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日記
2026年・8月

  16日
   13日と15日の拍手、ありがとうございます。
   とても嬉しいです。





   ……。


   ……ユゥ。


   ん……。


   ……。


   メル……目が覚めたのかい?


   ……あなたは。


   お茶の支度をしていたんだ……君が起きたら、一緒に飲もうと思って。


   ……二十八のユゥ?


   うん……?


   ……。


   二十八の、私とは……。


   ……ううん、なんでもない。


   何だろう……気になるな。


   ……大した事ではないの。


   で、あるならば……教えて欲しい。


   ……。


   ……いやかい?


   二十八という数に、心当たりはない……?


   ……なくは、ない。


   だったら……。


   ……だとしても、君の口から聞きたい。


   ふ……。


   ……だめかな。


   あなたの年齢……。


   ……。


   私の年齢でもあるけれど……。


   ……然うか、年齢か。


   分かって、いたのでしょう……?


   ……然うかも知れない、とは思っていた。


   もう……惚けて。


   ははは……。


   ……ねぇ。


   うん……?


   大した事では、なかったでしょう……?


   いいや……そんな事はないさ。


   ……然う?


   あぁ……然うだよ。


   ……然う。


   夢でも、見ていたのかい……?


   ……どうして、然う思うの?


   目が覚めて直ぐに、私の年齢を確かめたから……。


   ……。


   だから……確かめたくなる夢でも、見ていたのかと思って。


   ……寝ている間、何か。


   寝言だったら……何も。


   ……。


   ただ、穏やかな寝息だけ……。


   ……なんとも、言えない。


   なんとも……?


   ……不思議な夢。


   不思議な夢……。


   ……はっきりとは、憶えていないのだけれど。


   夢の中の私は、二十八ではなかった?


   ……二十八でも、あったわ。


   二十八でもあった、と言う事は、然うでない年齢の私も出てきたんだな。


   ……幾つだと思う?


   んー……二十六かな。


   ……どうして、然う思ったの。


   私達が契りを交わした時の年齢が二十六だったから。


   ……。


   違うかい?


   ……もっと、若い。


   若い……?


   ……多分、十代くらい。


   十代……其れは、若いな。


   ……幼さが、残っていたから。


   前半、か……?


   ……だけど、私は知らないの。


   ……。


   出逢う前の、あなたのこと……ましてや、十代前半の頃なんて。


   其の歳頃だと……未だ、王にもなっていないな。


   ……記録も、ない。


   記録に残されるようになったのは、私が王になってからだ。
   其れ以前の私の事は、私とジュピターの記憶の中にしかない。


   ……記憶。


   其の記憶さえ、もう、大分遠くなってきている……。


   歳星の王になったのは……十六の頃、だったのよね。


   あぁ、然うだよ……十六になって、半年くらいだったかな。


   ……其の頃に突然、城の者があなたとジュピターを迎えに来た。


   あの時は、確か……然う、いつも通りジュピターの腹に寄り掛かって、お茶を飲んでいたんだ。
   一息ついたら、また、食い物を探しに行こうと思っていて……そうそう、お茶と言っても出涸らしでさ。


   味も、香りも……水色すらも、薄い。


   いい加減、食べてしまっても良かったのだけれど……未だ、飲めると思って。


   ……其の頃は、何のお茶を飲んでいたの。


   あの頃は、然うだなぁ……何かの木の葉のお茶かな。


   ……何か?


   取り敢えず、毒でなければ……何でも、お茶にして飲んでいたよ。


   ……毒でないと、見分ける方法は。


   先ずはにおいを嗅いで、其れから、舌先で舐めてみる。


   ……。


   においが良くない、或いは、舌の反応が悪かったら、飲まない。


   ……誰かに、教わる事は。


   あぁ、誰かにも教わったよ……年嵩の者に聞けば、大体、間違いないんだ。
   なんせ、長く生きているから……飲んではいけないものを、ある程度は知っている。


   ……先人の知恵ね。


   うん……先人の知恵は、程良く、私を生かして呉れた。


   ……けれど、全ての者が善き者とは限らない。


   酒入りのお茶を飲まされた時は、目を回して引っ繰り返りそうになったなぁ……ジュピターが傍に居て呉れたから、事なきを得たが。


   ……威嚇して呉れたのよね。


   唸りながら、牙を剥いて……ちびではあったけれど、なかなかの迫力だったみたいだ。


   ……ころころとして可愛らしくても、龍は龍だもの。


   ちびであっても、其の力はひとのこ以上。
   おまけに、鋭い爪と牙もある。並のひとのこでは敵わぬだろう。


   ……並のひとのこで良かったと思う。


   今思えば、然うだな……。


   今、思わなくても……でしょう?


   あぁ……あいつには、何度も助けられた。


   ……あなたも、あの子を何度も助けた。


   ……。


   ……ジュピターは、私以上にあなたを。


   物心が付く前から、一緒に居たんだ。
   其れこそ、あいつがたまごの殻を割って出てくる前から。


   ……あなたはずっと、ジュピターのたまごを守っていた。


   何故かは、分からないが……然うしなければならないと、思っていた。


   ……。


   どうしてたまごを持っていたか……其れは、未だに分からないが。


   ……私、思うの。


   うん……?


   ……あなたが生まれて、暫くの間は、誰かの庇護の下に居たのだと。


   ……。


   幼子は、どうしようとも、ひとりでは生きられない……誰かに養ってもらわなければ。


   ……記憶が無いんだ。


   うん……。


   ……記録も。


   未だに、見つからない……。


   ……親が居た事には、間違いないのだろうけれど。


   此れは、ただの戯言……絵空事。


   ……うん?


   あなたは、若しかしたら……龍に育てられたのかも知れない。


   ……龍に?


   ジュピターの、母龍に……。


   ……あいつの。


   ただの、戯言……深くは、考えないで。


   ……たねの龍は、酷く凶暴で、仔を育てる事はないと言う。


   たまごを孵化させる事も……。


   ……母龍は、己のたまごの面倒は見るだろう。


   たまごと一緒に、幼子のあなたを育てたのかも知れない……。


   ……龍に、ひとのこが育てられるのだろうか。


   龍の知能は、ひとのこと同等……或いは其れ以上とも言われているわ。
   であるならば、可能かも知れない。


   ……。


   ひとのこで非ざるものが、ひとのこを育てる……そんな唄が、歳星にはあるでしょう。


   ……大分、古い唄だが。


   ひとのこで非ざるものが……若しも、龍だったら。


   ……。


   あくまでも、戯言……今だけの、絵空事。
   だから、直ぐに忘れて呉れても良い……。


   ……気が付いた時、私はひとのこの集落に居た。


   ジュピターのたまごを抱えて……。


   思えば……生きる為の知恵は、あったと思う。


   ……其れは、誰かが教えて呉れたから。


   今まで、考えた事もなかった……。


   ……考えている余裕がなかったのだと思う。


   ……。


   結局、あなたの両親については分からぬまま……。


   ……ちびの、母龍は。


   ……。


   ……もう、居ないのだろうか。


   あなたは、あの子のたまごを抱えていた……分かっている事は、其れだけ。


   ……。


   龍もまた、長く生きる存在だから……。


   ……いつか、探しに。


   其の時は、私も連れて行って呉れる……?


   あぁ、勿論だ……君も一緒でなければ、話にならない。


   ……良かった。


   メル……メルクリウス。


   ……ユピテル。


   其の戯言……或いは、絵空事。
   また、聞かせて欲しいな……今度は、ジュピターも一緒に。


   ……うん。


   ……。


   ……夢で、小さなジュピターに逢ったの。


   ころころ、していたかい……。


   ええ、していたわ……直ぐに懐いて呉れて、とても可愛らしかった。


   ……べったりだろうなぁ。


   あなたが、逢わせて呉れたのよ……。


   ……私が?


   然う、あなたが……。


   ……然うか。


   ……。


   メル……どうした?


   ……ん、なんでもない。


   大丈夫かい……?


   ん……大丈夫。


   ……もう一度、休んだ方が。


   其の前に、あなたが淹れて呉れたお茶が飲みたいわ……。


   ……。


   喉が、乾いているの……。


   ……分かった。


   ……。


   ……。


   ……お話も、続けたい。


   ん……ならば、続けよう。


   ……。


   思えば……もう、半分以上生きてしまった。


   ……半分以上?


   歳星の平均は、五十なんだ。


   ……あぁ。


   其れ以上、長く生きる者も居るが……其れよりも、ずっと短い者も居る。


   ……あなたには、長く生きて欲しいと思う。


   ひとりでは、望まないな……。


   ……ジュピターが、変わらずに居て呉れるわ。


   マーキュリーは、どうだろう……?


   ……あの子ならば、居て呉れると思う。


   では……君は?


   私は……どうかしら。


   ……君が傍に居なければ、寂しい。


   ジュピターやマーキュリーが、傍に居て呉れても……?


   ジュピターはジュピター、マーキュリーはマーキュリー……君の代わりにはならないよ。


   ……此の子も居るわ。


   ん……。


   ……成長して、自立したとしても。


   ……。


   ユゥ……。


   私が、長く生きるのならば……君も、長く生きて欲しい。


   ……。


   ……隣に、ずっと居て欲しい。


   四十……。


   ……其の数は。


   辰星の……平均。


   ……歳星よりも。


   其れ以上、長く生きる者も居るけれど……生きられない者も居る。


   ……メルは。


   可笑しなものよね……。


   ……何がだい?


   ひとのこの躰を研究して、解明されている事は多くあるのに……其の時間を延ばす事は、未だに出来ない。


   ……其れでも、延びたのだろう。


   然うね……かつては、三十だったから。


   ……三十、か。


   管理されているから、途切れる事はない……ただ、世代交代が早いだけ。


   ……長く生きる者も、居るのだろう。


   ええ……数は、多くないけれど。


   ……ならば。


   ……。


   ……メル。


   因子が、変異して……。


   ……因子?


   辰星の民は、子を生す事が出来ない躰になってきている……。


   ……其れは。


   自然受精する可能性は、限りなく低い……ううん、最早無いと言っても良い。


   ……どうして、そんな事に。


   何処かの代で、突然変異が起こり……其れを、排除せずにいた結果。


   ……辰星の民ならば、除けてしまいそうであるが。


   除けてしまうと……数を、大きく減らしてしまう。


   ……大きく?


   最初に見つかったとされる変異は、因子に影響を与えない、取るに足らないものであったと言われているけれど……故に、気付いた時にはどうしようもなくなっていた。


   ……取るに足らないものであったのに、何故、子が作れない躰に。


   変異は、一度だけではないから……。


   ……何度も、繰り返す?


   そして、複雑に折り重なって……ひとつの、大きな変異に繋がる。


   ……。


   ……報いと言えば、然う。


   報い……?


   辰星の子は人工授精を経て、人工子宮から生まれて来る……いつか、話した事。


   ……あぁ、ちゃんと憶えているよ。


   自然受精及び自然分娩は、時間と手間が兎に角掛かる……ひとつ間違えば、命だって落とすわ。
   だから……効率化する事で、其れら一切に掛かる無駄な労力を無くした。


   ……。


   性行為すらも、無駄な事だと考えられるようになったの……とは言え、無くなる事は決して無かったけれど。


   ……すれば、子は出来るだろう。


   だから、出来なくしたの……。


   ……。


   方法は色々あるけれど……薬が一番、手っ取り早かった。


   ……薬。


   卵を持つ者の、生殖機能を止める薬……。


   ……種は。


   種を止めるよりも、卵の方が容易だったの……排卵させなければ、良いだけだから。


   ……そんな薬。


   其れをずっと、服用し続けて……最終的に、子を為せない躰になった。


   ……。


   生物は、進化する……使わぬ機能ならば、次第に縮小、単純化、萎縮、時に消失してもおかしくはない。


   ……消失。


   ましてや、世代交代が早いのならば……仮令一定の数に設定されていたとしても、変異は起こり易い。


   ……。


   辰星の民はある意味、己の躰をも実験対象にしたと言える……若しかしたら、取るに足らない変異が齎す結果を見てみたかったのかも知れない。


   ……私には、分からない。


   あなたは……其れで、良いと思う。


   ……メルには、分かるのかい。


   分からなくもないわ……。


   ……。


   私は……生殖機能が生きている、つまり、自然受精が可能な個体として造られたの。


   ……理由は、聞かない。


   ん……聞かないで。


   ……。


   あぁ、あなたで良かった……。


   ……メルクリウス。


   産むのが、あなたの子で……本当に、良かった。


   ……。


   だけど、だけどねユゥ……私、本当は怖いの。


   ……うん。


   嬉しいのに……しあわせなのに、怖い。


   ……私は、何も出来ない。


   ううん、して呉れてる……今だって。


   ……抱き締めて、慰めにもならない言葉を。


   其れが、どれだけ私の力になっているか……。


   ……本当に、なれているのだろうか。


   だって、夢にまで出てきて呉れたの……。


   ……。


   ……嬉しかった。


   十代くらいの、私は……。


   ……初々しくて、可愛かったわ。


   ……。


   全て、私の想像に過ぎないのだろうけれど……其れでも。


   ……夢は、記憶を整理する為に見る。


   ……。


   いつか、君が教えて呉れた事だ……。


   ……う、ん。


   だから……私が君に話した事が、君の夢になったのかも知れない。


   ……。


   然ういう事だって、考えられる……。


   ……屹度、然うだわ。


   ……。


   有難う、ユゥ……沢山、お話を聞かせて呉れて。


   ……もっと、あるんだ。


   話したい事……?


   うん……だから、此れからも。


   ……聞かせて。


  15日





   ……。


   ……ユゥ?


   ぅ……。


   眠っているの……?


   ……ねむって、いない。


   ん……。


   ねむっては、いないが……ねむっているかも、しれない。


   ……。


   んん……。


   ……起こした方が、良い?


   おこしてくれると、たすかる……。


   ……でも、疲れているのではないの?


   つかれては、いるかもしれないが……きみのひざまくらならば、よくねむれるとおもう。


   ……。


   ひざまくら……されたい。


   残念ながら……今は無理よ。


   そうだよなぁ……ジュピターが、ねむっているもんなぁ。


   ……ジュピター?


   こら、ジュピター……メルのふとももは、わたしのだぞ……なんだ、そのかおは……とくいげに、なっているな。


   ……夢?


   メルも、そんなにあまやかさないで……あまやかすなら、わたしを……ううん、わたしも。


   ……矢張り、起こさない方が良いかも知れない。


   マーキュリー……マーキュリーも、んおっ。


   ……んお?


   ……。


   ユゥ?


   ……は、ぁ。


   目が覚めたの?


   ……びっくり、した。


   どうしたの、何があったの?


   ……マーキュリーの甲から、滑り落ちた。


   マーキュリーの……ジュピターの背からではなくて?


   ジュピターは、メルの膝の上で転がっていて……。


   ジュピターに、そんな事をされたら……流石に、潰れてしまうわ。


   ……日向ぼっこを、していたんだ。


   日向ぼっこ……?


   天気が、良かったから……マーキュリーの甲の上で、皆で。


   えと……皆とは、誰?


   私と、メル……其れから、ジュピターと、マーキュリー。


   ……ジュピターの大きさは?


   あいつの大きさは……確か。


   ……私が膝枕をしていると言う事は、今のジュピターではないと思うの。


   此れくらい……だったか。


   ……仔龍の大きさ?


   然うだ、仔龍の頃の姿だった……だからか、いつも以上にメルに甘えていたのは。
   みゅうみゅうと鳴きながら、メルにべったりで、全く離れようとしないんだ……。


   ……マーキュリーは、何をしていたの?


   じっと、していた……多分、日向ぼっこを堪能していたのだろうと思う。
   本当に良い天気で、風が穏やかで、気持ちが良くて……然う、昼寝をするにはうってつけの環境だった。


   ……私は?


   メルは……甘えるジュピターの頭を、微笑みながら撫でていた。
   其の微笑みは、優しく、甘く……まさに、心が蕩けてしまうような。


   ……あなたは?


   私は……ジュピターから、メルのふとももを取り返そうと。


   ……今の姿だったの?


   今の……?


   ジュピターが子龍の姿ならば、あなたも子供の姿になっていた……なんて事は、ない?


   ……私は。


   ……。


   此れくらい、だったかも知れない……。


   ……子供?


   ……。


   ……では、ない?


   どう考えても……子供だ。


   ……。


   ……いや、どうして。


   私には分からないわ。


   意味が分からない、どうして私が子供の頃の姿に戻っているんだ。
   ジュピターは……まぁ、少しだけ懐かしく思えたが、メルの太腿を独り占めにしていた事は納得出来ない。


   ……仔龍のジュピターは、ころころとしていた?


   あぁ、していた。
   あの頃のちびはころころとしていて、全体的に丸っこいんだ。


   ……夢の中に入れたら、見られたのに。


   メルは、今の大人の姿だった……。


   ……。


   ……どうせなら、子供の頃のメルを見てみたかった。


   仕方無いわ……子供の頃の私を、あなたは見た事がないもの。


   見た事はないが……なんとかして欲しかったと思う。


   ……夢は、脳が記憶を整理する為に見るとも言われているから。


   いっそ、私が想像した姿でも……屹度、可愛らしいに違いない。


   うん……話を聞いている限り、矢張り、疲れているのかも。


   疲れて……然うなのか。


   ……いつも以上に、良く分からない夢だもの。


   夢……悪い夢ではなかったが、然し。


   兎に角、少しお休みした方が良いかも知れないわ。


   ……。


   ねぇ、然うしましょう?


   ……メル。


   なぁに?


   ……私と一緒に、お休みして呉れるかい。


   あぁ……ん、良いわ。
   一緒にお休みしましょう。


   ……やった。


   ……。


   ん……メル?


   何処か……幼いような気する。


   ……然う、かな。


   ふむ……。


   ……え、と。


   ねぇ、ユゥ。


   な、なんだい。


   あなたの年齢は?


   ……年齢?


   然う……年齢。


   ……数え、二十八。


   本当に?


   ……本当、だけど。


   本当は、十六……いえ、十四くらいだったりしない?


   十四……では、ないよ。


   ……ないよ?


   十四では、ない。
   私は、二十八だ。


   ……私と、番の関係を結んだ年齢は?


   二十六、だけれど。


   ……間違いない?


   間違いなど、するわけがない。


   ……まぁ、然うよね。


   君も、二十六だったろう?


   ……ええ、然うよ。


   うん……矢張り、間違えるわけがない。


   ……契りを結んだ日は、今では、お祝いをする日として。


   私達の大切な日だから、ずっと、お祝いしたいと思っている。


   ……。


   メル?


   ……少し、残念。


   ざ、残念?
   な、何がだ?


   ……数え十四のあなたと、お話してみたかったの。


   え、えぇ……。


   ……でも、二十八で良かった。


   そ、然うだろう……?


   でないと……大変な事になってしまうもの。


   然うだ、大変な事になる。
   十四の頃は未だ、王にもなっていなかったから。


   ……あぁ。


   ん?


   ……王になる前だったのね。


   あぁ、王になったのは十六の時だから。


   ……。


   城に連れて来られて、先代の王と戦わされた。


   ……戦いを制したあなたは、其の日のうちに王となった。


   ジュピターが傍に居て呉れて良かったと思う。


   ……。


   城の寝台でなく、ジュピターの傍で眠る事が出来たから。


   ……寝台は、慣れていなかったのよね。


   どうにも、落ち着かなくてさ。


   ……いつも、ジュピターと眠っていたから。


   あぁ……あいつの腹を枕にして眠っていた事もあったな。


   ……柔らかいの?


   仔龍の頃は、今よりは柔らかかった。
   薄い枕より、ずっとも寝心地が良かったよ。


   ……羨ましい。


   ん。


   ……今ではもう、枕には出来ないでしょう。


   メルが頼めば、貸して呉れるとは思うが。


   ……でも、仔龍の頃とは違う。


   私の腕で良ければ、いつでも。


   有難う……。


   ……矢張り、代わりにはならないか。


   ユゥのお腹なら……なるかも。


   私の腹?


   ……でも、枕にするには少し硬いかしら。


   ならば、試してみるかい?


   ……ん。


   いや、今でなくても良いんだけど。


   ……試してみても良い?


   あぁ、良いぞ。


   だけど……疲れているのよね。


   メルの枕になれるのならば、本望だ。


   うん……そんな本望は抱かなくて良いから。


   然うかな、惚れた女の枕になれるのならば、この上なく楽しいと思うけどな。


   ……ねぇ、ユゥ。


   なんだい、メル。


   ……本当に、二十八よね?


   あぁ、本当に二十八だぞ。


   ……。


   ん?


   ……顔、少しだけで良い?


   顔?


   ……近付けてもらっても。


   ち、ちか?


   ……うん?


   そ、それって……え、えと。


   ……どうしたの?


   そ、その……い、良いのだろうか。


   ……何が?


   く……。


   ……く。


   く、くち……。


   ……軽く触れるくらいならば。


   か、軽く?


   ……深いものは、だめ。


   ふ、深い……。


   ……。


   よ、良し、分かった……な、なら、触れるだけ、の。


   ……。


   メ、メル……?


   ……未だ、夢から覚めていない?


   さ、覚めて、いると思うけど……。


   ……矢張り、何処となく幼い。


   う……。


   ……。


   あ、あの、メル……。


   ……欲求不満。


   え……。


   ……とも、考えたのだけれど。


   よ、よっきゅうふまん……?


   ……まぁ、全くないわけではないわよね。


   ふ、不満なんて。


   ……我慢させているとは、思っているの。


   ……。


   けれど、ごめんなさい……今の私では、応えられない。


   あ、謝る必要なんてない!


   ……。


   どこにも、ないんだ……メル。


   ……ない?


   ない!


   ……。


   今は何よりも、メルの躰が一番大事だ。
   だから、気にしないで欲しい。


   ……大丈夫?


   うん、大丈夫だ。


   ……ふふ。


   メルは、大丈夫かい?


   ……私?


   その、躰。


   あぁ……ん、大丈夫よ。


   ひ、貧血は?


   ……ここのところ、感じていないわ。


   そ、そっか、良かった。


   ……。


   ん……。


   ……可愛い子。


   え……え?


   ユゥ……顔を此方に。


   あ、や、でも……。


   今の、あなたならば……ううん、いつものあなたでも大丈夫だけれど。


   だい、じょうぶ……?


   ……私に、口付けを。


   え。


   ……して呉れたら、嬉しく思う。


   あ、え、や……。


   ……ふふ、反応が可愛い。


   し、しても、良いのかい……?


   ……したくないのなら、


   し、したい。


   ……ならば。


   ふ、触れるだけ……。


   ……あなたが望むのならば、深いものでも。


   えっ。


   ……そんなに驚く事?


   ご、ごめん……。


   ……若しかして、動揺しているの?


   ど、どうよう……?


   ……なんとなく、落ち着きが無いようだから。


   そ、そんなことは、な、ないよ……。


   ……然うよね。


   う、うん、そうだよ……。


   ……数え切れない程、しているもの。


   か、数え……。


   ……私と真の番になった、あの日から。


   つが、い……。


   ……ねぇ。


   メ、メル……。


   ……愛しているわ、ユゥ。


   ……っ!


   ……。


   ……。


   ……ふふ。


   メ、ル……。


   ……どうしてこんな状況になっているのかは、分からないけれど。


   う、ん……。


   ……若しかしたら、此の状況こそが夢なのかも知れないわね。


   ゆめ……?


   ……そろそろ、目が覚める頃かも知れない。


   目なら、覚めて……。


   ……あなたではなく、私の夢だったら。


   メルの、夢……?


   ……であれば、此の可笑しな展開にも納得がいく。


   ……。


   ふふ……。


   ……メル。


   多分、あなたは私が想像したあなたなのだろうと思う。


   ……うん。


   其れでも、嬉しい。


   ……あたしもだよ、メル。


   ……。


   また、逢えるかな……。


   ……夢から、覚めれば。


   其のあたしは、二十八のあたしだ……あたしじゃない。


   ……然うね。


   メル……躰を、どうか大事にして欲しい。


   ……うん、大事にするわ。


   ……。


   ね……お腹に触ってみる?


   え……でも。


   ……触ってみて?


   い、良いのかな……。


   ……ん、勿論。


   じゃ、じゃあ……少しだけ。


   ……。


   ……。


   ……そんなに慎重にならなくても、大丈夫よ。


   けど、あたし……無駄に、力が強いから。


   ……あなたの力強さは、無駄なんかではないわ。


   ……。


   無駄では、決してない。


   メル……うん。


   ……。


   ……あ。


   どう……?


   ……あったかいや。


   ふふ……然うね。


   ……此の中に、居るんだね。


   うん……。


   ……あたし達の子供が。


   あなたに、似ていると……。


   ……メルに、似ていると思う。


   つまり……私達ふたりに、似ている。


   ……。


   でしょう……?


   ……あは。


   ……。


   ……もう、目が覚める?


   然うみたい……。


   ……メルに出逢えて。


   ……。


   本当に、良かった……。


   ……私も、あなたに出逢えて。


   良かった……?


   ……心から、然う思っているわ。


   ……。


   ん……ユゥ。


   ……今は、二十八の私だ。


   ……。


   夢だから……ころころと、変わる。


   ……折角、だから。


   なんだい……?


   ……仔龍のジュピターにも。


   あはっ。


   ……逢いたかったな。


   然う言うと思って。


   ……呼んで呉れたの?


   おいで、ちび。


   ……。


   此のひとはメルクリウス、お前のもうひとりの主だよ。


   ……あぁ、ジュピター。


   さて、どうか……ん、然うだよな。


   ……ふふ、くすぐったいわ。


   全く、分かり易いな。


   ……みゅうって、鳴くのね。


   甘えている時の声だ。


   ……ふふふ、本当にころころしてる。


   可愛いかい……?


   ……ん、とても。


   だってさ……良かったな、ジュピター。


   ……みゅう。


   懐かしいな……。


   ……可愛い子。


   うん……。


   ……有難う、私に懐いて呉れて。


   まさに……一目惚れ、だ。


   ……あなたに良く似ている。


   好みまで、似ているなんてなぁ……。


   ふふ……ふふ。


   ……。


   ……ユゥ、ジュピター。


   なんだい……メル。


   ……来て呉れて、有難う。


   君さえ良ければ……いつでも、逢いに来るよ。


   ……うん。


  14日





   ……亀と魚。


   ……。


   魚は喰われ、亀は穴に籠る……魚は命を絶たれ、亀は生きる……穴の中で、其れとも、穴の外で。


   ……。


   魚には、子は居たのだろうか……居たのならば、何故、喰われるような事を……いや、競争などせずとも、喰われていたのかも知れない。
   大きな魚とて、生きなければならぬ……生きる為には、喰わなければならぬ……喰う為には、殺さなければならぬ。
   然うしていつかは、大きな魚もまた、喰われてしまうのだろう……例えば、腹を空かしたひとのこや、龍などに。


   ……。


   生まれては、死に……殺しては、生きる。其れは、生きている者の定めとも言える……が、其れもまた、全てではない。
   菜っ葉は、喰う為に……生きる為に、何かを殺すか……いや、殺さぬ……菜っ葉の糧は、光と水……殺して喰わずとも、菜っ葉は生きていける。


   ……但し、他生物の死を糧にしていないとは決して言えない。


   然し、亀は穴の中で何を思ったのか……魚が喰われた事は、知っていたのだろうか……其れとも、喰われる事を知っていたのだろうか。
   初めから、穴に籠るつもりだったのだろうか……途中で、競争する気が失せたのだろうか……どうして、そんな勝負を受けたのだろうか。


   ……。


   そもそも競争する事に意味などあったのだろうか……魚が何故、亀に競争を持ち掛けたのか……いや、若しかしたら、亀が持ち掛けたのかも知れぬ。
   競争などせずに、共に歩けば……亀も魚共々喰われていたかも知れぬが、互いに協力していれば……或いは喰われずに、其のままゆけたかも知れぬ。
   魚は先にゆかず、亀と歩みを共にしていれば……若しくは、亀と共に穴に籠もっていれば、喰われずに済んだかも知れぬ。


   ……けれど、大きな魚は飢えて死ぬかも知れない。


   古代の民は何を思い、何を考え、此の話を書いたのだろうか……意味の無い話など、ただの戯言か……若しくは、暇潰しか。
   意味は、時が流れるにつれて、忘れ去られてしまったのだろうか……若しかしたら、当時を生きていた者達は、此の話を理解していたのかも知れぬ。
   わざわざ、其の意味を口で伝えずとも……読めば、当たり前のように見い出していたのかも知れぬ。


   ……。


   知れぬばかりで、何も分からぬ……分かっている事は、今でも此の話は生きている……誰かが読む事によって、其の者の中で生きている。
   私は読んではいないが、メルを通じて……けれど、いつかは読んでみたいと……ただ、古語だから読めるかどうか。


   ……あなたならば、屹度、読めるわ。


   亀と魚……片方は喰われ、片方は穴に籠る……競争とは、何だったのか。
   生まれて、死んで……殺して、生きる……其れはある意味、競争とも言えるのだろうか。


   ……生存競争。


   生きる事に、意味などあるのだろうか……生まれたからには、生きる……ただ、其れだけなのだろうか。


   ……あなたの、生きる意味は。


   私には、ある……。


   ……


   メル、私達の子、ジュピターとマーキュリー……皆の存在が、私の生きる意味。


   ……理由、ではなく?


   理由、でもある……。


   ……其れは果たして、意味と言えるの。


   言える……少なくとも、私にとっては。


   ……あなたにとって、生きる意味とは。


   大切な者達と……共に生きたいと、願う事。


   ……然う。


   はぁ……。


   ……ユゥ。


   矢張り、此の話には意味など無いのかも知れぬ……。
   無いのかも知れぬが……矢張り、あるかも知れぬ。


   ……。


   取り敢えず、分かった事は……。


   ……事は?


   うおが、無性に食いたくなってきた……。


   ……ふ。


   うおでなくても良い……小腹を満たすのに、何か食べたい。


   ……お豆しかないけれど、食べる?


   豆……。


   ……炒り豆だけれど。


   ……。


   ……要らない?


   食べても、良いかい……?


   ……勿論。


   メルの分は……。


   ……ふたりで、食べましょう?


   あぁ……。


   ……さぁ、どうぞ。


   有難う、メル……。


   ふふ……どういたしまして。


   ……はぁ。


   余程、みたいね。


   考えると、腹が減るんだよなぁ。


   ……思考する事もまた、力を使う事だから。


   躰は、動かしていないのに。


   ……躰は動かしていないけれど。


   ん……。


   ……此処は動かしている。


   頭……。


   ……ひとのこは、然ういう風に出来ているの。


   然ういう風に……出来ているのは、ひとのこだけなのだろうか?


   ……ひとのこだけとは言い切れない、龍も賢い生き物だから。


   ジュピターは……まぁ、分かる。


   うん。


   マーキュリーも、だろう?


   あの子は分からないわ、いつも淡々としているから。


   でも、良く食べる日が時々ある。


   であるならば、然うなのかも知れない。


   ……。


   なぁに?


   ん、なんでもないよ。


   何か言いたそうな顔をしているけれど。


   気のせいではないかな。


   気のせい、ね。


   然う、気のせい。


   ……。


   マーキュリーと言えば。


   ……なに?


   鳥も頭を使えば、腹が減るのだろうか。


   ……鳥?


   なんとなく。


   ……まぁ、良いけれど。


   うん。


   鳥も認知能力を持っているから、若しかしたら、思考する事で空腹を感じる事もあるかも知れないわ。


   鳥は普段、何を考えているのだろう。


   先ずは……食べる事かしら。


   ん、確かに……其れは、大事だ。


   鳥にも様々な種が居るから、一概には言えないけれど。


   飛ぶだけでなく、言葉を話す鳥も居るのだろう?


   ひとのこの言葉を覚えて、繰り返すそうよ。
   例えば、日々の挨拶。ちゃんと返して呉れるんですって。


   ……話したら、食えないかも知れない。


   ふ。


   ……挨拶なんてされたら、食べ辛い。


   ふふ……然うね。


   ……だが、食える鳥ならば食う。


   歳星では、鳥は大事な食糧だものね。


   ……鳥は、どれも、美味い。


   ユゥ。


   ……ん。


   取り敢えず、鳥の事は横に置いておきましょう?


   ……。


   食べたくなってしまうだろうから。


   ……焼き鳥。


   だから、置いておきましょう?


   ……うん、然うする。


   うん。


   然し……頭とは、なかなか力を使う場所なのだなぁ。


   ……頭には頭を、脳には脳を。


   うん?


   ……同物同治。


   ……。


   ……あなたは、どう?


   私は……食えなくも、ないが。


   ……私は、ちょっと。


   メルが食わぬのならば、私も食わぬ。


   ……お酒のお供に、丁度良いらしいわ。


   酒……?


   ……他にも、精巣や卵巣。


   せいそう……。


   魚の精巣は白子、と呼ばれているみたい。


   ……たねだけを、食うのか。


   珍味として、扱われているそうよ。


   ……太白、だな。


   然う、太白。


   らしいと言えば、らしいが……同物同治の考えによるものではなさそうだ。


   ……。


   メル?


   ……夜のお供にも、なるそうだから。


   夜……?


   ……夜の精力。


   あぁ、然う言う事か。


   ……ある意味、然うなのかも知れない。


   詳しくは、聞かないが……然うなんだろうな。


   ……。


   メル……頬が。


   ……気のせい。


   ん……。


   ……彼の星では、生きる上で必ずやるべき事のひとつだと。


   ……。


   ……お酒に合うものを探す事。


   あ、あぁ……そっちか。


   ……。


   なんだったら、生きる意味でもありそうだな。


   ……お酒って、そんなに大事なものなのかしら。


   まぁ、好きな者にとっては……なくてはならぬもの、なのだろう。


   ……。


   メル……大丈夫かい?


   ……言わなければ、良かった。


   ……。


   ……はぁ。


   え、と……メル?


   ……食べてみたいなんて、言わないでね。


   言わないよ、そんな事は。


   ……。


   精力をつけるのならば、


   ユゥ。


   あ、うん。


   ……。


   んー……。


   ……ところで。


   な、なんだい……?


   ……お豆と一緒に、お茶も如何。


   あ、あぁ……是非とも。
   実は、先刻から気になっていたんだ。


   ……久しぶりに淹れるから、味は分からないけれど。


   こんなに好い香りがするんだ……味だって、美味しいに決まっている。


   ……香りだけかも。


   いいや、味も美味しい……。


   ……仮令、美味しくなくても。


   美味しくなければ、はっきり言おう……。


   ……ん、ちゃんと言って。


   うん……約束する。


   ……。


   ……メル。


   もう少し、待ってね……。


   ……幾らでも、待つ。


   そんなには、待たせないわ……。


   そんな事を言っている間にも……益々、好い香りがしてきた。


   ね……なんのお茶か、分かる?


   ん、然うだな……。


   ……。


   此の爽やかな香りは、柑橘のものだろう……だから、柑橘の皮が入っているお茶だと思う。


   ……正解。


   お……。


   ……焙じた葉に、乾燥させた柑橘の皮を加えたの。


   其れならば……美味しくないわけがない。


   ……あまり、過信しないで?


   メルの腕前は、良ぉく知っている……。


   ……失敗する事だって、あるの。


   失敗……?


   ……私だって、ひとのこだもの。


   ……。


   ……もう、ちゃんと聞いている?


   あぁ、聞いているよ……。


   ……どうだか。


   なぁ、メル……。


   ……なぁに。


   ……。


   ユゥ……?


   ……お腹の子の。


   ……。


   ……名前を、そろそろ決めた方が良いだろうか。


   あなたが、決めたいのならば……私は、構わないわ。


   私は……もう少し、考えたいと思っている。


   ならば、もう少し考えましょう……。


   ……。


   ……時間は、未だあるから。


   ん……分かった。


   ……ジュピターにも、聞かないと。


   聞いてはいるんだが……なかなか、難しい。


   ……どうぞ、ユゥ。


   あぁ……有難う、メル。


   お豆は……未だ、食べていない?


   折角だから、お茶と一緒に食べようと思ったんだ。


   ……然う。


   ……。


   ……良かったら、お先に。


   出来れば、待っていたい。


   ……。


   ……待っていない方が、良いかい?


   ううん、大丈夫……直ぐだから。


   ……では、待ってる。


   ……。


   ……。


   ……お待たせ。


   ん……では、頂きます。


   ……はい、どうぞ。


   ……。


   ……。


   ……うん、美味しいなぁ。


   本当に、美味しい……?


   あぁ……本当に美味しいよ。


   ……あなたは、いつだって然う言って呉れるから。


   約束したろう……美味しくなかったら、はっきり言うと。


   ……。


   はぁ……腹に染み入る。


   ……ねぇ。


   ん……?


   ずっと、考えているのだけれど……名前は矢張り、歳星の言葉からが良いと思うの。


   辰星の言葉では、嫌かい……?


   ……嫌ではないけれど、歳星の言葉が良いの。


   然うか……。


   ……響きが、柔らかいから。


   私には、分からないが……君が言うのならば、然うなのだろう。


   ……あなたは、辰星の言葉からの方が良い?


   私は……然うだな、辰星の言葉でも良いと思っている。


   ……。


   古い言葉も教わっているところだし……古語にも、良い響きの言葉はあるだろう?


   ……あるかも知れない。


   私は……アミ、という言葉の響きが好きだ。


   ……。


   言葉の意味も。


   ……聡明、或いは、明哲。


   君のように、何事にも興味を持って賢きひとになるように。


   ……。


   候補のひとつにしても、良いかな。


   ……ん、あなたが望むなら。


   うん……有難う。


   ……。


   ……ん、豆も美味しい。


   あなたの、ような。


   ……うん?


   優しくて大らかで、柔軟なひとになるよう……。


   ……。


   歳星の古語から……マコト。


   ……マコトか。


   ……。


   うん……良い名だと思う。


   ……候補のひとつに。


   ん、君が望むのなら。


   ……。


   ……いっその事、生まれて来てから決めても良いかも知れない。


   顔を見てから、と言う事……?


   ……うん。


   ……。


   候補は、幾つか決めておいて……。


   ……顔を見て、どれも違うと思ったら、考え直す?


   其れも、ありだ……。


   ……若しも、なかなか決まらなかったら。


   其の時は……まぁ、ゆっくり決めれば良い。


   ……。


   此の星では、一ヶ月くらいは「可愛い子」で通じるから。


   ……大らか。


   のんびり、とも言うが。


   ……でも、良いと思う。


   ……。


   ……ん。


   うん、どうした……?


   ……楽しみだと、言っているのかも。


   ……。


   ……聞いてみる?


   良いかい……?


   ……勿論。


   うん……。


   ……。


   ……名前、楽しみかい?


   ……。


   皆で、色々考えているから……。


   ……。


   んー…………。


   ……。


   ……反応、しない。


   ふふ……残念。


  13日





   はぁ……矢っ張り、難しいな。


   何処が、難しく感じる?


   単語もだけれど、文法も少し違うだろう?


   然うね、少しだけ違うわ。


   動詞が自分に帰って来る、という辺りが良く分からない。


   再帰動詞は動作する者と、動作を受ける者が同じになる場合に使うの。


   動作する者……動作を受ける者?


   例えば、あなたは手を洗う。


   うん。


   手を洗うのは、あなたよね?


   うん、私だ。


   洗われるのは誰の手?


   うん?


   此の場合、あなたは誰の手を洗うの?


   えと……私の手だ。


   然うよね。


   う、うん。


   つまり、自分の動作が自分に帰って来ている。再帰動詞の場合、他の者に向かう……ううん、帰る事はないの。
   出発点が自分ならば、目的地も自分。此れは二人称或いは三人称に関しても同じ。あなたが手を洗うと言えば、あなたはあなたの手を洗うという意味になる。


   あー……。


   再帰動詞がないと、自分ではなく、誰かの手を洗ってあげる事になってしまうの。


   ……どうして、然う考えるのかが分からない。


   先刻の例文で言うと、あなたは誰かの手を……若しかしたら、私の手を洗っているのかも知れない。


   ……メルの手なら、喜んで。


   有難う、だけど今は然ういう話をしているわけではないの。


   ……はい。


   再帰動詞は、あまり難しく考えなくても良いわ。


   ……あの、メル。


   なぁに、ユゥ。


   私が私の手を洗うのなら、わざわざ、其の……なんとかだいめいし?


   再帰代名詞。


   ……は、要らないのではないか?


   無いと意味が変わってしまう事は説明したけれど……何故、然う思うの?


   いや……私は、無くても分かるから。


   然うよね、今の私達ならば分かる。
   自分を主体にして考える事は、今では当たり前の事になっているから。


   ……主体。


   だから、辰星の現代語にはほとんど残っていないの。
   私は手を洗う、主体的に考えれば其れだけで事が足りるから。


   どうして昔はそんな面倒……手間が掛かる言葉を。


   言語学者曰く、何故ならば、己の行動を客観視する事を好んでいたから。


   ……きゃっかんし。


   辰星の民は今でも、物事を客観的に捉えて考える事を好むけれど、言葉の形に関しては然うではなかった。


   ……歳星の言葉も、主体的に考えていると思う。


   歳星の言葉も主体的であるから、民達も主体的に考える事が多いわ。


   然う、考えると……矢張り、私には難しい。


   逆に、こう考えてみて?


   ……逆?


   主体的に考える事が難しいと感じる民も居る。


   ……。


   恐らく、古代辰星の民は然うであろうと。


   あぁ……逆に考えると、然うなるのか。
   いや、でも、辰星の民ならばすんなり分かってしまいそうだ。


   其れがね、感覚って思うよりも厄介なものなのよ。
   頭では理解していても、感覚が理解を阻害してくるから。


   ……。


   ユゥ?


   ……ごめん、難しい。


   取り敢えず、再帰動詞については難しく考えない。
   法則さえ掴んでしまえば、然程難しいものではないから。


   うん、分かった。
   取り敢えず、難しく考えない。


   あなたの感覚は柔軟だから、慣れてしまえば何でもなくなると思うわ。


   然うかな。


   私は、然う思う。


   メルが然う思うのなら……あたしも、然う思おう。


   では、今日は此処までしましょうか。


   うん、有難う。


   此方こそ、有難う。
   とても楽しかった。


   はは、其れは何よりだ。


   誰かと学びを共有する事が、こんなにも楽しい事だなんて。


   其の誰がか私で、とても嬉しく思う。


   ……。


   メル……?


   ……私の番があなたで、本当に。


   ……。


   ごめんなさい……お茶にしましょうか。


   ……別に、構わないのにな。


   ううん……私が構うの。


   ……然うか、ではまた後で。


   待っていて、直ぐに用意をするから。


   いや、私が淹れよう。


   今日こそは、私が……と、思っていたのだけれど。


   メルのお茶も飲みたいけれど、今日は私に。


   ……今日も?


   あぁ、今日も。


   ……。


   だめかい?


   ううん……其れじゃあ、お願い。


   お任せあれ。


   ……。


   なんて。


   ……ふふ、ユゥったら。


   ははは。


   ……。


   ゆっくりしていて。


   ……ん、有難う。


   さて、今日のお茶はと。


   ……ねぇ、ユゥ。


   なんだい。


   ……話し掛けても、大丈夫?


   勿論、大丈夫さ。
   寧ろ、話し掛けて欲しい。


   ……古語で?


   んー……別に構わないけれど、返事は出来ないかな。


   ……冗談。


   冗談?


   ……いつかあなたと話せたら、とは、思っているけれど。


   頑張るよ。


   ……。


   初めは、日常会話が出来るくらいに。


   ……うん。


   其れで、話したい事はなんだい?


   ……あのね。


   ん。


   ……辰星に居る頃、古語で書かれた書物も沢山読んだの。


   例えば、どんな書物を……?


   ……亀と魚のお話。


   亀と、魚……?


   ……歳星では、魚はうおと言うのよね。


   あぁ、うおだ……うおは鳥と同じように、焼いても、煮ても、美味い。


   ……ジュピターも好き。


   あいつは頭から丸ごと食べるんだ。骨までも、噛み砕いて。
   慣れぬうちは、喉に刺さってしまわないか心配したよ。


   骨にも、栄養素は含まれているから。


   其の栄養素は、骨を強くして呉れるのだろう?


   ええ。


   骨を食べる事で骨が強くなるのならば、其れに越した事はない。


   此れは、螢惑の養生訓のひとつなのだけれど。


   ん、螢惑?


   同物同治、という考え方があるの。


   どうぶつ、どうち?


   躰の中の不調な部分を治すには、同じ部位を食べるのが良い、と言う考え方。


   ……。


   肝臓が悪いのならば肝臓を、心臓が悪いのならば心臓を、胃が悪いのならば胃を。
   同じ部位を食べる事で回復に役立つと、螢惑では考えられているの。


   であるならば、骨が悪ければ骨を食べるのか?


   骨を折った時は、砕いた骨を煎じて飲むらしいわ。


   はぁ……歳星では、聞いた事がないな。


   歳星の民の場合は、肉を食べて治そうとする。


   肉は力の源だからな。
   勿論、菜っ葉も良い。


   だからと言って、食べ過ぎてはいけないわ。
   過剰摂取をする事で、寧ろ、悪化してしまう場合もあるから。


   うん、然うだな。
   何事も、程々だ。


   うん。


   其れで、其の……どうち、どうげん?


   同物同治。


   ……其れは、効くのかい?


   科学的に効果があるかと問われたら、場合によるとしか言えないわ。


   場合?


   臓器が有益な成分を含んでいるのは事実だけれど、其れが直接的な治療効果に繋がるとは限らないの。
   先刻も言った通り、過剰摂取をする事で悪化してしまう場合もあるから、過信するべきではないわ。


   けれど、螢惑の民は信じているのだな。


   心理的な作用が強いのだと思う。


   心理的?


   其れを摂取すれば良くなる、と。


   あぁ……其れは、分からないでもないな。


   歳星の民が、お肉や菜っ葉を食べれば元気になる、と考えるように。
   螢惑の民は、同じ部位を食べれば元気になる、と考えている。


   ……辰星の民は?


   あくまでも、場合による。


   ……因みに、太白の民は


   お酒を飲む事でなるようになる、と、考える傾向が強い。


   ……酒?


   曰く、百薬の長。


   ……ひゃく、やく。


   百の薬よりも効果があるという考え方。


   ……とは言え、体調不良の時に飲み過ぎは駄目ではないか。


   論外。


   ……だよなぁ。


   お酒はあくまでも適量の範囲ならば、と考える者も居れば、一滴も飲むべきではないと考える者も居る。


   其れは……辰星?


   曰く、理屈ばかりで面白みがない。


   其れは、太白が言いそうだな。


   あなたにとって、お酒は。


   私にとっては、たまに飲むものだな。
   私はお茶の方が良い、特に君と飲むお茶は格別だ。


   ふふ、然う。


   然し、面白いものだ。


   然う思って呉れる?


   あぁ、思うよ。


   ふふ、嬉しいわ。


   ……可愛いな。


   なぁに?


   あー……骨を食べると骨が強くなるのは、同物同治と言えるのではないか?


   然うね、言えなくはないわ。


   私も食べてみるかなぁ。


   ジュピターのように?


   あいつのようには……流石に無理かな。


   小さなうおならば、良く煮れば食べられなくもないわ。


   んー……。


   ……ユゥ?


   お腹の子にも、良いかい?


   ……ええ、良いわ。


   良し、今度は甘辛く煮たうおを作ってみようかな。


   ……甘辛煮?


   骨まで食べるのならば、甘辛煮が良い。


   ……美味しそうね。


   美味しく作ろう、だから、楽しみにしていて欲しい。


   ……うん。


   ……。


   ん……。


   ……今日は顔色が良い。


   皆が……特にあなたが、大事にして呉れるから。


   ……良かった。


   ねぇ、ユゥ。


   ……なんだい?


   ジュピターはうおを頭から丸ごと食べていて、大丈夫だった?


   ……骨?


   ん……食べる前は、良く噛むように言っていたのでしょう?


   あぁ、言っていた。だが、いつも惚けたような声を出すんだ。
   まるで、こんなものは何でもない、お前は食えないのか、と言わんばかりに。


   ……ふふ、想像がつくわ。


   全く……此方は万が一の事を心配して、言っていると言うのに。


   じゃあ、一度も刺さる事はなかったのね。


   其れが……一度だけ。


   ……あったの?


   あいつから見れば、小さな骨が喉に刺さっていた。


   ジュピターから見れば……と、いう事は。


   あの大きさの骨が私達の喉に刺さったら、とんでもない事になる。


   ……其処まで大きいと、口の中に入れる前に取り去るわね。


   魚を食べた後、ずっと低い声で唸っていたんだ。


   ……低い声。


   あいつが低い声で唸る時は決まって、警戒している時か……。


   ……痛みを堪えている時。


   其れも、どうにも我慢出来ない時だ。
   分かり易くて良いが、其の分、重大さが増す。


   ……うお以外の食べ物は。


   全く食べようとしなくなった。


   ……。


   食い物が未だ残っていると言うのに、全く食べないのはおかしい。
   此れは間違いなく何かあったと思い、声を掛けたが、唸るだけで目も合わせようとしない。


   ……口も開けて呉れなかったの?


   だから、開けさせた。


   ……素直に、開けて呉れた?


   観念したかのように、開けて呉れたよ。


   然う……良かった。


   口の中全体を見回して、然うして、あいつの喉……正しく言えば、舌の根に刺さっている骨を見つけた。


   どう対処したの?


   取り敢えず、水を飲ませた。


   ……飲んで呉れた?


   渋々だったけれど。


   其れで、取れた?


   一度では取れなかったから、何度か飲ませて。


   取れたのね。


   あぁ、なんとか取れた。


   ふふ、良かったわ。


   あぁ、本当に良かったよ。


   取れなかったから、直接、取ってあげなければいけない事態になっていたかも知れない。


   私も其れを考えた。が、失敗したら余計に傷付けてしまう事になるだろう。
   だから、水で流す事が出来て、心から良かったと今でも思う。


   ……。


   ん?


   ……あなたは矢張り、優しいひと。


   ん。


   ……ふふ。


   メル……。


   ……あの子は、煮たうおは食べるの?


   あぁ……食べるよ。


   ……丸ごと?


   然う、丸ごと……しかも、でかいうおでなければ物足りない。
   故に……なかなか、手間と時間が掛かる。


   ならば……早い時間から取り掛からないと、間に合わないわね。


   あいつと一緒に食べるとなると、半日は必要になるだろうな。


   ……良ければ、手を貸すわ。


   ん、其れは有り難い……。


   ……ん、ユゥ。


   此の子に、呼ばれたような気がした……。


   ……もぅ、本当に唐突なのだから。


   はは……。


   ……私、あなたが煮て呉れたうおが好き。


   うん……良く、知っている。


   ……でもね。


   でも……?


   ……辰星に居た頃は、生でも食べていたの。


   生で……?


   ……お刺身、と、言うのだけれど。


   おさしみ……。


   ……醤をつけて、食べるの。


   生……。


   ……生でも、美味しいものよ。


   然うなのか……けど、お腹を壊す事はなかったのか?


   ん……私はなかったわ。


   私は……と、いう事は。


   ……時々、ね。


   あぁ……。


   ……生のうおは、少し難しい?


   いや……メルが好きならば、是非とも試してみたい。


   ……生のうおを熱い出汁に潜らせてから、たれをつけて食べる。


   ん……。


   ……そんな食べ方もあるけれど。


   其れは……いや、其れも美味しそうだな。


   ……ふふ。


   ……。


   あなたは、出汁に潜らせた方が良さそうね……。


   ……メルは、其の食べ方も好きかい?


   ええ……其れも、好きよ。


   ……ならば、食べてみたいな。


   いつかまた、食べられるような事があれば……。


   ふたり……いや、三人で食べたい。


   ……三人?


   だって、然うだろう……?


   ……ジュピターとマーキュリーが居ないのは寂しいわ。


   ジュピターは食えなくもないが、マーキュリーは生のうおは食べられるのかい……?


   ……食べられないから、あなたが作った菜っ葉を。


   分かった……新鮮なものをたんと、用意しておこう。


   ……菜っ葉と一緒に食べても美味しいわ。


   ならば、菜っ葉も一緒に。


   ……うん。


   歳星のうおで、生で食べられるやつが居れば良いのだが……。


   ……居るとは思うけれど、捌くとなると難しいかも知れない。


   ふむ……。


   ……私が捌ければ良かったのだけれど。


   良し、辰星の民に習おう。


   ……え。


   先ずは、姉姫殿に聞いてみる。


   ……姉姫様は捌けないと思うわ。


   側仕えに、ひとりくらいは居るだろう。


   ……。


   ん……メル?


   ……其の時は、私も一緒に習うわ。


   然うか、ならば一緒に習おう。


   ……。


   メル?


   ……ううん、なんでもない。


   然うか?


   ……うん、然うなの。


   然うか。


   ……楽しみね。


   あぁ、楽しみだ。


   ……。


   ところで、メル。


   ……なぁに?


   亀と魚の話とは、どんなお話なんだい?


   あぁ……水の中で、亀と魚が競争するの。


   競争……どちらが勝ったんだい?


   此のお話には、勝者は居ないの。


   居ない……其れは、どうして。


   魚は、大きな魚に食べられてしまって……亀は、穴に籠って出て来なくなってしまうから。


   ……。


   競争が始まると、魚は亀の先を泳ぎ、亀は魚の後ろを歩いてついてゆくの。


   歩く……亀は、泳げるのだろう?


   泳げるのだけれど……其のお話の亀は何故か、泳ごうとはしなかった。


   ……競争であるにも関わらず。


   そして魚は食べられ、亀は穴に籠る。


   ……まさか、其れで終わり?


   ね、良く分からないお話でしょう?


   ……ん、良く分からない。


   つまり、意味が無いの。


   ……え。


   意味が分からないお話、とも。


   ……。


   然ういうお話なの。


   ……全く、無い?


   無い、と、されている。


   ……え、と。


   意味が無いとしても、なんとなく、考えたくなるでしょう?


   ……なる、とても。


   其れが狙いなのだと思う。


   ……。


   考える事で、古代辰星の民の考え方が、垣間見えるようになるかも知れない。


   ……はぁ。


   今の辰星の民には、無駄な手間と時間かも知れないけれどね。


   ……私は、面白いな。


   面白い?


   ……うん、面白い。


   ふふ……然う。


   少し、考えてみようかな。


   ん……良いと思う。


  12日





   ……。


   ~~~~~♪


   ……何度、聴いても。


   ~~~~♪


   ……矢っ張り、きれいだ。


   Ηαλ μορενuν δαλ .......


   ……ん。


   quηερεμον.......


   ……。


   Τuρbα ςενδο Kαλ'ρη νεν δελτορ.......


   ……聞いた事、ない。


   Cuεςτε kηταρ iο δερεbα.......


   ……。


   Νορηλ μεη νο μαλε λuνα.......


   ……や、でも。


   ん……なぁに?


   ……。


   ユゥ?


   君の歌声は、とてもきれいで……心に、染み入ると。


   ……歌は。


   歌は……何処か儚く、物寂しげに聞こえた。


   ……然う。


   故に……美しい歌だと思う。


   ……。


   済まない……止めてしまって。


   ……ううん。


   ……。


   丁度、歌い終わったから……。


   ……然うなのかい?


   ん……。


   ……もう一度、始めから歌って欲しいと。


   あなたが、望んで呉れるのなら……。


   ……望む。


   然う……分かったわ。


   ……あぁ、でも。


   うん……?


   歌う前に一度、喉を潤した方が良いと思う。
   乾きを感じていなくても、乾いている事はあるから。


   ……お願いしても、良い?


   勿論さ。


   ……ん、有難う。


   私こそ、素敵な歌を有難う。


   ……。


   もう、用意は出来ているんだ……。


   ……好い香り。


   どうぞ、メル……熱いから、気を付けて。


   ……うん。


   どれ、私も。


   ……ふぅ。


   ん……ジュピター?


   ……うん?


   ……。


   ……ジュピターが、どうしたの?


   どうやら、眠っているみたいだ。


   ……眠って?


   寝息が聞こえる。


   ……目を瞑っているだけだと。


   初めのうちは、然うだったのだろう。


   ……。


   メルの歌が、余程心地好かったんだろうな……気持ちは分かる。


   ……ジュピター。


   まぁ、今は寝かせておいてやろう。


   ……然うね。


   ……。


   ……。


   ……ふ。


   なぁに……?


   いや……こうしていると、仔龍の頃を思い出すなぁと。


   ……仔龍。


   躰はでかくなったが……寝顔は、変わらない。


   ……ねぇ、ユゥ。


   なんだい……?


   ……ジュピターが仔龍だった頃のお話を、もう一度聞かせて。


   ……。


   ごめんなさい……もう、何度も聞いているのに。


   ……いいや、構わないよ。


   ……。


   同じ話をしてしまうかも知れないけれど……其れでも、良いかい?


   ……其れでも、聞きたい。


   ん、分かった。


   ……。


   仔龍の頃のジュピターは、兎に角、良く食った。
   私の分まで食おうとするから、何度、喧嘩になった事か。


   ……ふふ。


   其れから、好奇心が旺盛だったと思う。


   ……どんな事に、好奇心を抱いたの?


   然うだなぁ……色々あるが。


   ……今は、ひとつだけ教えて。


   ひとつだけ、か……では、うがいをしている私。


   ……うがいをしているあなた?


   此れは、初めて聞く話だろう?


   ……ええ、初めてだわ。


   龍はうがいをしないから、物珍しかったらしい。
   私がうがいをしていると、兎に角、真似ようとするんだ。


   ……うがいの仕種を?


   いや、うがいをする音。


   ……音。


   鳴き声で真似ようとするのだが、どうやっても同じ音にはならない。


   ……水を含んでいないとあの音は出ない。


   然う言っても、何度もやらされたよ。
   其れこそ、あいつが満足するまで。


   ……うがいは、しなかったの?


   うがいの動作が出来なかったんだ。


   ……試したのね。


   あぁ、何度もやらされたから、いっその事、お前もやってみろと。


   ……。


   其れで、口に水を含ませようとしたのだけど……。


   ……其のまま、飲んでしまった。


   水は飲み込むのではなく、喉をすすいでから吐き出すんだと言っても、直ぐに飲んでしまって。


   ……まぁ、然うよね。


   何度試しても飲んでしまうから、此れは駄目だと、諦めた。


   ……ジュピターは、満足した?


   其の時は、私が何度かうがいをして漸く。


   ……其の好奇心はどれくらい続いたの?


   大体、半年くらいかな。


   ……あぁ。


   うがいをする度にだったから、大変だった。
   其れこそ、暫くはうがいをしたくなくなる程に。


   ……其れは、大変だと思う。


   直ぐに飽きて呉れれば良いんだが……あいつはちびの頃から、なかなか飽きない性分で。


   ……凝り性なのかも知れないわ。


   おかげで、今でもメルに興味津々だ。


   ……私も、同じ。


   私よりもか?


   ……比べられません。


   む。


   ……ふふ。


   正直な事を言えば。


   ……。


   ジュピターが……メルに懐いて呉れて、良かったと思っている。


   ……ユゥ。


   まぁ、甘え過ぎだとは思うが。


   ……あなたに似ているの。


   ……。


   あなたも……甘えただもの。


   ……甘えるのは、メルにだけだ。


   ん……。


   ……だから、ジュピターにだって譲れない。


   ……。


   はは……。


   ……もぅ。


   ……。


   ……ねぇ、ユゥ。


   うん……?


   ……ユゥは、子供の頃からうがいをしていたのね。


   意外かい?


   ……意外では、ないけれど。


   其の顔は、意外だと思っているな?


   ……ごめんなさい。


   此れでも、ちゃんとしていたんだ。
   喉が痛くなるのは、嫌だったからね。


   ……嫌よね、喉の痛みって。


   メルも、痛くなった事があるのかい?


   ……私も、何度かあるわ。


   其れは、意外だな?


   ……私だって、ひとのこだもの。


   はは、其れは然うだ。


   ……喉が痛む時は、喉飴を作って舐めていたわ。


   のどあめ……?


   ……お砂糖の飴に、痛みが和らぐ成分を混ぜるの。


   ……。


   薬用ではあるけれど、甘いから子供でも摂取し易いの。
   但し、一日に摂取して良い回数は制限されているけれどね。


   のどあめ……其れは、良いなぁ。


   あなたが若しも、喉が痛くなるような事があったら


   作って呉れるかい?


   ……ええ、勿論。


   然うか、楽しみだ。


   ……喉が痛む時に舐めるものに?


   喉が痛くなるのは嫌だが、喉飴は舐めてみたい。


   ……もう。


   子供みたい、か?


   ……痛める事がないよう、祈るわ。


   あはっ。


   ……気を付けてね?


   ん、気を付ける。
   痛みで良いものなんて、早々無いからな。


   ……うん。


   ……。


   ……ユゥ?


   あの頃。


   ……。


   私達が塒にしていた場所は、毎日のように砂埃が舞っていた。
   朝から夜まで、ずっと、風が吹いていて……吹かない日なんて、ほとんど無かった。


   ……。


   砂が目に入る事も鬱陶しかったが、口の中もなかなか酷いものだった。常に、じゃりじゃりとしていて。
   口にあて布をしていても入ってしまうから、すっきりさせるには兎に角、良く濯ぐしかなかったんだ。


   ……ジュピターは、大丈夫だったの?


   あいつは……然ういや、どうしていたかな。


   憶えていない?


   んー……。


   ……若しも、思い出せないのなら。


   あまりにも風が強い時は、外に出る事を嫌がって、塒の隅で丸くなっていたかも知れない。


   ……今みたいに?


   然う、今みたいに。


   ……比較的、風が弱い時は。


   狩りをしていた。


   ……狩り?


   あの頃のあいつは、砂鳥を獲るのが上手だったんだ。


   ……砂鳥。


   狩りを成功させては、私に自慢するように見せに来た。
   そんな日は、あいつの取り分が多くなる。でないと、不貞腐れてしまうから。


   ……ジュピターは、優秀な狩人だったのね。


   あぁ、とてもね。


   ……。


   然うだ、思い出した。


   ……うん?


   狩りから帰って来ると、水を口の中に入れて、直ぐに吐き出していた。


   ……え。


   一回だけでなく、何度も。


   ……其れは。


   今思えば、あれは……あいつなりの口の濯ぎ方、だったのか。


   ……屹度、然う。


   然うか……うがいは出来なかったが、濯ぐ事は出来たんだな。


   ……だからこそ、うがいに興味を持ったのかも知れない。


   であるならば、音ではなく、動作を真似れば良かったのにな。


   ……。


   メル……?


   或いは……音を真似る事で、あなたと同じ事をしていると。


   私と?


   ……あなたと同じ動作は出来ないと分かっていたから、あなたが出す音を真似る事にした。


   ……。


   ……ジュピターは矢張り、あなたの事が大好きなのね。


   ん。


   ……可愛いわ。


   あー……。


   ……どうしたの?


   いや……然うだったのかな、と。


   ……本当のところは、ジュピターに聞かないと分からないけれど。


   ……。


   ……目が覚めたら、聞いてみる?


   いいや、聞かない。


   ……然う。


   ……。


   ……今なら、どうかしら。


   今?


   うがい……出来るかしら。


   ん……どうだろう。


   ジュピターに、聞いてみても。


   メルの言葉ならば、素直に聞くだろう。
   私だと、鼻で笑われて終わる。


   ……今度、聞いてみるわ。


   試す時は、私も。


   ……あなたも?


   見られるものならば、見てみたいと思う。


   では……あなたも、一緒に。


   ……マーキュリーは、どうする?


   ……。


   うん……一緒が良いそうだ。


   ならば……マーキュリーも一緒に。


   ……良かったな、マーキュリー。


   ふふ……。


   ……メル?


   龍のうがい……興味あるわ。


   ……。


   ……なに?


   とても、ありそうだ。


   ……ふふ、でしょう?


   ……。


   有難う、ユゥ……話して呉れて。


   聞きたくなったら……また、いつでも。


   ……ん。


   お茶のお代わりは要るかい……?


   ……ううん、一杯だけで。


   然うか……では、また飲みたくなったら。


   ……ん、有難う。


   ……。


   穏やかな寝息……。


   あぁ……本当に良く眠っている。


   ……。


   ……なぁ、メル。


   なぁに……。


   ……ひとつ、聞いても良いかい。


   ん……良いわ。


   先刻の、歌の事なんだけど……。


   ……なんでも、聞いて。


   最後のあの言葉は……何処の言葉なのだろう。


   ……。


   何処となく、辰星の言葉に似ていたような気がするけれど……。


   ……あれも、辰星の言葉よ。


   辰星の……?


   だけど……今はもう、使われていない言葉。


   使われていない……。


   ……古語なの。


   こご……。


   ……かつて使われていた、古い言葉。


   あぁ……。


   ……言葉は、生き物だから。


   少しずつ、形を変えて……使われなくなってしまうか、意味が変わってしまうか。


   ……歌に紡がれていた言葉達はもう、使われていない。


   然うか……だから。


   ……現代語の方が良かった?


   いいや、そんな事はない……古語の響きも、とても素敵なものだった。


   ……あなたなら、然う言って呉れると思ってた。


   ん……。


   ……。


   メル……冷えるかい?


   ……ううん、然うではないの。


   では……。


   ……嬉しくて。


   ……。


   冷えていなければ、だめ……?


   まさか……だめなわけ、ない。


   ……。


   君が思うように、好きなように、して欲しい……。


   ……うん。


   辰星の古語か……私には、難しそうだ。


   ……現代語を覚えているあなたなら。


   覚えていると言っても、日常会話がやっとだ。
   少し難しくなると、途端に分からなくなる。


   ……最近は、姉姫様と政の話もしているわ。


   政と言っても、然う難しくはない事柄ばかりだ。
   肝心な事は、歳星の言葉で話して呉れる。


   ……。


   姉姫殿は屹度、私に合わせて呉れているのだろう。


   ……本当に、然う思っているの?


   思っているが……メルは、然うは思っていないのか?


   ええ、思っていないわ。


   ……と、言うと。


   あなたは自分で思うよりも、辰星の言葉を理解している。


   ……。


   確かに、今でも分からない言葉はあるでしょう。


   ……分からぬ度に、姉姫殿が訳して呉れる。


   そして、改めて私に聞く。


   でないと、覚えない。
   いや、覚えられない。


   ……然うしてあなたは、大分解せるようになった。


   ……。


   あなたが思っているよりも……ね。


   ……辰星の言葉は、私には難しい。


   ……。


   けれど……古語も、知りたいと思う。


   ……本当に?


   覚えられないかも知れない……其れでも。


   ……そんなあなたの事が、私は好き。


   お……。


   ……ごめんなさい、突然。


   私も、そんな君の事が好きだ……。


   ……あ。


   大好きだ……メル。


   ……あぁ、ユゥ。


   教えて呉れるかい……?


   ……ん、喜んで。


   有難う……メル。


   お礼なんて……ん。


   ……。


   ……マーキュリー、が。


   大丈夫……見ていない。


   ……。


   だから……もう一度だけ。


   ……う、ん。


   ……。


   ……。


   ……愛している、メルクリウス。


   私も、愛しているわ……ユピテル。


   ……。


   もう……。


   ……そっと、抱き締めるだけ。


   ならば……。


   ……ん?


   お腹の子と、一緒に……。


  11日





   メル、冷えは感じていないかい?


   ん……今のところ、大丈夫よ。


   感じたら、直ぐに言って欲しい。


   ええ……直ぐに言うわ。


   ジュピター、お前も宜しく頼むぞ。若しもメルが寒そうにしていたら、直ぐに知らせて呉れ。
   お前はひとのこよりも、感覚が敏感……あぁ、然うだ。お前の感覚は、私以上だよ。


   有難う、ジュピター……風も、遮って呉れて。


   ん、甘い声だな。


   ……ふふ。


   ほらジュピター、今日もマーキュリーが一緒だぞ。


   ……ユゥ。


   ははは、大分慣れてきたみたいだな。


   ……もぅ、あまり遊ばないで?


   ん、ごめん。


   あなたもよ、マーキュリー。
   ジュピターをあまり、揶揄わないであげて。


   ……マーキュリー?


   折角、慣れてきたのだから……気に入っている事は、分かるけれど。


   メル、マーキュリーはジュピターを揶揄っていたのか。


   だって、目が笑っていたから。


   目が、笑っていた?


   今も、笑っているわ。


   今も?


   楽しそうなあなたを見て。


   私を……然うなのか、マーキュリー。


   ……分からない?


   相変わらず、眠たそうだとは思うが……笑っているのか。


   ……良く見てみて。


   ん、分かった。


   ……。


   マーキュリー、少しだけ済まない。


   ……ふふ。


   んー……うん?


   ……どう?


   笑っているような……眠たそうな。


   ……。


   残念だけど、私には分からない……。


   ……大丈夫、私も分からないから。


   え。


   なんとなく、然う思っただけで。


   ……なんとなく?


   あなたにも、然ういう時があるでしょう?


   ……良く、あるな。


   私にもあるの。


   ……なんとなく、か。


   以前の私には、無かった感覚だけれど。


   ……私の影響、だな。


   ええ……然うなの。


   ……。


   ……。


   然う言われると……笑っているように、見えてくるな。


   ふふ、でしょう?


   然うか……マーキュリーも、笑うんだな。


   いつもいつも、眠たそうにしているわけではないの。


   はは、然うか。


   ん……どうしたの、ジュピター。


   なんだ、ジュピター。
   マーキュリーばかりで、淋しいのか?


   ……然うなの?


   其れとも、嫉妬か?


   ユゥ。


   お……こら、何をする。


   もう、ユゥが揶揄うからよ。


   おい、頭を小突くな……あぁ、あぁ、揶揄って悪かったよ。
   ほら、謝ったぞ。もう、良いだろう? 機嫌を直せ……て、おい。


   そんな態度では、許してもらえなくて当然よ。


   咥えようとするな、と言うより、咥えてどうするんだ。


   其れは、勿論……。


   放り投げる気か?


   ちゃんと謝らなければ然うなるかも知れない、と言う警告かしら。


   分かった、私が悪かった。もう、揶揄わないから……あぁ、済まなかった。
   許して呉れ、ジュピター。然うだ、お前の好物も作って持って来たんだ。


   ……。


   ほぉら、お前の好きな鳥の丸焼きだ……ん、知ってた?
   然うか、匂いで分かるもんな。お前は、鼻も良く利くから。


   ……ふふ。


   少し早いが、食べるか? 応、然うか。
   なら、食え。沢山、持って来たからな。


   ……今日は、御馳走。


   メルの言う通り、今日は御馳走だ。
   マーキュリー、君の食事もちゃんと用意してあるぞ。


   ……さぁ、何かしら。


   マーキュリーのごはんは此れ、私が作った菜っ葉だ。
   収穫したばかりだから、新鮮で、美味いぞ。


   ……良かったわね、マーキュリー。


   どうだい、食べて呉れるかい?


   ……どう、食べる?


   食べて呉れると、嬉しいな。


   ……うん、食べたいみたい。


   ん、然うか!
   良かった!


   ……。


   おっと、驚かせてしまったか。
   ごめんよ、マーキュん。


   ……マーキュン?


   こら、ジュピター。お前は別に驚いていないだろう?
   何、喧しかった? はいはい、そいつは悪かった……てっ。


   ……あ。


   ジュピター、お前。


   こら、ジュピター。
   其れはやり過ぎよ。


   お。


   軽く小突く程度ならば、何も言わないわ。けれど、強く突くのは駄目。
   ひとつ間違えれば、ユゥと雖も、傷を負ってしまうかも知れないから。


   ……。


   あなたは賢い子なのだから……力で、訴えては駄目。
   然う、鳴いて訴えるの……あなたとユゥは、通じ合っているのだから。


   ……マーキュリー、菜っ葉は美味しいかい。


   ユピテル。


   ……はい。


   あなたも、謝る時はきちんと謝る事。
   然うでないと、火に油を注ぐ事になりかねないから。


   ……ジュピターには、つい。


   つい、ではないわ。
   親しき中にも礼儀あり、と言うでしょう?


   ……礼儀。


   然う、礼儀。


   ……はい、分かりました。


   宜しい。


   ジュピター、改めて済まな……お前。


   ……うん?


   笑っているな?


   ……きゅっきゅっきゅっ。


   メル、真似なんてしなくて良い。


   ……興味深くて。


   初めてではないだろう、ジュピターの笑い声を聞く事は。


   初めてではないけれど……ふ。


   メル?


   ジュピターの、笑い声を聞くと……何故か、釣られてしまって。


   いつも訊いているけれど、どうして。


   今でも、良く分からない……ふ、ふふ。


   ジュピター、取り敢えず、もう。


   ふふ、ふふふ……。


   ジュピター、笑うな。
   でないと、メルが。


   私の事は、気にしないで……。


   いや、気にする。
   なぁ、マーキュリー?


   ……此の子も、気にしていないだろうから。


   菜っ葉を、黙々と食べているな……。


   ……いっそ、あなたも。


   私も?


   一緒に……笑いましょう?


   と、言われても……お。


   ほら、ジュピターも……然う、言ってる。


   然うなのか、ジュピター……あぁ、あぁ、分かったよ。
   一緒に笑う、一緒に笑った方が、楽しそうだからな。


   ……マーキュリーも一緒に、笑えれば良いのに。


   はは、ははははははは。


   ……。


   どうだ。


   ……流石に、わざとらしいわ。


   え。


   ジュピターも、然う言ってる。


   いや、でも。


   ……はぁ。


   え、えぇ。


   ……おかしなユゥね?


   お、応……。


   ……マーキュリー、ユゥが作って呉れた菜っ葉は美味しい?


   ……。


   然う……良かった。


   ……美味しいと、言っているのか。


   美味しくなかったら……そっぽを向いてしまって、食べないから。


   つまり……そっぽを向かずに食べていると言う事は、美味しいと言う事なんだな。


   あとは……然うね、目が言っているわ。


   目?


   美味しいと。


   ……矢張り、目か。


   よぉく、見てみて。


   良し、見てみよう。


   ……。


   ん。


   ……ね、言っているでしょう?


   ちらっと、此方を見たな。


   ……此の子なりの、お礼かも。


   然うか、嬉しいな。


   ……。


   沢山、持って来たからな……食べられるだけ、食べて欲しい。


   ……ねぇ、ユゥ。


   なんだい、メル。


   そろそろ、私達も。


   ……。


   ……お茶が飲みたいなぁって。


   あぁ……言われてみれば、私も喉が渇いてきたなぁ。


   ……。


   良し、お茶の時間にしよう。


   ……良かったら、食事も。


   うん、然うしよう。


   ……今日は、何を用意して呉れたの?


   今日は、鳥肉と卵、其れから菜っ葉の豆粥だ。


   菜っ葉は、マーキュリーが食べているものと同じもの?


   あぁ、然うだ。


   だって……お揃いね、マーキュリー。


   鳥肉は、ジュピターとお揃いだ。


   ふふ、本当……ん、なぁに?


   なんだ、ジュピター。


   ……嬉しいの?


   きゅぅ……。


   ……嬉しいって。


   今日は、皆で同じものを食べようと思ったんだ。


   ……皆で?


   たまには、こういう日があっても良い。


   ……なかなか、こんな日は作れないものね。


   もっと、作れたら良いんだが……。


   ……マーキュリーは、いつも傍に居るけれど。


   ジュピターはなぁ……城の中に、押し込めるわけにはいかないし。


   そんな事をしてはいけないわ……鬱憤が溜まってしまうだけだもの。


   まぁ、こいつはメルが呼べば直ぐに来るだろうから……問題は、私だな。


   ……王としての、務め。


   全く……忙しい事だ。


   ……。


   君にも、色々と面倒な事を聞いてもらって……とても、助かっているよ。


   ……あなたの力になれて、嬉しいわ。


   だが、無理な時は遠慮なく言って欲しい……。


   ……うん。


   豆粥……メルの口に合うだろうか。


   ……屹度、合うわ。


   然うだったら……幸いだ。


   ……お茶は。


   お茶は、黒豆茶だ。


   ……然う。


   他のお茶の方が良かったか?


   ううん、黒豆茶が良い……飲み易いし、貧血予防にもなるから。


   貧血は、鉄分が足りないと、なる。


   ……ん。


   メルに、鉄分が含まれているものを聞いて……此の星でも、用意出来そうなものを探したんだ。


   ……先ずは、黒豆茶。


   飲み易いと聞いたから、淹れていたのだけれど、まさか鉄分が含まれているとは思わなかったなぁ。


   ……。


   何が良いのか、子を産んだ事がある者に聞いて……菜っ葉入りの豆粥も良いと言うから、作ってみたんだ。
   其のままだと味気ないかも知れないから、鳥の肉と卵も入れて。


   ……卵にも、鉄分は含まれている。


   どうやら、然うみたいだな……。


   其れに……鳥のお肉は、蛋白質が摂れる。


   たんぱくしつ……。


   ……偏りがない食事を、いつも用意して呉れて。


   経験を活かすとは、こういう事を言うのだと……改めて思ったよ。


   ……歳星の民の知恵?


   なかなか、良いだろう……?


   ええ……とても。


   あは。


   ……。


   然し……思っていたよりも、教えて呉れて。


   だから、言ったでしょう……あなたは、慕われていると。


   ……ん。


   うん?


   ……なんだか、背中がむずむずするな。


   若しかして、照れているの?


   ……然ういう、わけではないんだが。


   ……。


   こら、ジュピター……まぁた、笑ってるな。


   ……ふふふ。


   メルも。


   ……はい、ごめんなさい。


   全く……。


   ……怒った?


   怒っては、いないが。


   ……怒ってる?


   若しも、怒っていたら。


   ……許して呉れるまで、謝るわ。


   ……。


   ユゥ……。


   ……なんて、な。


   ……。


   ははは。


   ……笑って、ごめんなさい。


   良いさ……笑う事は、躰に良いらしいから。


   ……。


   さぁ、私達も食べようか。


   ……うん。


   先ずは、お茶を。


   ……。


   ……どうぞ、メル。


   有難う……ユゥ。


   躰は、冷えていないかい?


   うん……大丈夫。


   然うか……有難うな、ジュピター。


   ……きゅぃ。


   ん……?


   ……きゅ、から始まる鳴き声は、私達にしか聞かせないの。


   あぁ……言われてみれば。


   ……心を許して呉れている証なのだと。


   ……。


   ……ん。


   なんだ、ジュピター……もう、食べ終わったのか。


   ……お代わりが欲しいの?


   然うか……ならば、此れを。


   ……。


   ゆっくり、食べるんだ……此処には、お前のごはんを取る者は居ないから。


   ……きゅ。


   ……。


   私……あなたとジュピターの遣り取りを聞いている事が好きなんだわ。


   ……面白いかい?


   楽しくなるの……。


   楽しく……うん、其れは良いな。


   怒らない……?


   ……怒るわけがない。


   良かった……。


   ……豆粥、どうぞ。


   有難う……ふふ、良い匂いだわ。


   さぁ、召し上がれ……と、言いたいところだが。


   未だ、あなたの分が揃っていないから。


   直ぐに揃える……お茶を飲みながら、待って居て欲しい。


   ……ん、分かった。


   ……。


   ふぅ……。


   ……。


   ……。


   ……どうだい?


   美味しいわ……ほんのりと、甘くて。


   ……ん、良かった。


   ……。


   良し、揃った。
   食べよう、メル。


   ……うん。


   頂きます。


   ……頂きます。


   ……。


   ……。


   ……どうかな。


   ふふ……。


   ……合わなかった、か?


   矢張り、美味しい……。


   ……。


   ……美味しいわ、ユゥ。


   然うか……。


   ……幸い?


   あぁ……とてもね。


   ……私も。


   幸い……?


   ……ん、とても。   


  10日





   ……はぁ。


   ……。


   いや、駄目だ……溜息なぞ、吐いては。


   ……。


   ……メルクリウス。


   ……。


   温かい……。


   ……。


   呼吸も……聊か浅いが、確りしている。


   ……。


   大丈夫だ……姉姫殿も、問題無いと言っていたではないか。


   ……


   ……!


   ……。


   メル、メルクリウス!


   ……ぅ。


   私が誰か、分かるか?


   ……。


   わ、分からないか?


   ……ユ、ゥ。


   あぁ、然うだ。
   ユピテルだ。


   ……は、ぁ。


   あ。


   ……。


   済まない、大きな声を出してしまって……喧しかったろう。


   ……ううん、だいじょうぶ。


   ……。


   ……ここは。


   私達の部屋だ。


   ……どうやって。


   私が運んだ。


   ……あなたが。


   飛んで来たんだ。


   ……また、とんできてくれたのね。


   歩いてなんか、いられぬ……。


   ……そばに、いてくれたの?


   あぁ……ずっと、居たよ。


   ……。


   ずっと、メルの傍に。


   ……ふふ。


   うん?


   とんでくるなんて……あのこ、みたい。


   私の背に、あいつのような翼は無いが……メルの為ならば、飛ぶ事が出来るんだ。


   ……いつも、そうしてくれるの。


   あぁ……いつだって、然うするよ。


   ……ねぇ。


   なんだい……。


   ……いつ、きてくれたの。


   知らせを受けて……直ぐに。


   ……すぐ?


   いや……知らせを受けるよりも先に、躰が動いていたかも知れない。


   ……あなたのことだから。


   大いに、有り得るだろう……?


   ……ん、ありえる。


   はは……。


   ……おうの、つとめは。


   そんなものは、後回しだ。


   いいの……あとまわしに、しても。


   今はどんな事よりも、メルの事が優先だ……最優先だ。


   ……さいゆうせん?


   メルよりも大事なものなど、無い。


   ……きょうは。


   うん……?


   ……きょうは、なにをしていたの。


   今日は……月について、話し合っていた。


   つき……なにか、うごきがあったの?


   ……何も、無い。


   なにも……?


   ……無いからこそ、話していたんだ。


   あぁ、そうね……それは、よいことだとおもうわ。


   だろう……?


   わすれて、しまうこと……いしき、しなくなってしまうこと……それは、ほしやたみにとって、よくないことだとおもうから。


   ……君が、教えて呉れたんだ。


   わたしが……?


   メルが教えて呉れなければ……其のまま、意識の外に除けていたかも知れない。


   ……あなただから、それはないとおもうわ。


   私も……所詮は、歳星で生きる者だ。


   ……あなたは、だれよりも、しんぱいしょうなの。


   心配性になるのは……君にだけだ。


   ……ジュピターにも、でしょう?


   あいつは……。


   ……それから、マーキュリーにも。


   ん……。


   あなたは……じぶんで、おもっているよりも。


   ……。


   みなのことを、かんがえて……ときに、しんぱいもしている。


   ……しているように、見えるか。


   ええ、みえるわ……。


   ……自分では、分からないが。


   あなたは、いつだって、むいしき……だから。


   ……メル。


   ごめんなさい……おもうように、いかないみたい。


   謝る必要など、無い……。


   ……。


   どうか、私の事は気にせずに……ゆっくりと、休んで欲しい。


   だいじょうぶ……もう、やすんでいるわ。


   ……話していると、躰力が消耗してしまうだろう。


   はなしていたほうが、きがまぎれるの……。


   ……若しかして、苦しいのか。


   ううん、くるしくはないわ……これでもね、だいぶ、おちついているの。


   ……。


   ……てつ、けつぼうせい、ひんけつ。


   姉姫殿も、然う言っていた……血が、足りていないのだろうと。


   ……あねひめ、さまが?


   メルクリウスに何かあったら……知らせて、欲しいと。


   あぁ……そんなことを、いわれていたの。


   ……何かあってからでは、遅いと。


   おそらく……しりたいのだわ。


   ……知りたい?


   こを、はらにやどすことは……どういう、しょうじょうをもたらすか。


   ……。


   これまでも、おくっていた……?
   それとも、こたびがはじめて……?


   ……此度が、初めてだ。


   ほんとう、に……。


   ……本当だ。


   つわりが、ひどかったころは……おくらなかったの?


   悪阻ならば、歳星の者でも対処出来る……此の星では、子は、母の腹から生まれて来るものだから。


   あぁ、そうよね……あるいみ、しんせいのたみよりも、くわしい。


   ……。


   あなたも、だっすいしょうじょうをしんぱいして、のみやすいおちゃをいれてくれたの……。


   ……経験も、知識になる。


   ……。


   ……と言っても、私にはないが。


   ふふ……。


   ……おかしいかい?


   ううん、そうではないの……あたまでかんがえるばかりでは、だめだと……あらためて、おもっただけ。


   ……辰星では。


   うん……?


   ひとのこ以外の仔も、母の腹から生まれて来ないものなのか……?


   ……うまれて、くるわ。


   ならば……。


   ……でも、たまごのほうがおおいかも。


   たまご……。


   ……かめも、たまごだし。


   青龍も、卵だな……。


   ……おおきいのよね、りゅうのたまごって。


   然うだなぁ……此れくらいかな。


   ……かめのたまごの、なんばいかしら。


   何倍では、足りないかな……。


   ふふ、そうね……なんびゃくばい、よね。


   ん……何百倍だ。


   そんなにおおきなたまごを、ずっとかかえていることは……こどものからだでは、たいへんだったでしょう。


   んー……どうだったかな。


   あまり、おぼえていない……?


   ……うっかり落として、割ってしまわぬように。


   ……。


   其れから……取られて、食われてしまわぬように。


   ……りゅうのたまごを、たべるの。


   見た目は、ただの大きな卵だからね……。


   ……たまごの、いろは。


   薄い青……でも、どんな色でも関係無い。
   其れはただの卵で、腹が満たされれば其れで良いのだから。


   ……。


   ……孵化する時は、自分で殻を割って出て来るんだ。


   けっして、たすけてはいけないのよね……。


   ……でないと、弱い子になってしまうから。


   さいせいも、じゅうぶんにきびしい……。


   ……生きる事に対しては、厳しいかも知れない。


   きょうみ、ぶかいわ……。


   ……ふふ、君はいつも然うだ。


   ん……。


   ……此の星の事に、興味を持って呉れる。


   ことなるぶんかを、しることが……わたしは、すきなの。


   ……確かに、辰星とは大分異なっているな。


   あ……。


   ……ん、どうした?


   もしかして……ふかいに、させてしまった?


   どうしてだい……?


   ……ことなるぶんかと、いったこと。


   まさか……不快になんて、ならないさ。


   ……ほんとう?


   あぁ、本当だよ……。


   ……それとも、いまさらだとおもってる?


   今更?


   ……そんなこと、いまさらだと。


   いいや、思っていないよ。


   ……。


   私も、興味深いと思っているんだ。


   ……りょうほしの、ことなるぶんかに?


   聞けば聞くほど、違うものだから。


   ……。


   不快かい……?


   ……ううん、ちっとも。


   はは、良かった。


   ……もしもあなたが、しんせいでくらすことになったら。


   どうだろうな……私には、知恵も知識もあまり無いし。


   ……なじめない?


   分からない……分からないが、生きようとはするだろう。


   ……わたしと、ふたりで。


   君が傍に居て呉れるなら……君と共に、生きる事だけを考えよう。


   ……あなたには、ちえも、ちしきもあるわ。


   ……。


   だから……あなたがすきなことを、すればいい。


   私の好きな事……?


   ……もしかしたら、それがみとめられるかもしれない。


   然うすれば、辰星でも生き易い……?


   あなたなら……まわりのこえも、きにしないだろうし。


   だけど、私は……認められたいわけでは、ないんだ。


   ……。


   君と、同じだよ……。


   ……わたしと。


   メルだって、認められたいわけではなかったのだろう……?


   ……。


   好きな事、興味を持ったもの……其れらについて知る事が出来れば、其れだけで。


   ……たとえ、ひとりでも。


   マーキュリーが、寄り添って呉れた……。


   ……。


   メルには……然ういう欲が、無いように思える。


   ……そんなことは、ないわ。


   然うかな……。


   ……あのこにみとめられたようで、うれしかったから。


   ……。


   そして……あなたにも、みとめられたいと。


   私に……?


   ……このほしで、はじめて、あなたとことばをかわしたときから。


   其れは……初めから、と言う事か。


   ふふ、そうね……はじめから、だったわ。


   ……全く、気が付かなかった。


   しんせいには、あなたのようなひとは、きっといない……だからこそ、みとめられたいと。


   ……認めるも、何も。


   おもっていたいじょうに、すかれていて……びっくりは、したけれど。


   ……もう、君以外の事は考えられないくらいに。


   あなたのつがいとして、わたしをさいせいにむかえる……そう、きまってからは。


   ……。


   とにかく、きもそぞろだったと……おおくのものから、きいたわ。
   そう、まるでせけんばなしのような、きがるさで……。


   ……ひとりだけでなく、多くの者が君に話していたとは思わなんだ。


   そのときに……あなたは、おうとして、したわれているのだと。


   ……飾り物の王として、面白がっているだけではないか。


   たしかに……いちぶのものは、あなたのことを、かざりものとしているけれど。


   ……私が、居なくても。


   それは、ちがう……。


   ……。


   あなたを、かざりもののおうとしているのは、あくまでも、いちぶのもの……そのほかのものは、ちがう。


   ……。


   ほんとうは、きがついているのでしょう?


   ……なんとなく、は。


   ふふ……やっと、すなおになった。


   ……メル。


   あぁ、でも……。


   ……でも?


   こんなわたしが、あなたに……こんなにも、あいされるだなんて。


   ……。


   すかれただけでも、おどろきだったのに……。


   ……。


   ん……ユゥ。


   ……愛している。


   ……。


   誰よりも……君だけを。


   ……あふれて、しまったの?


   あぁ……どうしようもなく。


   そう……ならば、しかたないわね。


   ……ひとつ、教えて欲しい。


   なぁに……?


   ……亀は、どうなんだい。


   かめ……?


   ……亀が、卵から出て来る時。


   かめも、おなじよ……じりきで、でてくるの。
   ちいさなからだで、たまごのからをやぶって……。


   ……手助けする事は。


   ないわ……。


   其れは……実験動物だから。


   ……ただ、ふかそうちはつかう。


   孵化……装置?


   ……ふかを、うながすそうち。


   亀も、管理されているのだな……。


   ……けれど、やせいのかめには、そんなものはないから。


   野生……。


   ……あのこは、やせいのこ。


   あぁ、然うか……。


   ……うれしいの?


   どうしてかは、分からないが……無性に。


   ふふ……そう。


   マーキュリーも、力強く生まれて来たのだろうな……。


   ……きっと、そうだとおもう。


   ……。


   ……。


   ……ジュピターが生まれた時の事を、今でも憶えているんだ。


   どんな、だったの……?


   こつこつと、卵の中から音が聞こえてきて……生まれる、と、思ったんだ。


   ……。


   其れから……ずっと、見守っていた。


   ……じかんに、したら。


   短くは、なかったと思う。


   ……。


   殻が割れて、ジュピターの顔が見えた時は……心の底から、嬉しかった。


   ……わかる、きがする。


   うん……。


   ……いつか、みてみたいわ。


   龍の卵……?


   ……かなうのならば、ふかのしゅんかんも。


   ならば、探しにゆこうか……。


   ……さがしに?


   若しかしたら、見つかるかも知れない……。


   ……みつからなかったら。


   其の時は……ジュピターに、産んでもらうしかないな。


   ……ふさわしいつがいは、いるかしら。


   んー……どうだろう、居れば良いとは思っているが。


   ……たとえ、いなくても。


   居なくても、私達が居る……ひとりになんて、しない。


   ……しょうがいのとも、だものね。


   メルにとっても……。


   ……そうだったら、うれしい。


   然うだよ……少なくとも、あいつは然う思っている。


   ……。


   ん、メル……?


   ……なんでも、ない。


   もう、休んだ方が良い……。


   ……。


   傍に、居る。


   ……もうすこし、だけ。


   だが……。


   ……ひんけつ、ならば。


   ……。


   そこまで、しんぱいしなくても……だいじょうぶよ。


   ……蹲ってから。


   うん……?


   ……倒れたから、まだ、良かったんだ。


   そうね……それは、そのとおりだわ。


   ……蹲る事なく、倒れていたら。


   ひとりでは……なかったから。


   ……。


   そばに、ひとをおいてくれたから……。


   ……其れでも、間に合わない事はある。


   ……。


   ……今は、休んで欲しい。


   ユゥ……。


   ……頼む、メル。


   ……。


   ……。


   ……ねぇ。


   なんだい……。


   おやすみするまえに……あなたがいれてくれたおちゃが、のみたいわ。


   ……お茶?


   のどが、かわいているみたい……。


   ……分かった、直ぐに用意しよう。


   ありがとう……。


   ……休みながら、待って居て呉れ。


   ん……そうする。


   ……。


   ……おなかのこは、だいじょうぶよ。


   ……。


   いまも……げんきに、うごいているから。


   ……メル。


   ……。


   ……無事で、良かった。


   ユゥ……しんぱい、させてしまって。


   ……心配するのは、構わない。


   ……。


   だが……無理だけは、しないで欲しい。


   ……しないわ。


   ……。


   このこの、ために……。


   ……そして、メルのために。


   ……。


   ……約束だ。


   ん……やくそく。


  9日





   ~~~♪


   ……。


   ~~~~♪


   ……時は。


   ~~~~♪


   ……愛も、痛みも。


   ~~~~~♪


   ……深く、抱き留め。


   ~~~~~~♪


   ……消して、ゆくけれど。


   ~~~~~♪


   ……私は、憶えている。


   ~~~。


   ……ずっと。


   ……。


   ……ユピテル。


   メル……一緒に歌うかい?


   ……ううん、今は聴いていたい。


   然うか……。


   ……屹度、此の子も聴いているわ。


   聞こえているかな……。


   ……私の耳を通して。


   ……。


   或いは……お腹を通して。


   ……歌声は響き、だったか。


   声は音、音は振動……故に。


   ……直接、お腹を振るわせて、中の子に届いていてもおかしくはない。


   然う言う考え方が、あっても良い……。


   ……辰星の民には、受け入れられないかな。


   どうかしら……少ないけれど、変わり者は居るから。


   ……誰からも見向きもされぬものが、面白きものに変わる事は大いに有り得る。


   興味を持つものは、ひと其々異なっても良い……いいえ、本来ならば、然うあるべきだと。


   ……仮令、大多数にくだらないと思われるものであろうとも。


   くだらぬものから、大いなるものが見つかる事だって無きにしも非ず……停滞している今だからこそ、視点を変えなければならない。


   ……停滞、か。


   今のままだと、遅かれ早かれ、辰星は行き詰まる……私は、然う感じている。


   ……。


   くだらぬもの、おかしきもの、どうでも良いもの……然う言ったものにも目を向ける、意味が無いと最初から決め付けない。


   例えば……亀が考えている事、とか。


   ふふ……とても興味深いわ。


   ……生態は調べたけれど、思考までは解明されなかったのだろう?


   調べて、検証もされたけれど、何にもならないと判断されたの……所詮は、実験動物に過ぎないから。


   ……実験動物にだって、感情や何かを思う心があるかも知れない。


   あったところで、どうでも良いのよ……実験動物は最期まで、実験動物であれば良い。


   ……。


   余計な感情を、実験に持ち込むべきではない。


   ……幾ら、感情が希薄と雖も。


   全く、無いわけではないから。


   ……耐えられなくなる、か。


   中には、然う言う者も居るわ……何方かと言うと、少ないけれど。


   ……少ない。


   酷い嗜虐性を持った者も居る。


   嗜虐性……敢えて、痛めつけるのか。


   ……然う。


   然う言う者には、出来れば関わりたくないな。


   ……酷いものよ。


   然うだろうと思う……。


   ……けれど。


   ……。


   重要な結果を残す事が出来れば、仮令然う言う者であろうとも、大半の者から敬意を示される存在になれるの。


   ……実力が全て、だな。


   ええ……何処まで行っても、ね。


   私には、無理だろうと思う……然う言う者に対して、敬意を示す事は。


   ……飽くなき探究心は。


   ……。


   時に、大罪を犯す事すらも許し、赦されてしまう。


   本当ならば……赦すべきではない。


   ……命を玩具にする行為は、決して許さず、赦されず。


   ……。


   あくまでも其れは……知識を求める為に、深める為に、次代へ繋げる為に、為されなければならぬ。


   ……守護者マーキュリーの言葉。


   と、されているけれど……実際のところは、分からない。


   所詮は……伝承に過ぎないか。


   ……定めた者が、守護者マーキュリーの名を使っただけなのかも知れない。


   私だったら……信じるな。


   ……あなただったら、素直に信じると思うわ。


   だけど、守護者ジュピターの言葉と言われたら……少し、分からない。


   ……信じられない?


   あいつの姿が、浮かんでしまって……。


   ……名が同じでなければ。


   信じたと思う……。


   ……どうして、ジュピターと。


   どうして、其の名をつけたのか……今はもう、思い出せない。


   ……其の言葉に、守護者と言う意味はない。


   ……。


   今の世に伝わっている意味は……大らかな、楽観者。


   ……あいつは、気紛れ者だ。


   でも、大らかではあると思う……。


   ……もっと言えば、メルに対しては甘えたで。


   マーキュリーに対しては……最近、慣れてきたと思う。


   慣れては、きているが……未だ若干、腰が引けている。


   腰……?


   か細く鳴く事は無くなったが……きゅぅって、鳴く事はあるだろう?


   ……うん。


   あの声は、腰が引けている時の声なんだ。


   ……てっきり、甘えているのだと。


   甘えている時は、もっと甘い声を出す。


   ……私にも、腰が引けていたのかしら。


   メルに引いた事は一度も無い……最初から、甘えていたよ。


   ……本当にちょっとした違いなのね。


   メルも其のうち、聞き分けられるようになる……。


   ……然うかしら。


   今でも、あいつの観察を続けている君ならば……ね。


   ……然うだったら、嬉しい。


   ほとんど、分かっているようだし……。


   ……ほとんど?


   然う……ほとんど。


   ……。


   はは……。


   ……本当に可愛い子だわ。


   うん……?


   腰が引けている声……今度、良く聞いてみましょう。


   ん……聞いてみて呉れ。


   ……。


   ……メル。


   殺生に、耐えられぬ者は。


   ……。


   ……専門を、変更する。


   せんもん……。


   例えば、土壌に棲息する線虫……微生物ならば、心は痛まない。


   ……微生物、目には見えない生き物だな。


   四六時中顕微鏡を覗いて、彼らを観察する……微生物は世代交代が早いから、とても楽しいらしいわ。


   ……命を奪う事すらも。


   寧ろ、愛おしいとさえ。


   ……うん、私には分からぬ。


   然うよね……。


   ……けれど、私も殺して生きている。


   ……。


   殺して食わなければ……生きられぬから。


   ……うん。


   ……。


   ……ねぇ、ユゥ。


   なんだい……。


   ……飽きてしまったかも。


   え……。


   ……そんな話は、聞きたくないって。


   と……。


   ……蹴った?


   あぁ……蹴った。


   ……。


   元気で良いが……少しくらいは、許して欲しいな。


   ……あなたの唄が聞きたいみたい。


   全く、仕方のない子だ……。


   ……ふふ。


   ん……?


   ……だって、あなたの子だもの。


   メルの子でもあるぞ……?


   ……然うだけど。


   此の子は、ふたりの子だ……。


   ……あなたに似ていると思うの。


   私に……?


   ……そんな気がする。


   んー……。


   ……ユゥ?


   顔は屹度、メルに……。


   ……顔も、あなたかも。


   ……。


   ……嫌?


   まさか……嫌ではないよ。


   ……間があったわ。


   ただ、メルにも似ていて欲しい。


   ……何処かしらは、似ていると思う。


   何処かしら……?


   ……爪の形とか。


   細かいな……。


   ……でも、あなたは褒めて呉れるわ。


   ん……。


   ……でしょう?


   あぁ……メルの爪の形は、丸くて可愛い。


   ……。


   耳も、後頭部も……足や膝も、腰の窪みも、何処も。


   ……何処かしら、似ていると思うの。


   良し、よぉく見てみよう……観察だ。


   ……観察日記?


   付けても、良いな。


   ……楽しみ。


   であるならば、新しい日記を用意しておかなければならぬ。


   ……今から?


   あぁ、今から。
   早いに越した事はない。


   ……ならば、私が用意するわ。


   メルが?


   ……したいの。


   ……。


   ……だめ?


   全く、だめではない。
   是非とも、宜しく頼む。


   ……うん。


   ははは……。


   ……ふふふ。


   ……。


   ……。


   唄……本当に聞こえていたら、良いなぁ。


   ……眠ってしまう事もあるの。


   眠って……君が?


   ……ううん、此の子が。


   ……。


   今は、起きているけれど……。


   つまり……子守唄になっていると。


   ……だって、大人しくなるんだもの。


   蹴らないか……?


   ……ちっとも。


   ……。


   ……屹度、あなたの響きが心地好いのだと思う。


   然うなのか……?


   ……


   んー……分からないな。


   ……ねぇ。


   ん……?


   ……若しも此の子が泣いてしまったら、あなたの唄であやして呉れる?


   勿論さ……けれど、私の唄であやせるかな。
   お腹に居る時とは、また、違うだろうし……。


   ……歌ってみれば、分かるわ。


   余計に、泣いてしまうかも知れない……。


   其の時は……違う方法であやしましょう。


   ……其の時は、メルの歌声が良いかも知れない。


   私の……?


   ……屹度、泣く事も忘れて聞き入ってしまうだろう。


   そんな……赤子が、歌に聞き入るなんて。


   ……歌ってみれば、分かる。


   ん……。


   ……なぁ、メル。


   なぁに……。


   ……たまには、私にも歌って欲しい。


   どうして……。


   ……私が居ない時に、良く歌っていると。


   あなたが居る時も、私は歌っているわ……。


   ……だとしても、此の子の為に。


   私は、ふたりに歌っているの……。


   ……ふたり。


   あなたと、同じ……。


   ……私と?


   先刻だって……此の子と、私に。


   ……。


   歌って、呉れていたのでしょう……?


   ……うん、然うなんだ。


   だから、私も……此の子と、あなたに歌うの。


   ……然うか。


   ねぇ……また、歌って?


   ……ん、分かった。


   ……。


   ……ふぅ。


   ふふ……。


   ……ん、なんだい?


   歌う前の、呼吸が好きよ……。


   ……普段とは、違う?


   ん、違う……歌う為の呼吸だから。


   歌う為の呼吸か……考えた事、なかったな。


   ……あなたはいつだって、無意識なの。


   君に言われて、気付くんだ……。


   ……ぁ。


   君の事が、愛しい……。


   ……もぅ。


   本当に、愛おしくて……。


   ……ばか。


   お……。


   ……。


   ……ごめんよ、メル。


   何が、ごめんなの……。


   ……急に、愛しいだなんて言って。


   其れだけ……?


   ……唇を、耳に寄せてしまって。


   ……。


   君への想いが、溢れてしまったんだ……。


   ……知ってる。


   此れでも……気を付けては、いるんだよ。


   ……無理なのかも知れない。


   無理……?


   ……あなたには。


   あぁ……だけど諦めない、君に愛想を尽かされたくはないから。


   ……我慢して想いを塞ぐ事、其れはとても苦しいものなのだろうと。


   ……。


   だって……心から止め処なく溢れてくる想いは、どうしようとも、塞く事なんて出来ないのだろうから。


   ……凍て付いて、仕舞わぬ限り。


   心が凍て付く……そんな事は、あってはならない。


   ……。


   しては、いけない……今なら、然う思える。


   メル……。


   だから、ユゥ……。


   ……良いかい?


   だけど……ひとの目があるところでは、やめてね。


   うん……其れは、気を付ける。


   ……ん、ユゥ。


   メルの事も……此の子の事も、私は心から愛している。


   ……ジュピターの事も、マーキュリーの事も。


   皆、私が守るべき……家族だ。


   ……かぞく。


   番であり、子であり、友であり……そして、家族でもある。


   ……辰星には無い概念だわ。


   嫌だったら、言って欲しい。


   ……然う、ね。


   ……。


   ……嫌だとは、感じないわ。


   ならば……。


   ……家族で、良い。


   ……。


   ……ユピテル。


   有難う、メルクリウス……君だけを一生、愛している。


   ……皆を、愛しているのではなかったの?


   皆の事も、愛している……が、メルの事は、番としても愛している。


   ……。


   ……欲しいと思うのはメル、君だけだ。


   然う言う事……。


   ……愛には、色々あるんだ。


   ふふ……然うみたいね。


   ……。


   ……ねぇ、続きを歌って。


   うん……喜んで。


   ……。


   ……~~~♪


   ……。


   ~~~~♪


   ……ねぇ、聞こえてる?


   ~~~~~♪


   ……あなたのとと様が歌って呉れている唄は、歳星の古い唄。


   ~~~♪


   ……其れは、歳星の古き言葉で紡がれているの。


   ~~~~~~♪


   ……其の響きは柔らかくて、何処か、懐かしい。


   ~~~~♪


   ……古き言葉?


   ~~~~~♪


   ……若しかしたら、唄に。


   ~~~♪


   ……ううん、今は。


   ~~~~~~~♪


   ……凍て付く、星の闇へ。


   ~~~~♪


   ……紡ぐ、祈りが。


   ~~~~~♪


   ……遠い、あなたの空に。


   ~~~~♪


   ……届くように。


  8日





   あいつが歳星の守護者、か。


   ……或いは、其の血を引き継いでいるか。


   メルの話を聞いている限り、血を引き継いでいる可能性は大いにあると思う。


   ……此の伝承は、辰星ではもう、誰にも見向きもされないものなのだけれど。


   うん。


   ……歳星、辰星、熒惑、太白の四つの星には、古来より、守護者が存在したと言う。


   歳星は青龍か……字の如く、青い龍だ。


   ……辰星は玄武、亀に似た姿をしている。


   熒惑と太白は。


   ……熒惑は朱雀、太白は白虎。


   すざく? は、どういった姿をしているんだ?


   ……鳥の姿に似ていると。


   とり……数は少ないが、歳星にも居るな。
   其の肉は焼いても、煮ても、蒸しても、美味い。


   ……躰の色は赤で、空を飛ぶそうよ。


   え、鳥が空を飛ぶのか?
   地面を歩いたり、走り回ったりするのではなく?


   熒惑の鳥の主な移動法は飛行、つまり、空を飛ぶ事。
   地上に降り立った時に限って、短い距離を歩いたり跳ねたりするみたい。


   跳ねる……鳥が跳ねるのか?


   跳ねる鳥は、歩く、と言う動作が出来ないの。


   ……想像は、出来なくもないが。


   同じ名でも、生態が異なる……。


   空を飛ぶだなんて、まるで龍のようだ……。


   大きな躰躯を持つ龍とは異なり、熒惑の鳥の躰は……大きくても、此れくらいしかないと、書物には書かれていたわ。


   メルの肩幅くらいか……其れは小さいな。


   熒惑の鳥は飛ぶ為に、躰は小さく、そして軽く作られているの。


   ……食べられるところは、少なそうだな。


   一羽では少なくても、何羽か集めれば。


   あぁ、然うすれば其れなりの量にはなるか。


   ……けれど、熒惑の民は、粗食を好むらしいの。


   そしょく……?


   ……質素ではあるけれど、其の質は高い。


   ……。


   量よりも、質を優先する。


   ……つまり、一羽でも足りると。


   一羽を分け合うのかも知れないわ。


   ……流石に、少ないのでは。


   他のものと合わせて、足らすのだと思う。


   ……足らす。


   一汁と三菜が基本だと。


   ……思っていたよりも、多い。


   然う思うでしょう?


   ……少ないのか。


   一菜につき、量は一口か二口程度だと。


   ……少ない、足らない。


   元々、土壌が豊かな星ではなかったから、節約するような食べ方が定着したのだと思うわ。


   歳星も、私が知る限り、豊かではないが……そしょく、には、ならないな。


   ……歳星は他の星に比べて、餓える者が出易い傾向にある。


   餓えぬように、日頃からある程度の量を備えておけば良いのだろう。


   ……備蓄。


   だけど、残念ながら、然ういう考えに至る事はない。
   何故ならば、全て食べてしまって、備えるだけの食糧が残らないから。


   城の備蓄は……あくまでも、城内の者の為。


   分け与える事も、考えてはいるのだが……全てとなると、なかなか難しい。


   ……分け与えるのならば、全ての民を対象としなければならない。


   然うでなければ、要らぬ不満が溜まるだけだろう。


   ……然うね。


   ……。


   ……ユゥ?


   あれば、ありったけ食べる。


   ……。


   滅多にはなかったが、たらふく食べられる時は、たらふく食べる。
   でないと、次、いつ食えるかどうか分からなかったから。


   ……かつての、あなた?


   うん。


   ……。


   王になってからは、かつてのように食べる事はなくなったと。


   ……次の食事に取っておく、という考えにはならなかったのね。


   腹が空いていたと言う事もあるが……取っておいたら、誰ぞやに取られてしまうかも知れない。


   ……。


   ジュピターも、腹を空かせていたし……どのみち、取っておく事は出来なかった。


   ……然う。


   鳥も捕まえて食ったなぁ……あれは、御馳走だったよ。
   あいつも、喜んで……もっと寄越せと、強請られたものだ。


   ……熒惑の守護者は、炎を操るそうよ。


   炎……其れは、焼き鳥になったりはしないのか。


   ……ならない。


   ん、然うか。


   ……手っ取り早いと思った?


   ん、少しだけ。


   ……ふふ、貴方らしい。


   炎か……まさに、熒惑に相応しいな。


   ……ええ、然うね。


   其れで、太白は。


   ……太白は、白虎。


   びゃっこ……。


   ……白い虎の姿をしている。


   とら……。


   ……猫科の大型獣。


   ねこ科……。


   四足歩行の生き物で……小さい躰のものは猫と呼ばれ、とても愛らしいとされているわ。


   ねこは……あいらしい。


   けれどとても気儘で、ひとのこの言う事は滅多に聞かない。


   ……まぁ、獣だしな。


   民の中には、飼っている者も居るそうよ。


   気儘で、言う事は聞かないのにか?


   ジュピターも然うでしょう?


   ……。


   違う?


   ……違わないな。


   まぁ、あなたはジュピターを飼っているわけではないけれどね。


   あぁ……あいつは、私の友だ。


   ……因みに、猫は食べない。


   食べない……と言う事は、食べられないのか?


   ……食べられなくはないのかも知れないけれど、食べない。


   美味いのだろうか……。


   ……分からないわ。


   ……。


   ……食べるものがなければ、若しかしたら。


   然うだよな……。


   ……。


   いや、食べたいと言うわけでは……ない。


   ……気になりは、するけれど。


   其れは……まぁ。


   ……虎の躰はひとのこよりも大きく、鋭い牙を持ち、他の動物を食す。


   へぇ、狩りをするのか。


   ……時には、ひとのこも襲われる。


   まぁ、狩りをするのならば然うだろうな。


   話は少し逸れるけれど……実は熒惑にも、龍と呼ばれている生物が居るの。


   え。


   ……其の躰は細長く、歳星の龍とは容姿が異なる。


   飛ぶのか?


   いいえ、飛ばないわ……飛ぶ為の翼がないから。


   ……然うか。


   熒惑も太白も、守護者の存在は今では確認されていない。


   矢張り、忘れられているのだろうか?


   熒惑では今でも信仰の対象となっているけれど、太白では忘れ去られているみたい。


   ……。


   青龍の個体数は減少しているのよね。


   あぁ……然うみたいだ。


   ……青龍の元々の住処は。


   其れが、今となってはもう分からないんだ。
   ひとのこが住み着いていない場所にあったらしいのだけれど、そんな場所は幾らでもあるし。


   ……矢張り、伝わっていないのね。


   記録にも残されていなかったのだろう?


   ……ひとのこが居ない場所としか。


   青龍の数が多かった頃ならば、誰かしらは知っていたのだろうが。


   ……口伝でも良いから、後世に残して呉れれば良かったのだけれど。


   んー……取り敢えず、触れを出してみようか。


   出しても、問題無い?


   問題は無いと思うが……念の為、確認しておこうと思う。


   ……直接、調査に行けたら良いのだけれど。


   今は、駄目だ。


   ……そんなに強く言わなくても、分かっているわ。


   済まない……つい。


   ……心配性?


   今は……特に。


   ……ん。


   無理はして欲しくない……。


   ……じっとしている事は、かえって良くないの。


   あぁ……其の通りだ。


   ……程々の運動は、した方が良いのでしょう?


   程々ならば、是非ともして欲しい……。


   ……明日は、マーキュリーとお散歩をするつもりなの。


   マーキュリーと?


   ……流石に、ゆっくり過ぎるかしら。


   ゆっくりでも、運動にはちゃんとなるが……。


   ……あの子の速度に合わせていたら、お散歩にならないかも知れない?


   何方かと言うと、待っている方が長くなりそうだ……。


   ……私も、然う思って。


   何か、考えがあるのかい……?


   ……あの子を抱えて、お散歩しようと思って。


   抱えて……其れは、良いかも知れないな。


   ……あの子は不服かも知れないけれど。


   ちゃんと話せば、分かって呉れるさ……マーキュリーは、賢い子だから。


   ……ねぇ、ユゥ。


   なんだい……?


   ……私達はあの子の事を子供のように扱っているけれど、本当は私達よりもずっと歳上かも知れないわ。


   歳上……?


   ……亀は、長生きする生き物だから。


   若しも、然うであるならば……とんでもなく、失礼な言動をしていた事になる。


   ……歳星の民は、己よりも年齢が上の者を敬うものね。


   辰星は……。


   ……辰星の民は、何処まで行っても実力と結果が全て。


   ……。


   歳上であろうとも、己よりも実力が劣っていれば敬う事など決してしない。


   ……自分よりも長く生きている事を敬うんだ。


   生きた時間よりも為した事が重要なの。


   ……歳を重ねれば、弱る事もある。


   其れは老化によるもの……其れ以上でも、其れ以下でもない。


   ……何度聞いても、厳しいなぁ。


   生まれる前から管理社会だから、どうしても他者へ対しての感情が希薄になるの。


   ……君は、然うでもないけれど。


   ううん……私も淡々としていたわ。


   ……過去形だ。


   今は……ね。


   ……私の影響、か?


   他に居る?


   居ない。


   ……言い切って。


   駄目か?


   ふふ……駄目ではないわ。


   はは、良かった。


   ……。


   ん……メル?


   ……私の中に。


   うん……。


   ……こんなに感情があっただなんて。


   感情は。


   ……あ。


   育つものだ。


   ……其れは、幼い頃だけの事だと。


   そんな事はない。


   ……。


   幾つになろうとも……感情は、育つ。


   ……然うみたい。


   然うなんだ……。


   ……ねぇ。


   なんだい……。


   ……お散歩は、ジュピターともしたいと思っているの。


   あいつは……メルを振り回しそうで。


   大丈夫……あの子は、ちゃんと分かっているから。


   ……マーキュリーも、一緒なのか。


   出来たら……。


   ……大丈夫なのか。


   大丈夫……どうやら、気に入っているみたいだから。


   ……。


   ジュピターは……少しだけ、怯んでいるみたいだけれど。


   ……か細く鳴いた時は、驚いたな。


   ふふ……。


   ……空を飛ばなければ。


   良い……?


   ……出来れば、私も一緒に。


   視察に行く前に、時間が取れたら。


   ……取る。


   ……。


   必ず、取る。


   ……うん、楽しみにしてる。


   あぁ……。


   ……。


   ……。


   ……ところで、ユゥ。


   ん……?


   お腹……そろそろ。


   ……未だ、撫で始めたばかりだと思ったが。


   話している間、ずっと撫でていたわ。


   あー……もう少しだけ、駄目かな。


   続きは、また明日の夜に。


   ……。


   ユゥ?


   ……眠る前に、ほんの一時だけ。


   ……。


   ……と思ったけれど、また明日の夜にする。


   貴方が衛星の視察に行くまで。


   ……。


   毎夜、私のお腹を撫でたいと言う希望は聞くけれど……時間の制限は、ちゃんと決めないと。


   ……然う、だよな。


   嫌なわけでは決してないのだけれど、だからと言って決めないでいると、際限がなくなってしまうと思うの。


   うん、メルの言う通りだ……メルに言われなければ、私はずっと、メルのお腹を撫でていると思うから。


   ……未だ。


   ん……?


   ……反応はしないでしょう。


   あぁ、未だだ……けれど。


   ……けれど?


   此処に、ちゃんと宿っている。


   ……。


   どうか、どうか……無事に、生まれてきて欲しい。


   ……私は。


   いつも以上に、大切にする。


   ……いつも以上?


   メルも、お腹の子も、何方も、同じくらいに大事だ。


   ……。


   メル……。


   ……あなたの手の温もりは、伝わっていると思うわ。


   然うだと、良いなぁ……。


   ……大きくなれば屹度、蹴って呉れると思う。


   君のお腹と一緒に……?


   ……あなたの子だから、力強いと思うの。


   君の子でもあるから……。


   ……弱々しい?


   然うではなくて、控え目に蹴って呉れるかも知れない。


   ……控え目に、ね。


   楽しみだなぁ……。


   ……若しも、蹴って呉れなかったら。


   其れでも構わない……健やかに、育って呉れているのならば。


   ……。


   ……会える事を、楽しみにしている。


   ユゥ……。


   ……ん、どうした?


   ……。


   メル……?


   ……傍に。


   居る。


   ……王の務めを、優先してね。


   場合による。


   ……。


   歳星では……子を産む母と、生まれてくる子を、何よりも優先する。


   ……然うだった。


   だから……私の事は、心配しないで良い。


   ……ん。


   ……。


   ねぇ……。


   ……なんだい、メル。


   守護者の事は……また後日、改めて。


   ……あぁ、分かった。


   ……。


   ……今、離すよ。


   ねぇ……ユゥ。


   ……うん?


   そろそろと、言っておきながら……。


   ……構わない。


   離す前に……今日のマーキュリーの観察日記を、見せてもらっても良い?


   あぁ……うん、勿論。


   ……。


   今日の絵は、なかなか良く描けたと思うんだ。


   ……いつも、良く描けていると思うわ。


   もっと、上手く描けるようになれたらと……然う思いながら、描いているんだ。


   ……。


   ……どうだい。


   うん……良く描けてる。


   ……少しは、上達しているかな。


   ええ……確実にしているわ。


   ……然うか。


   毎日……あなたの日記を楽しみにしているの。


   ……明日も、描くよ。


   ん……描いて。


  7日





   メル、戻ったよ。


   はい、お帰りなさい。


   うん、ただいま。


   今日はもう、お仕舞い?


   あぁ、今日はもう仕舞いだ。
   だから、此処からは。


   あなたと私の時間?


   何事も無ければ良いと思っている。


   ええ、私も然う思っているわ。


   ……。


   ……ユゥ。


   マーキュリーは、どうしている……?


   ……私よりも、あの子の事が気になるの?


   メルの事も勿論、気になっているが……マーキュリーは未だ、此の環境に慣れていないだろうから。


   毎日、聞かれて……何だか、私よりも心配しているような気がするわ。


   ん……然うだろうか。


   ……心配性。


   ……。


   ……と、此の子が言っているような気がする。


   然うかな……。


   ……ほら、あなたの事を見ているわ。


   ん……?


   ……先刻までは、歳星の風景を見ていたのに。


   えと……ただいま、マーキュリー。


   ……。


   気分は、どうだ……少しは、慣れてきただろうか。


   ……箱の中が少々、窮屈だと。


   其れは、申し訳ないと思っている……だが、どうか辛抱して欲しい。
   慣れぬうちに外に出る事は、君の躰にとって良くない事だろうと。


   ……。


   メルと私、ふたりで話し合って決めたんだ。


   ……其れについては、否定しない。


   環境に慣れたら、三人で部屋の外に行こう。


   ……外とは。


   然うだな、先ずは城内だ。
   城の中を、案内しよう。


   ……城内は内側だ、外側ではない。


   だが、此の部屋の外には変わり……。


   ……。


   ならば……庭園だ。


   ……庭園には、何があるのだ。


   庭園には、緑と水の流れがある。


   ……水の流れとは、何か。


   水の流れは……水の流れ、かな。


   ……川か。


   いや、川ではない。


   ……自然物ではなく、人工物か。


   溝を作って、地下の水を流しているんだ。


   ……水溜まりは、あるのか。


   あぁ、ある。


   ……循環は、させていないのだな。


   循環はさせている、でないと水が濁ってしまうから。


   ……然うか、其れは良い。


   気に入ってもらえると、嬉しく思う。


   ……見てみなければ、分からない。


   メル……池を見せるだけならば、どうだろう。


   ……。


   駄目、かな……。


   ……もう少し、此の部屋で辛抱してもらう。


   だ、然うだ……済まないが、もう少し待って居て欲しい。


   ……相も変わらず、融通が利かぬ。


   そんな事は……メルはマーキュリーの事を心配しているだけだ。
   無理をして、君に何かあったら……後悔しても、仕切れない。


   ……ユピテルも、然うなのか。


   あぁ、私も然うだ……私とメルは、気持ちが通じ合っているから。


   ……。


   頼む……どうかどうか、辛抱して欲しい。
   此の部屋の中であれば、好きなところに行って呉れても構わぬから。


   ……ふ。


   メル?


   ……此の子は屹度、気にしていないわ。


   いや、しかし……。


   ……貴方が、真面目に話し掛けるから。


   本当に、然う言われているような気がして。


   ……窮屈だとは、思っているかも知れないけれど。


   窮屈な思いをさせてしまって、申し訳ないと思っているんだ。


   けれど、仕方がないわ。
   此の子が歳星の環境に慣れる為だもの。


   其れは……然うなのだが。


   大丈夫よ。


   ……私だったら、耐えられぬかも知れないと。


   ……。


   ん……メル?


   ……貴方だって、耐えているわ。


   私が……?


   ……王になってから、ずっと。


   ……。


   確かに、小部屋のような狭さではないけれど……其れでも、窮屈だとは思うの。


   ……もう、慣れてしまった。


   慣れるまで、大変だったんじゃない……?


   ……外に出られないのが、苦痛だったな。


   ジュピターとも、屹度……。


   ……空を飛ぶ事も、初めのうちは禁じられた。


   ……。


   あいつも、鬱憤が溜まってしまってさ。


   ……容易に、想像がつくわ。


   久しぶりに飛んだ時は、もう大変だったよ……。


   ……どう、大変だったの?


   溜まりに溜まった鬱憤を晴らすように飛ぶものだから……何度も、振り落とされそうになった。


   ……落ちなかったのよね?


   あぁ、そんなへまはしない……あいつも其れが分かっているから、己が思うように飛んだんだ。


   ……空は、自由だから。


   うん……空だけは、自由だ。


   ……今でも。


   今は……君とふたりで居る時も、自由だと思っている。


   ……然うかしら。


   君が、私を然うさせて呉れる……。


   ん……だめよ。


   ……と。


   此の子が、見ているから。


   ん……然うか。


   ……今は、目を瞑っているけれど。


   え……。


   ……見て。


   んー……うん、瞑っているな。


   ……眠いわけではないと思う。


   亀は、何でもないのに目を閉じたりするのだな……。


   ……何かを考えているようにも見える。


   何を、考えているんだろう……。


   ……と言いつつ、何も考えていないようにも見えるの。


   ……。


   ……ね。


   言われてみれば……何方にも、見えるような。


   ふふ……でしょう?


   亀とは……あれだ。


   ……あれ?


   趣が……深い?


   ……然うかしら。


   奥が……深い?


   何方かと言うと、奥の方かしら。


   ……私も、観察してみようかな。


   其れならば、観察日記でも書く?


   かんさつ、にっき?


   貴方の場合だと、朝と夜かしら。
   お昼だと、お茶の時間しか取れないだろうし。


   朝と夜、二回も書くのか。


   観察日記だから。


   そ、然うか。


   でも、朝は忙しいから……夜の一回だけで良いと思う。


   観察日記とは、何を書けば良いんだ?


   見たままを、書けば良い。


   見たまま?


   此の子の絵を描いても良いと思う。


   絵……。


   良く見て、描いて……其れで、思った事を記すの。


   描いて、思った事を記す……。


   気付いた事でも良い。


   ……。


   同じように見えるけれど、毎日、違うから。


   ……違う、のか。


   ええ、違うわ。


   例えば、今日はどうなんだ?
   何を思って、何に気付いたんだ?


   今日は……然うね。


   うん。


   今日一日のまとめとして……相変わらず、眠たそうな目をしている。
   けれど、眠たそうな眼をしているだけで、眠るわけではない。


   ……。


   今日は昨日よりも歳星の風景を眺めている時間が長く、部屋の中も良く歩き回っていた。
   食欲は昨日と然程変わりない。用意されたものをゆっくりと、自分の速度で食べていた。完食。
   歳星の環境に少しずつ、けれど確実に、馴染んで来ていると思われるが、油断は出来ない。


   ……其れで、良いのか?


   他にも呼吸、心拍数、体温、甲の具合などを記すけれど……貴方は、此処まで書かなくても良いわ。


   甲の具合を記すのは難しいが、模様を描くのなら出来るかも知れない。


   模様?


   描いたところで、何にもならないだろうか。


   そんな事は無いわ、とても良いと思う。


   そ、然うか?


   叶うのならば、貴方が描いたものを見せて欲しい。


   其れは、構わないが。


   本当?


   あぁ、本当だ。


   有難う、ユゥ。


   あまり、上手くは描けないが。


   貴方が描いた、此の子の甲を見てみたいの。


   ……上手く、なくてもか?


   上手下手はどうでも良いの、私はただ、貴方が描いた此の子を見てみたい。


   ……ならば、見て欲しい。


   うん。


   ……嬉しそうだ。


   ユゥが描いたマーキュリーの甲……ふふ、楽しみだわ。


   ……あまり、楽しみにしない方が。


   どうして?


   ……うん、楽しみにしてて呉れ。


   ん。


   ……マーキュリー、君はメルにかなり好かれているようだ。


   好いてはいないわ。


   ……然うなのか?


   可愛いと思っているだけ。


   其れは……好きだと、思うな。


   然うなの?


   あぁ、然うだよ。


   可愛くて、興味があるだけなのだけれど。


   ……其れを、好きと言うのだと思う。


   んー……。


   ……。


   ……貴方に向けている感情とは、大分違うのだけれど。


   其れは、然うだ。


   ……然ういうもの?


   マーキュリーは旧知の友で、私は生涯の番だろう?


   ……若しかしたら、生涯の友になるかも知れない。


   え。


   ……勿論、此の子の事よ。


   あ、あぁ、マーキュリーの事か……然うか、然うだよな。


   ……自分の事だと思ったの?


   い、いや、まさか……は、ははは。


   ……。


   ……はぁ、良かった。


   ふふ……面白い。


   ……面白い?


   あなたも、興味深いわ。


   ……どんどん、興味を持って欲しい。


   此れ以上?


   ……君が、思うが儘に。


   ……。


   む。


   ……見ているわ。


   目を瞑って……。


   ……。


   ……いないな。


   矢っ張り、眠たそうではあるけれど。


   ……私を、観察しているのだろうか。


   ……。


   ……うん?


   今更……?


   ……然うだったのか。


   多分、だけれどね。


   うん。


   あなたの事を気に入っていると思うの。


   ……マーキュリーが?


   だから、あなたを観察している。


   ……若しも、気に入られていなかったら。


   屹度、見向きもしない。


   ……良かった、気に入られているようで。


   亀なのに?


   亀であり、君の旧知の、いや生涯の友でもある。


   ……。


   出来れば、無視される事は避けたい。


   ……ふ。


   私は、本気だ。


   ん……分かっているわ。


   ……ん。


   ……。


   ……見て、いるのでは。


   今は、閉じている……。


   ……本当だ。


   観察日記の話なのだけれど……。


   ……うん。


   些細な事でも構わないから、毎日、書き記すの。
   然うすれば、此の子の記録にもなる。


   ……記録。


   然う、記録。


   ……記録、か。


   ねぇ、ユゥ。


   ……ん?


   ずっと、思っていたのだけれど。


   ……なんだい。


   此の星は……記録だけでなく、過去に対する意識も薄いと思うの。


   ……。


   ごめんなさい……決して、貶めているわけではないの。


   ……確かに過去に対する意識は薄いな、いや、ほぼ無いと言っても良い。


   ……。


   過去は過ぎ去りしもの……どうやろうとも、変わらない。変えられない。
   であるならば、今を大事にし……未来に向かって、生きた方が良い。


   ……過去からは、学びを得る事が出来るわ。


   学びを……?


   ……愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ。


   ……。


   此の場合の「経験」は、己だけのものを指すの。


   ……歴史は。


   己だけでなく、他者の経験も含まれる。


   ……他者の経験。


   ユゥも知らず知らずに、聞いていると思うわ。


   ……うん、聞いている。


   知識や知恵は、過去から今に繋がり、そして未来へと繋いでゆく。


   ……あぁ、然うか。


   だから……あなたの代からでも良い、此の星の歴史を、あなたの歴史を残して欲しい。


   ……良い事だけなく、悪い事も。


   然う……悪い事ならば、戒めにもなるから。


   ……けれど、誰が。


   あなたが、許して呉れるのならば。


   メル、君に頼んでも良いか。


   私で、良いのなら。


   ならば、君に任せる。


   本当に、私で良い?


   君に任せたいんだ。


   あぁ……有難う、ユゥ。


   いや……此方こそ有難う、メル。


   ……此の子のおかげ。


   え……?


   ……ん、なんでもない。


   ……。


   ……ユゥ。


   今は、見ていない。


   ……。


   外を見ている……。


   ……いつの間に。


   メル……。


   ……向こうに。


   聞いているだろうか……。


   ……お茶の支度もしないと。


   其の前に……。


   ……ぁ。


   ……。


   ……ユピテル。


   メルクリウス……今日も変わらずに、君を愛している。


   ……う、ん。


   ……。


   ……。


   ……然うだ、メル。


   な、に……。


   マーキュリーが、外に出られるようになったら……ジュピターに会わせても良いかな。


   ……ジュピターに?


   あいつ、マーキュリーに興味を持ったみたいなんだ。


   ……私は、構わないわ。


   然うか、良かった。


   ……一応、マーキュリーにも聞いてみてね。


   其れは、勿論。


   ……屹度、興味を持つと思うけれど。   


  6日





   此の子が、若しも然うだったら。


   ……。


   メルは、どんな反応をするだろう。


   ……ん。


   どんな顔を見せて呉れるだろう。


   いけない……ぼんやりしてしまったわ。


   笑って呉れるだろうか。


   あのひとの、龍の御守り……。


   喜んで呉れるだろうか。


   ……私のものよりも、少し小さい。


   其れとも、なんでもない事のようにされてしまうだろうか。


   ……当たり前だけれど。


   いや、其れは屹度ない。
   何故ならば、ずっと待っていたであろうから。


   ……あの子にも、仔竜の頃があったのね。


   笑って呉れたら。


   ……王になる子と、青龍の仔。


   喜んで呉れたら。


   ……あのひとが抱えていたと言う龍の卵は、何処から来たのか。


   嬉しくて、抱え上げてしまうかも知れない。


   誰が、与えたのか……誰も、知らない。


   いや……せめて、踊るぐらいにしておこう。


   ……あのひとが子供の頃に過ごした場所は、もう、ない。


   ふたりで踊れたら、楽しいだろうな。


   ……青龍。


   今時分ならば、部屋に居る筈。


   ……歳星の守護者とされていた存在。


   若しも居なくても、探せば良い。


   けれど、今は誰も……ユピテルさえも、口に出さない。


   なに、直ぐに見つけて見せる。


   ……王であるひとが、己が星の守護者の存在を知らない。


   庭園か、書庫か……古代書物庫は、今日は行かないと言っていたな。


   ……辰星は分かるけれど、歳星はどうして。


   或いは、何処かを散歩しているか。


   ……考えられる事は、何処かで確実に途切れた事。


   最近、運動が不足していると言っていたし……全く、していないわけではないと思うが。


   歴史書らしきものには、空白の時間が多くある……記されていたとしても、大まかな事柄だけ。


   ジュピターと話している可能性も、ないわけではないな。


   ……歳星には編纂する者が居ない、居なかった。


   空の散歩……は、ないだろう。


   故に……どの時代に於いても、王だった者の足跡は残されていない。


   ……。


   ……過ぎた事に対して興味が無い、其れはらしくもある。


   ふぅ……。


   ……けれど。


   メル、メルクリウスは居るか!


   ……はい?


   良かった、居て呉れた。
   まぁ、居なくても探しに行くが。


   お茶の時間には、未だ早いけれど……どうしたの?


   メルに報告したい事があって、飛んで来たんだ。


   飛んで……何かあったの。


   マーキュリーらしき亀が見つかった。


   ……え。


   取り敢えず、此の絵を見てみて欲しい。


   え、ええ……。


   最も上手い者に描かせたんだ、だから特徴は掴めていると思う。


   ……こんなに、描いて呉れたの。


   あぁ、ひとつだけでは分かり難いだろうと思って。


   ……色々な角度で。


   其れで、どうだろうか?


   ……少し、待って。


   ん、分かった。


   ……本当に、絵が上手ね。


   然うだろう?


   ……まるで、紙の中で生きているみたい。


   背の甲の模様が、マーキュリーが描いて呉れたものと良く似ていると思うんだ。


   ……確かに、とても良く似ているわ。


   ……。


   ……本当に、良く似ている。


   此の亀は……マーキュリー、だろうか。


   ……。


   其れとも……マーキュリーに良く似た亀、だろうか。


   ……此の子は、恐らく。


   う、うん。


   ……あぁ。


   え。


   ……屹度、此の子はマーキュリーだわ。


   ほ、本当か?


   此の甲の模様は、あの子にしか見られなかったの。


   あぁ、然う聞いている。


   ……で、あるならば。


   躰の青はどうだろう?


   此の青は……あの子の青にとても近いわ。
   一見、暗く見えるのだけれど……実際は、然うではないの。


   私は深い青だと思う。


   深い青……然う、とても深い色をしているの。


   メルの瞳に、とても良く似ている。


   ……私の青よりも、深いと思うわ。


   形や、大きさは?


   ……どちらも、あの子に良く似ている。


   然うか。


   ……若しかして、実物大で描いて呉れたの?


   全体の姿は、成る可く、同じ大きさに描くよう命じたんだ。


   ……其れで、形や模様など特徴のある部分は拡大して。


   兎に角、分かるように。
   分からなければ、意味が無いから。


   ……。


   メル、此の子はマーキュリーで間違いないだろうか。
   間違いないのであれば……?


   ……ふふ。


   メル……?


   ……見て。


   うん?


   左の、前肢……。


   ……何か、特徴があるのかい?


   他の亀よりも、少しだけ曲がりが緩やかなの……。


   ……曲がり?


   付け根から……前肢の先まで。


   ……緩やか、なのか?


   右の前肢と、良く比べてみて。


   うん、右の前肢だな。


   ……ほら、少しだけ緩やかでしょう?


   然う、かも……いや、然うだな。


   ……。


   気持ち、緩やかだと思う。


   ……ふふふ。


   ん?


   ……多分、分からないと思う。


   え……。


   ……本当に、些細な差だから。


   あー……。


   ……ふふ、ふふ。


   メル……私を、揶揄ったな?


   ……ごめんなさい。


   いや、良い……。


   ……ん、ユゥ?


   私は……其の顔が見られて、満足しているから。


   ……其の顔?


   嬉しそうに、笑っている……。


   ……。


   ……何処となく、少女のようだ。


   少女って……。


   ……可憐だ。


   ……。


   はは……。


   ……もぅ。


   メル……此の子は、マーキュリーで良いかい?


   ……ええ、良いわ。


   然うか……。


   ……目も、良く似ているし。


   目……?


   ……少しだけ、眠たそうな目をしているの。


   眠たそうな、目……。


   ……亀も夜になると、眠るのよ。


   え、然うなのか。


   ……昼行性で、夜行性ではないから。


   いや、眠る事に驚いた。


   ……睡眠時間が極端に短いものは居るけれど、全く眠らないものは居ないと言われているわ。


   言われてみれば、ジュピターは良く寝ているもんな。
   あいつの場合、夜だけでなく、昼も。


   ……私に寄り添ったまま、眠ってしまう事もあるの。


   また、メルを包むようにして眠るんだ。


   ……あの子に包まれていると安心するの。


   私よりもか?


   あなたは……また、別でしょう?


   別なのか……。


   あの子は躰がとても大きいから……温もりのある城壁に囲まれているような、そんな安心感を抱くの。


   城壁……。


   あなたは……城壁ではないでしょう?


   確かに、其処までは大きくない……。


   ……あなたは、安らぎ。


   安らぎ……?


   ……あなたの腕の中に居ると、心が穏やかになって安らぐの。


   安心は、するか……?


   ……勿論。


   然うか……うん、良かった。


   ……もう、直ぐに張り合うのだから。


   張り合っては、いない。


   ……然う?


   まぁ、ほんの少しだけ。


   ……。


   あいつこそ、私に張り合っていると思う。


   其れは……まぁ、少しだけ。


   だろう?


   ……あなたとあの子、良く似ているわ。


   似ているかも知れないが、良くは似ていないと思うな。


   ……ふ。


   メル?


   ……マーキュリーも、良く眠る子だった。


   其れは……ジュピターと、気が合うかも知れない。


   ……然うだったら、良い。


   メル。


   ……ユゥ。


   環境は整える。


   ……うん。


   メルが、望むままに。


   ……此の子は今、何処に。


   姉姫殿の許可をもらって、保護している。


   ……。


   若しも、其のままの方が良いのなら……君が望む場所に、そっと帰す。


   ……あの子は、何処に居たの。


   其れが……信じられないのだが。


   ……うん?


   気付いたら、其処に居たらしい。


   ……其処?


   何も居なかった筈の場所に。


   ……突如、現れたと言う事?


   報告を聞く限り、然うとも取れる。


   ……。


   亀の動きというものは、ゆっくりとしているのだろう?


   ええ……素早いとは、全く言えないわ。


   だとしたら、隠れていたのだろうか。


   ……然うとも、言える。


   然うとも……?


   其れで……あの子が、居た場所は。


   あぁ、然うだった。
   緑に囲まれた池の畔に居たらしい。


   ……中心部から、東にある?


   あぁ、然うだ。


   ……人工的に作られた緑地だわ。


   マーキュリーを見つけた者は、どうやら、いつも其処で一休みしているらしい。


   ……緑地は休憩する場所でもあるから。


   静かで、休むにはうってつけなのだろう?


   ええ、特に歳星の民は気に入ると思う……空気が澄んでいて、気持ちが良いから。


   初めは、何も居なかったらしいんだ。
   ひとしきりぼんやりとして、そろそろ戻ろうと思った時に。


   ……あの子が、其処に居た。


   其れはもう、驚いたと。


   ……あの子らしい。


   うん?


   ……私に寄り添って呉れる時も、然うだったの。


   突然、現れたと……?


   ……居なかった筈なのにね。


   マーキュリーは……何か、特別な存在なのかな。


   ……然うとも、考えられる。


   ふむ……。


   ……あの子は何処から来るのか、私が知る事は最後までなかった。


   調べたのか……?


   ……ん、一応ね。


   然うか……。


   ……私の小部屋の近くにも、人工的な池があったの。


   其の場所と緑地は良く似ていた?


   ん、どうかしら……あぁ、でも、今思えば似ていたのかも知れない。


   ……行った事は。


   其の緑地には、一度も行った事がないの……地図で、眺めるばかりで。


   ……。


   然う……あの子は、東の緑地にも行く事が出来たのね。


   ……メルの小部屋からは。


   私の小部屋は、中心部から北にあった……。


   ……北。


   だから……亀の足で、移動出来る距離ではないわ。


   ……メルの足でも。


   ……。


   ……ごめん。


   ううん……気にしないで。


   ……。


   マーキュリー……生きていて、呉れたのね。


   ……連れて来るかい。


   ……。


   歳星に……君の傍に、連れて来たいのなら。


   ……姉姫様が、許して呉れるかどうか。


   問題ない。


   ……ユゥ。


   亀の一匹ぐらいならば、構わぬと。


   ……。


   ……メルクリウス。


   あの子は、亀だけれど……私の、古い知人なの。


   ……。


   亀に、知人なんて言うのは……おかしいかも、知れないけれど。


   ……私の生涯の友は、青龍だ。


   ユピテル……。


   だから、亀が旧知の友であっても……何ら、おかしな事ではない。


   ……旧知の友。


   然うだろう……?


   ……。


   ……。


   ……ユゥ。


   なんだい、メル。


   ……改めて、お願いしても良い?


   あぁ、勿論だ。


   あの子を……私の旧知の友を、連れて来て。


   承知した。


   ……有難う。


   なんて事はない。


   ……けれど、亀一匹の為に。


   此度は、転送装置を使う。


   ……え。


   メルクリウスが望むのならば、と。


   ……姉姫様が。


   亀一匹ぐらいならば、質量は書簡と然程変わらない。


   ……つまり、装置に負荷が掛からない。


   姉姫殿が、直々に送って下さるそうだ。


   ……本当、姉姫様らしい。


   辰星からだから、ほぼ一瞬だ。
   此方からだと、然うはいかない。


   ……いいえ、改良されている筈よ。


   え?


   ……辰星側から、勝手に。


   そ、然うなのか?


   ……其れくらいの事、簡単に出来るから。


   い、いつ?


   ……恐らく、私が此の星に来た時には。


   メルが……なんて事だ、全く気が付かなかった。


   ……其のうち、ひとのこも送れるようになるかも知れない。


   然うしたら、辰星へ行くにも。


   ……今よりも、ずっと早くなる。


   は、はぁ……。


   ……もう、構築はされているの。


   こ、構築?


   ……問題は、此方の装置ね。


   きゅ、旧式なんだ。


   ……資材さえあれば、装置其の物の改良且つ更新が出来るかも知れない。


   新しいのを、造るのか?


   ……場合によっては、然うなるわ。


   はぁぁ……。


   ……ねぇ、ユゥ。


   な、なんだい……。


   ……手伝って呉れる?


   よ、良いけど……何を?


   ……転送装置の改良。


   え。


   ……時間がある時で良いから。


   わ、私に出来る事なんてあるのか。


   ……寧ろ、貴方にしか出来ない。


   私にしか……。


   ……だって、私の番は貴方だけだもの。


   ん。


   ……たまにで、良いから。


   よ、喜んで!


   ……。


   あ……喜んで、は、違うか。


   ……ふふ。


   は、はは……。


   ……有難うユゥ、頼りにしているわ。


   お、応!


   ……。


   メル……。


   ……マーキュリーに、会いたいわ。


   然うだ、今はマーキュリーの事を。


   ……。


   今から、書簡を送る。


   ……うん。


   メルも、何か。


   ううん……私は、良いわ。


   良いのか?


   ん……良い。


   ……。


   多分、分かっているだろうから。


   ……然うか。


   ……。


   では、送って来る。


   ……送ったら、戻って来る?


   あぁ、戻って来る。


   ……。


   送った頃には、お茶の時間になっているだろうから。


   ……ふふ、屹度然うね。   


  5日





   此れを、私に?


   ええ、貴方に。
   漸く、形になったの。


   おお。


   早速だけれど、身に着けてもらっても良い?
   細かな調整部分は、身に着けてもらわないと分からないから。


   ジュピターの鱗が、ちゃんと防具になっている……いや、メルは本当にすごいな。


   ユゥ、聞いてる?


   すごいなぁ、メルは。


   有難う、だけど未だ完成しているとは言えないから。


   拵えているところは、ずっと見ていたが……こうして形になっている様を見ると、感動しかない。


   ユゥ?


   此の防具を私の為に……有難う、メル。
   一生、大事にする。


   一生、大事にして呉れるのは嬉しいけれど……ちゃんと、使ってね?


   勿体無くて、


   使って、ね?


   あ、はい。


   防具は身を守る為にある、其れなのに使わないでいたら、ただの持ち腐れになってしまうわ。


   ……持ち腐れには、ならないと思うが。


   防具などの道具は使ってこそ、です。
   其れこそ、飾り物になどするべきではありません。


   はい、分かりました。
   大事に使わせて頂きます。


   整備や修繕は私がするけれど、貴方も己の目で確認するようにしてね。
   破損していると、いざと言う時に機能を発揮出来なくなるかも知れないから。


   ん、心得た。


   私が言わなくても、貴方は分かっていると思うけれど。


   言って欲しい。


   少しの傷みでも、見逃さないで。


   少しの傷みでも?


   少しの傷みであろうとも、致命的には為り得るわ。


   ……例えば。


   例えば、爪の先程の小さな亀裂。
   なんでもないなどと、放っておくと。


   打撃を受けた時に大きくひび割れ、或いは完全に壊され、防ぎ切れないかも知れない。


   つまり、極めて小さな亀裂であっても致命傷には為り得るという事。


   だが、青龍の鱗に、亀裂は入るものなのだろうか。


   入らないとは限らない。
   どんなものであろうとも、形がある限り、いつかは壊れてしまうものだから。


   ん……確かに。


   然う言うわけだから、身に着けてみて。


   分かった。


   急がなくても良いわ。


   うん。


   ……。


   ん、思っていたよりも軽いな。
   もう少し、重みがあると思っていた。


   龍の鱗は頑丈な上に軽いから、防具の素材としてかなり優れていると思うの。


   ふむ、此れならば素早く動く事が出来そうだ。


   貴方は従来の防具でも素早く動けるけれど。


   いや、軽いに越した事はない。


   ……。


   軽い上に頑丈……防具として、此れ以上のものは無いだろう。


   けれど、改良はするわ。
   より良いものを、貴方には身に着けて欲しいから。


   うん、此れは良い。
   本当に良い。


   ……取り敢えず、重量は問題無さそうね。


   あぁ、全く無い。


   止め紐は、どう?


   紐?


   従来のものよりも、硬めの紐にしてみたの。


   硬め……ん、確かにいつもの紐よりも硬いな。
   だが、しなやかでもある。此れは、面白い。


   其れは、辰星で開発された素材で作られている紐。


   辰星で?


   丈夫且つ耐久性の高い素材で、長期間にわたって使う事が出来るの。


   へぇ、此の紐は長持ちするのか。其れは有り難い。
   今まで使っていた紐は、二、三度使うだけで、ぼろぼろになってしまって。
   定期的に取り替えてやらないといけなかったから、手間だったんだ。


   貴方は手先が器用だけれど、手間には変わりないものね。


   あぁ、然うなんだ。


   劣化していると、其れだけで外れてしまう恐れがある。


   途中で外れてしまうと、もう捨て置くしかない。


   然うすると、無防備になってしまう。


   防具があるとないとでは、全然違うからなぁ。


   ……防具がないと、急所を曝け出してしまう事になるわ。


   だから、直ぐにぼろぼろにならない紐は本当に有り難い。


   ……。


   ん、結び易いな。


   ……鋼のように硬く、けれど、布のようにしなやかで。


   おまけに軽そうだ、いや、軽い。


   ……火への耐性もあるから、焼き切れる事もないわ。


   其れもすごいな、うん、此れも良い。


   ……良かった、辰星から持って来て。


   有難う、メル。


   ……持って来たいものを好きなだけ持って来れば良いと、貴女が私に言って呉れたから。


   そんな事は、当然だ。


   ……もっと、制約されると思っていたの。


   来てもらうのに、するわけない。


   ……若しかしたら、貴方を。


   其れならば其れで、仕方が無い。
   然うさせてしまった、私が悪いんだ。


   ……。


   けれど、君は持って来なかった。


   ……日常で使うものは、幾つか持って来たわ。


   うん、あれらは使い易いから、私も重宝させてもらっている。


   ……仮令持って来たとしても、私には無理だったと思う。


   私の事が、愛おしくなってしまって?


   ……。


   ん、違うか。


   ……違わない。


   然うか、嬉しいな。


   ……ふふ。


   うん、なんだい?


   ……改めて、良かったと思ったの。


   何がだい?


   ……あなたのところに来て。


   んっ。


   ……本当に良かった、私の番が貴方で。


   メル……。


   ……ふふふ。


   メルクリウス……改めて、私のところに来て呉れて有難う。


   ……良かったと、思って呉れている?


   思わない日は、一日たりともない。


   ……大袈裟。


   本当だ。


   ……知ってる。


   あは。


   ……其の紐ね。


   ん。


   ……何かに使えるかも知れないと思ったの。


   何か?


   ……けれど、そんな機会は見当たらなくて。


   ……。


   何故、何かに使えるかも知れないと思ったのか……自分で、可笑しくなってきてしまって。


   ……初めて見たよ。


   ずっと、仕舞い込んでいたから。


   ……大事にする。


   ユゥ……。


   ……。


   ……出来れば、使う時なんて来なければ良い。


   使う時が来たとしても、屹度、守って呉れる……。


   ……。


   ……君と、ジュピターが。


   鱗のひとつひとつに……ううん、なんでもない。


   なんだい……出来れば、教えて欲しいな。


   ……重たくなってしまうと思うから。


   構わないさ。


   ……。


   構わない。


   ……祈りを、込めたの。


   祈り……。


   あなたが私のもとへ……無事に、帰って来られるように。


   ……。


   ジュピターが……あなたを、守って呉れるよう。


   ……メル。


   祈りなんて……何も、ならないのにね。


   防具の力が、高まった。


   ……え?


   メルの祈りが込められている事を知って。


   ……祈りが込められていたとしても、力は高まらないわ。


   気持ちは、大事だ。


   ……精神論は、あまり。


   けれど、帰りたいと願う気持ちも大事だ。


   ……。


   でないと、私の場合は力が入らないから。


   ……どうか、空回りしないよう。


   はは、気を付けよう。


   ……笑い事ではないのだけれど。


   メルの祈りが。


   ……。


   何もならないなんて、そんな事は決してない。


   ……ユゥ。


   私にとっては、大きな力になる。


   ……本当に、然うなれば。


   本当になる。


   ……。


   なるんだ、メル。


   ……ん、分かった。


   うん。


   ……。


   しかし、きれいな鎧だな。


   ……ジュピターの鱗が、きれいだったから。


   あいつに其の言葉を聞かせたら、其れはもう得意げになって、メルに甘えるんだろうなぁ。


   ……もう、甘えられたわ。


   もう?


   ……ジュピターに、出来栄えを見てもらったの。


   いつの間に。


   ……そっと、ね?


   私も、行きたかったな……。


   ……悪い出来ではないと。


   あいつ、メルにそんな事を言ったのか。


   ……あの子はなかなか、手厳しいの。


   其のくせ、甘えるんだよな。


   ……可愛い子だと思う。


   ん。


   ……いつか生まれて来るかも知れない私達の子も、ジュピターのように。


   其れは、どうかな。


   ……嫌なの?


   嫌ではないが……。


   ……嫌そう。


   嫌では、ないんだ……ただ少し、複雑なだけで。


   其れは、嫌だからではないの?


   本当に嫌ではないんだ……。


   ……。


   本当なんだ、メル……。


   ……ジュピターは、可愛がって呉れるかしら。


   え……?


   ……私達の子。


   ……。


   ……駄目かしら。


   いや……多分、可愛がって呉れるだろう。


   ……多分?


   メルの子供だし。


   ……あなたの子供でもあるわ。


   其処が、問題なんだ。


   ……何が、問題なの?


   私の子を、可愛がって呉れるだろうか。


   ……心配?


   あいつは、メルの事が好きだから。


   あの子は、あなたの事が大好きよ。


   ……え。


   私以上に。


   いや、其れは無いと思う。


   じゃあ……私と、同じくらいに。


   あー……。


   ……あなたの生涯の友であるジュピターが、あなたの子を、可愛がって呉れないなんて事はないと思うの。


   ……。


   大丈夫よ……あなた。


   ……大丈夫、かな。


   大丈夫……。


   ……ん、然うだな。


   うん……。


   ……咥えられて、何処かに連れ去られないようにしないと。


   うん……?


   あいつなら、やりかねない。


   ……された事、あるの?


   ある、子供の頃に。
   あいつとしては、遊んでいるつもりだったらしい。


   ……。


   あの頃のあいつは未だちびで、けれど、力だけはあったんだ。


   ……落ちなかった?


   あぁ、其れは大丈夫だった。


   ……良かった。


   未だ高くは飛べなかったから、落ちたところで大した事にはならなかったんだ。
   然うだな、おでこに瘤を作るか、躰じゅう、擦り傷だらけになるか……あぁ、痣も出来たか。


   ……。


   遠くまで飛ぶ事も


   気を付けましょう。


   ……え?


   ジュピターにちゃんと言っておかないと。
   今のジュピターは空高く、遠くまで飛べるから。


   今のあいつならば、落とす事は先ず無いだろう。
   心配なのは、咥えて其のまま口の中に入れて、


   幼いうちは、あなたと一緒に。


   私と?


   ジュピターと飛ぶ時は。


   あぁ、私が一緒ならば抱える事が出来るな。


   どうか、抱えてあげて。


   うん、然うしよう。


   其れで、大きくなったら教えてあげて。


   ん、何をだい?


   ジュピターと一緒に飛ぶ方法を。


   方法なんて教えなくても、勝手に


   其れでも、教えてあげて。


   お、応、分かった。


   ……。


   メ、メル?


   ……ところで。


   う、うん。


   ……防具は、どう?


   あ、あぁ……うん、付け心地も悪くない。


   ……良くもない?


   未だ、馴染んでいないんだ。
   馴染めば、好くなる。


   ……調整すべき箇所が、あるのならば。


   私には、分からない。


   ……確認するわ。


   ん、頼む。


   ……。


   ジュピターと一緒に飛ぶ方法か……考えた事、なかったな。


   ……然う言うけれど、あなたは私に教えて呉れたわ。


   メルに?


   乗り方、座り方……あれこれと、細かくね。


   ……。


   其れを……今度は、私達の子に。


   ……ん、然うしよう。


   ……。


   どうだい……?


   ……矢張り、少し調整する必要があるわね。


   然うか……では、頼む。


   ん……任せて。


   調整したら。


   また、試着を。


   いつでも、言って呉れ。


   ……ん、言うわ。


   ……。


   ……。


   ……なぁ、メル。


   なぁに……?


   ……外す前に、見てもらっても良いかい。


   もう、見ているけれど……。


   ……。


   ……あぁ、然う言う事。


   良いかい……?


   ん……良いわ。


   ……やった。


   ふふ……。


   ……其れでは、メル。


   はい。


   どうだろう、似合っているかい?


   ……ん、とても似合っているわ。


   格好良いかい?
   防具に、負けてはいないかい?


   格好良いし……何処を見ても、防具に負けていないわ。


   はは、然うか!


   ……ご機嫌。


   良し、暫くは此のままで居てみようか。


   外さなくて良いの?


   少しでも早く、躰に馴染ませたいんだ。


   ……けれど、調整が未だ。


   防具の感触を、覚えたい。


   ……。


   けど、物々しいか。
   矢張り、外そう。


   ううん、外さないで。


   ……。


   早く感触を覚えたいのならば、身に着けていた方が良いから。


   ……ならば、お茶の支度が出来るまで此のままで。


   うん……。


   ……今日は、メルが淹れて呉れる日だ。


   今、支度をするわ。


   防具も嬉しいが……メルのお茶も、楽しみだな。


   ……今となってはもう、同じお茶ばかりだけれど。


   変わらぬからこその安心感、と言うものもある。


   ……飽きない?


   飽きるわけが、ない。


   ……。


   メルが私の為に淹れて呉れるお茶は、どんなお茶でも美味しいんだ。


   ……本当、変わらない。


   ずっと、変わらない。


   ……。


   ……。


   ……ねぇ、ユゥ。


   なんだい、メル……。


   ……今日のお茶はね。


   うん……。


   ……林檎の葉で、淹れるつもり。 


  4日





   うん、美味い。


   ……。


   矢張り、メルと一緒に食べると美味しいな。


   ……其れは、何より。


   んー……。


   ……若しかして、此れだけでは足りない?


   ん、どうして分かった?


   ……声音で。


   声……。


   ……此れだけでは、聊か物足りないと。


   相変わらず、メルは耳が良い。


   ……歳星に来てから、聞かない日はないもの。


   はは、然うだな。


   貴方は……仮令短くても、私との時間を作って呉れる。


   当然だ。


   ……。


   君との時間は、どれも此れも、掛け替えのないものばかりだから。


   ……良かったら。


   うん?


   ……私の分を。


   食べ切れないかい?


   ん……食べ切れなくも、ないけれど。


   ゆうべも、干し果実をもらった。


   ……。


   だから……食べられるのなら、食べて欲しい。


   ……食べ切れないようだったら。


   其の時は、私が食べよう。


   ……。


   言っておくが、食べ切れないふりは、駄目だぞ。


   ……分かっているわ。


   うん、なら良い。


   ……。


   ん、美味い。


   ……ご機嫌。


   久しぶりに、作りたくなってきたな。


   ……食事?


   作ったら、食べて呉れるかい?


   ……私も、あなたが作って呉れた料理が食べたいと思っていたから。


   ふふ、然うか。
   ならば、期待していて呉れ。


   ……うん。


   はは。


   ……ふふ。


   良い朝だ。


   ……ん、然うね。


   ところで、メルは美味しいかい?


   言ってないだけで……ちゃんと、美味しいわ。


   其れは……。


   ……あなたと、食べているから。


   あはっ。


   ……ユゥ、口の端に付いているわ。


   ん……此処か?


   ……少し、良い?


   あぁ……頼む。


   ……動かないでね。


   うん……じっとしている。


   ……。


   ……。


   ……はい、取れたわ。


   有難う、メル。


   ……


   当たり前のように、食べて呉れるようになった。


   ……あなたが、当たり前のように食べて呉れたから。


   初めは、吃驚していたね。


   ……誰にも、された事がなかったんだもの。


   ……。


   あなたは、私以外の……ん。


   するわけ、ないな?


   ……知ってる、けど。


   ん、良かった……。


   ……ユゥ、もう。


   あぁ……今、離す。


   ……。


   今日も、良い日だ。


   ……ずっと、続けば良いのに。


   ん……ずっと。


   ……。


   ……。


   ……あれから。


   ……。


   ……あれから、暫く経ったけれど。


   太白と熒惑は、相変わらず小康状態だ。


   ……何か、動きは。


   話し合い以外の動きは、此れと言って、見られない。


   ……太白については、辰星への動きも見られないのよね。


   今のところは、目立った動きは無いようだ。


   表では見られなくても……裏では、何をしているか。


   故に、警戒は怠らず、ずっと続けている。


   ……姉姫様からは、何か。


   今は、何も。


   ……然う。


   姉姫殿とて、警戒を怠る事は無いだろう。


   ……然うだと、良いけれど。


   何か、気になる事があるのか。


   ……ううん、無いわ。


   けれど、何かを気にしているようだ。


   ……強いて言えば、心配。


   ……。


   心配なんて……辰星に居た頃は、した事なかったのに。


   ……屹度、離れているからだ。


   離れていると……そんなものなのかしら。


   何か、思う事があるのだろう。


   ……あまり、良い思い出は無いのに。


   全く無いわけでは、無いのだろうと思う。


   ……。


   済まない、いい加減な事を。


   ……ううん、貴方の言う通りなのだと思うわ。


   ……。


   ずっと、言わないでいたのだけれど……私、亀を可愛がっていたの。


   ……かめ?


   名前まで、付けて。


   ……。


   ……ユゥ?


   其の……かめ、とは。


   あぁ……歳星には、居ないものね。


   かめとは、どんな生き物なんだい?


   ……背面及び、腹面に甲を有し、


   こう……。


   ……甲羅、とも言うわ。


   こうら……。


   両甲は側面で繋がっていて、


   ……うん。


   頭、四肢、尾のみを甲の外に出し、多くは其れらを内に収める事が出来る。


   ……。


   爬虫類に属しているわ。


   ……かめは、可愛いのか。


   可愛がっていた子は、可愛かったの。


   他のかめは?


   ……。


   メル?


   ……好きではなかったわ。


   え。


   ……形が、苦手で。


   其れなのに……名前を付けて、可愛がっていたのかい?


   ん……何故か、其の子は可愛く感じられたの。


   他のかめとは違ったのか?
   例えば、形とか。


   形は、ほぼ同じ……他のかめと、変わらないわ。


   話す、わけではないんだよな。


   亀はそもそも、話せないから。


   ん、然うか。


   声帯が無いから、鳴く事もないの。


   鳴かない……となると、会話は出来ないな。


   あなたとジュピターのように?


   ……今は、メルとも。


   然うだった……。


   ……。


   鳴かなくても、何か通じるものがあったのだと思う。


   ……通じるもの。


   今、思えばだけれど。


   ……其の時は、あまり思わなかったんだな。


   私は、己の感情に対しても鈍かったから。


   ……。


   其の子はいつも、私に寄り添って呉れて……と言っても、亀はあまり動く生物ではないのだけれどね。


   かめは、あまり動かないのか。


   ええ、あまり動かない……動いたとしても、とてものんびりとしていて、緩やかなの。


   のんびりで、緩やか……。


   ……だから、良かったのかも知れないわ。


   ……。


   若しかしたら、あなたと気が合うかも知れない。


   ……私と?


   甲干し……日向ぼっこを好むから。


   日向ぼっこか、其れは良いなぁ。
   私も良く、ジュピターとしたものだ。


   ……今でも時々、しているわ。


   今は、メルも一緒だ。


   ……。


   あの時間も好きなんだ……のんびり出来て。


   ……歳星では直接、太陽の光に触れられる。


   其の代わり、遠いが。


   ……叶うなら、連れて来てあげたかった。


   ん。


   ……辰星では、出来なかったから。


   近過ぎる……か。


   ……ええ。


   ……。


   ねぇ……亀が何故、日向ぼっこを好むのか聞いて呉れる?


   ……うん、是非とも聞きたいな。


   亀は変温動物で、自分で体温を維持する事が出来ないの。


   へんおん、どうぶつ?


   体温調節能力が無い為に、環境温度によって、体温が変わる動物の事。
   だから、平熱と言うものがないの。


   へぇ……。


   因みに、私達は恒温動物。


   ……こう、おん?


   体温調節能力を持っているから、環境温度が変化しても、常にほぼ一定の体温を保つ事が出来る。


   はぁ、然うなのか。


   極端な高温、或いは冷温には耐えられないけれどね。


   うん、無理だな。


   ん。


   かめは、体温を調節出来ないから、日向ぼっこを好むのか。


   然う、然うなの。


   お。


   亀の甲には甲板という薄い層があるのだけれど、其の下には毛細血管が張り巡らされていてね。


   う、うん。


   太陽の光を浴びる事で、血液の循環を促進し、躰を温める事が出来るの。


   そ、然うか。


   躰が冷え過ぎてしまうと血行や消化の不良、臓器や身躰機能、免疫の低下を引き起こしてしまうから、躰を温める事はとても重要な事なの。


   思っていたよりも、重要なんだな……日向ぼっこは。


   もっと言うとね、太陽の光に含まれる紫外線を浴びる事で、健康を保つ為の栄養素が躰の中で生成されるの。
   紫外線を浴びないでいると、此の栄養素が生成されないから、酷いと甲や骨が変形してしまう。


   変形……其れは大変だ。


   変形してしまったら、自然には元に戻る事はないから。


   ……自然には?


   治療をすれば、ある程度は戻す事が出来るけれど……余程の事がない限り、亀の治療はしないわ。


   ……。


   亀は……実験用でも、あるから。


   ……実験用。


   あとね、甲や躰を乾かす事で、寄生虫や細菌の繁殖を抑える事も出来るの。


   ……。


   ねぇ、興味深いでしょう?


   取り敢えず……かめにとって、日向ぼっこはとても重要だという事は良く分かったよ。


   ん……あまり、興味無い?


   いや、そんな事はない……出来る事ならば、かめを見てみたいと。


   ……。


   あ。


   ……居なくなって、しまったの。


   居なく……?


   ……でも、連れて来なくて良かったのかも知れない。


   其れは、どうしてだい……?


   ……辰星と歳星は、環境が違うから。


   環境……。


   多大な負担を掛けてしまったかも知れない……ひとのこだって環境が変わると、馴染むのには時間が掛かるもの。


   ……メル。


   あの子は……あの子は屹度、今でも辰星の何処かで。
   亀は……長生きする、生き物だから。


   ……其の子は、なんて名前なんだい?


   ん……。


   ……教えて欲しい。


   笑わない……?


   ……笑う?


   可笑しいと、思うかも知れないから。


   ……笑わないさ、どんな名前であろうとも。


   ……。


   メル……。


   ……マーキュリー。


   マーキュリー……。


   ……辰星に伝わる、守護者の名前。


   守護者……。


   ……其の躰躯は、星程では無いけれど、巨大で、亀に似た姿をしていると言われているの。


   ……。


   今でも辰星の中心で、眠りながら星を護っていると……誰も、信じてはいないけれど。


   ……メルは、信じている?


   私は……うん、信じているわ。


   ……私も、信じる。


   ユゥ……。


   ……君が信じている存在を、私が信じないわけがない。


   ……。


   ……本当だよ、メル。


   有難う……ユゥ。


   なに……何でもない事さ。


   ……。


   ……可笑しいと思うところは、ひとつもない。


   もうひとつ、あるの……。


   ……うん?


   マーキュリーは……メルクリウスの、もうひとつの読み方でもある。


   ……もうひとつの?


   ん……。


   もうひとつの読み方……と、すれば。


   他に、思い付かなくて……矢っ張り、笑う?


   笑わない……とても良い名前だと思う。


   ……私はただ、守護者の名をもらっただけなの。


   うん、分かっているよ。


   ……。


   メル。


   ……ひとつ、聞いても良い?


   何でも。


   ……貴方の名は、誰が。


   分からない。


   ……。


   気付いたら、此の名前だった。


   ……ごめんなさい。


   私からも、良いかい?


   ……勿論。


   君の名は、誰が。


   私の名前は……無作為に。


   むさくい?


   ……辰星では、名前は無作為に選ばれるの。


   親、或いは、育てる者が名付けるわけではないのか。


   ええ、違うわ。


   ……。


   全ての民は管理されていて、且つ、ひとの手を掛けない。


   ……なぁ、メル。


   私は……私達の子の名前は、私達で考えたいと思っているわ。


   ……。


   あなたは、どう?


   私は……私も、私達で名付けたい。


   ……ならば、一緒に名付けましょう。


   ふたりで、考えて。


   ……良い名は、思い付かないかも知れないけれど。


   だから、ふたりで考えるんだ……。


   ……。


   なんだったら……ジュピターに聞いてみても良い。


   ……あの子に?


   若しかしたら、共に考えて呉れるかも知れない。


   ふふ……其れも、良いかも。


   だろう……?


   ……。


   ……。


   ……小康状態でも構わないから。


   ずっと、続いて呉れれば良い……厄介事は、ごめんだ。


   ……。


   メル……メルは、此れからの月の女王の動向について、どう考えている?


   今の段階では、情報が少な過ぎて……あれ以来、表に出て来る気配すら感じられないし。


   何を、考えているのか……。


   ……ただ、ひとつ。


   ひとつ……?


   ……青き星への干渉は、何人たりとも許さないと。


   ……。


   其の意志だけは、感じられる……。


   ……あぁ、其れは私もだ。


   ……。


   ……其れから、マーキュリーの事なのだけれど。


   マーキュリー……?


   ……探してみよう。


   え……。


   ……若しかしたら、見つかるかも知れない。


   けれど……。


   ……見つからなかったら、済まない。


   そんな手間を……。


   ……だから、特徴があるのなら詳しく教えて欲しい。


   特徴……。


   ……見分けがつかないと、難しいだろうから。


   ……。


   特には、無いか。


   ……背の甲に。


   うん……。


   ……変わった模様があるの。


   模様、か……其れは、どんな?


   ……書くわ。


   ん、頼む。


   ……。


   ……此れは。


   変わっているでしょう?


   此れならば、覚え易いだろう。


   ……大きさは、此れくらい。


   うん。


   色は……全体的に、青。


   青か……君の瞳と、同じ色だ。


   ……。


   メル……マーキュリーが見つかったら、どうしたい?


   ……其のまま。


   其のままで、良いのか……?


   ……其の方が、屹度。


   メルが、望む方を


   ……。


   ……環境は、出来るだけ、整える。


   ……。


   答えは、今直ぐでなくても構わない。


   ……辰星に居ても。


   ん……?


   で、あるならば。


   ……。


   ……連れて来て、ユゥ。


   うん、分かった。


   ……。


   報告を、待っていて呉れ。


   ええ、待っているわ……どんな報告であっても。


  3日





   ……メルクリウス。


   ん……。


   ……お早う。


   おはよう……ユピテル。


   起こして、済まない……。


   ……声を掛けて呉れない方が、嫌。


   然うだろうと、思った……。


   ……


   良かった……声を掛けて。


   ……もう、そんな時間なの。


   残念ながら……然うなんだ。


   ……。


   私はそろそろ、起きなければいけない……。


   ……矢っ張り、時は一定の速さで流れるものなのね。


   うん……?


   ……停止する事までは、望まないけれど。


   ゆっくり、流れて呉れれば良いと……。


   ……そんな事を願ったばかりに、余計に短く感じてしまう。


   時の流れは、感じ方で変わる……然ういう研究も、辰星ではされているんだったね。


   ……時の流れを早める神経伝達物質が分泌されるから、とも言われているわ。


   しんけい…。


   ……ひとのこの時間知覚には、未(いま)だ研究の余地がある。


   じかんちかく……私では、思い付きもしないな。


   ……けれど、楽しい時間はあっという間だと感じるでしょう?


   感じる……君とのしあわせな時間も。


   ……こんな事をしている間にも、時は流れている。


   あぁ……目が覚めてから、どれくらい流れたかな。


   ……僅かだと、思いたい。


   うん……。


   ……。


   若しも、時の流れを緩やかに出来たのなら……辰星では、然う言った研究もされているのだろう?


   されてはいるけれど……時の流れに干渉する事までは、辰星の民でも未だ不可能。


   いずれ、出来るようになりそうだ……。


   ……光の速さで進む物体の中で流れる時間と、其の外側で流れる時間では違いがある。


   ……。


   例えば、物体の中では二十年……けれど、外側だと四十五年の歳月が流れている。


   二倍以上だ……。


   ……試したいとは、思わない。


   私が老け込んでしまっても、変わらずに愛しいと思って呉れるかい……?


   ……其の質問、其のまま貴方に返す。


   私は……変わらずに、君だけを愛す。


   ……皺だらけになってしまったとしても。


   想いは、変わらない……ずっと。


   ……私は、変わるかも知れない。


   え……。


   ……だって、其れだけ待たされる事になるのだもの。


   ……。


   ……ユゥは、待たされても。


   決して、変わらぬ……。


   ……然う言うと、思った。


   だが……君は、待たなくて良い。


   ……。


   私以外の誰かと、生きても良い……。


   ……本気で言っているの?


   本気で、言っている……。


   ……本音は?


   嫌だ、誰にも渡したくない……メルはずっと、私だけを想っていて欲しい。


   ……ふ。


   けれど、此れは私の我侭だ……私の我侭に、メルを縛り付けてはならぬ。


   ……私が老け込んだとしても、貴方は変わらず、私をきれいだと言って呉れそうね。


   勿論さ……若々しかろうと、歳を重ねようと、メルはメルなのだから。


   ……私も、同じ。


   同じ……?


   ……貴方だけが、歳を重ねてしまったしても。


   よぼよぼになった私でも、愛しいと……。


   思うわ……だって、貴方はあなただもの。


   ……良かった。


   ……。


   ……メル。


   貴方は……内側も、見られるひと。


   内側……?


   ……外側だけでなく。


   ……。


   ……私は、自分自身の事をきれいだと、決して思ってはいないけれど。


   メルの、たましい。


   ……。


   其れは、とても美しい響きを持っている……目で、見る事は出来ないが。


   ……其の心で、感じるのね。


   震えるんだ……心が。


   ……たましい。


   ……。


   最近……なんとなくだけれど、其の概念が分かるようになってきたと思うの。


   ……がいねん。


   物事の概括的な意味内容……或いは、形式論理学で、事物の本質を捉える思考の形式。


   ……。


   概念、と言う言葉がある……今は、其れだけ理解して。


   ん……分かった。


   目で、確かめる事が出来ないから……私には、難しいと思っていたけれど。


   ……。


   概念として、考えれば……。


   ……私の、影響か。


   ……。


   あ、違うか……。


   ……貴方しか、考えられない。


   ん……メル。


   ……他に居ると思う?


   思わない……思いたくない。


   ……私は、あなたのたましいと。


   うん……うん?


   ……青龍のたましいにも、興味がある。


   ジュピター……?


   ……あの子にも、たましいはあるのでしょう?


   ある、けど……。


   ……影響を受けたのは、あなただけ。


   ……。


   だから……あの子のたましいにも、興味を持ったの。


   ……然う、か。


   ね、良いでしょう……?


   ……あぁ、構わないよ。


   本当に……?


   ……あぁ、本当だ。


   ふふ……。


   ……うん、可愛いな。


   ……。


   ずっと、見ていたいけど……。


   ……話している時間は、もう、あまりない?


   朝の支度をしながら……なら。


   ……ん。


   あぁでも、離れたくないなぁ……ずっととは、言わないから。


   ……。


   私は起きるけれど……メルは、未だ。


   ……ねぇ、ユゥ。


   メルも、離れたくない……?


   ……其れも、あるけれど。


   けれど……。


   ……一緒に摂りたいわ。


   一緒……?


   ……朝食。


   あぁ……朝ごはん。


   ……どう?


   うん……私も一緒に食べたいな。


   ……昼食と夕食は、一緒に摂れるかどうか分からないから。


   昼食と夕食も、出来るだけ、一緒に食べられるようにする……したい。


   けれど……今は、王としての務めを優先しないと。


   ……メルとの食事の時間ぐらい、取らせて欲しい。


   ……。


   で、なければ……頑張れない。


   ……取れたとしても。


   ……。


   ……ゆっくりは、出来ないと思う。


   仮令、ゆっくり出来なくても。


   ……あ。


   君と一緒に、食べられるのなら……。


   ……。


   君と食べなければ、食べた気がしないんだ。


   其れでも、食べているのでしょう……?


   ……食べては、いるが。


   残さない限り……必要な栄養素は、ちゃんと摂れている。


   ……味も、しない。


   味が、せずとも……ん。


   ……其れ以上は、言って呉れるな。


   ……。


   君と一緒に食べられない日が続いたら……其のうち、食欲を無くしてしまうかも知れない。
   食欲を無くしてしまったら、食べる量が減るだろう……或いは、全く食べなくなってしまう可能性だってある。


   ……其れは、良くないわね。


   だろう……?


   ……食べなければ、生命活動に必要な栄養素が摂れなくなってしまう。


   そんな事になったら……。


   ……一大事。


   恐らく、ではなく……?


   ……恐らくではなく、確実に。


   けれど、私が居なくても……。


   ……駄目よ、貴方が居なければ。


   然うかな……。


   ……分かって、言っているでしょう。


   私が居ないと、どれ程の事になるか……。


   ……あなたの代わりは、居ない。


   まぁ、今直ぐは無理だろうと思う……。


   ……思う、ではないの。


   お……。


   ……私が行くわ。


   行く……君が、腹を空かした私の代わりに?


   ……然うではなくて。


   然うでも、良いのだけれど……いや、矢張り駄目だな。


   ……私の行き先は、あなたが食事をする場所。


   私が……。


   私なんて……場違いかも、知れないけれど。


   ……あは。


   矢張り、駄目かしら……。


   ……来て呉れたら、嬉しい。


   ん……。


   ……迎えに行くよ。


   そんな暇、あるの……?


   ……なら、呼びに行かせる。


   其れが、良いと思う……。


   ……時間は、いつになるか分からない。


   構わないわ……調べものをしながら、待っているから。


   ……調べもの?


   色々と、調べているから……。


   ……君は、本当に。


   王の事や、龍の卵を持っていた子供の事は……未だに、分からないけれど。


   ……良いさ。


   ……。


   私は、此処に居るから……。


   ……然う、ね。


   今日も、行くのかい……?


   ううん……今日は、行かない。


   ……行かなくて、良いのか。


   ジュピターに、運ぶのを手伝ってもらったから。


   ……ん。


   気になる書物を、全て。


   ……然うだった。


   少し、散らかっているけれど……許して。


   はは、今更だ……。


   ……ちゃんと、片付けるわ。


   寝台にだけは、置かないで呉れ……眠る場所が、無くなってしまうから。


   寝台には、置かないわ……幾ら広くても、ふたりで眠れなくなってしまうもの。


   ……ふたりで?


   私、ひとりだけだったら……。


   ……私を、締め出さないで欲しいな。


   ふふ……大丈夫、締め出さないわ。


   あぁ、良かった……君と眠れないだなんて、考えたくもないよ。


   ……私もよ、あなた。


   ……。


   ……ふふふ。


   可愛いな……メルは。


   ……貴方も、可愛いわ。


   益々、離れたくない……少しくらいならば、遅くなっても。


   ……王として、其れは駄目よ。


   然うだよな……。


   ……歳星は、大らかで緩やかな気質ではあるけれど。


   王が遅れたら、皆に示しが付かぬ……。


   だから……また、夜に。


   夜……。


   ……帰って来て呉れるでしょうから。


   あぁ……必ず。


   ……。


   さて……仕方無いから、支度を始めるかな。


   ……湯浴みは。


   勿論、する……。


   ……。


   ……メルも、するだろう?


   ええ……したいと思っているわ。


   若しも、起きるつもりならば……一緒に、どうだい?


   其れも、悪くないわね……ふたりで湯浴みすれば、時間を短縮出来るでしょうし。


   ん……ならば、決まりだ。


   ゆっくりは、出来ないけれど。


   ……其れはまた、今度の機会に。


   今度……?


   ……楽しみに、取っておこう。


   ゆっくりし過ぎて、逆上せないようにしないと……。


   はは……違いない。


   ……。


   取り敢えず、羽織るものを……。


   ……畳んで、椅子に掛けてあるわ。


   椅子……あぁ、本当だ。


   ……ゆうべのうちに、用意しておいたの。


   いつの間に……。


   ……貴方が、帰って来る前に。


   ……。


   ……なんとなく、然うなる気がして。


   全く、気が付かなかった……。


   ……だってあなた、私しか見ていなかったもの。


   うん……他のものは、一切、目に入らなかった。


   ……。


   寝台に横たわる、君しか……。


   ……もぅ。


   メル……?


   ……冗談だったのに。


   君以外、見えなかったよ……メル。


   ……支度を、しないと。


   ん……然うしよう。


   ……私の衣服も。


   一緒に、掛けてある……?


   ……貴方の衣服の、内側に。


   私の……ん、分かった。


   ……ユゥ。


   ん……?


   ……躰は?


   大丈夫だ、問題無い。


   ……。


   メルは……いや、止めておこう。


   ……一応、起きられそうだから。


   ん……良かった。


   ……。


   ……メル。


   今度こそ……。


   ……。


   ……今度こそ。


   然うだったら……良い。


   ……。


   だが……然うならなくても、良い。


   ……うん。


   お腹に触りたいが……今は、そんな事をしている場合じゃないな。


   ……ほんの少しだけならば。


   ……。


   ……湯浴みの時に。


   では、ほんの少しだけ……。


   ……。


   ……どうぞ、メル。


   有難う、ユゥ……。


   ……どういたしまして。


   ……。


   ん……?


   ……見ないでね。


   ……。


   ……見ないで。


   はい……。


   ……。


   ……む。


   ユゥ……。


   ……どうやら、知らせのようだ。


   ……。


   中には居れないが、扉は開ける……メルクリウスは、此処に。


   ……はい、分かりました。


   此処で、聞いていて呉れ。


   ……確と。


   ん、頼む……。


   ……。


   ……はぁ。


   ユピテル……。


   ……夜に来なかっただけ、良しとするか。


   ええ、良しとしましょう……。


   ……途中でなんて、とてもではないが。


   然うは言いますけれど……貴方は、屹度。


   ……不機嫌には、なったかも知れない。


   其れは……否定しません。


   ……ふ。


   ……。


   ふぅ……良いぞ、ゆっくり開けて呉れ。


   ……。


   何か、動きはあったか。


   ……先に動くとしたら。


   ん……然うか。


   ……矢張り、太白。


   其れで……場所は。


   ……けれど、


   青き星、衛星の傍……太白め、揺さぶりを掛けたな。


   ……熒惑に、抜かりは無い筈。


   辰星への動きは……。


   ……。


   今のところは、見られないのだな……。


   ……表立っては。


   辰星は、動きが早い……早々、捕まえる事は出来ない筈。


   ……だとしても。


   が、油断は出来ぬ……。


   ……辰星は。


   辰星は、静観……姉姫殿らしいな。


   ……姉姫様。


   あぁ、分かった。
   身支度が済んだら、直ぐに……ん?


   ……もうひとり。


   どうした、何ぞ動きが……なんだと。


   ……。


   月の、女王?


   ……月、青き星の衛星。


   其れが……太白を。


   ……蹴散らした。


   状況は……詳しくは、分からぬか。


   ……聞いた事は、ある。


   御苦労だった……一先ず、戻れ。


   ……。


   ……聞いていたか、メルクリウス。


   はい……聞いておりました。


   ……。


   ……。


   ……月の女王について、何か知っている事はあるか。


   何かしらの存在は、居るだろうと……。


   ……。


   ……今まで、目立った動きは全く見られなかったのです。


   然うか……。


   ……ただ、水晶を持っていると。


   水晶……?


   ……けれど、其れが関係しているかどうかは。


   ……。


   ……役に立てなくて、ごめんなさい。


   いや、そんな事はない……有難う。


   ……いえ。


   月……其れが、青き星の衛星の名か。


   ……青き星より、生まれしもの。


   メルクリウス。


   ……はい。


   君にも、出て欲しい。


   ……良いのですか。


   構わない。


   ……。


   頼む、メル。


   ……分かったわ、ユゥ。


  2日





   ……。


   ユゥ……。


   ……ん。


   そんなところに、すわって……いったい、どうしたの?


   や……どうも、しないよ。


   ……どうもしないのに、なぜ、しんだいのすみっこにすわっているの?


   うん……ちょっと、ね。


   ……ちょっと?


   少し、躰を起こしたくて……。


   ……なんてことはない?


   うん……ないよ。


   ……。


   本当に……。


   ……なんでもないの?


   あぁ……なんでもないよ。


   ……そう。


   ……。


   ほんとうに、なんでもないのならよいの……ごめんなさい、しつこくきいてしまって。


   いや……聞いて呉れて、嬉しく思う。


   ……うっとうしかったと、おもう。


   鬱陶しいだなんて……思うわけがない。


   ……。


   ……。


   ……ユゥ。


   ん……。


   ……おちつかないの?


   ……。


   ……そうなのね。


   然うかも、知れない……。


   ……。


   済まない……起こしてしまって。


   ……気にしないで、眠ってはいなかったから。


   ……。


   ……私が気付かないとでも、思った?


   思わない……な。


   ……。


   ……。


   ……ユゥ、聞いても良い?


   なんでも……。


   ……躰の何処かに、不調を感じている?


   少し気怠いけれど、不調は感じていない……寧ろ、心地好いくらいだ。


   ……。


   メルは、其のままで……もう少ししたら、戻るから。


   ……寄り添って、欲しくない?


   まさか……。


   ……なら。


   私の事より、メルの躰の方が大事だ……。


   ……。


   ……。


   ……確かに、腰回りが重たいような気がする。


   こし……。


   ……今夜のあなたは、少し。


   大分、強引だったと思う……。


   ……。


   済まない……。


   ……ふふ。


   うん……?


   ……若しかして、反省していた?


   反省……。


   ……其の反応だと、していないわね。


   今、している……。


   ……今?


   改めて、強引だったと。


   ……。


   昂ぶって、しまって……抑え切れなかった。


   ……明日は、起きられないかも知れない。


   然うしたら……起きられるようになるまで、休んでいて欲しい。


   ……ひとりで。


   出来る事ならば……傍に、居たい。


   ……たまには、あなたとゆっくり過ごしたいわ。


   私も、君と過ごしたい……君の事だけを、考えながら。


   ……心から。


   心から、然う思っている……。


   ……。


   一日だけで良い……君と、ゆっくり過ごせたら。


   ……いつか。


   ……。


   いつかで、良いから。


   いつか……。


   ……叶えて呉れたら、嬉しい。


   いつかと、言わず……。


   ……近いうちに?


   明日は、難しくとも……。


   ……楽しみにしているわ。


   あぁ……私も、楽しみだ。


   ……。


   メル……。


   ……ねぇ、ユゥ。


   なんだい……。


   今、思えば……強引と言うより、必死だったと思う。


   必死……?


   ……余程、急かされているのだろうと。


   急かされて……。


   ……子を、一刻も早く作るように。


   誰に、急かされようとも。


   ……貴方は、気にしない。


   仮令……種無しと、言われようとも。


   ……何度聞いても、酷い言われよう。


   種には種の、誇りがあるらしいから。


   ……だからと言って、誰かを傷付けて良い理由にはならない。


   然う言って呉れたのはメル、君だけだ……。


   ……だって、酷いと思ったんだもの。


   ……。


   子を望んでいなかったとしても……言われて、気分が良い言葉ではないわ。


   ……。


   ……ひとの躰の事を、そんな風に言うだなんて。


   だから、嬉しかった……とても。


   ……。


   メルのおかげで……益々、気にしなくなったんだ。


   ……若しもまた、言われたら。


   話したら、怒りそうだな……。


   ……当たり前です。


   はい……。


   ……。


   ……。


   ……急かしている者は。


   うん……?


   ……ひとのこだけでは、ないと思うの。


   ……。


   急かしているのは……あなたの細胞。


   ……さいぼう。


   子を生す為に……出来るだけ多く、種を蒔けと。


   あー……生殖細胞か。


   ……気にしていなくても。


   無意識では……。


   ……難儀よね。


   全くだ……此処まで来ると、性質が悪い。


   ……ひとのこであれば、其れを理性で抑えようとするけれど。


   肝心要の理性が、全くの役立たずになる時がある……。


   ……。


   箍が、完全に外れてしまったら……もう、どうにもならない。


   ……ひとのこと雖も、生殖動物に過ぎない。


   其の欲からは、逃れられないか……。


   ……私には、分からないのだけれど。


   分からない……何が。


   種には、抑え切れない……然う、衝動のようなものがあるのでしょう?


   ……衝動。


   本能に、ひたすら突き動かされるような……。


   ……ある、けれど。


   けれど……?


   ……其れでも、理性で抑えつけるんだ。


   ……。


   でないと……其れこそ、生殖細胞の乗り物に成り下がってしまうからね。


   ……あぁ。


   メルは、どうなんだい……衝動のようなものは、あるのかい。


   ……どうかしら。


   ない、か……。


   ……種と卵、求めているものが異なるから。


   どう、異なる……?


   ……。


   聞かせて欲しい……。


   ……種は、より多くの卵を。


   うん……。


   卵は……数よりも、優れている種を。


   ……。


   強い子孫を残す為、己が因子を遺す為……種(しゅ)として劣っているものより、優れているものの方が望ましい。


   優等と劣等の……選別。


   ……言葉は、悪いけれど。


   だが、生物とは元来、然ういうものなのだろう……他のものよりも劣っていたら、生き残れない可能性は高くなるだろうから。


   とは言え。


   ……ん?


   親が劣っているからと言って……子も同じように、劣っているとは限らない。


   ……。


   其れに……何を以ってして、劣っているとするのか。


   何を、以って……。


   ……ひとのこの場合、好みによるところも大いにあると思うの。


   其れは……多分にあるだろうなぁ。


   もっと言えば……親になるのは、何も、種だけではない。


   ……卵も、だな。


   種だけで、子供が出来るわけではないもの。


   ふふ……其の通りだ。


   種と卵が、揃わなければ……合わさらなければ、細胞分裂は始まらない。


   ……細胞分裂。


   因子の多様性を考えるのならば、より広く交わった方が良い。
   範囲が狭いと、因子が濃くなってしまうから。


   ……因子。


   血が濃くなる、と言い替えても良い。


   血……血が濃くなると、弱い子が生まれて来る。


   其の可能性は高まるわ……だけど、其れだけじゃない。


   ……。


   同じような因子ばかりが集まってしまうと、変化に弱くなってしまうの。


   ……変化。


   例えば、新しい感染症……最悪、全滅する事だって考えられる。


   ……其れでも、此の星では屡々生まれる。


   ……。


   禁じても……血の近い者同士で、交わってしまうんだ。


   ……。


   辰星では、考えられないだろう?


   ……管理されているから。


   管理、か……流石に、其処までは出来ないな。


   ……しない方が、良い。


   ……。


   けれど……近親同士は、成る可くなら、避けた方が良い。


   ……其の為には、知識が必要だと思うんだ。


   ……。


   血が濃くなる事で、どうなるか……其れを知れば、若しかしたら、数が減るかも知れない。


   ……他に、倫理観。


   倫理観……?


   ……避けるべき事として、意識の中に根付かせる。


   ……。


   其の為には……知識が必要となる。


   ……矢張り。


   故に……直ぐには、変えられないわ。


   ……うん。


   ずっと続いて来てしまった事ならば、余計に。


   ゆっくりで良い……少しずつ、変わってゆけば。


   ……私達ではなく、先の世代になるかも知れない。


   其れでも、構わないさ……ひとのこは、先へと繋げてゆくものだから。


   ……。


   此れもまた、君に教わった事のひとつだ。


   ……ユゥ。


   細胞分裂だって……君が教えて呉れなければ、屹度、ずっと知らないままだった。
   小さな細胞が分裂を繰り返して、ひとのこの形になるなどと……どうして、知る事が出来よう。


   ……。


   子が胎に宿り、ゆっくりと腹が膨らんでゆく……腹が膨らむのは、子が無事に育っている証。
   母から、血肉を分け与えられ……時には腹の中で動き、大きくなれば腹を蹴る。腹を蹴るのは、元気な証だ。


   ……無事に産まれて来て呉れれば、皆で喜ぶ。


   皆で、喜び……皆で、悲しむ。
   其れが、此の星の有り様だ。


   ……素敵だと思う。


   素敵、だろうか……。


   ……辰星ではもう、そんな有り様は存在していないから。


   ……。


   純粋に、命を思う事が出来る……其れは、とても素敵な事だと思うの。


   ……けれど、知識が増える事はない。


   貴方は、何処まで……。


   ……細胞分裂、とまでは言わないけれど。


   近親同士の交わりを無くせれば……。


   ……其れだけじゃない。


   ……。


   読み書きが出来ない者だって、多く居る……其のせいで、騙される者も。


   ……知識は、己を生かす。


   知識を得る事が出来れば、騙される者も減るだろう……。


   ……。


   知識を持つ者が増えれば……此の星は、もっと。


   ……学び舎をもっと活かしましょう。


   学び舎……?


   全ての子供達が通えるように。


   ……全ての。


   読み書きと計算、其れ以外の事も教えるの。
   其の為には、老師を育てなければいけないけれど。


   ろう、し……?


   学問を教える者。


   ……読み書きと計算が出来る者は、居るが。


   其れ以外の事を教えるのならば、其れを知っている者が居ないと。


   ……確かに、然うだ。


   先ずは、学ぶ事が好きな子を集めて……老師になるべく、学問を修める。


   ……其の子らは、誰が教えるんだ。


   私で、良ければ。


   ……メルが。


   初めは、私ひとりだから……どうしても、数は限られてしまうけれど。


   ……。


   貴方が、許して呉れるのならば。


   ……直ぐ、には。


   然う……然うよね。


   ……少し、考える時間を。


   ん、分かった……。


   ……メルが、教える。


   ……。


   ……。


   ……ねぇ、ユゥ。


   うん……?


   ……私はあなたに相応しいのかしら。


   え……。


   ……あなたの子を、生むのに。


   其れを言うのなら、私だ……私は、君に相応しいのだろうか。


   ……あなたに相応しいかどうかは分からないけれど、私はあなたが良い。


   私も、君が良い……君に相応しいかは、分からないが。


   ……。


   ……。


   ……ふふ。


   はは……。


   ……私ね。


   うん……。


   ……子供なんて、産むつもりはなかったの。


   ……。


   産みたいとも……一度だって、思う事はなかった。


   ……子を産むには、躰に多大な負担を掛ける事になる。


   ……。


   胎の中で、育てて……産む時は、命懸けだ。


   ……人工子宮ならば、然ういう事もない。


   メルの負担を考えると、其の方が良い……ずっと、良い。


   ……でも。


   子供など、要らぬ……ずっと、然う思っていた。
   私がわざわざ、子を生さずとも……産ませずとも、私の代わりなら他に居る。


   ……。


   だからこそ……宛がわれても、指の一本すら動かなかったんだ。


   ……流されるものだと、思っていた。


   然うでない者も、たまに居るんだ……。


   ……。


   気持ち悪いとさえ……。


   ……あなたは私だけなのね。


   あぁ、然うだ……私は、君だけなんだ。


   ……私も、あなただけ。


   ん……メル?


   ……あなたの、傍に。


   ……。


   ……届いた。


   メル……。


   ……あなたの温もりがないと。


   そろそろ、戻るつもりだった……。


   ……落ち着いた?


   メルのおかげで……。


   ……良かった。


   其れで、なんだけど……。


   ……うん?


   出来れば……もう、一度。


   ……。


   あ、や……今宵は、もう。


   ……良いわ。


   ん……。


   ……抱いて、ユゥ。


   あ、あぁ……。


   ……ふふ、なぁに?


   ……。


   ん……ユゥ。


   ……良いか。


   ……。


   今なら、未だ……。


   ……来て。


   ……。


   ……あなたが、ほしいの。


   あぁ、メル……。


   ……。


   ……あいしているよ、メル。


   わたしも……あいしているわ、ユゥ。


  1日





   ……。


   ……ユゥ。


   ん……。


   ……お帰りなさい。


   メル……うん、ただいま。


   ……遅くまで、お疲れ様。


   済まない。


   ……どうして?


   起こして、しまって。


   ……貴方が帰って来るまで、眠るつもりはなかったから。


   寝台に、入っていただけ……?


   ……入っていないと、心配すると思ったの。


   うん、心配する……。


   ……少しくらいならば、夜更かししても大丈夫なのにね。


   少しくらいならば、私も気にしないさ……ただ、忘れてしまうのではないかと、其れが心配で。


   ……今夜は、待っていたかった。


   ……。


   どうしてなんて、言わないでね……。


   ……分かった、言わない


   ……。


   ……。


   ……遅くなった理由は。


   遅い時間だけれど、聞いて呉れるかい……?


   ……話して呉れるのならば。


   聞いて呉れたら、嬉しく思う……。


   ……ん。


   其のままで、構わない……。


   ……ううん、躰を起こすわ。


   でも……。


   ……起こして、聞きたいの。


   ……。


   大丈夫……心配しないで。


   ……本当に。


   私は、貴方の事が心配なの……。


   ……


   元気の無い、顔をしているから。


   ……そんな顔に、見えるか。


   疲れているだけのようには、見えない……。


   ……メル。


   ん……ユゥ。


   ……厄介な事になるかも知れない。


   厄介な事……?


   ……青き星を、巡って。


   きな臭いとは、聞いていたけれど……矢張り、芳しくないの。


   ……良い方向に向かう兆しが、今の時点では見えない。


   当事者は……。


   ……太白と熒惑だ。


   太白と熒惑……歳星が当事者になるような事はないのね。


   あぁ、当事者になるつもりはない……いや、決してならない。
   厄介事など、百害ばかりで……一利すら、ほぼ無いに等しい。


   最悪な事態に発展すれば……結果はどうであれ、多大な犠牲を払う事になるわ。


   負ければ、悲惨だ……様々なものを、奪われてしまう。
   取り返すまでに、どれだけの労力と時間が掛かるか……。


   ……だから。


   其れだけは、避けたい……いや、避けなければならぬ。


   ……巻き込まれないように。


   力は尽くすが……。


   ……偶発的。


   そんな事は絶対に起こらない、とは……言えぬ。


   ……歳星の忠告には。


   耳を貸そうとしない……辰星の忠告にも、だ。


   ……元々、辰星の声は弱いから。


   戦がひとたび、始まってしまえば……終わらせる事は、容易ではない。


   ……戦が始まれば。


   ……。


   ……辰星は、より遠いものとなるのね。


   平時でも、時間と距離があるのに……な。


   ……ごめんなさい。


   何故だ……?


   ……そんな事、言っている場合ではないのに。


   いや、大切な事だ……辰星は、メルの母星なのだから。


   ……。


   勿論、歳星の友好星と言う事もある……だが、其れ以上に。


   ……思う事など、もう無いと。


   メルクリウス……。


   ……ユピテル。


   心配しなくて良い……歳星はいつだって、辰星に寄り添っている。


   ……けれど、何かあってからでは間に合わない。


   辰星に置く数を、増やす……。


   ……そんな事をしたら、歳星が手薄に。


   問題無い……民の数は、太陽系惑星の中で最も多いから。


   ……民の数は、多くとも。


   歳星の民は、頑強な者が多い……仮令、戦人でなくても。


   ……外から。


   私が居る。


   ……。


   だから……心配は要らない。


   ……ユゥ。


   大丈夫だ……メル。


   ……太白には。


   ん……?


   ……辰星を構う程の余裕は、何処にも無い筈。


   無い筈だが……其れでも、何をするか分からない。


   ……。


   其れが、太白と言う星だ。


   ……辰星も、決して一枚岩ではない。


   ……。


   ……地位や名声は、欲しがらずとも。


   己が作り出した、或いは、改良した技術を試したい……か。


   ……然う言った性質を持つ者は、いつの時代にも一定数居る。


   己の力を試してみたい、若しくは、試すのに丁度良い。


   ……。


   此の星にも、そんな事を考える者が居ないとは限らない。


   ……皆、同じではないから。


   うん……。


   青き星……欲しいのは、資源。


   ……まぁ、そんなところだろう。


   青き星の文明は……ふたつの星の思惑に気付く程、発達していない。


   ひとのこは、息づいているが。


   あらゆる面で……まだまだ、此れからの星。


   青き星は青き星に生きる者に任せて、放っておけば良い……干渉するべきではないと、私はずっと言っているのだが。


   ……辰星も、歳星と同じ立場だった筈。


   あぁ……此度も、同じ考えだ。


   ……辰星としては、青き星独自の進化の過程が見たいから。


   しんかの、かてい……。


   つまりは、研究対象……ねぇ、辰星らしいでしょう。


   ……ん、確かに。


   進化の過程を観察する事なんて、他の星では出来ないから。


   ……此れからの星だからこそ、出来る事だ。


   理解は、されないだろうけれど……。


   ……私は、理解する。


   ……。


   私は、君の番だから……。


   ……其処まで、興味があるわけではないと言ったら?


   メルにはあまり無いのだな……と、思う。


   ……。


   けど……本当は、あるのだろう?


   ……あると言っても、少しだけよ。


   少しだけでも、興味がある事には変わりない……。


   ……まぁ、然うね。


   何か、私に出来る事はあるか。


   ……貴方に?


   出来る事があるのならば、遠慮無く言って欲しい。


   ん……嬉しいけれど、青い星に関してはあまり無いかも知れないわ。


   ……全く、無いか?


   ……。


   ……メル。


   話を、聞いて欲しい……。


   ……幾らでも。


   聞いていて、退屈かも知れない……其れでも、聞いて呉れる?


   ……勿論さ。


   あ……。


   ……君が好きな事を、聞かないわけがない。


   ……。


   好きなんだ……君の話も、君が楽しそうに話している表情も。


   ……然う。


   何時でも構わない……聞かせて呉れ、メル。


   ……分かったわ、ユゥ。


   ふふ……やった。


   ……喜ぶべきは、私なのに。


   ははは……。


   ……また。


   ん、なんだい……。


   ……また、戻るの。


   いや……今夜は、もう休む。


   ……此処で。


   あぁ、此処で……メルと、一緒に。
   でないと、此の疲れは取れない……。


   ……何か、動きがあれば。


   知らせに来るように、言ってある……。


   ……暫く、続くのね。


   若しも、其のせいで休めなくなってしまったら……別々の、部屋に。


   其の必要は無いわ。


   ……眠りを妨げてしまっても。


   貴方の役に立ちたいの。


   ……もう、十分過ぎる程に。


   話を聞く事ぐらいなら、出来るから。


   ……話を。


   聞いて、まとめる事も


   君の意見が、聞きたい。


   ……え。


   私だけでは、駄目なんだ。


   ……けれど、其れは。


   君の意見を、聞かせて欲しい。


   ……。


   君の考えを、教えて欲しいんだ。


   ……干渉に、なってしまうわ。


   干渉?


   ……私は貴方の番ではあるけれど、


   番だからこそ、聞かせて欲しいんだ。


   ……対等だと、貴方は言って呉れたけれど。


   君の意見ならば、皆も聞くだろう。


   ……。


   聞くだけではない、納得だってするだろう。


   ……そんな。


   君はもう、其れだけの存在になっているんだ。


   ……いつの間に。


   少しだけ、良いかい……。


   ……なに。


   お腹に、触れさせて欲しい……。


   ……お腹に?


   触れたいんだ……。


   ……どうしても?


   うん……どうしても。


   ……。


   駄目、か……。


   ……未だ、何も宿っていないわ。


   宿っていなくても……構わない。


   ……結局、あの夜に宿る事はなかったの。


   此れからも、機会はある……。


   ……機会。


   例えば……今夜。


   今夜って……疲れているのに。


   ……。


   したい、の……?


   ……叶うなら。


   ……。


   済まない……突然、こんな事を言って。


   ……ううん。


   お腹……触っても、良いかい。


   ……良いわ。


   有難う……。


   ……ん。


   ……。


   少し、くすぐったい……。


   ……メルは、無くてはならないひとだ。


   貴方に、とって……。


   ……此の星にとっても。


   いつから……。


   ……君が、私の真の番になった時から。


   子供を、期待されているの……。


   ……期待は、されている。


   ……。


   だけど……其れだけじゃ、ない。


   ……私に、出来る事など。


   君には、知性がある……知識や、知恵もある。


   ……あ。


   此の星に足りないものが……君の中には、沢山ある。


   ……姉姫様に、比べたら。


   比べる必要など、無い……君は、君なのだから。


   ……。


   私が欲したのは、メル、君なんだ……姉姫殿ではない。


   ……ユ、ゥ。


   どうか、私を……助けて欲しい。


   ……あぁ。


   王であるのに、随分と情けない事を言っているだろう……其れは、自分でも良く分かっている。


   ……情けない事など、何ひとつ。


   けれど……民を、戦火に巻き込むわけにはいかぬ。


   ……貴方は、情けなくなどないわ。


   ……。


   民の為、星の為……己に出来る事を、しようとしているだけ。


   ……格好、悪くないか。


   まさか……。


   ……ん、メル。


   貴方の言葉を借りても良い……?


   構わないが……どんな言葉だろう。


   ……惚れ直した。


   ……。


   惚れ直したの……。


   ……本当、かい。


   ええ……本当よ。


   ……まさか、そんな事が。


   改めて、愛しているわ……。


   ……っ。


   だから……。


   ……君を、求めても良いだろうか。


   ……。


   ……君が、欲しい。


   手が、熱い……。


   ……躰も。


   本当は、お休みした方が良いのだけれど……。


   ……ちゃんと、休む。


   ぁ……。


   あぁ……メルの匂いがする。


   ……気分を、害するような事は。


   全く、ない……心地好くて、心が落ち着く。


   ……。


   メルが居て呉れて、本当に良かったと……心から、思っている。


   ……ねぇ。


   ん……?


   ……お茶は、飲む?


   お茶……。


   ……帰って来たら。


   あぁ……然うだったな。


   ……こうなる前に、言えば良かった。


   飲んでからでも、私は構わない……。


   ……。


   どれ……お茶の支度をしようか。


   ……待って。


   うん……?


   ……お茶の支度は、私がするわ。


   メルが……?


   支度が出来るまで、寛いでいて。


   ……。


   お召替えは……後で良いから。


   ……然うだ、着替え。


   お茶を、飲み終わった後に……。


   ……手伝って呉れたら、嬉しいと思う。


   ええ……勿論、手伝うわ。


   ん、然うか……楽しみだ。


   ……楽しみって。


   脱がせて、欲しい……。


   ……そんな事を、言って。


   言って……?


   ……屹度、さっさと脱いでしまうの。


   はは……。


   ……。


   メル……甘えても、良いだろうか。


   ……甘えて欲しい。


   ならば……今宵は、お願いしよう。


   ……約束よ。


   ん……約束だ。


   ……。


   ……メルの衣服は、私が脱がせる。


   今更……。


   ……好きなんだ。


   知ってる……。


   ……。


   ユゥ……そろそろ。


   ……甘くて、本当に良い匂いだ。


   もぅ……此れでは、いつまで経っても、お茶の用意が出来ないわ。


   ふふ……ごめん。


   ……お腹は、空いていない?


   ん……小腹が、空いているかも知れない。


   然う……ならば、丁度良かったわ。


   若しかして、何かあるのかい?


   ……夕食の干し果物を、残しておいたの。


   干し果物を?


   なんとなく、残しておこうと思って……食べる?


   有り難いが……でも其れは、君の分だ。


   食べない?


   ……食べてしまっても、良いのか。


   ん、食べて。


   ……君は。


   私のお腹は、大丈夫。
   明日の朝まで、空かないわ。


   ……。


   要らない?


   ……思えば、今日の夕食は一緒に食べられなかった。


   仕方無いわ……王として、やるべき事があるのなら。


   ……だけど、食べた気がしなかったんだ。


   ……。


   君が居ないと、矢っ張り味気無い……。


   ……ひとりでは、なかったのでしょう?


   ひとりでは、なかったが……寧ろ、ひとりの方が良かった。


   ……ふ。


   仕方のないひと、か……。


   ……私も、同じだから。


   同じ……。


   ……ねぇ、ユピテル。


   なんだい……メルクリウス。


   ……今は、私とふたりだけ。


   あぁ、ふたりだけだ……。


   ……先ずは、お茶を楽しんで。


   其れから……少し、休んだ後に。


   ……。


   君を、抱く……ん。


   ……言わないで。


   済まない……。


   ……。


   ……可愛いな。


   もぅ……ばか。


   ……お。


   ……。


   ばかと言われたのは、初めてだ……。


   ……貴方が、言わせたの。


   怒らせて、しまったか……?


   ……知らない。


   ん、済まない……怒らせるつもりは、なかった。


   ……。


   メル……メルクリウス。


   ……今は、言わないで。


   今は……?


   ……未だ。


   あ……。


   ……。


   ……分かった、今は言わない。


   ……。


   後で……たくさん、言う。


   ……もぉ。


   あは……。


   ……然ういう事も、言わなくて良いの。