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日記
2026年・7月

  31日





   ジュピター、そろそろ離れろ。


   ……ふふ。


   分かった、分かったから、もう離れろ。


   ……お髭がくすぐったいわ、ジュピター。


   大体、もう久しぶりではないだろう? つい此の間もしたのだし。
   だから、そんなに名残惜しそうにせずとも……ん、なんだ。


   ……あら。


   鱗?


   私に呉れるの?


   鱗なんて、別段珍しいものでは


   有難う、大切にするわ。


   ……メル。


   龍の鱗は、御守りになると言われているの。


   御守り?
   龍の鱗がか?


   龍の鱗は硬くて頑丈でしょう?
   だから、身を守って呉れると。


   ……たまに、剥がれ落ちるが。


   剥がれ落ちるのは、新しい鱗に生え変わる為。
   ねぇ、然うでしょう? ジュピター。


   ……古い鱗が、御守りになるのだろうか。


   古くても、ちゃんと硬いわ。


   ……硬いだろうが、薄いぞ。


   薄くても……ユゥ、少し良い?


   なんだい?


   鱗を折り曲げてみて。


   ……。


   嫌?


   嫌ではないが……恐らく、折り曲がらないと思う。


   貴方の力でも?


   ジュピターの鱗は……剥がれ落ちたものでも、とても硬いんだ。


   どれくらい?


   然うだな……勢いをつけて思い切り叩きつけたとて、割れる事はないだろう。


   罅は?


   ……罅すらも、入らないと思う。


   然う、矢っ張り頑丈なのね。


   ……得意げだな、ジュピター。


   色も……うん、何処もくすんではいない。
   まるで、青く輝く鉱石のようだわ。


   ……然し、鱗が御守り。


   此れを集めて加工すれば、防具にもなると思うの。


   ……防具?


   集めてみようかしら。


   え、集めるのか。


   其れも、良いかも知れない。


   集めて、どうするんだ。


   其れなりの数が集まったら、作ってみようと思う。


   ぼ、防具を?


   ねぇジュピター、鱗が生え変わるような事があったら……え、溜めてあるの?


   は、溜めてあるのか?
   鱗を? 何の為に?


   私が欲しがりそうだと思って……然う、貴方は良く見ているのね。


   いや、冗談だろう?
   そもそも、そんな頻繁に剥がれ落ちるものなのか?


   分かったわ、今度取りに行けば良いのね。


   え、取りに行くのか?
   大体、何処に溜めてあるんだ?


   ……ユゥの反応が面白い。


   や、どうにも驚いてしまう事ばかりで。


   知らなかったの、ジュピターが鱗を溜めている事。


   初耳だ……確かに、剥がれ落ちた鱗はどうしているのかと、考えた事はあったが。


   本当に?


   ……ないな。


   ふふ、然うよね。
   興味無さそうだもの。


   いや、でも、一枚だけ持っているぞ。


   一枚だけ?


   然うだ、思い出した。
   私は一枚だけ持っている。


   其れは、何処に仕舞ってあるの?


   確か……何処かに。


   ……。


   さ、探してみよう。


   ……ジュピターが何かしらの証で呉れたものではないの?


   そ、然うかも知れない……あ、然うなんだな。


   ……。


   済まない、ジュピター……飾り物の務めが、どうにも急がしく……あぁ、ただの言い訳だ。


   ……今度、探しておくわ。


   え。


   貴方の部屋の、何処かにあるでしょうから。


   ……あると思う。


   探しても?


   ……うん、頼む。


   はい。


   ……出てきたら、私も御守りにしようかな。


   良いと思うわ。


   そ、然うかい?


   お揃いになるもの。


   ……お揃い?


   同じ龍の鱗。


   ……。


   形は少々、異なると思うけれど。


   確かに……言われてみれば、お揃いだ。


   でしょう?


   うん、お揃い以外の何物でもない。
   であるならば、直ぐに見つけ出さないと。


   安心して、ちゃんと探しておくから。


   ん、有難う。


   だけど若しも、見つからなかったら。


   其の時は……ジュピター。


   ……。


   もう一度……駄目か?


   ……ちゃんとお願いしないと、駄目みたい。


   ちゃんと……。


   ……。


   ジュピター、もう一度私にお前の鱗を与えて欲しい……次は、ちゃんとしておくから。


   ……忘れないように。


   勿論、忘れない。
   なんせ、メルとお揃いなのだから。


   ……其れは、言わなくても。


   頼む、ジュピター。


   ……仕方無い。


   うん?


   ……と、言っているみたい。


   おお、然うか。有難う、ジュピター。
   お前は矢張り、私の生涯の友だな。


   ……調子が良い。


   あ?


   ……と、言っているわ。


   あー……言っているな。


   ……仲が良いようで、羨ましい。


   今では、メルとも……あ、こら、調子に乗るな。


   ……ふふ。


   全く……油断も隙もあったものではないな。


   ねぇ、ユピテル。


   ん、なんだい?


   鱗を取りに行く話なのだけれど。


   あぁ。


   貴方は忙しいと思うから、私とジュピターのふたりで


   いや、勿論私も行こう。
   ジュピターの背に乗るのならば、私が居た方が良い。


   然う?


   メルは未だ、乗り慣れていないだろう?
   であるならば、私が居ないと危ない。


   と、ユゥは言っているけれど。


   ん?


   ジュピター、貴方はどう思う?


   ジュピター、お前も私が居た方が良いと思うよな。


   ……。


   なに、居なくても大丈夫?
   自分が、確りと連れて行くから?


   ……ふふ、頼りになる。


   いや、何を言う。メルだけでは駄目だ。若しも、振り落とされてしまったら……あ、そんな事はしない?
   安全飛行を、心掛ける? ジュピター……安全飛行なんて言葉、お前の中にあったのか。


   ……賢い子だもの。


   メルに対してだけ?
   応、其れでも構わないぞ。


   ……其処は、構って。


   ともあれ、私も行く。
   此れだけは譲れない。


   ……。


   ジュピター。


   ……ジュピター。


   ん。


、  ユゥも、一緒に……ね、良いでしょう?


   ……う。


   ん、お願い……ね。


   ……可愛い。


   なに?


   メルの、お願いの仕種が可愛いと思った。


   仕種?


   私にも


   いつが良いかしら。


   ……あぁ。


   ねぇ、ユピテル。


   明日は難しいが、近いうちに……必ず、時間を作るよ。
   其の時はジュピター、宜しく頼……だから、離れろと言っているだろうが。


   有難う、ジュピター……ん、私も楽しみにしているわ。


   ほら、もう良いだろう。


   ん……お茶の時間も、またね。


   ……。


   ふふ……。


   お前……ただの一度だって、私にそんな声を出した事はないよな。
   ん、なんだ、其の不服そうな声は。何度でも言うが、メルクリウスは私の番であって、お前の番ではない。
   お前の番は、いずれ……だから、メルを舐めようとして呉れるな。うっかり食ってしまいそうで、はらはらするだろうが。


   ……はらはら、するの?


   メルに言われてから、かなり気にするようになった。


   ……言う前から、気にはしていたようだけれど。


   正直な事を言えば、気に喰わない。


   ……何に?


   ジュピターと雖も、私以外の者がメルの事を


   ユピテル。


   ……兎に角。


   ……。


   メルを舌全体で舐めようとするな、ジュピター。
   舌先ならばまだ良いが、舌全体だとメルのきれいな肌が傷だらけになってしまう。


   然う、一度ジュピターの舌を観察させて欲しいと思っているの。


   ……え。


   鱗もだけれど、龍の舌も、辰星では見る事が出来なかったら。


   書物で、読んだ事があるのでは……辰星には、歳星について書かれている書物も多くあるのだろう?


   龍について書かれている書物も、何度も読んだけれど、実際のものを見てみたいの。


   いや、でも、何度か


   舌先だけでなく、舌全体を見てみたいの。
   付け根は難しいと思うけれど、半分くらいならば見られる筈。


   お、応……まぁ、半分くらいならば。


   舌先には無い棘のような突起物も観察して、ジュピターが許して呉れるのならば写生もしたいわ。


   しゃ、写生もしたいのか。


   ええ、したいわ。
   絵を描く事は得意ではないけれど、描いてみたいの。


   良ければ、絵が得意な者に描かせるが……。


   ううん、自分で描かなければ意味がないわ。


   そ、然うなのか。


   自分で描く事で、掴める形と言うものがあるの。
   誰かに描いて貰っては掴めないし、掴めた事にもならない。


   そ、然ういうものか……。


   字を覚える時に、眺めるだけでなく、書く練習もするでしょう?


   字?


   貴方もしたでしょう?


   あ、あぁ、子供の頃に……なかなか、覚えられなかったが。


   私は貴方が書く字の形が好きよ。


   え。


   真っ直ぐで、素直そうで、大きくて、整っていて、とても読み易いの。


   そ、然うか?


   絵も同じ。


   え?


   描かなければ、形が掴めないの。


   あ、あぁ……確かに、然うかも知れないな。


   でしょう?


   と言うわけだ、ジュピター……メルクリウスの願いを……然うか、聞いて呉れるか。


   聞いて呉れるの、ジュピター。


   ……うん、分かり易いくらいにはしゃいでいるな。


   私、そんなにはしゃいでいる?


   あ、や、メルではなく……ジュピターが。


   ジュピターが……ふふ、然うなの?


   ……また、甘えた声を。


   有難う、ジュピター……貴方には負担を掛けてしまうと思うけれど、宜しくね。


   ……休みながら、描けば良いのではないか。


   ええ、其のつもりよ。


   あの、メル。


   なぁに、ユゥ。


   君がジュピターを描く時に、私が傍に居ても。


   ……どうしましょうか、ジュピター。


   だ、駄目なのか、傍に居ては。


   ……貴方は、良い?


   ジュピター、お前の主は


   主は?


   今は、私とメルのふたりだが……お前がメルとふたりで居る事には少し、なんとも言えないものがある。


   ……本当に、少し?


   大分、許し難いものがある。


   ……。


   だから其の時は、私も傍に居ようと思う……いや、絶対に居る。


   ……譲れない?


   譲れない、私も一緒に居たい。


   ……ふふ、仕方無いわね。


   い、良いか、一緒に居ても。


   良いかしら、ジュピター。


   ジュピター、良いだろ……あ?


   ん、駄目?


   何故だ、ジュピター。
   此れは主の願いでもあるのだぞ。


   ……命令、ではないのね。


   兎に角、メルがお前を描く時にも私は傍に居る。
   良いな、ジュピター。こら、聞こえないふりをするな。


   ……聞こえないふりまで、出来るの。


   然うだ、お前の好物を用意してやろう。
   其れならば、良いだろう?


   ……ふふ。


   おい、どうして明後日の方向を向くんだ。
   私の顔を見ろ、見て、私の話をちゃんと聞け。


   ……まるで、きょうだいみたい。


   あー。


   ねぇ、ジュピター。


   ……メル。


   ユゥが一緒に居る事を許して……ね、お願いよ。


   ……あ。


   然う……有難う、ジュピター。


   ……こいつめ。


   ふふふ……。


   ……全く、仕方無いな。


   ユゥも。


   ……私も?


   今度の約束を、改めてジュピターとしましょう。


   今度の約束……。


   ……先ずは、お茶の時間。


   其れから、鱗を取りに行く時間……。


   ……そして、舌の観察をさせてもらう時間。


   舌を観察する時は、お茶も用意しよう……鱗を取りに行く時も、茶筒を用意する。


   有難う、ユゥ。


   君が喜んで呉れるのなら……ジュピター、お前も。


   ……。


   お前はいつだって良い龍だ……賢くて、頼もしくて、気が利いて。


   ……顔も、精悍。


   あはっ。


   ……ふふ。


   ん、行くのか。


   ……。


   あぁ、またな……何かあったら、直ぐに呼ぶ。


   ……またね、ジュピター。


   ……。


   ……。


   ……はぁ。


   ユゥ……?


   ……あいつは、昔から変わらない。


   昔……。


   ……大らかで、気儘で、自由で。


   あの子を、卵から孵したのは……。


   ……私だ。


   ……。


   ずっと抱えて、温めていた……私の最も古い記憶だ。


   ……無事に孵って呉れて。


   嬉しかったと思う……まぁ、其処からも色々と大変だったが。


   ……食べ物?


   何でも食べたが……そもそも、食べ物があまり無くて。


   ……。


   私が王になっても、傍に居て呉れる……。


   ……生涯の友だもの。


   ふ……然うだな。


   ……。


   ……メル。


   うん……?


   ……子を産んだ、王の事だが。


   あぁ……どう?


   ……色々と当たってみたが、矢張り。


   然う……。


   ……メルは。


   お城に残されている記録を調べているけれど……今のところ、其れらしき記述は見当たらないわ。


   ……然うか。


   ……。


   メル……?


   ……私が調べていても、何も言われないの。


   何も?


   ……私は辰星の民だったのに。


   今では歳星の民であり、私の番でもある。


   だから……歴代の王の事を調べていても、何も言われない?


   言われるわけがない。


   ……立場を考えれば。


   ……。


   ……私は、人質にだってなりえる。


   番が私である限り、其れは無い。


   ……。


   何処まで行っても、君と私は対等だ。


   ……若しも、辰星が裏切ったら。


   だとしても、メルは裏切らないだろう?


   ……。


   いや……仮令、裏切られたとしても、私はメルを離さない。


   ……王として、然るべき処理をするべき。


   無理だ。


   ……民の為に。


   ……。


   王ならば……個人の感情に流されるべきではないの。


   ……其の時は、私は王を辞める。


   ……。


   処理される時は、一緒だ。


   ……そんな事。


   憶えておいて欲しい。


   ……何を。


   私は、君から離れない……離れられないのだと。


   ……。


   ……流石に、鬱陶しいか。


   憶えておくわ。


   ……。


   ……何があろうとも、忘れない。


   メル……うん。


   ……龍の卵。


   ……。


   貴方が龍の卵を持っていた事も、重要な手掛かりのひとつなのかも知れない。


   ……龍の卵を持っている子供など、居ないらしい。


   ……。


   若しかしたら……私の両親、若しくは其の何方がか。


   ……其の可能性はあると思う。


   龍……青龍の卵。


   ……調べてみるわ。


   ……。


   出来れば……お城以外でも。


   ……であるならば、古代書物庫だ。


   ……。


   書物だけでなく、様々なものが、放り込まれているらしい。


   ……放り込まれて。


   どうにも、過去に無頓着なんだ。


   ……。


   一応、管理はされている筈だが……埃が被っているかも知れない。


   ……構わないわ。


   あぁ……然う言うと思った。


   ……場所を教えて呉れたら。


   当然、私も行く。


   ……。


   時間は、必ず作る。


   ……ん、分かった。


   ……。


   ……ねぇ、ユゥ。


   なんだい……。


   ……今日のお茶も、美味しかった。


   ん、然うか……其れは、何よりだ。


   ……そろそろ。


   戻らないとな……。


   ……また、夜に。


   うん……また、夜に。


   ……。


   途中まで、共に行こう。


   ……うん。


  30日





   メル、気分はどうだい?


   然うね……悪くはないわ。


   躰の調子は?
   気怠い、或いは重く感じたりはしないか。


   躰の調子も、悪くない。


   お茶は、飲めそうかい?


   お茶にも、よるけれど。


   今日のお茶は、黒豆の温かいお茶にするつもりだ。


   ……然う。


   他のお茶の方が良いかい?


   ……他にも用意して呉れたの?


   あぁ、麦のお茶も用意した。
   此方も、温かくするつもりだ。


   二種類も、用意して呉れたのね。


   玉黍もある。


   玉黍も?


   みっつの中から、好きなものを選んで欲しい。


   好きなもの……じゃあ、黒豆のお茶にするわ。


   黒豆で良いのかい?


   後で、食べられるし。


   ……。


   でしょう?


   ……あぁ、其の通りだ。


   其れで、麦のお茶は眠る前に、玉黍のお茶は夕食に。


   麦と玉黍のお茶も、飲んで呉れるのかい?


   飲みたいの。


   ん。


   貴方が折角、用意して呉れたんだもの。
   飲まないなんて、勿体無いわ。


   メル……。


   ……流石に、我侭が過ぎるかしら。


   いいや……全く、問題ない。


   夜は、私が。


   私が淹れよう、と言うより、淹れさせて欲しい。


   ……甘えても良い?


   勿論、遠慮無く甘えて欲しい。
   メルに甘えられると、嬉しくて堪らなくなるんだ。


   ……そんなに?


   もう、知っているだろう?


   ふふ……其れでは、遠慮無くお願いするわ。


   応、任せろ。


   ……。


   と……今のは、王らしくない振る舞いだったな。


   ……王らしく振る舞う必要は無いわ。


   ……。


   今は……私とふたりきり、なのだから。


   ならば……王ではなく、君だけの私で居よう。


   ……今更、なのだけれどね。


   はは……。


   ……ふふ。


   直ぐに用意するから……。


   ……ん。


   寛ぎながら、待って居て欲しい。


   ……うん。


   良し……。


   ……ねぇ。


   なんだい?


   ……口遊む?


   んー……どうしようかな。


   ……口遊んで呉れるのなら、耳を澄まして聴いているつもり。


   口遊んでも良いけれど……然うすると、君と話せなくなってしまう。


   ……話したいの?


   話せるのならば、話したい。
   此の時間になるまで、小難しい話をしていたから。


   ……今日はどんな小難しいお話をしていたの?


   とある衛星の話と、太白の話だ。


   衛星は分かるけれど……太白の事も?


   どうやら、色々言って来ているらしい。


   ……辰星の事で?


   まぁ、其れもある。


   ……他には。


   主に繋がりの事だ。


   ……繋がり。


   此方としては、今以上の繋がりは望んでいないのだが……向こうは、然うでもないようだ。


   ……歳星との繋がりを深くする。


   そして、辰星から手を引かせる。


   ……或いは、繋がりを浅くする。


   仮にそんな要求をされたとて、聞く事は決して出来ぬ。
   番の母星を見捨てるなぞ、歳星の王ユピテルの名折れも良いところだ。


   ……若しも、歳星にとって。


   利を考えれば、辰星との繋がりの方が大きい。


   ……。


   辰星ほど、知性と知識がある星はない。


   ……でも、其れだけよ。


   けれど、歳星には其れが無い……いや、足りていない、と言うべきか。


   ……。


   歳星に足りていないものを、辰星は持っている。
   つまり、太白以上に価値があるという事だ。


   ……太白にも、太白にしか無いものがあるわ。


   あるだろうが、辰星の方が圧倒的に上だ。


   ……。


   思うに、太白が欲しがっているものも、歳星と似たようなものなのだろう。


   ……辰星の技術。


   然う、其れだ。


   ……技術は、戦に転用出来る。


   太白のような星……少なくとも、今の統治者に渡してはならぬ。
   欲深で、傲慢で……十中八九、ろくな事にならぬだろうから。


   ……辰星としては、簡単に従うつもりはないわ。


   歳星としては、そんな辰星を外側から守ろうと決めている。


   ……従ってしまったら、自由に学ぶ事が出来なくなってしまうだろうから。


   あぁ、良いように使われてしまうだろうな。
   支配されると言う事は、然う言う事だ。


   ……脅されて、時には、理不尽な暴力に晒される。


   彼の星にくだらぬ真似をしようものならば、歳星の王が黙ってはいないと伝えてある。


   ……素直に、飲み込んで呉れれば良い。


   まぁ、難しいだろうな……向こうには向こうの望みがある故に。


   ……。


   小難しい話だろう?


   ……ええ、小難しいわ。


   因みに、衛星の話だが。


   ……なぁに?


   祭の事だ。


   ……お祭り。


   羽目を外さない程度に好きにせよ、と、言っておいた。


   ……呼ばれているのではないの。


   顔を見せようとは、思っている。


   ……矢張り、慕われている。


   飾り物として、な。


   ……もぅ、貴方は。


   私は、其れくらいで丁度良いんだ。


   ……。


   其れで……叶うなら、君を連れて行きたいと思っている。


   ……私を。


   私の番として。


   ……。


   行きたくないのなら、無理にとは言わない。
   顔を見せたら、直ぐに戻って来るつもりだし。


   ……顔を見せないで、良いのなら。


   うん?


   ……表に出るのは、あまり。


   あぁ。


   ……其れでも、良いのなら。


   構わない。


   ……。


   メル、私と一緒に来て呉れるか。


   ……ええ、行くわ。


   ん、然うか。


   ……声が、弾んだ。


   ははは。


   ……ふふ。


   楽しみだな、祭。


   ……実は、好きなのでしょう?


   うん?


   ……お祭り。


   まぁ、嫌いではないな。


   ……好きと言えば良いのに。


   ならば、好きだ。


   ……ん。


   大好きだ。


   ……私の事では、ないわよね。


   あぁ、メルの事ではない……いや、メルの事も大好きだが。


   ……。


   大好きだ……メル。


   ……もぉ。


   あは……。


   ……仕方のないひと。


   ん……。


   ……。


   ……。


   ……ねぇ、ユゥ。


   ん……?


   最近……ずっと、考えている事があるの。


   ……ずっと?


   ん。


   若しかして……私に、何かしらの不満が。


   貴方に不満なんてないわ。


   ……全く?


   あったとしても、些末な事。


   些末な事でも不満があるのならば、直ぐに正そうと思う。


   本当に、些末な事よ?


   聞かせて欲しい。


   ……ふむ。


   メルクリウス。


   青龍に、会わせて呉れない。


   ……うん?


   貴方が忙しい事は、分かっているのだけれど……其れでも、たまには会わせて欲しいの。


   あいつなら、庭園で呼べば直ぐに……。


   ……良いの?


   え。


   私、ひとりで会っても。


   ……別に、


   構わない?


   ……。


   舐められ過ぎて、頭から、


   分かった。


   ……分かった?


   明日はどうだい?


   明日?


   明日は、庭園でお茶を飲もう。
   然うしたら、あいつを呼ぶ事が出来る。


   ……本当に、青龍を呼んで呉れる?


   あぁ、君が望むのなら。


   望むわ。


   ……そんなに。


   私は、あの子に会いたいの。


   ……あの子。


   会って、お話がしたい。


   ……話?


   貴方のようにはお話出来ないと思うけれど、其れでも。


   ……君の言葉も、分かっていると思うよ。


   ……。


   あいつは、なかなか賢い奴だから。


   ……然うだったら、嬉しいのだけれど。


   言葉を発する事は出来ないが、私達の言葉を理解する事は出来る。


   ……。


   理解して、鳴き声を返したり、首を動かして意思を示す事だって出来る。


   ……矢っ張り、話してみたいわ。


   其れで、メル。


   ……うん?


   何を、話すんだい?


   ……。


   あいつと。


   ……知りたい?


   出来れば、知りたい。


   ……貴方の事。


   私の?


   然う……貴方の事。


   ……私の、何を。


   其れは、言えないわ。


   い、言えない事なのか。


   ……今は、言えない。


   今は、と言う事は……後で、話して呉れるのか。


   ……さぁ、どうかしら。


   ん、んん。


   ……貴方だって、私の事を話しているのではないの?


   え。


   ……あの子に、私の事。


   あー……


   ……図星。


   話していると言っても……あいつに言わせれば、ただの惚気らしい。


   ……惚気?


   私は、然う言うつもりではないのだが……あいつには、然う聞こえるらしいんだ。


   ……。


   メル……?


   ……私も、言われてしまうかも知れない。


   何を?


   ……ただの、惚気でしかないと。


   ……。


   ……貴方の事を話したら。


   私の事……あ。


   ……。


   メル……其れは、つまり。


   ……あの子は、私の事を忘れてはいないかしら。


   え……。


   ……暫く、会っていないから。


   其れはない……あいつは一度でも気に入ってしまうと、忘れる事はないんだ。


   ……私の事も?


   君の事は、初めて会った時から、ずっと憶えている。


   ……分かるの。


   あぁ、分かる。


   ……。


   其れに……ずっとではないだろうが、君の事を見ているだろうから。


   ……見て?


   目が良いんだ、遠く離れていても見つける事が出来るくらいに。


   ……。


   知らなかった、か?


   ……教えて呉れれば良いのに。


   済まない……君の事だから、気付いているとばかり。


   ……まぁ、然うだろうとは思っていたけれど。


   ん。


   ……明日のお茶の時間、楽しみにしていても?


   あぁ、構わない……。


   ……。


   ……嬉しそうだ。


   然う……?


   ……あぁ、然うだよ。


   然う……。


   ……私と、ふたりだけのお茶の時間も。


   勿論、楽しみにしているわ。


   ……。


   貴方と過ごす、大切な時間だもの。


   ……然うか。


   嬉しそう。


   あぁ、嬉しいよ。


   ……ん。


   さて、待たせてしまったが。


   ……良い香り。


   どうぞ、メルクリウス。


   ……有難う、ユピテル。


   ゆっくり、楽しんで欲しい。


   ……ん、然うする。


   其れでは、私の分も。


   ……。


   ……どうだい?


   勿論……美味しいわ。


   ふふ、然うか。


   ……お豆の、仄かな甘味が好きなの。


   ……。


   ……ユゥも。


   あぁ……。


   ……。


   メル。


   ……なぁに、ユゥ。


   どうやら、君は……甘い豆が、好きなようだ。


   ……気が付いてしまった?


   あぁ……もう大分前にね。


   ……好きになったのは、此の星に来てから。


   ……。


   辰星では、あまり食べなかったの。


   ……其れは、どうしてだい?


   好みではなかったから。


   ……でも、甘かったのだろう?


   合成甘味料。


   ……ごうせい。


   砂糖よりも、二百倍甘いもの。


   に、二百倍?


   甘味すら人工的に作り出してしまうの、辰星の民は。


   ……。


   美味しさよりも、手軽さを求める。


   ……手軽さ。


   ふふ、渋い顔。


   ……君の好みでないのなら、私の好みでもないだろうな。


   食べてみなければ、分からないわ。


   ……でも、食べたいと思わないんだ。


   ……。


   私は、砂糖で煮た豆の方が良い。


   ……ん、私も。


   今度、作るよ。


   ……有難う、楽しみにしているわ。


   ん……。


   ……。


   ……其れで、メル。


   なに……?


   ……最近、ずっと何を考えているんだい。


   ……。


   ……私への不満でないのなら。


   王の子供の事。


   ……王の?


   王が……己のお腹で、子を生む事は無かったのかしら。


   王が、己のお腹で?


   ……躰が卵を持つものになれば、然ういう事も有り得ると思うの。


   確かに……有り得ないとは、言えないが。


   ……誰かと心を通わせ、誰かの種を腹に宿し、誰かの子を産む。


   ……。


   然ういう話は、聞いた事は無い?


   ……ない。


   卵を持つ者になった時、王ではなくなるのよね。


   ……候補者に打ち倒されれば、王ではなくなる。


   なくなると、どうなるの。


   王だった者として、何処かで生きてゆくと……然う、聞いているが。


   ……であるならば、可能性は無いわけではない。


   ……。


   若しかしたら……其の王の遺伝子が、貴方の中に。


   ……まさか。


   でも、無いわけではないと思うの。


   ……。


   あくまでも、可能性の話……。


   ……確かに、有り得る話ではあるかも知れない。


   ……。


   ……だけど。


   ごめんなさい。


   ……ん。


   もう、しないわ。


   ……。


   ……もう、考えない。


   いや……。


   ……。


   ……興味は、ある。


   ユゥ……。


   分からないかも、知れないが……少し、調べてみよう。


   ……。


   メルも……良かったら。


   ……貴方が嫌でなければ、手伝わせて。


   嫌なわけ、ない。


   ……。


   宜しく頼む……メル。


   ……うん。


  29日
   今日の分は、昨日の日記文に込めました(力尽きました)
   明日から、また始めます。





   まこちゃん。


   なんだい、亜美ちゃん。


   どうぞ。


   ん?


   疲れているようだから。


   あぁ、ありがとう。


   どういたしまして。


   亜美ちゃんは、大丈夫かい?


   私は、大丈夫よ。


   本当に?


   本当に。


   そっか。


   でも、今夜は早めに休むつもり。


   あたしと?


   それは、どうしようかしら。


   一緒だったら、嬉しいなぁ。


   考えておくわ。


   ん、考えておいて。


   ……。


   亜美ちゃんの分は……。


   ……勿論、あるけれど?


   あ、本当だ。


   ……一緒に、ね。


   うん、一緒に……。


   ……ん、まこちゃん。


   大好きだ……。


   ……唐突。


   疲れているから。


   ……。


   ん……亜美ちゃん。


   ……今夜は、ゆっくり休んで。


   うん……亜美ちゃんと、一緒に。


  28日





   ~~♪


   ……。


   ~~~♪


   ユゥ。


   ん。


   楽し気な歌ね。


   歌?


   口遊んでいたわ。


   ふむ。


   無意識?


   どうやら、然うみたいだ。


   では、歌について尋ねても分からないかしら。


   其れは……~~~♪


   うん?


   こんな歌だったかい?


   ええ、そんな歌だったわ。


   然うか。


   歌について、聞いても?


   あぁ、構わない。
   此れは龍乃唄だ。


   龍乃唄?


   青龍と良く歌っていたから、龍乃歌。


   若しかして、貴方が作ったの?


   いや、あいつと一緒に作った。
   旋律が気に喰わないと、文句を言われるんだ。


   ……歌詞はあるの?


   歌詞は無い。


   ……考えた事は?


   詞を考える事は苦手なんだ。


   ……苦手?


   どうにも、才が無いらしい。


   ……私を口説く事は、得意なのにね。


   うん?


   ……私への、口説き文句。


   口説き……あまり、得意ではないと思っているが。


   ……だからこそ、響いたのかしら。


   ただただ、必死だった。


   ……でも然うね、得意だったら私の心には響かなかったかも知れない。


   得意でなくて良かった。


   ……。


   然うだ。


   ……なに。


   良かったら、メルが考えて呉れないか。


   ……歌詞?


   どうだろう?


   ……ふむ。


   メルが考えた詞ならば、あいつも気に入るだろう。


   ……ごめんなさい、ユゥ。


   ん?


   私も……詞は、あまり。


   メルにも苦手な事があるのか。


   あるわよ……私だって、ひとのこだもの。


   ふふ、然うか。


   ……願いに添えず、ごめんなさいね。


   ううん、良いんだ。


   ……ねぇ、ユゥ。


   なんだい?


   ……好きよ。


   ん。


   ……貴方の歌。


   そ、然うか?


   ……ええ、とても好き。


   然うか……嬉しいな。


   ……口遊んでいる時は、決まってご機嫌なの。


   分かり易い、か?


   ……とても、ね。


   まぁ、いつも歌っているわけではないしな。


   ……私とふたりで過ごしている時に、口遊む事が多いような気がする。


   君とふたりで過ごしている時の私は、いつだってご機嫌だから。
   歌ぐらい、口遊んでしまう。しかも、知らず知らずのうちにね。


   ……いつだって?


   現に、不機嫌だった事なんて無かったろう?


   言われてみれば……無かったかも知れないわ。


   知れない、ではなく、一度も無いんだ。
   なんせ、不機嫌になる要素がひとつも無いのだから。


   口遊んでは、いなかったけれど。


   今よりも、緊張していたんだ。


   緊張?


   だから、歌どころではなかった。


   ……今は、解れたの?


   口遊める程度には。


   ……でも、確かに。


   ん?


   ……柔らかくなったような気がするわ。


   然うかい……?


   ……元々、柔らかいひとではあったけれど。


   はは……。


   ……そもそも、貴方が不機嫌になる事なんてあるの?


   私だってひとのこだ、勿論あるさ。


   若しも、見てみたいと言ったら。


   私としては、見せたくはないが……まぁ、どうしてもと言うのなら。


   いつ、見られるの?


   ん……いつと言われると、難しいな。


   私とふたりの時では、見られないのよね。


   あぁ、見る事は無いだろう。


   ……怒った顔なら、見せて呉れるのに。


   君への理不尽な対応を聞くと、どうしても怒りが湧いて来てしまう。


   ……辰星に行けば、或いは。


   君も知っての通り、表向きの顔を作る事は得意なんだ。


   ……。


   此れでも、飾り物の王だからね。


   ……貴方は出逢った頃からずっと、然う言っているけれど。


   けれど?


   ……実際は、飾り物などではないと思う。


   飾り物だよ、私は。


   ……歳星で、貴方に敵う者は誰も居ない。


   一応、守護者でもあるから。


   ……誰よりも優しくて、そして、誰よりも強い。


   私は優しくなんてないし、大して強くもない。


   ……。


   ん……メル。


   ……貴方はどう見ても、飾り物の王などではないわ。


   ……。


   どう考えても……貴方が飾り物だなんて、思えない。


   ……君にとって良き番ならば、私は其れだけで良い。


   ……。


   其れ以上は、望まない。


   ……ユゥ。


   さぁ、此度も楽しいお茶の時間にしよう。


   ……今日はどんなお茶を用意して呉れたの。


   今日は緑茶に、軽く潰した柑橘を加えたものだ。
   お茶の風味と、爽やかな柑橘の香りを楽しんで欲しい。


   ……好みで、砂糖を入れるのね。


   甘い方が良ければ、君の好みで。


   貴方は入れる?


   私は……さて、どうしようかな。


   ……私は、少しだけ入れるつもりよ。


   然うか、ならば私も少しだけ入れる事にしよう。


   ……此れは、お酒?


   あぁ、酒を入れると味わいに深みが増すんだ。


   ……初めてよね。


   たまには、良いかと思って。


   ……政務の合間に。


   ほんの少しならば、問題無い。


   ……。


   なに、此れくらいでは私は酔わぬ。


   ……ねぇ、ユゥ。


   なんだい、メル。


   ……何か、あった?


   ……。


   あったのね。


   ……いや、何も無い。


   私には、話せない事なの。


   ……。


   話せない事ならば……此れ以上は、聞かないわ。


   ……あったとしても、大した事ではない。


   ……。


   躰の事を、少し言われただけだ。


   ……躰の事。


   そんな事は、今に始まった事ではない。


   ……だから、放っておけば良いと。


   構ってなど、居られぬ。


   ……子供。


   ……。


   子供の事を、言われたの。


   ……。


   然うなのね。


   ……子供は、授かりものだ。


   ……。


   私ひとりで、どうこう出来るものではない。


   ……然う、子供は私達ふたりの問題。


   ……。


   けれど……此の星の問題でもある。


   ……。


   ユピテル……急かされているのでしょう?


   ……私のような躰を持つ者は、他にも居る。


   ……。


   だから……君は、何も気にしなくて良い。


   ……つまり、代わりは幾らでも居ると。


   幾らでも居る……とまでは言わないが、居ないわけではない。


   ……候補となるには、其れなりの資質が必要なのでしょう。


   まぁ、私を打ち倒せるだけの力を持っていれば、直ぐにでもなれるさ。
   私が打ち倒された瞬間に、王の座は私のものではなくなるから。


   ……候補者は見つかっているの。


   一応、居るには居るらしいが……いかんせん、私を打ち倒すだけの力がない。


   ……。


   大事ない……掠り傷だ。


   ……後でまた、診せて。


   あぁ、分かっている。


   ……。


   飾り物になるには、躰だけでは駄目なんだ。頭もちゃんと伴っていないと。
   あとは、顔だな。対外的には整っていた方が良い。精悍な顔つきだと、尚良い。


   ……確かに、貴方の顔は整っているわ。


   ふふ、然うかい?


   精悍で……王としての威厳も感じられる。


   見られた顔ならば、其れで良い。


   ……其れだけが、分からないの。


   うん?


   ……此の星の民は、見てくれなど気にしないと思っていたのに。


   飾るのに、見てくれは良い方が良い。
   と言っても、三日で飽きるのが此の星の民なのだが。


   ……其れでは、何の為に。


   あくまでも、対外的なものだ。


   ……。


   私達はただでさえ、他の星の者達から野蛮で粗暴だと思われている。
   此れで見てくれが悪い、整っていない、だらしがない、知性が感じられない、となれば、どう思われるか。
   より一層、嘲られるだろう。そんな事は、火を見るよりも明らかだ。


   ……貴方も、気にするの。


   私はどう思われようが、気にしない……いや、矢張り、気にするのだろうな。


   ……其れは、貴方個人として。


   君にどう思われるか、私にとっては其れが一番に気になる事だ。


   ……。


   ん?


   ……私だけでなく。


   他は、どうでも良いな。
   どうとでも、好きなように思っていれば良い。


   ……。


   けれど……歳星の王となると、然うは言って居られぬ。
   所詮は飾り物の王に過ぎないが、其れでも笑い者になる事は面白くないのだ。


   ……貴方以外の者が。


   あぁ、然うだ。


   ……其れは、分かるわ。


   だろう?


   ……。


   なかなか、難儀なものだ……。


   ……。


   メル……。


   ……私の躰には、期限がある。


   ……。


   ユゥ……貴方の、躰にも。


   ……私の躰はいずれ、種を持つものから、卵を持つものに変わる。


   ……。


   故に……元服したと同時に、宛がわれた。


   ……早く、生せと。


   子を生す事も、王の務め……私の歳だと、十人くらいは居てもおかしくない。


   ……十人。


   私と同じ躰を持っているとは限らないからな……。


   ……数は、多ければ多い程良い。


   代わりも、必要だ……何かあった時の為に。


   ……何か。


   ないとは、言えぬ。


   ……。


   生まれた時から、私は種を持つ者として生きてきた。
   と言っても、流石に子供の頃は持っていなかったが。


   ……だって、子供だもの。


   面白いものだ。


   ……面白いって。


   私が望もうが望むまいが、躰は勝手に種を造り始める。
   其の挙句、子を生せと訴え始める。


   ……卵を持つ者も同じよ。


   然うか……?


   ……子を孕む事がなければ、勝手に用意したものを、胎内から血と共に垂れ流して呉れるんだもの。


   あぁ……あれは、なかなか面倒で厄介だと聞く。


   ……良く言ったものだわ。


   うん……?


   ……躰は生殖細胞の乗り物でしかない、と。


   せいしょくさいぼう?


   ……種と卵は、生殖細胞に過ぎない。


   ……。


   話は少し逸れてしまうけれど、良い?


   うん、頼む。


   配偶子である子種と卵子、或いは元になる細胞……其れらを生殖細胞と呼ぶの。


   ……元になる、細胞?


   元になる細胞が分裂して、子種や卵子を造るの。


   ……細胞が分裂して、子種や卵をつくる。


   然う。


   つまり……最初から、子種や卵になるわけではないのだな。


   ええ、然ういう事。


   ん、分かった。


   卵子は、生まれた時には既に一生分の数が卵巣の中に用意されている……だから、新たに造られる事はないの。


   ……其れは、私も。


   ええ……恐らく、用意はされている筈。


   ……。


   子種は……精祖細胞から精母細胞、精子細胞、そして精子、貴方が言う種へと段階的に分化する。


   ……種になるまでに、そんなに名前が変わるのか。


   話は、此処で終わらないわ。


   ん。


   子種が精巣上体で成熟し、受精能力を持つまでには更に数百統一時間掛かる……のだけれど。


   ……けれど?


   歳星と辰星の民が同じとは限らない。


   異なる可能性がある、か。


   躰の造りはほぼほぼ同じではあるけれど、妊娠期間に若干の違いが見られる。
   であるならば、子種が受精能力を持つまでの期間にも違いがあるかも知れない。


   ……調べてみたい、と。


   残念ながら、生殖分野にはあまり興味がないの。


   若しも、調べてみたいと少しでも思う事があれば……私の躰を使って呉れても構わないと思ったんだが。


   貴方の申し出は嬉しいけれど、気持ちだけ受け取っておくわ。


   ん、然うか。


   ……其れは、生きているひとの躰でする事ではないから。


   うん?


   若しも辰星の民と変わらないのであれば、受精能力を持つまでに、およそ二百八十八から五百四統一時間程掛かる。


   三百から五百か……結構、幅があるな。


   所謂、個体差。


   個体差か……まぁ、皆が皆、同じではないものな。


   精祖細胞から子種となり、受精能力を持つまで、全体的には……然うね、約三ヶ月掛かるわ。


   三ヶ月……子作りの問題は、何も卵の時機だけではないんだな。


   子が欲しければ、禁欲をせよ。


   ん?


   とある星には、そんな言葉もあるみたいね。


   其れは、何処だろう?


   熒惑。


   うん、分からないわけではない。


   ……然う?


   あの星は、堅物が多いように見える。


   ……其れは、否定しない。


   然し、細胞とは不思議なものだ。
   まるで、生きているようにも思える。


   ……然うね。


   生物の躰の多くの部分は常に入れ替わっていると、以前君に教わったが。


   ……覚えていて呉れたの?


   あぁ、勿論だ。
   君に教わった事は忘れない。


   ……成る可く?


   然う、成る可く。


   ……ふ。


   あ、いや、出来得る限り。


   覚えていて呉れて、嬉しいわ。


   そ、然うか?


   ええ、とても嬉しい。


   ならば、此れからも覚えていよう。


   出来る範囲で、ね。


   うん、出来る範囲で。


   ……ふふ。


   あ、や……メル、何を言わせるのだ。


   だって、其の方が良いと思ったんだもの。


   私は、覚えていたいと思うんだ。


   ……私に教わった事は?


   教わった事だけではない。


   ……。


   メルに関わる事、全て


   忘れて良い事は、忘れて下さい。


   ……む。


   忘れて?


   ……然ういう事に限って、良く憶えているものなのだが。


   厄介ですよね、ひとのこの記憶と言うものは。
   酷いと、思い出まで引っ張り出して来る。


   ……出来るだけ、忘れるようにする。


   はい、して下さい。


   ……。


   してね?


   ……うん、する。


   ……。


   ん……メル。


   ……出来るだけ、忘れて。


   うん……分かった。


   ……。


   ……。


   ……私達の躰は?


   え……?


   ……十年も経てば?


   あぁ……かなりの部分は、入れ替わってしまう。
   つまり、十年前の君はもう、何処にも存在しない。


   ……良く出来ました。


   やった。


   ……私達の躰は、細胞で出来ている。


   うん。


   私達の始まりは、卵子と子種が合わさった受精卵と呼ばれるひとつの細胞。
   此の受精卵がふたつに分裂し、其々の細胞が更に分裂を繰り返して数を増やしてゆく。
   増えた細胞が大きくなることで、私達の躰は成長する。


   躰全部が、細胞なのだな。


   其れは、歳星の民も辰星の民も変わらない。


   他の星の者達も。


   ……生物である限り。


   本当に不思議なものだ、細胞と言うものは。


   ……貴方の躰の変化は、細胞が齎すもの。


   ……。


   種を持つものから、卵を持つものへと。


   ……あぁ。


   ごめんなさい、急に話を戻してしまって。


   謝らないで良い、私も何処かで戻すつもりでいたから。


   ……戻すのならば、自分で。


   いいや、君が戻して呉れて良かった。
   私だと、不自然になってしまっただろう。


   ……私も、不自然だったと思う。


   然うかな。


   ……だって、間があったもの。


   間……?


   ……もう少し、上手に戻せたら良かったのだけれど。


   構わないさ。


   ……。


   私の躰は、急に変わるものではないらしい。


   少しずつ……けれど、確実に。


   然う、話には聞いているのだが……さて、どうなるか。


   ……今は。


   今は未だ、始まっていないと思う。


   ……。


   けれど……いつか必ず、其の時は来て、私の当たり前は変わってしまうだろう。


   ……其れまでに。


   子供を生せと。


   ……。


   子供は、授かりものでしかないのにな。


   ……辰星ではもう、自然受精はあまり行われていないわ。


   うん……?


   ……生殖は、人工授精が主流となっているの。


   じん、こう?


   ……人工的に、卵と種を受精させるの。


   え、と……其れは、つまり?


   ……つまり、直接的な交わりは行われない。


   え……。


   ……生殖以外の目的でなら、無くはないようだけれど。


   交わらないのか。


   ……然う、生殖の為には交わらないの。


   其れで、子が生まれると……。


   ……生まれると言うより、造られていると言うべきかも知れない。


   女の腹からは……。


   ……生まれない、人工子宮を使うから。


   じんこう、しきゅう……。


   ……其れでも、数は減っているけれど。


   なぁ、メル……。


   ……なに、ユゥ。


   辰星の民は……其れで、子を可愛いと思えるのか。


   さぁ……どうかしら。


   ……分からない?


   分からないわ……私には、可愛がって呉れる存在が居なかったから。


   ……。


   元々、種の方は産まないでしょう……?


   ……と言うより、産めない。


   己の腹で産まなければ、可愛いと思えないのなら……産めない種の方は当然可愛いと思えない、思えるわけがない、という理屈が成り立ってしまう。


   ……私は、可愛いと思う。


   貴方は屹度、然うでしょうね……。


   ……メルと私の子が、可愛くないわけがない。


   であるならば、人工子宮から生まれて来ても良い……。


   ……。


   どう生まれようと、私達の子には変わりないのだから。


   然う、か……確かに、然うだな。


   ……結局は、心の在り方によるの。


   ……。


   ……若しも、貴方が望むのなら。


   メルは、どうなんだ……。


   ……私は、どちらでも構わないわ。


   私に、触れられるのは……。


   ……嫌なわけ、ない。


   ん……。


   ……嫌いでは、ないの。


   メル……。


   ……ただ。


   私は……メルが望む方を選ぶ。


   ……。


   ……私には、産めない。


   ……。


   ……時間は、未だある。


   連綿と。


   ……うん?


   受け継がれている遺伝子……或いは組み込まれている因子によって、細胞が変化する。


   ……こういった躰を持つ者は、他の星では珍しいのだろう?


   ……。


   生まれ持った躰のまま、生きて……そして、終わってゆく。


   ……辰星には、居ないわ。


   ……。


   ……恐らく、螢惑や太白にも。


   歳星でも、私のような躰を持つ者は珍しい……。


   ……故に。


   王となる……昔から、然う決まっているんだ。


   ……。


   躰が変わってしまう前に、子を生さなければならぬ……其れもまた、王である私の務め。


   ……生まれた子は、確実に。


   然ういう子が、生まれ易いというだけだ……だから、数が必要になる。


   ……貴方の、御両親は。


   知らないんだ。


   ……知らない?


   先代の王でなかった事は、知っている。


   ……先代の王の子は。


   皆、然うではなかった。


   ……其の子達は、今何処に。


   私が全て、打ち倒した。


   ……。


   連れて来られて、戦えと。


   ……其れで、全員。


   うん……どういうわけだか、私には王の資質があったんだ。


   ……隔世遺伝。


   かくせい……?


   ……貴方の祖先に、居たのかも知れない。


   祖先……。


   ……歴代の遺伝子を調べれば、分かるかも知れないけれど。


   多分、残っていないだろう。


   ……然うよね。


   ……。


   ……。


   さて……そろそろ、お茶を楽しもうか。


   ……うん。


   どうぞ、メル。


   ……有難う、ユゥ。


   此度も、ふたりで楽しもう。


   ……ん。


   ……。


   ……好い香り。


   ふふ……だろう?


   ……ねぇ、ユゥ。


   なんだい?


   お酒……私にも。


   ……。


   たまには、良いかと思って。


   ……本当に良いのか?


   ん……。


   ……だが。


   飲んでみたいの。


   ……。


   貴方と同じものを。


   ……然うか。


   全く、飲めないわけではないから。


   ……だとしても、少しだけ。


   ……。


   ほんの、数滴……其れで、良いかい?


   ……もっと、飲めたら良いのだけれど。


   はは、十分だよ……私も、数滴しか入れないから。


   ……然うなの?


   入れ過ぎたら、お茶ではなく酒になってしまうだろう?


   ……其れは、確かに。


   一……二……三。


   ……三滴。


   此れだけでも十分に、深みは出る……。


   ……。


   ……改めて、どうぞ。


   ……。


   ……。


   ……ん。


   どうだい……口に合わなかったら、取り替えるよ。


   ……此れは、此れで。


   悪くはない……?


   ……美味しいわ。


   無理は、していないか。


   ……してない。


   ……。


   仄かに甘くて……美味しい。


   ……良かった。


   ユゥも、飲んで。


   あぁ……直ぐに。


   ……味わってね。


   はは、分かっているよ……。


   ……。


   ……うん。


   どう……?


   ……矢っ張り、君と飲むお茶は美味しい。


   ……。


   あは。


   ……もう。


   ……。


   ん……ユゥ。


   ……きれいだ、とても。


   唐突……。


   ……いつも、いつでも、想っている。


   ……。


   メル……メルクリウス。


   ……今は、駄目よ。


   ん……。


   ……今は、お茶を楽しむ時間なのだから。


   はい……。


   ……。


   はは……。


   ……ふふ。


  27日





   ……。


   ~~♪


   ……。


   ~~~♪


   ……不思議な響きだ。


   ん……。


   何度、聞いても。


   ……ユピテル。


   メルクリウス。


   ……もう、そんな時間?


   いいや……未だ、少し早い。


   ……。


   君が奏でる歌は、いつ聴いてもきれいだと思う。


   ……私の歌は、辰星では取るに足らないものです。


   辰星では然うだったのかも知れないが、私にとっては然うではない。


   ……不思議な響き、と。


   辰星の言葉には、歳星には無い音があるから。


   ……。


   辰星の言葉で奏でる君の歌は、複雑で、不思議で……とても美しい。


   ……つまり、言葉が美しいのですね。


   言葉だけではない、其の歌声も美しい。


   ……有難う御座います。


   私は、君にだけは嘘は吐かない。


   ……知っています。


   うん。


   ……。


   ……。


   ……歳星の言葉にも。


   独特な音がある、か。


   ……今でも、良く分からない?


   当たり前過ぎて……君に言われるまで、気付かなかったくらいだ。


   他星の言語には無い音で……学んでいて、興味深かった。


   ……。


   ……貴方の言葉遣いは、いつ聞いても美しいわ。


   然うかな……。


   ……屹度、厳しく躾けられたのでしょう。


   ん……。


   大らかではあるけれど……貴方は、王だから。


   ……飾り物でしか、ないけれど。


   だからこそ、出来損ないは許されない……。


   ……。


   ……私のように。


   君は、出来損ないなどではない……。


   ……。


   君は……何よりも、美しいよ。


   ……私は、変わり者なの。


   変わり者……?


   ……どうでも良い事ばかり、知りたがる。


   多数の者にとってはどうでも良くても、君にとってはどうでも良い事ではない。


   ……誰にも、理解される事はない。


   今は、違うだろう。


   ……今は、貴方が居て呉れるわ。


   あぁ、然うだ……どんな時でも、君の傍には私が居る。


   ……。


   何を学ぼうが、メルクリウスの勝手で……私はそんな君の事を、堪らなく愛おしく思う。


   ……矢張り、私は他の星に嫁ぐ為に生まれて来たのね。


   ……。


   幼い頃から、何度も聞かされたわ……生まれる前から、私の行く道は決まっていたと。


   ……勝手に、決められていたと言う事か。


   妹姫(わたし)と言う存在は、辰星の存続の為だけにある……其れ以外の価値は、初めから無いの。


   つまり、君に相応しい番は私だけと言う事だな。


   ……どうして、然うなるの?


   無理矢理、或いは、こじつけだ。


   ……流石に、無理があるわ。


   矢張り、あるか……。


   ……でも、貴方らしい。


   許して呉れるかい……?


   ……許すも何も、無いわ。


   ……。


   ……然う言うところも、好きなんだもの。


   メル……。


   ……。


   君は……私が見初める前から、歳星の言葉を学んでいたと。


   ……ええ。


   其れは他の星に嫁ぐ為、だったのか。


   ……然うだと、言ったら。


   歳星以外……熒惑や太白、鎮星の言葉も。


   ……話せる程度には、学んだわ。


   歳星でなくても、良かったと。


   ……姉姫様にとっては、何処でも良かったの。


   ……。


   歳星に嫁いで呉れるとは、思っていなかったみたいだけれど。


   ……繋がりが、ほとんど無かったものな。


   まさか、貴方の方から望んで呉れるだなんて……分からないものだと、呟いていたわ。


   ……良かったよ、間に合って。


   大丈夫よ……貴方以外の誰かが、私を見初める事なんてなかっただろうから。


   ……其れは、分からない。


   ……。


   今だから、言うが……何番目でも構わないと言われたんだ。


   ……何番目?


   歳星に嫁ぐのなら……何番目でも、良いと。


   ……あのひとならば、言いそうだわ。


   だから、言い返した……私には、メルクリウスだけだと。


   ……貴方ならば、言うわね。


   あくまでも、穏便に……笑顔は、絶やさずに。


   ……其れに対しての、返事は。


   其れなら其れで構わないと、素っ気なかったな。


   ……然う。


   想像がつくかい?


   ……其れはもう、容易に。


   然うか……。


   ……。


   ……。


   ……「小部屋」にひとり、留め置かれて。


   ……。


   既存の言語を、ひたすら学び続けるだなんて……何も知らない者から見れば、全く面白みがない。
   新たな発見があるわけではなく、好奇心をくすぐる事もなく、誰かと話す機会すらもなく、ただただ、書物を読み耽るだけ。


   ……けれど、其のお陰で。


   ん……。


   ……私は君と、直接話す事が出来た。


   ……。


   初めから……通詞など、介さずに。


   ……貴方も、辰星の言葉を学んで呉れたのでしょう?


   学ぼうと、思ったが……私には、辰星の言葉は難しくて。


   ……文法は少し複雑だけれど、慣れてしまえばなんて事はないわ。


   文法もだが、何よりも、発音が難しい……。


   ……発音なんて、慣れよ。


   然うは、言うが……発音を間違えると、別に意味になってしまうだろう?


   なってしまうけれど……私が相手ならば、気にしなくて良い。


   ……失礼な事を言ってしまうかも知れないと思うと、尻込みをしてしまうんだ。


   貴方が、尻込み……?


   ……有体に言うと、嫌われたくない。


   ふ……。


   ……真剣だったんだ。


   分かっているわ……。


   ……メル。


   ごめんなさい……冷たいでしょう。


   ……いいや、心地好い温度だ。


   ねぇ……。


   ……なんだい。


   私の事が好きって……辰星の言葉で、言ってみて。


   ……え。


   覚えているのでしょう……?


   ……覚えては、いるが。


   何度も、練習した……然う、顔に書いてあるわ。


   ……書いてあるか。


   ええ……分かり易いくらいに。


   ……。


   ユピテル……私は貴方が話す辰星の言葉が好きよ。


   ……でも、たどたどしいだろう。


   たどたどしいところが、可愛いの。


   ……可愛い?


   幼子が、話しているようで。


   ……幼子。


   私も、然うだったわ……。


   ……メルも?


   私ね、言葉を覚えるのが遅かったの。


   ……メルが?


   より正確に言えば、なかなか、言葉にして発する事が出来なかった。
   頭では分かっているのに、いざ、話そうとすると……詰まってしまって、言葉に出来ないの。


   言葉に出来ないだけで、覚えていないわけではなかったのだろう?


   覚えていても、発する事が出来なければ、覚えていないと見做されるの。


   其れは、おかしい。


   然うね……今なら、私もおかしいと思える。


   ……今なら。


   辰星で生きていると、然う思う事は出来ない。何故なら……其の考え方は、辰星の理屈から外れているから。
   おかしいと思える理屈が、何処にも無いの……転がってさえ、居ない。


   ……。


   言葉に出来ない音は、意味の無い音でしかない……「あー」だと「うー」だの、そんな音では意思疎通をする事は出来ない。
   自分以外の誰かと関係性を構築する上で、意味や意思が伝わらない音は、全く役に立たないの……。


   ……そんな事はない。


   貴方なら屹度、分かって呉れようとするのでしょうね……。


   言葉になっていなくても、伝わるものはある……何も伝わらないだなんて、そんな事はひとつもないんだ。


   ……。


   其れに……伝える手段は、何も言葉だけではない。


   ……表情や、身振り。


   顔色で伝わる事もある。


   ……歳星の民の表現方法は、豊かで、多様で。


   何方かと言うと、話すのがあまり得意ではないんだ。
   だから、言葉以外のもので伝えようとする。


   ……中には、力を用いる者も居るわ。


   あぁ……。


   ……歳星の民は野蛮で、粗暴だと。


   理性を、感じられない……。


   ……ごめんなさい。


   いや……然う言われても、仕方が無い。


   ……皆、知らないのよ。


   ……。


   ……知ろうとも、しないの。


   私達も、知らないから……。


   ……お互い様だと。


   ……。


   然う、言いたいの……。


   ……同じ星の民同士でも、分かり合う事は難しい。


   ……。


   其れが、他星の民となると……尚の事だ。


   ……貴方に対して、私の星は酷い事を言ったわ。


   私は気にしてなどいない……最終的に、君を番にする事が出来たのだから。


   ……弱い星なのに。


   弱い……?


   ……凝り固まった理屈だけでは、身を守る事なんて出来ない。


   ……。


   ……太白の辰星への圧力は、増すばかりだったわ。


   あぁ……聞いている。


   ……貴方の申し出を受けていなければ、今頃。


   余計な事ではなかっただろうか。


   ……まさか、渡りに船とは良く言ったものだわ。


   わたりに、ふね?


   ……必要なものや望ましい条件が、偶然に、具合良く揃う例え。


   となると……船は、私か。


   ……しかも、大型船。


   ははは、其れは良い。


   ……貴方が私を望んで呉れた事で、歳星と辰星に大きな繋がりが生まれ、太白は容易には手を出せなくなった。


   噂には聞いていたんだ、最近の太白の行動には目に余るものがあると。


   ……最近ではなく、私が生まれるずっと前から。


   君が生まれる前……。


   ……元々、関係性は希薄だったけれど。


   矢張り遠いな……辰星は。


   ……距離も、時間も。


   ともあれ、間に合って良かった。


   ……若しも、私が居なければ。


   申し訳ないが、何も出来なかっただろう。


   ……しなかった、では、なく。


   然うとも言える……歳星は内側よりも、外側を見ている事が多いから。


   ……内側の事は内側で、片を付ける。


   あぁ、然うだ……。


   ……若しも、救いを求めていたら。


   辰星が、歳星に……?


   ……なりふり構わず、助けて欲しいと。


   其の時は、動こうとしたかも知れない……。


   ……貴方、ひとりだけでは。


   決められない……私は、飾り物だから。


   ……。


   メル……。


   ……守って貰える事になっても、尚。


   私達は、此れからだ……時間を掛ければ、理解が生まれるかも知れない。


   ……歳星の民は、然う考えて呉れるかも知れない。


   と言っても、全てではないが……か弱きものとして、莫迦にする者も居るだろうし。


   ……自分達の理が通じないと判断するや、知性が無いと見下すの。


   ……。


   多様な考え方など、あの星には無かった……仮にあったとしても、従来の理屈に踏み潰されるだけ。


   ……息が、詰まりそうだ。


   其れでも、私は生きていたわ……どうにか、息継ぎをして。


   ……。


   知能遅れだと、揶揄される事もあった……返事ひとつ、儘ならなかったから、


   ……知能遅れ、だと。


   いつまで経っても、知性が見られない……だから、此れは駄目かも知れないと。


   駄目……駄目って、どういう事だ。


   ……使いものにならないと言う意味。


   莫迦げている。


   ……ユゥ。


   そんなの、莫迦げている。


   ……怒らないで。


   無理だ。


   ……もう、過ぎた事だから。


   然うであろうとも……君の中に、其れは残っている。


   ……残っているだけ。


   つまり、終わってなどいないんだ。
   仮令、過ぎた事だとしても。


   ……。


   ……メルクリウス。


   貴方は、私の事……。


   知性、知識、知恵……君以上の者は、何処にも居ない。


   ……貴方にとって、私は使いものになる?


   使いものになるだなんて、そんな言い方はしない。


   ……出来損ないでは。


   そんな事、あるわけない。


   ……。


   ……。


   ……妹姫などに、生まれなければ。


   良かったと……。


   ……然う考えた事も、あったけれど。


   ……。


   妹姫に生まれたから……貴方に見初められたのだと。


   ……妹姫でなくとも、君を見初めただろう。


   けれど、出逢いが……。


   ……目敏く見つける可能性は無きにしも非ず、だ。


   ……。


   どんな君であろうとも、私は君を見初めて、番にしたいと申し出ただろう。


   ……有り得ない事だと、言えない。


   ふふ……だろう?


   ……。


   此の縁は、誰かが勝手に決めた事ではない。


   ……貴方が、決めた事。


   そして……君が決めた事でもある。


   ……私は。


   君が、私を受け入れて呉れなければ……私は、潔く。


   ……諦められた?


   ……。


   ……其れだけの想いだったの。


   諦める事なんて、出来ない……。


   ……ぁ。


   君が受け入れて呉れなければ……私は生涯、独りのままだっただろう。


   ……ひとり。


   仮令、他の者を宛がわれていたとしても……。


   ……。


   メルクリウス……そろそろ、行こうか。


   ……其の前に。


   ……。


   其の前に……ふたりだけで。


   ……あぁ。


   ……。


   メルクリウス……わたし、は、きみ、を、あいして、いる。


   ……。


   ん……通じて、いないか。


   ……いいえ、ちゃんと通じているわ。


   ……。


   ……生まれて初めて、美しいものだと思えたの。


   然うか……。


   ……。


   メル……。


   ……ねぇ。


   ん……。


   こういう時……瞳は、閉じた方が良いの。


   どちらでも、構わない……君が、したいように。


   貴方は、閉じる……?


   私は……閉じる。


   ……どうして。


   閉じた方が……より、君を感じる事が出来るだろうから。


   ……より、集中出来るという事?


   私は不器用だから、ひとつの事しか集中出来ないんだ……。


   ……


   君を見つめながら……口付けをしたら。


   ……出来ると、思うわ。


   出来ない事は無いだろうが……気が、ふたつに分かれてしまうと思うんだ。


   ……ふたつ?


   君を見つめる事……そして、唇を重ねて其の温もりを感じる事。


   ……。


   今は……君の温もりに集中したい。


   ……脳は一度に、多くの感覚入力を処理する事は出来ない。


   うん……?


   ……今から、試してみても良い?


   良く分からないけれど……君が、してみたいのなら。


   ……してみたいわ。


   ん……ならば、構わない。


   ……。


   ……君から。


   ううん……貴方から。


   ……良いのかい?


   貴方からが、良いの……理由は分からないけれど、然うして欲しいの。


   ……ん、分かった。


   ……。


   ……メル。


   ん……。


   ……。


   ……未だ、瞑らない。


   ……。


   ……こうして、見ると。


   ……。


   ……睫毛が、長い。


   ……。


   ……


   ……。


   ……?


   ……。


   ……ユゥ?


   えと……どうだった?


   ……もう、おしまいなの?


   どうだったか……気になって。


   ……途中から、ぼやけてしまったわ。


   ぼやける……?


   ……貴方の、顔。


   私の、唇には……。


   ……閉じた方が、良いみたい。


   ……。


   ……貴方の、言う通り。


   集中、出来なかった……?


   ……視覚から得る情報が多くて。


   其れは……私の睫毛が長い事も含まれている?


   ……ええ、含まれているわ。


   ……。


   ユゥ……。


   ……思わず、吹き出しそうになってしまったよ。


   聞こえていたの……?


   ……あぁ、確りと。


   口に出すつもりはなかったの……。


   ……でも、漏れてしまった。


   ごめんなさい……。


   ……面白かったから、良いよ。


   ん……。


   ……でも、次は。


   もう、言わないわ……。


   ……瞳は。


   閉じるつもり……。


   ……。


   ……其の方が集中出来ると、確信したから。


   うん……。


   ユゥ……ユピテル。


   ……メルクリウス。


   改めて……して。


   あぁ……するよ。


   ……。


   ……何度でも。


   ふ……。


   ……え。


   ……。


   可笑しかった……?


   ……大分。


   あー……間抜け?


   ……ふふ。


   ……。


   ん……ユゥ。


   ……こんな、私だけれど。


   そんな、貴方だから……。


   ……。


   ……愛して、止まないの。


   あぁ……。


   ……ずっと、愛して。


   あぁ……ずっと、君だけを。


   ……。


   愛す……。


   ……う、ん。


  26日





   温めた茶器の中に、付け根が下に来るようにして茶葉を入れて……静かに、熱い湯を注ぐ。


   ……。


   茶葉が引っ繰り返ってしまわないように……そっと入れるんだ。


   ……若しも、引っ繰り返ってしまったら。


   当たり前だけれど、逆さまになってしまう。


   ……お湯は、熱い方が良いのですか。


   温いと、開きが遅い……かと言って、熱過ぎると渋くなってしまう。


   ……程々が肝心なのですね。


   其れがまた、難しいのだが……。


   ……ふふ。


   ん……なんだい?


   ……貴方でも、難しい事があるのですね。


   勿論、あるさ……寧ろ、難しい事ばかりだ。


   ……ん。


   君の事も……。


   ……私は、何も難しくはないと思いますが。


   はは……。


   ……可笑しな事は、言っていません。


   はい……。


   ……どれくらい、お湯を注ぐのですか。


   ふたり分だから……良し、此れくらいかな。
   あとは蓋をして、茶葉が開くのを待つ。


   ……蒸らすのですね。


   うん。


   ……上手に、開いて呉れると良いですが。


   屹度、開いて呉れる筈……。


   ……どれ程で開くものなのですが。


   そんなには、掛からない……だから、見逃す事がないように見ていて欲しい。


   ……分かりました。


   ……。


   ゆっくりと、茶葉が開き始めましたね……。


   あぁ……此処からだ。


   ……。


   開いた茶葉の中から……。


   ……お花が、顔を見せる。


   花が、顔を見せる……ふふ、なかなか可愛い表現だ。


   ……。


   や、揶揄ったわけではないぞ……。


   ……歳星には、面白いお茶があるものです。


   ん……。


   ……目で楽しむお茶なんて、辰星にはありませんから。


   あくまでも喉を潤し、其の効果を得る為……か。


   ……あったとしても、興味を持っている者しか見ないでしょう。


   拘る者は、拘りそうだ……。


   ……私が見聞き出来た範囲では、其のような者はひとりも居ませんでしたが。


   辰星の民に、花を眺め、愛でようと思う者は……。


   ……花に興味を持ち、其の生態を調べたい、より深く知りたいと考える者ぐらいでしょう。


   ふむ……。


   今ではもう、其の生態はほぼほぼ解明され……新種も、辰星ではほぼ見つからず……他星から持ち込んだ花を研究し、品種改良をする程度。


   ひんしゅかいりょう……。


   ……簡単に言えば、己の意によって花の形を変えてしまう事です。


   ……。


   故に……愛でると言っても、貴方が思うようなものではないかと。


   ただ好む、という事はあまりないのだな……。


   ……あまり、と言うより、ないに等しい。


   ない……。


   ……辰星には、お花見と言う文化もありませんから。


   花を眺め、愛で、親しき者と語らう……其れもまた、楽しいものなのだが。


   ……そんな事を望もうものなら、奇人扱いでしょう。


   奇人……。


   ……有り得ないのです、ただ愛でる事など。


   然うか……。


   ……辰星固有のお花に、派手なものはないけれど。


   ……。


   ……其れが良かったのだと、私は思うのです。


   あぁ……私も、辰星固有の花は好きだ。


   ……何処が、好きですか。


   一見して、可憐な印象を受けるが……然し良く見ると、真っ直ぐで凛としている。
   其の様が、悠然と佇んでいるようにも見えて……まるで、見てくれだけの派手さなぞ要らぬと言わんばかりだ。


   ……。


   然う言うところが、私は好きだ……然う、君のようで。


   ……そんな事を言う者は、私の傍には居なかった。


   ……。


   ……姉姫様とて。


   メル……。


   ……無駄なのです。


   君の部屋には……。


   ……一輪だけ。


   ……。


   ……摘んで来ては、私しか居ない小部屋に。


   此れからは、存分に楽しめるし……語り合える。


   ……存分に?


   お茶だけでなく……花の事も。


   ……貴方には、共に語らう者が居たのですね。


   青龍(ジュピター)だ。


   ……青龍?


   あいつは龍だが、花が好きなんだ。


   龍が、お花を愛でるのですか?


   私には、然う見えている。


   ……。


   花を眺めている時のあいつは、兎に角、上機嫌なんだ。
   其れこそ、鼻歌でも歌い出しそうなくらいに。


   龍が、鼻歌……。


   面白いだろう?


   ……ええ、とても興味があります。


   私としては、此れからは君とふたりで楽しみたいと思っているが……。


   ……そんな事をしたら、拗ねてしまうかも知れませんよ。


   かな……。


   ……大きな背に、乗せて呉れなくなるやも知れません。


   む、其れは有り得るな……。


   ……お花見をする時は、あの子も一緒に。


   あぁ……外でする時は、然うしよう。


   ……外?


   流石に、此の部屋に呼ぶのは無理だ……入らない。


   ……こんなに大きなお城なのに。


   城は大きいが、此の部屋は然程ではないからな……。


   ……お花見をする時は、成る可く、外でするようにしましょう。


   鉢植えの花でもか?


   鉢植えは……仕方ありませんね。


   はぁ……良かった。


   外に運んでも良いのですが。


   いや、鉢植えは部屋の中で楽しもう。


   ……然う?


   出来れば、然うしたい。
   然うしよう、メル。


   ……では、其のように。


   うん。


   ……此のお茶に使われているお花は、どのようなものがあるのですが。


   色々あるぞ。


   色々……貴方の事だから、全て、見せて呉れそうですね。


   うん、どれもふたりで見たいと思っている。


   ……矢張り、ふたりだけ?


   外でなければ……。


   ……でしたら、外で。


   ……。


   たまには、然ういう時間を設けても良いと思います。


   然うか……うん、然うだな。
   あいつも屹度、喜ぶだろう。


   ……だと、良いですが。


   あいつは、君を気に入っている。


   ……私を?


   最早、懐いていると言っても過言ではない。


   ……。


   君が、可愛がるものだから……余計に、甘える。


   ……だって、可愛いんですもの。


   む……。


   ……うっかりしていると、頭から食べられてしまいそうで。


   其れは……可愛いと、言うのか。


   ……はい、言います。


   そ、然うか……では、うっかり食べてしまわぬよう、言っておこう。


   ふふ、大丈夫ですよ……あの子はそんな事、決してしませんから。


   ……。


   本当に、可愛いものです……。


   ……まぁ、良いが。


   どうしましたか?


   ……なんでもない、ただの嫉妬だ。


   嫉妬?


   ……君に惚れるまで、嫉妬などした事はなかったのだが。


   ふふ……。


   ……ん。


   貴方も、可愛いひと……。


   ……。


   ふふふ……。


   ……うん、此れも良いな。


   はい……?


   ……君に、愛でられているようで。


   ……。


   ……とても、良い気分だ。


   面白いひと……。


   ……飽きないだろう?


   ええ……飽きないわ。


   ……飽きさせない。


   ……。


   ……一生。


   貴方の事は……飽きる気がしない。


   ……メル。


   貴方と一緒なら……穏やかな暮らしも、良いものだと思うの。


   ……君が、望むままに。


   貴方の、望みは……。


   ……君と、ずっと一緒に生きる事だ。


   他には……。


   ……色々あるが、全て、君が居なければ始まらない。


   ……。


   君が、私の全てなんだ……。


   ……全てだなんて。


   ……。


   ……然う言えば。


   うん……?


   ……味はどうなのですか。


   味……?


   ……此のお茶の。


   あぁ……此のお茶は、目で楽しむものだ。


   ……でしたら、特に拘りはないのですね。


   だからと言って、拘りが全くないわけではない。


   ……味も大事、ですか。


   ふふ、然うだ。


   ……。


   花によって、風味は変わるが……どれも、悪くはないんだ。


   ……美味しい、とは言わないのですか。


   花の香りが合わないと、美味しくないと感じるかも知れない。
   お茶は味だけでなく、香りも大事だから。


   ……茶葉は。


   軽く発酵させたものだ。


   ……軽く。


   摘んだ茶の葉を薄く広げて、ゆっくり乾燥させる。


   ……茶葉は、揉まない。


   あぁ、其のままだ。


   ……。


   辰星では、確か……。


   ……白茶と呼ばれています。


   然うだ、白茶。


   ……此のお茶に使われているお花は。


   君が気に入って呉れた花だ……見た目だけでなく、其の香りも。


   ……嗅覚には合いましたが、味覚に合うかどうかは。


   其れを、此れから試してみよう……。


   ……若しも、合わなかったら。


   其の時は、私が飲む……君には、他のお茶を用意する。


   ……。


   大丈夫だ、決して無駄にはしない……。


   ……淹れ終わった後の、お花はどうするのですか。


   水に移せば、暫くの間は楽しめる……。


   ……水中花にするのですね。


   うん……其れもまた、きれいなんだ。


   ……大らかなのに、無駄がない。


   ん、なんだい……?


   ……お花が。


   あぁ、大分開いたな……。


   ……。


   きれいなものだろう……?


   ……ええ、確かにきれいだと思います。


   良かった……。


   ……けれど、辰星の民から見たら、理解出来ないかも知れません。


   ……。


   ……お茶の中で、お花を咲かせるだなんて。


   君も、出来ないか……?


   私は……貴方と過ごした、月日の影響で。


   ……未だ、たったの数ヶ月だ。


   されど……其の影響は、大きい。


   ……。


   若しかしたら、貴方が考えている以上かも知れませんよ。


   ……君にとって、其れは。


   悪くは、ありません……。


   ……。


   辰星で過ごした年月よりも……ずっと。


   ……メル。


   ねぇ、ユゥ……。


   ……なんだい。


   此のお茶……誰が、思い付いたのでしょうね。


   誰かは、知らないが……屹度、お茶と花がとても好きだったのだろう。


   ……でなければ、思い付きもしないわ。


   はは、然うだなぁ……。


   ……。


   結構、早かっただろう……?


   ……ええ、早かったわ。


   だから、目を逸らせないんだ……。


   ……。


   良し、そろそろ淹れようか。


   ……もう?


   蒸らし過ぎると、渋くなってしまうから。


   ……。


   もう少し、見ていたいかい……?


   ……いいえ、後で水中花として見られるから。


   ふふ……然うか。


   ……薔薇(そうび)。


   然う、君が気に入って呉れた花だ……。


   ……香りは、好みではあるけれど。


   柔らかなお茶の甘味と、柔らかな花の香りが合わさっている……。


   ……。


   ……どうぞ、メル。


   有難う……ユピテル。


   楽しんで貰えてたら、嬉しい……が、無理はしないで欲しい。


   ……しないわ、無理なんて。


   然うかい……?


   ……貴方に、余計な気を遣わせてしまうもの。


   気を遣うのは、構わない……。


   ……心配させたくないの。


   君の心配なら、幾らでも……。


   ……無理をさせたいの?


   え……。


   口に合わなくても……無理をして、飲んで欲しいの?


   いや、無理はして欲しくない。


   ……だから、しないわ。


   ……。


   ……先に、頂いても。


   あぁ、先に。


   ……では、頂きます。


   ん。


   ふぅ……良い香りだわ。


   ……君曰く、心を落ち着かせる効果があると。


   けれど、飲むとなるとどうかしらね……。


   ……難しいかな。


   試してみるわ……。


   ……うん。


   ……。


   ……。


   ……ん。


   どうかな……。


   ……此れは、また。


   口には、合わないか……。


   ……柔らかい香りが、鼻を抜けていく。


   別のお茶を……ん。


   待って、先走らないで。


   ……。


   未だ、たったの一口しか飲んでいないのだから。


   ……分かった。


   取り敢えず、貴方の分を……渋くなってしまう前に。


   あぁ、然うだった。


   ……。


   ん……此れで良い。


   ……はぁ。


   二口目は、どうだい……?


   ……然う、ね。


   ……。


   悪くはないわ……。


   ……良くもない?


   二杯目が飲めるのならば、飲みたいと。


   ……。


   然う、思うくらいには。


   ……君が望んで呉れるのならば、飲めるよ。


   けれど、渋くなってしまわない?


   ……だから、新しい湯を足せば良いんだ。


   ……。


   然うすれば……二杯目が飲める。


   ……薄くはならないの?


   ならないよ……此のお茶は、少なくとも二杯は飲めるんだ。


   少なくとも……と言う事は、三杯目も。


   ……飲める。


   ……。


   面白いかい?


   ……面白いわ。


   ふふ、然うか。


   ……嬉しそう。


   あぁ、嬉しいよ。
   君と、楽しみ事が出来て。


   ……貴方は未だ、飲んでいないわ。


   ん、今から飲む。


   ……。


   ……。


   ……如何かしら。


   うん……思っていた通り、とても美味しい。


   ……。


   ……。


   ……。


   んー……。


   ……。


   ……メル。


   なに……ユゥ。


   ……私の顔に、何かついているかい?


   何故、そんな事を聞くの?


   私の顔を、じっと見ているようだから。


   見ているよう、ではなくて、見ているの。


   ……然うか。


   若しかして……照れているのかしら。


   ん……然うかも、知れぬ。


   ……私の顔は、じっと見るくせに。


   見られるとは、こういうものなのだな……。


   ……慣れているのではないの。


   君に、見られるのは……慣れていない。


   ……見ない方が良い?


   いや、見ていて欲しい……。


   ……。


   ……君になら、見られていたい。


   鬱陶しくない……?


   ……全く、鬱陶しくない。


   ……。


   君ならば……。


   ……ならば、見ているわ。


  25日
   推敲は明日に。





   メル。


   ……ん。


   今戻ったよ、メル。


   お帰りなさい、ユゥ。


   うん、ただいま。


   今日もお疲れ様でした。


   有難う、メルもお疲れ様。


   私は相も変わらず、大した事などしていませんから。


   いいや、そんな事はない。


   今日も今日とて、気儘に過ごしていただけですよ。


   記録や文書を分かり易くまとめておいて呉れて、とても助かっているんだ。
   私はどうにも、然う言った類の作業が苦手なものだから……もう、君無しでなんて居られない。


   相変わらず、大袈裟ですねぇ。


   今日も今日とて、か?


   ふふ……はい。


   ははは。


   今日はお早いお帰りなのですね。


   あぁ、然うなんだ。
   兎に角、早く帰って来たくて。


   ふふ、然うですか。


   ひとりで過ごしてみて、どうだった?


   なかなか快適に過ごす事が出来ました。
   私は矢張り、ひとりの方が落ち着くようです。


   若しも誰かが必要となったら、直ぐに知らせて呉れ。
   万が一に備えて、外には置いて居るから。


   はい、分かりました。


   取り敢えず、良かったよ。


   若しかして。


   ん?


   ひとりで居る私の事を心配して、いつもより早く帰って来て呉れたのですか。


   其れも、ある。


   其れも……と言う事は、他にも理由があると言う事ですね。


   一刻も早く、メルに逢いたくて。


   其れは、いつも聞いています。
   今日は、其れ以外にもあるのではないですか。


   ん。


   ふふ、図星ですね。


   え、と。


   例えば……躰の後ろに、隠しているもの。


   え。


   然うなのです?


   あ、いや……然うだ、メル。


   はい、なんでしょう。


   メルは今、何をしていたんだい。


   今は、今宵はどのお茶にしようか思案していたところです。


   あぁ、然うか。


   お帰りは、いつも通りだと仰っていたので……ごめんなさい、直ぐに支度を始めますね。


   ……。


   貴方は取り敢えず、お召替えを


   メルクリウス。


   はい?


   暫し、其の手を止めて貰っても良いだろうか。


   其れは、構いませんが……未だ、動かしていませんし。


   有難う。


   どうしたのです、そんなに改まって。


   実は君に、贈りたい物があるんだ。


   もう、様々なものを頂いています。


   まだまだ足りない、もっと贈りたいと思っている。


   其のお気持ちは、とても嬉しいのですが。


   どうか、受け取って欲しい。


   私は、此の歳星に来る前から、貴方には頂いてばかりで、お返し出来る事がほとんどなく。


   そんな事はない。


   ……。


   私だって、もう何度も頂いている。


   ……何を、でしょう。


   メルの、真心を。


   ……ん。


   例えば、お持て成しの心。


   ……あぁ。


   だから、私は其の心に報いたい。


   其れで、贈り物を。


   うん。


   私の心に対して、貴方は物でお返ししたいと。


   勿論、有りっ丈の心は込めてある。
   空虚な物を贈った事など、今までに一度もない。


   ……けれど、物である事には変わりありませんよね。


   其れは……。


   ……然うですよね?


   然う、だが。


   ……はぁ。


   ん。


   そんなに頂けません。


   う、受け取って、貰えないか。


   今回は受け取りますが、此れで最後にして頂きたいと思います。


   そ、そんな……未だ、贈りたいものが。


   書物、お花、衣装、履物、装身具、筆、筆入れ、食器、お花以外の植物、青龍(ジュピター)の鱗、衛星の砂……他、私が興味を示した物、全て。


   ……未だ、あるんだ。


   もう、十分に頂きました。


   花や緑は、どんなに手入れをしていたとしても、其の時間には限りがある。
   衣装や履物も使い続けていれば、いつかは草臥れてしまうだろう。
   書物だって、新しいものが読みたくなるかも知れない。いや、君なら屹度なる。


   然うですね。


   で、あるならば……新しい物を、贈りたい。


   では、其の時まで。


   新しい書物は、歳星のものだけは物足りないだろう。
   辰星だけでなく、他の星からも取り寄せよう。


   ……他の?


   熒惑や太白のものは、少々、難しいかも知れないが……歳星には幸い、多くの衛星がある。


   衛星……確かに、太陽系の星々の中では最多ですが。


   小惑星帯には、此の歳星と繋がりがある星が幾つかある。
   どの星にも、多かれ少なかれ、物書きは居るだろう。


   そして……星の数ほど、言葉がある。


   あぁ、然うだ。


   ……小惑星帯の星々は、兎も角として。


   うん?


   衛星で書かれているものについては、歳星の書物と言っても良いでしょう。
   使われている言語も、多少の違いはあるとは言え、歳星と辰星ほどの違いはありませんし。


   歳星の衛星ではあるが、独自の文化を築き、特有の習慣が根付いている……然う、飲むお茶だって違うんだ。
   ある星では発酵茶が好まれているが、ある星では不発酵茶が好まれている……半発酵させた茶葉を好んでいる星もあるな。


   ……。


   言語だって、多少の違いかも知れないが、全く同じではない。中には、歳星と全く異なる星もある。
   言葉の形が変化していたり、歳星では使われていない言葉が使われていたり、同じ言葉でも意味が異なったり、発音だって違ったりする。


   ……つまり、ひとつたりとも同じ星は無い。


   然う、然うなんだ。
   だから屹度、興味深いと思う。


   ……ふ。


   メル……?


   確かに、興味深いです。


   だ、だろう?


   辰星には衛星は無く、ある意味、多様性に欠けていましたから。


   たようせい?


   たった今、貴方が言っていた事です。


   ん、然うか。


   衛星の書物……集めたら、どれくらいになるでしょうか。


   其れで、だ。


   はい?


   書物の部屋を作ろうと思う、此の部屋だけでは収まらぬだろうから。


   ……其れも、贈り物ですか。


   あ、いや、然うではない。
   私はただ、君だけの部屋を作りたいんだ。


   此の部屋も、然うだと思っていますが。


   此の部屋は、君と私の部屋だ。
   私が作りたいのは君だけの部屋だ。


   ……良いのですか。


   ん?


   私だけの部屋を作りたいだなんて言って。


   あぁ、良いと思う。


   そんなものを作ってしまったら、出て来なくなってしまうかも知れませんよ。


   ……出て来なく?


   其れでも、構わぬのなら


   其れは構う、大いに構う。


   ですよね。


   けれども、全く出て来ないわけではないだろう?


   分かりません。


   わ、分からないのか。


   部屋の中で、多くの書物に囲まれてしまったら……貴方の事も、


   そ、其れは、困る。


   言い終わっていないのですが。


   済まぬ。


   別に構いません。


   ……。


   ユゥ?


   書物に囲まれてしまったら……私の事も、忘れてしまうのか。


   時間だけでなく、空腹すらも忘れてしまうのですから……ないとは言い切れません。


   だが……辰星には、私のようなものは。


   ひとりも、居ませんでした。


   ……で、あるならば。


   残念ながら……ひとの性質は、早々、変わるものではありません。


   ……。


   ですから……私だけの部屋なんて、与えない方が良いと思います。


   ……メル。


   ごめんなさい、ユゥ……貴方の気持ちは、嬉しいの。


   ……。


   ……嬉しいと、思って呉れる?


   少し……大分、難しい。


   ……ふふ、然うよね。


   ……。


   ずっと後ろに隠していては疲れてしまうでしょう。


   ……書物部屋は、作る。


   ユゥ……。


   ……但し、「小部屋」にはしない。


   ……。


   辰星の其れが、どんなものだったか……私は、詳しくは知らない。


   ……知る必要はないと思います。


   けれど……書物を読む君の瞳は、何度も見ているから知っている。
   其れは、とてもきれいな青色で……だから、私は君に。


   ……。


   何事も、気にする事なく……書物に没頭出来る時間を、場所を。


   ……でも、然うしたら。


   迎えに行く。


   ……迎え?


   邪魔だと……鬱陶しいと、思われてしまうかも知れないが。


   ……。


   ……放っては、おかない。


   と言うより……放っては、おけない?


   ……うん。


   然う……。


   矢張り、駄目だろうか……嫌われて、しまうだろうか。


   ……切りが、良いところまで。


   うん……?


   ……読ませて、呉れますか。


   あぁ……其れは、勿論。


   ……そんな事を言っていたら、待ちぼうけを食いますよ。


   待ちぼうけ……?


   ……切りが良いところなんて、私に決めさせたら。


   ……。


   だから……適当なところで、連れ出して下さい。


   ……良いのか、連れ出しても。


   分かりません……私を連れ出す者は、辰星には居ませんでしたので。


   ……。


   私をあの小部屋から……辰星から連れ出した者は、たったひとりだけ。


   ……私、か。


   他に居ますか?


   ……居ないな。


   つまり……然う言うことです。


   ……。


   貴方が、連れ出して呉れるのならば……。


   ……君だけの書物部屋を作ろう。


   いいえ……私だけの部屋ではありません。


   ……。


   貴方も是非、書物を読んで下さい。


   ……私も?


   嫌いではないでしょう?


   あぁ、嫌いではない。


   でしたら……同じ部屋で、一緒に読みましょう。


   あぁ……然うか。


   勿論、お嫌でなければ……ですが。


   嫌なわけ、ないな。


   ふふ……然うですよね。


   うん……然うなんだ。


   ……。


   ……そろそろ、今回の贈り物を見せようか。


   ええ……見せて下さい。


   今回は……。


   ……。


   ……此れを、君に。


   其れは……。


   ……使って欲しいと、思う。


   茶杯、でしょうか……。


   ……あぁ、茶杯だ。


   色違いのものが、ふたつ。


   ……君と私、揃いのものだ。


   お揃い……。


   未だ持っていなかったと、ふと気付いて。


   ……今更?


   ん、全くだ……。


   ……此の星では、番となったふたりは揃いのものを持つ。


   ど、どうだろう……。


   ……悪くないと思います。


   そ、然うか……。


   ……。


   メル……?


   ……有難う、大切にするわ。


   あ……。


   茶杯……緑が貴方で、青が私?


   一応……若しも、逆の方が良いのなら。


   ……ううん、其れで良い。


   ……。


   ……ねぇ。


   な、なんだい……。


   貴方も、大切にしてね……うっかり、割ってしまわないでね。


   あ、あぁ……大切に、する。


   ……。


   ……メル、此れからも。


   贈り物……?


   ……う、ん。


   したいの……?


   ……叶うのならば、したい。


   私に、返せるものがなくても……。


   ……そんな事は、ないよ。


   心だけでは……。


   ……私が、一番欲しいものなんだ。


   ……。


   ……だから。


   ……。


   心に、物で返されるのが嫌ならば……考える。


   ……有りっ丈の心。


   ん……。


   贈り物には……貴方の心が、込められているのでしょう。


   ……。


   ……然う、貴方は言ったわ。


   うん……言った。


   ……其の言葉に、嘘偽りは無いのでしょう。


   あぁ……一切、無い。


   ……。


   ……メルクリウス。


   私も何か、貴方に贈りたいわ。


   ……私に。


   形あるものを。


   ……形あるもの。


   揃いのものを。


   ……あぁ。


   心には、目に見える形が無いから。


   ……君が贈って呉れるものならば、喜んで受け取ろう。


   どんなものでも、構わない?


   ……あぁ、構わない。


   どんな、がらくたでも……。


   ……大事にする。


   ……。


   ん……メル。


   ……貴方は、可愛らしいひと。


   え。


   ……何処までも、一途で。


   ……。


   其の想いが……ずっと、私だけのものだったら良いのに。


   ……ずっと、メルクリウスだけのものだ。


   いつか……。


   ……変わらぬ。


   ……。


   あぁ、でも……今よりも、もっと深くなっているかも知れない。


   ……深く?


   君への想いが、愛が……。


   ……ぁ。


   今よりも……ずっと、深く。


   ……ユゥ。


   メル……メルクリウス。


   ……ユピ、テル。


   済まない……堪え切れなかった。


   ……。


   今、離す……。


   ……ないで。


   ……。


   ……はなさない、で。


   良いのか……。


   ……其れを、望んでいたくせに。


   あぁ、望んでいた……。


   ……。


   ……苦しくは、ないか。


   苦しいわ……。


   ……ん。


   胸の奥が、苦しい……。


   ……ごめん。


   ううん、ちがうの……。


   ……。


   ……ちがう、の。


   君が、許して呉れるのならば……。


   ……。


   ……暫く、此のままで。


   ……。


   だめ、だろうか……。


   ……わ。


   そう、か……。


   ……ゆるす、わ。


   ……。


   だから……だから。


   ……。


   あ……。


   ……ありがとう、メル。


   ……。


   愛している……心から。


   ……わたし、も。


  24日





   此れはまた、鮮やかできれい赤色だなぁ。


   此のお茶は、洛神花と言う花の果実の萼(がく)と苞(ほう)を乾燥させて淹れたものです。


   果実の萼と苞……其れは、見せて貰えるのだろうか。


   はい、勿論です。


   花は……なんと言う名だったか。


   洛神花です、此方も見ますか。


   あぁ、花も見てみたい。


   では、先ずは花を見て貰いましょう。


   うん。


   お花の色は淡い黄色、或いは淡赤色です。


   ふむ、花は真っ赤ではないのだな。


   はい、花自体は鮮やかな赤色ではありません。


   鮮やかではないが、柔らかで優しい色だ……面白いな。


   次に、萼と苞を。


   うん。


   此方です。


   此れは……赤いな。


   ふふ、赤いですよね。


   済まない、見たままの感想で。


   いいえ、正直で良いと思います。


   ん、然うか……なら、良いかな。


   此方は、萼と苞を分ける前の果実なのですが……見ようによっては、蕾のようですよね。


   あぁ、蕾のようだ。


   そして、萼と苞を細かくしたものが此方になります。


   此れを乾燥させて、お茶にするのか。


   はい、然うです。


   ……。


   何か、気になる事がありますか。


   いや……此れをお茶にしようと思った先人が、辰星には居たのだな、と。


   お茶に対して、並々ならぬ探究心を抱いているひとだったのかも知れませんね。


   或いは、強い拘りを持っていたか。


   両方かも知れません。


   でなければ、此れをお茶にしようとは……歳星の民では、思い付かないな。


   私も試してみようとは思いません。


   メルも?


   私は、飲む事が出来れば其れで事足りるので。


   私も然うだ、お茶は美味しく飲めれば其れで良い。


   けれど、飲めるまでにして呉れたひとが居たからこそ、なのですよね。


   ん、確かに。


   此のお茶は、温かくても冷たくても美味しく頂けます。


   今回は冷たいものを淹れて呉れたんだね。


   少し酸味があるのですが、冷たい方が飲み易いのです。


   君が、か?


   私は慣れていますので、温かくても問題無く飲めます。
   ですが、何方かと言えば、冷たい方が好みですね。


   ふふ、然うか。


   可笑しいですか?


   可笑しいと言うより、可愛らしかった。


   良く分かりませんが、貴方が言うのなら然うなのでしょう。


   種を見せて貰っても良いか?


   はい、どうぞ。


   有難う。


   楽しそうですね。


   あぁ、とても楽しいよ。


   然うですか、其れは何よりです。


   君は、嬉しそうだ。


   然うでしょうか。


   君が嬉しそうで、私も嬉しい。


   どうして私が嬉しそうだと、貴方は嬉しくなるのですか。


   何故ならば、君が嬉しそうだから、だ。


   私は、どうして私が嬉しそうだと貴方は嬉しくなるのか、と、尋ねているのですが。


   君が嬉しそうだと、嬉しい気持ちが心の底から溢れて来るんだ。


   ……。


   腑に落ちないかい?


   ……つまり、ご自分でも良く分かっていないと。


   いや、良く分かっている。
   兎に角嬉しくなるんだ、君が嬉しそうにしていると。


   はぁ……つまり、理屈ではないと言う事ですね。


   君は私が嬉しそうにしていると、何を思う?


   何やら嬉しそうにしているな、と思います。


   其れで、君はどんな気持ちになる?


   どんな気持ち……どうしてそんなに嬉しいのか、何が嬉しいのか、という気持ちになります。


   嬉しくは、ならないか?


   ……。


   ん、ならないか。


   良く分からないのですが……悪い気持ちにはなりません。


   何方かと言うと、良い気持ち?


   何方かと言えば……然うかも知れませんね。


   では、然うだとして。
   何故、悪い気持ちにはならないんだい?


   何故って……貴方が嬉しそうにしている事は、別に悪い事ではないからです。


   私が嬉しそうにしている事は、君にとって良い事かい?


   時と場合にもよりますが、貴方の場合は大抵、良い事だと思います。


   其れは、何故だい?


   何故……然うですね。


   うん。


   私が然う、思い込んでいるからでしょうか。


   思い込んでいる、とは。


   貴方が悪い事に対して嬉しく思う……其の姿が、何故か思い浮かばない。


   故に、君にとっても良い事だと。


   ……然うなります。


   ふふ、然うか。


   ……何故でしょうね、本当に思い浮かばないのです。


   うん?


   ……貴方が悪い事に対して、嬉しく思っている姿が。


   ……。


   ……ユピテル?


   若しかしたら、悪い事に対しても嬉しく思っているかも知れない。


   え……。


   ……つまり、君の買い被りだ。


   かも知れない……とは。


   其れこそ、時と場合による。


   其れは……嘘を吐いているのではないですか。


   嘘?


   つまり、表向きと言う事です。


   ……ふむ。


   仮に、私に悪い事が


   其れは嬉しいとは思わない。


   ……表向きの嘘を、


   君に関しては、吐けない。


   ……其れは、どうして。


   君には、嘘を吐けないからだ。


   ……。


   そもそも、君が嬉しそうにしているとは思えない。


   ……若しも、嬉しそうにしていたら。


   疑う。


   ……何を、疑うのです。


   君が本当に嬉しいと思っているかどうか。


   本当に……其れこそ心の底から、嬉しいと思っていたら。


   其の時は、私も嬉しいと思うかも知れない。


   ……其れが仮令、私にとって悪い事だったとしても。


   あくまでも、私の心は君の本心に従う。
   故に、悪い事であったとしても、私は嬉しいと思うだろう。


   ……。


   其の心に、偽りは無い。
   君にだけは、嘘は吐けない。


   ……。


   メル。


   ……はい。


   君と共に過ごした時間は、まだまだ、短い。


   ……およそ三ヶ月、でしょうか。


   だから、此れは私の思い違いである可能性が高い。


   ……言ってみて下さい。


   ……。


   聞かせて、ユピテル。


   君は……隠す事が、上手なように思えてならないのだ。


   ……。


   屹度、本心を隠す事など造作も無いのだろう……と。


   ……其れは、番である貴方に対しても。


   例外は、無いと……。


   ……。


   思い違いだったら、済まない。


   ……矢張り、貴方は察する能力に長けています。


   メル……。


   ……ふふ。


   何が、可笑しい?


   少し、思い出して……ううん、実際は忘れてなどいないのに。


   ……。


   ……私の本心など、どうでも良いものなのです。


   どうでも良いものなど、ない。


   貴方にとっては、然うなのでしょう。


   ……。


   貴方ほど、私を気に掛けて呉れるひとは居ませんから。


   ……愛する人を大事に想う事は、当たり前の事だ。


   ふふ、然うですよね……。


   ……君は、違うのか。


   そもそも、愛とはなんなのでしょう。


   ……其れは、思い遣りの気持ちを持つ事だ。


   思い遣り……?


   ……己の事よりも、相手の事を大切に想う。


   ……。


   其れが愛だと、私は考えている。


   ……貴方は、初めてではないのですね。


   うん?


   ……誰かを、愛する事は。


   ……。


   だから……。


   ……私はずっと、独りだった。


   ひとり……。


   ……飾り物の王である私に、誰かが寄り添って呉れた事など一度も無かったが故に。


   けれど……。


   ……私もまた、其れを望まなかった。


   其れならば……何故、愛について語れるのです。


   ……簡単な事だ。


   簡単……。


   今はもう、ひとりではない……君が、メルが私の傍に居て呉れるから。


   ……私が、傍に居たところで。


   君を、一目見た時に……生まれて初めて、思ったんだ。


   ……何を、思ったのです。


   大切にしたいと、心から。


   ……。


   一生、此の手で……番になれるかどうかも、分からぬと言うのに。


   ……どうして、其れが愛だと。


   正直な事を言えば……私は、愛がどんなものなのか知らぬ。


   ……今まで、言っていた事は。


   全て、私が思う愛だ。


   ……貴方が思う、愛。


   あぁ、然うだ……だから、間違っているかも知れぬ。


   ……。


   メル……メルにとっての、愛は。


   ……未だ、掴めません。


   然うか……。


   ……ねぇ、ユピテル。


   なんだい……メル。


   ……私が、無理をしていたら。


   ……。


   ……嘘を吐いていたら、叱って呉れますか。


   ん……どうして、叱る必要があるんだ?


   ……己の本心を隠して、嘘偽りを並べるかも知れない。


   だとしても、叱りはしない。


   ……。


   私は、ただ寄り添う……君が嘘なんて、吐かなくても良いように。
   本当の心を、私にだけは隠さなくても良いように……。


   ……あぁ。


   私はただ、其の時の君の心に寄り添いたいと思う……。


   ……私が嬉しそうだと、貴方は嬉しくなる。


   ……。


   ……本当に、其れだけなのね。


   あぁ、然うだ……。


   ……ふ。


   ん……。


   ……貴方の傍に居れば、若しかしたら。


   若しかしたら……?


   ……愛を、知ることが出来るかも知れぬと。


   ……。


   ん……ユゥ。


   然うだったら、良い……。


   ……いっその事、貴方に教わっても良いかも知れないわ。


   私に……?


   ……貴方の考え方は、間違いではないと。


   ……。


   ……何故か、思えるから。


   メル……君さえ、良ければ。


   ……教えて、ユゥ。


   ……っ。


   ……出来が悪いから、直ぐには理解出来ないかも知れないけれど。


   ゆっくりで、良い……。


   ……。


   ……なんて、偉そうな事は言えないが。


   ふふ……。


   ……可笑しいか。


   ううん……楽しいわ。


   ……。


   ……楽しいの。


   はは……。


   ……可笑しいの。


   いいや……楽しいんだ。


   ……。


   メル……私にも、愛を教えて欲しい。


   ……貴方は、もう。


   君が思う愛を……。


   ……。


   ……そして、重ねよう。


   重ねる……。


   ……想いを、愛を。


   私に、出来るでしょうか……。


   ……出来るか、出来ないか。


   ……。


   何事も、やってみなければ分からない……。


   ……ん。


   だから……ふたりで、やってみよう。


   ……。


   ……出来るまで、何度でも。


   貴方は……辛抱強いひとなのね。


   ん、然うだろうか……。


   若しくは……大らか。


   ……。


   ……私を、諦めないで呉れますか。


   諦めるわけが、ない……。


   ……ぁ。


   メル……私は、君を


   待って。


   ……ん。


   ……。


   済まぬ……。


   ……。


   ……。


   ……お茶を。


   あぁ……。


   ……飲みましょう。


   ん、然うしよう……。


   ……ごめんなさい。


   ううん……気にしないで良い。


   ……どうぞ。


   うん……有難う。


   ……。


   ……。


   ……如何、ですか。


   ん……思っていたよりも、甘味がある。


   ……。


   此のお茶には酸味だけでなく、甘味もあるのだな。


   ……今回は特別に。


   うん?


   ……甘い蜜を、入れました。


   蜜を?


   ……貴方を、お持て成しする為に。


   若しも、持て成しでなければ。


   ……入れていないかも知れません。


   君のお茶には。


   ……敢えて、入れていません。


   ……。


   ……気になりますか。


   少し……気になる。


   でしたら……蜜無しも飲んでみますか。


   ……良いのか。


   はい、構いません……寧ろ、飲み比べてみて下さい。


   ん。


   ……どうぞ、ユゥ。


   其れは、メルのお茶では。


   実は……此れは貴方の分なのです。


   私の?


   飲み比べてみたいと……貴方ならば、言って呉れるかも知れないと思い。


   だとしたら、君の分は?


   私の分は……此処に。


   あ。


   ……此方は、蜜入りです。


   此れは、気付かなんだ。


   ……一本、取れましたね。


   あぁ、まんまと取られてしまった。


   ……ふふふ。


   ははは……。


   ……試してみて、ユゥ。


   うん……試してみよう。


   ……ん。


   ……。


   ……どうですか。


   此れは……酸味が強いな。


   ふふ……でしょう?


   でも、悪くはない。


   ……。


   何方も、美味しいよ……メル。


   ……酸味の中に、甘味が隠れているのには気付きしたか。


   甘味……?


   ……実は、隠れているの。


   どれ、もう一口……。


   ……。


   ん……言われてみれば、隠れているような。


   ……少し、分かり辛いかも知れません。


   君は……。


   ……飲み慣れていますから。


   ん、然うか……ならば、私も飲み慣れてみよう。
   然うすれば、自然と気が付く筈……。


   ……ねぇ。


   ん……?


   ……何方かひとつを、選ぶとしたら。


   然うしたら……蜜入りだ。


   ……。


   君は、何方だ……?


   ……同じです。


   ……。


   ……此方は、どうしましょうか。


   勿論、此方も飲む。


   ……飲み慣れる為に?


   君が淹れて呉れたお茶は、一滴だって残さない。


   ……。


   勿体無くて、残せない。


   ……ふふ、然うですか。


  23日
   原初に戻ります。





   どうだ、きれいな青色だろう?


   はい……透き通っていて、.とても鮮やかな青色です。


   と言っても、君の美しい青には遠く及ぼないが。


   相変わらず、お上手ですね。


   上手か?


   お口が、本当に。


   私は世辞など言わぬぞ。
   本当の事しか、言わぬ。


   然うらしいですね。


   らしいも何も、然うなんだ。


   ……私に対しては、其のようですが。


   ん。


   政となると、然うではないようです。


   あの場に、本当の私は必要無いからな。


   本当の貴方、ですか。


   必要とあれば嘘偽りを吐くし、世辞も言う。


   ……ちゃんと、吐けていますか?


   ちゃんと、とは?


   何処か、ぎこちなさを感じるのです。
   諦めと、其れ以外の何かを、ぐっと飲み込んでいるような。


   其れ以外の何か、か……其れは、なんだと思う?


   私には……其処までは。


   共に居る時間が長くなれば、其れがどんなものか、分かるだろうか。


   どうでしょう……私は聊か、鈍い故。


   君が鈍かったら、私はどうなる?
   鈍いのを通り越して、愚鈍になってしまうだろう。


   愚鈍だなんて、貴方は察する能力に長けていると思いますが。


   察する能力なんて、そんな大層なものは私には無いよ。


   ……然うでしょうか。


   あぁ、然うだ。


   ……気付かぬふりをしているだけでは?


   気付かぬ、ふり?


   ……若しかしたら、其れも飲み込んでいるのかも知れません。


   ……。


   ……御気分を害されましたら、謝罪致します。


   いや、謝罪など要らぬ……君の言葉は、いつだって正しい。


   ……然うとは、限りません。


   私は、自分の事が良く分からないのだ。


   ……。


   いや、全く分からないわけではないのだが……だから、分からぬ事もあると言った方が、正しいか。


   ……貴方でも、然うなのですね。


   メルも、然うなのか。


   ……ある程度の事は、分かっているつもりなのですが。


   難しいな。


   ……はい、とても。


   故に、私は思うのだ。
   私達には番が必要だと。


   ……。


   いや、私には、か。


   ……私も、然う思います。


   メル……。


   ……ひとりでは分からぬ事も、心を通わせた番が居れば。


   君にとっての其れが、私だと良い。


   ふ……今更、何を言うのです。


   若しも、違ったのなら。


   私との縁は解消して、私は辰星に帰される。


   帰されるのではない、帰すのだ。


   ……同じようなものです。


   同じではない。


   ……違いは何処にあると?


   涙を呑んで、帰すのだ……何故ならば、私と一緒に居ても、メルはしあわせになれぬのだから。


   ……。


   メルに相応しい誰かと、縁を結べるように


   そんなひとは、何処にも居ません。


   ん。


   ……居ないの。


   メルクリウス……。


   ……ごめんなさい、急に。


   いや……大事無い。


   ……私こそ、貴方には応しくないかも知れない。


   其れは無い、君は私には勿体無いくらいなのだから。


   ……本当に。


   世辞は、言わぬ。


   ……。


   君に対してだけは。


   ……ユピテル。


   私は、君に相応しくありたいと思う。


   ……私のような者、貴方には勿体無いと。


   ふ。


   ……ユゥ?


   私達は意外と、似た者同士なのかも知れないな。


   ……似た者、ですか。


   あぁ……先刻から、同じような事を言っているから。


   ……あぁ。


   メルクリウス。


   ……はい。


   私は君を、辰星には帰さぬ。


   ……。


   けれど……君にとって、私が真の番ではなかったら、其の時は。


   然うだとしても……どうか、帰さないで下さい。


   メル……。


   ……私は、貴方のお傍に居たい。


   ん……。


   ……貴方にとって、真の番ではなかったとしても。


   離さぬ。


   ……あ。


   一生、離さぬ。


   ……約束ですよ。


   あぁ……約束だ。


   ……。


   メル……。


   ……手。


   あ……。


   ……。


   あ、あぁ……今、離そう。


   ……。


   済まない……指先だけでなく、手其の物に触れてしまった。


   ……大丈夫です。


   お、怒ってはいないか?


   ……怒ってなど、いません。


   然うか……良かった。


   ……お茶のお話に。


   あぁ、然うだな……お茶の話に戻ろう。


   ……。


   此のお茶は、此の花を乾燥させて淹れたものだ。
   名は、柔らかな青と言う。


   柔らかな青……けれど、お花の色は赤に近い紫色なのですね。


   あぁ、然うなんだ。
   其れがお茶にすると此の通り、きれいな水色(すいしょく)になる。


   ……名の由来は、此処にあるのですね。


   然う、其の通りだ。


   抽出されると、透き通った鮮やかな青色に……花が持つ色素が気になるわ。


   興味を持って貰えたか?


   後で、其のお花を見せて貰っても良いでしょうか。


   あぁ、勿論だ。
   好きなだけ、見て呉れて構わない。


   有難う御座います。


   良かった、興味を持って貰えて。


   味と香りは、どのようなものなのでしょう。


   其れは是非、メルが確かめてみて欲しい。


   然うですか、分かりました。


   確かめた後に、ちょっとした……いや、此れも伏せておこう。


   何やら、面白き事があるようですね。


   面白いと思って呉れたら、嬉しいな。


   ある程度の予想はついています。


   え。


   と言ったら、どうしますか。


   ん……ど、どうしようか。


   でも、私も言わないでおきましょう。


   然うして呉れると……大いに、助かる。


   若しかしたら、全く外れているかも知れませんよ。


   何方かと言うと、合っていそうだ。


   ふふ、然うでしょうか。


   君は、とても物知りだからな……でも然うなると、面白くないかも知れない。


   貴方が?


   いいや、君が。
   答えが分かっているのに、其れを大仰に見せられたところで、屹度面白く感じないだろう。


   然うとは限りません。


   ん、然うか?


   はい、然うです。


   いっその事、言ってしまった方が良いだろうかと、考えているのだが。


   いいえ、決して言わないで下さい。


   だが、若しも面白くなかったら。


   頭の中で予想している事と、実際に此の目で確かめる事。
   其れは同じようで、全く違うものです。


   ……全く、違う?


   はい、全く違います。


   ……ならば、言わなくても良いか?


   今は、言わないで下さい。
   私も、答えを楽しみにしていますから。


   然うか、ならば言わないでおこう。


   ふふ……はい。


   では、改めて。
   今回は冷たいお茶なんだ。


   理由は何かあるのですか。


   あぁ、ある。


   温かいと、飲み難いのですか?


   いや、そんな事はない。
   味は、温かいものでも冷たいものでも変わらない。


   味は……私が確かめるのでしたね。


   先ずは好きなように、飲んでみて欲しい。


   では、然うしましょう。


   うん。


   頂きます。


   どうぞ。


   ……。


   ……。


   ……仄かな香り、此れはお花の香りですね。


   うん、其の通りだ。


   ……味は。


   ……。


   ……仄かに、甘いような気がします。


   仄かな甘味に気付くとは、流石は私のメル。


   思っていたよりも、癖がないと。


   癖がないから、誰でも飲み易いんだ。


   其れは、確かに……けれど、癖が強いものを好む者には、大分物足りないかも知れません。


   然ういった者は、何かを適当に加える。


   何かを、適当に?


   口の中がすっきりする葉を加えたり、香りがする葉を加えたり、蜜を加えたり、好みは様々だ。


   あぁ、成程……癖が無いだけに、どれも合うかも知れませんね。


   メルはどうだ?


   私は、何方かと言うと。


   何方か言うと?


   仄かな甘みと花の香りを楽しみたいので、何も加えない方が好みかと。
   癖が無く、飲み易いところも悪くありません。


   然うか。


   でも、試してみたい気持ちはあります。


   ならば、試してみよう。


   付き合って頂けるのですか。


   勿論だ、其の時も私が淹れよう。


   ……一緒に。


   君と一緒に、また楽しみたいと思う。
   メルは、どうだろう?


   はい……また一緒に、貴方と楽しみたいと思います。


   うん、良かった。


   でも今は、此のお茶の時間を楽しみましょう。


   ん。


   私は一口頂きましたが、貴方は未だ一口も飲んでいません。


   はは、然うだった。


   どうぞ、貴方も。


   あぁ、飲もう。


   ……。


   ……うん、君と飲むと美味しい。


   いつも然う言っていますが……美味しくない時は、無いのですか?


   今のところ、一度も無い。
   君と一緒ならば、いつだって美味しく感じる。


   ……。


   おかしいか?


   いいえ……貴方が言うと、おかしくありません。


   ふふ、然うか……良かった。


   ……少し、酸味があると。


   酸味?


   ……然う、予想していたのですが。


   ん、外れたな。


   はい、外れました。


   メルは、酸味は苦手ではなかったな。


   強過ぎなければ、問題ありません。


   ははは、強過ぎるのはあたしでも問題あるな。


   酸味が強過ぎると、眉間に皺が寄ってしまうかも知れません。


   眉間に、皺?


   例えば……こんな風に。


   ……。


   ……。


   ……メル。


   ごめんなさい……私、おかしな事を。


   君は、そんな表情も出来るのだな。


   ……え。


   然うか、そんな顔も悪くないな。


   ……。


   だが、あまり寄せていると皺が残ってしまうかも知れない。


   ……ぁ。


   そんな時は、私が……。


   ……。


   ……あ。


   ユゥ……。


   す、済まない……か、勝手に、触ってしまった。


   ……。


   ほ、本当に、済まない……。


   ……そんな時は、あなたが。


   え……。


   ……其の続きを、聞かせて。


   そんな時は、私が……こうやって、伸ばそう。


   ……触れずに、ですか。


   いや……出来れば、触れて。


   ……試しに、触れてみて下さい。


   よ、良いのか。


   ……はい。


   で、では……。


   ……。


   こんな風に……指先で、優しく。


   ……あぁ。


   ふ、不快か。


   ……いいえ、悪くはありません。


   あ……。


   ……貴方なら。


   ……っ。


   ……。


   メル……私は。


   ……今は。


   あ……うん。


   ……ふぅ。


   緊張、させてしまったか……。


   ……数を、重ねれば。


   数……。


   ……屹度。


   然うだと、嬉しい……。


   ……。


   ……。


   ……ねぇ、ユゥ。


   な、なんだい、メル……。


   ……教えて。


   何を……。


   ……此のお茶の、秘密を。


   ……。


   何を、隠しているの……?


   あぁ……其れはね。


   ……うん。


   此れを、使うんだ。


   ……其れは、柑橘の実?


   此の実の汁を、一滴垂らすと……。


   ……。


   色が、変わる……。


   ……鮮やかな、桃紅色。


   私としては、青色の方が好みだが……此の色も、悪くないだろう?


   ……とても、きれいだと。


   予想通り、だったか……?


   ……色が変化するのだろうとは思っていましたが、此処まで鮮やかな色になるだなんて。


   矢張り、合っていた……。


   ……けれど、予想していた以上に、きれいな水色でした。


   楽しんで、貰えただろうか……。


   ……ふふふ。


   メル……?


   ……楽しいわ、ユゥ。


   ん。


   ……とても、楽しい。


   そ、然う、か……。


   ……冷たい理由は。


   冷たい方が、青色を長く保てるんだ……。


   ……熱を加えると、短い時間で失われてしまうのね。


   流石、メルだ……。


   ……貴方の。


   ……。


   ……とは、言わないの。


   私の、メル……。


   ……。


   ……私は、君の美しい青に惹かれて止まない。


   青、だけ……。


   ……勿論、青だけではない。


   ……。


   メル……私は君の事を、心から。


   ……ユピテル。


   愛して、いる……。


   ……。


   ……あ。


   ……。


   メ、メル……。


   ……ごめんなさい。


   な、何が……。


   ……勝手に、触れて。


   あ、謝る必要は、ない……。


   ……許可を。


   要らない……。


   ……でも。


   要らないよ……少なくとも、今は。


   ……。


   ……ありがとう、メル。


   ユゥ……。


   ……私の手に、触れて呉れて。


   お礼、なんて……。


   ……嬉しいんだ。


   ……。


   だから……ありがとう。


   ……私、も。


  22日
   体調不良の為、今日も原初はお休みです。
   その代わり、他のものをちょっとだけ。





   ん、少し冷たいか。


   ……。


   どうだろう?


   少々、冷たいですが……涼を取る為ならば、問題ないかと。


   とは言え、長くは浸からない方が良いかい?


   幾ら暑いとは言え、過度に冷やすことは躰に良くありませんから。


   冷えは万病のもと、とは良く言ったものだ。


   特に女性の躰にとっては天敵とも言えます。


   お腹が痛くなっても嫌だしなぁ。


   問題は其れだけではありませんが、今は良しとしましょう。


   ふふ、うん。


   さて、座りましょうか。


   あ、ちょっと待って貰っても良いかい?


   はい、分かりました。


   よ、と……うん、此れで良い。
   お待たせ、亜美さん。


   ありがとうございます、まことさん。


   どういたしまして。
   足元に気を付けて、さぁどうぞ。


   では、お先に失礼して……よいしょ、と。


   ……。


   ……うん。


   座り心地はどうだい?


   はい、とても良いかと。


   お尻が冷えてしまうようなことは、なさそうかい?


   はい……長時間座っていなければ、大丈夫だと思います。


   然うか、良かった。


   ……まことさんも、


   尻も、大事だ。


   ……ん。


   冷えは、尻からも伝わると言うし。


   ……まことさん。


   うん?


   大事ですが、そんなに力強く言わなくても良いです。


   ん。


   其れよりも、まことさんも座って下さい。


   ……。


   ……早く。


   うん、分かった。


   ……足元には、くれぐれも気を付けて。


   ん……。


   ……。


   ……ふぅ。


   どうです……?


   うん、悪くない。
   これならば、


   お尻のことならば、もう良いですから。


   ふふ、然うか。


   ……。


   ……亜美さんは、幾つになっても可愛いな。


   まことさん。


   はい、ごめんなさい。


   ……大事なことは、間違いないですから。


   亜美さんに、教わったんだ。


   ……。


   それまで、知らなかった。


   ……足を、川の中に。


   うん、浸してみよう。


   ……。


   ……ん、此れはなかなか。


   足だと、手よりも冷たく感じますね……。


   ……だけど、気持ちが良い。


   ええ……本当に。


   暑い日は、川に足を浸すに限るなぁ。


   ……あまり冷やしてしまうと、風邪を引いてしまう恐れがありますので、程々にしておきましょう。


   うん……分かった。


   ……昔、うさぎちゃんが川遊びをして。


   うん……?


   ……風邪を引いてしまったことがありましたよね。


   あぁ、あったな……あの日も確か、今日のように暑くて。


   美奈子ちゃんとレイさん、三人で川遊びに出掛けて。


   然う然う、あの時はレイが一緒に行って呉れたんだ。


   子供ふたりだけで川遊びをすることは危険ですものね。


   浅くても、溺れる時は溺れる……仮令、大人であろうとも。


   山から獣が下りて来ても大変ですし。


   万が一のことがないとは言い切れない。


   遊びに夢中になっていると、特に。


   美奈はなかなか鋭いが、其れでも、疎かになってしまうんだ。


   だから……手が離せないまことさんの代わりに、付き添って呉れたんです。


   あとちょっとだから待っていろと言っても、全く聞かなくてさ。
   少しでも早く、川に行って涼みたいの一点張りで。


   レイさん……たまに、子供達の遊びに付き合って呉れましたよね。


   なんだかんだ言っても、ふたりのことは気にしていたようだからね。


   ふふ、然うですね。


   だけど、流石のレイでもうさぎちゃんが風邪を引くことまでは防げなかったんだ。


   ……川遊びをした次の日に、喉が痛くなったんです。


   目が覚めた時にはもう、痛かったと。


   ……それから、咳が出始めて。


   熱は、微熱だったか。


   ……はい。


   風邪は、あたしでも防げなかったな。


   ……川遊びをした後に温かいお茶を飲んでいれば、また違ったのかも知れませんが。


   折角涼しくなったのに、あったかいお茶は飲まないよなぁ。


   ……子供は、特に然うですよね。


   咳がなかなか治まらなくて、大変だったと思う。


   ……夏風邪は、厄介なので。


   あぁ、確かに厄介だ……あんなものは、引くものじゃない。


   ……冬も、引かない方が良いです。


   うん、確かに……。


   ……帰ったら、温かいお茶でも飲みましょう。


   あぁ、然うしよう……。


   ……。


   酷い風邪は引いたが……其れでも、川遊びは止めなかったな。


   ……楽しいことは、なかなか止められません。


   ふふ……確かに、然うだ。


   ……ん。


   亜美さん……。


   ……手。


   少しだけ……。


   ……そんなことを言って。


   身を寄せていれば、冷え過ぎないかも知れない……。


   ……涼みに来たのに。


   離れた方が良いかい……?


   ……仕方がないですね。


   ん、良かった……。


   ……。


   はぁ……心地好いな。


   ……。


   ……ん?


   どうしましたか……?


   いや……魚が泳いでいるなぁ、と。


   ……何処です?


   あたしの指の先……大きな石の手前辺り。


   ……。


   少し、分かり辛いかな……。


   ……あぁ、本当。


   見えたかい?


   はい……微かにですが、見えました。


   あたし達が此処に居るというのに、逃げる素振りが全くない。


   ……のんびりと、悠長に泳いでいますね。


   あそこならば、手掴み出来なくはないが……行くまでに、逃げてしまうか。


   ……敏感に察知すると思いますよ。


   然うなると、捕まえるのは難しいな。


   ……若しも試してみたいのならば、足を滑らせてしまわないように十分気を付けて下さい。


   ん……いや、止めておこう。
   今日は亜美さんと涼を取りに来たのだから。


   ……まことさんは相変わらず、目が良いですね。


   山育ちは目が良いんだ、遠くまで見ることが多いから。


   ……海育ちも、良いみたいですよ。


   遠くだけでなく、水の中でも、はっきりと見えるらしいけれど……。


   ……海の民は、生まれながらに水中視力が良いそうです。


   水中視力、か……。


   ……水中の方が、寧ろ、良く見えるのだとか。


   ふむ……。


   ……まことさん?


   少し、離れる。


   ……それは、構いませんが。


   ふぅ……。


   ……ん。


   ……。


   ……。


   ……やっぱり駄目だ、ぼやける。


   まことさんは、山の民ですから。


   あたしの目では、はっきり見えるようにはならないかな。


   それが生まれ持ったものならば……恐らくは、難しいかと。


   然うか……。


   ……残念ですか?


   ちょっと興味があったんだ。


   ……対抗心ではなく?


   まぁ、ないわけではないかな。


   ……。


   亜美さん?


   ……実は、私。


   うん。


   ……水中でも、はっきりと見えるんです。


   え。


   ……と言っても、海水で試してみたことはないのですが。


   本当に見えるのかい?


   ……ええ、本当に。


   亜美さんは、若しかして海の民……?


   ……ご先祖様に居たのかも知れませんね。


   ご先祖……え、と。


   ……隔世遺伝?


   なのかな。


   さて、どうでしょうね……でも、然うかも知れませんね。


   あぁ、良いなぁ。


   そんなに見てみたいですか?


   あぁ、見てみたい。


   ……水中眼鏡があれば、歩いは。


   水中眼鏡……?


   水中専用の眼鏡のことなのですが、通常の眼鏡とは違い、水が入らないように縁を顔にぴったりと付けるんです。


   それがあれば、あたしでも見えるかい?


   見えると思いますが……縁がある分、視界は狭くなってしまいます。


   む……。


   まことさんの目は視野が広いので、窮屈になってしまうかも知れません。


   となると……やっぱり、自分の目で見えるようにならなければ駄目か。


   ……そんなに、見てみたいの?


   亜美さんが見える世界を、あたしも見てみたい。


   ……隊長さんではなく?


   隊長は此の際、どうでも良い。


   ……。


   鍛練を重ねて……いつか、見えるようにならないものか。


   ……ふふ。


   うん?


   ……まるで、子供のようだと。


   歳は重ねたが、やる気はまだまだあるよ。


   ……良いことですが、あまり無理はしないように。


   ん、気を付ける……。


   ……手。


   戻ってきた……。


   ……然う。


   ……。


   ……まことさん。


   気持ち良いね……。


   ええ……本当に。


   もう少し涼んだら、家に帰ろう。


   ……はい、然うしましょう。


   ん。


   ……また、お魚ですか?


   うん……あたしの指の先に。


   ……先刻より、近いですね。


   あの魚は焼いて食べると美味しいんだ。


   ……ちびも喜びます。


   好きだからな、魚も……。


   ……捕まえますか?


   んー……。


   ……。


   いや、止めておこう。


   ……然うですか。


   残念かい?


   ……いいえ。


   ん、然うか。


   ……今日はまことさんと涼みに来たのですから。


   ……。


   ……でしょう?


   うん……然うだよ。


   ……。


   ねぇ、亜美さん。


   ……はい、なんでしょう。


   初めて此の川に来た日のこと、憶えているかい……?


   はい、憶えています……あの日も今日のように、とても暑い日でした。


   日陰に入れば、凌げたのだけど……。


   ……まことさんが誘って呉れたんです。


   亜美さんが、あまりにも暑そうにしていたから……これは直ぐにでも冷やさなければ、と思ったんだ。


   ……おかげで、冷やすことが出来ました。


   気持ち良さそうにしていて……思わず、見惚れてしまった。


   ……下心?


   つい、足に目が……。


   ……。


   その……きれい、だったから。


   ……もぅ、まことさんは。


   ははは……。


   ……。


   ……気分を損ねてしまったかい?


   いいえ……もう、昔のことですから。


   ……昔のこと、か。


   ふたりの思い出、とでも言いましょうか……。


   ……。


   若かったですね……お互い。


   ……今でも、若いつもりだよ。


   ……。


   まぁ……腰の心配は、するようになったが。


   ……無理は、駄目です。


   はい、大夫。


   ……宜しい。


   ……。


   ……。


   ……今も、きれいだ。


   まことさん……?


   ……ん、なんでもない。


   ……。


   ……亜美さん、躰の火照りは治まったかい。


   はい、大分……まことさんは。


   あたしも、大分治まったよ……川に来るまでは、兎に角熱くて。


   ……良かった。


   お互いに……。


   ……はい。


   ……。


   ……。


   ……夕方になれば、涼しくなるかな。


   涼しくなって欲しいですね……。


   ……一雨、来て呉れれば良いんだけど。


   一雨……来るかも知れません。


   ……。


   此れだけ、暑ければ……まことさん?


   ……雷。


   気配がしますか……?


   ……今は、未だ。


   ……。


   ……そろそろ、帰ろうか。


   然うですね……然うしましょう。


   帰ったら、直ぐにお茶を淹れよう。


   ……私が。


   いや、あたしが。


   ……。


   良いだろう?


   ……分かりました、お願いします。


  21日
   今日はお休みです。
   なので、原初ではないものをちょっとだけ。





   暑いね……。


   暑いわね……。


   今日の、最高気温ってどれくらいだったっけ……。


   32度、らしいわ……。


   32度、か……うん、暑いね。


   ……暑いわね。


   でも、気のせいかな……なんとなく、それ以上あるような気がするんだ。


   実際は……35度くらい、あるかも知れないわ。


   35度……最早、体温だね。


   私の平熱……。


   ん、然うだった……。


   ……帰ったら、温いシャワーを浴びて汗を流したいわ。


   うん、あたしも然う思ってる……兎に角、汗が止まらなくて。


   まこちゃん、顔が赤いわ……。


   ……亜美ちゃんも。


   ……。


   亜美ちゃん……具合、悪い?


   ううん……まだ、大丈夫。


   まだ……。


   ……若しかしたら、それ以上あるかも知れないって思ったの。


   それ以上……?


   ……35度以上。


   えー……。


   ……実際の温度と体感温度は、違うものだから。


   亜美ちゃんは、どれくらいに感じる……?


   ……37度くらい。


   37度って……亜美ちゃんにとっては、微熱じゃないか。


   ……躰がだるく感じる頃の体温。


   37度5分を超えると、少し躰を動かすだけでもつらそうでさ……。


   ……平熱が、もう少し高ければ。


   あたしの体温を、分けられたら良いのになぁ……。


   だめよ……そんなことをしたら、まこちゃんの体温が下がってしまうわ。


   あたしの平熱は、36度後半だから……少しくらいなら、良いと思うんだ。


   ううん……まこちゃんは、まこちゃんのままで居て。


   あたしのまま……?


   ……体温。


   ん、そっか……じゃあ、そのままで居るね。


   ……ん。


   ふぅ……しかし、暑いなぁ。


   ……まこちゃんは、どれくらいに感じる?


   然うだなぁ……なんかもう、とけそうなぐらいに暑いから。


   ……とけそう。


   あたしの体感も、37度かな……


   ……。


   亜美ちゃん……?


   ……本当に、35度以上あるのかも知れない。


   体感温度ではなく……?


   ……うん。


   それこそ、37度……?


   それも、あり得そうで……だって、今までに感じたことのない暑さなんだもの。


   ん、確かに……確かに、暑すぎる。


   若しかしたら……体感温度は、40度近く。


   や、それじゃ高熱だよ……そんな熱を出したら、あたしでも動けない。


   然うよね……私ったら、何を言っているのかしら。


   でも、気持ちは分かるよ……。


   ……はぁ。


   ん、大丈夫かい……?


   ん……まだ、大丈夫。


   顔も真っ赤だし……あんまり良くないな。


   ……ねぇ、まこちゃん。


   なんだい、亜美ちゃん。


   ……どこかで、水分を。


   それ、あたしも思ってた……これじゃ、とてもじゃないけどお店まで持たない。


   どこかに、自動販売機があった筈……。


   え、と……どこだったかな……なんでだ、すぐに出てこない。


   ……水筒を、持って来れば良かったのかしら。


   そこまでは、考えなかった……お店、そんなに遠くないし。


   ……本当、ちょっと買い物に出ただけだったのに。


   こんななら、途中で引き返すべきだった……。


   ……少し暑いけれど、大丈夫だと思ったの。


   あたしも、思った……だけどまさか、こんなに暑くなるだなんて。


   ……思いもしなかった。


   こういう時に、日傘があればまた違ったのに……。


   ……部屋を出る時は、曇っていたから。


   それがなんで、雲ひとつない天気に……小さな雲で良いから、あの元気な太陽を隠して欲しい。


   ……読みが、甘かったわ。


   天気予報が、外れすぎなんだよ……いっそのこと、夕立なみの雨が降って欲しい。


   夕立ち……涼しくなるわね。


   だろう……雨宿りは、店の中ですれば良いし。


   ……まこちゃん、雨雲を呼べる?


   よし、任せろ……我が守護木星、嵐を起こせ、雲を呼べ、雷を……は、降らせないで良いや。


   ……ふ。


   なんてさ、本当に呼べれば良いのに……。


   ……まこちゃんがひとり居れば、水不足も解消ね。


   亜美ちゃんとふたりなら、もっと良いんじゃないかな……。


   ……私と?


   水の戦士だから……。


   ……雨雲は、呼べないわ。


   いや、呼べるかも知れないよ……。


   ……私の水に釣られて?


   然う、それ……。


   ……。


   ……あたし、何を言っているのかな。


   私も……暑くて、頭が回ってないのだと思う。


   頭が回らない亜美ちゃん、珍しいな……。


   もう……そんなことを言っている場合じゃないわ。


   然うだね……とにかく、どこかで休もう。


   ……木陰が、あれば。


   うん、木陰が良い……木の下は、涼しいから。


   ……コンクリートは、駄目だわ。


   アスファルトもね……。


   ……。


   亜美ちゃん……。


   ……ねぇ、まこちゃん。


   なんだい……。


   向こうに、公園が見えるんだけど……あそこで、少しお休みしない?


   あぁ、なんて丁度良いんだ……ありがとう、公園。


   あの公園には確か、自動販売機もあった筈……。


   亜美ちゃんは、何が良い……?
   あたしは、冷たい炭酸かな……。


   私は、あまりあまくないお茶が良いわ……。


   お茶か……お茶も、良いなぁ。
   いっそ、ブラックコーヒーでも良い……。


   とにかく、行きましょう……。


   うん、行こう……これ以上日向に居たら、目玉焼きなっちゃう。


   目玉焼き……?


   ……焼き魚でも良いかな。


   どちらも、なりたくないわね……。


   うん……あたしもなりたくない。


   ……。


   ……せめて、雲だけでも呼べたら良いのに。


   かき氷……。


   ……え。


   気のせいかしら……かき氷と書かれたのぼりが見えるわ。


   かき氷屋さん……どこ?


   ……公園の、中。


   公園の……あ。


   やっぱり、見間違えかしら……まさか、蜃気楼。


   ううん、見間違えではないよ……ちゃんとあるよ、かき氷と書かれたのぼりが。


   ……本当?


   うん、本当……かき氷、かき氷でも良いなぁ。


   寧ろ、かき氷が、良いわ……。


   あたしは、メロン……亜美ちゃんは?


   私は……練乳。


   練乳、練乳も良いね……メロンにかけて呉れないかな、練乳。


   ……若しもあるのならば、練乳小豆でも良いわ。


   あは、それも良いね……うん、すっごく良い。


   ……然うと、決まれば。


   うん……。


   なるべく、急ぎましょう……。


   ん……出来るだけ、急ごう。


   ……私達が、目玉焼きになってしまう前に。


   焼肉も、嫌だな……。


   ……まこちゃん。


   ん……?


   ……ちょっと、生々しいわ。


   生々……あ。


   ……洒落にならない。


   た、確かに……。


   ……。


   とにかく、歩こう……。


   ん……歩きましょう。








   はぁぁ……生き返るぅぅぅ。


   ……上昇した体温が冷えていくのを感じるわ。


   亜美ちゃん、練乳メロン美味しいよ……何口か、食べない?


   何口か……?


   一口と言わず、何口かどうぞ……。


   じゃあ……まこちゃんも、私の練乳小豆をどうぞ。


   じゃあ、一口……。


   一口と言わず……何口か、どうぞ。


   わぁい、ありがとう……。


   ……ふふ。


   亜美ちゃんも、遠慮なんかしないで食べてね……。


   ん、もらう……。


   それじゃ、いただきます……。


   ……いただきます。


   ……。


   ……。


   んん……小豆が冷たくて、練乳も甘くて、おいしいぃ。


   ……メロンに練乳も、合うのね。


   ね、おいしいよね……。


   ……ん、おいしいわ。


   はぁぁ……ほんっと、生き返るぅぅ。


   ……かき氷屋さんがあって、本当に良かった。


   ね……。


   ……まさか、子供会のお祭りだったなんて。


   子供会……懐かしいなぁ。


   ……子供会って、お祭りも催すのね。


   亜美ちゃんは、子供会には……。


   ……私は、参加したことない。


   そっか……。


   ……まこちゃんは。


   あたしは、何度かあるかな……。


   ……屋台もあって、本格的だわ。


   子供屋台、だね……。


   子供屋台……ふふ、そのままね。


   ふふ、然うだねぇ……。


   ……かき氷屋さんの他にも。


   フランクフルトにジュース、水風船釣りもあってさ。


   金魚すくいは……生き物だから、やめたのかしら。


   然うかも……生き物の扱いは、難しいだろうし。


   お金をチケットと引き換えて、商品と交換する……なかなか良いシステムだと思うわ。


   チケット引き換え所は、大きな子供がやっていて……もちろん大人も傍に居るけど、良い経験になるだろうなぁ。


   ……ふふ。


   ん、なんだい……?


   ……まこちゃん、お姉さんみたい。


   だって、あの子達よりはお姉さんだからさ……。


   ……ん、然うね。


   然うだよ……亜美お姉ちゃん。


   ……私?


   お姉ちゃんって、呼ばれていたから……。


   ……それは、商品と交換した時に言われただけで。


   良いなぁ、亜美お姉ちゃん……。


   ……何が良いか、分からないわ。


   はは……。


   ……まことお姉ちゃん。


   ん……。


   ……お返し。


   あー……。


   ……ふふふ。


   ははは……。


   ……。


   来て、良かったね……亜美ちゃん。


   ……然うね、まこちゃん。


   ここは日陰で、比較的涼しいし……。


   ……やっぱり、木陰は気持ち良いわ。


   ……。


   ……夏のまこちゃんは、暑いけれど。


   だよねぇ……。


   ……冷房の下だと、気持ちが良いの。


   ん、なに……?


   ……なんでもない。


   冷房の下だと気持ちが良いって、言わなかった……?


   ……言っていないわ。


   聞こえたような気がしたけど……。


   ……気がしただけ、だと思う。


   そっか……あたしの願望か。


   ……もぅ。


   ね……涼んだら、部屋に帰ろうか。


   うん……然うしましょう。


   はぁ……。


   ふぅ……。


   ……。


   ……。


   ……ねぇ、亜美ちゃん。


   なぁに、まこちゃん……。


   ……買い物、どうしようか。


   然う、ね……。


   ……。


   ……手間だとは思うけど、夕方に出直すのはどうかしら。


   うん、それが良い……然うしよう。


   ……夕方になれば、少しは下がる筈。


   夕立が、来るかも知れないし……。


   ……やんで呉れないと、お買い物に行けないわ。


   夕立だから、すぐにやむよ……多分。


   ……。


   ……う。


   まこちゃん……?


   へへ……背中が、痛い。


   融けてしまうかも知れないけど……慌てず、ゆっくり食べて。


   ん、然うする……。


   ……。


   ……お祭り、楽しそうだね。


   うん……楽しそうだわ。


   ……子供会か。


   楽しかった……?


   ……どうだったかな。


   ……。


   ねぇ、亜美ちゃん。


   ……なぁに。


   今年も夏祭り、一緒に行こうね。


   うん……行きましょう。


   ……ふたりで。


   ん……ふたりで。


   ……。


   ……。


   はぁ……涼しいなぁ。


   本当に、生き返るようだわ……。








   はぁ、さっぱりした。


   お帰りなさい、寒くはない?
   寒かったら、設定温度を上げるけれど。


   ん、あたしは平気だよ。
   亜美ちゃんは寒くないかい?


   私は……。


   ……お。


   こうしていれば、平気。


   ふふ……そっか。


   ……でも、髪の毛はちゃんと乾かしてね。


   はぁい、ちゃんと乾かします……。


   ……。


   ……ん。


   雷鳴……。


   ……やっぱり、来たな。


   感じていた……?


   ん……薄々ね。


   ……雨は、降るかしら。


   それは……あたしよりも、亜美ちゃんの方が詳しいと思うな。


   ……。


   どうだい……?


   ……雷が、雨を連れて来る。


   ……。


   じきに、降り出すわ。


   ……やんで呉れるかな。


   もしも、やまなかったら。


   買い物は、明日にしよう。


   大丈夫?


   ん、明日ぐらいなら大丈夫。


   ……然う。


   一緒に、来て呉れるかい?


   ん……勿論。


   あは、やった。


   明日は、今日ほど暑くならないと良いわね。


   本当にね、今日の暑さは流石に耐えられないよ。


   ……緊急搬送が増えていなければ良いけれど。


   日射病?


   ん……特に小さな子供とお年寄り。


   大人でも堪えるもんなぁ……ところで、亜美ちゃん。


   なに?


   お茶でも飲むかい?


   あぁ……うん、飲みたいわ。


   冷たいのとあったかいの、どっちが良い?


   私は……温かいの。


   ん、分かった。
   あたしもあったかいのにしよう。


   まこちゃんも?


   冷房が効いた部屋で飲むあったかいお茶はおいしいからさ。


   ……ふふ、分かるわ。


   じゃあ、ちょっと待っててね。


   私が、


   ううん、あたしが。


   ……でも。


   期待して待っていて、亜美ちゃん。


   ……。


   ね?


   ……分かった、待っているわ。


   ん、ありがと。


   ……お礼を言うのは、


   お。


   ……。


   そろそろ、かな。


   ……ううん、もう降り出したわ。


   そっか……これで、少しは涼しくなると良いな。


   ……ねぇ、まこちゃん。


   ん、なんだい?


   ありがとう。


   うん?


   お茶を淹れて呉れて。


   まだ、淹れてないけど。


   それでも、言いたかったの。


  20日





   せいぶつのからだは、ぶっしつのながれであるから、じゅうねんもたてば、かなりのぶぶんは、いれかわってしまう……。


   例えば、私達の躰の一番外側にあるものは表皮で……分かりやすく言うと、肌の外側に当たります。


   ひょうひ……肌の外側。


   表皮は幾つかの層に分けられているのですが、最も深いところにあるものが基低層です。


   きていそう……。


   基底層では盛んに細胞分裂が起きていて、此処で出来た細胞が表層に押し出されます。
   押し出された細胞が一番外側の、角質層と言うのですが、其処に達すると剥がれ落ちます。


   ん、剥がれ落ちてしまうか?


   はい、所謂垢と呼ばれているものです。


   あか……放っておくと垢塗れになると、良く言うが。


   ……垢塗れになった事は、あるのですか?


   いや、私はないよ。然うなる前に水浴びをして、垢を流れ落とすから。
   私は、遊び回る子供らのように、垢塗れになる事は許されない。


   子供達は、水浴びをする事はあまりないのですか。


   遊び回れば疲れて寝てしまう、其れが子供の常だ。


   でしたら、目覚めた後に水浴びをすれば良いだけの事ですね。


   ん。


   然うですよね?


   其れは、然うなのだが……どうにも、億劫だと思ってしまう子が居るらしい。


   躰を清潔に保つ事は、衛生管理と言う面で、とても重要な事です。


   えいせい、かんり……。


   衛生の観点から、とても大切な事なんです。


   そ、然うなのか。


   ……。


   ん、どうした?


   例えば大切な誰かに触れる時、清潔でない躰で良いと思いますか。


   其れは、思わない。


   触れるのならば、躰を清潔にしてから……と、思いませんか。


   思う。


   汚れた、其れこそ垢塗れの躰で……重ねたいと、思いますか。


   思うわけがない。


   であるならば、相手も清潔な方が良いですよね。


   其れは……無理強いは、しない。


   無理強いではなく、願いです。


   ……願い?


   清潔であって欲しいと。


   ……私が汚れる分には、構わない。


   構います、構って下さい。


   あ、はい、分かりました。


   話がすっかり逸れてしまいましたね、元に戻しましょう。


   メルクリウス、ひとつ聞いても良いか。


   はい、何でしょう。


   若しも躰を清潔に保たなかったら、どうなってしまうんだ。


   皮膚だけで言いますと、炎症や真菌感染、皮膚炎などの疾患を引き起こす原因となる恐れがあります。


   しっかん……。


   此処では、病、と捉えておいて下さい。


   皮膚にも、病があるのか。


   例えば、掻かずには居られぬ程の酷い痒みも皮膚疾患のひとつです。


   酷い痒み……私ではないが、心当たりがある。


   躰を清潔に保っていれば、不潔を原因とする皮膚疾患を未然に防ぐ事が出来ます。


   其れは、他の誰かに移ることはあるのか。


   真菌は感染します。


   ……酷い痒みも。


   真菌が原因ならば。


   ……。


   清潔に保つ事に、越した事はないのです。


   ……此れからも、清潔に保つ事にする。


   然う然う、お料理をする躰の部分は主に手ですよね。


   あぁ、手だな。
   足では、流石に難しい。


   ですので、手洗いも大事ですよ。


   ……手洗い。


   不潔な手で作られた料理は、食中毒の原因となるかも知れません。


   しょくちゅうどく……其れは、腹が痛くなったりするのか。


   酷い腹痛にも見舞われますが、他にも酷い吐き気や、下痢、高熱を出す恐れもあります。


   元々、手は洗うようにしていたが、此れからは徹底する事にする。


   出来れば、貴方だけでなく。


   皆にも、然う伝えよう。


   はい、良いお考えだと思います。


   メルが教えて呉れたからだ、有難う。


   いいえ、お役に立てたようで幸いです。


   此れからも、もっと教えて欲しい。


   私で良ければ。


   メルしか居ない。


   然うですか……では、此れからも聞いて下さい。


   うん。


   話を元に戻しましょう。


   うん、頼む。


   基底層で起こる細胞分裂によって出来た細胞は、角質層に達すると、最後は垢になって剥がれ落ちる。
   此処までは、良いですか。


   うん、なんとか。


   此の表皮の細胞の寿命……垢となって剥がれ落ちるまで、数週間です。


   数週間?
   たった其れだけなのか?


   はい、其れだけです。


   辰星の民と歳星の民に違いはないのか?


   調べてみましたが、差はありませんでした。


   はぁ、然うなのか。


   新しいものが生まれ、古きものは排出される。
   言わば、細胞の入れ替わりとも言えるでしょう。


   ……入れ替わり。


   細胞は此の流れを、生が有る限り、ずっと繰り返します。
   此れが、生物の躰は物質の流れ、と言われる所以なのです。


   ……然う、か。


   生物の躰の多くの部分は、常に入れ替わっています。
   ですので、私達の躰も、十年も経てば、かなりの部分は入れ替わってしまいます。
   つまり、十年前の貴方はもう、何処にも存在しないのです。


   十年前のあたしは、もう、何処にも居ないのか。


   はい、居ません。
   今の貴方のほとんどの部分は、新しい細胞で出来ているのですから。


   不思議だな、あたしはあたしのままだと言うのに……確かに、躰は昔より大きくなったが。


   ふふ、然うですよね。


   新しい、細胞……其れも、いつか。


   今、此の時も新しい細胞は生まれ、古い細胞は排出されています。


   ……不思議だ。


   此のように、流れの中で形を一定に保つ構造を散逸構造と言います。


   さん、いつ……。


   散逸構造、です。


   さんいつ、こうぞう。


   はい、然うです。


   聞いてはいたが……辰星で生きる者は、本当に難しい事を知っているのだな。


   知を求める……其れが辰星の者として、生まれた意味なのかも知れません。


   生まれた、意味……。


   知を求める事は、生きる糧にもなっています。


   ……生きる、糧。


   多くの者は様々な事を知りたがり、突き詰めようとする。
   ですが、ひとりで成す事は出来ません。命には限りがありますから。


   ……成せなかったら。


   次の世代が引き継ぎます。次の世代が成せなければ、また其の次の世代が。
   然うやって、辰星の知……歴史とも、言いましょうか。


   歴史……。


   前の代より知を受け継ぎ、理解を深め、維持し、時には間違え、其の間違えをも活かし、そして、次の代に引き渡す。
   然うやって、ずっと前の代から、連綿と紡がれて来たのです。


   はぁ、すごいな……なんだか、とてつもなく壮大だ。


   辰星の民の寿命は、あまり長くはありませんから……余計に、拘りが強いのかも知れませんね。


   ……。


   今日は、此処までにしておきましょうか。
   聞いて呉れて、有難う御座いました。


   いや……此方こそ、有難う。


   若しも苦痛に感じたら、直ぐに言って下さいね。


   苦痛?


   退屈が過ぎますと、苦痛にも為り得ますから。


   難しいが、退屈ではない。
   故に、苦痛なんて微塵も感じない。


   ……聞いていて、面白いですか?


   面白いかどうかは、未だ分からぬが……少なくとも、退屈だとは思わない。


   ……。


   いつか……全ては難しくとも、ある程度は理解出来るようになりたい。
   だから、もっと君の話を聞かせて欲しい。


   ……貴方さえ、良ければ。


   ただ、心配なことがひとつある。


   ……何でしょう?


   私の理解が追いつかなくて、君が呆れてしまうかも知れない。


   ……。


   呆れ過ぎて、私に話す事が苦痛になって……仕舞いには、私のことが嫌になってしまうかも知れない。


   ……其れは、ないと思います。


   ない?


   ……はい、ありません。


   そ、然うなのか。


   ……楽しい、ですから。


   楽しい?


   ……貴方に話す事が。


   今のところ、全く、良い返事は出来ていないが。


   良いお返事よりも……私の話を聞いて呉れる事が嬉しいの。


   ……本当に、聞いているだけだ。


   誰かの話をちゃんと聞く事は、実はとても難しい事だと。


   ……。


   ふふ……然うか、と言うお顔をしていますね。


   ……そんなに難しい事だろうか。


   ましてや、興味のない話など誰も聞きたくはないものです。


   ……興味のないもの。


   貴方にも、あると思います。


   私には……私にも、大いにあるな。


   全ての話をちゃんと聞く事など、出来ない。


   ……君の話は、ちゃんと聞く。


   ……。


   どんなに難しい話であっても、聞きたいと思うんだ。


   ……嬉しい。


   メル……。


   ……貴方のようなひとは、初めてです。


   君の星に……。


   ……貴方に見初められるまで、私の話をちゃんと聞いて呉れる者なんて居ませんでした。


   姉姫殿下も、かい……?


   ……姉姫様は。


   私には、君のことを気に掛けていたように見えた。


   ……。


   メル……?


   ……妹姫に割く時間など、一秒たりともない。


   ん……。


   ですので……聞いて貰った事など、一度もありません。


   ……然う、か。


   ……。


   メル……君さえ良かったら、幾らでも私に話して欲しい。


   ……ユゥ。


   私は、幾らでも聞きたい。


   ……はい。


   ……。


   ん……ユゥ。


   ……涙を、流しているように見えた。


   涙など……。


   私の気のせいだったようだ……済まぬ。


   ……いえ。


   ……。


   お話は一旦、此処までにしておいて……お茶に致しましょうか。


   ……あぁ、然うしよう。


   今日は、柿の葉茶を用意致しました。


   おお、今日は柿の葉茶か。


   お気に召して頂けたら、宜しいのですが。


   仄かな甘味とさっぱりした口当たりのお茶だと、君に聞いてから、楽しみにしていたんだ。


   貴方はどのお茶でも、楽しみだと言って呉れますね。


   君が淹れて呉れるお茶は、どれも楽しみで仕方がない。


   ……。


   ははは。


   ……柿の果実には。


   うん?


   ……渋いものと、甘いものがあります。


   へぇ……矢張り、種類があるのだな。


   渋いもの……渋柿は、其のままでは食べられたものではありません。


   そんなに渋いものなのか?


   はい……口では、言い表せないくらいに。


   其れは、渋そうだ。


   ですが……干し柿にすると、とても甘いものになります。


   干すだけで、そんなに変わるのか。


   渋柿は元々、甘柿よりも糖度が高いのですが、渋味の原因となる物質も多く含まれています。


   糖度が高いのに、どうして甘味を感じないんだい?


   渋味の原因物質は水溶性で、舌に触れる事で唾液と混ざり、甘味よりも渋味を強く感じてしまうのです。


   つまり……苦いものが唾のせいで、強く感じるようになってしまうのか。


   干す事で、渋味の原因物質が水溶性から不溶性になり、唾液に混ざる事がなくなります。


   然うすれば、甘味を感じるようになる。


   はい、其の通りです。


   良し。


   はい?


   いや、嬉しくて。


   ……。


   あ、此れくらいの事で大袈裟か。


   いいえ……ふふ、良いと思います。


   然うか……なら、良しとしよう。


   ……。


   ん、湯に直接入れるのか。


   ……柿の葉茶は、熱いお湯の中に茶葉を入れて、蒸らしてから淹れます。


   ふむ……。


   煮出すと、渋味が強くなってしまう恐れがあるのですが……。


   ……こうすると、渋味は出ないのだな。


   はい……また、栄養素を壊さずに済みます。


   栄養素……薬膳の考えだ。


   ふふ……はい。


   ……良し。


   ふふふ……。


   ……。


   ……ユゥ?


   可愛いな。


   ……え。


   笑った顔も。


   ……もぅ。


   ははは……。


   ……もう少しです。


   うん……分かった。


   ……。


   ……後で、指先に触っても。


   さて、どうしましょうか……。


   ……駄目ならば、我慢する。


   ……。


   メル……。


   ……考えておきます。


   ……。


   ……駄目ですか。


   いや……駄目ではない。


   ……。


   ……うん、とても良い香りだ。


   ……。


   お……。


   ……さぁ、どうぞ。


   有難う……此れはまた、きれいな色だ。


   ……味も、気に入って頂けたら。


   早速、頂こう……。


   ……気を付けて。


   ふぅ……。


   ……。


   ……うん。


   如何でしょう……?


   仄かな甘味と、さっぱりした口当たり……君の言っていた通りだ、とても美味しい。


   ……。


   美味しいよ、メル。


   ……はい、良かったです。


  19日





   ふぅむ……こうして並べてみると、実に様々な葉があるものなのだな。


   見ているだけでも、楽しい気持ちになります。


   ふ。


   はい?


   確かに、声が弾んでいるようだ。


   弾んでいるように聞こえますか。


   あぁ、私の耳には然う聞こえているよ。


   少々、抑えた方が良いでしょうか。


   うん、何故だ?


   ひとりで勝手に浮かれているようで、煩わしいかも知れません。


   まさか、君の楽しそうな声を聞けて嬉しいと思っているよ。
   私の心も、弾んできそうだ……いや、弾んできている。


   姫の振る舞いとしては、はしたないかも知れません。


   若しも其の振る舞いが、君にとってはしたないものなのだと言うのならば、寧ろ、大歓迎だ。


   ……大歓迎、とは。


   私は君の色々な姿を見てみたいと思っている。
   其の中には弾む声や、はしたない姿も含まれているのだ。


   ……はしたない姿は、除外して頂けると。


   其れは難しいな。
   其の姿もまた君の一部なのだと、然う思うだけで心が弾んでしまうから。


   ……ふぅ。


   ん?


   深呼吸をして……少し、心を落ち着かせます。


   メルは、十分に落ち着いていると思うが。


   ……声が弾んでしまっている時点で、落ち着いているとは到底言い難い。


   躰ごと弾んでいるわけではないのだし、其のままでも良くないか。


   ……いいえ、良くありません。


   ん、何故だ。


   辰星の姫たるもの、人前ではしたない姿を見せるなどと。


   人前と言っても、私は君の番だ。
   何も気にする必要は無い。


   だからこそ、です。


   だからこそ?


   番である貴方の前で、はしたない姿など決して見せてはならぬのです。


   ……私は、見てみたいが。


   ……。


   あ、うん、分かった。


   ……はぁ。


   どうだい……?


   ……少し落ち着いたと思いますので、説明を始めます。


   あ、あぁ……宜しく、頼む。


   先ずは……此方の葉を。


   此れは、羽のように先端が細かく裂けているな。


   此れは茴香と言います。


   ういきょう……。


   葉は滋養強壮や血流促進、健胃作用の為の薬草として用いられています。


   此の葉でお茶を淹れるのか。


   いいえ、お茶に用いるのは葉ではなく……此方の、乾燥させた種子です。


   種子?


   お茶を淹れる為に用いるのは、何も葉だけではないのです。


   確かに、花で淹れるお茶が歳星にはあるが。


   其の中のひとつである桂花茶は口当たりが柔らかく、仄かな甘味があって、とても好まれていると。


   民達の最も身近にあり、私自身も幼少の頃より飲んでいる。
   最早、此の星を代表するお茶と言っても過言ではないだろう。


   お客様をお持て成しする時にも出されていますよね。


   あぁ、甘い香りで心が解れるように。


   私もご馳走になりました。


   君に出した桂花茶は蜜を入れたもので、最上級のものだ。


   其れを明かしてしまうあたりが、貴方らしいと。


   ん、言わぬ方が良いのか。
   だが、君はもう、此の歳星と共に生きる者だ。


   其れくらいの事は、持て成す側として知っておくべきだと。


   いや、然うではない。
   ただ、知っていて欲しいだけだ。


   つまり、今後の持て成しは私にせよと仰せなのですね。


   客人の持て成しをする事は、君の役目ではない。
   そんな事をする必要などないし、誰にもさせぬ。


   でしたら、何故。


   言ったろう……君はもう、歳星と共に生きる者なのだと。


   ……。


   歳星の持て成し方を、ただ、知っていて欲しい。


   ……知っているだけで、宜しいのですか。


   あぁ、其れだけで良い。


   ……ただ、歳星と共に生きる者として。


   でなければ、言わぬ。


   ……。


   歳星の、持て成し方など。


   ……ふ。


   メル。


   ……分かりました。


   分かって呉れたか。


   ……ええ。


   あぁ、良かった。


   今後、私は貴方のお持て成しをする事に致しましょう。


   ……え。


   政務や柵など、様々な事柄で疲れているであろう貴方の事を。


   わ、私を、持て成して呉れるのか。


   毎日は難しいですが、定期的にしたいと考えています。


   ……メルが、私を。


   如何でしょう?


   嬉しいが……然し。


   遠慮など、不要です。


   若しも、私に気を遣って呉れているのなら……。


   貴方に、私の気遣いなど無用ですか。


   ……気遣い。


   歳星の王に、辰星の妹姫の気遣いなど。


   ……いや、無用ではない。


   でしたら。


   メルの気持ちは、嬉しい……嬉しいが、私などの為に。


   ユピテル。


   ……メルクリウス。


   貴方にとって、私はどんな存在なのでしょう。


   君は、私にとって……其れは、勿論。


   子を生す為だけの、宛がわれた番でしょうか。


   何を言う、何度も言っているがそんなものでは決してない。


   ……。


   君は私にとって、たったひとりだけの大切な番だ。


   ……仮令、子を生す事が叶わなくても。


   私の心が、揺らぐ事などない。


   ……側女を。


   受け入れるわけがない。


   ……。


   メル、私には君だけだ。


   ……で、あるならば。


   他の者など要らぬ、考えたくもない。


   私の申し出を、どうか快く受け入れて下さい。


   ……。


   貴方をお持て成ししたいと言う、私の願いを。


   ……いや、でも。


   どうしても、したいのです。


   ……そんなに、したいのか。


   ええ、したいです……だって。


   ……だって?


   貴方は……私のたったひとりだけの、大切な番なのですから。


   ん。


   大切な貴方を持て成したいと思う事は、なんら、おかしな事ではないでしょう?


   ないかも、知れないが……本当に、良いのか。


   良いも何も、私がしたいのです……ですから、私の好きにやらせては頂けませんか。


   君の好きに……。


   いつも、言って呉れているではありませんか……君の好きなようにして良い、して欲しいと。


   ……。


   其れとも、してはいけませんか。


   ……好きにして欲しい。


   ……。


   君の思うように、して欲しい。


   ……しても、良いですか。


   うん……良いよ。


   はい……では、私の好きなように。


   うん……。


   ……いつ持て成すかは、未定です。


   未定……?


   分からぬ方が、楽しいと思いますから。


   ……あぁ。


   と言っても、大した事は出来ませんが。


   ……今から、楽しみにしているよ。


   明日か、明後日か……来週かも知れません。


   ……其れでも、楽しみだ。


   あ……。


   ……ありがとう、メル。


   いえ……。


   ……ん。


   ……。


   と……済まない。


   ……いいえ。


   ……。


   ……もう少し、此方に。


   寄っても、良いか……。


   ……もう少しだけ、なら。


   分かった……では、もう少しだけ。


   ……。


   ……然し。


   はい……。


   ……最初に、葉ではないものを出されるとは思わなんだ。


   ……。


   興味深い。


   ……然うでしょうか。


   あぁ、君のことがね。


   ……私、ですか。


   もっと、君のことが知りたいと思う。


   ……。


   メルのことが、もっと知りたい。


   ……貴方が私を求めて、辰星に来て呉れた時に。


   うん……?


   ……お持て成しで、苦いお茶が出されたかと思います。


   苦い……あぁ、あれか。


   ……矢張り、苦かったですか。


   あぁ、あのお茶はとても苦いものだった。


   ……残されましたか。


   いいや、一滴も残さなかった。


   ……何故です。


   折角の持て成しを無下にする事は、私の信に反する事だからだ。


   ……あのような苦いお茶を出されて、其れでも尚、持て成されたと。


   其れが、辰星の持て成しの作法だと思ったんだ。


   ……毒だとは、思われなかったのですか。


   毒……然うか、毒の可能性もあったのか。


   ……若しも、毒であったなら。


   いや、其れはないだろう。


   ……何故。


   私は妻問いをしに行ったのだ。
   戦を仕掛けに行ったのではない。


   ……ん。


   辰星の姉姫に許しを請い、幾つもの手順を踏んで、漸く、其処まで漕ぎ着けた。


   ……歳星から辰星までは、遠い道のりだったでしょう。


   あぁ、とても。
   逸る気持ちを、何度抑えた事か。


   ……そんな貴方に、苦いお茶を出す。


   確かに苦味は強かったが、苦いだけではなかった。


   ……。


   苦味が通り過ぎた後に、爽やかな甘味が口の中に残った。
   此れは、なかなかのお茶だと思ったよ。


   ……上質な茶葉だと、甘味が口の中に残ります。


   上質……であるならば、私は矢張り持て成しを受けていたのだな。


   ……従者の方々は。


   飲み切る事は出来ず、残してしまった。
   あの時は、誠に申し訳なかったと思う。


   ……お茶を残した事、謝罪して下さったと聞きました。


   あぁ、謝った。


   王である、貴方が。


   従者がした事の責任は、私が持つ。
   何故ならば、私は彼らの王だからだ。


   ……。


   仮令、飾り物に過ぎなくても。


   ……貴方と従者に出されたお茶の名を、聞きましたか。


   いや、最後まで聞く事は出来なかった。
   聞きたいとは、思っていたのだが。


   然うですか……ならば今、私が教えましょう。


   其れは有り難い。


   あのお茶の名は……苦丁茶、と言います。


   くうてい茶……「くうてい」とは、どう書く?


   ……。


   ん……歳星の字。


   ……こう、書きます。


   辰星の字だと、どう書く?


   ……辰星の字だと。


   ……。


   こう、書きます。


   ……此れで苦丁茶、か。


   味は、字の如く。


   はは、確かに。


   苦丁茶は、苦丁樹の葉で作られます。
   一枚の葉をこより状に捩じって作る事から、一葉茶とも呼ばれています。


   苦丁樹……其の葉は、此の中にはあるのか?


   はい、あります……此れです。


   あぁ、此れか……成程、苦そうな色をしている。


   ふふ、然うでしょうか。


   だけれど、メルが持っているものならば飲めるだろう。


   上質でないものは、苦味ばかりが残りますよ。


   だとしても、メルが淹れて呉れたお茶ならば私は飲める。


   ……あぁ、然う言うこと。


   メルを求めていなければ、今でも知らない味だったろう。


   ……そもそも苦丁茶は、お客様を持て成す為のお茶ではありません。


   ん、然うなのか。


   此のお茶は、薬膳茶なんです。


   やく、ぜん?


   薬膳とは、食薬同源の考え方を実践する食事の事を言います。


   しょくやく、どうげん……。


   簡単に言ってしまえば、躰が不調にならぬように前以て整えておこうと言う考え方です。


   はぁ、そんな考え方もあるの。


   ……然う言った考え方は、歳星にも見られますよ。


   うん、然うか?


   はい……ただ、意識しているわけではないようですが。


   辰星の民は、常に意識しているのか。


   ええ、しています……寧ろ、根幹にあると言っても良い。


   ……こんかん。


   美味しい食事よりも、躰を整える食事……其れが、辰星での食の考え方です。


   私は美味しくて、躰も整う食事が良いな……。


   ……ふふ、然うでしょうね。


   メルは……今だったら、どちらが良い?


   然うですね……今では美味しくて、尚且つ、躰も整う食事が良いと思います。


   はは、然うか。


   ……貴方と共に歩む事を心に決めていなければ、今でも知らない考え方だったでしょう。


   ……。


   あの星に居たら、屹度、一生知る事はない……。


   ……私の番になった事、後悔はしていないか。


   ……。


   辰星に、帰りたいと……。


   ……帰りたいとは、思いません。


   ただの、一度も……。


   ……時折、あの小部屋を思い出す事はあります。


   小部屋……。


   ……でも、戻りたいとは思わないのです。


   ……。


   私は……貴方の傍が良い。


   あぁ……。


   ……。


   ……君に、触れたい。


   ユゥ……。


   手……いや、指先でも良い。


   ……。


   ……済まない。


   指先、だけなら……。


   ……。


   ……触れて、みて。


   良いのか……。


   ……はい。


   ……。


   ……ユゥ。


   きれいな、指先だ……。


   ……そんな事。


   きれいだ……。


   ……。


   暫し、此のままで居ても良いだろうか……。


   ……貴方が、然うしたいのならば。


   したい。


   ……では、暫し、此のままで。


   うん……。


   ……。


   ……。


   ……若し、良かったら。


   ん……?


   ……辰星の持て成し方法を。


   教えて呉れるか……?


   ……辰星と共に生きて下さる、貴方に。


   一生、共に生きよう……。


   ……。


   ……話の続きを、聞かせて呉れるか。


   はい……喜んで。


   有難う……メルクリウス。


   ……私こそ、有難う御座います。


   ……。


   ……此の葉は、琵琶の葉。


  18日
   少しだけ、原初を書きます。





  -Originis(原初)





   メル、政務より戻ったぞ。


   お帰りなさいませ、ユピテル様。


   ただいま、心から君に逢いたかった。


   お昼にも、お逢いしましたのに。


   何度でも、君に逢いたいんだ。


   此れから……何事も無ければ、朝まで共に過ごせます。


   朝になればまた、昼まで逢えなくなってしまう。
   昼が過ぎれば、夜まで……遅くまで、逢えない時もある。


   ……其れは、仕方がありません。


   一日ぐらい、君とゆったり過ごせる日があっても良いと思うのだ。


   其の一日が過ぎてしまえば、二日目が欲しくなります。


   其れは、然うだが。


   ユピテル様、先ずは羽織り物を。


   あぁ、有難う。


   ……いいえ。


   然し、メル。


   はい、何でしょう。


   「様」は要らぬと、幾度も言っているだろう?


   はい、言われております。


   どうか、「様」は付けないで呉れ。


   ですが。


   呼び捨てで構わぬ、寧ろ、呼び捨てで呼んで欲しい。


   私には、聊か難しく存じます。


   此の星に来た其の日のうちに、了承して呉れた筈だろう?


   然うでしたね。


   であるならば、もう少し砕けて欲しい。


   堅苦しい話し方が苦手だから、ですか。


   苦手と言う事もあるが。


   下々の者達には、然うは思われぬようですが。


   今となっては、な。


   ……。


   下々の者達にも、一応、立場と言うものがある。
   私は其れも考えなければならぬ。其処に私の感情など必要無いのだ。


   王と臣の関係ですね。


   あぁ、然うだ。
   けれど、君は違う。


   ……。


   君だと、どうしても、他人行儀のように聞こえてしまって。


   ……他人、ですから。


   メル?


   ……所詮は、上辺だけの言葉遣いのようですが。


   ん。


   ……下々の。


   あぁ 分かるか。


   ……失礼だとは、存じますが。


   いいや、構わぬ。
   私は結局、お飾りの王に過ぎないからな。


   ……若しも、お気に障りましたら。


   寧ろ、君の観察眼に感服している。君は本当に目が良い。
   改めて、惚れ直してしまいそうだ。いや、しまいそうではないな。


   ……其れは、何度目でしょう?


   さて、何度目だったか。
   私の記憶によると、毎日のように惚れ直しているような気もするが。


   近いところで言いますと……昨日(さくじつ)も、同じようなことを仰っていました。


   ははは、然うか。


   ……ユピテル様。


   あぁ、息苦しかったろう。直ぐに人払いをする。
   私が帰って来た以上、必要は無いからな。


   ……有難う御座います。


   者共、此の部屋から完全に下がれ。
   此れは主命ぞ。逆らう事は罷り成らぬ。


   ……。


   側仕いも必要無い、だから下がって良い。
   必要とあれば私がしよう、心配は要らぬ。


   ……其れは、如何なものかと思いますが。


   あぁ、今日も御苦労だった。
   皆、明日に備えて適当に食って休め。


   ……本来ならば、務めが終わる刻限まで許されることではない。


   メルクリウス。


   ……でも、此の星では許されてしまう。


   メル。


   ……はい、聞こえております。


   うん、良かった。


   ……どうされましたか。


   いや、何やら、ぼんやりとしているようだったから心配になってしまった。


   心配、ですか?


   若しかしたら、疲れてしまったのかと思ってな。


   日がな一日、書物と共にゆったりと過ごし、気が向けば、城内や庭園をそぞろ歩く。


   うん?


   とまぁ、私は貴方のように、特別な何かをしているわけでは御座いません。
   故に、疲れでぼんやりすることなど有り得ませぬ。


   然う、其れだ。


   はい、どれでしょう。


   何もせぬ、と言う事もなかなか疲れる事であろう。


   はぁ……全くしていないわけでも、ないのですが。


   其れで、だ。
   此処はひとつ、私と遊びをしてみないか。


   遊び、で御座いますか。


   どうだろうか。


   然うですね……良いお考えかも知れません。


   然うか、ならば何をするか。
   したい事があれば、何でも言ってみて欲しい。


   私に合わせて下さるのですか?


   あぁ、メルがしたい事をしよう。


   貴方様がしたいと思っていらっしゃる事でも、宜しいかと存じますが。


   私がしたい事でも良いのか。


   はい、私は構いませぬ。


   私がしたい事は、幾つもあるが。


   でしたら、其れらの中からおひとつ。


   良いのか。


   ん。


   本当に、良いのか。


   ……矢張り。


   若しも、許して呉れるのならば……メル、私は君と。


   ユピテル様、お付き合いして頂きたい事が御座います。


   ……うん?


   お許しを頂けたら、幸いかと存じますが。


   あ、あぁ……勿論、構わぬ。


   有難う御座います。


   其れで、何に付き合えば良い?
   書物の話だろうか、其れとも、星の話だろうか。


   今宵は、茶葉のお話を聞いて頂きたいと。


   ……ちゃば?


   はい。


   ちゃば、とは……茶の葉の事だろうか。


   辰星では一日に数回、お茶を飲む習慣がある事は御存じでしょうか。


   あぁ、色々と調べたから、其れくらいならば知っている。
   酒はほとんど飲まぬが、茶は好んで飲むと。


   お酒は弱い者が多いのです。
   どうも、酒精其の物が躰に合わぬらしく。


   飲める者は、幾らかは居るのか。


   幾らかは……ですが、其れでも多くは飲めませぬ。


   どれくらい、飲めるものなのだ?


   小さな盃に、二杯が限界でしょうか。


   小さな盃……此れくらいだろうか。


   いいえ、其れよりも小さき物で御座います。


   此れよりも、小さいのか。


   其の大きさですと、辰星では大きな盃と見做されます。


   なんと、此れで大きな盃となってしまうのか。


   茶呑みとして、主に使われています。


   茶飲み……然うか。


   辰星で言う小さな盃は、此れくらいでしょうか。


   其れはまた、小さき物だな……其れで二杯となると、二口もない。


   ふふ、でしょうね。


   辰星の酒、興味はあったのだが……。


   あぁ、でしたら持参すれば良かったですね。
   気が回らず 誠に申し訳御座いませぬ。


   いやいや、謝る必要などない。
   持参物ならば、十二分に頂いた。


   ……ですが。


   飲む機会ならば、此れから幾らでも有るだろう。
   メルとは、生涯の番となったのだから。


   ……番。


   なったの、だよな?


   ……なってしまいましたね。


   ん。


   ……私には過ぎたる立場ですが。


   そんな事は、決してない。


   ……。


   私にはメルクリウス、君しか居ない。


   ……ユピテル様。


   今はふたりきりだ……どうか、ユゥと。


   ……。


   お願いだ……メル。


   ……ユゥ。


   話し方も……此処には、君と私しか居ないのだから。


   ……分かりました。


   うん……。


   ……ねぇ、ユゥ。


   なんだい……メル。


   私みたいな者を番にしてしまって……後悔は、していませんか?


   しているわけ、ない。


   ……全く?


   あぁ……全く、だ。


   ……然うですか。


   メル……。


   ……お茶の話の続きを。


   お茶……。


   ……しても、良いでしょうか。


   あぁ……聞かせて欲しい。


   ……では、座りましょう。


   此のままでは、駄目だろうか……。


   ……立ったままが、良いのですか。


   此のままで居られるのなら……其れもまた、良い。


   ……いいえ、座りましょう。


   だが……座るには、離れないと。


   ……座っても、寄り添う事は出来ます。


   ん……。


   ……其れでも、お嫌ですか?


   全く、嫌ではない。


   ……。


   メル、此方に。


   ……はい。


   どうぞ、メルクリウス。


   ふふ……ありがとう、ユピテル。


   ……。


   ……座らないのですか?


   座る、が……。


   さぁ、どうぞ。


   ……躰を寄せても、良いだろうか。


   躰を……?


   ……触れ合う、くらいに。


   ……。


   あ……。


   ……其れは、未だ。


   あ、あぁ、然うか……うん、分かった。


   ……。


   此れくらいならば、良いだろうか。


   ……はい。


   ……。


   ……辰星の民達が、お茶を飲むのに。


   矢張り、何か決まり事があるのかい……?


   ……矢張り、然う思いますよね。


   あぁ……辰星の民は、秩序を重んじていると聞くから。


   けれど、お茶に限っては其の限りではないのです。


   うん?


   各々が飲みたい時に、飲みたいお茶を飲む。


   飲みたい時に?


   大体、何かをしながら飲んでいる事が多いです。


   君の場合だと……書物を、読みながら?


   ふふ、然うですね。


   其の姿が、瞼の裏に浮かぶようだ。


   目に浮かぶ、ではないのですか。


   あぁ、歳星では瞼の裏に浮かぶと言う。
   瞳を閉じて、思い浮かべる事が多いから。


   其の表現は、辰星では、過去の出来事を思い出す時に使います。


   思い出す時?


   はい……瞳を閉じて、思い浮かべるので。


   あぁ……思い浮かべるものが、違うのか。


   然うなりますね。


   ふふ、面白いものだ。


   ……ええ、興味深いです。


   メルは、一日にどれくらい飲んでいたんだい?


   私は、七杯程です。


   七杯か……其れは、多いのかい?


   平均、でしょうか。


   平均か……では多くもなく、少なくもないと。


   と言っても、忘れてしまう事も屡々あったのですが。


   飲む事を、忘れるのかい?


   飲もうと思っていても、つい、忘れてしまうのです。


   其れは……あまり、良くないな。


   気付いた時には、喉が乾いていて。


   うん、良くない。
   乾きは、良くない。


   思えば、貴方も良くお茶を飲んでいますよね。


   あぁ、嫌いではないから。


   お酒と、何方が良いですか。


   然うだな……何方も、悪くはないな。


   ……。


   ん、どうした?


   ……私は、ほとんど飲めないので。


   飲めないものを、無理して飲もうとしなくても良い。


   ……お酒はひとりではなく、誰かと一緒に飲む方が楽しいと。


   辰星でも、然う言うのかい?


   ……いえ、歳星に来てから知りました。


   あぁ、誰かが話しているのを聞いたのか。


   ……若しも、私が飲めたなら。


   メルと飲もうと思っただろう。


   ……。


   けれど、其れは酒でなくても良い。


   ……良いのですか?


   メルは辰星に居た時、誰かとお茶を飲んだりしたのか?


   いえ……いつだって、ひとりで飲んでいました。


   辰星では、誰かと一緒に飲む事は?


   ……どちらかと言うと、ひとりで静かに飲む事が好まれています。


   然うか……で、あるならば。


   ……ユゥ?


   私と一緒に飲もうとは、思わないだろうか。


   ……お茶を、ですか。


   今までも、一緒に飲む事はあったが……此れからは、頻度を増やしたいと思う。


   ……。


   つまり、お茶の時間を設けたい。


   ……お茶の時間、ですか。


   君さえ良ければ、設ける……どうだろうか。


   ……ですが、そんなお時間は。


   問題ない。


   ……。


   私達がお茶の時間を設ける事で、番としての繋がりが深まるのならば、誰も何も言わないだろう。


   ……番としての。


   と言うのは、あくまでも、口実だ。


   ……あ。


   メル……私は、君との時間を増やしたいんだ。


   ……ユゥ。


   番になっても、共に過ごせる時間は限られている……であるならば、作るしかない。


   ……其れが、お茶の時間ですか。


   悪くは、ないと思うんだ。


   悪くは、ありませんが……政務に、差支えが出ませんか。


   政務と言っても、私はただ、話を聞いて頷くだけだ。


   ……そんな事は、ないかと。


   其れに近い……私の言葉など、誰もろくに聞いてはいないのだから。


   ……貴方は、歳星の王です。


   私は歳星の象徴、つまり飾り物でしかない。


   ……私を娶る時に、積極的に働きかけて呉れたのは貴方だと。


   生きてきて、あの時ほど、必死になった事は無い。
   臣にあれこれ言われたが、私は全て拒絶した。


   ……何人も、宛がわれて。


   飾り物は、次の飾り物を作らなければならぬ。
   其の為の種蒔きもまた、王の務めだとされている。


   ……。


   だが、私は望んでいない。望んでいない事を、果たす事は出来ぬ。
   私に子が出来なければ、他の者が飾り物になる。仮令、遠い縁者であろうとも。
   其れならば、其れで良い。私が無理をして、次の飾り物を生さなくても良いのだ。


   ……けれど、貴方は私を選んでしまった。


   ……。


   私は……貴方の子を生す事を。


   気にする必要は、無い。


   ……。


   子は授かりものだ……私達の思うようには、決して出来ぬ。


   ……其れ以前に、私達は未だ。


   ……。


   ……ん。


   私は、メルのことは欲しいが……だからと言って、無理をさせたいわけではない。


   ……若しも、嫌気が差したら。


   嫌気など、差す事はない。


   ……流れゆく時の中で、ひとのこの心は。


   移り変わらぬものも、ある。


   ……。


   此処に。


   ……貴方が言うと、信じてしまいそうになる。


   信じて良い、信じて欲しい。


   ……貴方は、私を。


   信じている。


   ……信じていても、叶わないかも知れない。


   いいや、叶っているよ。


   ……貴方が望む事は。


   君と番になる事が出来た。


   ……其の先は。


   私の最初で最後の願いなんだ。


   ……最初で、最後。


   君と、生きる事。


   ……。


   其の中で……君と、其の、抱き合う事が出来たら。


   ……其れは、叶わないかも知れない。


   其れでも……私は君を想う事を、決して、止めない。


   ……。


   傍に、居たい……ずっと、傍に居て欲しい。


   ……待っていて、呉れますか。


   あぁ……幾らでも。


   ……でも、待っていないで。


   君が……然う、望むなら。


   ……。


   ……朝食から昼食の間、そして、昼食と夕食の間に。


   お茶の時間……?


   ……どうだろう?


   二回も……ですか。


   一回でも構わないが……二回あれば、私は嬉しい。


   ……けれど、二回は難しいかと。


   長い時間でなくても良い……。


   ……そんなに、私との時間を。


   君も……私との時間を。


   ……。


   望んで呉れたら……嬉しいと、思う。


   ……望んで、いなければ。


   あ……。


   ……今、此の時は存在していない。


  17日





   ……ぅ。


   ん……。


   ……。


   ユゥ……?


   ……、う。


   ユゥ、目が覚めたの?


   ……ししょう。


   うん?


   ……どこ。


   誰を、探しているの?


   ……ししょう、どこ。


   お師匠さんなら、先生と一緒に居るわ。


   ……せんせい。


   呼んでくる?


   ……。


   ユゥ?


   ……あたま。


   若しかして、痛む?


   ……なでられたゆめを、みたようなきがする。


   ……。


   ……メルが、なでてくれた?


   ううん……ちょっと前に、お師匠さんが。


   ……ししょう、きたの?


   ユゥの様子を、見にきて呉れたの。


   それで……あたしのあたまを、なでた?


   ん……良く寝てるなぁって、言いながら。


   ……おこしてくれれば、よかったのに。


   ごめんなさい……でも、良く眠っていたから。


   ううん……メルじゃ、なくて。


   お師匠さんが?


   かってに、ひとのあたまをなでてさ……。


   ……嫌だったの?


   いやじゃ、ないけど……ううん、やっぱりやだ。


   ……。


   どうせ、ひとりでまんぞくしていっちゃったんだ。


   ん……それは、否定出来ないかも。


   ぜったい、そうなんだ。


   でも……なんとなく、心配そうだった。


   しんぱい?


   ……お師匠さんね。


   なにか、いってた……?


   ユゥの寝顔を見ながら……疲れてるんだなって。


   ……それだけ?


   ……。


   ほかに、なにかいってなかった……?


   ……寝顔は、「ちび」の頃のままだと。


   ちび……。


   ……躰は大きくなったけれど、寝顔はあの頃と変わらない。


   むー……。


   ……ごめんなさい、ユゥ。


   どうして……?


   ……私も、然う思ってしまったの。


   そう……?


   ……寝ている時の顔は、確かに、幼い頃のあなたのようだと。


   それで……ふたりで、はなしたの?


   話したと言っても、少し言葉を交わしただけ……。


   ……なにを、はなしたの。


   今、ユゥに話したこと……。


   ……それいがいは、はなさなかったの?


   あとは……熱のこと。


   ……ねつ?


   熱が出ているか、どうか……それを、確認して。
   若しも発熱するようなことがあったら、すぐに知らせて欲しいと。


   ……ねつなんて、でないのに。


   心配なのだと思う。


   ……しんぱい。


   ユゥのことが。


   ……ししょうのくせに。


   お師匠さんだから、だと思う。


   ……むぅ。


   お師匠さんの話し方は、普段よりも静かで……口数も、少なくて。
   ユゥの寝顔を、じっと見て……おでこと頬に触って、頭を撫でて。


   ……あたまはなでなくても、いいのに。


   思えば、お部屋に入ってくる時も静かだったと思う。
   それから、お部屋を出ていく時も。そっと、戸を閉めて。


   ……ししょうは、どうしてはなさなかったんだろ。


   あまり話していると、ユゥが目を覚ましてしまうかも知れないから。


   ……ししょうは、メルとはなすのが、すきなんだ。


   お師匠さんは、ユゥのことを優先したのだと思う。


   ……ゆうせん。


   きっと、然う……。


   ……めがさめれば、よかった。


   曰く……疲れている子は、好きなだけ寝かせておくべきだ。


   ……。


   無理に起こすと、不機嫌になってしまうから。


   ……それ。


   ずっと前に、お師匠さんから教えてもらったの。
   あの時も、ユゥは眠っていたと思う。


   ……あたしは、そんなことないよ。


   ……。


   ふきげんになんか、ならない……ほんとだよ、メル。


   ……今のユゥは、そんなことないのかも知れない。


   いまの……?


   ……幼い頃のユゥは。


   ……。


   お師匠さんは兎に角、疲れているユゥを起こしたくなかったのだと思う。


   ……おさないころのあたしは、なに。


   ……。


   おしえて……メル。


   ……途中で起こされると不機嫌になって、まるで文句を言うかのように大きな声を出していたみたい。


   ……。


   私は……あまり、知らないのだけど。


   ……あまりってことは、しってるんだ。


   ……。


   メルは、おぼえてる。


   ……ん、少しだけ。


   わすれて、いいよ。


   ……忘れて?


   いまのあたしは、ちがうから……だから。


   ……。


   わすれて、メル。


   ……今思えば、可愛かったの。


   かわい……?


   ……今よりもずっと小さな躰で、何かを伝えようとしているユゥが。


   ……。


   お師匠さんに抱っこされて、あやされると……すぐに、ご機嫌になったユゥも。


   ……すぐ?


   若しかしたら、ユゥはお師匠さんに抱っこして欲しくて。


   ……ちがうよ。


   違う?


   ……おぼえては、ないけど。


   ふ……。


   ……メル。


   ごめんなさい……今のユゥも、可愛いから。


   ……かわいくなんて、ないよ。


   ……。


   でも……メルだから、いい。


   ……うん。


   あたしは、もう……つかれてなんか、ないんだ。


   ……ユゥ。


   ねむったから……だから、おこしてくれてもよかった。


   ……。


   ねむるまえは……つかれてたと、おもうけど。


   ……今は、どう?


   いまは……別に、なんでもない。


   疲れは感じない?


   ……そんなに、感じない。


   そんなに?


   ……メルは、ねないの。


   私はもう少しだけ、お勉強をしようと思う。


   ……おべんきょう。


   切りが良いところまで。


   ……なら、あたしもする。


   ユゥも。


   先生の宿題……全然、してないから。


   あぁ……でも、今夜は。


   宿題は……ちゃんと、しないと。


   ……先生も、知っているから。


   しって……?


   ……ユゥが疲れていたこと。


   ……。


   今夜は、ゆっくりと眠って……明日の朝、早く起きてすれば良いと思うの。


   ……あしたのあさ。


   早く眠れば、早く起きられると思うから。


   ……メルと今、お勉強したい。


   ん。


   ……だから、起きる。


   ユゥ……。


   ね……一緒にしても、いい?


   ……良い、けど。


   なら、する……。


   ……宿題、どんなものか憶えてる?


   ……。


   若しも、憶えていないのなら……やっぱり、明日の朝の方が。


   ……かきとり。


   ……。


   マーキュリーの……記録の、書き取り。


   ……どうしても、したいの?


   うん……したい。


   ……書き間違えたら、やり直しになってしまうかも知れない。


   まちがえないように……良く見て、書くよ。


   ……。


   だから、良い……?


   ……集中、出来そうにない。


   え……。


   然う、少しでも感じたら……その時は、寝台に戻って。


   ……。


   約束、して呉れる?


   ……わかった、やくそくする。


   うん……。


   ……はぁ、良かった。


   そんなに、宿題がしたいの?


   ……ううん、そうじゃなくて。


   そうじゃない……やっぱり、明日の朝の方が。


   ……メルのじゃまに。


   え……?


   ……なってしまうのかと、思った。


   私の……どうして?


   あたしが、一緒だと……集中、出来ない。


   ……。


   いないほうが、良いのかなって……。


   そんなことは、ないわ。


   ……ない?


   ない。


   ……ほんと?


   ん、ほんとう。


   ……そっちに、行っても良い?


   うん、来て。


   ……やった。


   寝台から降りる時、足元に気を付けてね。


   ……あしもと?


   目が覚めたばかりだから。


   そっか……ん、気をつける。


   ……ねぇ、ユゥ。


   なぁに、メル。


   寝台から降りる前に、少しだけお話しても良い?


   ……お話?


   なんでもないことなのだけれど、ユゥに聞いて欲しいことがあるの。


   良いよ、聞きたい。


   ありがとう……あのね。


   うん。


   分かってきたような気がするの。


   わかって?


   嬉しいという感情。


   あ。


   嬉しい以外の感情も。


   じゃあ、たのしい、も?


   ん……楽しいという感情も。


   あは。


   詳しく説明することは、まだ難しいのだけれど……それでも。


   うん、すっごくいいと思う。


   ……言葉にすることが出来なくても、良いと思う?


   言葉に出来なくても、良いよ。
   ちゃんと、伝わってくるから。


   ……言葉に、しなくても。


   声とか、表情とか、動きとかで。


   ……今も、伝わってる?


   うん、伝わってくる。


   ……今の私は。


   今のメルは……嬉しそうだ。


   ……。


   どう?


   ……ん、当たり。


   へへ、やったぁ。


   ……ユゥ、嬉しそう。


   うん、嬉しい。


   ……私も、嬉しい。


   あはっ。


   ……ふふ。


   よーし。


   ……。


   メルのおかげで、目がすっきり覚めた。


   ……私の?


   これなら、書き取りもちゃんと出来る……筈。


   ……明日の朝、見直しすれば良いと思う。


   うん、然うする。


   ……。


   ねぇ、メル。


   なぁに?


   あたしが寝ている間、お勉強をしていたんだよね?


   うん。


   喉は乾いてない?


   喉?


   メルはお勉強をしていると、飲むことも忘れちゃうことがあるからさ。


   ん……然う言われると、少し、何か飲みたいかも。


   じゃあ、何か持ってくるよ。
   何が、飲みたい?


   ユゥが……ううん、温かいお茶が飲みたい。


   甘い方が良い?


   ……少しだけ。


   うん、分かった。


   ユゥは、何が飲みたい?


   あたしも、温かくて少しだけ甘いお茶が飲みたい。


   冷たくなくても良いの?


   うん、メルと同じものが飲みたいから。


   ユゥが冷たいお茶の方が良いのなら、私はそれでも


   今夜は躰を冷やさないように、あったかいのが飲みたい。


   ……。


   熱がこもって躰が熱い時は、冷たい方が良いけど。


   ……今は、熱くない?


   うん、熱くないよ。


   ……。


   それじゃあ、行ってくるね。


   あ、待ってユゥ。


   ん、なに?


   ユゥは起きたばかりだから、私が行くわ。


   大丈夫だよ、もうちゃんと起きてるから。


   行かせて欲しいの。


   ……メル。


   お願い、ユゥ。
   淹れたら、すぐに戻ってくるから。


   じゃあ、ふたりで行こう。


   ……。


   だめ?


   ……ううん、だめじゃない。


   ん、決まりだ……と、思ったけど。


   ……え。


   ちょっと待って、メル。


   どうしたの?


   ……。


   ユゥ?


   師匠が、来る。


   お師匠さんが?


   なんだろう。


   ……また、ユゥの様子を。


   来た。


   ……。


   うん、起きてるよ。
   さっき、目が覚めたんだ。


   ……若しかして。


   戸を?


   はい、今、開けます。


   あ、メル、あたしが。


   お師匠さん。


   ……まぁ、いっか。


   藍実入りの……。


   ……ん?


   わざわざ、ありがとうございます。


   ……お茶?


   ユゥの分も。


   ……あたしの。


   はい、気を付けます。


   あたしが起きてるの、どうして分かったんだ。


   ……。


   師匠だから?
   なんだそれ。


   ……ふ。


   言われなくても、メルの邪魔なんてしないよ。
   あたしも、これから先生の宿題をするんだ。


   ……。


   終わったら、寝……ん、頭を撫でるな。


   ……ふふ。


   もう、早く行けよぅ。


   ……ユゥ、お師匠さんにお礼を。


   むー……。


   ……ユゥ?


   ありがとう……師匠。


   ……。


   あう。


   お師匠さん、先生が待っていますよ。


   ……うー。


   あまり、遅くならないようにします。
   はい、おやすみなさい。


   ……。


   ユゥ。


   ……おやすみ、師匠。


   ……。


   あぁもう、だから。


   ……ふふふ。