丈夫です。


   ん。


   ……問題、ありません。


   アミ、顔色が……あ。


   ……。


   アミ……っ。


   ……大丈夫、です。


   いいや、大丈夫ではない。


   ……此れ、くらい。


   大丈夫には、全く見えぬ。


   ……う。


   メル……あぁ、分かっている。


   ……はぁ。


   アミ、部屋の中へ。


   ……自分の、部屋に。


   駄目だ。


   ……ご迷惑、を。


   迷惑などでは、決してない。


   ……。


   さぁ、アミ。


   ……とと、様。


   え。


   ……かか、様。


   アミ……。


   ……私の、せいなの。


   アミのせい……何の事だ?


   ……マコちゃんが、帰って来ないのは。


   ……。


   私が……全部、悪いの。


   話は、後にしよう。


   ……ぁ。


   うん……矢張り、羽根のように軽いな。


   ……自分、で。


   おんぶではないが、我慢して欲しい。


   ……おん、ぶ。


   先刻まで、そんな話をしていたんだ。


   そんな話……私達が、幼い頃の話、ですか。


   あぁ、今夜は静かだから。


   ……静か、だと。


   つい、思い出話がしたくなるんだよ。


   ……おもい、で。


   行き先はメルの隣だが、構わないか。


   とと、様……。


   大丈夫だ、アミ……私達は、此処に居る。


   ……でも。


   マコトは、今は居ないが……必ず、帰って来る。


   ……かえっ、て。


   メル、良いか……うん、そっと。


   かか様……申し訳、ありません。


   謝る必要など、ない。


   ……。


   寒くはないか、アミ。


   ……寒さは、感じません。


   メル。


   ……ん。


   どうだ…………あぁ、矢張り然うだよな。


   ……今、寒さを感じているのは。


   アミ、取り敢えずお茶を飲まないか。
   熱いお茶を飲めば、躰だけなく、心も温まるだろう。


   ……私、よりも。


   あったまれば、少しは違う筈だ……だから、頼む。


   ……私なんか、どうでも良いのです。


   なんかではない。


   ……ん。


   アミの事をどうでも良いなどと、私達が思うわけないだろう?


   ……。


   暫し、待っていて呉れ。
   メル、アミを頼む。


   ……ごめんなさい、かか様。





   謝る必要などないと、とと様に言われたでしょう……?





   ……でも。


   今はただ、躰と心を休めて……。


   ……休んでいる、暇なんて。


   お休みする事も、大切よ……。


   ……分かって、います。


   ほんの一時……とと様が淹れて呉れたお茶を、飲み終わるまで。


   ……。


   其れくらいならば、良いでしょう……?


   ……今まで、ずっと。


   うん……。


   ……自分の部屋で、お勉強をしていたんです。


   昼食の後、何か食べたの……?


   ……いいえ、何も。


   水分は、ちゃんと摂っていた……?


   ……摂っていないと、思います。


   憶えていないの……?


   ……記憶に、ないのです。


   傍に、湯呑は……?


   ……あの子の、ものと。


   ……。


   部屋を出る時に、中を見たら……どちらも、乾いていました。


   ……然う。


   あの子は、何処へ行ってしまったのでしょう……。


   ……。


   何処まで、ジュピターと……飛んで行って、しまったのでしょう。


   ……。


   ひとりでなら、そんなに遠くへは行けないと思うのです……でも、ジュピターが一緒だから。


   ……ジュピターが一緒だから、帰って来ると思うの。


   何処までも、行ってしまうかも知れません……。


   ……何処までも遠くへ行ったとしても、ちゃんと帰って来て呉れる。


   あまり、遠くへ行ってしまったら……もう。


   ……ジュピターならば、城までの帰り道をちゃんと憶えているから。


   かえりみち……。


   ……仮令、あの子が分からなくなってしまったとしても。


   ジュピターが居れば……居て、呉れれば。


   ……必ず、連れて帰って来て呉れる。


   でも、あの子が帰りたくないと言ったら……。


   だとしても……私達が待っている事を、ジュピターは良く知っているから。


   ……。


   アミ……今は、どうか休んで。


   ……どうしよう。


   うん……?


   ……あの子が、寒さで震えていたら。


   あの子なら屹度、とと様に教わった通りに火を熾しているわ……。


   ……火。


   火を熾せば、暖を取る事が出来る……お水を沸かして、お湯を作る事だって出来る。


   でも、でも、お水を入れる容器は……あの子は、何も持って行かなかったわ。
   外套も、お気に入りの帽子も、手袋も、首巻きも、鞄も、容器も、湯呑も、おやつさえも……何も……何も。


   ……火を熾せなくても、ジュピターに寄り添っていれば其の温もりを得る事が出来る。


   ぬくもり……。


   ジュピターの体温は、ひとのこの其れよりも高いの……お水もジュピターの傍に置いておけば、少しは温かくなるかも知れない。


   ……。


   龍は卵から生まれるけれど、変温動物ではない……其れはあなたも、良く知っているわよね。


   ……ジュピターのお腹は、いつだって、温かったわ。


   つまり、ひとのこと同じ恒温動物……。


   ……ジュピターのお腹に寄り掛かっていると、眠くなってしまうの。


   幼い頃のあなたは、ジュピターのお腹に寄り掛かっては、良く書物を読んでいたわ……。


   ……然うして、いつの間にか眠ってしまって。


   読み掛けの書物を、お腹の上に置いて……傍には、マーキュリーも居て。


   ……書物を読む前に、マーキュリーとお散歩もしたわ。


   ええ……ゆっくりと、歩いていたわね。


   ……だから。


   だから……?


   あの子が、マーキュリーを……頭の上に乗せると言い始めた時は、とても驚いたの。


   ふふ……あの時は、私も驚いたわ。


   落ちてしまうかも知れないから、だめよ……と言っても、大丈夫だよ、落とさないよ、と言うばかりで。


   実際、上手に乗せていたわ……マーキュリーも、上手にしがみついていて。


   だけど、やっぱり心配で……だって、落ちたら、痛いでしょう?
   大きな怪我を、してしまうかも知れないでしょう……?


   ……硬いところに落ちたら、幾ら頑丈な甲でも、割れてしまうかも知れない。


   だから、お願いしたの……危ない事は、やめてって。


   ……あの子は、あなたの言葉をちゃんと聞いた。


   聞いて、呉れたけど……でも、あの子は。


   ……あなたの言葉は、とと様の耳にもちゃんと届いていたわ。


   ……。


   落ちてしまわないように、特別な冠を作って呉れたでしょう……?


   ……うん、作って呉れたわ。


   其れから……マーキュリーを頭に乗せている時は、走ったり飛んだり、ましてや逆立ちなどは決してしないよう、約束させた。


   それでも……本当は、乗せて欲しくなかったの。


   うん、然うね……万が一、という事も、あるものね。


   ……あと。


   あと……?


   ……取られて、しまったようで。


   取られてしまった……?


   ……マーキュリーはずっと、私と居たのに。


   あぁ……然ういう事。


   ……でも、私は上の子だから。


   我慢したの……?


   ……しなきゃ、駄目でしょう?


   ううん、言っても良かったのよ……。


   ……。


   私も、マーキュリーと一緒に居たいと……ゆっくり、お散歩がしたいと。


   ……良いの。


   言葉にすれば、あの子は屹度、ちゃんと聞いたと思うの……。


   ……。


   お散歩以外に、したい事はあった……?


   ……ふたりで、お話もしたかったの。


   お話……好きだったものね。


   ……うん。


   ……。


   ……でも、いやになった事はないわ。


   嫌……?


   ……あの子と、居る事。


   ……。


   一緒に居ると……楽しいから。


   ……ひとりから、ふたり。


   ん……。


   ……三人から、四人。


   ジュピターのお腹に寄り掛かって、何度も、あの子とお昼寝をしたわ……。


   ……ええ、良く眠っていたわ。


   あの頃は……ずっと。


   ……。


   ずっと、一緒に居られると思っていた……。


   ……今はもう、思っていないの?


   だって……あの子は、元服の儀を終えたら。


   あなたとふたりで、私の母星である辰星へ行く……。


   ……帰って、来たら。


   物理的に離れていても……あの子の心は、あなたの傍にある。


   ……そんな、こと。


   ないと、言い切れる……?


   ……心は、移りゆくものだもの。


   確かに、心は移りゆくものよ……けれど、変わらぬ想いというものもあると思うの。


   ……かわらぬ、おもい。


   まぁ、実際のところは、分からないけれどね……。


   ……。


   あぁ、ごめんなさい……余計な事を、言ってしまったわ。


   ……こわいの。


   怖い……?


   ……。


   何が、怖いの……?


   ……あの子が、私を、忘れてしまう事。


   あなたを、忘れる……?


   ……真の番を、得たら。


   仮令、真の番を得たとしても……あの子は、あなたを忘れる事はないと思うわ。


   ……あの子は、忘れっぽいから。


   確かに、忘れやすいところはあるけれど……あなたの事は、決して忘れない。


   ……。


   生まれた時から、あなたと一緒に居たの……。


   ……私よりも、ずっと長い時間を。


   ん……?


   ……真の番と、一緒に過ごす事になると思う。


   ……。


   かか様だって、然うでしょう……?
   とと様と一緒に過ごした時間の方が、姉姫様よりも長いでしょう……?


   ……ええ、長いわ。


   かか様は、姉姫様の事を憶えているけれど……あの子は、どうかしら。


   ……ねぇ、アミ。


   なぁに……。


   あの子も、私の子よ……。


   ……。


   だから……忘れない。


   ……それだと、まるで。





   私だって、忘れないぞ。





   ……とと様。


   私だって、忘れない。


   ……うん、とと様も忘れないわ。


   まぁ、どうでも良い事は忘れるが。


   ……どうでもいい。


   メルと、アミと、マコトと、其れからジュピターとマーキュリー。


   ……みんなのことは、忘れない?


   あぁ、絶対に忘れない。
   仮令、どんなに離れたとしても。


   ……でも、離れる事はないわ。


   マコトはいつか、此の城を出てゆくだろう。
   若しかしたら、ジュピターもついていくかも知れない。


   ……。


   遠く離れても、長い時間が経っても、忘れる事はない。


   ……。


   え……あ、済まない。
   其の……例えが、悪かった。


   ……あの子も、忘れないかしら。


   あ、あぁ、あの子も忘れないよ。


   ……私の、ことも。


   有り得ないな。


   ……ありえない?


   大好きなひとの事は、絶対に忘れない。


   ……だい、すき。


   忘れる事はないんだ。


   ……。


   アミ……お茶をどうぞ。


   ……お茶。


   無花果の、甘い果肉も入っている……。


   ……良い香り。


   ゆっくりと飲めば、躰と心が温まる筈だ……。


   ……。


   ん、他のお茶の方が良かったか……。


   ……とと様とかか様が、飲んでいたお茶。


   あぁ、然うだよ……。


   ……淹れて呉れてありがとう、とと様。


   飲んで呉れるかい……?


   ……うん、飲みたい。


   然うか……うん、良かった。


   ……。


   熱いから、気を付けてな……。


   ……ん。


   メル……お代わりは要るかい?


   ……。


   ん、分かった……飲みたくなったら、言って呉れ。


   ……はぁ。


   どうだい……アミ。


   ……優しい味がする。


   甘いかい……?


   ん……甘くて、美味しい。


   あは。


   ……なに。


   いや、アミが笑って呉れたから。


   ……私、笑った?


   あぁ、笑ったよ……なぁ、メル。


   ……かか様、私、笑った?


   ……。


   ……然う。


   アミ……お腹は、空いていないか。


   ……お腹。


   何か、食べたいものはないか……?


   ……たべたい、もの。


   夕ごはんの前だが……用意、出来るものならば。


   ……。


   ……何も、食べたくないか。


   あん、みつ……。


   ……餡蜜?


   いちじくの、あんみつ……。


   ……。


   きょう……あのこが、つくってくれると。


   ……然うだったのか。


   やくそく、したのに……。


   ……。


   わたし、たのしみにしているって、いったのに……。


   ……帰って来たら、作ってもらおう。


   ちがうの。


   ……ちがう?


   いらないって、いったの。


   ……。


   もう、たのしみにしてないって……わたし、あのこに。


   ……然うか。


   そうしたら、あのこ……とても、かなしそうなかおをして。


   ……どうして、そんな事を言ってしまったんだい?


   ……っ。


   言いたくなければ、無理に言わなくて良い……。


   ……つがい。


   番……。


   ……。


   ……メル。


   ……。


   あぁ、分かっている……此れ以上は、聞かない。


   ……なりたい、と。


   ん……?


   ……ずっと、わたしと、なりたいと。


   ……。


   だけど……あのこはまだ、しらないから。


   ……何をだい?


   そとのせかい……


   ……。


   そとのせかいに、でれば……わたしよりも、ずっと。


   ……アミは、どうなんだい?


   わたし……?


   ……マコトと、番になりたいかい。


   ……。


   此の星では……なれないわけでは、ない。


   ……でも、しんのつがいには。


   生涯を共にしたいと言うのならば……強く、願うのならば。


   ……。


   ……子を儲ける事だけが、真の番ではないんだ。


   でも……。





   あの子はずっと、あなたを望んでいるわ……其れこそ、幼い頃から。





   ……。


   軽薄なところはあるけれど……あの子は、一途なの。


   ……いちず。


   応えたくないのなら、応えなくても良い……あなたの事は、あなたの心に聞いて、決めれば良い。


   ……。


   だけどね、アミ……人生の旅路を一緒に歩める者は、然う多くはないと思うのよ。


   ……。


   ……ね、あの子が帰って来たら、あなたはどうしたい?


   わたしは……。


   ……あなたが、したいようにすれば良い。


   いまは……なにも、おもいつかない。


   然う……其れなら、其れで。


   ……でも、かえってきたら。


   ……。


   かえって、きてくれたら……その、ときは。


   ……ならば、其れまで。


   ん……。


   ……私達と、待っていましょう。


   ……。


   あの子の、帰りを……。


   ……ん、まってる。


   ……。


   ……とと様、かか様。


   なぁに、アミ……。


   なんだい、アミ……。


   ごめんなさい……それから、ありがとう。


  11日
   原初に戻ります。





   ……帰って、来ない。


   ……。


   夕ごはんの時間を、疾うの昔に過ぎていると言うのに……朝ごはんも、昼ごはんも、おやつさえ、食べていないと言うのに。


   ……。


   ふたりは、何処まで行ってしまったんだ……。
   ジュピターは、何をしているんだ……まさか、帰って来ないつもりなんじゃ。


   ……はぁ。


   メル……。


   ……ごめんなさい、少し落ち着きたくて。


   あぁ……。


   ……。


   メル、大丈夫か……少し、顔色が。


   ……私ならば、大丈夫よ。


   疲れているのなら、一旦、横になった方が良い……。


   ……横になったら、起き上がれないような気がして。


   ……。


   なんて、冗談よ……あなたも、少し休んで。


   ……私ならば、大丈夫だ。


   然うは、言うけれど……今日はほとんど、休めていないのでしょう?


   昼ごはんの時に休んだ……。


   ……今日は、お茶の時間も取らなかったわ。


   済まない……。


   ……表情に、疲れが滲んでいる。


   ん……。


   だから……少しで良いから、休んで。


   ……。


   お願いよ……ユゥ。


   ……ならば、メルと一緒に少し休もうか。


   私と……。


   若しもの時は……私が、躰を起こす手伝いをしよう。


   ……。


   其れならば、良いだろう……?


   ……然うね、悪くないわ。


   うん……。


   ……。


   体温と脈は……アミが、取って呉れたんだな。


   ……暫くの間、傍に居て呉れたの。


   私が部屋を出てから、程無くして、来て呉れたのだろう……?


   ……ええ、お勉強の合間に。


   試験の勉強は、順調に進んでいるのだろうか……。


   ……今は少し、手につかないみたい。


   然うだよな……。


   ……あの子が傍に居て呉れて、マーキュリーも喜んでいたわ。


   あぁ……良かったな、マーキュリー。


   ……あの子とお話する機会が減って、寂しがっていたから。


   アミと話せて、楽しかったかい……。


   ……。


   ……うん、楽しかったと言っている。


   眠たそうな目で……?


   ……と言うより、瞑っている。


   ……。


   ……でも、なんとなく伝わってくるんだ。


   然う……其れは、余程の事ね。


   ……私も、アミと話したかった。


   ……。


   うん……どの記録も、平常時に近いな。


   ……今日は、調子が良かったから。


   顔色も、良かったよ……。


   ん……ユゥ。


   ……だけど、唇が少し冷たい。


   冷えているのかも知れないわ……。


   ……熱いお茶でも淹れようか。


   お願いしても、良い……?


   あぁ……任せて呉れ。


   ……少し遅いけれど、お茶の時間ね。


   おやつは、ないが……。


   ……此の後、皆で夕食の予定だから。


   皆で……。


   ……叶うならば、あの子も一緒に。


   然うだな……。


   ……若しかしたら、匂いに釣られて帰って来るかも知れないわ。


   腹を空かせている時のマコトの鼻は、いつも以上に利くからな……。


   ……沢山、用意しておかないとね。


   お代わりが、幾らでも出来るように……。


   ……でも食べ過ぎは駄目よ、お腹を痛めてしまうかも知れないから。


   大分、強くなったとは言え……壊さないとは、限らないものな。


   ……冷たいものを取り過ぎても駄目なの。


   ふ……。


   ……なに?


   白湯を飲ませようとすると、いつも、駄々を捏ねたなぁ……と。


   ……味が無くて、苦手だったみたい。


   冷たい水にも、味は無いのにな……。


   ……冷たければ、美味しいと言って。


   一度に多く飲んでは、腹を壊す……。


   ……壊しては、泣いて。


   めそめそしながら、メルに腹をさすってもらっていたな……。


   ……アミにも。


   うん……アミにも。


   ……手を当てられているだけでも、安心するみたいで。


   分かるなぁ……私も同じだから。


   ……あなたも、好きよね。


   メルに触れられていると、安心するんだ……。


   ……手当てとは、良く言ったものだわ。


   メルは、どうだい……?


   ……私?


   私に、触れられていると……。


   ……安心、しないわけがない。


   ふふ……然うか。


   ……だから、疲れない程度に。


   疲れたら、離す……。


   ……ん、然うして。


   疲れなかったら、離さない……。


   ……其の前に、お茶が欲しいわ。


   お茶……?


   ……熱いお茶を、淹れて呉れるのでしょう?


   ん、然うだった……何か、希望はあるかい?


   ……歳星の、躰が温まるお茶が飲みたい。


   分かった……暫し、待っていて呉れ。


   ……うん。


   ……。


   ……今日は、城内が静かね。


   珍しく、な……。


   ……警戒態勢?


   相変わらず、月への警戒は続いているが……今は、たまたまだろう。


   ……一瞬の静寂?


   然ういう事も、たまには起こる……。


   ……城の者は。


   あまり、気にしていないようだ……マコトの事だから、其のうち帰って来るだろうと。


   ……あなたの動揺は。


   幸い、大して伝わっていないと思われる……。


   ……思っていた程、影響は無いと。


   中には、気にしている者も居るみたいだが……少数だ。


   ……。


   其れで、思い出した事がある……。


   ……なに?


   かつての私は……何度か、ジュピターと城を飛び出した事があった。


   ……。


   寧ろ、其れが影響しているのかも知れない……。


   ……かつてのあなたが取った行動は。


   今では、知っている者も少なくなったと思っていたが……。


   ……次の代へ、語り継がれていたら。


   ないとは、言えないな……酒のつまみ話か、何かで。


   ……あなたの場合は。


   私の場合は……まぁ、三日くらいは帰らなかったかな。


   ……其のまま、何処かへ行ってしまおうとは。


   何度も思ったさ……。


   ……でも、帰って来たのね。


   帰っても、窮屈なだけなのにな……何故か、帰ろうと思ったんだ。


   ……其れでまた、飛び出すと。


   一週間くらい、帰らない事もあったかも知れない……。


   ……一週間。


   元々、外の世界で生きていたから……どうとでもなったんだ。


   ……あなたは、城の外でも生きられる。


   ひとりじゃ、なかったしな……。


   ……。


   ……ジュピターが居て呉れて、心の底から良かったと思っている。


   うん……。


   ……私は。


   ……。


   帰って来て、良かったと思っているよ……。


   ……窮屈さは、未だに。


   幾分かは、慣れたが……。


   ……若しも、外の世界に戻りたくなったら。


   ……。


   ……私達を、連れて。


   望んで呉れるのならば……ひとりでは戻らない。


   ……。


   ……マコトにとっては、此処が生まれ育った場所だ。


   生まれ育った場所だからこそ……外の世界に、強い憧れを抱く。


   ……私は、憧れを抱く事は無かったな。


   あなたにとっては、憧れではなく……望郷の思いを抱く場所だろうから。


   ……望郷。


   いつか、帰る場所……。


   ……いつか帰る場所、か。


   ……。


   然ういうわけだから……一週間くらいは、気にされないかも知れないよ。


   ……良いのか、悪いのか。


   私は一週間など、とても待てそうにはないから……其の前に、捜索隊を出すつもりだ。


   ……反対はしないわ。


   いっそ、明日にでも……本当ならば、今直ぐに。


   ……気持ちは、分かるけれど。


   何を言われようとも、気になどしない……。


   ……。


   メルは、気にするかい……?


   ……全く、気にしないわ。


   ふふ……然うだよな。


   ……気にすると思ったの?


   思わない。


   ……ふ。


   はは……。


   ……。


   ……どうぞ、メル。


   有難う……良い香りね。


   ……折角だから、香りが良いものにしたんだ。


   心が、安らぐ……。


   ……躰と心を、温めて欲しい。


   あなたも……。


   ……ん。


   ……。


   ……。


   ……無花果の甘み。


   優しい甘みだろう……?


   ……果肉も入れて呉れたのね。


   別々の方が良かったかな……?


   ううん……柔らかい味で、美味しいわ。


   然うか……良かった。


   ……。


   ……。


   ……此の星に来た頃は。


   うん……?


   ……此の星の夜に、なかなか慣れる事が出来なくて。


   慣れぬうちは、騒がしかっただろうと思う……。


   ……其れも、あるけれど。


   ……。


   辰星の夜は……何処までも、冷たいものだったの。


   ……寒いとは、違うんだよな。


   ええ、違うわ……全く、違う。


   ……。


   ひとのこの声など、ほぼ聞こえない……故に、より独りだと。


   ……此の星の夜は、五月蠅くて眠れなかったろう。


   其れでも、あなたが気を遣って呉れたから……。


   ……私に出来る事ならば、なんでもしたかったんだ。


   私の気を引く為に……?


   ……其れも、ある。


   分かり易い、下心……。


   ……どうしても、メルクリウスに好かれたかったんだ。


   真の番になる為に……ね。


   ……矢張り、下心か。


   可愛いひと……。


   ……ん。


   生まれて初めて、然う思ったわ……。


   ……嫌われなくて、良かった。


   ……。


   思えば、私には強請らなかったな……。


   ……うん?


   腹をさすって欲しいと……マコトに。


   ……然うだったかしら。


   腹をさすってやった記憶がないんだ……。


   ……お腹はさすってあげなかったかも知れないけれど、良く、おんぶをしてあげていたわ。


   おんぶ……。


   ……あの子は、あなたの背中も好きだった。


   ジュピターの次くらいかな……。


   ……いいえ、同じくらいよ。


   ……。


   ……いつだって、安心していたもの。


   帰って来たら、久しぶりにしてやろうかな……。


   ……寧ろ、されるんじゃない?


   私は、鍛練の為ではないのだが……。


   ……私は、今ではもう、すっかりされる方。


   メル……。


   ……もっと、抱っこしておけば良かった。


   十分、していたと思うが……。


   ……だとしても、然う思ってしまうの。


   ……。


   ……もう、出来ないから。


   然うか……然うだな。


   ……。


   マコトは、メルに抱っこされているととても嬉しそうで……。


   ……きゃっきゃと笑って、愛らしかった。


   あぁ……本当に。


   ……アミは、声を上げて笑う事はあまりなかったわね。


   あの子は、はにかんでいる方が多かったと思う……。


   ……其の様も、とても愛らしかった。


   もじもじとしているところも、本当に可愛らしくてなぁ……。


   ……あなたは夢中だったわ。


   夢中にならない方が難しい……。


   ……。


   アミだけでなく……マコトにも。


   ……うん。


   アミも、良くおんぶしたなぁ……。


   ……。


   ……なぁ、メル。


   なに……。


   ……アミは、何か。


   詳しい事は……何も。


   然うか……。


   ……あなたは。


   私は、話す機会もなくて……。


   ……お昼の鍛練は。


   勉強を、優先したいと……。


   ……然う。


   アミは……昼ごはんも、あまり食べていなかったな。


   ……マコトが、帰っていないから。


   昼のおやつも……。


   ……食欲が、湧かないのでしょう。


   ちゃんと、食べないと……躰力が、落ちてしまう。
   躰力が落ちてしまえば、鍛練どころか……勉強だって。


   ……お昼前のおやつは、食べて呉れたのだけれど。


   あれだけでは……ただでさえ、痩せ気味なのに。


   ……今日は特に、やつれているようにも見える。


   あぁ。


   ……。


   マコトは、何をしているんだ……何処に、居るんだ。


   ……。


   夜は、冷えると言うのに……羽織るものだって、持っていないだろう。


   ……火を熾して、ジュピターに寄り添っていれば。


   腹は、空かせていないのだろうか……ちゃんと、食べているのだろうか。


   ……。


   お茶は……せめて、白湯だけでも……今では、飲める筈だ。
   アミと、何度も飲む練習をしていたのだから……。


   ……未だに苦手ではあるけれど、アミと一緒ならば。


   早く、帰って来て……アミと、ごはんを。


   ……。


   矢張り、今からでも探しに。


   ……駄目よ、ユゥ。


   だけど、メル。


   ……私が行くわ。


   メルが?


   ……あなたは、城に居て。


   其れこそ、駄目だ。


   ……何故。


   そんな躰で、行かせるわけにはいかない。


   ……問題無いわ。


   問題無いわけ、ないだろう。


   ……城の者を、何人か連れて行く。


   其れでも、駄目だ。


   ……。


   歯痒いだろうが……どうか。


   ……ええ、とても歯痒いわ。


   ……。


   我が子が、帰って来ないのに……探しにも、行けないだなんて。


   ……。


   ……。


   ……お茶が、冷めてしまうな。


   あぁ……然うだった。


   ……。


   ……。


   ……どうだい、冷めてはいないかい。


   温かくて、美味しいわ……。


   ……良かった。


   あなたも……飲んで。


   ……うん。


   ……。


   ……ん、飲み頃だな。


   でしょう……?


   ……あぁ。


   ……。


   ……。


   ……。





   ……父上様、母上様。


  10日
   今日は水野さんのお誕生日ですね。
   なので、今日は水野さんのお誕生日話を少しだけ。





   亜美ちゃん。


   ……はい。


   改めて、お誕生日おめでとう。


   ん……ありがとう、まこちゃん。


   ケーキはもう、皆と食べちゃったけれど。


   うん……無花果のチーズケーキ、とても美味しかったわ。


   ふふ……今年も美味しく食べてもらえて、良かった。


   無花果って、チーズと合うのね。


   お酒のおつまみにも良いらしいよ。


   お酒にも合うの?


   ん、然うらしい。
   果物がお酒に合うなんて珍しいよね。


   ……無花果の甘みが良いのかしら。


   お酒が飲めるようになったら、試してみようか。


   其れは、構わないけれど……お酒にも、色々な種類があるわよね。


   然うだねぇ……ビール、日本酒、ワイン、お菓子作りにも使われるラム酒、それから、果実酒。


   他にも、焼酎、シャンパン、ウィスキー、ブランデー……ウォッカ、かしら。


   ブランデーはお菓子作りにも使うなぁ。
   と言っても、あたしはまだ、使えないけど。


   ……残念がっている姿を、たまに見るわ。


   お酒の代わりって、なかなかないんだよね。
   早くお酒が買える年齢になりたいよ。


   ……ふふ、然うね。


   亜美ちゃんに買って来てもらおうかな。


   ……私に?


   だって、あたしよりも先に二十歳になるだろう?


   それだったら……レイちゃんか、うさぎちゃんでも。


   んー……ふたりでも、まぁ、良いんだけど。


   ……美奈子ちゃんも、まこちゃんより先よね。


   美奈子ちゃんは、自分で飲んでしまいそうだから。
   味見は大事でしょ、とかなんとか言ってさ。


   ……。


   飲みそうだろう、美奈子ちゃん。


   ……確かに。


   やっぱり、亜美ちゃんに頼みたい。


   ……私で、良いのなら。


   然うだ、一緒に買いに行こう。


   ……一緒に?


   デートも出来るよ。


   ……。


   で、帰ってきたら、作るんだ。


   ……作っても、まこちゃんは食べられないわ。


   ん。


   だって、未成年だもの。


   ……亜美ちゃんに食べてもらう。


   ひとりでは食べ切れないと思うの……私、お酒に弱いし。


   ……少し、くらいなら。


   ……。


   だ、だめですよね。


   ……少し、くらいなら。


   良いかな……?


   ……でも、少しだけよ。


   うん、分かってる。


   ……。


   お酒も控え目にするよ、あたしもあんまり強くないしね。


   ……ん。


   ふふ、楽しみだなぁ。


   ……ところで、おつまみのお話は。


   あ。


   ……忘れてた?


   うっかり、忘れてた。


   ……もう、まこちゃんったら。


   はは。


   ……ねぇ。


   うん?


   お酒に合うのなら……サラダにしても、良いのかしら。


   サラダ?


   何かしらの生野菜……例えば、ミニトマトやレタス、ベビーリーフと合わせて。


   ……。


   ……合わない、かしら。


   いや、それは良いかも知れない。
   今年は沢山もらったし、今度、作ってみようかな。


   ……。


   うん、なんだい?


   ……本当は、知っていたのでしょう?


   何を?


   ……無花果とチーズが、サラダにもなる事。


   んー……それは、どうかな。


   ……その反応は、知っていた反応。


   知っていたと言っても、知ったのはつい最近だよ。


   でも、知ってた。


   はい、惚けてごめんなさい。


   ……もぅ。


   若しも作ったら、食べて呉れるかい?


   ……どうしようかしら。


   食べて呉れたら、嬉しいなぁ。


   ……食べて欲しい?


   うん、食べて欲しい。


   ……チーズは、何を使うの。


   クリームチーズ、モッツァレラチーズ、或いは、亜美ちゃんが好きなチーズかな。


   ……まこちゃんが決めて。


   じゃあ、ふたりで決めよう。


   ……。


   どうかな……食べて呉れるかな。


   ……食べて。


   食べて……?


   ……あげても、良いわ。


   本当かい?


   ……嘘の方が良いの?


   ううん、本当の方が良い。


   ……なら、本当。


   ふふ、そっかぁ。


   ……嬉しそう。


   うん、とっても嬉しい。


   ……ふふ。


   ん?


   ……楽しみ。


   あは。


   ……ごめんなさい、偉そうに言ってしまって。


   んー……亜美ちゃんなら、許す。


   ……私なら?


   偉そうと言っても、可愛いからさ。


   ……贔屓?


   好きなひとを贔屓するのは、たまには、仕方ないと思うんだ。


   ……たまに、かしら。


   時々?


   ……んー。


   今は、ふたりきりなんだし……。


   ……ん、まこちゃん。


   良いんじゃないかな……。


   ……。


   だめ……?


   ……今だけよ。


   ん……今だけ。


   ……。


   ふふ……猫ちゃんみたいだ。


   ……猫ちゃん?


   仕種が、ちょっとだけね……。


   ……ルナ?


   とは、違うなぁ……。


   ……アルテミス?


   とも、違うかな……。


   ……どう違うの?


   猫にだって、個性はあるだろ……?


   ……。


   ダイアナとだって、違うよ……。


   ……ある、かも。


   亜美ちゃんは、どの猫達とも違うんだ……。


   ……そもそも私、猫ではないわ。


   まぁ、然うなんだけどね……。


   ……まこちゃん。


   ごめんごめん、もうやめるよ……。


   ……まこちゃんだけの猫。


   ん。


   ……なんて。


   ……。


   まこちゃん……?


   ……あぁ、もう。


   どうしたの……?


   ……あまりにも、可愛すぎて。


   何が……?


   ……亜美ちゃんが。


   良く、分からないのだけれど……。


   ……亜美ちゃんは、あたしだけの猫ちゃん。


   ……。


   なんて……言われたら、どう?


   どうって……別に、構わないけれど。


   か、構わないの?


   ……まこちゃん、だけだし。


   ん、んんっ。


   ……喉の調子、悪い?


   亜美ちゃん……。


   ……風邪の兆候かしら、最近涼しくなったし。


   大丈夫……喉の調子は悪くない。


   ……でも、ひき始めが肝心だわ。


   本当に大丈夫だよ……。


   ……葛根湯があるから、良かったら。


   持ってるんだ、葛根湯……。


   ……季節の変わり目だし、一応。


   葛根湯よりも……キス、して良い?


   どうして?


   ……。


   そんなことよりも、風邪の兆候の方が大事だわ。


   ……え、と。


   本当に大丈夫なの?


   うん……大丈夫だよ、全く痛くないし。


   違和感はない?


   ん……違和感も、ない。


   だとしても、今夜は早めに休んだ方が良い。


   ……その方が、良いかな。


   うん、良いわ。


   ……そっか。


   暖かくして、眠ってね。


   ……亜美ちゃんは。


   今夜は帰


   やだ。


   ……やだ?


   あたしなら大丈夫、風邪なんて全然ひいてない。


   ……だけど、さっき。


   あれは亜美ちゃんが、あたしだけ、なんて言ったから。


   ……。


   え、若しかして忘れてる……?


   ……それで、咳払いをしたの?


   そ、然う、だよ。


   ……どうして、咳払いをしたの?


   それは……なんて、言って良いか。


   ……言葉に出来ない?


   然ういう言葉が、返ってくるなんて……思ってもいなくて。


   ……。


   あたしだけ、なんてさ……。


   ……だって、他のひとの猫になんてならないもの。


   う……。


   ……なりたいとも、思わないし。


   ……。


   ……まこちゃん。


   ねぇ、亜美ちゃん。


   ……なに。


   抱き締めても、良い?


   ……どうして?


   抱き締めたいから。


   ……そんなに?


   そんなに。


   ……。


   だ、だめかな。


   ……後で、なら。


   あ、後で?


   ……ん。


   か、帰らない?


   ……だって、風邪ではないのでしょう?


   うん、風邪じゃないよ。


   なら……帰らない。


   ……。


   ……だから、後でね。


   う、うん、分かった。


   ……お風呂に入ってから。


   んっ。


   ……本当に大丈夫?


   だ、大丈夫だよ……ちょっと、どきっとしちゃっただけ。


   ……。


   あ、どきってのは、その……とりあえず、心臓は大丈夫だから。


   ……ふふふ。


   ん……?


   ……ちゃんと分かっているわ。


   そ、然う……?


   ……まこちゃんに、教えてもらったから。


   えと……。


   ……。


   亜美ちゃんも、なる?


   ……ん、なるわ。


   それは……誰に。


   ……まこちゃんに。


   ……。


   ……他のひとにも、なった方が良い?


   な、ならなくて、良い。


   ……じゃあ、まこちゃんもならないでね。


   あ、あたし?


   ……素敵な


   亜美ちゃんだけだよ。


   ……。


   今は、亜美ちゃんだけだ。


   ……う、ん。


   ……。


   ……ふふ、どきっとしちゃった。


   え……?


   ……まこちゃん、真剣なんだもの。


   こ、こんな時に、ふざけたりなんかしないよ。


   ……ん、然うよね。


   そ、然うだよ。


   ……。


   ……どきどき、してる?


   してる……。


   ……あたしも、してる。


   ……。


   ちょっと、深呼吸しようかな。


   ……うん、良いと思う。


   ……。


   ……。


   ……はぁ。


   どう……?


   少し、落ち着いたと思う……亜美ちゃんは?


   ……うん、私も少し。


   ……。


   くすぐったい……。


   ……指先、だけ。


   ……。


   だめ……?


   ……だめじゃない。


   じゃあ……このまま。


   ……ん。


   ……。


   ……。


   ……ねぇ、亜美ちゃん。


   なぁに……まこちゃん。


   明日さ……美味しいパイを焼こうと思うんだ。


   ……美味しいパイ?


   うん、梨と南瓜のパイ。


   ……チェリーパイではなく?


   秋の味覚が良いかなぁって。
   それに、梨はあと少しで終わっちゃうし。


   ……。


   ね、美味しそうだろう?


   ん……とても。


   楽しみにしてて呉れたら、嬉しいな。


   ……楽しみにしてても、良い?


   勿論さ。


   じゃあ……してる。


   うん、してて。


   ……ねぇ、まこちゃん。


   なんだい……亜美ちゃん。


   ……今年も、一緒に居て呉れてありがとう。


   あたしで良かったら……毎年、一緒に居るよ。


   ……毎年?


   ん、毎年。


   ……大人になっても?


   大人になっても。


   ……。


   迷惑、かな。


   ……ううん、迷惑なんかじゃないわ。


   ……。


   ……まこちゃんのお誕生日。


   あと、三ヶ月……。


   ……一緒に居ても、良い?


   居て呉れたら……嬉しい。


   ……毎年、大人になっても。


   居て、欲しいな……。


   ……私で、良ければ。


   亜美ちゃんが、良い……。


   ……。


   ……好きだよ、亜美ちゃん。


   う、ん……。


   ……これからも、あたしと。


   一緒に……居たい。


   なら、居よう……一緒に。


   ……まこちゃんは、私と。


   一生……一緒に居たい。


   ……。


   ん……亜美ちゃん?


   ……少し、だけ。


   ……。


   躰を……寄せるだけ。


   ……寒い?


   ううん……大丈夫。


   ……風邪の、ひき始めかも。


   然うだとしたら……帰った方が、良い?


   ううん……帰さない。


   ……うつってしまうかも知れないわ。


   ひとりにしたくないんだ……。


   ……。


   一緒には、眠れないけど……傍に居る事は出来る。


   ……ごめんなさい。


   え、何が。


   ……帰ろうとしたから。


   ……。


   まこちゃんを、ひとりにしてしまうところだった……。


   ……だから、ちゃんとやだって言ったよ。


   ん……言われた。


   ごめんね……うつしちゃうかも知れないのに。


   ……対策をすれば、うつる可能性は低くなるから。


   亜美ちゃんなら、ばっちりして呉れそうだ……。


   ……うん、ばっちりするわ。


   あは……。


   ……。


   ……寒くない?


   ん……寒くない。


   ……。


   ……毎年、こんな風に。


   過ごせたら、良いな……。


   ……。


   ……誕生日でなくても。


   うん……。


   ……あたしの誕生日ケーキ、どんなのが食べたい?


   え……?


   ……希望、聞いておこうと思って。


   まこちゃんの、お誕生日なのに……?


   ……おかしいかな。


   おかしくは、ないけど……今年も、皆で。


   ……ふたりで食べるケーキ。


   ふたりで……。


   ……どうしても、作りたいんだ。


   ……。


   まだ、時間はあるから……。


   ……まこちゃんが食べたいケーキが、食べたいわ。


   ……。


   ……それでは、だめかしら。


   だめじゃ、ないけど……あたしは、亜美ちゃんが食べたいケーキを作りたいな。


   ……。


   ……ふたりで、話そうか。


   ん……然うしましょう。


   ……。


   ……あ。


   もう少しだけ、近くに。


   ……。


   ……抱き締めるのは、お風呂の後。


   キス、も……。


   ……。


   ……なんでも、ない。


   ごめん……聞いちゃった。


   ……。


   ……後で、ね。


   あの……まこちゃん。


   ……うん?


   やっぱり……後で。


   ……ん、分かった。


   ……。


   お風呂の支度、しようかな……。


   ……もう?


   早い、かな……。


   ……良いと、思う。


   それじゃあ……。


   ……でも、もう少しだけ。


   ……。


   ……もう少しだけ、このままで。 


  9日





   ……。


   ……もう、良いわよ。


   ……。


   あのひとに、気付かれないだなんて……随分と、上達したわね。


   ……。


   アミ……。


   ……随分と、動揺されているご様子でしたから。


   平常心だったら、気付かれていたと……?


   ……父上様が、気付かれない筈がありません。


   然うかしら……然うとは、言い切れないと思うけれど。


   ……私は未だ、未熟が故に。


   今のあなたと、かくれんぼをしたら……あのひとは、あなたを見つけられないかも知れないわ。


   ……いいえ、其れは有り得ません。


   謙遜……?


   ……まさか。


   卑下、ではないわよね……?


   ……謙遜や卑下する程、私は成熟していません。


   未熟でも、しないとは言えないけれど……。


   ……父上様でも、動揺なさる事があるのですね。


   あのひとだって、心あるひとのこだもの……。


   ……万が一。


   うん……?


   ……父上様が、見つけられなかったとしても。


   ……。


   母上様が必ず、私を見つけて下さるでしょう……。


   ……躰が思うように動いて呉れたら、ね。


   動かずとも……動かせば良い。


   ……あのひとを?


   ……。


   其処まで言っておいて、まさか、濁すつもり……?


   ……父上様を。


   ええ、動かすわよ……けれど、此度は。


   ……誤算でした。


   誤算……?


   ……ジュピターと共に、飛び去るなど。


   誤算と言うより……あなたの甘え。


   ……。


   あの子がひとりで、しかも何も言わずに、何処かへ行く筈などないと……然う、思い込んでいたのでしょう。


   ……いいえ、そんな事はありません。


   甘えから、自立したと……?


   ……其のつもりです。


   残念だけれど……私には、然う見えないわ。


   ……見えずとも。


   現に、酷い顔をしているもの。


   ……っ。


   姿見で確認していないの?


   ……鍛練後の身支度の時に。


   朝食の時は……目を除けば、其れほど酷くはなかったけれど。


   ……。


   目は分かり易く、虚ろだったわよ……あのひとが気付くくらいにはね。


   ……朝の鍛練で、疲れていただけです。


   然う……?


   ……然うです。


   でもね……疲れている時の目とは、明らかに違ったの。


   ……。


   私達は……幼い頃から、あなたを見ているからね。


   ……ぼんやりと考え事をしていました。


   あの子の事……?


   ……いいえ、試験の事です。


   其れ以外の事は、構っていられない……?


   ……然うとは、言いません。


   ……。


   ……其処まで、薄情にはなれません。


   ふ……。


   ……可笑しな事を、言いましたでしょうか。


   ううん……安心しただけ。


   ……。


   此処に来るまでに、誰かに見られなかった……?


   ……誰とも、会いませんでした。


   然う……其れならば、良かったわ。


   ……私など、誰も。


   本当に、然う思っているの……?


   ……皆、あの子に期待していると。


   あなたも、期待されているわ……。


   ……。


   けれど……応えたくなければ、応えなくて良い。


   ……いいえ、私に出来る事ならば。


   出来る事だとしても。


   ……。


   心を抑えて……殺してまで、応える必要は無いわ。


   ……ですが、私は父上様の子です。


   然うね……。


   ……そして、母上様の子です。


   ええ、間違いなく……。


   で、あるならば……私は、私に与えられた役目を。


   あなたがしたい事は、私達の思いを引き継ぐ事でしょう……?


   ……。


   あなたが出来るとしている事の中に、私達の思いはあると思う……?


   ……無いと、しても。


   ええ、屹度無いわ……。


   ……だからと、言って。


   そもそも、あなたに与えられている役目とは何かしら……。


   ……。


   あなたは、何を背負っているの……?


   ……。


   ん……ごめんなさいね、問い詰めるつもりはないの。


   ……構いません。


   アミ……。


   ……私は、そんなに酷い顔をしていますか。


   ええ……しているわ。


   ……もう少し、気にしておけば良かったです。


   あなたは何処か、自分の姿に無頓着なところがあるから……。


   ……興味が、ないので。


   だからこそ、あの子は……あなたに、あなたは可愛いと言い続けるのかも知れないわね。


   ……其処まで、考えているのでしょうか。


   仮令、考えていなくても……其の言葉は、あの子の本心……真心と、言い換えても良いわ。


   ……以前は。


   挨拶代わりに、言っていたようだけれど……今ではすっかり、聞こえて来なくなった。


   ……軽薄、だと。


   子供だっただけ……。


   ……今も。


   然うね……けれど、成長が止まったわけではないわ。


   ……。


   あの子は成長し続けている……其れは、あなたが一番、分かっていると。


   ……いいえ、母上様程ではありません。


   然うかしら……?


   ……私はあの子の親ではありませんから。


   だとしても……誰よりも近しい存在である事には、変わりないわ。


   ……因子が共通しているだけです。


   私達ふたりの因子を分け合って……ほら、矢っ張り誰よりも近しい。


   ……近しいが故に、分からぬ事もあります。


   全てが分かる事なんて、有り得ないわ……。


   ……。


   私は、一番分かっていると言っただけ……全てが分かっているなんて、一言も言っていないの。


   ……然うでしたね。


   今、ずるいと思った……?


   ……いいえ、全く。


   良いのよ……口にしても。


   ……思ってもいない事を、口にする事は出来ません。


   然うやって、心を抑え込んでしまうのね……。


   ……思ってもいない事を、どう言葉にしろと。


   ん、良いわね……。


   ……何がです。


   今の言葉は、抑え込まなかった……。


   ……。


   ……ねぇ、アミ。


   はい……母上様。


   ……初めてなの。


   ……。


   あのひとの……あそこまで、動揺している姿を見る事は。


   ……然うなのですね。


   あなたが生まれる時……生まれた後も、大変だったけれど。


   ……あの子の時は。


   二人目だったから……。


   ……。


   落ち着いていたと、思う……?


   ……いいえ、思いません。


   ふふ……あの子の時も、大変だったわ。


   ……成長しきる前に出産したと、聞いています。


   然うしなければ、私の躰が持たなかったの……。


   ……辰星の民が来て下さったのですよね。


   ええ……姉姫様が送って下さったのよ。


   ……憶えています。


   はっきりと……?


   ……母上様が産気付かれた時の事。


   あぁ……ふふ、良く憶えているわね。


   ……怖かったですから。


   怖かった……?


   ……生きてきて、あれ程の恐怖を感じた事はありませんでした。


   理由を、聞いても……?


   ……母上様が、とても苦しそうにしていたからです。


   あなたには、苦しそうに見えたの……?


   ……私の目には、母上様のお顔が歪んでいるように見えていました。


   歪んで……うん、然うかも知れないわ。


   ……陣痛の痛み。


   お腹だけでなく、腰も痛くなってくるの……あれには、慣れる事はなかったわね。


   ……痛みに、慣れるべきではありません。


   ふふ、然うねぇ……。


   ……。


   あなたが腰をさすって呉れた事、憶えているわ……。


   ……私に出来る事は、其れぐらいしかありませんでしたから。


   初めはね……陣痛が来たら、あなたは別の部屋に移ってもらおうと考えていたの。


   ……父上様と話し合って、ですね。


   痛みを、見せるべきではないと……若しかしたら、怖がってしまうかも知れないから。


   ……何故、お傍に。


   離したら……寂しがるかも知れない、と。


   ……。


   あのひとに、あなたの傍に居てもらう事も、考えたのだけれど……。


   ……母上様がおひとりになってしまいます。


   私は、二回目だったから……。


   ……だとしても、慣れるものではなかったのでしょう。


   ……。


   ……意図した事とは言え、早産だったのですから。


   あなたは、聡い子ね……。


   ……然うだったら、良かったのですが。


   私は、然う思っているわ……。


   ……。


   気配を消す事も、上手になって……。


   ……幼い頃に比べたら、幾らかは上達しているかも知れません。


   ふふ……。


   ……母上様。


   今日のあなたは、幾分か、言葉にして呉れていると……。


   ……いつも、していないかのようですね。


   していると、思うの……?


   ……思います。


   然う……。


   ……お腹の子が生まれて来て呉れる事を、私は、とても楽しみにしていました。


   然うね……毎日のように私のお腹に触れて、話し掛けていたものね。


   ……私だけでなく、父上様にも触れられていましたね。


   ええ、然うなの……あなたの時はあのひとだけだったけれど、あの子の時はあなたとあのひと、ふたりに触れられて。


   ……。


   此の子は望まれているのだと……然う思うと、嬉しくてしあわせだったわ。


   ……私の時も。


   勿論……なんせ、毎朝毎晩話し掛けていたのだから。


   ……其れは、あの子にも。


   たまに、歌を聴かせたりね……。


   ……子守唄。


   私も、あのひとも……あなたが生まれて来て呉れる事を、とても楽しみにしていたの。


   ……。


   こんな話、面白くないかしら……。


   ……苦しみを伴うなんて、考えた事も。


   ……。


   ……何も知らず、無邪気なものだったと。


   教えていなかったから……若しかしたら、怖がるかも知れないと思って。


   ……前以て、知っていれば。


   結局は、怖がらせてしまったのね……。


   ……若しも、母上様に何かあったら。


   其れ、あのひとにも言われたわ……。


   ……。


   あのひとはね……子供は、あなたひとりだけで良いと考えていたの。


   ……あの子の事は、望んでいなかったのですか。


   望んでいないと言うより……私の躰を優先したの。


   ……若しも、母上様の躰が。


   歳星の民のように頑健だったら……もうひとりぐらい、産んでいたかも知れない。
   此の星は他産で、少なくとも、五人は産むそうだから……。


   ……強制ではありません。


   ん、然うね……あくまでも、平均の話。


   ……私達は、三人になっていたのかも知れないのですね。


   あなたが一番上である事には、変わりないのだけれどね……。


   ……あの子に下が居たら、どんな子だったと思いますか。


   然うねぇ……あなたとあの子を足して、はんぶんこにしたような子だったかも知れないわ。


   ……半分。


   欲しかった……?


   ……いいえ、母上様のお躰の方が大事です。


   私はね、叶うならば欲しかったの……。


   ……無理です。


   然う、無理……だから、諦めるしかなかった。


   ……父上様に一生消えぬ、後悔を。


   其れを、考えたら……とてもじゃないけれど、言えなかったわ。


   ……。


   其れに、あなたとあの子……ふたりの成長を、此の目で見たかったから。


   ……。


   ん……どうしたの?


   ……私が若しも、ひとりだったら。


   ひとりの方が、良かった……?


   ……。


   アミ……?


   ……申し訳、ありません。


   謝らなければならないような事を、あなたはしたの……?


   ……分かりません。


   然う……ならば、仕方ないわね。


   ……問い詰めないのですか。


   何故、問い詰めなければいけないの……?


   ……嘘を吐いているかも知れません。


   嘘……?


   ……本当は、分かっていて。


   何か、言いたい事があるのならば……私は、聞くわ。


   ……。


   ……。


   ……父上様は結局、あの子の事を望んだのですか。


   ええ……望んで呉れたわ。


   ……。


   だから……あの子が生まれたの。


   ……然うですよね。


   私達にとって、あなたとあの子は可愛い愛し子……其れはずっと、変わらないわ。


   ……どんなに離れていても。


   変わらない……どんなに、物理的に離れていても。


   ……親と子だから。


   親と子でなくても。


   ……。


   あなたとあの子は、親と子ではないわ。


   ……どうして。


   うん……?


   ……いいえ、何でもありません。


   本当に、何でもない……?


   ……本当に、何でもありません。


   然う……ならばもう、聞かないわ。


   ……。


   ……ねぇ、アミ。


   はい……。


   ……どうして、私達の部屋に来たの?


   ……。


   私に、何か話したい事でもあったの……?


   ……いえ、特段ありません。


   私の様子を、見に来て呉れただけ……?


   ……勉強に戻る前に、ご様子を伺っておこうと。


   また、熱と脈を取って呉れるの……?


   ……其のつもりです。


   あなたが取って呉れた時から、然程、変わっていないと思うけれど……。


   ……私も、然う思います。


   試験のお勉強は、順調に進んでいる……?


   ……進めています。


   じゃあ……気分転換の意も、あるのかしら。


   ……申し訳ありません。


   ううん、良いわ……其れで、あなたの気分が良い方へ変わるのなら。


   ……。


   お腹は、空いていない……?


   ……大丈夫です。


   良かったら、おやつが残っているけれど……持って行く?


   ……。


   大丈夫……あの子の分も、取ってあるわ。
   だから、お勉強の合間にでも食べて……ね?


   ……分かりました、頂きます。


   うん、良かった……此れで、少しはあのひとも安心するわ。


   ……ご心配を、お掛けして。


   親というものは、いつだって子を心配しているものよ……?


   ……私は元服の儀を終えています。


   其れが、なぁに……?


   ……私はずっと、おふたりの子供なのですね。


   ええ、然うなの……だからと言って、子供扱いはしないけれどね。


   ……。


   心配なんて、させておけば良いのよ……私達は、あなたの親なのだから。


   ……だとしても、自立しなければなりません。


   自立したしても、私達はあなたの親に変わりない……変わりようが、ないの。


   ……。


   昼食は、一緒に取って呉れるのでしょう……?


   ……其のつもりでいます。


   とと様……いいえ、父上様も望んでいるから。


   ……朝よりは、食べられると思います。


   ええ……出来れば、食べて欲しいと思っているわ。


   ……。


   アミ……もう少し、此方に。


   ……はい。


   取り敢えず、座って……マーキュリーも、気にしているわ。


   ……いえ、其れは。


   どうしても……?


   ……熱と脈を取ったら、部屋に戻ります。


   然う……残念ね、マーキュリー。


   ……。


   最近、あなたが構って呉れないから……寂しく、思っているみたい。


   ……ごめんなさい、マーキュリー。


   ……。


   今度……時間が出来たら、あなたとお話するわ。


   ……楽しみに、待っていると。


   ……。


   其れじゃあ、お願いしようかしら……。


   ……はい。


   ……。


   体温計を……。


   ……熱を計っている間、時間があるわね。


   然うですね……。


   ……どうしても、座りたくない?


   はい……座りたくありません。


   ……然う。


   ……。


   ……謝らないのね。


   謝る必要は、ないと……。


   ……ええ、ないわ。


   ……。


   アミ。


   ……はい。


   一度、顔を洗った方が良い。


   ……どうして、ですか。


   先刻も言ったけれど……酷い顔をしているから。


   ……醜いですか。


   醜いわけではないわ……。


   ……私は、醜いと思います。


   どうして、然う思うの……?


   ……然う、思うからです。


   ……。


   ……さんざ、甘えて。


   苦しいのね……。


   ……本当に苦しいのは、私じゃない。


   ……。


   ……私が、ひとりだったら。


   苦しい思いを、させなくても良かった……?


   ……。


   然うなのね……。


   ……違い、ます。


   ……。


   違う……。


   ……然う、ごめんなさいね。


   ……。


   ……あの子は、ちゃんと帰って来るわ。


   ……。


   だから……大丈夫よ。


   ……。


   大丈夫よ、アミ……。


   ……帰って、来ても。


   先ずは、顔を洗いましょうか……。


   ……ん。


   あの子の事だから、とても心配すると思うの……。


   ……しない。


   いいえ、するわ……だって、あなたの事が


   止めて下さい。


   ……。


   ……止めて、かか様。


   あぁ……。


   ……。


   ……。


   ……ごめん、なさい。


   どうして……?


   ……母上様に、なんて口の利き方を。


   謝る程の事ではないわ……。


   ……でも。


   アミ……もう一度、計り直しても良いかしら。
   どうやら、上手く計れていないようなの……。


   ……。


   ね、お願い……。


   ……かか、様。


   なぁに、アミ……。


   ……私。


   ……。


   ……私、ね。


   うん……。


   ……。


   ……私は、此処に居るわ。


   かか様……。


   ……いつだって、此処に。


   ……。


   だから……いつでも、来てね。


   ……うん。


   ん……。


   ……母上様。


   なぁに……?


   ……ご気分は、如何ですか。


   然うね……悪くはないわ。


   ……。


   とは、言え……あの子が帰って来るまでは、心配だけれどね。


   ……。


   だから……あなたが此処に居て呉れたら、助かるのだけれど。


   ……其れは。


   でも、難しいわよね……。


   ……帰って、来るまでなら。


   ……。


   ……此処に、居ます。


   然う……有難う、アミ。


   ……いえ。


   ん……今度は、ちゃんと計れている。


   ……おやつ、此処で頂いても良いですか。


   ええ、勿論よ……今、お茶の支度をするわ。


   ううん……自分で、淹れるわ。


   ……。


   良かったら……かか様の分も。


   ……お願いしても良いかしら。


   はい……かか様。


   ん……じゃあ、お願い。


  8日





   ……はぁ。


   ユゥ……。


   ……まさか、マコトが朝ごはんを食べないだなんて。


   食べないと、未だ決まったわけではないわ。
   帰って来てから、食べるかも知れないでしょう?


   ……もう、昼の方が近い。


   ならば、昼食と兼ねて。其の場合は二食分だから、多く用意しておかないと。
   あの子の事だから、沢山、お代わりすると思うの。なんせ、おやつも食べていないのだから。


   然うだ、おやつ……おやつも、食べていないのか。
   今日は、マコトが好きな桜桃の焼き菓子を用意したのに……アミも、食べて呉れなくて。


   ……食欲が、ないと。


   朝ごはんも、ろくに……と言うより、ほとんど食べていなかった。
   あの様子では、昼ごはんも食べて呉れないかも知れない。


   ……落ち着いて、ユゥ。


   ん……。


   取り敢えず、落ち着いて。


   ……此れでも、落ち着いているつもりなんだ。


   先刻からずっと、足を動かしているわ。
   一度立ち止まって、ゆっくりと深呼吸をした方が良い。


   立ち止まって、深呼吸……。


   然う……ゆっくりと。


   ……んん。


   ユゥ。


   駄目だ……どうにも、じっとしていられない。


   気持ちは分かるわ……でも、其のままではいけない。
   あなたの動揺は、先ず一部の城の者に伝わって、やがては城内全体に影響を及ぼす事になってしまうから。


   頭では、分かっている……分かっては、いるんだ。


   ……。


   ……呼んでも、戻って来ない。


   其れだけ、距離があるのでしょう。


   何処へ……何処まで、飛んで行ったんだ。


   ジュピターが一緒に居るのならば、あの子は必ず帰って来る。
   ジュピターが、連れて帰って来て呉れる……ねぇ、然うでしょう?


   あぁ……ジュピターなら、必ず。


   ならば、今は……ふたりを信じて、待つしかない。


   ……他に、出来る事は。


   其れ以外に、出来る事は……帰って来たあの子達を、迎え入れる為の支度。


   ……先ずは、ごはんを二食分だな。


   出来るだけ、温かい食事を。


   あぁ……然うしよう。


   ……お茶の支度もするわ。


   メルが、淹れて呉れるのかい……?


   ……私で、良いかしら。


   勿論だ……屹度、喜ぶだろう。


   ……うん。


   ……。


   ユゥ……。


   ……マコトの腹は、大丈夫だろうか。


   ……。


   ……腹を、空かせてはいないだろうか。


   若しかしたら、何処かで何か食べているかも知れない。


   ……然うだと、良いが。


   マコトはあなたに似て、逞しいから……。


   ……。


   ジュピターも居るわ……ふたりで居れば、狩りの成功率だって上がる筈。


   ……野営の仕方も、教えておいて良かったよ。


   ええ……ひとりでも、火を熾す事が出来るから。


   ……食わない方が、良いものも。


   熱心に、聞いていたわ……。


   ……メルも、教えて呉れて。


   アミも、一緒に聞いていたわね……。


   ……いつ何時、どうなるか。


   ……。


   ……喧嘩なんて、するとは思わなかったんだ。


   ……。


   あの子達は幼い頃からずっと、仲が良かったから。


   ……あの子達は、喧嘩らしい事を一度もした事がない。


   あたしと、ジュピターのように……くだらない事で、言い合う事すら。


   ……若しかしたら、気持ちを抑えていただけなのかも知れないわ。


   ……。


   其れが……此処に来て。


   ……マコトは、素直な子だ。


   だから、正直な気持ちを言葉にして、真っ直ぐに伝えるのだけれど……。


   ……アミはずっと、マコトにさえ我慢していたと言うのか。


   マコトにだからこそ、言えない事もあったのかも知れない……。


   アミは……アミは、マコトの事。


   ……嫌いに思った事は、ないと思うの。


   ないと、思いたい……。


   ……此度だって、屹度然う。


   ……。


   ……でも、気持ちのすれ違いが起こって。


   アミは、詳しい事を話して呉れない……ただ、起こった事だけを淡々と話すだけで。


   ……今は、話したくないのでしょう。


   感情が、感じられなかった……目も、何処か虚ろで。


   ……気持ちを、抑え込んでいるのでしょうね。


   どうして……どうしてだ。


   ……ふたりで、何を話していたのか。


   もう少し、気にしてれば……くそ。


   ……責めを負うべきは、私。


   メル……?


   ……私がこんなでなければ、あなたはふたりの傍に。


   違う。


   ……。


   メルに責はない……あるわけ、ない。


   ……ううん、あるわ。


   責は、私にある……ふたりを置いてきた、私に。


   で、あるならば……責は、ふたりで負いましょう。


   ふたりで……。


   ……私達ふたりで、あの子達の親なのだから。


   あぁ……。


   ……然うでしょう?


   然うだな……うん、然うだ。


   ……。


   アミは……時間が経てば、話して呉れるだろうか。


   ……分からないわ。


   ……。


   だからと言って、無理に聞き出す事は……しては、いけないと思うの。


   ……参ったな。


   ……。


   こういう場合は、どうしたら良い……。


   ただの喧嘩ならば……放っておく事も、ひとつの手だと思うのだけれど。


   此れは、ただの喧嘩なのだろうか……?


   ……私にも、分からないの。


   然う、か……。


   ……こんな事ならば、仲直りのお勉強もしておけば良かった。


   仲直りのお勉強……。


   ……でも屹度、役に立たないわよね。


   皆が皆、同じではないからな……。


   ……私達の場合は。


   私が、ひたすら謝る……。


   ……私が謝る時もあるわ。


   ……。


   ……あるの。


   あ、はい……。


   ……もぅ。


   はは……。


   ……。


   ごめん……。


   ……ううん、良いの。


   はぁ……。


   ……ユピテル。


   ん……。


   ……あなたは一度、王の務めに戻って。


   メルクリウス……だが。


   今は、あなたにしか出来ない事を。


   ……。


   ユピテル。


   ……であるならば、マコトの親としての務めを。


   ……。


   其れだって、私とメルにしか出来ない事だ。


   ……王の務めは、私には出来ない。


   ……。


   貴方にしか、出来ない……貴方以外、誰にも出来ないの。


   ……王の務めよりも。


   お願い、ユゥ……私の言葉を、聞いて。


   ……。


   あの子は必ず帰って来るわ……だから。


   ……今までにこんな事、一度もなかったろう。


   ……。


   ……一度も、なかった。


   ええ……一度も、なかったわ。


   ……何処か出掛ける時は、いつだって、元気な声で知らせて呉れたんだ。


   大きくて溌溂としているから、離れていても良く聞こえるの。


   其れが、此度は……アミにすら、言わないだなんて。


   ……。


   ……腹を空かせれば、直ぐに帰って来るだろうと。


   今まさに、帰って来ている途中なのかも知れない。


   ……矢張り、探しに。


   ジュピターを追う事なんて……私達には、出来ないわ。


   ……だとしても。


   城を離れる事だって、出来ないの……。


   ……私が、自由の身だったら。


   直ぐに、探しに行ったでしょうね……。


   ……メルは。


   此の躰が、自由に動いて呉れたのなら……今、此処には居ないわ。


   ……。


   けれど……分かっているから。


   ……済まない。


   ううん……気にしないで。


   ……済まない、メル。


   良いの……。


   ……。


   ……足の動きが、漸く止まったわ。


   あぁ……メルのおかげだ。


   ……。


   少し、落ち着いたと思う……だけど。


   ……もう少しだけ、此処に居て。


   ……。


   ごめんなさい……ユゥ。


   ……いいや、メルが謝る事は何ひとつないよ。


   ……。


   寧ろ……有難う。


   ……ううん。


   もう少し、したら……戻るよ、歳星の王に。


   ……ん。


   ふぅぅ……。


   ……。


   なぁ、メル……マコトが帰って来たら、どうしようか。


   然うね……黙って出て行った事を、𠮟るべきなのかも知れないわ。


   ……然うだよな。


   けれど、先ずは理由を聞かないと……頭ごなしに叱る事は、出来ない。


   ……理由、か。


   必ず、何かある筈……。


   ……どんな理由であれ、私は叱らなければならない。


   ……。


   王として、其の軽薄さを……王の子が、取るべき行動ではないと。


   ……然うね、其れは叱責するべきだわ。


   でも……嫌だなぁ。


   ……。


   マコトにしてみれば、好きで王の子として生きているわけではないだろうに。


   ……思えばなかったわね、立場を理由にして叱責する事は。


   叱るにしても、私達の子として……アミに対しては、其れすらほとんどない。


   ……アミは真面目というのもあって、聞き分けが良過ぎるから。


   我儘も、ほとんど言わなくて……最近は特に、立場を弁えている節がある。


   ……弁え過ぎて、私達とも「適切」な距離を保とうとしている。


   王の子としての距離ではなく……私達の子として、接して欲しい。


   ……伝えてはいるのだけれど、どうにも、真面目過ぎるから。


   確かに、城の者の前では必要な事かも知れない……でも、私達だけの時は。


   ……伝わっていないわけでは、ないと思うの。


   寧ろ、伝わっているからこそ……なんだろうか。


   ……然うかも知れない。


   私は王ではあるが、王の子として生きた事がない……。


   ……あなたの場合は、突然、立場が変わったようなものだものね。


   自分が歳星の王になるだなんて……あまりにも無縁過ぎて、考えた事も無かった。


   ……私は、妹姫として生きていたけれど。


   王の子とは、また、違うのだろう……?


   ……そもそも、親が誰か知らないから。


   ん……。


   ……記録として、登録されている数字でしか。


   数字……何度聞いても、違和感しかないな。


   ……然うよね。


   だが、親を知らないのは私も同じだから……。


   ……うん。


   親、か……改めて、難しいな。


   ……妹姫としての、役割。


   ん……?


   其れは、造られる前から求められていた……。


   ……役割。


   物心がついた頃には、其れが当たり前になっていて……逃れようがなかったし、考えた事もなかった。


   ……宿命。


   姉姫様が……用を成さなかったら、今頃は私が。


   ……代わり、か。


   けれど幸い、十分な程に用を成して下さっているから……私は、此処に居られる。


   良かった……と言っては、いけないよな。


   ……寧ろ、言って欲しい。


   ……。


   何処まで行っても、自分勝手よね……私。


   ……メルだけじゃないさ。


   ん……。


   良かったよ、メル……君が、此処に居て呉れて。


   ……うん。


   ……。


   若しかしたら……あなた以外の誰かと、番わされていた可能性もあったかも知れない。


   其れは、ない。


   ……ない?


   メルは、メルクリウスは、私と番う。


   ……私が、姉姫様の立場になっていたら。


   其れでも、メルを望む。
   仮令、難しいと分かっていても。


   ……若しも、あなたの目に留まらなかったら。


   其れこそ、有り得ない。


   ……あなたの好みが、ほんの少しでも、違っていたら。


   考えられないな、私が私である限り。


   ……。


   メルに惚れる自信だけはある。


   ……あなたが王になっていなかったら、あなたが宛がわれた者で満足していたら。


   王にはならない可能性はあったかも知れないが、宛がわれた者で満足する事は絶対に有り得ぬ。


   ……潔癖。


   触れるのすら、御免だ。


   ……ふ。


   メル。


   あなたが王になっていなかったら……見初められて、いなかったら。
   私は、此処には居なかった……然うしたら、あの子達が生まれて来る事もなかった。


   ん。


   ……王の子になる事も。


   ……。


   ……因果なものね。


   私が王でなかったら……あの子達はもっと自由に。


   ……あなたが王でなかったら、私達は。


   王にならずとも……君を、見つけていたかも知れない。


   けれど、番う事は無理よ……私は、辰星の「姫」なのだから。


   ……「姫」でなければ。


   何処で、出逢えるかしら……。


   ……屹度、何処かで。


   零とは、言わないけれど……限りなく、零に等しい。


   ……零で、ないのなら。


   ……。


   ……。


   ……ユゥ、そろそろ。


   あぁ……然うだな。


   ……何か、あれば。


   直ぐに知らせるし……知らせて欲しい。


   ……ええ、分かったわ。


   ……。


   ……ん。


   メル……メルクリウス。


   ……城の者の前では、見せては駄目よ。


   分かっている……分かっているよ。


   ……私も、見せないわ。


   あぁ……見せないで呉れ。


   ……。


   ……では、行って来る。


   ええ……行ってらっしゃい。


   ……若しも、アミが来たら。


   ん……話してみるわ。


   ……うん、頼む。


   任せて……とは、言えないけど。


   はは……。


   ……。


   ……ひとつ、良いかな。


   なぁに……。


   ……まじないを。


   おまじない……?


   ……口唇に。


   其れは、ただの……ううん、分かったわ。


   ……有難う。


   薬のにおいがすると思うけれど、気にしないでね……。


   ……全く、気にしないさ。


   ……。


   ……。


   ……改めて、行ってらっしゃい。


   うん……改めて、行って来る。


   ……。


   ……。





   …………。





   ……。


   ……。


   ……未だよ。


   ……。


   ……未だ。


   ……。


   ……。


   ……。


   ……上手に、なったわね。


  7日





   ……はぁ。


   マコちゃん。


   ……アミちゃん。


   お疲れ様。


   ん……アミちゃんも。


   ……立てる?


   うん、立てるよ。


   ……然う。


   とと様は。


   ……お先に。


   そっか。


   ……後で、私達も母上様のお傍に。


   うん、行こう。


   ……。


   はぁ……。


   ……大分、走り込んでいたみたい。


   朝の空気が、気持ち良くて。


   ……其れだけ?


   ん、其れだけ。


   ……本当に。


   躰力を、もっとつける為に。


   ……其れだけではないじゃない。


   あは。


   ……もっと、速く走れるように。


   ん?


   ……もっと、遠くに行けるように。


   アミちゃんと。


   ……。


   ね、あたしの走り方、どうだった?


   ……良かったと、思うけれど。


   かっこ良かった?


   ……いつも通りよ。


   いつも通り、かっこ良かった?


   ……いつも通り、かっこ良かった。


   あたしと番になりたいと思った?


   ……其れは、思ってない。


   全く?


   ……全く。


   ん、残念。


   ……一度で良いから、マコちゃんのように走ってみたいと。


   あたしのように?


   ……然う、思った。


   其れは、あたしと番になりたいという意味で


   全然、違います。


   ん、全然違うか。


   ……マコちゃんのように走れたら、屹度、気持ちが良いのだろうと。


   んー……。


   ……良く分からない?


   アミちゃんだって、走れるじゃないか。


   ……風を切って走る事は出来ない。


   良い走り方だと思う。


   ……だとしても、鈍くて遅いの。


   大分、速くなった。


   ……はいはい、有難う。


   息も切れなくなったよ。


   ……短距離、長距離、未だにどちらも苦手。


   苦手かも知れないけど、ちゃんと走れる。


   ……ただ、走るだけならばね。


   十分じゃないか。


   ……はぁ。


   あれ。


   ……マコちゃんには、私の気持ちは分からない。


   あー……。


   ……。


   ……ねぇ、アミちゃん。


   なに……。


   ……少し、走ってみるかい?


   今は、走らない。


   ……あたしと、一緒に。


   一緒に走って、どうするの。


   ……ただ、一緒に走るだけ。


   どうせ、ついていけない。


   ……アミちゃんの隣で走るよ。


   そんな事は、望んでいないの。


   ……。


   ……私はいつだって、あなたの背中を見ていた。


   背中?


   ……幼い頃から。


   いつもではないよ、隣にも居たよ。


   然うだとしても……どうしても、其の印象が強く残っているの。


   印象……。


   ……最近は、特に。


   あたしと、一緒に走るの……嫌?


   ……私の隣では、鍛練にならない。


   鍛練じゃないよ。


   ……。


   幼い頃のように、ただ一緒に走りたいだけなんだ。


   ……言ったでしょう、いつだってあなたの背中を見ていたと。


   今は、違う。


   ……。


   アミちゃんの隣で走りたい、其れだけなんだ。


   ……ふぅん。


   良かったら、お昼の鍛練の時に。


   ……一緒に走ったところで、マコちゃんのようには走れないもの。


   あたしのように走らなくても良い、アミちゃんが思うように、好きなように、走れば良いんだよ。


   ……マコちゃんの速度では走れない。


   アミちゃんの速度で走れば良い。


   ……全然、分かってない。


   う。


   ……。


   な、何が、分かってない?


   ……全部。


   ぜ、全部……?


   ……私は、マコちゃんについて行く事は出来ないの。


   だから……あたしが、アミちゃんに合わせれば。


   ……合わせて欲しいわけじゃない。


   だ、だめ……?


   ……其れでは、意味が無いの。


   意味が、ない……?


   ……。


   ……意味なら、あるさ。


   私には、ないの。


   あたしには、ある。


   マコちゃんに、あっても。


   あたしは、アミちゃんの隣を歩きたい。


   ……。


   此れからも、ずっと……アミちゃんの隣を歩きたいんだ。


   ……今は、此れからの事なんて話していないわ。


   そ、然うだけど……でも。


   ……でも、なに。


   一緒に居るって、歩くだけじゃないと思うんだ……たまには、走る事だってあると思う。


   ……マコちゃんが話している事は、人生の旅路についてでしょう。


   とと様とかか様から、聞いた話……。


   ……其れは、別問題。


   べ、別問題では……ないと、思う。


   ……或いは、こじ付け。


   こ、こじ付け……?


   ……マコちゃんのように走りたいという話が、何故、人生の旅路の話になるの。


   ……。


   ……どうせ、離れ離れになるのに。


   な、ならない。


   ……物理的にはなるでしょう。


   な、なるけど……。


   ……であるならば、ずっと隣を歩く事はない。


   だけど、心情的には、一緒に歩けるよ。


   ……心情的にって。


   アミちゃん……。


   ……心は、移り行くもの。


   移り……?


   ……物理的に離れてしまえば、心だって自然に。


   そんな事はない。


   ……口でならば、なんとでも言える。


   そんな事はない、絶対に。


   ……絶対なんて、ないの。


   あるよ。


   ……軽薄。


   む……。


   ……言葉はもっと良く考えて、口にした方が良い。


   け、軽薄な気持ちで、言っているわけじゃない。


   ……知っているわ。


   だ、だったら。


   ……でも、然う聞こえてしまうのよ。


   ……。


   ……挨拶代わりに可愛いと、


   もう、言っていない。


   ……今は、ね。


   今は、アミちゃんにしか言ってない。


   ……。


   知ってるだろう?


   ……然うみたいね。


   アミちゃんへの言葉に、軽薄な気持ちなんてない。


   ……。


   いつだって、本気だ。


   ……あぁ、もう。


   アミちゃん。


   ……どうして、こうなるのよ。


   ん。


   ……私は、あなたのように走りたいと言っただけなのに。


   ……。


   あなたはただ、聞いて呉れるだけで良かった……良かったのに。


   ……あたし、間違えた。


   違う……私が、我儘なだけ。


   我儘だなんて……。


   ……言わないで。


   え……。


   ……我儘じゃないなんて、言わないで。


   だ、だけど……。


   ……私を、甘やかさないで。


   あ、甘やか……?


   ……甘えてしまうから。


   そ、其れの何が悪いんだい?


   ……悪いわ。


   あたしは、嬉しいよ。


   ……でしょうね。


   だから悪くないよ、ちっとも悪くない。


   ……悪いの。


   ど、どうしてだ……。


   ……どうしても。


   あ、あたしは、嬉しいのに……。


   ……マコちゃんは、優しい。


   ア、アミちゃんの事が、好きだからだよ。


   ……知っているの。


   や、優しくしては、いけない……?


   ……優しい、だけでは。


   でも……優しくしないなんて、あたしには出来ないよ。


   ……っ。


   出来ないよ……。


   ……分かってる。


   ……。


   ……ごめんなさい。


   アミちゃんが


   言わないで。


   ……謝る事なんて、何ひとつ、ないよ。


   自分でも……どうにも、ならないの。


   ……。


   番に、なりたいだなんて……。


   ……あたしは、本気なんだ。


   ……。


   だから……アミちゃんが、あたし以外の者と番になるだなんて。


   あなたが此の城を出て行った後に、私は番を得るかも知れない。


   ……は。


   然うなる事だって、有り得る。


   いや、でも、居ないって。


   今は、居ないだけ。


   ……今、は。


   先の事……未来の事は、誰にも分からない。


   あ、あぁ……。


   ……マコちゃんだって、然うよ。


   あたしは……。


   ……素敵なひとと、巡り逢うかも知れない。


   アミちゃん以上に、


   世界が、狭いの。


   せ……世界?


   ……私達は未だ、広い世界を知らない。


   ……。


   知らないからこそ……マコちゃんは、此の城から、出て行きたいのでしょう。


   ……。


   曰く、見聞を広める為に。


   ……世界を、此の目で見る為に。


   其の過程で屹度、あなたは多くのひとと出会う事になる……其のひと達は十人十色で、ひとりとして、同じひとは居ない。


   ……つまり、アミちゃんのようなひとは居ないという事だ。


   ええ、居ないでしょうね……だけど、私以上に


   居ない。


   ……居るかも知れない。


   とと様にとってかか様が、たったひとりだけだったように、あたしにとってもアミちゃんが、たったひとりだけだ。


   ……其の存在が、私とは限らないと言っているのよ。


   顔が、同じに見えるんだ。


   ……。


   とと様とかか様、そして、アミちゃん。
   見分けがつくのは、三人だけなんだ。


   今は、然うでも……外の世界に出たら、見分けられるひとが増えるかも知れない。


   ……。


   そして、其の中に


   もう、良い。


   ん。


   ……もう、良い。


   あぁ、然う……私も、良いわ。


   ……。


   ……無花果の餡蜜も、


   其れは、作る。


   ……作るのならば、父上様と母上様、そして自分に。


   アミちゃんの分も作る。


   ……作らなくて良い。


   食べたいと言ったのは、アミちゃんだ。


   ……もう、食べたくない。


   楽しみにしてるって


   もう、してない。


   ……っ。


   ……だから、放っておいて。


   アミ、ちゃん……。


   ……先に、戻る。


   待って。


   ……待たない。


   アミちゃん、待って。


   ……待たないと、言った。


   お願いだ、待って。


   ……。


   い、嫌だ……置いて、行かないで。


   ……今は、離れた方が良い。


   は、離れたくない。


   ……頭を、冷やしたいの。


   あたしは、離れたくない。


   ……朝食は、一緒だから。


   ごめん……。


   ……。


   ごめんよ……だから。


   ……謝って、欲しいわけじゃない。


   アミちゃんは、あたしのようには走れない……。


   ……今更、そんな事。


   でも、あたしは……あたしは、アミちゃんのようには考えられない。


   ……。


   難しい勉強だって、全然、分からない……アミちゃんと同じ試験を受ける事なんて、あたしには、出来ない。


   ……何が、言いたいの。


   あたしは、動……アミちゃんは、静。


   ……だから、何。


   お、補いたい。


   ……補う?


   で、出来ない事を。


   ……。


   ま、また、違う話をしていると思う……でも、だけど。


   ……しているわ。


   う……。


   ……もう、お仕舞い?


   ごめん……アミちゃん。


   ……別に良い。


   ……。


   ……じゃあ、またね。


   う、ん……。


   ……。


   アミちゃん……。


   ……。


   振り、向かない……。


   ……どうして。


   振り向いて、呉れない……。


   ……どうして、こんな事に。


   無花果の餡蜜は……作る。


   ……あんな事、言いたいわけじゃなかった。


   アミちゃんの、分も……。


   ……言いたいわけじゃ、なかったのに。


   必ず……作るよ。


   ……傷付けた。


   だから……楽しみに、しててよ。


   ……誰よりも、大切なのに。


   してて……。


   ……感情が、抑え切れない。


   ……。


   ……。


   ……大好き、なんだ。


   大好き、なの……。


   ……ずっと、一緒に居たい。


   誰も、見て欲しくない……見分けなんか、つかなくて良い。


   ……あたしを、番にして欲しい。


   私以外のひとを、番になんてして欲しくない……。


   ……。


   ……だけど、もう。


   はぁ……。


   ……ずっと、一緒には居られないのだから。


   空……飛びたいな。


   ……どうして、私達は。


   ジュピター……。


   ……?


   来い、ジュピター……あたしの声が、聞こえているのなら。


   ……ジュピターの声。


   あたしを、其の背に乗せて……。


   ……マコちゃんが、呼んだの。


   高く、飛べ……。


   ……ジュピター。


   朝ごはん……は、良いか。


   ……。


   来ない、か……。


   ……来ないで。


   ん……来たな。


   ……。


   おはよう、ジュピター……。


   ……何処に。


   転がったままで、ごめんな……あぁ、別に何処か悪いわけじゃないよ。


   ……。


   なぁ、ジュピター……あたしを乗せて、空高く、飛んで呉れないか。


   ……私には、関係ない。


   大丈夫だ……何処かへ、行くわけじゃない。


   ……関係ない、の。


   アミちゃん……アミちゃんは、行かないよ。


   ……戻って、母上様のところに。


   あたしとは、行かない……今は、行って呉れない。


   ……。


   はは……そんな顔、するなよ。
   あたしは、大丈夫……ん、アミちゃん?


   ……帰って来る。


   アミちゃんは……アミちゃんも、大丈夫だと思う。


   ……。


   喧嘩……?
   喧嘩、なのかなぁ……良く、分からないや。


   ……朝食を食べないなんて、そんな事。


   良く分からないけど……今は、離れた方が良いんだってさ。


   ……。


   頭を冷やす……あたしも、冷やさないと。


   ……お腹が、空いたら。


   ん……其れじゃあ、行こうか。


   ……。


   自分で、登れ……うお。


   ……帰って来ないなんて、ない。


   自分で、登れたのに……わりとお節介だな、ジュピターは。


   ……。


   あぁ、有難う……感謝、してるよ。


   ……ん。


   でも、珍しいな……アミちゃんの傍に、行かないなんて。
   ジュピターは、アミちゃんの事が大好きだろう……?


   ……な、に。


   然ういう時も、ある……?


   ……は、ぁ。


   そっか……然ういう時も、あるよな。


   ……い、や。


   ふぅ……。


   ……マコ、ちゃん。


   行くぞ……ジュピター。


   ……マコト。


   高く、舞い上がれ……!


   ……待って。


   行け、空高く……!


   待って……!


   ……。


   あ、あぁ……。


   ……。


   間に、合わない……間に合うわけ、ない。


   はぁ……空はやっぱり、気持ち良いなぁ。


   私の、鈍い足では……。


   ……此のまま。


   ……。


   なんて、な……ちゃんと、帰るさ。


   ……あんなに、遠く。


   帰る……。


   ……見えなく、なってしまう。


   だって……あたしの、帰る所は。


   ……いや。


   帰って、良いのかな……。


   ……いやぁ。


   帰らない方が、良いのかな……。


   ……かえって、きて。


   んー……まぁ、今は考えなくて良いか。


   ……かえってきて、おねがい。


   今は、ただ……。


   ……。


   なぁ、ジュピター……世界って、広いんだろ。


   ……かってなこと、ばかり。


   お前はとと様と、どんな世界を見てきたんだい……?


   ……。


   いつか、あたしも。


   ……はぁ。


   そして……アミちゃんに、伝えたい。


   ……行かなきゃ。


   此の目で、見た事を。


   ……こんな事、している場合じゃない。


   沢山……伝えたい。


   私は……私に、出来る事を。


   ……待ってて、アミちゃん。


   先ずは、試験を……。


   ……待ってて、欲しい。


   其の為に……お勉強をもっと、しなければ。


   ……。


   ……其れが、私の。


  6日





   良し。


   ……支度、出来たの?


   あぁ、出来た。


   ……もう、行くの?


   いや、未だ行かない。


   ……行っても、良いのに。


   行く前に、メルと話がしたいんだ。


   ……話ならつい先刻、躰を起こす前にも。


   其れは其れ、此れは此れだ。


   ……あぁ、然う。


   二度寝がしたいと言うのならば、静かにしているが。


   そんな事を言って……ひとの寝顔を、じっと見ているつもりでしょう。


   寝ている時でも、顔色は大事だからな。


   ……見るのは、顔色だけ?


   寝顔も、ついでに。


   ……二度寝は、しない。


   ん、然うか。


   ……時間は、大丈夫なの?


   うん、大丈夫だ。
   時間なら、未だある。


   ……朝の時間なんて、あっという間に過ぎてしまうわよ。


   メルと過ごしていると、どんな時でもあっと言う間だ。


   ……私だけ?


   子供達、ジュピター、マーキュリー……親しい者達と過ごす時間は、あっと言う間に過ぎ去る。


   ……今朝のマーキュリーは?


   相も変わらず、眠たそうな目をしている。


   ……半分、眠っているのかも知れないわ。


   ん、然うかも知れない。


   ……遅れないようにね。


   応、分かっている。


   ……。


   改めて、今朝の気分はどうだい?


   ええ……悪くないわ。


   ……。


   ……顔色も、悪くないでしょう?


   あぁ……悪くない。


   ……体温と、脈も。


   平熱と、平脈だ。


   ……此処のところ、調子が良いのよ。


   食欲もあるしな。


   ……お代わりも、しているし。


   ん、良い事だ。


   ……と言っても、多いとは決して言えないのだけれど。


   十分さ、ちゃんと食べているのだから。


   ……あなたが食べる量の、半分も食べられない。


   アミより、ほんの少しだけ、少ないだけだ。
   何も問題はない。


   ……。


   メル?


   ……あの子も、食べるようになって呉れた。


   鍛練も続いているよ。


   ……躰力は。


   少し走った程度では、息切れしないようになってきた。


   ……相変わらず、硬いみたいだけれど。


   前屈は、あと少しなんだ。


   ……少し?


   あと少しで、指先が大地につく。


   ……。


   若しかしたら、今朝にでも。


   ……ついたら、教えてね。


   あぁ、勿論。


   ……躰が柔らかくなれば、大分違うわ。


   肩凝り?


   ……躰全体の凝り。


   躰全体……。


   ……あなたは、どう?


   腰は、分かるようになってきた。


   ……腰、ね。


   未だ、なんとなくだが。


   ……何かあるようなら、直ぐに言ってね。


   ん、直ぐに言う。


   ……。


   食欲、今朝はどうだい?


   ……お腹は未だ、空いていないけれど。


   食べられそうかい?


   ……ええ、屹度ね。


   ふふ、然うか。


   食べられると……矢っ張り、違うのよね。


   食は大切だ。


   ……本当に。


   今日の朝ごはんは、昨夜言った通り、鍛練の後になるが……待ち切れなかったら、先に。


   ……私が、待ち切れないと思う?


   思わないが、一応。


   ……ちゃんと、待っているわ。


   ひとりで食べても、味気無い?


   味気無いどころか……食欲其のものが、湧かないの。


   ん、其れは良くないな。


   ……だから、待っているわ。


   分かった、待っていて呉れ。


   ……そんなに長い時間では、ないのでしょう?


   あぁ、軽く四半刻くらいだ。


   ならば……あなたの日記を読みながら、待っている事にします。


   承知した……では、何時頃の日記をご所望か。


   然うですね……アミの元服の儀の頃の日記を望みます。


   アミの元服の儀の頃の日記か……どれ。


   あの頃の、あなたは……ふふ。


   ん……なんだい?


   ……アミの番の事をふと考えては、ひとりで落ち込んでいたわ。


   落ち込んではいない。


   ……然う?


   アミも然ういう年頃になったのだな……と、しみじみ考えていただけだ。


   ……しみじみ、ねぇ。


   だから、決して落ち込んでなどはいない。


   ……分かりました、然ういう事にしておきましょう。


   日記にも、書かれてはいないぞ。


   其れは……私の目で、直接、確かめます。


   多分、書いていない筈だ。


   ……珍しく、お酒を飲んでいた夜もあったわ。


   まぁ、たまには然ういう夜もあっただろう。


   ……軽く、酔って。


   酒よりも、お茶の方が好きだからな。
   いまいち、飲み慣れていなかったんだ。


   ……飲み慣れていないのは、今もでしょう?


   酔わない酒があれば良いのだが。


   其れは……酒精がある限り、難しいわね。


   酒精を除く事は出来ないだろうか。


   ……除いてしまったら、其れはもう、お酒ではないわ。


   ん、然うか。


   ……飲む時は、程々にね。


   飲む時は、然うする。
   が、滅多に飲もうとは思わないから。


   ……マコトの元服の儀の前は、飲まないの?


   マコトの?


   然う……マコトの。


   んー……。


   ……あの子の元服の儀は、今年でしょう?


   飲むつもりは、今のところない。


   ……何故?


   未だ、近くはないからだ。


   今は未だ、近くはないけれど……屹度、あっと言う間よ。


   ……ふむ。


   近くなったら、アミの時のように。


   ……なんとなく、飲まないような気がするな。


   飲まない……?


   心持ちが、アミの時とは違うんだ。


   ……二人目、だからかしら。


   己と似ている、という事もあるのかも知れない。


   ……マコトの番の事を考えても?


   マコトの番か……んー。


   ……どう?


   矢張り、飲もうとは思わないな。


   ……全く、落ち込まない?


   落ち込む気がしない。


   ……ふ。


   ん?


   ……マコトも、あなたの子なのに。


   いや、アミの時も落ち込んではいないぞ。


   ……全く?


   少し、しみじみとしてしまっただけで。


   ……マコトには、しみじみとしないの?


   しみじみは、する。
   マコトも、番を持てるような年頃になったのだなぁと。


   ……けれど、お酒は飲まない。


   若しかしたら、飲むかも知れない。


   ……ふぅん?


   つまり、其の時になってみなければ分からないと言う事だ。


   ……然うねぇ、其れは言えるかも知れないわ。


   だろう?


   ……ええ。


   メルは、どうだい?


   ……私?


   酒は、飲みたくなるだろうか。


   私は……元々、好まないもの。


   あぁ、然うか。


   ……思う事は、あったけれど。


   ……。


   ……断っておくけれど、お酒の事ではないわよ。


   ん……分かっている。


   ……だから、マコトの時も思う事はあるでしょうね。


   其の時は、一緒にお茶を飲もう。


   ……いつも、一緒に飲んでいるわ。


   いつもとは、趣が違う。


   ……趣?


   夜に、しみじみと……マコトの成長を思いながら、飲む。


   ……。


   然う……ふたりで、静かに。


   ……其れ、アミの時にもしたわね。


   だから、マコトの時もしたいと思っている。


   ……。


   どうだろう?


   ……断る理由が無い。


   うん。


   ……其れで。


   うん?


   ……城の中で囁かれている、アミの番の事なのだけれど。


   ……。


   ……浮かべる表情が、明らかに違うわね。


   城の者が、勝手に言っている事だ。


   ……良いの、言わせておいて。


   良くないに決まっている。


   ……屹度、アミの耳にも入っているわ。


   ……。


   言うなと命じたところで、其の口を完全に塞ぐ事は出来ない。


   ……マコトが、居る。


   マコト……?


   ……だから、大丈夫だろうと。


   ……。


   マコトは……。


   ……自分こそが、アミの真の番だと思っている。


   ……。


   ……でしょう?


   あぁ……。


   ……分かった。


   ん、何が?


   ……あなたが、お酒を飲もうと思わない理由。


   ……。


   ……敢えて、言わないけれど。


   初めから、分かっていたのだろう……?


   ……さぁ、どうかしら。


   メルが、分からないわけがない。


   ……然うとは、限らないわよ?


   此度の事は、分かっている……。


   ……ん。


   メル。


   ……笑って、見送りましょう。


   見送る……?


   ……ふたりが、辰星に行く時は。


   あぁ……うん、然うだな。


   ……少し、寂しいけれど。


   ……。


   ……ユゥ?


   違った意味で、寂しいな……。


   ……違った?


   なんでもない……。


   ……本当に、なんでもない?


   メル……。


   ……ふふふ。


   ……。


   ん……ユゥ。


   ……お返し、だ。


   なんの……?


   ……惚けたろう?


   惚けてなんか、いないわ……。


   ……いいや、惚けた。


   寧ろ、惚けたのはあなたの方……。


   ……む。


   ふふ……。


   ……お互い様、か。


   いいえ、あなただけよ……。


   ……。


   時間は……?


   ……未だ、大丈夫だ。


   大分、ゆっくりしていると思うけれど……。


   ……其れでも、大丈夫だ。


   ……。


   だから、もう少しだけ……。


   ……話題を、変えても?


   勿論、構わない……。


   ……今日は、お昼の鍛練を見に行く日なの。


   マコトは、昨日から張り切っていたよ。


   ……アミは?


   アミは、いつも通りだ。


   ……ならば、アミは大丈夫ね。


   マコトは、また空回るかも知れない。


   ……其れでも、大分落ち着いてきたと思うの。


   然うかい?


   ……以前と比べたら、良くなってきているでしょう?


   まぁ、幾らかは良くなってきているかな。


   ……幾らか?


   未だに、メルに良いところを見せたいという気持ちが強い。
   気持ちが強いだけならば良いのだが、動きに無駄や隙が増えるのは良くない。


   だけど……全く、成長していないよりは良い。


   其れは、然うなのだが。


   あなたとしては、もどかしい。


   勿体無いと思う。


   ……勿体無い?


   自然体であれば、大分良くなってきているんだ。
   力の乗せ方を覚え、動きに無駄や隙が減り、反応だって悪くない。


   ……故に、勿体無い。


   あの動きを、メルにも見せたい。


   ……一応、見ているわ。


   離れた所から、隠れて見ている時だけでなく。


   ……いつかは、見せて呉れる。


   いつか?


   ……然う、いつか。


   ……。


   ……其の時が来るのを、気長に待っているの。


   のんびりと……?


   ふふ……然う、のんびりと。


   其れも、良いな。


   ……でしょう?


   うん。


   でもね……待ち切れない時は、こっそりと見に行くの。


   ……私にも黙って。


   其の方が、自然体のあなたも見られるし。


   私はいつだって自然体だ。


   ……然うかしら。


   今更、空回りなんかしないさ。


   ……まぁ、然うね。


   動きに、無駄や隙は見られないだろう?


   ……見られないけれど、格好はつけてると思う。


   ん。


   ……私が勝手に、思っているだけだけれど。


   ……。


   ……ユゥ?


   少しは、格好つけているかも知れない。


   ……少し?


   あくまでも、少し。


   ……ふふ、然う。


   メル。


   ……ん?


   私としては、マコトの空回り癖を直したいと思っている。


   だから……此れからも、見に行くわ。


   うん、来て欲しい。


   ……あなたの為にもね。


   アミの為でもある。


   あの子は……私が居ても、変わりないから。


   だとしても、意識はしている。


   ……意識?


   然う、意識。


   ……いつも通りなのに?


   意識しながらも、いつも通りで居られるところがアミの強みだ。


   ……あぁ、然ういう事ね。


   其れは、試験でも活かされているのだろう?


   ……ええ、あの子はいつだって冷静に見える。


   見えるだけかい?


   ……心のうちまでは、どうしたって見えないもの。


   心のうち、か。


   ……幼い頃と比べると、其の精神性はとても複雑になってきているから。


   マコトは単純なんだけどなぁ。


   ……単純なところはあるけれど、ちゃんと考えるようになってきているわ。


   だとしても、未だ、分かり易い。


   ……元服の儀を終えて、其の先はどうなるか分からない。


   其の先、か……。


   ……例えば、辰星から帰ってくる頃。


   ……。


   ……其の頃になれば、かなり成長していると思うの。


   然うなれば良い……。


   ……もぅ。


   ……。


   ……然う言えば、アミに対してはどうなの?


   アミに対しては……然うだな、自然体に近くなってきているかも知れない。


   ……慣れたのかしら。


   其れか、アミに何かしら言われているか。


   ……或いは、其の両方?


   いや、アミの言葉の影響の方が強いだろう。


   ……。


   単純なんだ、マコトは。


   ……あなたに、似て?


   然う、私に似て。


   ……。


   ……。


   ……ねぇ。


   なんだい……?


   ……今日は、手合せを見せて呉れる予定なのでしょう?


   あぁ、其のつもりだ。


   ……やっと、手合せと言うようになった。


   やっと、悪くない動きになってきたから。


   ……城の者はもう、誰もマコトに敵わないわ。


   城の者も、鍛え直さないといけないな。


   ……実際に、鍛え直しているのでしょう?


   あぁ……くだらない事を、言う事もないように。


   ……。


   さて、そろそろ行こうかな。


   ……日記。


   と、然うだった。


   ……程々にね。


   ん?


   ……鍛練。


   あぁ、朝は程々にする。


   ……其れでは、ないのだけれど。


   んー……と、此れだ。


   ……まぁ、気持ちは分かるから。


   どうぞ、メル。


   ……有難う、ユゥ。


   じゃあ、行って来る。


   ……うん、行ってらっしゃい。


  5日





   ……。


   ……ぅ。


   ……。


   あさ、だ……。


   ……ん。


   朝だよ、アミちゃん……。


   ……あ、さ?


   うん……朝。


   そと……あかるい?


   うん……明るい、かな。


   ……かな、なの。


   明るくなってきた……と言った方が、正しいかも知れない。


   ……あか、るく。


   未だ、明け切っていない。


   ……そう、ちょう?


   うん、時間にすれば早朝。


   ……そう。


   おはよう。


   ん……おは、よう。


   今日は朝から鍛練なのだけれど、起きられるかい?


   ……。


   アミちゃん……?


   ……もう、すこし。


   もう少し?


   ……もうすこし、だけ。


   んー……。


   ……ねか、せて。


   分かった、もう少しだけね。


   ……マコちゃん、は。


   あたしは……あたしも、もう少し。


   ……。


   大丈夫……時間になったら、ちゃんと起こすよ。


   ……ありがとう。


   どう、いたしまして。


   ……はぁ。


   おやすみ……。


   ……。


   ふふ……。


   ……ん。


   朝に弱いアミちゃんも、可愛いな。


   ……もぉ。


   おっと。


   ……きこえて、る。


   あれ、未だ寝てなかった?


   ……おきてるなら、さきに。


   もう少し、アミちゃんと微睡んでいたい。


   ……すっかり、さめているくせに。


   まぁ、然うなんだけど。


   ……。


   ふふ……可愛いなぁ。


   ……あんまり、みてないで。


   だめ?


   ……だめ。


   そっか。


   ……。


   昨夜、遅かったからなぁ。


   ……しかた、ないの。


   お勉強も大事、だろう?


   ……しけんが、あるから。


   しけん……。


   ……マコちゃんにも、あるんだからね。


   ん、然うだった。


   ……うからなければ、だめなの。


   はいはい、分かっているよ。


   ……はい、は、いっかい。


   はぁい。


   ……のばさない。


   はい。


   ……。


   んー……。


   ……ん、なに。


   隈が、消えてない。


   ……。


   ね……今朝の鍛練、お休みしても良いんだよ。


   しな、い……。


   ……とと様だって、分かっている。


   ……。


   ……アミちゃんが、難しい試験を受ける事。


   だと、しても……。


   ……休まない?


   あたまを、うごかすためにも……。


   頭?


   ……おべんきょうまえに、ちょうどいいの。


   ふふ、然うなんだ。


   ……しってる、くせに。


   あは。


   ……。


   ごめん……もう、黙るよ。


   ……ん。


   ……。


   ……きょう、は。


   うん……?


   ……ははうえさまが、たんれんをみてくれるひ。


   だから……いつも以上に、気合いを入れる。


   ……また、からまわり。


   頑張って、気を付ける。


   ……それが、からまわりのげんいん。


   ん。


   ……いつもいじょうに、きあいをいれて。


   良いところを、見せたいんだ。


   ……いしき、してはだめ。


   難しいなぁ。


   ……そのほうが、かっこいいわ。


   ……。


   ……かっこ、いいの。


   あー……。


   ……ん、なに。


   そんな事を言われたら、余計に意識してしまう。


   ……どうして。


   どうしても。


   ……あぁ、そう。


   然うだよ……あたしは、アミちゃんにも良いところを見せたいからね。


   ……ふぅん。


   本当だよ。


   ……しってる。


   だよね。


   ……かわいい。


   可愛いのは、アミちゃんだ。


   ……あ、そう。


   ん、然うだよ。


   ……。


   然うだ、起こすのは八半刻後で良いかい?


   ……もう、はんぶんさめてる。


   半分?


   ……マコちゃんと、はなしていたら。


   あー……ごめん?


   ……べつに、いい。


   未だ、時間はあるから……。


   ……だから、躰は起こさない。


   お。


   ……マコちゃん。


   な、なんだい、アミちゃん。


   改めて、おはよう?


   ん……おはよう、ございます。


   ……。


   にゅ。


   ……全く。


   ごめんよぅ。


   ……今朝の鍛練は。


   う、うん。


   ……あなたは、何をするの。


   えと……あたしは、走り込み。


   ……私は、柔軟。


   短い時間だって、言ってた。


   ……朝食前のね。


   朝ごはんが美味しく食べられる。


   ……いつも、美味しそうに食べている。


   だって、美味しいから。


   ……お代わりも、する。


   まだまだ、食べ盛りなんだ。


   ……躰は、大きくなったのに。


   う。


   ……私の寝台に、入り込んで。


   毎日じゃないよ。


   ……其れ、昨日の朝にも聞いた。


   アミちゃんを抱っこしていると、良く眠れるんだ。


   ……今年は、元服の儀だと言うのに。


   然うだけど……未だ、先だから。


   ……悠長。


   あたしは、曰く、のんびり屋なんだ。


   ……大らかなところは、悪くないけれど。


   好きかい?


   ……。


   好きじゃない?


   ……好きだけど。


   あはっ。


   ……甘えた。


   とと様に似ているから。


   ……父上様のせいにしないの。


   せいにしてるわけじゃ、ないんだけど。


   マコちゃん。


   ……はい。


   確かに、父上様は甘えたなところがあるかも知れない。


   ……だよね。


   でも、其れは其れ。


   ……其れは、其れ?


   父上様は父上様、マコちゃんはマコちゃん。
   あくまでも、個の問題。


   ……。


   聞いているの。


   ……はい、聞いています。


   ……。


   ……アミちゃん?


   元服の儀を終えたら、部屋は。


   ……別々?


   本当ならば、私が元服の儀を終えた時点で別々になる予定だった。


   嫌だったんだ、アミちゃんと離れるのは。


   ……子供。


   子供だよ。


   ……元服の儀を終えたら、もう、言えない。


   終えても、離れたくないなぁ。


   ……ひとりは、嫌なの?


   だって、寂しいじゃないか。


   ……慣れ。


   とと様とかか様は別々じゃない。


   ……番だから。


   あたし達も似たようなものだよ。


   ……。


   やった、否定されない。


   ……兎に角、別々になるの。


   えー。


   ……えー、じゃない。


   どうしても、別々にしなければ駄目かなぁ。


   ……あのね、マコちゃん。


   アミちゃんは、そんなにあたしと離れたいの?


   ……ん。


   部屋、別々にしたい?


   ……あぁ、もう。


   アミちゃんが、どうしてもと言うのなら……諦める。


   ……マコちゃんの、ばか。


   あれ。


   ……。


   アミちゃん……?


   ……一緒で良いのなら、一緒が良いに決まってる。


   なら、一緒のままで。


   ……でも、然ういうわけにはいかないの。


   どうしてだい?


   ……どうしても。


   アミちゃんとあたし、意見が一致しているのならば、離れる必要なんて何処にもないだろう?


   ……其れは、私達の理屈。


   とと様とかか様は、命じるかなぁ。


   ……。


   あたしは、命じないと思うけどなぁ。


   ……番。


   あたし?


   ……真の番。


   うん、あたしだ。


   ……私は、望んでいないの。


   え。


   ……。


   ど、どういう事?


   ……子供も望まない。


   うん、其れは分かる。


   ……他の、誰かとなんて。


   は?


   ……。


   待って、アミちゃん。
   本当に、どういう事?


   ……聞いてしまったの。


   何を?


   ……私に、真の番を。


   は、はぁ?


   ……然ういう話が、あるらしいの。


   そんな話、ある筈がない。


   ……然うだったら、良いのに。


   其れは、本当なのか。
   城の者達が、勝手に言っているだけではないのか。


   ……。


   とと様とかか様が、そんな話をするわけがない。


   ……そんなの、分からないでしょう。


   分かるさ。


   ……どうして、分かるの。


   とと様とかか様は、勝手に決めない。
   アミちゃんに何も言わないで、決めるわけがない。


   ……けれど、父上様は歳星の王なのよ。


   王である前に、あたし達のとと様だ。


   ……分かっているの。


   だったら。


   ……仮令、私が王になる事はなくても。


   であるならば、余計に言われる筋合いはないだろう。


   ……けれど、子を生す事は。


   そもそも歳星の王は世襲制じゃない、アミちゃんだって知っているだろう?


   知っているけれど……若しかしたら、私の子が。


   認めない。


   ……ん。


   そんな事、絶対に認めない。


   ……マコちゃん。


   認めるものか。


   ……あなたにもいつか、真の番が。


   あたしの真の番はアミちゃんだけだよ。


   ……。


   アミちゃんだけだ。


   ……本当に望まれているのは、あなたの子供。


   あたしは、望んでいない。


   ……私以外の、誰かとなら。


   望んでない。


   ……屹度、可愛いわ。


   知らない。


   マコちゃんは……屹度、優しいとと様になると思うの。


   なりたくないし、なる気もない。


   ……見てみたい。


   ……。


   ……マコちゃんの、子供。


   アミちゃん。


   ……マコちゃんに似ていても、似ていなくても。


   ごめん、見せられない。


   ……マコちゃんは、私の子供


   見たくない。


   ……。


   嫌だ……そんなの。


   ……そんなに、私と離れたくないの?


   離れたくないよ。


   ……。


   約束したろう、あたしが元服の儀を終えたら。


   母上様の母星である辰星に、ふたりで行く。


   未来の約束だ、其の為に、あたしは鍛練と勉強を頑張ってきたんだ。


   ……然うね。


   アミちゃんも。


   ……あの頃より、躰力はついているかしら。


   ついているよ、確実に。


   ……。


   一緒に行く、行くんだ。


   ……辰星から、帰ってきたら。


   ……。


   ……マコちゃんは。


   あたしは……城を、出る。


   ……然うしたら、離れ離れになるわ。


   アミちゃんも、一緒に。


   ……。


   アミちゃん……。


   ……私は城に残って、父上様と母上様をお支えする。


   ……。


   子供の頃から、然う言っていたでしょう……?


   ……変わらないんだね。


   ええ……変わらないわ。


   ……。


   ……部屋は、分けた方が良いと思う。


   分かれても……そっと、行くよ。


   ……。


   そっと行って、潜り込むんだ。


   ……来そう。


   アミちゃんは、来て呉れないと思うけど。


   ……拗ねないで?


   拗ねてなんか、いないさ。


   ……たまになら、行くかも知れないわ。


   待っているよりも、自分で動く。


   ……待っている時間も、楽しいのに。


   苦手なんだ、待ってるの。


   ……のんびり屋さんなのに?


   時と場合による。


   ……ふ。


   なんだい?


   ……言葉、あの頃より覚えたなぁって。


   そりゃあ、然うさ。
   勉強、しているんだから。


   ……少しだけ、寂しい。


   え。


   ……なんて、言わないわ。


   ……。


   ……そろそろ、起きる時間。


   あ。


   ……支度をして、鍛練場に行かないと。


   部屋の事は。


   ……未だ、時間はあるから。


   番の、事は。


   ……実はもう、決まっているの。


   ……っ。


   ……なんて言ったら、驚く?


   飛び出るかと、思った……。


   飛び出る……何が。


   ……何だと思う。


   んー……目玉、かしら。


   ……目玉どころじゃないよ。


   其れじゃあ……胃?


   ……胃でも、ない。


   となると……何かしら。


   ……わざと、言ってるだろ。


   わざと?


   ……惚けてる。


   惚けるのは、いつだって、あなただったけれど。


   ……知ってるかい、アミちゃん。


   何を?


   ……かか様も、惚けるのが上手なんだよ。


   知っているわ……でも、其れが何?


   そっくりだ。


   誰と、誰が?


   アミちゃんと、かか様。


   ……然うかしら。


   心臓。


   ……心臓?


   飛び出そうになったのは。


   ……然う。


   ……。


   ……飛び出なくて、良かったわ。


   本当に決まっているの。


   ……。


   決まっているのならば、


   多分、決まっていない。


   ……。


   父上様と母上様からは、何も聞かされていないから。


   ……番の話は。


   おふたりの口からは、一度も。


   ……。


   安心した?


   ……はぁぁぁぁぁ。


   ん。


   良かったぁぁぁぁ。


   ……そんなに?


   そんなにだよ、当たり前だろ。


   そ、然う。


   取り敢えず、とと様とかか様が言っているわけじゃないなら、其れで良い。


   ……城の者達は。


   どうでも良い、そんな力は持っていないのだから。


   ……気にしない?


   勝手に言わせておけば良い、あたし達の事はあたし達で決める。


   ……。


   思うように、好きなように、生きれば良い。


   ……とと様とかか様の言葉。


   良かった、あたし達のとと様とかか様が、あのふたりで。


   ……とと様は、宛がわれた事があるから。


   あて?


   ……子を、残す為に。


   うへぇ。


   ……気持ち悪い?


   すごく気持ち悪い。


   ……。


   アミちゃんも、然うだろう?


   私は……必要ならば、


   ならば、あたしでも良いじゃないか。


   ……。


   子は、残さないけど……あたしでも、良いだろ。


   ……もぅ。


   此の星では、許されている。


   ……知っているわ。


   じゃあ、


   いい加減、起きないと。


   ……。


   支度をしないと、鍛練に遅れてしまうわ。


   ……分かった。


   ん……。


   ……。


   朝食、美味しいと良いわね。


   ……美味しいさ、今朝も。


   沢山、食べるのでしょう?


   ……食べ盛りだから。


   ねぇ、マコちゃん。


   ……なんだい、アミちゃん。


   無花果の餡蜜、また作って。


   ……番になって呉れるのなら。


   なるわ。


   ……え。


   だから、作って。


   喜んで。


   ん。


   今日、作るよ。


   ……今日、作れるの?


   作る、冗談だとしても嬉しいから。


   ……。


   とと様と、かか様の分も。


   ……有難う。


   楽しみにしててね。


   ……うん。


  4日





   ……明日もまた、楽しい日であるように。


   ……。


   うん……良し、書けた。


   ……。


   メル、待たせた。
   日記、書き終わったよ。


   ……ん。


   メル?


   ……ユゥ。


   どうした?


   ん……なに。


   どうか、したか。


   別に……どうも、しないけど。


   躰の何処か、良くないか。
   酷く、重たく感じるか。


   ううん……何処も、悪くないわ。


   ……本当に。


   ただ、ぼんやりしていただけ……。


   ぼんやり……屹度、疲れているのだろう。


   疲れは、然程ないと思うの……食事やお茶の時間以外は、寝台の上に居たから。


   寝台の上に居るだけで……其れこそ、横になっているだけでも疲れるものだ。


   歩いたとしても、本当に僅かな距離だし……出来る事ならば、もっと歩きたかったのだけれど。
   アミやマコト、其れから、あなた……ジュピターと、マーキュリーとも……一緒に、歩いていないから。


   ……明日、一緒に鍛練場まで歩こう。


   明日……歩けるかしら、私。


   ……若しもの時は、私が背負う。


   あなたが……?


   ……だから、歩けるところまで。


   あぁ……其れは、良いわねぇ。


   ……だろう?


   ふふ……。


   ……では、然うしよう。


   ねぇ……ひとのこの躰って、不思議よねぇ。
   ゆっくりと休ませている筈なのに、疲れるだなんて……。


   ……回復したら、一緒に躰を動かそう。


   然うね……然うしたいわ。


   ……子供達も、一緒に。


   子供達……付き合って、呉れるかしら。


   ……喜んで、して呉れるさ。


   然うだったら、嬉しいけれど……ふたりとも、忙しいだろうから。


   ……大丈夫だ。


   大丈夫……?


   ……ふたりとも、メルの事が大好きだから。


   ……。


   だから……大丈夫だ。


   ……無理は、言わない。


   ……。


   あなたも、言わないで……。


   ……あぁ、分かっている。


   お願いね……。


   ……約束する。


   ん……。


   ……子供達と言えば。


   かくれんぼがしたいと、言っていたわよね……。


   あぁ……言っていた。


   ……私の体調が良くなったら、するのでしょう?


   うん……其のつもりだよ。


   ……私が居なくても、しても良いのよ。


   アミとマコトは、皆でしたいと……だから、メルが居なくては駄目なんだ。


   じゃあ……近くで見ているのは、どうかしら。
   其れならば、一緒にしていなくても……ん。


   メル。


   ……矢っ張り、だめ?


   あの子達は屹度、其れでも良いと言うかも知れない。


   ……あなたが、許して呉れない?


   許す許さないじゃないんだ……ただ、一緒にかくれんぼがしたいだけなんだ。


   ……子供達よりも、子供みたいね。


   呆れるかい……?


   ……今更。


   ん……。


   ……然う言うところも、可愛いと思っているの。


   愛想を尽かされない程度にしないと……。


   ……可愛いところが無くなってしまったら、つまらないわ。


   つまらない……?


   ……然う、つまらない。


   ならば……程良く、だな。


   ……私にだけ、見せて。


   メルにだけ……?


   ……あなたの、可愛いところ。


   其れは……勿論。


   ……。


   メル……横に。


   ううん……もう少しだけ。


   ……だけど。


   お願い……。


   ……。


   ユピテル……。


   ……メルの楽な姿勢で。


   で、あるならば……もう少しだけ、こうしているわ。


   ……分かった。


   其れでね……。


   ……なんだい。


   あなたに、寄り掛かる事が出来たら……もっと、楽だと思う。


   ……喜んで。


   喜ぶの……?


   ……大喜びだ。


   寄り掛かられるのに……?


   ……私だけの特権だからね。


   特権って……もう、あなたったら。


   はは……。


   ……。


   メル……?


   ……でもね。


   どうした……?


   ……薬の臭いが、するかも知れないの。


   薬……?


   ……夕食の後にも、飲んだから。


   そんなものは、気にならない。


   ……良いにおいでは、決してないわ。


   私は、気にしない。


   気にしないという事は……矢っ張り、良いにおいではないのね。


   正直な事を言えば……薬のにおいは、得意ではない。


   じゃあ……嫌よね。


   メルに寄り添えない方が、ずっと、嫌だ。


   ……。


   だから……薬のにおいなど、気にならない。


   ……考えていたの。


   何をだい……?


   ……寝台を、分ける事。


   却下、だ。


   ……然う言うと、思った。


   君が、どうしてもひとりが良いと言うのならば、考える。
   が、然うでないのならば……分ける事は、決してしない。


   ……どうしても、気になってしまうの。


   ……。


   でも……離れるのも、嫌なの。


   ……ならば、分けない。


   あなたは、其れで……ん。


   ……。


   ……くすり。


   言ったろう……私は、気にならないと。


   ……うつるものでは、ないけれど。


   済まない……。


   ……初めてでは、ないから。


   ……。


   もう……何度も。


   ……今でも、思い出せる。


   今でも……?


   ……初めて交わした口付けの事を。


   そんなの……もう、忘れて?


   ……無理だよ。


   恥ずかしいわ……。


   ……どうしてだい?


   あなたは、平気なのね……。


   ……君との、大切な思い出のひとつだから。


   ふ……。


   ……メル。


   大丈夫……笑っただけ。


   ……息は。


   問題無いわ……呼吸は、ちゃんと出来ている。


   ……少し、浅いように感じる。


   浅いかも、知れないけれど……ちゃんと、出来ているから。


   ……一度、深呼吸を。


   ううん……しなくても、大丈夫よ。


   ……。


   ……ねぇ、ユゥ。


   済まない。


   ……ぁ。


   待たせた。


   ……。


   後は……メルの思うように。


   ……ん。


   ……。


   ……重たくは、ない?


   まるで、羽根のようだ……。


   ……重たい、羽根?


   ひらりと舞うような、軽い羽根……。


   ……。


   苦しくはないかい……。


   ……私は、平気よ。


   私も、平気だ……。


   ……ねぇ。


   ん……。


   ……あなたの、匂いがするわ。


   不快ではないか……?


   ……そんな事、あるわけない。


   ん……良かった。


   ……はぁ。


   メル……。


   ……いい加減、湯浴みがしたい。


   明日、するか……?


   ……あなたの、手を借りて?


   私の手で良いのなら、幾らでも……。


   ……躰を、拭いてもらっているのに。


   当然だ……メルは、私の番なのだから。


   ……王に、躰を拭かせるだなんて。


   他の者……アミになら、任せられるが。


   ……あの子の力では、少々、心許ないわ。


   力、か……。


   ……あなたに、似れば良かったのにね。


   鍛練をしてみるのはどうだろう。


   ……鍛練?


   マコトだけなく、アミも。


   ……悪くはないと、思うけれど。


   先ずは、散歩から始めよう。


   ……お散歩で良いの?


   散歩でも、続ければ躰力はつく。
   つまり、散歩も鍛練のうちだ。


   ……ゆっくり、進めるのね。


   ゆっくりでも、確実だぞ。


   ……。


   アミには、難しいだろうか。


   ……いいえ、そんな事はないと思う。


   ……。


   ……ただ、苦手なだけ。


   苦手か……動きは、悪くないんだけどな。


   此処最近はずっと、お勉強か書物を読んでいる……好きだったお散歩も、しなくなってしまった。


   其れでは、躰力は落ちてゆくばかりだ。


   ……あの子には、鍛練が必要だと思う。


   ……。


   使わないと、どうしても鈍ってしまうから……然う、私のように。


   ……メル。


   体調が良くなったら、お散歩に付き合ってね……。


   ……勿論。


   アミも、誘ってみようかしら……。


   ……屹度、マコトもついて来るだろう。


   ふふ……然うねぇ。


   ……ジュピターと、マーキュリーも。


   あぁ……楽しみ、ね。


   ……とても。


   ふぅ……。


   ……。


   一応……言うだけ、言ってみて。


   分かった……明日、言ってみよう。


   ……うん。


   湯浴みは、どうする……?


   ……叶うならば、したいけれど。


   したいのなら、用意する。


   ……。


   様子を見て、決めれば良いさ。


   ……こうやって、寄り掛からせて呉れる?


   断るわけ、ない。


   ……王に、湯浴みの介助をしてもらうだなんて。


   王である前に、君の番だ。


   ……。


   躰を拭くだけでは、物足りなくなってきたのだろう……?


   ……どうして、分かるの?


   メルは、湯浴みが好きだからね……だから、分かるんだ。


   ……。


   ……言っておくが、此れは我儘でも何でもない。


   ユゥ……。


   ……なんだい、メル。


   お願いしても、良い……?


   ……ん、承知した。


   承知、なんて……。


   ……大袈裟、か?


   もぅ……。


   ……。


   ……日記は、書き終わったのよね。


   あぁ、書き終わった。


   然う……今更だけれど、お疲れ様。


   ……有難う、メル。


   今度、読ませて……。


   ……いつでも、読んで欲しい。


   なら……明日にでも、読ませてもらおうかしら。


   ……であるならば、枕の傍に置いておこう。


   折角だから、此処何年かの日記も……。


   ……三冊、までなら。


   三冊……?


   ……私の日記は、読み応えがあるからな。


   読み応え……。


   ……あるぞ?


   ふふ……然うね、あるわね。


   ……読みたい時期を、教えて欲しい。


   時期……。


   ……希望は、明日でも。


   出逢った頃と……。


   ……。


   其れから……真の番になった頃。


   ……うん。


   あの子達が、お腹に宿った頃……。


   ……其れは、三冊ではないな。


   然うかしら……?


   ……五冊くらいはある。


   多い……?


   ……三冊よりは、多い。


   本当は、あの子達が生まれた後の日記も読みたいのよ……。


   ……もっと、増えるな。


   だめ……?


   ……無理はしないと、約束して呉れるか。


   ええ、するわ……。


   ……無理をしたら、アミとマコトに心配させてしまう。


   もう……意地悪ね。


   ……私も、心配する。


   ……。


   ……疲れたら、休む事。


   約束、するわ……。


   ……。


   約束、するから……。


   ……分かった。


   ん……。


   ……明日起きたら、用意しよう。


   有難う……大好きよ。


   どういたしまして……私も、大好きだ。


   ……ん。


   ……。


   ……本当に、気にならないのね。


   ならない……。


   ……でも、もうだめ。


   はい……。


   ……。


   ……そろそろ。


   かくれんぼ……。


   ……。


   あなたは、何役……?


   私が探す役で……子供達が隠れる役だ。


   私は、何の役かしら……。


   私が見つけられなかった時に、見つけて呉れる役だ。


   ……あぁ、然うだった。


   私はいつも、見つけられないから……。


   ……私が、見つけるの。


   いつだって、メルが見つけて呉れる……。


   ……あなたは大仰に、そんなところに隠れていたのかって。


   大袈裟である程、君と子供達が笑って呉れるから……。


   ……楽しかった。


   メル……。


   ……また、楽しいと思えるかしら。


   屹度、思える……。


   ……然うだと、嬉しい。


   メル……本当に、そろそろ。


   ……然うね、そろそろ横になるわ。


   良かったら、私の腕を……。


   ……ん、お願い。


   ……。


   ……あぁ。


   大丈夫かい……?


   ……ずぅっと、優しい。


   此れからも……。


   ……ねぇ。


   なんだい……。


   ……待っている事も、楽しいと思えるようになったの。


   ……。


   此れも……あなたが、教えて呉れた事のひとつ。


   ……辰星に居た頃は、時間を無駄にしない事だけを考えていた。


   今思えば、生き急いでいたのね……そんなに急がなくても、良かったのに。


   ……もう、そんな必要は無い。


   ゆっくり、生きるの……。


   ……メルの、好きなように。


   あなたと……。


   ……私だけで、良いのかい。


   ジュピター……マーキュリー……そして、子供達と。


   ……皆で、生きよう。


   うん……。


   ……さぁ、今夜はもうおやすみ。


   良いの……?


   ……ん。


   おやすみ、しても……。


   ……あぁ、良いよ。


   何か、私に話したい事があったのではないの……?


   ……。


   話したい事と言うより……話すべき事、かしら。


   ……どうして、分かるんだ。


   私に、隠し通せると思ったの……?


   ……思わない。


   聞かせて、呉れる……?


   ……明日でも。


   今夜が、良いの……。


   ……。


   大丈夫……もう、生き急いではいないから。


   ……だったら、明日でも。


   けれど……状況は、こうしている間にも変わるものよ。


   ……。


   ジュピターに話したのなら……私と、マーキュリーにも聞かせて。


   ……メルクリウス。


   なんでしょう、ユピテル……。


   ……聞いていて疲れたら、言って欲しい。


   疲れたら、ね……。


   ……眠くなったら、眠って呉れても構わない。


   眠くなったら、ね……。


   ……其れから。


   ユゥ……。


   ……。


   話して……。


   ……分かった、話す。


   ふふ……良かった。


   ……話す前に、ひとつだけ。


   なぁに……?


   ……今日も、楽しかったかい?


   ええ……今日も、楽しかったわ。
   あなただけでなく、あの子達ともお茶の時間を過ごす事が出来て……。


   然うか……良かった。


   ……ねぇ、分かり易いかしら。


   今は、マコトみたいだ……。


   ……あは。


   お……。


   ……あの子の、笑い方。


   良く、似ているよ……。


   ……あなたの、笑い方でもある。


   ……。


   いつか、アミにも……移るかも、知れないわ。


   ……其れも、良いな。


   ふふ……。


   ……。


   ……さぁ、ユゥの番よ。


   私が話したい事は……月の事だ。


   ……月。


   相変わらず、大きな動きはないが……。


   ……気になるのね。


   気配に、違和感を覚える……。


   ……あなたの予感は、当たるから。


   外れて呉れても、構わないのだが……。


   ……警戒は。


   強めた……何かあれば、報せに来るよう言ってある。


   ……。


   ……其の時は、アミを呼ぶ。


   マコトも……。


   ……呼ばなくても、来るだろう。


   ちゃんと、呼んであげて……?


   ……はい、分かりました。


   姉姫様とは……。


   ……近いうちに、話すつもりだ。


   然う……。


   ……。


   静かに、佇んでいる……。


   ……暗い宙に。


   ユピテル……姉姫様と、話す時は。


   ……メルクリウス、君に居て欲しい。


   ……。


   居て、呉れるかい……メル。


   ええ……勿論よ、ユゥ。


   ……有難う。


   其の時は、忘れずに連れて行ってね……。


  3日





   ……。


   ~~♪


   ……。


   ~~~♪


   ……メルの歌声は、小さい頃からきれいだなぁ。


   ~~……。


   話している声も、きれいだけど……。


   ……。


   あれ……止まっちゃった?


   ……起きていたの?


   ん……目が覚めた。


   ……ごめんなさい。


   どうして?


   ……起こしてしまって。


   アミちゃんは悪くないよ、あたしが起きたかったんだ。


   ……マコちゃんが?


   あたし、また寝ちゃってたろう?


   ……屹度、お腹がいっぱいになったから。


   今日の夕ごはんも、おいしかった。


   ……ん、とても。


   お代わりもしちゃった。


   ふふ……とても良いと思う。


   良いかな?


   マコちゃんは、食べ盛りだから。


   へへ、そっか。


   ん。


   ん、しょと。


   ……マコちゃん?


   いっぱい食べたから、寝る前に筋力の鍛練をしないと。


   ……今夜もするの?


   毎日、するよ。


   ……だから、目が覚めたの?


   うん。


   ……いっぱい、食べていなかったら。


   いっぱい食べてなくても、するよ。


   ……。


   よし。


   ねぇ。


   ん、なに?


   たまには、お休みする事も必要だと思うわ。


   一日でも休むと、鈍っちゃうから。


   ん……。


   早く、とと様に追いつきたい。
   でもって、追い抜きたい。


   ……本当に、毎日する必要があるのかしら。


   え?


   筋力の鍛練。


   あるよ、あるに決まってる。
   とと様だって、毎日鍛えているって言ってたし。


   ……最近ね、とある辰星の書物を読んだの。


   辰星の?


   ……若しかしたら、マコちゃんの役に立てるかも知れないと思って。


   どんなことが、書いてあったの?


   ……結論だけ言ってしまうと、同じ部位の鍛練は毎日するべきではない。


   え、なんで。


   曰く……筋肉にも、休息が必要だから。


   筋肉に、きゅーそく……筋肉を、お休みさせるの?


   筋肉の成長には、鍛練だけでなく、回復も大切なんだって。


   かいふく……?


   鍛練をする事で、筋繊維が損傷してしまうの。


   き、きん、せ……?


   えと……筋肉が、壊れてしまうの。


   こ、こわれるの?


   然う、壊れちゃうの。


   あ、あたしの筋肉、こわれちゃうの?


   だからこそ、お休みさせてあげるの。


   お、お休みさせれば、治る……?


   治る、より強くなって。


   こわれたのに、強くなるの?


   然う、強くなるの。


   じゃ、じゃあ、とと様のからだが強いのは、いっぱい、こわれたから?


   うん、然うだと思う。


   え、えぇ。


   とと様はずっと鍛練を重ねてきて、其の度に筋肉を壊してきたけれど、お休みもちゃんとしていたから、大きな躰になれたのだと思うの。


   は、はぁ……。


   鍛練で筋繊維が損傷すると、其れを修復する過程で、補助細胞と呼ばれている幹細胞が活性化される。
   此の補助細胞が筋繊維に融合し、新しい筋核を提供する事で、筋肉が肥大し、より強く成長する。


   ん、んー……。


   鍛練をすると、筋肉は壊れる。


   うん……。


   壊れたまま鍛練を続けると、筋肉は壊れ続ける。


   う、うん。


   然うすると、筋肉を治す力が間に合わないの。


   まに、あわない。


   だから、筋肉をお休みさせて、治してあげるの。


   治してあげると、筋肉が強くなる?


   然う、強くなる。


   とと様みたいに、大きくなる?


   ん、大きくなる。


   おぉ。


   鍛練した筋肉は、お休みしている時にこそ、成長するの。


   うん、分かった。


   其れでね、若しも毎晩鍛練したいのならば、鍛練する部位を変えれば良いと思うの。


   ぶいを、かえる?


   例えば……今夜は、お腹の筋肉を鍛練するとして。


   どうして、分かったの?


   分かるも何も、毎日見ているから。


   あぁ、そっか。


   お腹の筋肉を鍛練したら、明日は腕、其れか足の筋肉の鍛練をすれば良いの。


   お腹の筋肉をお休みさせて、腕か足の筋肉の鍛練をするんだね。


   然う。


   背中の筋肉でも良いかな。


   ええ、良いと思うわ。


   足は、ふとももとふくらはぎがあるから、どっちかの方が良いのかな。


   どちらかにしておけば、鍛練した方をお休みさせれば良い。
   つまり、しなかった方は次の日に鍛練する事が出来る。


   うんうん。


   同時に鍛練したとしても、次の日以降は別の部位の筋肉を鍛えれば良いだけだから、問題ないわ。


   足の鍛練をしたら、次の日は、腕の鍛練をする。


   其れかね。


   それか?


   負荷を少なくしても良い。


   ふか……?


   きつい鍛練ではなく、あまりきつくない鍛練をするの。


   あまり、きつくない……。


   軽い鍛練とでも言うのかしら。


   かるい、たんれん……。


   軽い鍛練であっても、筋肉には有効なんだって。


   ゆうこう……筋肉に、良い?


   うん。


   あんまり、きつくなくても、筋肉に良い……?


   兎に角、同じ部位できつい鍛練は続けてするべきではないの。


   ……ほぉん。


   辰星の書物に書かれていた事だから、信じても良いと思う。
   辰星では毎日、沢山のひとが研究しているから。


   ……かか様の、母星。


   太陽系で最も、重ねた知識の量が多いと言われている星。


   ……きっと、メルが好きそうな書物もいっぱいあるんだろうなぁ。


   屹度、読み切れない程。


   ……ん。


   辰星では、今此の時にも、新しい書物が生まれているのかも知れない。
   かか様が居た頃にも、数え切れないくらいあったのに、今はもっと、もっと。


   ……アミちゃん。


   あ……。


   ……辰星に、行きたいの?


   え、と……。


   ……もしも、行きたいなら。


   い、行かないわ。


   ……どうして。


   とと様と、かか様から、離れるわけにはいかないから。


   でも、とと様とかか様は良いって言ってくれるよ。


   ……。


   いってらっしゃいって。


   ……どうして、分かるの。


   だって、あたし達のとと様とかか様だから。


   ……若しも、若しも、私が。


   いっしょに、行く。


   ……。


   いっしょに、行きたい。


   ……本当に。


   外の世界を、アミちゃんと見てみたい。
   かか様の母星も、アミちゃんと見てみたい。


   ……あぁ。


   一緒に、行こう?


   ……一緒に、来て呉れる?


   うん、行くよ。


   ……有難う。


   あたしも、ありがと。


   ……どうして。


   アミちゃんと、行けるから。


   ……。


   手紙は、とと様とかか様に書こう。


   ……うん、ふたりで書きましょう。


   あと、ジュピターとマーキュリーにも。


   ……うん。


   あはっ。


   ……。


   ふふ、楽しみだなぁ。


   ……マコちゃんが、元服の儀を終えたら。


   あ。


   ……え?


   ……。


   マコちゃん、どうしたの……?


   ……待ってて、くれる?


   何を……?


   ……あたしの、元服の儀が終わるの。


   ……。


   ……アミちゃんよりも、後だから。


   どうしようかしら……。


   ……まってて、くれない?


   ふふ……。


   ……アミちゃん。


   勿論……待っているわ。


   あ……。


   待ってる……。


   あぁ……良かったぁ。


   ……其れまでに、もっとお勉強しておくから。


   もっと?


   ん……もっと。


   じゃあ……あたしももっと、鍛練とお勉強しとくね。


   ……鍛練。


   ん?


   ……私も、鍛練しようかしら。


   アミちゃんも、する?


   ……躰力をつける為に。


   じゃあ、しよう?


   ……私に、出来るかな。


   出来るよ。


   ……重たい鍛練は、出来ないと思うけど。


   重たい鍛練じゃなくたって、良いよ。


   ……躰を動かす事は、今でも苦手で。


   アミちゃんが出来ることから始めれば良いんだ。


   ……私が出来る事。


   んー、お散歩とか。


   ……お散歩で、良いの?


   いわく。


   ん。


   躰を動かすことは、全部、鍛練のうち。


   ……。


   とと様が言ってた。


   ……ふふ、とと様らしい。


   だから、大丈夫だよ。


   ……お散歩は、鍛練になる?


   なるよ、だって躰を動かすから。


   ……少しずつでも?


   ん、少しずつでも。
   やれば、鍛練。


   ……ん、分かった。


   うん。


   明日……とと様に、言ってみる。


   あたしも言う。


   ……マコちゃんも?


   うん、あたしも。
   アミちゃんと鍛練したいって。


   ……有難う、マコちゃん。


   絶対、良いって言うよ。
   だって、とと様だから。


   ……とと様、許して呉れるかしら。


   ゆすると思う。


   ……許す?


   まちがえた、許すと思う。


   ……とと様だから?


   そう、とと様だから。


   ……。


   だから、大丈夫さ。


   ……うん。


   きっとね、かか様も良いって言うと思うんだ。


   ……かか様も?


   だめなんて、言わないと思う。


   ……。


   かか様にも、言う?


   ……うん、かか様にも言ってみる。


   あたしも言うよ。


   うん……有難う。


   どういたまして。


   どういたしまして?


   どう、いたしまして。


   ……ん。


   アミちゃんと鍛練、楽しみ。


   ……私も、楽しみ。


   ね、アミちゃん。


   ……なぁに、マコちゃん。


   未来の約束だね。


   ……未来の?


   ん、未来の。


   ……未だ、先の事だから?


   未来のために、がんばるから。


   ……未来の為に。


   だから、未来の約束。


   ……。


   ん、ちがうかな。


   ……ううん、とても素敵だと思う。


   ほんと?


   うん……本当。


   へへ、やった。


   ……未来の、約束。


   ちゃんと、守る。


   ん……私も、守るわ。


   アミちゃん、手を出して。


   ……手?


   ジュピターの鱗でも良いんだけど。


   ん……其れじゃあ、手で。


   うん。


   ……此れで、良い?


   ……。


   あ……。


   ……約束は、必ず守る。


   マコ、ちゃん……。


   ……。


   こんな事、いつ……。


   ……とと様が、かか様にしてた。


   あぁ……。


   ……ちかい。


   ねぇ、マコちゃん……。


   なに?


   私も……した方が、良いのよね。


   したいなら、して。


   ん。


   したくないなら、しなくて良いよ。


   そ、そんな事を言われてしまったら……。


   うん?


   ……しないわけには、いかないじゃない。


   そうなの?


   ……そうなの。


   んー……。


   ……マコちゃん、手を出して。


   したくなかったら、


   したいの。


   あぅ。


   あ……ごめんなさい。


   ううん、平気。


   ……出して、呉れる?


   うん、もちろんさ。


   ……。


   アミちゃん。


   ……私も、誓う。


   ……。


   ……はぁ。


   へへ。


   ……どきどき、する。


   どきどき?


   ……初めて、だから。


   ……。


   ……マコちゃんは、平気?


   んー……ちょっと、どきどきするかも。


   ……一寸。


   手が、熱い。


   ……。


   ん……アミちゃん?


   ……顔も、熱い。


   え、大丈夫?


   ……ん、大丈夫。


   冷やす?


   ……時間が経てば、収まると思うから。


   でも……。


   有難う……でも、本当に大丈夫。


   ……大丈夫じゃなかったら、すぐに言ってね。


   ん……直ぐに言う。


   あたしの手が、冷たかったらな……。


   ……。


   そうしたら、すぐに冷やせたのに……。


   ……多分、余計に熱くなると思う。


   え、なんで。


   ……なんでも。


   あー……。


   ……兎に角、大丈夫。


   うん……分かった。


   ……ふぅ。


   ……。


   ふふ……面白い。


   ……面白いの?


   初めて、だから……。


   ……。


   ふふ……ふふふ。


   ……ねぇ、アミちゃん。


   なぁに、マコちゃん……。


   今夜の鍛練は……お腹だけに、しとく。


   ……うん、良いと思う。


   でね……思い出したんだけどね。


   ……うん?


   とと様……毎日、同じことはしないんだ。


   ……同じ事?


   毎日、走るけど。


   ……鍛練?


   うん……。


   ……とと様も、知っているのかも。


   多分、かか様から聞いたんだと思う。


   ふふ……屹度、然うだわ。


   ……。


   ……いずれ、教えるつもりだったのかも知れない。


   いずれ?


   ……明日、とか?


   明日……明日だったら、もう知ってるよって言おう。


   ……もっと先かも。


   でももう、あたしは知ってるんだ。
   アミちゃんに、教えてもらったから。


   ……あまり、惚けては駄目よ。


   とぼけ……?


   ……とと様のお話、ちゃんと聞いてあげてね。


   しょうがないから……聞いてあげても、良い。


   ……もう、マコちゃんは。


   あは……。


   ……ふふふ。


   ……。


   ね、マコちゃん……。


   ……なぁに、アミちゃん。


   明日のおやつ……とと様にも。


   ……あんみつ、作ってあげても良い。


   作ってあげて……?


   ……分かった、作る。


   うん……。


   ……ね。


   なぁに……?


   ……かか様、お代わりしてたね。


   あぁ……よそわれている量が、一口分だけだったから。


   一口だけじゃ、いくらかか様だって足りないよ。


   ……お代わり、して欲しいと。


   あれ、とと様が考えたんだろ?


   ……私は、良い考えだと思ったの。


   そうかな、何度もよそって、めんどうだと思うけど。


   ……だからこそ、良いの。


   だからこそ……?


   量が多いと……其れだけで、お腹がいっぱいになってしまう事があるから。


   ……。


   見ただけで、お腹がいっぱいになってしまうの。


   見ただけで、お腹いっぱい?


   然う……食べなくてもね。


   なんで、食べないのにお腹いっぱいになっちゃうの?


   マコちゃんは、なった事ない?


   ない。


   ……寧ろ、余計にお腹が空いちゃう?


   うん、空いちゃう。
   早く食べたいって。


   ……かか様は、然うじゃないの。


   ……。


   マコちゃんは、とと様に似ているから。


   とと様は、あたしより食べるんだ。


   ふふ、然うね。


   アミちゃんは、どうなの?


   私は……どちらかと言うと、かか様。


   見るだけで、お腹いっぱいになる?


   ん……あんまり、多いとね。


   ……。


   マコちゃん?


   鍛練するなら、食べなきゃだめだよ。
   じゃなきゃ、躰力も、筋力もつかないから。


   ん。


   無理しちゃ、だめだけど。


   ……うん、食べるようにする。


   ゆっくりと、ね。


   ……はい。


   へへっ。


   ……そろそろ、鍛練する?


   うん、しようかな。


   ……したら。


   日記を書いて、アミちゃんと寝る。


   ……。


   アミちゃんは、お勉強する?


   ……うん、マコちゃんが日記を書き終えるまで。


  2日





   ……。


   ~~♪


   ……。


   ~~~♪


   ……何度聴いても、きれいだなぁ。


   ん……。


   ……メルの歌声。


   然うかしら……。


   ……透き通っていて、少しの曇りもない。


   声……掠れてはいない?


   ……掠れてなんて、いないよ。


   か細い……?


   ……夜だから、声は抑えないと。


   其れは、然うね……。


   ……メルの唄は。


   ん……ユゥ。


   ……今は、私だけのものだ。


   もう……また、子供みたいな事を。


   ははは。


   ……。


   大丈夫かい……。


   ……ん、口遊めるくらいだから。


   然うか……。


   ……日記はもう、書き終えたの?


   実は、未だ……今日は、書く事が多いんだ。


   ……おやつとお茶の事も、書く?


   あぁ、勿論……書かないなんて、有り得ない。


   ……ふふ、然うよね。


   其れで、メルに聞きたい事があるんだ。


   ……何が、聞きたいの?


   マコトが作って呉れたおやつと、アミが淹れて呉れたお茶について。


   ……今頃?


   本当は、もっと早くに聞きたかったんだ。


   ……言って呉れれば、夕食の時に話したのに。


   ふたりだけで、話したいと思った。


   ……あの子達が居ても、居なくても、私の感想は変わらないわよ。


   然うだとしても……ふたりきりになってから、聞きたかったんだ。


   ……ふ。


   まぁ、一寸だけ聞いてしまったが……。


   ……子供達が一緒なのに、話さないわけがない。


   ん……確かに。


   ……夕食の時にも話したけれど、とても美味しかったわ。


   おやつも、お茶も……?


   ……ええ、どちらも。


   もう少しだけ、詳しく聞かせてもらっても良いかな。


   ……少しだけなら、ね。


   有難う。


   ……どういたしまして。


   じゃあ、先ずは桃の甘煮から。


   ……其の前に。


   なんだい?


   ……あなたの感想も、聞かせて呉れるのよね。


   私の感想は……夕食の時に言った通りだよ。


   ……もっと、詳しく知りたいわ。


   詳しく……難しいな。


   ……何故、悪くないと言ったの。


   うん……?


   ……薄麦餅。


   其れは……悪くなかったからだ。


   ……何故、美味しいと言ってあげなかったの。


   ……。


   ユゥ……。


   ……味は悪くないが、細かいだまがあった。


   ……。


   本当に細かいものだったが……其れでも、粉っぽさを感じたんだ。


   ……あの子は、気付いていた?


   悪くないと言った事で、気付いただろうと思う。


   ……期待?


   マコトならば、もっと美味しく作れる。


   で、あるならば……もっと、具体的に言ってあげれば良かったのに。


   ……マコトには、あれで良いんだ。


   以前は、丁寧に教えていたわ。


   ……其の頃は未だ、幼かったからな。


   元服の儀は未だ、終えていない……。


   あぁ、未だ先だ。


   ……だったら。


   料理に関しては別なんだ。


   ……料理に関しては?


   基礎は教え込んだ……あとは、己で工夫するべきだ。


   ……鍛練とは、違うのね。


   あぁ、別物と言っても良い。


   ……今は。


   鍛練は未だ、基礎の中の基礎だ。


   ……基礎にすら、進んでいないの?


   兎に角、動きに無駄と隙が多過ぎる……筋力は、悪くはないのだが。


   ……つまり、筋力もまだまだなのね。


   未だ、細いだろう……?


   ……私達に比べれば、がっしりしているわ。


   其れは……まぁ、然うなんだが。


   ……歳星の民の躰躯として考えると、細い。


   私と比べたら、親と子だ。


   ……現に、親子だもの。


   分かり易いだろう?


   ……ええ、とても。


   もっと食って、もっと鍛えねばならぬ。


   ……鍛えずに、食べるだけだったら。


   丸くなる。


   ……其れは其れで、可愛いけれど。


   可愛いのは良いのだが、其れだけでは大切なものは守れない。
   壁になるだけならば、出来るかも知れないが……強度が無ければ、意味が無い。


   ……壁はいつか、壊される。


   己が壊される前に、対象を壊さなければ……守った事には、ならぬ。


   ……其れは、あの子の願いに反する。


   故に、怠ける事はないだろう。


   ……あの子が傍に居て呉れれば、余計に。


   あぁ、然うだ。


   ……張り切り過ぎて、空回りする事がないよう。


   其れが問題だな。


   ……もう少し、落ち着く事が出来れば良いのだけれどね。


   未だ、難しいだろうな……。


   ……可愛いところでも、あるの。


   可愛いが……状況に合わせて、切り替えが出来るようになって欲しい。


   ……其れもまた、鍛練。


   張り切る事で、気合いが入るのは良いんだけどな……。


   ……無駄な力も入る。


   塩梅が難しい。


   ……まだまだ、子供なの。


   ……。


   出来る事ならば……もう少しだけ、子供で居て欲しい。


   ……メル。


   あの子も……。


   ……分からなくはない。


   駄目ね……体調がいまいちだと、心まで弱ってしまって。


   ……然ういう時も、あるさ。


   あの子達には、見せられない……。


   ……私にだけ、見せれば良い。


   あなたにしか、見せられない……。


   ……独り占めだ。


   もぉ……また、そんな事を言って。


   あは……。


   ……薄麦餅の事を話していたのに。


   鍛練の話も、したかったから。


   ……動きに隙と無駄が多いのは、主に手合せの時よね。


   然うだと、言いたいところだが……未だに、手合せとは言い難い。


   ……では、なんと言えば良いの?


   あれは……然う、じゃれ合いだ。


   ……じゃれ合い。


   親と子の遊び……とでも、言おうか。


   ……あの子が幼い頃は、良くしていたわよね。


   まさに、あれの延長だ。


   ……基礎の中の、基礎。


   手合せと言うものはどういうものなのか、徹底的に教え込まなければならない。


   ……自分では、どうしようもない?


   難しいな……どうにも出鱈目で、自由だから。


   ……型に嵌まっている事が良いとは限らない。


   故に、難しい。


   ……明日、今一度、確かめに行くわ。


   あぁ……頼む。


   ……あなたが、あの子に背負われている姿もね。


   まぁ、躰作りには丁度良いだろう……問題は、どれだけ走れるかどうかだ。


   ……結構、走れると思うわ。


   躰力はあるもんな……。


   ……幼い頃から、走り回っていたから。


   あぁ……放っておくと、ずっと動いていたよ。


   ……楽しみにしているの。


   楽しみ……?


   ……とても。


   では、応えないとな。


   ……がっかりさせないでね。


   其れは、マコト次第だと思うが。


   ……ううん、あなたもよ。


   私もか……であるならば、頑張らないといけないな。


   ……ふふ。


   はは……。


   ……其れで、薄麦餅の事は。


   暫く、様子を見るつもりだ……。


   ……明日のおやつは、あなただけ薄麦餅になるかも知れないわ。


   出来れば、皆と同じものが食べたいと思う……。


   ……ふ。


   メルは、どう思う……?


   さぁ……あの子の気分次第かしら。


   ……アミは、皆同じものが良いと言って呉れたが。


   あの言葉は、大きいでしょうね……。


   ……期待しても良いかなぁ。


   しても良いんじゃない……?


   ……ならば、しよう。


   若しも、薄麦餅だったら……。


   ……其の時は、残さずにちゃんと食べるさ。


   はんぶんこにしても、良いのだけれど……。


   ……はんぶんこ?


   私と……。


   ……して呉れたら、嬉しく思うが。


   無花果の甘煮……薄麦餅でも、食べてみたいのよ。


   ……薄麦餅とも、合うぞ。


   知ってる……何度か、あなたが作って呉れたから。


   ……私が作るものは、桃の甘煮よりも糖を多めに入れる。


   あの子が作る甘煮は、どんなものになるか……今から、楽しみだわ。


   ……ふふ、然うだな。


   桃の甘煮は、どうだったの……?


   桃の甘煮は美味かった、桃の甘みが活かされていて。
   桃は元々が甘いから、糖を入れ過ぎない方が良い。


   ……色は。


   焦げ付かず、色も鮮やかで……あれは、果皮も一緒に煮込んだのだろう。
   果皮を使うと、色が移る……教えた事を、ちゃんと覚えている。


   ……果物によっては、種も使うでしょう?


   種を使う場合、檸檬の果汁は必要ないんだ……何故ならば、種に必要なものが含まれているから。


   特定のものを入れると、とろみがつく……此れには、科学的根拠があるの。


   然うみたいだな……。


   ……若しかしたら、得意になるかも知れない。


   得意……?


   ……特定のものを入れてとろみをつける事は、化学反応のひとつだもの。


   お……。


   添加物の調整、熱加減の模索、材料の組み合わせ……。


   ……硬いものを柔らかくするのは、酵素の分解だったな。


   此れらもまた……化学。


   つまり……料理を通して教えてやれば、覚えが早いかも知れない?


   あくまでも……若しかしたら、だけれど。


   アミならば、上手に教えて呉れるかも知れないぞ。


   あら、私では駄目だと言うのかしら……?


   まさか……そんな事、言うわけない。


   ……ふぅん。


   メルも、料理が上手だからさ……。


   ……煽てても、何も出ないわよ。


   今は出ないだろうが……近いうちに、出るだろうと。


   ……何が出るの?


   メルが作ったおやつ……例えば、干し果物を使ったものとか。


   ……あなたにも、出ると?


   出して呉れたら、嬉しいなぁ。


   ……。


   頼む、メル……私にも、どうか。


   ……仕方無いから、考えておいてあげる。


   ……。


   ……なぁに?


   マコトの言い方は、矢張り、メル譲りだなぁ……と。


   ……マコトは、私の子だもの。


   良く、見ている……。


   ……あなたの事も。


   然うか……?


   ……然うよ。


   然うか……。


   ……マコトだけでなく、アミもね。


   うん……。


   ……糖の量が、控え目だったから。


   うん……?


   ……アミは少し、物足りなさを感じているみたいだったわ。


   アミにはもう少し、甘めの方が良いだろう……。


   だから……次は、もう少し甘めになるかも知れない。


   分けて作る事も、有り得る。


   ……わざわざ?


   私も、然うしたろう……?


   ……然う言えば、然うだった。


   最近は、なかなか出来ないが……。


   ……代わりに、マコトが。


   時間が取れたら、私だって。


   然う……期待しているわ。


   応……。


   ……。


   少し、休むか……?


   ……ううん、平気。


   ……。


   本当よ……。


   ……分かった。


   ……。


   ……。


   ……私は、桃の甘みが好き。


   あぁ……。


   ……あの子は私の好みを、ちゃんと憶えていて呉れたの。


   メルの事に関しても、記憶力が良い……。


   ……もぅ、そんな言い方はしないで?


   ん、済まない。


   ……あの子は此れから、色々な事を学び、覚えていくと思う。


   アミが、教えるから……?


   ……アミだけではないわ。


   メルも、だな……。


   ……アミと、私だけじゃない。


   ジュピター、マーキュリー……城の者達。


   ……わざとなの?


   わざと、とは?


   ……あなた。


   私?


   ……あなたの教えも、あの子はちゃんと覚えている。


   然うかな……?


   ……惚けているだけ。


   だと、嬉しいが……。


   ……鍛練と料理は、あなたの分野でしょう?


   鍛練は……まぁ、然うだな。
   料理は、メルも教えていた。


   ……料理の基礎を教えたのは、あなた。


   ……。


   鍛練や料理だけじゃない……他の事も。


   ……さて、何を教えたかな。


   惚けるところは、あなた譲りね。


   ……ん。


   例えば……私があなたに教えてもらった事。


   ……私が、メルに。


   私では、教えられない……。


   ……そんな事は、ないさ。


   だって、難しいもの……。


   ……心は。


   ん……。


   ……此の奥にも、ある。


   ……。


   ……今ではもう、納得しているのだろう?


   ええ……すっかり、ね。


   ……根拠は相変わらず、何処にもないが。


   根拠は……私。


   ……メル?


   私が、然う思っている……其れだけで、事足りる。


   ……私の中にもある。


   アミや、マコトの中にも……。


   ……マコトは、分かり易い。


   あら、アミも存外分かり易いわよ……。


   ……然うか?


   知っているくせに……。


   ……あの子は、抑えてしまうところがあるから。


   だからこそ、分かり易いのよ……。


   ……。


   ユゥ……?


   ……心配なんだ。


   抑えてしまうところ……?


   ……うん。


   ……。


   ……抑え過ぎてしまうと、心が擦り減ってしまうだろう。


   然うさせない為に、私達が居るの……。


   ……ん。


   仮令、私達が居なくなったとしても……マコトが居る。


   ……。


   ジュピターも……マーキュリーもね。


   ……過度な心配は、不要か。


   心配し過ぎても、良くないわ。


   ……気を付けよう。


   だけど……親としての心配は、此れからも尽きる事はないと思う。


   ……。


   最後に、アミが淹れて呉れたお茶の事を……。


   ……鍛練の時に淹れて呉れたものは、爽やかで飲み易い香草のお茶だった。


   其のお茶……私も、飲みたかったわ。


   ……然うか、メルは飲んでいないのだったな。


   あなたばかり、ずるい……。


   ……ずるい、か?


   ええ、ずるいわ……。


   んー……。


   ……ふふ。


   あれは……辰星のお茶だ。


   だから、なぁに……?


   ……アミに、そっと言っておく。


   其れには、及ばない……自分で、言うから。


   ……其の時は、私も。


   飲んだのに……?


   ……一緒に、飲みたい。


   ……。


   ……子供、か。


   明日、お願いしてみるわ……。


   ……明日?


   鍛練を、見に行く予定だから……。


   あぁ……其れは、良い。
   マコトも、喜ぶだろう。


   ……目に浮かぶわ。


   はは、然うだなぁ……。


   ……桂花茶は?


   桂花茶は……ほんのりと香る、甘やかな花の香りが良かった。


   ……味は。


   文句無しだ。


   ……詳しく。


   渋味が無く、一口毎に、心地好い甘みが舌に残った。
   丁寧に淹れた事が、良く分かる。


   ……桂花茶は、歳星のお茶。


   あぁ、然うだ……。


   ……あの子は歳星と辰星、どちらのお茶も上手に淹れられる。


   特性を、ちゃんと理解しているのだろう……。


   ……。


   メルの感想は……?


   ……あなたと、同じ。


   む……。


   ……ふふ。


   んー……まぁ、良いか。


   ……ええ、良いの。


   ……。


   ん……。


   ……聞かせて呉れて、有難う。


   どう……日記は、書けそうかしら。


   ……あぁ、書けそうだ。


   然う……其れは、良かった。


   ……最後に、ひとつ。


   あなたが作ったおやつの事……?
   其れとも、夕食の量の事……?


   ……おやつの感想は、十分に聞かせてもらった。


   ならば……夕食の量の事ね。


   ……昨日よりは、多く食べていたと思う。


   然うね……一口分くらい、多く食べたかも知れないわ。


   ……アミも嬉しそうだったよ。


   屹度、あなたの考えた方法が良かったのね……。


   ……一口分ずつ、よそう?


   焦らされているようで……。


   ……では、暫く。


   出来れば、もう少しよそって欲しいわ……。


   ……焦らし過ぎ、か。


   あなたは、焦らす事は苦手でしょう……?


   ……たまになら。


   たまになら……ね。


   ……明日の朝ごはんは、もう少しよそおう。


   ……。


   お代わりが、出来る程度に……。


   ……ん、然うして。


   メル……。


   ……なぁに。


   日記を書き終えるまで、もう少しだけ、待っていて呉れるか……。


   ……ええ、待っていてあげるわ。


  1日





   ……ん。


   ……。


   ……んー。


   マコちゃん……?


   ……ん!


   目が、覚めたみたいね……?


   ……あたし、ねてた。


   うん……良く、眠っていたわ。


   ……ふん?


   ん、どうしたの……?


   ……においが、する。


   におい……此のお花の匂いかしら。


   んーん……ととさまの、においがする。


   とと様の……?


   このにおいは……まちがいない、ととさまのにおいだ。


   ……日向の匂い?


   ひなた……ジュピターのにおいも、まじってる。


   ……ジュピターの?


   だいちに……みずをまいたときの、におい。


   ……。


   ひなたと、だいち……。


   ……マコちゃんのお鼻は、良いお鼻ね。


   いい……?


   ……ん、とても。


   えへへ……ほめられた。


   ……ふふ。


   ととさまと、ジュピター……いっしょに、おやつをたべたんだ。


   ……マコちゃんも、一緒に?


   ととさまが、どうしてもっていうから……しょーがなく。


   ……其の前は、お話していたのでしょう?


   ん……。


   ……とと様とジュピター。


   うん……なにか、はなしてた。


   ……ふたりで、どんなお話をしていたのかしらね。


   わかんない……きこえなかったから。


   ……若しかしたら、夕食の時にお話して呉れるかも知れないわ。


   んー……どうだろ。


   ……して呉れないかしら。


   ふたりとも……なんか、しんけんなかおをしてたとおもう。


   ……真剣?


   ととさまのかお、きりっとしてた……。


   ……ジュピターも?


   ジュピターは……めが、ちょこちょこほそくなってた。


   目……瞳孔?


   こう……しゅって。


   ……お務めのお話をしていたのかしら。


   むずかしいはなし、ジュピターにもするんだろ……?


   ……うん。


   あたしたちには、しないけど……。


   ……ふたりは幼い頃から、なんでも話していたんだって。


   ちいさいころ……あたしと、アミちゃんみたいだね。


   ……うん、然うだね。


   ととさま……かかさまには、はなすのかな。


   ……ジュピターに話したのなら、かか様にも話すと思う。


   ……。


   でも、今は……。


   ……だまってたら、しかれるよ。


   しかれる……?


   しから……しかれれ……しか、られ。


   叱られる……?


   ……ん、それ。


   かか様は、叱りはしないと思うけれど……でも、然うね。
   一言か二言くらいは、言うかも知れない。


   もっと、いうとおもう……。


   ……もっと?


   ききたいと、おもうんだ……。


   ……。


   ととさまの、はなし……。


   ……重要な事、だから。


   じゅうようじゃ、なくても……。


   ……他愛無い事でも?


   だって、かかさま……だいすき、だろ。


   ……うん、とても。


   だか、ら……。


   ……聞きたい。


   ふ……。


   ……うん?


   ……。


   マコちゃん……?


   ……ぁぁぁぁぁぁぁぅ。


   ……。


   あふ……。


   ……未だ、眠たい?


   ん、へーき……。


   ……とっても大きな欠伸だった。


   あくびは、こきゅうだから……。


   ……目が、眠たそう。


   もう、ねむくない……だから、おきる。


   ……夕食まで、もう少し時間はあるわ。


   あと、どれくらい……?


   ……あと、四半刻くらい。


   しはんどき……。


   ……若しもまた眠ってしまったら、ちゃんと起こしてあげる。


   ん、ありがと……でももう、ねないよ。


   然う……分かったわ。


   よ、と……。


   ……ねぇ、マコちゃん。


   なぁに……?


   ……お腹は空いてる?


   あー……うん、ちょっとすいてる。


   ……夕食まで、我慢出来そう?


   ん、できる……がまん、する。


   ……。


   アミちゃん……?


   ……干し果物があるの。


   ほし、くだもの……?


   ……柑橘の。


   かんきつ……。


   ……取っておいたの。


   ……。


   ……良かったら、食べる?


   たべても、いいの……?


   ん……勿論。


   じゃあ、たべ……。


   ……。


   ……ない。


   え……?


   ……。


   マコちゃん……要らないの?


   ……やっぱり、いい。


   どうして……?


   それは、アミちゃんのぶんだから……ひとのぶんまで、たべちゃだめ。


   ……。


   まえに、ととさまにいわれた……だから、たべない。


   ……確かに、私の分だけれど。


   アミちゃん、たべて……。


   ……マコちゃんに、あげたいの。


   あげ……?


   ……ね、食べて?


   でも……。


   マコちゃんに、食べて欲しいの。


   ……う。


   う……?


   ……いいの?


   うん、良いの。


   じゃあ……たべ、る。


   ん……じゃあ、少しだけ待っててね。


   ……ん、まってる。


   ……。


   ねぇ、アミちゃん……。


   ……なぁに?


   ととさま、きた……?


   ……ん、マコちゃんが眠った後に。


   いつのまに……。


   ……暫く、お話していたの。


   しばらく……どれくらい?


   ……八半刻くらいかしら。


   あんまり、ながくない……。


   ……時間を作って、来て呉れたから。


   ……。


   マコちゃん……全然、目が覚めなくて。


   ……おこしてくれても、よかったよ。


   疲れているのだろうって……とと様が。


   ……べつに、いいのに。


   起こして欲しかった……?


   ……ん、おこしてほしかった。


   ごめんなさい……次は、必ず起こすわ。


   ……うん、おこして。


   ん……。


   ……。


   ……はい、どうぞ。


   ありがと……だいすき。


   ん……私も、大好きよ。


   ……へへ。


   ふふ……。


   ……あ。


   あら……。


   ……きこえた?


   ん、聞こえた……マコちゃんのお腹は、とても正直ね。


   ……あは。


   其れから……正確。


   せいかく……?


   ……頃合いになると、ちゃんとお腹が空くから。


   ころあいにならなくても、すくよ。


   ……其の為に、おやつの時間があるの。


   おやつ……。


   ……おやつの時間がないと、屹度、持たない。


   いまは、おやつのじかんじゃない……。


   ……然ういう時も、あるわ。


   そういうとき……?


   ……ね、内緒よ。


   ないしょ……。


   ……夕食の前に、干し果物を食べた事。


   おこ、れ……おこ、ら……れ。


   ……怒られる?


   かな……。


   ……怒られはしないと思うけれど、内緒にしたいの。


   ……。


   嫌……?


   ……んーん、いやじゃない。


   なら、言わないでね……。


   ……ん、ぜったいにいわない。


   ジュピターと、マーキュリーにも。


   いわない、ぜったい。


   うん……有難う。


   アミちゃんと、あたしの、ないしょ。


   ……。


   ん……なに。


   ……なんとなく、懐かしく感じたの。


   なつか……?


   ……まるで、かくれんぼをしているかのような。


   ……。


   とと様が探す役で、私達は隠れる役……。


   ……おなじばしょに、かくれたんだ。


   とと様が探しに来て……近付いて来ると、息を止めて。
   通り過ぎてしまうと、ふたりで声を抑えながら笑って……見つからなかったね、なんて言いながら。


   ……アミちゃんに、しぃってされた。


   とと様は気配に、とても敏感だから……。


   ……だから、いきをとめたんだ。


   今、思えば……とと様は屹度、気が付いていた。


   ……そうなの?


   直ぐに見つけては、楽しくないと思って……。


   ……みつけてくれても、よかった。


   今は、然う思うかも知れない……でも、あの頃だったら?


   ……あのころ。


   幼かった、あの頃……。


   ……つまらない、かも。


   でしょう……?


   ……とちゅうで、かかさまもさがしてくれるんだ。


   然う、かか様も……とと様が、なかなか見つけられないからって。


   ……それで、かかさまがみつけてくれるんだ。


   とと様は、そんなところに隠れていたのか……なんて言いながら、笑っているの。


   ……かかさま、いいにおいがした。


   うん……とても。


   ……なつかしい。


   マコちゃん……。


   ……いただきます。


   ん……。


   ……ん、おいし。


   うん……良かった。


   ……。


   全部、食べても……マコちゃん?


   ……かかさまが、つくってくれたおやつ。


   ……。


   かかさまのおやつ……ほしくだものを、つかったの。


   ……食べたい?


   たべたい……。


   ……然う。


   アミちゃんは、たべたい……?


   ……私も、食べたい。


   ……。


   体調が回復したら、お願いしてみる……?


   ……しても、いい?


   うん、良いと思う……。


   ……なら、アミちゃんとする。


   ん……じゃあ、ふたりで。


   ……ん。


   ……。


   ……はふぅ。


   ゆっくり、食べてね……干し果物は、何処にも行かないから。


   へへ……うん。


   ……。


   ……また、みんなでかくれんぼしたいな。


   かくれんぼも、お願いしてみる……?


   ……して、くれるかな。


   屹度、して呉れると思う……。


   ……なら、してみる。


   うん……。


   ……アミちゃんも、たべる?


   ううん、私は大丈夫……全部、マコちゃんにあげる。


   ……ありがと。


   どういたしまして……。


   ……ねぇ、アミちゃん。


   なぁに……マコちゃん。


   ととさまと、どんなおはなししたの……?


   ……お茶のお礼を。


   おちゃ……?


   ……マコちゃんが、おやつと一緒に持って行って呉れた。


   あー……。


   ……わざわざ、言いに来て呉れたの。


   それだけ……?


   ……あとは、マコちゃんの事。


   あたしの……?


   ……寝顔を見ていると、幼かった頃の事を思い出すと。


   む……


   ……あの頃と変わらずに、可愛いから。


   あたしはもう、おさなくないよ……。


   ……然う?


   からだだって、おっきくなったし……べんきょうだって、してる。


   ……然うね。


   だから……ねがおだって。


   ……でも、私には可愛く見えるの。


   ……。


   ごめんなさい……。


   ……しょうがないなぁ。


   うん……?


   ……みえるんじゃ、しょうがない。


   許して呉れる……?


   ……アミちゃんは、ゆるす。


   とと様は……?


   ……ととさまは。


   許さない……?


   ……しょうがないから、ゆるしてあげてもいい。


   ふ……。


   ……ととさまは、あたしのととさまだし。


   其れは、未来永劫、変わらない……。


   みらい……えいご?


   ……此の先ずっと、と言う意味。


   このさき、ずっと……。


   ……とと様とかか様は、ずっと、私達のとと様とかか様なの。


   そんなの……。


   ……当たり前だと、思う?


   ん……おもう。


   ……元服の儀を終えたら、私は大人になるわ。


   おとな……。


   ……然うしたらもう、とと様とかか様には甘えられない。


   どうして……?


   ……大人だから。


   おとなは……ととさまとかかさまに、あまえてはいけないの。


   ……私は、然う考えていた。


   た……かこ、けい?


   ……でも、違うみたい。


   ちがう……。


   ……甘えてばかりは、駄目だと思うけれど。


   たまに、いい……?


   ん……本当に困っていたら、頼っても良いと。


   ……。


   ……無理をして、追い詰められてしまう前に。


   おい、つ……。


   ……私も、とと様とかか様を支えたい。


   あたしも、ささえる……。


   ……マコちゃんも?


   アミちゃんのこと……。


   ……。


   ととさまと、かかさまも……ささえる。


   ……遠く離れても。


   ずっと……まもる。


   ……。


   そのために、もっとつよくなる……。


   ……頼ってね。


   たよ……?


   私も……マコちゃんの事、支えたいから。


   ……うん、わかった。


   ……。


   アミちゃんは、おべんきょうしてたの……?


   ……ん、していたわ。


   あたし……とちゅうで、ねちゃった。


   ……屹度、疲れていたのだと思う。


   あんまり、つかれてなかったよ……。


   ……気付かない疲れ、というものもあるの。


   きづかない、つかれ……。


   ……然ういう疲れは、とても怖いの。


   どう、こわいの……?


   ……酷くなると、躰が壊れてしまう。


   ……。


   躰だけじゃない……心も。


   ……こころ。


   マコちゃんは、未だ、大丈夫かも知れない……でも、いつ然うなるかは、誰にも分からないから。


   ……ねたほうが、いい?


   眠れるのなら……。


   ……アミちゃんは。


   私……?


   ……つかれて、ない?


   ん……大丈夫よ。


   ……きづかない、つかれは。


   今夜も、ゆっくり休むから……。


   ……ん。


   マコちゃんと……。


   ……うん、いっしょにやすも。


   ……。


   ……アミちゃん、あのね。


   そろそろ、時間かも知れない……。


   ……じかん?


   夕食の……。


   ……あ。


   食べ終わったら……。


   ……。


   ゆっくり、良く噛んで食べてね。


   ……ん。


   夕食も、逃げないから。


   ……。


   ふふ……。


   ……食べた。


   未だ、残っているけど……良いの?


   取っておいて……後で、食べる。


   ……。


   お腹、空くかもしれないから。


   ……ふふ、然うね。


   アミちゃん。


   ん、行きましょうか。


   うん、行こう。


   ……立てる?


   立てるよ……でも。


   ……え?


   ……。


   ……ぁ。


   へへ……。


   ……マコちゃん。


   お返し……。


   ……別に、良いのに。


   おでこが、熱いから……だから、お返し。


   ……。


   さぁ、行こう。


   ……うん、マコちゃん。


   今日の夕ごはん、何かなぁ。


   ……屹度、美味しいものだと思う。


   かか様、食べられるかな。


   ……多くは、食べられないかも知れないけれど。


   食べて、欲しいな。


   ……うん、少しでも多く。