.

日記
2026年・7月

  16日





   マーキュリー。


   ……。


   今、戻った。


   ……見れば分かる。


   ちびのやつ、良く眠っていたよ。


   然う……其れは、何より。


   応。


   其れで、どうしてにやにやしているのかしら。


   あたし、にやにやしてるか?


   気持ち悪い表情をしている。


   然うか。


   ……で?


   いや、さ……あいつは寝ていると、ちびの頃の顔に戻るんだよなぁって思ってさ。


   今でも頑なに、「ちび」と呼んでいるけれど。


   ちびは、ちびだからな。


   いつになったら、あの子は「ちび」でなくなるのかしら。


   先ずは、あたしよりもでかくならなきゃ話にならない。


   でかくなるだけで良いの?


   其れから、あたしに勝つことだ。
   躰がでかくなったところであたしに勝てなければ、ちびは「ちび」のままだ。


   頭ではもう勝っているわ、だから明日から名で呼ぶべき。


   頭でも、あたしは負けてないぞ。


   其れ、本気で言っているの?


   応、言ってる。


   へぇ。


   まだまだ、あたしは負けていない。


   ならば、あの子が受けている講義を


   良し、お茶にするか。
   お前の好きなお茶を


   今日もさんざ飲んだから、要らない。


   と言っても、夕ごはんを食べてから飲んでないだろう?
   水分補給は大事だぞ?


   未だ、要らない。


   未だだな、分かった。
   じゃあ、飲みたくなったら言って呉れ。


   飲みたくなったら、自分で淹れる。


   あたしにも、淹れて呉れるか?


   何故、あなたに淹れてあげないといけないの。


   お前が淹れて呉れた


   薬茶を飲んでいるわね。


   薬茶以外のお茶も


   自分で淹れて。


   ……飲みたいな。


   なぁに、其のなんとも言えない声は。


   ……お願いの声、かな。


   あの子の真似でもしたつもりなの?


   したつもりはないが……似てたか?


   似ていないわね、可愛げがない。


   ……駄目か?


   はぁ。


   ……駄目か。


   仕方ないわね。


   淹れて呉れるのか?


   面倒だから、嫌よ。


   ……。


   あからさまに、しょんぼりしたわね。


   ……うん、したと思う。


   あの子はどうしてるの。


   ……寝てるあいつの傍で、お勉強をしていたよ。


   然う。


   メルは、疲れていないんだろうか。
   午前は鍛練、午後はお前の講義で、疲れていると思うんだが。


   疲れていないわけではないわ。


   休まないで、大丈夫なのか。


   午前に鍛練、午後に講義。
   此れはもう、ずっと続けていることでしょう。


   其れは、まぁ然うなんだが。


   ユゥが疲れているからと言って、あの子が同じように疲れているとは限らない。


   ……疲れていないわけでは、ないんだろう?


   あの子は今、お勉強がしたくて仕方がないの。


   ん。


   其れこそ、眠る時間を削ることになっても。


   其れは良くない、眠る時間も大事だ。


   あなたに言われなくても、あの子はちゃんと分かっているわ。
   もう、小さな子供ではないのだから。


   小さい子供でなくても、無理をするようならば。


   あの子は自分で決めて、削っているの。


   ……止めなくて良いのか。


   どうして?


   ……削り続けていたら、体調を崩してしまうかも知れない。


   心配しないで良い。


   ……無理だよ。


   あの子が、居るから。


   あの子……ちびか?


   他に居るの?


   ……居ない、な。


   あの子は……メルは、ユゥと一緒にお休みしている。


   ……其れは。


   今日だって、ユゥとお昼寝をしていたわ。


   ……。


   ユゥに膝枕をしてあげながら、ね。


   ……あぁ、然ういうことか。


   なんだと思ったの。


   あ……いや。


   はぁ、最低ね。


   な、なんでだ?


   最低だから。


   あ、あー……。


   ……まぁ、其れもないわけではないだろうけど。


   だ、だろう?


   でも、其れだけではない。


   あ、はい。


   ……。


   は、はは……。


   ……私は、然程疲れていないから。


   うん?


   ……今夜は、泊ってあげても良いけれど。


   泊まって呉れるのか。


   ……寝床は、別々で。


   別々でも、嬉しいよ。


   然う……其れは、良かった。


   気が変わったら、いつでも言って欲しい。


   多分、変わらないと思うけど。


   若しかしたら、帰りたくなるかも知れないだろう。


   ……其の時は、ひとりで


   家まで、送る。


   ……変わって欲しいの?


   帰るのが、明日だったら良い。


   ……あ、然う。


   明日の朝ごはんは、あたしが作るんだ。


   ……期待、してあげるわ。


   応、任せて呉れ。


   ……。


   飯と言えば……夕ごはんの芋餅汁、悪くなかったな。


   ……残念ながら、私はひとつしか食べられなかったけれど。


   芋餅はもちもちとしているから、腹持ちが良い。


   もちもちとしていなくても、芋だから腹持ちは良い。


   また、食べたければ


   其の時は、あの子に言うわ。


   あたしに言って呉れても良いぞ。


   あの子の芋餅が食べたい時に、あなたに言っても意味がないでしょう。


   意味は……なくも、ないぞ?


   あの子に伝えて呉れるとでも?


   ……。


   言っておくけれど、私はどちらが作った芋餅なのか分かるわよ。


   分かるのか。


   分かると言っている。


   矢っ張り、違うものか?


   違うわね。


   ……然うか。


   だから、伝えたふりをしたところで無駄でしかない。


   そんなことは、しないさ。
   あたしは、ちゃんと伝える。


   伝えて、あなたが作ったものをこそっと混ぜる。


   あたしとちび、どっちが作った芋餅なのか


   迷わず、あの子のものを選ぶわ。


   食べなくても、分かるのか。


   形で見分けがつく。


   形?


   其れ以上は言わない。


   ……。


   言っておくけれど、あの子の芋餅の形を真似ても無駄よ。


   ……大きさか?


   さぁ?


   それとも……ちょっとした、癖か?


   教えないわ。


   ……形なんて、大して変わらないと思っていたが。


   あなたが教えたから?


   ……形まで、教えたんだ。


   だからと言って、全く同じものが出来るわけではない。
   どうしたって、作り手の個性が出る。いつか、あなたが言っていた言葉よ。


   ……言ったような憶えがある。


   憶えがなければおかしいわ。あなたははっきりと、私に言ったのだから。
   まぁ、あなたの記憶力ならば、憶えている方がおかしいのかも知れないけれど。


   言ったのは……ちびがある程度、作れるようになった頃だったか。


   ええ、其の頃だったわ。


   ……お前が憶えているのなら、間違いないな。


   今でも、然う思っているのでしょう?


   ……。


   似せることは出来るけれど、全く同じものは出来るわけがないと。


   ……あぁ、思っているよ。


   見分けがつくのは、自分だけだと思っていたの?


   ……。


   自分だけだと思っているのならば、其れは大きな間違い。


   ……思っては、いなかったけど。


   ふ、甘いわね。


   ……いつ頃からか、作る形が似てきただろう。


   ええ、然うね。


   初めの頃は、分かりやすく違っていて。


   其れが今では、とても良く似ている形になった。


   考えてみれば、お前はずっと見てきたんだよな。


   まぁるいお団子のような芋餅の頃からね。


   ……メルは、どうだろう。


   ……。


   あの子は、見分けがつくだろうか。


   ある程度は、つくかも知れないわ。


   ある程度?


   食べるだけでなく、一緒に作っているんだもの。


   ……。


   私ほど、確実でなくても……ね。


   ……順調に養われている、か。


   何が?


   ……マーキュリーの観察眼。


   そんなの、当たり前でしょう。


   ……だな。


   元々、観察するのが好きなのよ。


   ……お前に、良く似ている。


   私は、別に好きではないわ。


   然うか?


   然うよ。


   好きなものだと、ずっと思っていたが。


   嫌いではないだけ。


   其れは、


   好きというわけではないの。


   ん、然うか。


   だから、然うだと言っているでしょう。


   ……なぁ、マーキュリー。


   あなたが作った芋餅とあの子が作った芋餅、其れを今度、並べてみようとでも?


   ……どうして分かった?


   あなたが考えそうなことだもの。


   ……。


   私が分からないと思ったの?


   ……思わない、な。


   顔が分かりやすく緩んでる。


   ……やってみても、良いか?


   やってみたいの?


   ん、やってみたい。


   やったところで、私は分かるわよ。


   其れでも。


   やるとして、どれだけ作るつもり?


   そんなに多くは作らないさ。
   ちゃんと食べられるだけの数にする。


   私は食べるとしてもひとつだけ、あの子だって多くは食べられない。


   食べ比べも出来るように、いつもの大きさよりも半分にする。


   食べ比べも?


   其れは、意外だったか?


   つくづく、あなたが考えそうなことだわ。


   ……ひとつの半分なら、ふたつ、食えるだろう?


   単純に計算すればね。


   うん。


   けれど、同じものをふたつ、選んでしまったらどうするの?


   ……同じもの?


   然うしたら、其のふたつを食べて終わってしまうけれど。


   ……出来れば、あたしとちびの芋餅を。


   私だったら、ユゥのものをふたつ、選ぶわ。


   ……。


   見分けがつくのだから、然うなることも十分に考えられるでしょう。


   ……確かに、然うだ。


   食べ比べがしたいのなら、別々にしないと意味がないわ。


   ……別々にやっても良いか。


   面倒。


   ……然うだよな、一回で済ませたいよな。


   と、言いたいところだけれど。


   ……マーキュリー?


   全く、仕方のないひとね。


   ……付き合って、呉れるかい。


   付き合わないと、言ったら。


   ……其の時は、諦める。


   忘れた頃に、言いそうね。


   ……あたしが、か?


   私達は、忘れないもの。


   ……其の中に、ちびは。


   入っているかも知れないわね。


   ……。


   こうしましょう。


   ……え。


   初めに、見分けがつくか試す。


   うん。


   答え合わせをしてから、


   食べ比べる。


   先に言ったわね。


   ごめん……言いたかった。


   ……。


   マーキュリー……。


   ……いつ、するつもり?


   あたしは、いつでも良い。


   あの子は?


   ちびも、いつでも良いと思う。
   だから、お前達の都合に合わせるよ。


   ……。


   食いたい時に、作るから。


   ……あの子も、いつでも構わないと思うわ。


   然うか……じゃあ、お前の都合次第だな。


   ……今日、食べたばかりだから。


   少し、間を空けるか。


   ……然うして。


   応、分かった。


   ……。


   ふ。


   ……なに。


   実はさ、眠るちびの頭をそっと撫でてやったんだ。


   ……其れでも、目が覚めなかったのね。


   あぁ、覚めなかった。
   其れだけ、疲れていたんだろう。


   であるならば、夕食はあなたが用意すべきだった。


   あいつがメルと一緒に作りたいと言ったんだ。


   ……気が付いていたのでしょう。


   あぁ、気が付いていた。


   ……其れなのに。


   芋餅を作るのに、其処まで手は掛からない。
   思うに、メルが食べたいと言ったのだろう。


   ……だから?


   作らせてやりたかった。


   ……其れで、重大な事故に。


   然うさせない為に、メルはあいつの傍に居て呉れたのだと思う。


   ……。


   菜切り、火の扱い……取扱いに気を付けなければいけないことを、メルが。
   芋を潰して餅にしたり、汁の味付けをしたり……然ういうのは、ちびが。


   ……分担、したと。


   良いことだと、思わないか?


   ……まるで、見ていたかのようね。


   ん。


   ……まぁ、良いわ。


   うん……。


   ……熱は?


   熱は、いつも通りだった。


   ……然う。


   あいつは、もう大丈夫だろうか。
   火を見て、熱を出すことはもうないだろうか。


   ……未だ、油断は出来ない。


   ん……然うか。


   ……けれど、悪くはない。


   ……。


   ……今後も。


   あぁ……分かった。


   ……はぁ。


   何か、飲むか?


   ……温かい、果実酒を。


   お……。


   ……悪い?


   いいや、悪くない。
   直ぐに用意してくる。


   ……あなたは。


   同じ果実を浮かべた、お茶を。


   ……。


   お前と、一緒に飲む。


   然う……ならば、淹れてあげるわ。


   え……。


   ……嫌なら、


   嫌じゃない。


   ……。


   嫌じゃないよ、マーキュリー。


   ……まぁ、分かっていたけど。 


  15日





   ……はぁぅ。


   ユゥ、大丈夫……?


   ん……だいじょうぶ。


   ……つかれた?


   ちょっと、ね……でも、だいじょうぶ。


   講義……ううん、何か飲む?


   あー……うん、飲もうかな。


   ……何が、飲みたい?


   んー……然うだなぁ。


   ……。


   冷たくて……。


   ……うん。


   しゅわっとしたものが、飲みたい。


   冷たくて、しゅわっとしたもの……炭酸?


   それで、程良く甘くて……口の中が、すっきりするの。


   程良く、甘くて……口の中が、すっきりする。


   然うだ、薄荷水を作ろう……あれなら、すっきりする。


   あ、ユゥ。


   ん?


   私が作るわ。


   ……メルが?


   だから、ユゥは座って待っていて。


   ……作って呉れるの?


   作っては、だめ?


   ……ううん、だめじゃない。


   なら、待っていて呉れる?


   ん……待ってる。


   じゃあ、すぐに作るね。


   うん、ありがとう。


   ううん、いいの。
   ユゥにはいつも、美味しいお茶を淹れてもらっているから。


   メルも、淹れて呉れるよ。


   それでも、ユゥの方がずっと多いから……。


   ……ん。


   出来るだけ……美味しく。


   ……メルが作って呉れるのは、いつだって美味しい。


   ユゥ……。


   ……楽しみにしてる。


   うん……。


   ……然うだ、メル。


   うん……?


   輪切りにした柑橘を、浮かべて欲しいな。
   甘く熟したものがまだ、残っている筈だから。


   ん、分かったわ。
   柑橘は……あ。


   籠の中に……。


   ユゥ、私が。


   ……ん、あった。


   ……。


   これを……ん、メル?


   ……もう。


   え……?


   ……待っていてって、言ったのに。


   あー……ごめん、つい。


   ……今度こそ、待っていてね。


   うん、分かった……今度は、ちゃんと待ってる。


   ……。


   ……ねぇ、メル。


   なぁに……?


   メルも、一緒に飲む?


   ……ん、飲もうと思ってる。


   ふふ、やった。


   柑橘も食べる?
   夕ごはんの前だけれど、ふたりで分けて食べるのなら。


   ん、食べてしまおう。
   取っておいても、鮮度が落ちてしまうだけだし。


   切り方は、半月切りで良い?


   うん、良いよ……出来れば、少し厚めで。


   少し、厚め……ん、分かった


   ……ふふ。


   ユゥ……?


   実はさ、言おうと思ってたんだ。


   ……何を?


   残った柑橘は、一緒に食べよう……って。


   ……ごめんなさい、先に言ってしまって。


   ううん、全然構わないよ。
   それよりも、同じことを考えていて嬉しい。


   ……。


   手……切らないように、気を付けてね。


   ……ん、気を付けるわ。


   ……。


   甘い、良い香り……。


   ……瑞々しくて、美味しいんだ。


   あまり、酸っぱくないのよね。


   うん、甘味の方が強いんだ……だから、其れだけでも、軽いおやつになる。


   ……食後に食べても良いの。


   そうそう、然うなんだ……。


   甘いけど、さっぱりしていて……くどくは、ないから。


   くどいのは、食後のおやつには向かないかなぁ……。


   ……私は、食べられないと思う。


   ん、然うかも……。


   ……。


   良い香りが、こっちまで漂ってくる……。


   ……もう少しで、出来るから。


   ねぇ、メル……。


   ……なぁに?


   輪切りを半分にすることを、どうして、半月切りって言うんだっけ……。


   ……青い星で、然う呼ばれているから。


   青い星で……。


   ……青い星から見る月は、満ち欠けをしているの。


   満ち欠け……。


   ……満ち欠けとは、太陽光に照らされる部分の見え方が一定の周期で変化すること。


   星の形は変わらないのに、見かけの形が変わる……だっけ。


   ……然う。


   月から見る、青い星のように……月もまた、満ち欠けをしている。


   半月切りは半分に見える月、つまり半月が由来。


   ……半分の青い星、からは、付けなかったんだね。


   若しかしたら、考えもしなかったのかも知れない……。


   考えても……半分の青い星切りは、言い難いもんなぁ。


   ……月の満ち欠けには、形に合わせて名が付けられているの。


   半分の月、半月……みたいに?


   例えば……新月、上弦の月、満月、下弦の月。


   あれ、半月は……?


   ……半月にあたるのは、上弦の月と下弦の月。


   半月には、ふたつの名があるんだ……。


   ……右半分が見える半月を上弦、左半分が見える半月を下弦と呼ぶみたい。


   へぇ……。


   他にも、三日月、十三夜月、小望月、十六夜月、弓張月……。


   え、そんなにあるの?


   ん……まだまだ、あるみたい。


   まだまだ……青い星の民って、月が好きなのかな。


   ……お月見をするみたいだから、然うなのかも。


   お月見?


   ……月を眺めて、ゆっくりと過ごすんだって。


   月を眺めて……それって、面白いのかな。


   ……多分、私達が青い星を眺めるのと同じようなことなのだと思う。


   ……。


   ……きれいだと、思うでしょう?


   うん、思う……。


   けれど、青い星の民にしてみたら……青い星を見て何が面白いのかと、思うのかも知れない。


   ……あぁ、そっか。


   いつか。


   ……ん?


   いつか青い星から、この月を見ることになると思う。


   ……あたし達も、青い星に行くことになるんだね。


   特にマーキュリーは、定期的に、青い星へ行くことになっているから。


   ……その時は、あたしも行く。


   ……。


   必ず、ついていく。


   ……ユゥがついてきて呉れたら、心強い。


   行くよ……必ず。


   ……。


   メル……どうした?


   ……ううん、なんでもない。


   行かない方が、良い……?


   ……そんなことない、来て欲しい。


   じゃあ、行く……。


   ……うん。


   ……。


   ……半月切りは、遠い昔のジュピターが然う呼ぶようになって、そのまま定着した。


   遠い昔……。


   ……半分の月なんて、あまり良い呼び方ではなかっただろうけど。


   でも、それは見かけだけだ……月の形は、変わらないよ。


   ……そのジュピターもきっと、ユゥと同じように考えたのだと思う。


   師匠も、同じことを言うよ……絶対に。


   ……ジュピターの目には、見えない形もちゃんと見えている。


   と言うより、然ういうものだと思っているんだ。


   ……然ういうもの?


   見えなくても、その形はちゃんとそこにある。
   ただ、見えないだけで。


   ……若しも、私が。


   メルが?


   ……私の半分が、見えなくなっても。


   メルの半分が、見えなくなる……?


   ……それでも、ユゥは。


   メルの半分が見えなくなっても……メルは、ちゃんとそこに居るよ。


   ……変わらないと。


   変わらずに、メルは居る……だって、メルの形は変わらないのだから。


   ……私の形。


   うん。


   ……。


   メル?


   ……ごめんなさい、変なことを言って。


   別に変ではないよ。


   ……ありがとう、ユゥ。


   お礼?


   ……言いたくなったの。


   そっか……じゃあ、どういたしまして。


   ……お待たせ。


   あ。


   ……どうぞ、ユゥ。


   ん……ありがとう。


   ……どういたしまして。


   早速……いただきます。


   ……はい。


   ……。


   ……どう?


   うーん……美味しい。


   ……甘味の加減は。


   丁度良いよ……とっても。


   ……ん、良かった。


   メルも。


   ……うん。


   ……。


   ……。


   はぁ……しゅわしゅわして、美味しいなぁ。


   ……悪くない。


   あは……。


   ……先生みたいだった?


   ん……先生みたいだった。


   ……ふふ。


   はは……。


   ……。


   半月切り……そのジュピターが然う呼ぶようになるまで、なんて呼んでいたんだろう。


   ……輪切りの半分。


   輪切りの半分?


   ……そのまま。


   ん、そのままだ……でも、分かりやすい。


   ……。


   ふぅ……。


   ……?


   ……。


   ユゥ?


   ……うん、なに?


   大丈夫?


   え……なにが。


   ……なんでもない?


   なんでもない、けど……なんか、変だった?


   ……変では、ないけど。


   メルのおかげで、すっきりしてきたよ……。


   ……ユゥ。


   ん……。


   ……若しかして、眠たい?


   んー……然うでも、ないけど。


   若しも、眠たいのなら。


   大丈夫だよ……。


   ……。


   大丈夫……だいじょうぶ。


   ……無理は、しないでね。


   ん、分かってる……。


   ……ねぇ、ユゥ。


   なんだい、メル……。


   ……出された宿題は、出来そう?


   宿題……。


   ……書き取りの。


   あぁ、然うだった……。


   ……出来る?


   文章の書き取りだし……そんなに長くないし……少し休めば、出来ると思う。


   くれぐれも、間違えないようにね……。


   ……間違えたら、やっぱり、やり直しかな。


   若しかしたら、然うなるかも知れない。


   ……良く見て、ゆっくり書くよ。


   うん……その方が良いと思う。


   ……メルは、大丈夫?


   私?


   疲れてない……?


   私は……うん、大丈夫。


   そっか……やっぱりすごいなぁ、メルは。


   ……すごくなんて。


   ううん、すごいよ……。


   ……私はただ、お勉強が好きなだけで。


   本当にすごいんだ……あたしのメルは。


   ……ユゥの、私?


   うん……メルは、あたしの。


   ……。


   ん……?


   ……ユゥ、やっぱり眠たい?


   眠たくは、ないと思うけど……。


   ……どことなく、瞼が重たそうに見えるの。


   んー……どうだろ。


   ……。


   あんまり、変わらないと思うけどなぁ……。


   ……お夕飯までまだ時間はあるから、少し横になってお休みした方が良いと思う。


   ううん……今日の夕ごはんは、あたしが作る番なんだ。
   だから、もう少し休んだら、支度を始めないと……。


   でも、今の状態では危ないと思うの。


   ……危ない?


   菜切りや、火を使うでしょう?


   うん……使うと思う。


   であるなら、四半刻だけでも……怪我や、重大な失敗をしない為に。


   ……。


   ユゥ……。


   おかしいなぁ……ちゃんと、お昼寝したのになぁ。


   それでも、眠たくなってしまうことはあると思うの。


   ……お休み、した方が良い?


   私は、した方が良いと思う。


   うん、分かった……なら、少しだけ。


   ……良かった。


   良かった?


   ん……。


   ……心配、して呉れた?


   しないわけ、ない……。


   そっか……ふふ、うれしいな。


   ……嬉しい?


   うん……うれしい。


   ……ユゥ、やっぱり眠たそう。


   あー……瞼が少しだけ、重たいかも。


   ……寝台に。


   メルが作って呉れた、薄荷水を飲んで……柑橘を、一緒に食べてからが良い。


   ……。


   だめ、かな……?


   ……ユゥが、然うしたいのなら。


   ん……然うしたい。


   ね……お夕飯、一緒に作っても良い?


   一緒に作れたら……うれしい。


   ……なら、一緒に。


   うん……一緒に、作ろ。


   今日は、何を作るの……?


   今日は……どうしようかな。
   メルは何か、食べたいものはある……?


   ん……私は、なんでも。


   ……何かあると、助かるなぁ。


   えと……今すぐでなくても、良い?


   良いよ……ゆっくり考えて。


   ……。


   ……あぁ、しゅわしゅわする。


   ふふ……。


   ……へへ。


   ……。


   ……柑橘も、甘くて美味しい。


   良かったら、私の分も……。


   ……だめだよ、はんぶんこだから。


   はんぶんこ?


   ……然う、はんぶんこ。


   ……。


   けど……メルが食べられなかったら、代わりに食べる。


   ……うん、食べて。


   ……。


   ……。


   ……甘くて、美味しいね。


   ん、美味しい……。


   この柑橘……お茶に浮かべても、美味しいんだ。


   ……甘煮にしても、美味しいの。


   果汁にしても、良いし……。


   ……好き。


   ん。


   ……この柑橘。


   あぁ……柑橘のことか。


   ……なんだと思ったの?


   ん……あたしのことかなって。


   ……。


   ははは……。


   ……ユゥのことも。


   ん……。


   ……すき。


   メル……。


   ……ん、ユゥ。


   あたしも……好き。


   ……柑橘?


   メルのことも……。


   ……。


   ……大好きだ。


   う、ん……。


  14日





   いしの力?


   道端に落ちているような石塊のことではないわよ。


   せっかい?


   石ころ。


   あぁ、石ころのことか。


   以前から、何度か使っている言葉だけれど。


   うん、何度か聞いてる。


   で?


   流石のあたしでも、石ころのことだとは考えなかったぞ。
   メルの話をしているのに、石ころはないだろう。


   本音は?


   一瞬、も、考えなかったな!


   無駄に声が大きいわね、本当になんなの。


   ん、ごめん。
   つい、な?


   つい、と言えば許されると思っているの?


   思っては、いないが……まぁ、一応。


   そんな一応は要らないわ。


   済まない……つい、力が入ってしまって。


   ……。


   あ、いや……申し訳ない。


   気を付けて。


   応、気を付け


   でないと、暫くの間、あなたと逢うことはなくなるわ。


   ……え?


   次に言ったら、


   逢って呉れなくなるのか?


   然う言った筈だけれど、なんて聞こえたの。


   気合いを入れて、気を付けよう。


   気合いが空回りしなければ良いけれど。


   ……然う、なんだよな。


   気合いを入れた結果、しくじる。


   ん……ないとは、言えない。


   寧ろ、あるわね。
   今までにもあったし。


   何度も、か?


   然う、何度も。


   気持ちが高まると、どうしても声が大きくなってしまうんだよなぁ。


   あなたの場合、お腹から出ているから余計なのよね。


   曰く、良く通るらしい。


   ええ、とても良く通るわ。


   演習中なんて、特に。


   雄々しい声が、私の部屋まで聞こえてくるの。


   曰く、あたしの声で足が竦んでしまう者も居たとか。


   慣れていないと、然うなる。
   なんせ、鼓膜を思い切り揺さぶられるのだから。


   だけど、木星の民には居なかったと思うぞ。


   吃驚して、足が止まっている者なら居たわ。


   足が止まって?


   鼓膜を通り越して、頭を鈍器で殴られたような状態になるんだもの。


   ……鈍器。


   例えるのならば、大槌。


   おおづち……て、どんな武器だったっけ。


   大きい槌。


   ……うん、其のままだ。


   であるから、木星の民であろうとも、慣れていなければ足ぐらいは止まるかも知れない。


   ……言われてみれば、然うたな。


   普段の声とは、まるきり違うのだもの。


   と言っても、演習は戦の鍛練でもあるんだ。
   気の抜けた声なんぞ、出せない。出せるわけがない。


   あなたの声は、時に、攻撃にもなり得る。


   ……攻撃?


   耳、そして、脳への。


   敵には、通用しなかったと思うが。


   いいえ、場合によっては効果あり。
   特に、音に敏感な奴に対しては絶大な効果を与えることもある。


   音に敏感?
   そんな敵、居たか?


   あなたが敵に向かって思い切り吠えたら、首魁の動きが止まったの。


   ……は。


   動けなくなっている首魁をマーズが横っ腹から炎の矢で仕留め、残った小物共はヴィーナスが背後から光線の束で一掃。
   私の知略も、其々の民達も、ほぼ何もせずに、あっさりと戦闘は終了。強いて言えば、記録を取って後始末をしたくらい。


   ……此方に、壊傷者は出たか?


   そんな状況だから、当然、出るわけがない。


   まぁ、然うだよな……赤子の首を捻るようなものだもんな。


   ……赤子?


   青い星に、そんな言葉があったような気がする。


   あなたの頭って、時々、妙な記憶を引き出して来るわよね。


   ん、若しかして褒められてる?


   ええ、褒めてあげたわ。


   やった。


   但し、其の言葉を当て嵌めると、私達が敵を弱者と見做して痛めつけたような意味合いになるけれど。


   ……ちと、違うか。


   まぁ、一方的に壊滅させたから、間違いとは言い切れないわね。


   取り敢えず、壊傷者が出なくて良かったよ。


   とは言え、些末な損害はあったわ。


   ……其れは、どんな?


   あなたの声で、鼓膜が破れた者。
   此れはあなたの傍に控えていた者達、つまり木星の民に多かったわね。


   ……他の民には。


   鼓膜は破れなかったものの、耳鳴りが続く症状が水星の民に数十名。
   火星及び金星の民に、獣のような遠吠えが聞こえるなどの幻聴に悩まされる者が数十名。
   此方は距離があった為に、此れと言った身躰敵的症状は出なかった。


   あー……。


   どうせ、思い出せはしないのだろうけれど。


   ……そんなこと、あったかも知れない。


   知れないではなくて、確実にあったのよ。
   私が記録を残しているから、確認すれば良い。


   気が向いたら……で、良いか?


   良いと、私が言うと思う?


   ……どこら辺の記録か、教えて貰えると助かる。


   面倒だから、嫌よ。


   ……だよな。


   気が向いたら、教えてあげる。


   ……気が向いたら?


   私は忙しいの。


   だな。


   自分で探して呉れても良いのよ、寧ろ、然うして。


   あたしも忙しいんだ、ちび達の鍛練のことも考えないといけないし。


   鍛練のこと、も?


   お前のことも、飯のことも、畑のことも、色々考えて、動かないといけない。


   忙しいの?


   あぁ、忙しい。


   たまに転がって寝ている時があるわよね。


   其れはあれだ、休憩中ってやつだ。


   休憩を削って、頭を使えば良い。


   休まずに頭を使い続けると、熱が出てしまうんだ。


   安心して、其の時は薬茶を煎れてあげるから。


   ……ほんのり、甘いと嬉しいなぁ。


   有り得ないわ。


   ……そんなわけだから。


   どんなわけ?


   ……記録を見るのは、また、いつか。


   いつか?


   ……見られるよう、努力はする。


   そして忘れるの、綺麗さっぱり忘却の彼方に。


   ……。


   目が泳いでる。


   ……面白いよな、目も泳ぐんだもんな。


   あなたは泳ぐ前に沈むけれどね。


   たまには浮かびたい。


   筋肉量が多いから、難しいわ。


   マーキュリーは……得意だよな。


   何、今の間は。


   間なんて、あったか?


   私は、あなたとは違う意味で、脂肪量が少ないから。


   そんなことは、言ってないぞ。


   言葉にしていないだけ。


   マーキュリーには、水の力があるから。


   魚。


   ……さかな?


   足は、尾鰭。


   足は、おひれ?


   だったのかも知れないわ。


   ……どういうことだ。


   詰まらない頭ね。


   いや、マーキュリーの足はちゃんと二本あるし……どう見ても、鰭ではないよな?


   いつかの歴代が、其の涼しい声と引き換えに、足へと変化させたのかも知れない。


   え、然うなのか。


   そんなわけないでしょう、莫迦ね。


   おー……。


   ただのお伽話。


   おとぎばなし……。


   青い星の。


   ……青い星には、そんな話もあるのか。


   架空の生き物が好きなのよ、其の中に浪漫やら伝統やらを見出すの。


   ろまん……あたしは架空の生き物より、生きて其処に居る存在の方が良いけどな。


   例えば?


   マーキュリー。


   本当、同じ答えしか返ってこない。


   と、ちび達だ。


   はいはい、然うね。


   みんな、あたしの大事な存在だ。


   もう、良いわ。


   ん、良いのか?


   私が水に浮かぶのは、躰内で水気が循環しているから。
   つまり、水の力によるものが大きい。


   お前が泳いでいる姿、また見たいな。
   動きがきれいで、しなやかで、思わず見惚れてしまうんだ。


   ずっと昔のマーキュリーは水の力を活かして、水の中で生活していたのかも知れないわ。


   ……おとぎばなし?


   ただの作り話。


   お前が若しも、水の中で生活していたら……あたしは、どうしていただろう。


   どうしようもないわね。


   ……沈むことは得意だ。


   水上に浮かばないと、溺れるけれどね。


   ……其れでも、逢いに行きたい。


   逢うことは出来るけれど、一緒に過ごすことは難しいわ。


   ……マーキュリーが水の上に、


   水上に長く居たら、空気に溺れてしまうかも知れない。


   其れは……駄目だ。


   あくまでも、ただの作り話。


   ……。


   真剣に考える必要はない。


   ……良かった、お前が水の上で生活することが出来て。


   水中で生活が出来たなら、あなたと一緒に過ごすことはなかっただろうに。


   ……お前と一緒に過ごすことが出来て、あたしはしあわせだなぁ。


   ……。


   ……う。


   勝手に、浸らないで。


   あたし、浸ってたか?


   浸ってた。


   ん、ごめん。


   ……。


   なぁ、マーキュリー。


   何。


   其の時のあたしは、マーキュリーの役に立ったか?


   其の時?


   間抜けな戦の時。


   たまには使えるのかも知れない、と思ったわ。


   ……たまに?


   あなたの無駄に大きな声も。


   あぁ。


   けれどそんな間抜けな敵、早々、居るわけがない。


   ん……確かに。


   戦闘が終了した時のあなたは、拍子抜けしていたわ。


   ……まぁ、然うだろうな。


   何が起こったのか、分からないような顔をしていて。


   己自身に気合いを入れる為、民達の士気を高める為、大きな声を出したら、何故か戦が終わっていたんだ。
   戦は終わったと、誰かに言われても、正直、意味が分からなかった。あたしは未だ、声しか出していないのに。


   おかげで、あなたは掠り傷ひとつ負わなくて済んだわ。


   まぁ、其れは良かったんだろうが。


   良かったわ、手当てをしてあげずに済んだもの。


   ……お前の耳は。


   耳鳴りが、暫くの間、続いた。


   ……お前の鼓膜まで、揺さぶってしまったんだな。


   水星は、木星の直ぐ後ろに控えていたから。


   然うだ……わりと、前に居たんだった。


   火星は横から、金星は背後から。
   前の木星はただの囮、故に。


   あたしは、ありったけの声を出したんだ。


   木星の民達にも、あなたに合わせて鬨の声を。


   其れが上手く、


   少しでも気を引くことが出来れば、其れで十分だった。


   ……気を引いたら、あとは突っ込んで暴れるだけで良い。


   酷く単純だけれど。


   いや、お前のことだから、他にも考えがあったのだろうと思う……流石に、単純過ぎる。


   ……。


   犠牲が出ることも、計算して。


   ……想定外ではなかった。


   ……。


   ただ、其の可能性は限りなく低い。


   考えもしないよな……あたしの声で、敵の動きが止まるだなんてさ。


   私以外はね。


   ……ん、お前以外は。


   はぁ。


   ……ん?


   あの子の話だったのに、あなたのせいで大幅に逸れてしまったわ。


   あの子……然うだ、メルの話をしていたんだっけな。


   あなたが大きな声を出すから。


   ん、ごめん。


   ……。


   続きを、話して欲しい。


   ……あの子は、意志の力が強いところがあるの。


   其れは、悪いことか。


   場合によっては、都合の悪いことになる。


   都合?


   ユゥのね。


   ……ちびの?


   月宮で……何かされないとは、限らない。


   ……そんなこと。


   させない?
   でも、其の時には私達は居ないわ。


   ……。


   あの子達が月宮に入る時……其れは、私達が居なくなった後。


   ……入るまで。


   少なくとも、あなたは居ない。


   ん。


   ……然うでしょう。


   ……。


   知性、知識、知恵……そして、意志の力。


   ……お前も、強いよな。


   私は、然うでもないわ。


   ……然うか?


   然うよ。


   ……然うか。


   意志の力が最も強固な者はマーズ……其れは、当代でも変わらないでしょう。


   ……あぁ、然うだな。


   ……。


   心配なのか?


   ……別に。


   ……。


   ……大丈夫だ、とは言わないの。


   お前が心配する程のことだ……悪い方に向かったら、大丈夫ではないのだろう。


   ……別に、と、言ったのに。


   意志は時に、強い力になり得る……が。


   ……思考が奪われた状態での意志の力は、厄介でしかない。


   然うなると、どうなるんだ……?


   考える力もないくせに、無駄に意志だけは強い……場合によっては、誰の言葉にも耳を貸さなくなるかも知れない。


   ……ちびの言葉にも。


   例外は、恐らくないわ。


   其れは……厄介だな。


   ……ね、都合が悪いでしょう?


   ちびの都合よりも……メルの身と心が、心配だ。


   ……あの子の心配はしないの。


   勿論、ちびの身と心も心配だ。


   ……然う。


   何か、出来ることはあるか。


   今、出来ることをすれば良い……どうせ、其れしか出来ないのだから。


   ……。


   ……良かったわね、四人で楽しめて。


   ん……?


   ……おやつの時間。


   あぁ……うん、良かった。


   ……美味しそうに食べていたわ。


   ちびの奴、悪くないな、なんて言いながら食べていたよ。


   ……ふ。


   全く、誰に似たんだろうな?


   ……私、と言いたいの?


   さぁ、どうかな。


   顔が言ってる。


   分かるのか?


   癪だけれど。


   ふふ、然うか。


   ……。


   ……マーキュリー。


   何か、淹れて。


   ……何が良い?


   何でも良いわ。


   ……何でも?


   ……。


   じゃあ……心と躰が、温まるものを。


   ……。


   其れで、良いかい?


   ……ええ、良いわ。


  13日





   ……。


   ~~♪


   ……。


   ~~~♪


   ……きれいだ。


   ん……。


   ……声。


   ユゥ……目が覚めた?


   うん……メルの歌声で。


   ……五月蠅かった?


   ううん……心地好かった。


   ……もう少し、眠る?


   ん……いや、もう良いや。


   ……ん。


   ふふ、気持ち良いなぁ……。


   ユゥ……あまり、触らないで。


   ……くすぐったい?


   くすぐったい……あ、もう。


   ……ふふふ。


   ユゥ……?


   ……ん、ごめん。


   聞いて呉れないのなら……もう、してあげない。


   ん、それは困る……。


   ……なら、あんまり触らないで?


   はぁい……。


   ……。


   ん……メル。


   ……髪の毛、そろそろ切る?


   伸びてるかな……。


   ……邪魔に思っていないようなら、このままでも良いと思う。


   んー……前髪が、少し邪魔かな。
   結構、視界に入ってくるんだ……。


   ……お師匠さんに、切ってもらう?


   師匠より、メルに切って欲しいな……。


   ……私は、お師匠さんのように器用ではないから。


   メルは、丁寧だよ……とても。


   ……丁寧なだけよ。


   丁寧だから、ちゃんと整ってる……。


   ……私は、整えるだけで精一杯だから。


   あたしは、それで良いんだ……。


   ……ん。


   メルが、精一杯、整えて呉れるだけで……其れだけで、嬉しい。


   ……でもやっぱり、きれいに揃えてもらった方が良いと思うの。


   あたし、思うんだけどさ。


   ……なぁに?


   髪を切るのも、鍛練のうちだと思うんだ。


   ……髪を切ることが、鍛錬のうち?


   あ、いや、然うじゃないな……ん、と。


   ……ゆっくりで良いわ。


   ん……ありがと。


   ……。


   ……何事も、すぐには上手に出来ない。


   髪を、切ることも。


   ……上手に髪を切るにも、日頃からの鍛練が必要になるんだ。


   でも、そんな頻繁に切ることはないわ……。


   じゃあさ……少しずつ、切ってみる?


   ……少しずつ?


   然う、少しずつ……それなら、毎日でも出来るよ。


   切ってみるって……誰の髪の毛を?


   もちろん、あたしの髪の毛だ。


   ……ユゥの、髪の毛を?


   あたしの髪の毛は長いから。
   少しずつなら、毎日だって切ることが出来る。


   毎日……は、多いと思うわ。


   然うかな。


   幾ら少しずつと言っても、そんなに切っていたら、伸びてくるのが間に合わなくなると思うの。


   それじゃあ、二日に一度だったらどう?
   これなら、良いんじゃないかな。


   ん……そんなに切って、良いの?


   メルだったら、良いよ。


   ……短く、なり過ぎてしまわない?


   まぁ、短くなっても良いんだ。
   短くなったら、頭が軽くなるだろうし。


   ……頭、重いの?


   あまり気にしたことはないけど、たまに邪魔な時がある。


   ……。


   それにさ、切ってもまた伸びてくるだろう?


   ……止まることは、ないから。


   あたしの髪の毛、伸びるのが早いような気がするんだ。
   切ったそばから、伸びてくるような気がしてさ。


   ……確かに少し、早いかも知れない。


   夜更かしをしてばかりいると伸びるのが早くなるって言うけど、本当なのかな。


   ……お師匠さん?


   ううん、先生に聞いた。


   ……ただの冗談だと思う。


   え、冗談?


   ……然ういうこと、まるで本当のことのように言うから。


   本当だと思ってた……。


   ……もう、先生は。


   じゃあさ、夜更かししてばかりいると、爪が伸びるのが早くなるというのはどうなんだろう?


   ……それも、先生?


   ううん、これは師匠。
   師匠は、先生に言われたって。


   ……然う。


   これは、本当かな。


   ……やっぱり、冗談だと思う。


   あー……。


   ……お師匠さんも多分、分かっているのだと思うわ。


   分かっていて、あたしに言った?


   ……恐らく、揶揄い半分で。


   メルは、言われたことない?


   私はないわ……先生にも、お師匠さんにも。


   ……メルだと、すぐに嘘だと分かってしまうから。


   ユゥは、素直だから……きっと、楽しいのだと思う。


   ……メルだって、素直だよ。


   私は……ユゥほど、素直ではないから。


   ……。


   ……つまらないのだと思う。


   メルは、つまらなくなんかない。


   ……ん。


   あたしは……メルと一緒に居ると、楽しい。


   うん……ありがとう、メル。


   ……。


   あ……。


   ……あたしさ。


   ユゥ……くすぐったいわ。


   ……大分、爪を気にするようになったんだ。


   うん……知ってる。


   それこそ、毎晩見るようにして……伸びていたらすぐに切って、整えて。


   ……以前は、割れるまで伸ばしてしまうことがあったけど。


   そのたびに、メルが気にして呉れて……割れてしまったら、整えて呉れて。


   ……爪が剝がれてしまったら、大変だから。


   うん……その話を聞いた時、思わず爪を抑えちゃった。
   あまりにも、痛そうで……ごはんも、まともに作れなくなっちゃうって。


   ……伸びてくるまで、保護してあげなければいけない。


   爪が剥がれてしまうと、力が入らなくなっちゃうんだよね……。


   ……どうしても、痛むから。


   師匠は何度も、それこそ数えることを止めてしまうくらいに、剥がれたことがあるって言ってた。


   ……。


   その度に、自分で処置をして……堪えてたって。


   ……先生が傍に居ない時は、自分でするしかなかったから。


   処置の仕方は、先生に教わったと笑いながら言っていた。


   ……お師匠さんは、笑うのよね。


   あたしは痛みを想像して、爪を抑えているのに。


   ……。


   なんだお前、しかめ面をしてるぞ、なんてさ。
   そりゃあ、顔もしかめたくなると思うんだよ。


   ……うん、分かるわ。


   師匠ぐらいだよ、笑い話に出来るのは。


   お師匠さんだけではないわ……先生も、薄く笑っていたから。


   ……先生も?


   私に話して呉れた時に……うっすらと、だけど。


   ……先生も、あるのかな。


   ん、あるみたい……。


   ……マーキュリーは基本、後ろに居ることが多いんだろう?


   基本的には……だけど、いつも後ろに居たわけではなかったみたいだから。


   マーキュリーが、前に立つ……。


   ……いつだって、不測の事態は起こり得る。


   ……。


   してはいけないのは……其れを、想定外だったとすること。


   ……あらゆる可能性を、考える。


   それもまた、マーキュリーの務めのひとつ。


   ……マーキュリーの、務め。


   マーキュリーから、思考を取ってしまったら……きっと、何も残らない。


   ううん、そんなことはない……だって、マーキュリーは強いから。


   ん……。


   ……強いんだ、水の力は。


   ユゥ……。


   ……然う、師匠が言ってた。


   ……。


   あたしも……然う、思うよ。


   ……先生は、然うでも。


   メルも、然うなる。


   ……私は。


   だって、もう強いから。


   ……もう?


   うん……強いよ、メルは。


   ……筋力や躰力は、到底、ユゥに敵わないわ。


   強さは、其れだけではないさ……。


   ……水の力以外に。


   メルが持っているのは、水の力だけじゃない……。


   ……。


   ん……ちょっと、手が届かなかった。


   ……少し前屈みになれば、届く?


   良い……?


   ……ん。


   ふふ……ありがと。


   ……。


   メルには……この頭がある。


   ……頭。


   知性、知識、知恵……色々なものが、あたしよりもずっと、詰まってる。


   ……つまり、思考力。


   とは、ちょっと違う。


   ……違う?


   と、思う。


   ……。


   んー……なんて、言えば良いのかな。


   ……ユゥだって。


   兎に角、あたしはメルに敵わない……足元にも、及ばないんだ。


   ……先生が、言っていたわ。


   なんて?


   ……ユゥの知力が、上がってきていると。


   それは、多分……ジュピターとして、だと思うんだ。


   ……ジュピターとして?


   うん……それはつまり、マーキュリーのようにはなれないということなんだ。


   ……マーキュリーが、ジュピターのようにはなれないように。


   ……。


   ……ユゥ。


   お互いを、支える……異なる、力で。


   ……異なる力だからこそ、支え合える。


   師匠と……。


   ……先生の、言葉。


   メルは、強くなる……これから、もっと。


   ……ユゥも、もっと。


   そして、守るんだ……メルのこと。


   ……私も守りたい、ユゥのこと。


   メル……。


   ……今は、だめ。


   ん……そっか。


   ……。


   それにしても……メルの頭の形は、かわいいな。


   ……。


   いつだって、まぁるくて……かわいい。


   ……頭の形は、変わらないから。


   ふふ……。


   ……ユゥ、そろそろ。


   ずっと、撫でていられる……。


   ……姿勢が。


   ん、然うだね……ありがとう、メル。


   ……ううん。


   ふぅ……。


   ……。


   今日も、良い空気だね……。


   ……ん、然うだね。


   ……。


   ……。


   ……先生と師匠は、ずっと。


   ふたりで支え合って、戦ってきた……。


   ……数え切れないくらい。


   それを物語っているものが……躰のひび。


   ひび……師匠の躰には、いっぱいあるんだ。


   ……私には見せようとしないけれど、先生の躰にも。


   いつか、先生と師匠は……。


   ……その時は、必ず来ると。


   だけど、今すぐ壊れたりはしないよね……師匠は、まだまだ、元気だし。


   ……。


   メル……。


   ……うん、今すぐではないと思う。


   ……。


   ……ユゥ?


   師匠は……たまに、鬱陶しく感じるけど。


   ……。


   ううん……やっぱり、なんでもない。


   ……なんでもない?


   うん……。


   ……然う。


   ごめん、メル。


   ううん、良いの……気にしないで。


   ……ねぇ、メル。


   なぁに……ユゥ。


   ……爪、見せて。


   爪……?


   うん……メルの爪が、見たくなった。


   ……ん、分かった。


   ありがとう……。


   ……どちらの手でも良い?


   ん……右手でも、左手でも。


   ……じゃあ、右手。


   右手……書き物をする方の手だ。


   ……それから、匙を持つ方の手。


   あたしの頭を、優しく撫でて呉れる方の手……。


   ……それは、左手の時もあるけれど。


   どちらも、好きだ……。


   ……知ってる。


   ふふ……うん。


   ……。


   ……メルの爪、いつだって整えられていてきれいだ。


   伸びていたら……あなたを、傷付けてしまうかも知れないから。


   ……傷付ける。


   その……触れる時に。


   メルに……触れるようになってからは。


   ……。


   メルを、傷付けたくないから……すごく、気にするようになった。


   ……う、ん。


   短めに、切って……。


   ……切り過ぎないように。


   いつも、気を付けて。


   ……。


   ……メルの手は、ちいちゃいな。


   爪を見ていた筈なのに……。


   ……はは。


   ユゥの手は、大きい……。


   ……うん。


   ……。


   ……。


   ……お師匠さんは。


   師匠……?


   ……ずぅっと前から、先生の髪の毛を切っていたみたい。


   今でも、切ってる……。


   ……先生は放っておくと、自分で切ってしまうから。


   切り過ぎても、左右が違っても、気にしない……。


   ……無頓着だから。


   師匠は、上手に髪の毛を切る鍛練も積んだんだ……。


   ……私の髪の毛も切って呉れたの。


   うん、然うだった……。


   ……私も、鍛練を積めば。


   メルに切って欲しいなぁ。


   ……頑張ってみる。


   楽しみ……。


   ……あまり、しないで。


   分かった……程良く、楽しみにしてる。


   ……もぉ。


   ははは……。


   午後からは、先生の講義だから。


   ん。


   眠らないように。


   大丈夫……メルの膝枕で、軽くお昼寝をしたから。


   ……。


   ……へへ。


   お師匠さんが、とびきり美味しいおやつを作って呉れると言っていたわ。


   ん……然ういや、言っていたな。


   ……家に、戻りましょう?


   んー……どうしようかな。


   ……食べたくないの?


   食べてあげても、良い。


   ……先生みたいに。


   食べたいって、意味だよ。


   ……知ってる、いつも聞いているから。


   ……。


   ……起きる?


   ん、起きる。


   ……。


   おはよう、メル。


   ……おはよう、ユゥ。


   今度、一緒に歌おう。


   ……うん?


   メルが高音で、あたしが低音。
   曲は、なんでも良い。


   ……ん、今度ね。


  12日





   ん~~んん~~♪


   ……。


   ん~~~んん~~♪


   ジュピター。


   ん?


   機嫌が良いのは十分過ぎる程に分かったから、続きは外で。


   マーキュリー、出来るまでは部屋に居るんじゃなかったのか?


   部屋から出て来てはいけないとでも?


   そんなことは、全然ないな!


   出来たところで、出て来るとは限らないけど。


   然うしたら、迎えに行く。
   もう直ぐ、出来るぞって。


   其れ、出来ていないじゃない。


   ははは。


   其れに、迎えに来たからと言って出て来るとは限らない。


   迎えに行けば、お前は屹度、出て来て呉れる。


   強引に、引き摺り出すと。


   いや、お前はあくまでも、お前の意思で。


   はぁ。


   若しかして、腹が空いたのか。


   いいえ、空いていないわ。


   匂いに釣られて、


   来るとでも?


   今は、ないか。


   然う然う、ないわ。


   たまに、釣られて呉れるんだ。


   たまに、釣られてあげるだけ。


   今回も、実は


   ない。


   ん、然うか。


   歌わないで。


   うん?


   あなたのご機嫌な歌声が、私の部屋まで聞こえてくるの。


   そんなに大きかったか?


   大きいから、聞こえてきたのでしょう。


   済まない、ならばもう少し抑えよう。


   歌わなければ良いだけの話。


   もう、歌っては駄目か。


   歌うなら、外で。


   もう直ぐ、出来るんだ。


   だから?


   出来るまで、目は離せない。
   目を離したら、焦がしてしまう。


   ならば、出来るまで歌わないで。


   どうしても、駄目か。


   そんなに歌いたいの?


   あぁ、そんな気分なんだ。


   其れはご機嫌なことで。


   久しぶりに


   でも、迷惑。


   う。


   ……。


   部屋にはもう、戻らないのか。
   若しも戻るんだったら、あとで呼びに行くぞ。


   其れは、邪魔だから戻れと言いたいの。


   いや、そんなつもりは全くない。
   居て呉れると、嬉しい。寧ろ、居て欲しい。


   ……はぁ。


   マーキュリー。


   何か、冷たいものでも淹れて。


   応、任せろ。


   ……。


   何か、希望はあるか?


   ……程良く甘くて、すっきりしたもの。


   程良く甘くて、すっきりしたものか。


   甘さの種類は、あなたに任せるわ。


   其の言い方だと、砂糖の甘味が欲しいわけではなさそうだ。


   然うかしら。


   其の顔は……混ざり物がない、お茶本来の甘味を欲しているように見える。


   顔で分かるの。


   いや、当てずっぽうだ。


   本当、いい加減なひと。


   はは。


   仮に私が砂糖の甘味を求めていないとして、あなたはどんなお茶を淹れて呉れるの。


   然うだな、甘草と薄荷を混ぜたものなんてどうだい?
   甘草の甘さと薄荷の爽快さが、今のお前に合っていると思う。


   甘草の甘味は、全く、程良くはないわね。


   ちょっと甘過ぎるか。


   大分、甘い。
   あの子達の薬茶に混ぜてあげる程に甘い。


   たまには、あたしの薬茶にも入れて


   あなたは子供ではないから。


   あたしも、たまには甘い方が良いな。
   其の方が


   考えておく、甘草の他には?


   其れじゃあ、豆の葉茶に薄荷はどうだ?
   此れならば、甘草よりは甘くないだろう。


   ……。


   ん、此れも駄目か。


   其れに、甘草をほんの少しだけ混合して。


   みっつを良く混ぜるんだな、うん、分かった。


   甘草は、あくまでも、少なめで。


   応、任せろ。
   甘草が多いと、独特なにおいが強くなってしまうからな。


   其れもあるけれど、強い甘味は求めていないの。


   求めているのは、程良い甘さ、だ。


   ええ、然うよ。


   少し、待って呉れるか?


   嫌よ、直ぐに飲みたいわ。


   分かった、ならば直ぐに。


   と、言いたいところだけれど。
   仕方ないから、其の子が出来上がるまで待っていてあげるわ。


   ありがとう、こいつが出来上がったら直ぐに淹れる。


   別に、お礼なんて要らないの。


   ふふ、然うか。


   ……。


   折角だから、ちび達にも淹れてやろうかな。


   ……淹れてあげれば、折角だし。


   良し、其れならば四人で


   私はひとりで良いわ。


   お前の分もあるんだ。


   何が?


   おやつ。


   であるならば、ひとりで食べるわ。


   まぁ、然う言わずにな?


   部屋に戻って、午後からの講義の支度をしたいの。


   ん、講義に支度が要るのか?


   まさか、要らないと思っていたの?


   お前のことだから、支度なんてしなくても出来るものだと思ってた。


   まぁ、出来ないこともないわ。


   だよな。


   けれど、支度をしておいた方が良いこともあるのよ。


   へぇ、然うなのか。


   あなただって、一応は考えているでしょう。


   何を?


   鍛練の内容。


   あー……一応は、考えているな。


   其れと同じよ。


   うん、支度は大事だな。


   最近は、特に。


   最近?


   あなたのちびも、頭の練度を上げてきているから。


   ちびの?
   メルではないのか?


   今となっては、あなた以上。


   ちびがか?


   忘れているようだけれど、ジュピターにはマーキュリーの因子が組み込まれているのよ。


   と言っても、僅かだろう?
   其処まで、表に出て来るものなのか。


   中には然ういう個体も居ると言うことよ。


   ちびが、マーキュリーの……。


   あなたにも組み込まれている筈なのだけれど、何処へ行ってしまったのかしら。


   あたしの中にもちゃんとあるぞ。
   読み書きも計算も、ちゃんと出来るからな。


   「ちゃんと」を二回言っている。


   敢えて、だ。
   此れを強調と言うんだろう?


   今更。


   ん。


   大体、あなたの場合はうっかりの可能性が高い。


   いや、今回はたまたま……。


   矢っ張り、うっかりね。
   或いは、無意識。


   無意識のうちに、強調したかったんだ。


   はぁん、然う。


   は、はぁん?
   なんか新しいな?


   たまたまよ。


   然うか、たまたまか。
   まぁ、然ういうこともあるよな。


   あなたとは違うけれど。


   なぁ、マーキュリー。


   なぁに、ジュピター。


   休憩も、必要だと思うんだ。


   知っているわ、だからこそ、ひとりで休憩するの。


   ちび達もお前が居た方が喜ぶぞ。


   寧ろ、私達は居ない方が良いと思うわ。


   あたし……達?


   然う、私達。


   其れは、どうしてだ?


   どうもこうもない。


   うん?


   今のあの子達は、ふたりで居たいという気持ちが強い。


   其れは、分からなくもないが……でも、四人が嫌なわけではないだろう?


   嫌と言う感情に、近いかも知れないわよ。


   え、なんでだ?


   どうやら、多感な時期らしいから。


   た、かん?


   多感、多くを感じ、多くを考える時期。
   感情や感覚が鋭くなっている、とも言えるわ。


   ちび達には、そんな時期があるのか?


   あるみたいね。


   あたしには、なかったぞ。


   私には、あったわよ。


   ……。


   なぁに、其の顔は。


   ……お前にも、あったのか?


   あってはいけないの?


   いけなくはないが……あったんだなぁって。


   纏わり付くあなたが、ひたすら鬱陶しかった。


   其れは、多感だったからなのか?


   然うだと言ったら?


   お前があたしを鬱陶しがってたのは、いつも通りだと思っていた。


   いつも通り?


   いつも通りだから、大して気にしてなかった。


   は?


   いや、少しは気にしたぞ。
   お前が嫌がるようなことは、したくなかったからな。


   していないわね。


   全くしていないわけじゃない、此れは本当だ。


   ふぅん……然う。


   機嫌が悪い時は、敢えて、明るく声を掛けるようにしてたんだ。


   ……嫌われないように、敢えて、声を掛けないと言う選択肢はないのよね。


   放っておく方が良くないと思ったから。


   自分にとって?


   お前にとって、とは、言えない。
   多分、烏滸がましいだろうから。


   へぇ、少しは頭が回るようになったわね。


   やった、褒められた。


   褒めてはいない。


   ……然うか。


   私は、放っておいて欲しかったの。
   誰とも、関わりたくなかった。


   ……機嫌が悪いお前に甘いお茶を淹れると、刺々しい雰囲気が柔らかくなった。


   要らないと言うのに、勝手に淹れて呉れて。


   飲みたくなければ、飲まない。
   然ういう選択肢も、お前にはあったと思う。


   あったわね。


   だけどお前は、大体、飲んで呉れたんだ。


   仕方ないから、飲んであげただけ。


   嬉しかった。


   あなたは、単純だから。


   あたしはあの頃からずっと、単純なままだ。


   ……本当にね。


   だから……嫌われるのだけは、嫌だった。


   ……嫌うことは、しないわ。


   ん。


   其れよりも、無関心。一切の感情を向けない。
   つまり、あなたと言う存在をないものとする。


   ……無視、か。


   いいえ、無視にも当たらないわ。
   あなたと言う存在は、私の中から消え失せてしまうのだから。


   其れは……嫌われるよりも、辛いな。


   嫌うということは、感情があなたに残っているということになる。無視するということは、あなたの存在を認めていることになる。
   無関心であれば、あなたの存在に気を掛けることはない。当然、感情もない。


   ……。


   想像して、辛くなった?


   ……すごく、なった。


   まぁ、もうどうでも良いけれど。


   ……無関心に、なることは。


   ふ。


   ……はぁ、良かった。


   ……。


   ……マーキュリー。


   あの頃は、考えてもいなかった。


   ……何を?


   ふたりで子供を育てることになるなんて。


   あぁ、あたしも思わなかったよ。


   あなたは、何も考えていなかったもの。


   お前のことは考えていた。


   私のことを考えて、其の日を生きる。


   其の日を生きなければ、明日がない。明日がなければ、其の先もない。
   だから、其の日を目一杯、生きようとしていたのかも知れない。


   今は?


   今も、其れは変わらないよ。


   全く?


   考えるものにちび達が加わったから、ふたりだった頃よりもちょっと忙しくなったかな。


   ……私のことは、省いて呉れれば良いのにね。


   其れは無理だ。


   ……はいはい、然うよね。


   ん、そろそろ良いかな。


   出来たの。


   多分、出来ていると思う。
   然うだ、味見をしてみるかい?


   味見が必要なものなの?


   料理に味見が必要ないものなんてあまり、と言うより、ほぼないよ。


   こんなに長い間、作っていても。


   こんなに長い間、作っているからこそ。


   重要だと、考える。


   美味しくないものを、お前達に食わせるわけにはいかない。


   ……特に、あの子には。


   ちびか?


   あの子も、大分上達したわ。


   あたしの教え方が良いからな。


   然うね。


   お。


   そして、追い抜かれるのよ。


   然うだとしても、其れはあたしが居なくなってからだ。


   居なくなれば、追い抜かれても良いのね。


   もう、居ないからな。


   あぁ、然う。


   ずっと、メルに美味いものを食わせてやって欲しいと思っている。


   あの子は良いの?


   勿論、ちびもだ。ふたりでずっと、美味いものを食って欲しい。
   どうしようもない時以外に、完全栄養食なんて不味いものは食って欲しくない。


   ……お腹に入ってしまえば、どれも同じ。


   寧ろ、そっちの方が偏りは少ないのだろう。


   ……然うね。


   だとしても、食うのなら矢っ張り、美味い方が良い。


   ……心が、満たされるから。


   ふたりで楽しく食えば、尚の事だ。


   ……私達のように。


   あぁ、あたし達のように……て、ん?


   ……。


   マーキュリー、今の言葉をもう一度、


   で、何を味見すれば良いの。


   ……もう、一度。


   しなくて良いのなら、しないわよ。


   ……して呉れたら、嬉しい。


   其れで?


   今日のおやつは、豆乳の蒸し菓子なんだ。


   蒸し菓子?


   冷やしても出来るが、今日は蒸してみたんだ。


   ……目を離しても、焦げないわね。


   菓子は焦げないが、お前が作って呉れた蒸し鍋は焦げる。


   ……。


   今でも、大事にしてるんだ。


   知ってるわ。


   出来れば、ちびに渡したいと思っている。


   ……あの子も、使っているけれどね。


   あたしが居なくなった後も。


   ……重いわね。


   ん、然うか?


   ……あの子が新しいものを用意するかも知れない。


   あぁ、其れも考えられるなぁ。


   ……然うなったら、其れは。


   だけど多分、其れまでは使って呉れるだろう。


   ……。


   わりと、物を大事にするんだ。


   ……あなたに似ているわ。


   だろう?


   ……次の代なんて、見ることはない。


   ん。


   先代のようにはならないと、思ってはいたけれど。


   ……次の代なんて、本当に考えたことなかったな。


   ……。


   ……出来れば、四人で食べたいなぁ。


   声は掛けるのでしょう。


   ん、掛ける。


   一緒に食べて呉れると良いわね。


   あぁ、食べて欲しいな。


   ……。


   お前も、一緒に。


   其れは、此れからする味見の結果次第ね。


   ……味見の?


   美味しくなかったら、お茶だけ持って部屋に戻るわ。


   美味しかったら。


   考えてあげても良い。


   ん、分かった。
   直ぐに用意する。


   ……。


   今回は、焦糖を掛けてみたんだ。


   つまり、其の味見もするのね。


   あたしもしたけど、お前にも見て欲しい。


   どうせ、することになるでしょう。
   蒸し菓子に、掛かっているんだもの。


   ふふ、然うだな。


   お茶は、あまり甘くない方が良いわ。


   おっと、然うだった。
   お茶も淹れよう。


   早くね。


   応。


   ……。


   じゃあ、頼む。


   ……ええ、頼まれてあげる。   


  11日





   ん~~♪


   ……。


   ふ~~♪


   ……ユゥ。


   ん。


   ……食卓、ふき終わったわ。


   ありがとう、メル。
   そしたら、


   だから。


   うん?


   次は……ユゥが洗ったものを、ふかせて。


   いいの?


   うん……やらせてほしいの。


   お勉強、しててもいいよ。


   ううん……もっと、ユゥのお手伝いがしたいの。


   もっと?


   うん……もっと。


   そっか。ん、分かった。
   じゃあ、おねがいするね。


   ……うん。


   メルがふいてくれると、ぴかぴかになるんだ。


   ……いつだって、ぴかぴかだから。


   え?


   ……ユゥが、洗ったものは。


   ぴかぴか?


   私は、ぴかぴかになったものをふいてるだけで……だから、私がぴかぴかにしてるわけじゃないの。


   んーん、そんなことないよ。


   ……ない?


   うん、ない。


   ……。


   メルがふいてくれると、もっとぴかぴかになるんだ。


   ……そう、なの?


   そう、だよ。


   ……。


   へへ。


   ……ユゥは。


   うん。


   ……私たちの家の食器も、いつもきれいにしてくれるの。


   あたしね、すきなんだ。


   ……すき?


   ぴかぴかになるのと、ぴかぴかにするの。


   ……。


   きれいにするのは、たのしいし、きれいになると、うれしい。


   ……たのしくて、うれしくて、すき。


   メルは、どう?


   私は……考えたこと、ない。


   ん、そっか。


   ……でも。


   でも?


   ……ユゥといっしょだと、楽しいのだと思う。


   ふふ、あたしもメルといっしょだとたのしいよ。


   ……ひとり、より?


   うん、ふたりのほうがたのしい。
   おはなししながら、できるし。


   ……。


   豆乳の煮込み、おなべいっぱい作ったのに、ぜんぶ、きれいに食べちゃった。


   お師匠さん……おかわり、大皿で三杯してたわ。


   先生とメルの分まで、食べちゃうかと思ったよ。芋なんて、もりもりよそってさ。
   それから、お豆もたくさんよそって。メルと先生が、おかわりするかもしれないのに。


   ……たまたま、よそれてしまったのかもしれないわ。


   あれは、たまたまじゃないと思うな。
   うまいうまい、言ってたし。いつもは、言わないのに。


   私たちは……中皿に一杯で十分だから。


   ずっと、思ってたんだけど。


   ん、なぁに?


   それだけで、お腹すかないの?


   ん、平気……朝まで、空かないわ。


   芋も、あまり食べないよね。


   ん……お芋は、お腹にたまるから。


   たまる?


   大きなものだったら……それひとつで、いっぱいになっちゃうの。


   ひとつ……。


   けど、小さなものだったら、ふたつくらいは食べられる。


   今日はね、小さい芋も入れたんだ。
   メルと先生が、食べやすいように。


   ……だから、みっつも食べちゃった。


   みっつ?


   どのお芋も……一口大のもの、だったけど。


   ふふ、そっかぁ。


   ……やわらかくて、とても、おいしかった。


   お腹いっぱいに、なった?


   ……ん、なった。


   師匠みたいに、食べすぎにはならなかった?


   ……少し。


   なったの?


   ……でも、お師匠さんほどではないけど。


   食べすぎると、こなれるまでたいへんなんだ。
   こなれるまで、ちょっとくるしいから。


   ちょっとなの?


   うん、ちょっと。


   ……もしも、それ以上、食べたら。


   ちょっとじゃ、ないかも。


   ……あまり、食べすぎないでね。


   うん、食べすぎない。
   食べすぎたら、お腹がこわれちゃうかもしれないから。


   ……うん。


   師匠に、言われたんだ。


   ……なんて?


   おまえはまだ、あたしのように食べちゃだめだって。
   お腹がいたくなったら、先生の、にがくてしぶいくすり茶を、のまなきゃいけなくなっちゃうから。


   ……薬茶は、おいしいものではないから。


   あたしも、師匠のように食べられるようになりたいなぁ。


   ……なりたいの?


   いっぱい食べて、大きくなって、つよくなって、メルをまもるんだ。


   ……。


   師匠のように、メルをまもりたい。


   ……私を、守ってくれるの。


   うん、まもるよ。


   ……。


   ぜったい!


   ……ありがとう、ユゥ。


   うん!


   ……私も、ユゥのこと。


   はい、メル。


   ……え。


   ふいてくれる?


   ……ん、まかせて。


   へへ。


   ……守りたい。


   ん、なんだい?


   ……えと。


   メル?


   ……もう、歌わないの?


   え?


   ……私が来るまで、楽しそうに、歌っていたから。


   ん……。


   ……ずっと、楽しそうだなぁって。


   あたし、たのしそう?


   ……鼻歌を、歌っていたから。


   はなうた…。


   ……歌声が、とても楽しそうだったの。


   あたし、うたってた?


   ん……歌ってた。


   ふぅん、そうなんだ。


   ……もしかして、無意識だったの?


   むいしき?


   えと……いしき、してないこと。


   いしき……。


   ん……自分が、何をしているか、分かっていること。


   自分が、なにをしてるか……今は、なべをあらってる。


   ……さっきまでは、鼻歌を、歌いながら。


   んー……いしき、してなかったかも。


   ……本当に、楽しそうだったの。


   そんなに?


   ……ごきげん。


   ごきげん……それ、師匠によく言われるやつだ。


   ……お師匠さんも、ごきげんだと歌を歌うことがあるの。


   うん、師匠もよくうたってる。
   そういうときは、いつだって、たのしそうなんだ。


   ……楽しいと、つい、歌ってしまうって。


   それ、師匠?


   ん……お師匠さんが、言っていたの。


   やっぱり、そうなんだ。


   ……やっぱり?


   メルは、師匠とよくはなしてるよなぁって。


   ……そう、かしら。


   うん、はなしてるよ。


   ……。


   いしき、してない?


   ……ん、してなかった。


   ねぇ、メル。
   きいてもいい?


   ……なぁに?


   師匠とはなすと、たのしい?


   ……え。


   あたしには、たのしそうに見えるんだ。


   ん……たぶん、たのしいと思う。


   たぶん?


   ……まだ、よく分からないの。


   そっか。


   ……ごめんなさい。


   ううん、いいんだ。


   ……。


   じゃあさ。


   ……うん。


   あたしと、どっちがたのしい?


   ……ユゥと?


   あたしと師匠、どっちがいい?


   ……どうして、そんなことをきくの。


   どうして?


   ユゥと、お師匠さん……どっちがいい、なんて。


   メル……?


   ……そんなこと、聞かれても。


   あ。


   ……どう答えていいか、分からない。


   ご、ごめん、メル。


   ……。


   も、もう、きかないよ。
   ごめんね、メル。


   ……私こそ、ごめんなさい。


   ううん、メルはわるくないよ。
   きいたあたしが、わるいんだ。


   ……。


   メル……ほんとうに、ごめんなさい。


   ……わたしは、だいじょうぶ。


   だいじょうぶ……?


   ……ん、だいじょうぶ。


   そっか……よかった。


   ……ユゥは、だいじょうぶ?


   あたしは……うん、だいじょうぶ。


   そう……よかった。


   ……。


   ……感情は、私にはむずかしい。


   んー……。


   ……ごめんね、こんなことを言って。


   メルは、わらってるんだ。


   ……わらって?


   あたしとはなしていても、師匠とはなしていても。


   ……。


   それから、先生とはなしていても。


   ……先生と?


   うん、メルはわらってるよ。


   私……先生にも、笑えてる?


   ん、わらってる。


   ……。


   メル?


   ……私、ずっととぼしくて。


   とぼ、し?


   ……表情が、なかったの。


   ひょうじょうが、ない?


   ……ひとみは、うつろで。


   メルが?


   ……笑うことなんて、しなかった。


   えー……。


   ……ユゥは、おぼえていないかもしれないけど。


   あたしにも、そうだったの?


   ……そうだったと思う。


   ……。


   自分では、分からないから。


   ……分からないのに、どうして、しってるの。


   先生と、お師匠さんが


   ふたりが、メルに言ったの?


   ううん……言葉には、してない。


   ことばには、してない?


   ……だけど、なんとなく、分かったの。


   なんと、なく?


   ……ふたりの、表情を、見ていたら。


   えと……ふたりは、どんなひょうじょうをしてたの。


   ……言葉には、出来ない。


   ん。


   ……でも、分かったの。


   そっか……。


   ……ねぇ、ユゥ。


   なぁに。


   私……今、どんな顔してる?


   今は、わらってない。


   ……そう、よね。


   でも、今はわらわなくてもいいと思う。


   ……。


   今、わらってたら……え、と。


   ……無理、してるよう?


   むり……。


   ……しぜんじゃ、ない?


   しぜん……うん、しぜんじゃない。


   ……。


   だから、わらわなくて、いいんだ。


   ……もうひとつ、聞いてもいい?


   うん、いくつでもいいよ。


   ……笑ってないけど、表情はある?


   ん、あるよ。


   ……どんな?


   どんな……。


   ……自分では、全然分からないの。


   んんー……。


   ごめんなさい……もしも、言いづらかったら。


   ……。


   ユゥ……?


   ……なきそう、だ。


   なき、そう?


   ……うん、なきそう。


   なきそう……泣く。


   ……なくと、目から水が出てくる。


   なみだ……?


   そう……なみだ。


   ……。


   ……あんまり、見たくない。


   そうなの?


   ……なんとなく、そう思う。


   ……。


   メルは……ひょうじょうが、ないわけではないよ。


   ……う、ん。


   ……。


   ……私、ユゥの鼻歌が、好き。


   すき?


   ……きっと。


   じゃあ……メルも、いっしょにうたってみる?


   ……私も?


   うん、あたしといっしょに。


   ……私は、歌えないと思う。


   うたえない?


   え、と……私は、聞くだけで。


   うたいたくなったら、おしえて。


   ……。


   そしたら、いっしょにうたおう?


   ユゥ……うん、分かった。


   やくそく、する?


   ……ん、やくそくする。


   へへ、やった。


   ……うれしい?


   うん、うれしい。


   ……。


   あ、わらった。


   ……笑った?


   うん、わらってる。


   ……きっと、私もうれしいから。


   そうだったら、いいな。


   ……そうだと、思う。


   ふふ……うん。


   ……ねぇ。


   なんだい?


   ユゥが、鼻歌を歌っていたのは……もしかして、うれしかったから?


   うん、そうかも。
   うれしかったし、今もうれしいから。


   ……今も?


   四人でごはんを食べて、四人でお茶を飲んで、それから、メルといっしょにいて。


   ……それだけ?


   それだけ?


   ……お師匠さんに、おいしいって。


   ……。


   おいしいって、言われたことは……入って、いないの?


   ……。


   ユゥ……?


   ……はいって、る。


   ……。


   で、でも、なんで、師匠は言ったんだろ……いつもは、言わないのに。


   ……それは、ユゥが作った豆乳の煮込みがおいしかったからだと思う。


   かみつれの、お茶だって……いつもだったら、悪くないなって言うのに。


   ……かみつれのお茶も、おいしかったから。


   んん。


   ……信じられない?


   よく、分かんない。


   ……。


   あしたは、言わないかも。


   ……言うかも、しれない。


   ……。


   ……よかったね、ユゥ。


   よかったの、かな。


   ……よくない?


   よくなくは……ない


   ……お師匠さんは、こうも言っていたわ。


   なんて?


   ……これで、満足するな、と。


   ……。


   ……もっと、おいしいものを。


   作れるように、あたしはなる。


   ……。


   なるよ、メル。
   もっともっと、おいしいものを作れるように。


   ……ユゥならきっと、なれる。


   だから……これからも、食べてね。


   ……ん、食べるわ。


  10日





   はぁ……ちと、食い過ぎたかな。


   ……明らかに、食べ過ぎ。


   ん、マーキュリー?


   外になんて出て、何をしているのかしら。


   様子を見に来て呉れたのか。


   ただの気紛れ、他意はないわ。


   外の空気が吸いたかっただけだよ。
   落ち着いたら、家の中に戻る。


   然う。


   心配


   は、別にしていない。
   そんなことだろうと思っていたから。


   はは、然うか。


   ……。


   寒くないか。


   其の言葉、其のまま返すわ。


   あたしは大丈夫だ、体温が無駄に高いから。


   ……食事を済ませた後だから、余計にね。


   腹がいっぱいになると、躰が熱くなるんだよな。


   ……単純な躰ね。


   本当にな。


   ……。


   マーキュリー、若しも寒いのなら。


   必要ないわ。


   ん。


   其れよりも、己のお腹の心配をしたら?


   んー……まぁ、大丈夫だろう。
   放っておけば、其のうちこなれる。


   ……いっそのこと、痛くなってしまえば良いのに。


   然うしたら、腹に良い薬茶を煎れて呉れるか?


   ……とびきり渋くて、苦いものをね。


   お……其れは、なかなか大変そうだ。


   当然、一滴も残さずに飲むこと。


   でないと、効き目が薄くなる、だな。


   ええ、然うよ。


   だけど、飲まなくても良さそうだ。
   ありがとう、マーキュリー。


   ……本当に大丈夫なのかしら。


   今のところ、痛くなりそうな気配は感じないんだ。


   なんて言っていると、唐突に痛くなるのよね。
   なんせ、お腹には胃と腸があるから。


   どっちかが、痛くなる?


   其の可能性は、零ではない。


   ……此のまま、痛くならないで呉れよ。


   何をしているの?


   お腹を、さすってる。


   見れば分かる。


   暫くの間、こうしていれば……寝るまでには、すっかり元通りだ。


   ……あぁ、然う。


   応。


   ……寝るまでに、空かなければ良いわね。


   其れは……ないとは、言えないな。


   然うならない為に、さっさと寝るべき。


   ん、今夜は然うするか。


   けれど若しも、空いてしまったらどうするの。


   然うだな……其の時は取り敢えず、果実でも軽く食っておこうかな。


   其れで、小腹を満たせると?


   寝る前の腹に、重たいものを入れるべきじゃないからさ。


   お腹が空いて、眠れなくなるかも知れない。


   はは、然うだなぁ。


   ……。


   腹が空く……いや、餓えてしまうと、寝るどころじゃなくなってしまうんだ。


   ……だから、食べられる時に目一杯食べてしまう癖がついた。


   食ったところで、長くは続かないんだけどな……時が経てば、必ず、腹は空く。


   ……本当、面倒だわ。


   ん……マーキュリー?


   ……膨れているわね。


   あぁ……腹がいっぱいなんだ。


   ……調子に乗って、食べ過ぎるから。


   と言っても、今回は三杯しか食ってないぞ。


   大皿に、何も考えず莫迦みたいによそるから。


   思えば、芋をよそり過ぎたのかも知れないなぁ。
   芋はほら、少し食っただけでも腹に溜まるからさ。


   私は、ひとつで十分。


   小芋だったらふたつ、だよな。


   一口大ならばね。


   一口大だけど、二口で食べる。


   何口で食べようが、私の勝手でしょう?


   うん、お前の勝手だ。


   いちいち、ひとが食べているところを見ていないで。


   芋を頬張るお前が


   鬱陶しいこと、此の上ない。


   ……応。


   はぁ……。


   ……マーキュリー。


   今日の煮込みには大小、どちらも入っていたわ。


   ……。


   ……お芋。


   あぁ……入っていたな。


   ……煮崩れ、していなかった。


   ん……美味く、出来ていた。


   ……お豆も、悪くなかったわ。


   だな……。


   ……故に、食べ過ぎ。


   仕方ない……よそったら、入っていたんだ。


   ……良く言うわ。


   はは……。


   ……あの子達は、中に居る。


   ちび達……今、何をしてる?


   あなたのちびは、食後のお茶の支度を。
   うちの子は、其のお手伝い。


   ふふ……然うか。


   花のお茶を淹れるみたいね。


   花……加密列か?


   あれには、胃腸を整る作用がある。
   今のあなたには、まさにうってつけ。


   ん……其れは、良いな。


   だけど、あなたはそんなお腹で飲めるのかしら。


   今は難しいが、もう少し経てば飲める。


   もう少しって?


   四半刻ってところか。


   然う。


   お前も


   私は、そろそろ帰るわ。


   ……え。


   家に帰る。


   其れはお茶を飲んでから、だよな?


   いいえ。


   もう帰るのか、未だ、食べ終わったばかりだぞ。


   食べ終わったから、帰るのよ。


   もう少し、ゆっくりしていかないか。


   来てあげたのだから、もう十分でしょう。


   だけど、食後のお茶を飲んでいない。


   飲みたくなったら、自分で淹れて飲むから。


   今頃、ちび達が張り切って支度をしていると思うんだ。
   お前が帰ったと知ったら、屹度、残念がる。


   私は帰るけれど、あの子は未だ居るわ。
   三人でどうぞ、ゆっくりと楽しんで。


   あたしはお前を入れた四人で楽しみたいし、ちびだって其のつもりでいるだろう。


   帰りは、ひとりでも問題ないけれど、良かったら送ってあげて。
   あなたでも良いし、あの子でも良い。寧ろ、あの子の方が良いかしらね。


   応、あたしがふたりまとめて送って行くぞ。
   ちびもついて来るだろう。


   私を勝手に含まないで呉れるかしら。


   ちびが淹れるお茶を、どうか飲んでやって欲しい。


   まるで、初めて淹れるかのような言い方ね。


   ん、然うか?


   もう、初めてではないのだけれど。


   何度でも、飲んでやって欲しい。


   何度でも、ね。


   お前とメルが飲んで呉れると、あいつの腕が上達するんだ。


   あなたでは、上達しないの?


   あたしだと、いまいちなぁ。
   ま、やる気の違いだろう。


   違いなど、さしてないわ。


   うん?


   私達が美味しいと言えば、確かに、あの子は分かりやすいくらいに喜ぶわ。


   にこにこしてな、暫くの間、上機嫌になるんだ。


   だけれど、あの子が認めて欲しいのはあなた。


   あたし?


   あなただと、言っているのだけれど?


   あいつは、あたしに認めて貰いたいのか。


   だって、あなたはジュピターだもの。


   む。


   私達とは、違う存在なのよ。


   良く分からないが、然ういうものなのか?


   知らないけれど、然うなのでしょうね。


   お前には分かるか?


   分からなくもないわ。


   ん、然うか。


   先代マーキュリーのことを考えると、残念に思うことがあるから。


   残念?
   其れは、どうしてだい?


   私という存在を、認めさせることが出来ないから。


   お前は、先代に認めて貰いたいのか?


   認めて貰いたいわけではないわ、あくまでも、認めさせたいだけ。


   ん……其れは、どう違うんだ?


   どう聞いても違うでしょう、分からないの?


   んー……いまいち、分からない。


   然う、残念な頭ね。


   然うか、自分の身に置き換えて考えてみれば良いんだな。


   試しに、考えてみたら?


   良し、考えてみよう。


   ……其れでも、分からなそうだけれど。


   先代、先代のジュピター……あたしを、認めさせる……あー。


   ……分からないわね、矢っ張り。


   マーキュリーを想う気持ちならば、先代であろうが歴代であろうが負ける気がしないな!


   ……は?


   うん、満足だ。


   どうして、然うなるの。


   ん、おかしいか?


   あなたのことだから、おかしくはないわ。


   ふふ、だろう?


   けれど、おかしい。


   お。


   私への想いを、先代だけでなく歴代にも認めさせたいとでも?


   いや、別に認めさせたいとは思わない。
   此の気持ちはあたしだけのものなのであって、誰かに認めさせるものではないから。


   ならば、私が認めなくても


   ん、其れは困る。


   其の気持ちはあなただけのものなのであって、誰かに認めさせるものではないのでしょう。


   マーキュリーには、認めて貰いたい。


   ……。


   マーキュリー、あたしは


   取り敢えず、帰るわ。


   あ。


   じゃあ。


   待って呉れ。


   待たない。


   な、良いだろう?


   何が。


   必ず、送って行くから。


   良くないわね、全然。


   食べて直ぐに動くのは、腹に良くないと思うんだ。


   お腹を熟すには、丁度良いの。


   だとしても、もう少し休んでいた方が。


   お腹がいっぱいのままだと、眠くなってしまう恐れがあるから。


   眠くなって?
   お前が?


   ないとは、言えない。


   ……。


   ましてや、加密列なんて飲んでゆっくりしてしまったら。


   然うなったら、うちに泊れば良い。


   ……。


   然うなっても、あたし達は全然構わない。


   ……初めから、其れが狙いだったのでしょう。


   然ういう狙いが、全くなかったわけじゃない。


   寧ろ、其れしかない。


   いや、其れは違う。


   本当に、違うと言えるの?


   あぁ、言える。


   ……あくまでも、四人で食事をすることが一番の目的だったと。


   四人でちびの作った飯を、ゆっくり食いたかった。
   其れで若しも、あたし達の家に泊ることになったら……嬉しいな、と。


   ふぅん……。


   どうしても帰りたいと言うのであれば、背負って送って行く。


   背負って?


   若しも、眠ってしまったら。


   ……。


   眠っていなければ、散歩がてら送って行くよ。
   其れなら、どうだい?


   ……然うなるのが嫌だから、帰ると言っているのよ。


   送って行かれるのが、嫌なのか?
   其れとも、背負われるのが嫌なのか?


   ……。


   其の両方か?


   ……背負われることが、よ。


   でも、初めてではないぞ。
   もう、何度も


   初めてではなくても、嫌なものは嫌なの。


   じゃあ、抱き上げるのはどうだい?


   もっと、嫌。


   も、もっと、嫌なのか。


   ええ、もっと嫌。


   どうして。


   どうしても。


   出来れば……其の、理由を聞かせて欲しい。


   理由など、ないわ。


   な、ないのか?


   ないと言った。


   ないのに、嫌なのか。


   理屈ではないの。


   ただ単に、言いたくないだけじゃないのか。


   ……へぇ?


   あ。


   ……若しも、然うだとしたら。


   矢っ張り、深く聞くのは止しておこう。


   ……抱き上げるのは、あの子達だけで良い。


   ちび達だけ?


   ……然うよ。


   だけど。


   ……。


   若しも、お前が動けなくなるようなことがあったら、其の時は。


   其の時は、其れまでだと判断して、放っておけば良いわ。


   そんなこと、出来るわけがない。


   ……まぁ、然うよね。


   其れが必要だと判断したら、迷わずにお前のことも抱き上げる。
   嫌かも知れないが、動けないお前を其のままにしておくことなど、あたしにはどうしても出来ない。


   取り敢えず、今夜は必要ない。
   自分の足で、帰るから。


   ……。


   此のまま、行くわ。


   ちび達に、何も言っていかないのか。


   言わなくても、居なければ分かるでしょう。


   然ういう問題じゃない。


   どういう問題?


   言ったろう、残念がると。


   ……聞いたわね。


   だから……帰るのならば、せめて、一言。


   ……。


   マーキュリー。


   ……言ったら、帰り辛くなるでしょう。


   ん。


   ……だから、あなたから


   帰るな。


   ……は。


   未だ、帰らないで欲しい。


   ……生憎、あなたなら帰り辛くならないの。


   ならば、ちび達を。


   呼んでくるの?


   ……いや、止めておこう。


   然うね、其の方が良いわ。


   ……多分、向こうから来るだろうから。


   ……。


   ちびが、呼びに来る。


   ……ならば、其の前に。


   残念だが、もう遅い。





   先生、師匠、お茶の支度ができたよ。


   先生も、一緒に……四人で、飲みましょう。





   ……。


   な?


   ……はぁ。


   さぁ、家の中に戻ろう。


   ……私は、帰りたいのだけれど。


   ちび達はお前とも、食後のお茶を楽しむつもりだ。
   今更、自分の分は要らないと言えるか?


   ……。


   言えない、だろう?
   あの顔を見てしまったら、さ?


   ……ジュピター。


   然うだろう、マーキュリー?


   ……あなたは、小憎らしい顔ね。


   ははは。


   ……。


   あ、待って呉れ。


   嫌よ、待たないわ。


   マーキュリー。


   早く来ないと、締め出すわよ。


   あたしの家なのにか?


   聞こえない。


   わぁ、待て待て。


   待たないと、言った。


  9日





   ……。


   ユゥ。


   ……ん。


   待たせてしまって、ごめんなさい。


   んーん、そんなことないよ。


   ……どうぞ。


   ん、ありがとう……わぁ、きれいなお茶だなぁ。
   上がお茶の色で、下が甘煮の色……うん、とってもきれいだ。


   ……結局、赤実の葉で淹れたの。


   赤実の……だから、ほんのりと甘いかおりがするんだね。


   ……この間、お師匠さんが淹れてくれたものが、おいしかったから。


   あー……そういえば、いれてくれたっけ。
   あの時は、あったかいのだったなぁ。


   ……甘煮も、赤実のものを。


   お茶と、合わせたの?


   ……うん。


   そっか。


   ……せっかくだから、実も浮かべてみたの。


   うん、ぷかぷかういてる……ふふ、おもしろいな。


   ……浮かべない方が、よかった?


   ううん、ちょうど食べごろだから、すっごくいいと思う。
   熟れている赤実は、お茶にうかべて食べても、おいしいんだ。


   ……そのまま食べても、おいしいけど。


   お茶といっしょでも、おいしい。


   ……うん、とても。


   赤実は藍実とおんなじように、食べられるからさ。


   だから……お勉強中でも、手軽に食べることができるの。


   つまんで口に入れるだけだから、手もよごれないしね。


   ……うっかりつぶしてしまったら、大変だけど。


   しみになっちゃう。


   ……色は、きれいなんだけどね。


   いっそのこと、赤実でそめてみるのもいいかも?


   でも、もったいないわ。


   うん、そうだよね。
   赤実はやっぱり、食べるほうだ。


   ふふ……うん。


   ね、メル。


   なぁに。


   いっぱい、実をつけてくれたからさ。
   すきなだけ、食べてね。


   ……ん、ありがとう。


   葉と果実と、その甘煮……ふふ、とてもおいしそうだなぁ。


   ……もしも、おいしくなかったら


   じゃあ、いただきます。


   ……。


   ん、なにか言った?


   ……おいしくなかったらすぐに言ってね、作り直すから。


   きっと、おいしいよ。だって、メルが作ってくれたんだから。
   メルが作ってくれる飲みものは、なんだって、おいしいんだ。


   ……そんなこと。


   もったいなから、ちょっとずつ飲もうっと。


   ……あの、ユゥ。


   ん、なんだい?


   ゆっくり、飲んでね……いきなり多く飲むと、お腹を壊してしまうかもしれないから。


   おなかをこわす……こわすと、いたい。


   ……熱が冷めても、お腹が痛くなってしまったら意味がないから。


   うん、気をつける……。


   ……。


   ……はぁ。


   どう……?


   さっぱりしてて、ほんのり甘くて、つめたくて、とってもおいしいよ。


   ……ほんとう?


   うん、ほんと。


   ……よかった。


   よし、今度はかきまぜて……。


   ……これで。


   おー、まざった。


   ……少しでも、からだが冷えてくれれば。


   ふふ……いいなぁ。


   ……。


   これくらいで……うん、よし。


   ……。


   ……うーん、甘ずっぱくておいしい。


   ふふ……。


   ……ん?


   あ、ごめんなさい……。


   どうしてだい?


   ……笑って、しまって。


   おもしろかった?


   ……ユゥが、楽しそうだから。


   うん、たのしいよ。


   ……だから、つい。


   メルがわらったのは、きっと、たのしいからだよ。


   ……。


   だから、あやまらなくていいんだ。
   たのしい時は、わらうものなんだからさ。


   ……笑われて、いやではなかった?


   ちっとも、いやじゃなかったよ。
   それよりも、メルがわらってくれて、うれしいな。


   ……うれしい。


   うん、うれしい。


   ……楽しかったら、笑ってもいい?


   しぜんと、わらっちゃうんだって。


   ……しぜんと?


   師匠が、言ってた。


   ……お師匠さん。


   だからさ、わらっても、いいんだよ。


   ……お師匠さんも、よく笑ってる。


   師匠はいつだって、わらってるんだ。
   でも、大きな声でわらうと、先生におこられる。


   ……先生も、笑っているの。


   ん、わらってる……わらいながら、おこるんだ。


   ……楽しい、から。


   そうそう、うれしくても、わらっちゃうんだってさ。


   ……うれしくても。


   あたしたちは、そういうふうに、できてるんだって。


   ……そういうふうに、できている?


   メルと、先生も。


   ……私たちも?


   うん、メルたちも。


   ……。


   だって、おんなじひとのこだから。


   ……ひとのこ。


   メルも、あたしも、先生も、師匠も、みんな、ひとのこなんだ。


   ……。


   ね、ひとのこには、き、ど、あ……あー。


   ……もしかして、喜怒、哀楽?


   そう、き、ど、あい、らく、が、あるだろ?


   ……ある、けど。


   ひとのこなら、みんなに、あるもの。


   ……それも、お師匠さんが教えてくれたの?


   ううん、これは先生だよ。


   ……先生が?


   あたしは、それが、はっきりしているんだって。
   いいことではあるけど、いいことばかりではないから、気をつけなさいって。


   ……でも、私たちは。


   ん、なに?


   ……ううん、なんでもない。


   そう?


   ……うん。


   そっか。


   ……。


   だけど、どうやって、気をつけたらいいのかな。


   ……多分。


   たぶん……?


   ……私たち、四人だけだったら、はっきりしていてもいいのだと思う。


   四人だけ……。


   だけど……私たち以外のひとと、関わるようになったら、だめなのかもしれない。


   あたしたち以外のひと……て、だれ?


   えと……家の、外のひとたち。


   たち……それは、いっぱいいるの?


   ……いると、思う。


   そう、なんだ……。


   ……色んなひとが、いるみたいなの。


   いろんなひと……。


   ……中には、いやなことをしてくるひとも。


   いやなこと……それは、いやなひとだ。


   ん。


   そんなひとには、わらわない。
   だって、いやなひとだから。


   ……ユゥ。


   うん?


   ……そういうひとにも、笑わなければいけない時があるんだって。


   え、なんで。
   いやなのに、わらうの?


   うん……でも、目は笑わなくていいみたい。


   目は、わらわなくていい……?


   ……先生がたまに、お師匠さんにしているような顔のことだと思うのだけど。


   先生が、師匠に……んー。


   ……分かる?


   んんー……あ。


   ……思い出した?


   目が、ひんやりしてるやつだ。


   ん……多分、その顔。


   口は、ほんのりわらっているんだけど、目がつめたいんだ。


   ……いやなひとには、それでいいんだって。


   うー……あたしには、むずかしいかも。


   ……慣れれば、出来るようになるみたい。


   なれ……あー、むずかしそうだなぁ。


   ……私も、むずかしい。


   師匠は、できるのかな。


   ……見たこと、ないけど。


   師匠は、できないような気がする……。


   ……お師匠さんは、正直なひとだから。


   しょうじき……?


   ……ユゥに、似てる。


   じゃあ……あたし、できないかも。


   ……気をつけないと、いけない。


   え……。


   ……いやな、ひとたちには。


   なにを……。


   ……そういうひとたちは、やっかい、だから。


   やっかい……。


   ……いやなひと、だから。


   いやなひとは……やっかい。


   ……そういうひとに気をつけようと思っても、いきなりだとむずかしいかもしれない。


   いきなり……。


   だからね……少しずつでも、鍛練しておけばいいと思うの。


   ……鍛練?


   目が笑わない、鍛練……。


   ……。


   ユゥ、私と……。


   ……鍛練は、大事だ。


   ん……。


   なにごとも、いきなりはできないから。


   ……。


   師匠が言ってたの、思い出した。


   ……うん。


   鍛練……顔の、鍛練。


   ……でもね。


   うん?


   私に、対しては……喜怒哀楽が、はっきりしていても、いい。


   ……。


   あ、ううん……よかったら、私で鍛練して。


   分かった、メルにははっきりさせる。


   ……ん。


   メルに、つめたい目をするのは、あたしにはむりだと思うんだ。


   ……。


   あ、でも、いやだったら、すぐに言ってね。


   ……いやだったら、言う。


   うん。


   ……でも、いやじゃないと思う。


   あ。


   ……。


   メル……。


   ……むずかしい、ね。


   うん……そうだね。


   ……。


   ……ねぇ、メル。


   なぁに……。


   あたしは、メルがわらってくれると、すごくうれしい。


   ……あ。


   すごくうれしいから、あたしも、わらう。


   ……うん、ありがとう。


   ん……あたしも、ありがとう。


   ……。


   ……メル、飲まないの?


   うん……飲む。


   ……。


   ……ん、おいしい。


   ふふ……だろ?


   ……自分で言うのは、おかしいかもしれないけど。


   ちっとも、おかしくなんてないさ……。


   ……おかしくない?


   だれが作っても、おいしければ、おいしいって言ってもいいんだ。
   師匠なんて、いっつも、言ってるだろ? 自分で作ったごはんでも、さ。


   ……そういえば、言ってる。


   師匠が作るごはんは、おいしい……。


   ……ん、おいしい。


   ……。


   ……?
   どうしたの……?


   ……あたしは、言われない。


   え……。


   ……わるくないって、言われるだけだ。


   それは……。


   ……おいしく、ないのかな。


   そんなこと、ないわ。


   ……ない?


   お師匠さんは……お師匠さんは、先生の真似をしているだけなのだと思う。


   ……先生の?


   先生は、お師匠さんが作ったごはんを、いつも悪くないと言うでしょう。


   ……うん、言ってる。


   先生の悪くないは、おいしいって意味なの。


   ……じゃあ、師匠の悪くないも。


   きっと、おいしいという意味。


   ……そうかな。


   お師匠さんは、おいしくない時はおいしくないって、ちゃんと言うと思うの。


   ……。


   だから……だから、ね。


   ……師匠、あたしが作ったごはんをいつもおかわりするんだ。


   おかわり……?


   ……悪くないって、言いながら。


   それは……おいしいから、じゃない?


   ……んん。


   ユゥ……?


   ……もー師匠は。


   ん。


   ……今日は、おいしいって言わせてやるんだ。


   ……。


   じゃなきゃ、お代わりさせない。


   ……ユゥ。


   いっぱいでおわり!


   ……そんなこと、出来る?


   できるよ。


   ……お師匠さんは、一杯では足りないと思うの。


   うん、たりないと思う。


   ……お師匠さんが、お腹を空かせても、平気?


   そんなの。


   ……そんなの。


   ……。


   ……ユゥ?


   へいき……じゃ、ない。


   ……。


   でも、でも……ううー。


   ……代わりに、私が言うわ。


   メルが?


   お師匠さんが、言うまで……だから。


   ……。


   ……だめ、よね。


   ううん、それでもいい。


   ……いいの?


   うん、いいよ。


   ……。


   あ、でも。


   ……やっぱり。


   師匠がおいしいって言っても、言うのをやめないでほしい。


   ……。


   おいしいって、メルに言われたい。


   ……ん、言うわ。


   けど。


   ……けど?


   おいしくなかったら、おいしくないって、言ってね。
   じゃないと、おいしくないままに、なっちゃうからさ。


   ん……分かった。


   うん!


   ……。


   はぁ、おいしかった……ごちそうさま、メル。


   ……顔。


   ん……。


   ……赤みが、引いてる。


   ほんと……?


   ……ちょっと、いい?


   うん……いいよ。


   ……。


   どうかな……。


   ……うん、大分落ち着いたと思う。


   あー、よかったぁ。


   ……煮込みは、もう少し?


   ん、もう少し……そろそろ、できるよ。


   ……私も、見ていていい?


   メルも、見てくれるの?


   ……だめ?


   もちろん、いいにきまってる。


   ……。


   そうだ、よかったら、かきまぜてみる?


   ……うん、やってみる。


  8日





   マーキュリー、冷たいお茶でも飲まないかい?


   ……。


   そろそろ、何か飲みたくなる頃合いだと思うんだ。


   ……お茶による。


   赤実の葉で淹れるお茶だ。


   ……実は浮かべるの?


   勿論、浮かべる。
   飲み終わってから食べても良いし、飲みながら食べても良い。


   ……然う。


   飲むかい?


   然うね……飲んであげても良いわ。


   ん、なら淹れよう。


   ……当然、あなたも飲むのよね。


   応、飲むぞ。


   ……私が飲まなくても、勝手に淹れて飲めば良いのに。


   ひとりで飲むより、ふたりの方が美味しい。


   ……其ればかり。


   其れでさ。


   ……。


   飲み終わったら、あたし達の家に行かないか。
   メルも来ているし、丁度良いだろう?


   ……行かないわ。


   今、ちびが美味い豆乳の煮込みを作っているんだ。
   お前も好きだよな、野菜がたっぷり入った豆乳の煮込み。


   ……食べてもいないのに、どうして分かるのかしら。


   ん?


   ……美味しいかどうか。


   分かるさ。


   ……何故?


   メルが味見をして呉れるだろうから。


   ……ならば、当てにならないわね。


   どうしてだい?
   メルの舌はなかなか利くぞ?


   ……あの子の舌は、ユゥに対して甘いの。


   甘い?


   ……余程の味でない限り、美味しいとしか言わない。


   実際、ちびが作る飯も悪くないだろう?
   あいつはああ見えて慎重だから、でかい失敗はしないんだ。


   ……あなたよりは、見える。


   あたしも、こう見えて慎重なんだ。
   特に味付けに関してはかなりの拘りがある。


   ……拘りね。


   だろう?


   ……何も言うことはないわ。


   話をちびに戻すが、ちびが作るごはんもなかなか悪くないだろう?


   ……まぁ、美味しいと言っても良いわね。


   うん、ならば何も問題ないな。
   夕ごはんはあたし達の家で、四人揃って


   だからと言って、美味しいと決まっているわけではない。


   食べたくないか?


   然うは、言っていない。


   あいつの為にも、どうか、食べてやって呉れないか。
   初めのうちは小さい失敗もしたが、今はほとんどしなくなったんだ。


   ……ほとんどしないと言うことは、たまにはすると言うことよね。


   たまにするが、今日は大丈夫だ。


   ……あの子が傍に居るから?


   傍に居て、尚且つ、味見をして呉れるだろうから。


   ……ふ。


   ん?


   ……本人に言ってあげれば良いのに。


   何をだ?


   例えば……美味しい、と。


   言ったら、調子に乗る。


   ……だから、今は言わない。


   今は未だ、な。


   ……あなたは言わなくても調子に乗るくせに。


   あたしはお前が食べて呉れるだけで、嬉しくて気分が良くなってしまうんだ。


   ……単純。


   応。


   ……屹度、自信になるわ。


   自信?


   ……あなたに、褒められたら。


   自信は、確かに大事だな。


   ……で、あるならば。


   けど、今は未だ褒めない。
   其れにあたしが褒めなくても、メルが褒めて呉れる。


   ……捻くれてしまっても、知らないわよ。


   ちびが、捻くれる?


   ……ないとは、言えない。


   んー……其の時は、其の時だな。


   ……そんなことを言って。


   言って?


   ……いざ其の時が来たらどうするか、見ものだわ。


   其の時はお前も居て呉れるだろうし、大した問題にはならないさ。


   ……居ても、あなたの手助けをするとは限らない。


   捻くれてもお前の言うことは聞きそうだから、大丈夫だと思うんだ。


   ……私よりも。


   メル、か?


   ……あの子の言うことならば、より、聞くでしょうね。


   ん、其れは大いに有り得そうだな。


   ……そして、あなたの言うことだけ聞かないの。


   全く、聞かないと思うか?


   思うわ。


   ん、即答。


   どうするの、全く聞かなくなったら。


   んー……調子に乗らない程度に、少し褒めておくか。


   あの子は素直だから、分かりやすく喜ぶと思うわよ。


   喜ぶと、にこにこ笑うんだよなぁ。


   小さい頃から変わらない。


   良し、今日は分かりやすく褒めるか。


   然ういうわけだから、


   あたし達の家に来て呉れるだろう?


   矢っ張り、然うなるのね。


   応、然うなるぞ。
   あたしが褒めるのならば、お前が居て呉れた方が良いからな。


   どうして?


   お前が一言、美味しいと言って呉れれば、ちびはより喜ぶ。


   あの子の美味しいでは駄目なの?


   其処にメルの美味しいが加われば、もう、言うことなしだ。
   あいつは調子に乗って、毎日、飯を作りたがるかも知れない。


   ……。


   ……ん、其れも良いな?


   あの子ばかりに作らせるつもりならば、私はもう二度と、あなたが作ったごはんを食べないわ。


   む。


   まぁ、あなたが作らなければ、食べることはないでしょうけれど。


   交替で作る、然うすれば、お前はあたしが作った飯を食べ続けることが出来る。


   あの子が作って呉れるのならば、別に良いのだけれど。


   あたしが作った飯を美味そうに食べて呉れるお前のことも大好きだ。


   は?


   大好きなんだ。


   何を言っているの?


   あたしの、お前に対する想いを。


   聞いていないわ、そんなこと。


   聞かれてはいないが、言いたくなった。


   あぁ、然う。


   応。


   其れで、お茶は未だなの。


   あとは、氷に注いで、実を浮かべるだけだ。


   早くしないと、気が変わってしまうわよ。


   ん、成る可く、急ぐ。


   ……。


   然う言えばさ。


   ……なに。


   ちびのこと、全く褒めていないわけじゃない。


   ……。


   悪くなければ悪くないと、言っている。


   ……其れを、今日は良いに変えるだけ。


   ん、然うだな……良いに、変えよう。


   ……ふぅ。


   疲れたか?


   ……あなたの相手でね。


   そんな時こそ、此のお茶を飲んで欲しい。


   其れ、いつも言っているわよね。


   ん、言っているな。


   どんなお茶でも。


   お茶は良いよな、喉を潤すだけでなく、気分転換にもなる。


   ……そして、躰にも良い効果を齎す。


   然う、然うなんだ。


   久しぶりに飲む?


   ん、何を?


   薬茶。


   ……。


   あれも、一応はお茶の扱いだから。


   ……然うだった。


   飲みたければ、直ぐにでも煎れてあげるけれど。


   今は何処も問題ないから、飲まなくても良いかな。


   然う?


   其れよりも、赤実の葉のお茶を飲もう。
   赤実も熟しているものを選んだから、甘酸っぱくて美味いぞ。


   ……。


   本当に、何処も問題ないんだ。


   躰の罅。


   ……。


   少しずつではあるけれど、広がっていることには変わりない。


   ……取り敢えず、崩れ落ちそうになっている場所はないよ。


   ええ、然うね……今は、ね。


   ……。


   何かの拍子で、崩れてしまうことがあるかも知れない。


   ある……のか。


   ないとは、言い切れない。


   ……飲んだ方が、良いか。


   あなたが飲みたいのであれば。


   ……出来れば。


   飲みたくない。


   ……だけど、お前と一緒に居る為ならば。


   飲みたい?


   ……あぁ、飲みたい。


   ふ。


   ……煎れて、呉れるか。


   直ぐに言って。


   ……うん?


   躰の調子が、少しでも悪いと感じたら。


   応……其の時は、直ぐに言うよ。


   あの子も。


   あぁ……分かってる。


   ……其れで、お茶の用意は出来たの。


   応、たった今出来た……ゆっくり、楽しんで呉れ。


   ……お礼は、


   要らない、あたしがお前と飲みたくて淹れたものだから。


   ……。


   あの、マーキュリー……薬茶は。


   ……今は、問題ないのでしょう。


   あたしは、問題ないと思っているが……マーキュリーが、必要と考えているのなら。


   ……必要だけれど、今は必要ないわ。


   ん……。


   ……飲みたければ、直ぐにでも煎れてあげると言っただけ。


   あー……。


   ……初めに言った筈よ。


   ん……然う言えば、言っていたな。


   ……。


   ……どうだ?


   まぁ、悪くないわね。


   ん、然うか……良かった。


   ……。


   なぁ、マーキュリー。


   ……なに、ジュピター。


   お前の……いや、なんでもない。


   私の罅も、確実に広がっているわ。


   ……。


   そんな顔しないで、今更よ。


   ……然うなんだけど。


   いずれ、私達の躰は崩れ落ちる……其の機能が、全て止まって。


   ……いや、あたしは違う。


   ……。


   あたしは……ジュピター、だからな。


   ……別に、其れを選ばなくても良いのよ。


   其れは……あたしがちびにしてやれる、最後のことなんだ。


   ……現に、あなたは其れをしていない。


   あたしの場合は、もう居なかったからな……しようが、ない。


   ……若しも、居たら。


   していたんじゃないか……曰く、真面目だったらしいからさ。


   ……あなたは、真面目とは言い難いわ。


   ん、然うなんだけどな……。


   ……で、あるなら。


   欠陥品であろうとも、あたしはちびに残してやりたいと思うんだ。


   ……其れで、何が残ると言うの。


   何が、と言われると……良く、分からない。


   ……分からないのに。


   先代が居たら、分かっていたかも知れないが……いや、居ても分からなかったかな。


   ……私達が残すものは、此の躰の中に在るものだけ。


   いや、然うでもないさ……知識も、技も、経験も、ごはんの作り方も、お茶の淹れ方も、ちび達の中に残してやれる。


   ……だったら、良いじゃない。


   良い、かな……いや、矢っ張り駄目だな。


   ……否定が多いわね、


   ん、然うか?


   ……其の為に培養管から出して、自分達の手で幼体から育てようと考えたのよ。


   ……。


   ……どうしても、気に喰わなかったから。


   培養管の中で、勝手に詰め込まれることが、だな。


   学びは、あくまでも己でするもの……勝手に頭に詰め込まれたり、押し付けられたりするものではないわ。


   実際、お前は自分でしていた。
   詰め込まれたものだけでは足りないと言いながら。


   ……あなたは、私の傍に居る為にしていたけれど。


   下心があって良かったと思う……でなければ、あたしは学ぼうと思わなかっただろうから。


   ……然うすれば、相手にしなくて済んだのに。


   頭が空っぽでは居られないんだ、お前の傍には。


   ……ただの駒として、使い捨てることが出来たのよ。


   そして、新しいジュピターを用意する、だな。


   ……然うやって、月宮は回って来たんだもの。


   然うなんだろうが、「マーキュリー」と「ジュピター」は少し違うな。
   壊れる時は、ほぼほぼ、同じであることが多いから。


   ……だからこそ、私は違うと証明してやりたかったのよ。


   あはっ。


   ……笑うところ?


   今の、昔のお前と重なった。


   ……私は変わっていないわ。


   変わったものと、変わらぬものがある。


   ……。


   あの頃程、心配することが減ったと思う。


   ……心配ですって?


   お前がいつ、居なくなってしまうか……其れを考えると、怖くてさ。


   ……然うしたら、新しいマーキュリーが用意されるだけ。


   若しかしたらあたしも、歴代と同じ道を辿ったかも知れない。


   ……ばかなことを。


   あたしはお前が良いんだ、今も昔も。


   ……あぁ、然う。


   ん、然うなんだ……。


   ……ちょっと。


   甘い匂いがする……。


   ……赤実の匂いよ。


   実、美味いか……。


   ……悪くないわ。


   ……。


   ……やめて、良いとは言っていないわ。


   ん……ごめん。


   ……甘い匂いを楽しみたいのならば、自分のお茶で。


   うん……然うする。


   ……。


   豆乳の煮込み……今日は、熾火でじっくり煮込むと言っていた。


   ……熾火で?


   熾火の方が、時間を掛けて煮込むことが出来る……ゆっくり煮込めば其の分、旨味が増す。


   ……大丈夫なの。


   あぁ……大丈夫だ。


   ……。


   ……微熱くらいは出すかも知れないが、あの子が傍に居て呉れる。


   いい加減ね……。


   信頼しているんだ……メルのこと。


   ……。


   お前の、教え子だからな……。


   ……過信はしないで。


   あぁ……分かっているよ。


   ……。


   ……ん、美味いな。


   ……。


   ……マーキュリー。


   赤い実に込められた、下心。


   ……。


   ……本当、分かりやすいひとね。


  7日





   んー……もう少しかな。


   ……ユゥ。


   ん……?


   何か、作っているの。


   うん、野菜たっぷりの豆乳の煮込みを作ってる。


   ……煮込み?


   夕ごはんに、みんなで食べるんだ。


   ……だから、いい匂いがしていたのね。


   あ、煮込みじゃない方がよかったかな。


   ううん……そうではないの。


   じゃあ……入ってる野菜が気になる?


   それも……気になるけど。


   芋と葱頭、赤根、緑花、それから、お豆だよ。


   ……お豆?


   黄豆と緑豆、あと、赤豆。
   メルは、お豆が好きだからさ。


   ……それで、入れてくれたの?


   うん、メルがおいしく食べられるように。


   ……ありがとう。


   えと……うれしい?


   ん……うれしい。


   へへ、よかった。


   ……おき火で、作っているの。


   うん、今日は時間をかけて作ろうと思って。
   煮込みはゆっくり煮込んだ方がおいしくなるからさ。


   ……。


   時間をかけて煮込むと、具がやらかくなって、うまみが出てくれる。
   具によってはとろとろに溶けてしまうけど、それがまた、おいしいんだ。


   ……うん、確かにおいしいと思う。


   だろ?


   私……溶けている葱頭が、特に好き。


   うん、おいしいよね。


   ……お豆は、ほくほくして。


   うん、ほくほくしてるお豆もおいしいよね。


   ……うん、とてもおいしい。


   おき火でゆっくり煮込むのは、お豆のためでもあるんだよ。


   ……お豆のため?


   あまり火が強いと、煮くずれしてしまうから。


   ……煮崩れしたお豆も好きよ。


   あたしも好きだけど、この煮込みではできるだけ煮くずれさせたくないんだ。
   煮くずれしているのより、形を保っているお豆の方が、ほくほくしてるから。


   それは……そうね。


   ふふ、だろ?


   ……先生も、お豆が好きだから、きっと喜ぶと思う。


   うん、そうだったらうれしいな。


   ……。


   あのね、あたしも好きなんだ。


   ……え。


   お豆。


   ……お腹が、いっぱいになるから?


   それもあるけど、何より、おいしいだろ?
   茶豆、黄豆、緑豆に白豆、黒豆、赤豆……色んな色のお豆があるけど。


   ……味も、それぞれ違うけれど。


   形や大きさも、ちがうよね。


   ……ん、違うわ。


   でも、どれもおいしい。


   ふふ……うん。


   ……。


   ……もう少し、煮込むの?


   うん、もう少し。


   ……お豆が、浮いてる。


   今のところ、くずれてないだろ?


   ん……崩れてない。


   このまま、持って欲しい。


   ……ね。


   なんだい?


   ……お師匠さんも、好きよね。


   師匠も?


   ……お豆。


   あぁ……うん、師匠も好きだ。
   でも師匠が好きなのは、先生が好きだからなんだ。


   ……ふたりの時も、食べているの?


   うん、食べてるよ。
   お豆の甘煮とか。


   ……お豆の甘煮。


   へへ。


   ……ん、なぁに?


   お豆の甘煮は、メルの好きなものだ。


   ……先生も、好きよ。


   だから、あたし達も好きなんだ。


   ……だから?


   師匠が言ってた、好きなひとが好きなものを、好きになれるのはしあわせなことだって。


   ……好きなひと。


   あたしは、メルと先生のことが大好きだ。
   だからね、ふたりが好きなものを好きになれて、しあわせなんだ。


   ……お師匠さんも。


   師匠もそうだよ、師匠も先生とメルのことが好きだから。


   ……私のことも。


   そう、メルのことも。
   だから、師匠もしあわせなんだってさ。


   それは……どうして。


   うん?


   好きなひとが好きなものを、好きになれるのは、どうしてしあわせなことなの?


   あぁ、それはね。


   うん。


   きょうゆう、できるから。


   ……共有。


   好きなものをきゅうゆうする、きょうゆうできることは、とてもいいことなんだって。


   ……。


   でも、きゅうゆうってなんだろ。


   ……え。


   なんとなく、いいことなんだろうなぁって……思ってるだけど。


   ……意味は、聞かなかったの?


   聞いたんだけど……へへ、わすれちゃった。


   ……。


   メルに聞いたことなら、わすれないんだけど……さ?


   ……共有の意味は。


   教えてくれるの?


   ん……やっぱり、自分で調べた方がいいかもしれない。


   う。


   調べることも、覚えるためには大切なことだから。


   ……やっぱり、そうだよね。


   でも。


   ……でも?


   私に聞いたことなら、忘れないんだよね。


   うん、わすれない、わすれないよ。


   ……多分?


   え、えと……がんばって、おぼえる。


   ……。


   だ、だめ、かな。


   ……ううん、だめじゃないわ。


   ほんと?


   ……ん、ほんとう。


   ありがとう。


   ……ふふ。


   ん、なに?


   まだ、教えていないのに。


   教えてくれるから、ありがとう、なんだ。


   ……そうなの?


   うん。


   ……じゃあ、教えたら。


   ありがとう、だ。


   ……一度で、いいのに。


   ちがうありがとうだから、ちゃんと言いたいんだ。


   ……ちがう、ありがとう?


   ひとつめは、教えてくれるからありがとう。
   ふたつめは、教えてくれてありがとう。


   ……。


   あ……もしかして、いやかな。


   ううん……いやではないわ。


   そっか、よかった。


   ……共有の意味はね。


   うん。


   ひとつのものを、ふたり以上が共同で持つこと。


   ……うん?


   ひとつのもの……例えば、ここに一冊の本があるでしょう?


   うん、ある。


   この本を、ユゥと私が共同で持つの。


   ……。


   それが、共有の意味。


   ……あの、メル。


   なぁに?


   ……きょうどうって、なに。


   あ。


   それくらいは……自分でしらべた方が、いいかな。


   ……。


   そう、だよね……うん、ごはんを作り終わったら、しらべてみるよ。


   ……あのね、ユゥ。


   うん?


   この本を、ユゥと私、ふたりのものにするの。


   ふたりのもの?


   私ひとりではなく、ユゥと私のふたりで、この本の持ち主になるの。


   ……。


   それが、共有すると言うこと。


   あー……。


   それでね。


   ん。


   お師匠さんと先生も、この本の持ち主になれば、四人で共有することになるの。


   きょうゆうするのは、なんにんでもいい?


   ん……ひとりでなければ、いいの。


   ……ひとりで、ない。


   ユゥ?


   ……好きなものをきょうゆうする、きょうゆうできることは、しあわせなこと。


   ……。


   うん、師匠の言うとおりだ。


   ……もしかして、よく分かってなかったの?


   うん、よく分からなかったから。


   ……。


   でも、やっと分かった。
   ありがとう、メル。


   ……好きなひとと、好きなものを共有すること、出来ることは、しあわせ?


   あたしは、そう思う。


   ……。


   メルは、どう?


   ……まだ、よく分からない。


   ん、そっか。


   ……ごめんなさい。


   え、なんで?


   ……分からなくて。


   分からないことは、悪いことじゃないよ。


   ……。


   師匠が言ってた、あたしもそう思う。


   ……ずっと、分からないままでも。


   分からないまま?


   ……。


   えと……メルは、分かりたいって思う?


   ……出来れば。


   じゃあ、いいんじゃないかな。


   ……いい?


   メルは、かんがえているから。
   なにも、かんがえていないわけではないから。


   ……。


   いつか、分かるかもしれない。
   今は、それでいいんじゃないかな。


   ユゥ……うん。


   へへ。


   ……ふふ。


   ね、メル。


   ……なぁに。


   今度のお豆の甘煮は、どの色のお豆がいい?


   ……え。


   聞いておこうと思って。


   ……え、と。


   今すぐでなくていいよ、あとで聞かせて。


   ん……分かった。


   うん。


   ……。


   それでさ、メル。
   いまさら、なんだけど。


   ……なに?


   煮込みの味見、してくれないかな。


   ……味見?


   うん、メルに見て欲しい。


   ……いい、けど。


   けど?


   ……お師匠さんは、いないの。


   うん、今はいない。


   ……どこに。


   畑に行くなんて言ってたけど、多分、先生といっしょにいると思う。


   ……あぁ。


   だから、味見をしてくれたらうれしいな。


   えと……私で、いいのなら。


   うん、メルがいい。


   ……お師匠さんのようには、出来ないと思うけど、いい?


   メルにしか、できない味見もあるよ。


   ……私にしか?


   メルの好きな味は、メルにしか分からない。


   ……そんなこと。


   あたしと師匠は、メルではないから。


   ……。


   メルの好み、大体は分かってるんだけど、でも、本当に分かっているとは言えないんだ。


   ……ユゥ。


   メルに味見をしてもらって、メルが本当に好きな味をおぼえたい。


   ……ありがとう。


   いいんだ、お礼なんて。


   ……うれしいの。


   メル……。


   だから……ありがとう。


   ……うん、どういたしまして。


   ……。


   これ、なんだけど……熱いから、気をつけてね。


   ……うん、気をつけるわ。


   ふぅ……。


   ……?


   おいしいと、いいなぁ。


   ……ユゥ?


   ん、やっぱり熱い?


   それは、大丈夫……今、冷ましているから。


   ん……。


   ……少しだし、すぐに冷めると思う。


   うん……。


   ……。


   ……ねぇ、メル。


   なぁに……。


   ……お勉強は、もういいのかい?


   今は……そう、お休み中なの。


   お休みしたら、また、するの?


   ん……そのつもり。


   そっか。


   ……おいしそうな匂いが、したから。


   え……なに?


   ううん……なんでもない。


   ……。


   ……それじゃあ、味見してみるね。


   うん……。


   ……。


   ……。


   ……ん。


   どう?


   うん……おいしいわ。


   何か、物足りなくない?


   大丈夫……足りているわ。


   味、うすくない?


   ん、薄くない。


   こくない?


   ん、濃くない。


   メルの、好きな味?


   ん……うまく言えないけど、私の好きな味。


   ……うまく?


   おいしい、や、好き、としか……まだ、言葉に出来ないの。


   そっか……でも、よかった。


   ……もう少し、煮込むのよね。


   うん、もう少し煮込む。


   ……そう。


   メル?


   ……ねぇ、ユゥ。


   なに?


   顔が……少し、赤いと思う。


   顔?


   ……ユゥの、顔。


   え、そうかな。


   ……暑い?


   ん、別にあつくはないよ。


   ……。


   メル……?


   ……私の手、冷たいと思うけど。


   ……。


   顔……少しだけ、触ってみてもいい?


   うん、いいよ。


   ……。


   さわってみて。


   ……う、ん。


   じっとしていた方が、いい?


   うん……お願い。


   分かった。


   ……。


   ん……。


   ……ごめんなさい、冷たいよね。


   冷たくて……気持ちいい。


   ……気持ちいい?


   ん……気持ちいいよ。


   ……。


   はぁ……ひんやり、する。


   ……やっぱり、少し熱いかもしれない。


   ごはんを、作っているからかなぁ……ほら、ずっと火のそばにいたから。


   ……火を、見ていた?


   ん、見てたよ……おき火だけど、加減は大事だから。


   ……冷やした方が、いいと思う。


   冷やす……?


   でも……今は、離れられないよね。


   うん……もう少し、煮込みたいし。


   ……。


   大丈夫だよ、メル。
   少し、赤いだけだと思うから。


   ……冷たい飲み物。


   え。


   冷たい飲み物、飲む?


   あぁ、飲みたいかも。


   何がいい?


   作ってくれるの?


   なんでも、は、難しいけど……私が、作れるものなら。


   じゃあ……果実の甘煮が入った、冷たいお茶。


   果実の……お茶は、何がいい?


   んー……果実の甘煮とあってれば、なんでもいいかな。


   ……なんでも?


   うん、なんでも。


   ……私が、決めてもいいの?


   メルに、まかせる。


   私に……ううん、分かった。


   ありがとう。


   お礼なんて、いいの。


   それでも、ありがとう。


   ユゥ……うん。


   ね……メルも、飲む?


   私は……。


   ……。


   ……一緒に、飲もうと思う。


   ほんとう?


   ん、ほんとう。


   やった。


   ……甘葛は、いれる?


   んー……いれなくていいかな。
   甘煮だけで、十分に甘いと思うから。


   そう……じゃあ、待ってて。


   ん、待ってる。


   ……無理はしないでね。


   むり?


   ……調子が悪いなと、少しでも感じたら。


   ちょうし……。


   ……お休み、してほしい。


   分かった……むりは、しない。


   ……。


   やくそく。


   ……ん、やくそく。


  6日





   ……


   ……。


   ぅー……。


   ……。


   ……あー。


   ん。


   あ、あ。


   ……おきた?


   うー!


   うん、おはよう。


   う~?


   ん、よくねてた。


   う、う。


   おきる?


   う!


   わかった、ちょっとまっててね。


   う?


   おししょうさん。


   うぅ~?


   はい、たったいま、めをさましました。


   う、うー。


   おそとには……はい、わかりました。
   では、いえのなかで……えほん、ですか。


   う……。


   はい、このえほんですね……わかりました、よんでみます。


   ……ゅ。


   のみもの……もしかしたら、ねおきで、のどがかわいているかもしれません。
   え、わたしですか……はい、ありがとうございます。いただきます。


   あー!!


   え。


   う、う、う。


   ど、どうしたの?


   うぅ、うぅ。


   え、と。


   あーうーー。


   しんだいから、おり……え。


   うーーー!


   おししょうさん……かわや?


   あーーあーー!


   おてあらい、ですか。
   おしめは……え、いやがったから、はずしたんですか?


   あーうーーー。


   そ、それはいそがないと、いけませんね……!


   う~~~。


   は、はい、わかりました。
   わたしは、ここで、まっています。


   あ~~~~。


   あ、あぁ……。


   ぁ~~~。


   ……どうか、まにあいますように。





   やれやれ、騒がしいわね。





   あ、せんせい。


   おはよう。


   はい、おはようございます。


   良く眠っていたようだけれど。


   はい……ねむって、しまいました。


   別に良いのよ、責めているわけではないから。


   あの、おべんきょうは……あのこと、えほんをよんでからでも、いいですか。


   ええ、構わないわ。


   あ、ありがとうございます。


   何処となく、嬉しそうね。


   ……そう、でしょうか。


   ええ、然うよ。


   ……そうかも、しれません。


   未だ、分からない?


   ……。


   自分の感情。


   ……うれしいというかんじょうは、すこしだけですが、わかるようになってきました。


   然う、其れは重畳。


   でも……まだ、すこしだけ、です。


   だとしても、十分よ。
   時間は、まだまだあるから。


   ……わたし。


   なに。


   その……なにもかもが、おそいとおもうんです。


   ……。


   ……もっとはやく、わかるようになりたいと。


   感情の理解の他に、例えば、何が遅いの?


   え、と……。


   ひとつで良いわ、言ってみて。


   いまも、ですが……はなすことも、おそいです。
   うまく、ことばにすることができなくて……つまってしまうときも、あります。


   然うねぇ、けれど気にする程ではないわ。


   ……けど、またせて、しまって。


   待たせておけば良いのよ。


   ……めいわく、だと、おもうんです。


   其れは、あなたが勝手に然う思い込んでいるだけ。
   あのひともあの子も、そして私も、迷惑だなんて全く思っていないわ。


   ……でも。


   其れとも、言われたことがあるの?
   私は、ただの一度も言ったことはないけれど。


   ……。


   あのひとに言われた?


   ……いわれて、ません。


   然うよね……では、あの子に?


   ……あのこにも、いわれたことは、ないです。


   と言っても、あの子は未だ、言葉にすることが出来ないけれど。


   ことばに、することが、できなくても……そう、つたえてくれるんです。


   あ、とか、う、とか、ん、とか、で?


   ……はい。


   然う、其れだけでもあなたには伝わるのね。


   でも……わたしの、おもいちがいかも、しれません。


   然うかしら。


   あのこは……ほんとうは、そんなこと。


   あの子はあなたと話していると、とても楽しそうにしている。


   ……そう、でしょうか?


   私の目には、然う映っているわ。


   ……。


   違う時は違うという反応をあの子はちゃんと示すし、あなたは其れを正しく理解していると思う。


   ……そう、でしょうか。


   まぁ、私には然う見えているというだけの話だから、違うかも知れないわね。
   気になるようだったら、あのひとにも聞いてみたら良い。


   ……それ、は。


   気軽に聞けば良いわ。
   然うすれば、気軽に返して呉れるから。


   ……きがる、ですか。


   難しいことは考えなくて良いの、あのひとも考えていないから。


   ……むずかしい、こと。


   寧ろ、あなたに聞かれたら喜んで答えると思うわ。
   あのひと、あなたのことも気に入っているみたいだから。


   ……きに、いって?


   だから、謝るべきでない時に謝る必要はないの。


   ……。


   謝ったところで、謝る必要はないと返されてお仕舞い。


   ……あ。


   実際に、然う返されているでしょう?


   ……はい、さっきもかえされました。


   あなたは謝るべきと考えても、あのひとは然う考えない。
   あのひとが考えないということは、其れは要らぬ謝罪だと言うこと。


   ……けど、おししょうさんには、いらないしゃざいで、あっても。


   恐らく、私にも必要ないわね。


   ……。


   出来なくても、謝らなくて良い。
   出来ないからこそ、学ぶのだから。


   ……まなんでも、できなかったら。


   あなたのことだから、学び続けるでしょう。


   ……。


   であるならば、謝らなくて良い。
   謝罪の言葉は、必要とする場面になるまで取っておきなさい。


   ……ひつようとする、ばめん。


   然ういったことも、学びのうちに含まれる。
   いずれ、あなたも知っていくことになるわ。嫌でもね。


   ……せんせいは、あやまったこと。


   ないわけではないわ。


   ……そう、ですか。


   仮令、腹の中に其の気持ちがなかったとしても。


   ……え、と。


   色々とね、あるのよ。
   厄介なこととか、柵とか。


   ……そう、なのですね。


   ええ、然うなの。


   ……けれど、じぶんにひがあるときは。


   滅多にないわ、そんなことは。


   は……はぁ。


   あなたも、然うなりなさい。


   ……わたしも。


   なれたら、で、良いから。


   ……はい、がんばります。


   程々にね。


   ……はい、ほどほどに。


   ふ。


   ……はい?


   真面目な子ね、あなたは。


   ……まじ、め?


   私は、不良と呼ばれていたから。


   ……ふ、りょう?


   真面目とは言い難い、と言うより、程遠い。


   ……。


   まぁ、然ういうマーキュリーも居ると言うことよ。


   ……せんせいは、いろんなことを、しっているから。


   でも、真面目ではないの。
   ただ、学ぶことが好きだったと言うだけ。


   ……。


   其れでも良いのよ……然う、生きてさえいれば。


   ……いきてさえ、いれば。


   ……。


   ん……。


   ……眠った跡が、残っているわ。


   あ……。


   ……ふふ。


   ……。


   さて、間に合ったかしらね。


   ……あの。


   なぁに?


   ……あやまらなくて、いいと。


   うん?


   あやまらないで、いいと……いって、くれました。


   あのひとに?


   ……いいえ、あのこに。


   あの子が、そんなことを言葉にしたの?


   ……ことばでは、なかったのですが。


   然う……ならば尚の事、謝らなくて良いわね。


   ……じぶんにひがあったばあいは、あやまります。


   ふ……本当に真面目ね、あなたは。


   ……だって、わたしがわるいのですから。


   何処まで行っても、真面目ねぇ。
   私にちっとも似ていない。


   ……。


   だからと言って、あのひとにも似ていない。


   ……こたいさ。


   先代に似ているのかも知れないわ。


   せんだい……マーキュリー、ですか。


   いいえ、ジュピターの方。


   ……ジュピター?


   真面目だったらしいから。


   ……。


   ひとつ、教えてあげるわね。


   あ、はい。


   マーキュリーの中には、ジュピターの因子が組み込まれているの。


   ジュピターの、いんしが。


   そして、ジュピターの中にも、マーキュリーの因子が組み込まれている。


   ジュピター……では、あのこのなかにも。


   ええ、然うなるわね。


   ……。


   だから、あなたに……先代ジュピターと似ているところがあったとしても、なんら、おかしなことではないの。


   ……でも、たいりょくは。


   其れは、仕方ないわね。


   ……。


   マーキュリーがジュピターになる必要はないの。
   其の逆も、然り。


   ……もうすこし、たいりょくがほしいです。


   であれば、鍛練を続ければ良い。


   ……たんれん。


   然うすれば、ある程度の躰力は勝手につくわ。


   ……わたしでも。


   あなたの躰は弱いわけではない。


   ……。


   だから、続けてみなさい。


   ……はい、せんせい。


   宜しい。


   ……。


   遅いわね。


   ……あの、せんせい。


   ん、なに?


   ……たいりょく、だけでなく。


   うん。


   ……はなすちからも、つくでしょうか。


   あぁ。


   ……もしも、このまま、じょうずにはなせなかったら。


   初めから、上手に話すことが出来る者なんてそうそう居ないわ。


   ……せんせい、も。


   言葉を使うことだけならば、初めから出来た。
   けれど、会話となると別の能力が求められる。


   ……べつの、のうりょく。


   其れがまた、厄介なの。


   ……せいせい、でも。


   まぁ、其れなりにね。


   ……。


   会話にも、躰力と同じように、鍛練が必要になるの。


   ……かいわにも。


   こうして私と会話をすることも鍛練のひとつ。


   ……たんれん。


   鍛練の相手は、私だけではないわ。


   ……。


   あのひととも、あの子とも、もっと話せば良い。
   気兼ねすることなく、臆することもなく、ね。


   ……そうすれば。


   もっと、話せるようになるのではないかしら。


   ……やって、みます。


   うん、やってみて。


   ……はぁ。


   あなたの良いところはね。


   ……え。


   ちゃんと自分の頭で考えようとするところ。


   ……それ、は。


   当たり前だと、思うでしょう?


   ……は、い。


   けれどね、己の頭で考えられない者は実際に存在しているの。


   ……。


   いずれ、嫌という程に然ういう存在を見ることになるわ。


   ……せんせいは、みたのですね。


   見るだけならば未だ良いの、然う、関わりさえしなければ。


   ん。


   ……。


   せんせい……?


   ……適当にあしらう術を。


   てきとうに、あしらう……。


   其れも……いずれ、ね。


   はぁ……。


   ふ、まぁ良いわ。
   お茶でも飲む?


   えと……おししょうさんが、いれてくれることに、なっています。


   私が淹れたものでは不服?


   い、いえ……ありがとう、ございます。


   なんて、言っていると戻って来るのよね。





   応、待たせたな。


   うー!!





   あ。


   ほら、戻って来た。


   ……ほんとう。


   其れじゃあ、私は読書に戻るわね。


   あ、はい、いってらっしゃい。


   ふ、行ってらっしゃいって。


   ん……まちがえ、ました。


   間違いの中にも学びは在る、ついでだから此れも覚えておいて。


   ……はい。


   そうそう、今夜は何方の家で眠りたい?


   ……え、と。


   何方が良い?


   ……わたしは。


   何方の家を選んでも、あの子は居るわ。
   だから、あなたが選んで。


   でしたら……わたしは、おししょうさんのいえに。


   然う、ならば然うしましょう。


   あ、あの、せんせいは……。


   あの子の様子を、もう一晩見る。


   ……あ。


   だから居るわよ、残念ながら。


   ……ざんねんでは、ないです。


   然う?


   ……はい。


   其れは、良かったわ。





   ふたりで、何を話しているんだい?
   何だか、楽しそうに見えるが。


   うー?




   ……えと。


   別に何でも良いでしょう。
   其れより……あぁ然う、其れは何よりだわ。


   ……まにあって、よかった。  


  5日




   う、う~♪


   ……。


   う~~?


   ん……なぁに?


   し?


   ……し?


   し、し。


   ……おいしい?


   ん!


   うん……つめたくて、おいしいね。


   へへっ。


   ふふ。


   あ~~。


   おかわり、する?


   う!


   じゃあ、もうすこしだけ。


   う、う。


   ……はい、どうぞ。


   うー!


   ……。


   ……ぷはぁ。


   ふふ……。


   うーう?


   うん、わたしものんでるよ。


   う、う!


   おししょうさんがいれてくれるおちゃは、いつだって、おいしい。


   お?


   あたたかいのも、つめたいのも……どちらも、おいしい。


   しし。


   しし?


   お、し。


   おいしい?


   しい!


   ん、おいしいね。


   ……。


   ゆっくり、のんでね。


   ぅ……。


   ふふ……かわいい。


   ……う?


   え……。


   うー?


   かわ……いい?


   い?


   かわいい……かわいい。


   う、う?


   あなたは……かわいい。


   ……?


   これが……このかんじょうが、かわいい?


   う。


   ……。


   うぅ……。


   ……あ。


   あーうー。


   ご、ごめんなさい。


   あー?


   そ、その……かってに、さわって、しまって。


   あーい。


   ……ごめんなさい。


   な。


   ……でも。


   な、な。


   ……もう、かってにさわらないから。


   あーぅ。


   ……え。


   う、う、う。


   え、えぇと……。


   うぅ!


   ……さわっても、いい?


   あい!


   ……。


   へへ。


   ……ん、ありがとう。


   と、と。


   ……と?


   とーぅ。


   とーぅ……とーぅ。


   と!


   ……あたま?


   と、と?


   ……もっ、と?


   う、うー。


   ……なでて、ほしい?


   あ!


   ……そう、なの?


   の!


   ……。


   の?


   ん……わかった。


   ……。


   ……かわいい、ね。


   えへ。


   ……。


   ふふぅ。


   かみのけ……ふわふわで、やわらかい。


   や?


   ……いや?


   ん、ん。


   じゃ、なくて……うん、とてもやわらかい。


   へへ……。


   ……ほんとう、かわいい。


   ……。


   いけない……このままだと、とまらなくなっちゃう。


   ……。


   えと……もう、おしまい。


   ……ぃ。


   うん、おしまい……また、こんどね。


   ……ぅ。


   え……あ。


   ……。


   あぶなかった……。


   ……。


   おちゃ……まだすこし、のこってる。


   ……ぅー。


   うん……?


   ……。


   おちゃ……もう、いいの?


   ……


   そう……じゃあ、おしまい。


   ……。


   もうすこし、やすんだら……また、あるく?


   ……。


   それとも、もう、おへやにもどる……?


   ……。


   もしかして……ねむたい?


   ……


   うつらうつら、してる……さっきまで、なんでもなかったのに。


   ……。


   おししょうさんが、いってた……あなたは、とつぜん、ねむくなってしまうって。


   ……ぅぅ。


   おへやまで、あるける……?


   ……。


   あ。


   ……


   ねちゃった……?


   ……。


   わたし、ひとりでは……おししょうさんを、よばないと。


   ……。


   でも、どうしよう……うごけない。


   ……。


   あなたは、どこででもねむれるから、ほうっておいていいって、おししょうさんはいっていたけど……いまは、しんだいのほうがいいわ。


   ……ぷぅ。


   ……?
   ぷぅ……?


   ……。


   ……ねいき?


   ぷぅ……。


   ……はなの、おと?


   ……。


   ぷぅって……ふふ、おもしろい。


   ……。


   ううん、そうじゃなくて……いまは、おししょうさんに。





   呼んだか?





   あ。


   ちび、寝ちゃったか。


   は、はい。


   然うか、ならば連れて行こう。


   あ、ありがとうございます。


   お礼は、要らない。
   寧ろ、あたしこそ、言わなければな。


   え。


   ちびに付き合って呉れて、ありがとう。


   あ、いえ……そんな。


   お蔭で、助かったよ。
   こいつも、楽しかっただろうし。


   ……そう、でしょうか。


   あぁ、然うだよ。
   然うだ、折角だからお前も運んでやろう。


   ……え。


   なぁに、ふたりくらい何でもない。


   わ、わたしは、じぶんで……その、あるけます。


   遠慮なぞ、要らないぞ。


   え、えんりょでは……ない、です。


   ふむ、水筒と茶碗は後で回収すれば良いか。


   す、すいとうとおちゃわんは、わたしが、もっていきます。


   然うか、持って呉れるか。
   では、頼んだ。


   あ、は、はい……。


   良し、では行こうか。


   は……え。


   ちびは、起きそうにないな。


   あ、あの。


   うん、どうした?


   わ、わたしは、ひとりで、あるけます……。


   然うか、未だ水筒と茶碗を持っていなかったな。
   や、すまんすまん。


   そ、そうじゃなくて……。


   嫌か?


   ……え?


   あたしに運ばれるのは。


   ……っ。


   嫌だったら、無理強いはしない。


   ……い、いや、


   ん、然うか……悪かった。


   い、いやでは、な、ない、です……。


   うん?


   ……いやでは、ない、です。


   然うか、ならば。


   ……きゃ。


   其れじゃあ、行くか。


   ま、まって、ください。


   ん、どうした?


   その……すい、とう。


   おっと、未だ持ってなかったか。


   ……ごめん、なさい。


   うん、どうして謝るんだい?


   その……おそく、て。


   別に遅くはないぞ、あたしが先走っただけだ。
   だから、謝るべきは、あたしの方だな。


   そ、そんな……。


   はは。


   ……?


   いや、お前も可愛いなと思ってな。


   ……え。


   可愛いぞ、お前も。


   ……わたし、も?


   応、お前も。


   ……かわいい、ですか。


   うん、可愛い。


   ……なにが、かわいいのですか。


   何が?


   ……はい。


   どうして、そんなことを聞く?


   ……よく、わからないんです。


   何が、分からないんだい?


   ……。


   自分が可愛いと言われることか?
   其れとも、可愛いということが、か?


   それか……どういう、ものか。


   ……。


   ……そのかんじょうが、よくわからないんです。


   可愛いと思ったことは、未だ一度もないのか?


   ……。


   ん、あるのか?


   ……つい、さっき。


   さっき?


   ……。


   若しかして、ちびのことを可愛いと思って呉れたか。


   ……きづいたら、そうおもっていて。


   気付いたら……うん、まぁ、そんなものだ。


   ……そんなもの、ですか?


   可愛いと思う感情は、理屈じゃないんだ。
   つまり、頭でどうこう考えるものじゃない。


   ……かんがえるものでは、なかったら。


   可愛いは、心で感じるもの、だ。


   こころで……かんじる。


   若しもお前が可愛いと感じたのなら……其れが、答えだ。


   ……そう、なのですか。


   あぁ、然うだ。


   ……。


   だけど、然うだな……何処が可愛いのかと問われることもあるから、其の場合は、頭で考えて言葉にすることが必要になる。


   ……おししょうさんは。


   お前は小さな躰で、一所懸命に考えているところが可愛いと思う。


   ……。


   な、良く分からないだろう?


   ……ごめんなさい。


   良いんだよ、謝らなくて。
   此れはあたしの感情の話だから、分からなくて当然だ。


   ……。


   取り敢えず、此れは難しく考えなくて良い。


   ……かんがえなくて、いい。


   感じる心が、答えなのだから。


   ……。


   今は分からないかも知れないが、其のうち、然う言うものなのだと分かるようになるさ。


   ……なる、でしょうか。


   あぁ、なるよ。
   こいつを可愛いと思えたお前なら。


   ……。


   持ったかい?


   ……?


   水筒と茶碗。


   あ……いま、すぐ。


   慌てなくても良いぞ、此れくらいではちびは起きないからな。


   ……よく、ねてますか。


   あぁ、良く寝ている。
   こうなると、暫くは起きない。


   ……。


   可愛いと、思ったか?


   ……どうして、わかったのですか。


   そんな顔をしていたからだよ。


   ……かお。


   此れは、近いうちに分かるかも知れないなぁ。


   ……あの。


   ん、持ったか?


   ……はい、もちました。


   良し、其れなら……。


   ……。


   其れじゃあ、行こうか。


   ……はい、おししょうさん。


   ん。


   ……おもたく、ないですか。


   ちっとも、重たくないぞ。
   あたしはジュピターだから、力持ちなんだ。


   ……。


   だけど矢っ張り、腕は二本あった方が便利だな。
   お前達をいっぺんに抱えることが出来る。


   ……おししょうさん。


   お前も、眠たくなったら寝て良いからな。


   ……。


   昼寝には、未だ早いか。


   ……はい、まだすこし。








   なんて言っていたが、良く眠っているよ。


   然うみたいね。


   躰力は、此れから付ければ良い。


   ……。


   ちびの熱は、もう大丈夫か。


   ……念の為、もう一晩、様子を見る。


   もう一晩?


   若しかしたら、夜中に発熱するかも知れないから。


   と言うことは、今夜も?


   私の家に連れて行っても良いのよ。


   お前の家に、ちびを?


   誰を連れて行くつもりなの。


   ちびと、あたし。


   あなたは自分の家に残って。


   飯は任せて呉れ、美味いものを作る。


   然う、期待しているわ。


   応。


   此の家で作ってから、持って来てね。


   応、任せ……え?


   私の家では作らないで。


   作って、持って行って、其れから?


   勿論、置いて帰って。


   あたしの分も、作っていくつもりなんだ。


   然う。


   一緒に、


   あなたの分は、持ち帰れば良い。


   ……持ち帰って、ひとりで?


   然うなるわね、あの子は預るから。


   ……せめて、一緒に。


   良いわよ。


   あぁ、良かっ


   と言ったら、居座るでしょう。


   ん。


   食べ終わって、其のまま素直に帰るあなたではないもの。


   帰る……ぞ?


   へぇ?


   ……出来れば、一晩。


   帰って?


   ……ちびが、夜泣きするかも知れない。


   其の時は仕方ないわね。


   其の時は、あたしがあやすよ。
   お前に手間は掛けさせない。


   あの子も居るし、其れは気にしていないわ。


   ……あの子?


   恐らく、傍で眠って呉れるでしょうから。


   ……でもな、ちびの夜泣きをあやすのは結構大変だぞ?


   然うみたいね。


   然うなんだ、だから、あたしに任せた方が


   良い経験になるわ。


   ……経験?


   夜泣きしている子をあやす。


   ……其の経験、必要か?


   あるに越したことはない。


   ……。


   あやすことも、仕事のひとつになるかも知れないでしょう。


   ……ないとは、言えないな。


   私は放棄したけれど。


   ……然うでもない。


   なに。


   お前が居て呉れたから、今のあたしが在る。


   は。


   ……。


   ジュピター。


   ……飯は、作って持って行く。


   ええ、然うして。


   そして……あたしは、帰って来る。


   ……。


   ちびを、宜しく頼む。


   ……然うなったら、ね。


   うん……?


   ……然うなるとは、未だ、決まっていないから。


   然う、なのか……?


   ふ……ま、然うなったら任せて。


  4日





   あー。


   うん、楽しいね。


   あーー。


   少し、お休みする?


   う?


   もう少し、歩く?


   う!


   ふふ、分かった。


   あ、あ。


   えぇと、むこうにいきたいの?


   うー!


   でも、いえからはなれてしまうわ。


   うぅ?


   それでも、いきたい?


   うーー!


   ……。


   うー?


   ……すこしくらいなら、だいじょうぶかもしれない。


   う、う。


   ……だけど、なにかあったら。


   うー……。


   ……ごめんなさい。


   ご?


   やっぱり、あまりはなれてはいけないとおもうの。


   ……。


   いえからはなれてしまうと、おししょうさんとせんせいからも、はなれてしまうことになるから。
   そうするとね、あなたになにかあったときに、ふたりにしらせるのがおそくなってしまうの。
   わたしのこえでは、どんなにがんばったとしても、ふたりのみみにはとどかないとおもうし……。


   ……う。


   もうすこし、おおきなこえをだせたら、と、おもうのだけど……だそうとすると、こえがつまってしまって、だせなくなってしまうの。
   もしものときも、きっと、いきばかりが、もれて……すこしでもはやく、しらせなければと、おもうほどに……こえが、でなくなってしまうとおもう。


   うー……?


   ごめんね……わたしが、おおきなこえをだすことができたら、そうしたら、もうすこしだけ、いえからはなれられたかもしれない。


   んーん。


   ……ん。


   ん。


   ……ゆるして、くれる?


   ん!


   ……ありが、とう。


   ん、ん。


   ……え?


   な。


   ……ゆるして、くれない?


   んーん!


   ……え、と。


   な、な。


   もしかして……あやまらなくて、いい?


   うーー!!


   ……そう、なの。


   う!!


   ……はぁ。


   はぁ?


   ……よびなが、あればいいのに。


   な?


   そうすれば……なまえをよんで、おれいがいえるのに。


   ……なぁ。


   でも……なくても、いえるよね。
   あらためて、ありがとう。


   あい!


   ……ふふ。


   あー、あー。


   うん、もうすこしあるこうね。


   あー!


   ふふ、たのしいね。


   あーうー!


   そうだ。


   あう?


   のどがかわいたら、いってね。
   ううん、かわいてなくても、のみたくなったらおしえてね。


   うー?


   すいとうを、もってきたでしょう?


   と?


   そのなかにはね、おししょうさんがつくってくれた、つめたいおちゃが、はいっているの。


   お!


   あなたがすきな、あまいかんきつがはいっている、おちゃ。


   にゃ!


   にゃ?


   ちゃ、ちゃ。


   ……うれしくても、いうのかな。


   ちゃ?


   ん……いっしょにのもうね。


   あー!


   うん、もうのむの?


   の、の。


   ふふ、そう……じゃあ、あるくのは、すこしおやすみね。


   ね!


   ……。


   あ~う~。


   ……たのしそう。


   う~~。


   ……う、うー。


   う~?


   ……なんでもない。


   うう~?


   ……あなたのまねをしたら、もっとたのしくなるのかなって。


   ……。


   あ、ごめんなさい……もう、しないわ。


   う。


   ……?


   う、う。


   ……しても、いい?


   うぅ。


   ……。


   う~~~。


   ……う、う~?


   あ~~。


   ……あ~。


   あ~~う~~。


   あ~……う~~。


   う!


   ……う。


   うぅ!


   ……うぅ。


   ……。


   ……これいじょう、でないの。


   ん!


   ……いい?


   ん!!


   ……うん、ありがとう。


   へへ!


   ……ふふ。


   た、た?


   ん……たのしい。


   あはっ。


   ……ほんとうに。


   ちゃ、ちゃ?


   ん……いま、いれてあげるね。








   うん、ちびの楽しそうな声が聞こえるな。


   ……然うね。


   ただの散歩で、あれだけ楽しそうな声を出してるんだ。
   よっぽど、あの子のことが気に入っているんだな。


   ……出逢った頃からね。


   あの子を一目見ただけで、にこにこしてたもんなぁ。
   あたしの時はぽかんとしてるだけで、何も考えてないような面をしていたってのに。


   ……私に対しても、


   いや、お前にもにこにこしてたぞ。


   ……然うだったかしら。


   然う考えると、あたしにだけだな。
   ぽかんと、どうでも良さそうな面をしていたのは。


   ……分かりやすいわね。


   応、凄く分かりやすい。


   ……全く、誰に似たのやら。


   お前かも知れないぞ?


   ……其れだけはないわね。


   言い切れるのか?


   ……言い切れるわよ。


   確か、「ジュピター」には「マーキュリー」の因子がほんの少しだけ混じっているんだろう?


   ……だとしても、私に似ることは有り得ない。


   あいつの中にも少なからず、「マーキュリー」の因子は組み込まれている。
   であるならば、何処かしら、お前に似ているところがあっても、なんらおかしなことではないさ。


   ……似ているとしたら、先代ね。


   どうして然う思う?


   ……懐こい。


   なつこい?


   ……ジュピターの前では、いつも懐こい笑顔で居たようだから。


   ふむ……然う言われてみると、何処か似ているかも知れないな。
   あいつのにこにこ顔は懐こさを感じさせるし、と言っても、あたしにはあまり見せないが。


   ……其れはあなたが、気にして見ていないだけ。


   うん?


   ……先代の日記に書かれていたでしょう、其の笑顔はとても懐こく、まるで可憐な花のようだと。


   可憐?
   ちびがか?


   ……今は、先代のこと。


   あぁ、先代か。然う言えば、書いてあったな。しかも、何度も似たような表現が出て来るんだ。
   あたしが憶えている限りだと、可愛らしい花、命溢れる花、瑞々しい花……此れは相当、惚れ込んでいたんだなぁ、と思ったよ。


   ……私と、正反対。


   お前の其の笑顔は、美しく咲き誇る花のようだ。


   ……毒性の?


   毒を持っていようがいまいが、美しいものに変わりはない。


   ……物は言いよう。


   お前以上にきれいな「マーキュリー」は居ないさ。


   ……顔なんて、ほぼほぼ同じなのだけれど。


   だけど、中身は違うだろう?
   顔には、其の中身が出るからな。


   ……だとすれば、私は醜い方。


   何処がだ?


   ……真顔。


   お前が醜いと言うのなら、あたしの目に映るあらゆるものが醜いものになる。


   ……どうせ、見分けなんてついていないくせに。


   ありとあらゆるものが、見分けがつかない醜いものになるんだ。


   ……あの子達は?


   ちび達は、唯一の例外だ。


   ……あの子達に比べたら、私は


   ちび達と比べるものではない。
   お前も、ちび達も、あたしの大事な者達だから。


   ……完全に、情が湧いているわね。


   だから、守りたいと思っている。


   ……どう守るつもりなの。


   取り敢えず、取り替えるようなことはしたくない。
   あいつは元気で、躰力もある。頭は此れからだが、お前が居れば大丈夫だろう。


   ……。


   あたしに選ばれたことは不幸だったかも知れないが……其れでも、折角、生まれたんだ。
   あの子とずっと、楽しくやっていって欲しい……あたし達が居なくなった後も、な。


   ……取り替える事態に、ならなければ良いけれど。


   ならないさ、お前が居て呉れるなら。


   ……若しも、熱を出しやすい個体だったら。


   未だ、然うと決まったわけじゃない。


   ……決まってからでは、遅いこともあるのよ。


   火に中ると言うのなら、慣らせば良い。


   ……慣れるものではなかったら、どうするつもり?


   其れでも、あたしはあいつを育てると決めたんだ。


   ……守護神としては、失格ね。


   応、構わないさ。


   ……あの子にとっても、其れは辛い道になるかも知れないわ。


   だとしても……あの子が傍に居て呉れれば、大丈夫だ。


   ……どうして。


   「ジュピター」とは、然う言うものだからだ。


   はぁ……どうしようもないくらいに、楽観的ね。


   あたしは其れぐらいで丁度良い。


   ……確実に引き継がれると思うわ。


   ん、何がだ?


   其の、楽観さ。


   でも、別に悪いことではないだろう?


   ……鬱陶しいけれど。


   少しくらい、楽観的な方が良い。


   ……あなたの場合、少しではないけれど。


   はは。


   ……ふぅ。


   少し眠るか、昨夜はあまり眠れていないだろう?


   ……眠るのなら、自分の寝台で眠るわ。


   あたしの寝台を使って呉れ、今更遠慮はしなくても良い。


   ……遠慮など、全くしていないわ。


   はは、然うか。
   じゃあ、いつでも良いぞ。


   ……使うとは、言っていない。


   未だ、眠るつもりがないのなら……然うだな、お茶のお代わりでも要るか?


   ……貰ってあげるわ。


   同じものが良いか?
   其れとも、違うものが良いか?


   ……豆茶。


   豆茶?


   ……甘い方。


   ん、分かった。


   ……。


   んー、本当に元気だな。
   先刻から、ちびの声ばかりが聞こえてくる。


   ……良く話す子よね。


   あ、とか、う、とか、お、とか、そんなのばかりだけどな。


   ……其れだけでも、会話が成立している。


   あの子がちびに合わせて呉れているからだ。


   ……あの子も、あの子が話すのを待って呉れている。


   あいつ、待ってるか?


   ……ええ、待っているわ。


   言われてみれば、然うかも知れないな。


   ……知れない、ではなくて、然うなのよ。


   ん、然うか。


   ……あの子は未だ、流暢には話せていない。


   話すのが苦手なんだろうな。


   ……言葉ばかりが、頭に浮かんでいる状態。


   ん、どんな状態だ。


   ……浮かび過ぎて、かえって、言葉に出来ない。


   あー……其れは、大変そうだ。


   ……いずれ、整理出来るようになるとは思うけれど。


   ちびと話しているうちに、なるんじゃないか?


   ……いい加減ね。


   本当に然う思っているんだ。
   あと、あたし達も居るしな。


   ……あなたも、ちゃんと待っているわよね。


   ん、然うかい?


   ……然う言うものなのね、屹度。


   お前もだろう?


   ……私は、どうかしら。


   あの子が言い終わるまで、お前は言葉を返さない。
   其れはつまり、待っていると言うことだ。


   ……。


   然し、声だけ聞いていると、今にも走り出してしまいそうだな。


   ……あの子の口から、伝えたから。


   うん?


   ……駆けっこは、今日は我慢しろと。


   あぁ……なら、ちゃんと我慢するな。
   言ったのがあたしだったら大して聞かないだろうが、お前やあの子だったら素直に聞くだろう。


   ……。


   お、お茶を飲むみたいだな。


   ……無難。


   ちびはいつ、話せるようになるんだろうなぁ。


   ……其のうち。


   其のうち、か……まぁ、然うだよな。


   ……あの子と話したいの?


   あぁ、話したい。


   ……あの子と同じように、いつかは話せるようになるわ。


   言葉は一応、覚えているみたいなんだよな。
   こっちが言ってることは分かっているみたいだし。


   ……全てが分かっているとは、未だ言えないわ。


   でも、返事はするぞ。


   ……返事はね、あの子はどうやら愛想が良いみたいだから。


   愛想?


   ……あの子は反応すらしなかったわ。


   ん……。


   ……全くの無反応。


   然うだったな……。


   ……理解はしていたかも知れないけれど。


   折角のきれいな青い目が、虚ろで。


   ……きれいかどうかは、どうでも良い。


   濁っているよりは、ずぅっと良いさ。


   ……悪かったわね、濁っていて。


   ん、誰の話だ?


   ……さぁ、誰の話かしら。


   お前の目は、出逢った頃からきれいな青だったぞ。
   しかも、一度だって、濁ったことはないんだ。


   ……節穴。


   澄んだ青、あたしの大好きな色だ。


   ……はいはい、然うね。


   応、然うなんだ。


   ……本来ならば、培養管の中で詰め込まれる。


   ん?


   ……けれど、あの子達には其れをしなかった。


   と言うより、させなかった……だな。


   ……。


   詰めてからの方が良かったと、思っているか?


   ……いいえ、全く。


   うん、あたしもだ。
   詰まってない方が、面白い。


   ……其の分、手は掛かるけれど。


   其れがまた、楽しいんだ。


   ……本来の幼体とは、ああなのね。


   ん、なんだい?


   ……知識どころか、言葉も話せない。


   あぁ……。


   ……私は、ああではなかったから。


   あたしも、違ったな。


   ……培養管から出された時点で、言葉の意味を解していた、


   あたしも話せた。


   ……あなたの場合はただ話せるだけで、語彙力はなかったわ。


   なかったけど、お前と話せたぞ。
   初めて話した時は、其れはもう、嬉しかったなぁ。


   ……さんざ、探し回って呉れて。


   最初から、お前と言う存在はあたしの中にあったんだ。


   ……そんなものまで、詰め込まれるのね。


   いいや、此れは「ジュピター」が初めから持っているものだ。


   ……。


   ちびのおかげで、確信に変わった。


   ……今までは、いい加減に言っていたと。


   いい加減でもないぞ、本気で然う思っていたから。


   ……知ってる。


   ん……と言うわけで、待たせたな。


   ……どう言うわけだが知らないけれど、待ったわ。


   ゆっくり、楽しんで呉れ。


   ……其れは?


   勿論、あたしの分だ。


   ……あぁ然う、矢っ張りね。


  3日





   あ~~。


   ふふ。


   う~~。


   おはよう?


   うーー!


   ねつ、さがってよかったね。


   う!


   だけど、きょうはおとなしくしていようね。


   う?


   せんせいがね、おそとには、いってもいいけど、


   う、う。


   あそぶのなら、かけっこではなく、おさんぽをしなさいって。


   お?


   そう、おさんぽ。
   いえのまわりを、ゆっくりとあるくの。


   うー。


   ねつをだしたあとだから、あんまり、からだをうごかさないほうがいいの。


   ……むぅ。


   もしも、うごかしたいのなら、わたしとおさんぽをしましょう?


   ……う?


   わたしと……はやあるきではなく、ゆっくりとあるくの。
   おはなしをしながら、あるいてもいいとおもう。


   あ?


   かけっこだと、おはなし、できないから。


   あー!


   かけっこは、きょうはおやすみ……ね?


   ん!


   きょう、ちゃんとおやすみして、ねつがでなかったら、あしたからまた、かけっこできるから。
   だからね……きょうは、おやすみ。わたしも、あなたといっしょにおやすみするから。


   しょ?


   うん……いっしょ。


   と?


   ん、ごはんをたべたら、いっしょにおさんぽにいこうね。


   う!


   ふふ、よかった。


   あー、あー。


   ん、なぁに?


   あ~~。


   あ……。


   ……へへ。


   ……。


   う~~。


   ……あつくない。


   ない?


   ん……ゆうべよりも、あつくない。


   うー……?


   ……よかった、ほんとうに。


   ……。


   あなたは、もともと、たいおんがたかいけれど……。


   ……ん。


   ゆうべは、それよりも、たかくて……あつくて。


   ……。


   しんぱい、したの……。


   の?


   うん……とても。


   ……。


   それなのに……ふふ。


   ふ?


   あなたは、げんきで……しんだいのうえで、てあしを、うごかしていて。


   う、う。


   しんだいからも、おりようとするから……びっくり、しちゃった。


   へへっ。


   わたしは、ねつをだしたら、うごけなくなってしまうから……。


   う……。


   いまは、だいじょうぶ……ねつは、でていないわ。


   う~!


   ……。


   うう?


   ……わたしも、あなたのように、はしれたら。


   ら?


   ねつをだしても、げんきでいられるのかな。


   ……。


   ん、ごめんなさい……へんなことを、いって。


   んーん。


   ……あ。


   んーん?


   ……うん、ありがとう。


   ……。


   おなか、すいた?


   う。


   いまね、おししょうさんがつくってくれているから……もうすこし、わたしとまってて。


   てる!


   あ。


   る、る。


   ……うん。


   あはっ。


   ……ね。


   ね?


   おししょうさんは、なにをつくってくれるんだろうね。


   うぅ?


   なにをつくっているか、けさはきいていないの。
   それは、できてからの、おたのしみなんだって。


   たー……。


   たのしみ?


   み!


   どんなものでも、きっと、おいしいよね。


   し。


   おししょうさんがつくってくれるごはんは、どれも、おいしいから。


   し、し。


   あなたは、なにがすき?


   き?


   おししょうさんが、つくってくれるごはんのなかで、どれがすき?


   ……。


   みんな、すき?


   き!


   ふふ、そう……わたしも、すきよ。


   ん!


   きっと、せんせいもすき。


   ん、ん、


   でもね、せんせいはおいしいっていわないの。


   ……の?


   いつも、わるくないって……どうして、いわないのかな。


   うー……。


   おいしくないわけでは、ないとおもうのに。


   ……。


   せんせいは、おいしくなかったらきっと、たべないとおもうの。
   だって、おいしくなかったら、たべないと……じぶんで、いっているから。


   ……う?


   うん……わからない。


   ……い?


   ん……むずかしい。


   ……。


   ……ん。


   ない、ない。


   ……なぁに?


   ない。


   ……え、と。


   あは。


   ……わからないけど、ありがとう。


   へへっ。


   ね……あなたのこと、なんてよべばいいのかな。


   ……?


   よびなが、わたしたちには、まだないから……どうよんでいいのか、わからない。


   ……。


   よびたいのに、わからない……。


   うー……。


   おししょうさんは、あなたのこと……ちび、とよんでるけど。
   せんせいは、よんでいない……よびなが、まだ、きまっていないから。


   あーあー。


   ……わたしは、ちびとも、よばれない。


   ……。


   ちびでも、いいから……よばれてみたい。


   ……うぅ。


   いつか、わたしたちにも……でも、そのためにはもっと、がんばらないと。


   ……ば、る?


   あなたは、きっと、だいじょうぶ……だけど、わたしは、なにもかもが、おそいから。


   ……そい?


   ことばを、おぼえるのも……はなせるように、なったのも……はしるのも……たべるのも。


   ……。


   あなたはきっと、もうすぐはなせるようになるとおもうの……なんでかは、わからないけど……そう、おもうの。


   ……、たい。


   はなし、たい?


   ……、と。


   わたし……ううん、おししょうさんと。


   ん……、と。


   ……せんせい?


   ん、ん……、と。


   ……わたし。


   あい。


   ……。


   たい。


   ……うん、わたしもあなたとおはなししたい。


   ん!


   あなたとおはなししているとね……わたし、たのしいの。


   しい?


   うん……とても。


   ふふっ。


   ……いつか、あなたがことばをはなせるようになったら。


   ……。


   わたしともっと、おはなし、してくれる?


   う!!


   うん……ありがとう。


   とー!


   ……。


   と……?


   いま……おなかが、なった?


   う。


   ふふ……おなか、すいたね。


   ……た。


   きっと、もうすぐできるとおもうから……。


   ……にゃ。


   にゃ?


   ……。


   はな……ごはんのにおいが、する?


   にゃ!


   ……。


   う~?


   うん……する、かも。


   ……。


   あたたかくて、やさしいにおい……。


   にゃあ。


   でも……どうして、にゃ?


   にゃ、にゃ。


   わからないけど……わかりやすい、のかな。


   にゃ~。


   うん……たのしみだね。








   待たせたな、もう少しで出来るぞ。


   然う……待ってはいないけれど、其れは良かったわ。


   良く煮込んだから、今日の朝ごはんも美味い筈だ。


   ……だと、良いわね。


   と、言うわけだから。


   ……どういうわけなの。


   味見、して呉れるか。


   ……美味い筈ならば、しなくても良いと思うけれど。


   美味く仕上げる為に、お前に味見をして貰いたい。


   ……あなただけでは足りないの。


   お前の舌に見て貰いたいんだ。


   ……自分の舌で見たら?


   ふたりで見た方が、より確実なものになる。


   ……ひとりで、確実なものにして。


   マーキュリー。


   ……。


   お前とちび達に、美味い飯を食って欲しいんだ。


   ……持って来て。


   応。


   ……。


   熱いから、気を付けて呉れ。


   ……良く煮込んだわね。


   早起きして、じっくり煮込んだ。


   ……熾火でなければ、もっと早いのに。


   もっと早く出来るが、今日は熾火で作りたかった。


   ……豆乳の芋粥を?


   芋がとろけて、まろやかになる。


   ……葱は、完全に溶けてしまっているわね。


   其れがまた、美味い。


   ……まぁ、否定はしないけれど。


   其れでは、頼む。


   ……。


   ……どうだ?


   気持ち、薄い。


   薄いか。


   ……どうせ、水分が出たのでしょう。


   だな。


   ……分かっていたの。


   然うだろうなと思っていた。


   ……ならば、味見なんてさせないで。


   お前からの言葉が欲しかったんだ。


   ……全く、時間を無駄にしたわ。


   其れで、何が薄い?


   ……豆乳。


   と?


   ……塩味。


   うん、分かった。


   ……はぁ。


   なぁ。


   ……なに。


   味を整えたら、また見て呉れるか。


   ……もう、見ない。


   其処を、なんとか。


   ……私、書物を読んでいるのだけれど。


   今朝はなんの書物を読んでいるんだ?


   ……見て分からないの?


   端末で、何かの記録を読んでいると思っていた。


   ……此の家には、ろくな書物が置かれていないから。


   絵本ならあるぞ、ちびに読んで聞かせているからな。


   ……私に、絵本を読めと?


   たまに読むと面白いと思うんだ、気分転換にもなるかも知れない。


   ……今は、そんな気分ではないの。


   気が向いたら、読んで呉れ。


   ……気が向いたらね。


   ちびに読んでやったら、屹度、喜ぶぞ。


   ……あなたが読んで聞かせているのだから、十分でしょう。


   其れがな、落ち着きがないんだ。


   ……其れは、仕方ないわね。


   お前が読めば、落ち着いて聞いているような気がしてさ。


   ……どうだか。


   ちび達ふたりに、気が向いたらで良いから、読んで聞かせてやってくれ。


   ……あの子にも?


   あの子には物足りないと思うが、頭を休めるには丁度良いと思う。


   ……寧ろ、あの子がすれば良いわ。


   うん?


   ……読み聞かせ。


   あぁ……其れも、良いな。


   ……若しかしたら、大人しく聞いているかも知れない。


   聞くだろうな……あの子が読んで呉れても。


   ……昂ぶって、雄叫びを上げるかも知れないけれど。


   其れは……否定、出来ないな。


   ……上げる度にあの子は吃驚して、読むのが止まる。


   其れもまた……なんだ、微笑ましいんじゃないか?


   ……微笑ましい?


   ん、使い方が違ったか。


   ……まぁ良いわ、其れでも。


   ん、然うか。


   ……ふぅ。


   読み終わったか?


   ……もう、何度も読んでいるから。


   何か、参考になる事柄はあったか?


   ……あなたは。


   あたし?


   ……火を見て、発熱したことは?


   火を見て、発熱?


   ……私の記憶にはないのだけれど。


   んー……そんなことは、なかったと思うな。
   雷気が暴発して、熱を出したことならあるが。


   ……高熱だったわね。


   と言っても、動けなくなるわけではないんだけどな。


   ……然うして、最後には倒れるの。


   どうしても、動かなければならない時もある、あった。


   ……であるならば、倒れないで。


   踏ん張ったことも、何度かあるぞ。


   ……踏ん張ったところで。


   ん?


   ……反動が大きいのよ。


   事が済んでしまえば、休めたからな。


   ……誰があなたを看ると思っているの。


   あたしの愛しいマーキュリー。


   ……鬱陶しいわね。


   お前にはずっと、感謝している。


   ……そんなものは、要らないの。


   其れでも、だ。


   ……あの子は、若しかしたら、火に中ったのかも知れない。


   ひ……て、此の火か?


   他にあるの。


   ないな。


   ……とは言え、あの子の傍にはいつも火がある。


   あたしが飯を作るから。


   ……今更と言えば、今更。


   火か……なんか、変わったことでもしていたかな。


   ……。


   ……あぁ、然う言えば。


   なに。


   昨日はあいつ、熾火をじっと見ていたな。


   熾火を?


   珍しいものではないし、勿論初めてでもないんだが、あいつはじっと見ていた。
   必要以上に近付いたり、手を伸ばして触ってしまわぬように、目を離さずに用心していたんだが……熾火を見ているあいつは、微動だにしなかった。


   ただ、じっと見ていただけだと?


   あぁ。


   ……いつもと様子が違うと思わなかったの?


   其の時は、思わなかった。


   ……。


   あいつには、何かをじっと見る癖があるから。
   熾火も、其れだと思ったんだ。


   ……。


   そもそも、火って中るものなのか?


   ……個体によっては、然うみたいね。


   其れ、結構難儀じゃないか?


   ……暫く、様子を見るしかないわ。


   若しも、火を見る度に熱を出していたら。


   見なければ良い……或いは、見せなければ良い。


   見ないと、火の加減が出来ない。


   ……じっと長時間、見ていることに問題があるとしたら。


   ……。


   加減を見るのに、長い時間は必要ないでしょう。


   ……まぁ、な。


   取り敢えず、様子を見るしかない。


   ん……分かった。


   ……。


   マーキュリー。


   ……また?


   ん……頼みたい。


   ……仕方ないわね。


   ……。


   ……ふぅ。


   先刻よりも、濃くなったと思う。


   ……。


   ……どうだ。


   ん……悪くはないわ。


   然うか……良かった。


   ……出来上がったら、あの子達に持って行ってあげるわ。


   え。


   ……其のついでに、あの子に食べさせてあげる。


   ……。


   ……あなたは、此処に。


   あたしも行く。


   ……何故?


   どうせだから、皆で食べよう。


   ……食卓ごと、持って行くとでも?


   応、任せろ。


   ……であるのならば、連れて来た方が早いわね。


   連れて来ても、大丈夫なのか。


   ええ……今朝の様子ならば、問題ないわ。


  2日





  -Humanus(前世・)少年期





   うー……。


   ……。


   うぅー……。


   ……え。


   うぅ……。


   もしかして……おきてる。


   うーー。


   あ……。


   うーーうーーー。


   ご、ごめんなさい。


   う……?


   ひとりに、してしまって。


   あーー。


   あ、まって。


   う?


   そのまま、しんだいに……いま、そばにいくから。


   あー。


   すぐに、いくから……ね、まってて。


   う。


   ん……ありがとう。


   へへ。


   よい、しょ。


   あー?


   ん、だいじょうぶ……こぼれてない。


   うーー?


   あのね、つめたいかじつのおちゃを、もってきたの。
   あなたがめをさましたら、のめるようにとおもって。


   うっ。


   ふふ、そうね……もう、めをさましてた。


   う。


   おちゃはおししょうさんが、いれてくれたの。


   お?


   そう、おししょうさん……それでね、こおりはせんせいがつくってくれたの。
   たべてもいいように、ちいさいものを……でも、たべるときは、ちゃんとなめてね。
   くちのなかでなめて、とかして、それからのみこむ……ちいさくても、のどにつまってしまうことはあるから。


   ……。


   え、と……おちゃのこおりは、せんせいがつくってくれたの。


   う。


   でね、たべてもいいように、くだいてちいさくしてくれて。


   う、う。


   でも、たべるときは、そのままのみこまないで、くちのなかでなめて。


   う!


   なめて、とかして、それからのみこむの。


   う~。


   こおりはちいさくても、のどに……ここに、つまってしまうことがあるから。


   うーー!


   ん……つたわった、かな。


   あーあー。


   のむ……?


   あい!


   ……おへんじ?


   あはっ。


   ふふ……じゃあ、すこしずつ、のもうね。


   うい!


   ……うい?


   うい?


   ……ふふ、おもしろい。


   うう?


   え、なぁに?


   うーうー。


   えと……わたし?


   な?


   ……な?


   な、な?


   わたしの、ぶん?


   う。


   わたしのぶんは、ないの……あなたのぶん、だけ。


   うーーー!


   え……?


   う、う。


   ど、どうしたの?


   ……。


   のまない、の?


   ……うぅ。


   のめない?


   ……ぅ。


   ええ、と……。


   ……。


   もしかして……わたしのぶんが、ないのが、いやなの?


   うー!!


   そ、そうなの?


   う、うー!


   あ、あの、わたしのことは、きにしないで。
   わたしは、あとでのむから……だから、ね?


   ……。


   ほんとうに、きにしなくていいから……。


   ……うー。


   ど、どうしよう……。


   ……。


   いまから、おししょうさんにおねがいして……でも、そんなことをしていたら、こおりがとけてしまうかも。
   ううん、わたしのぶんをいれてもらうだなんて……おししょうさんは、このこのためにいれて……せんせい、だって。


   ……うー?


   ねぇ……のめなかったら、むりはしないでいいから。
   だけど、のめそう……ううん、のみたいのなら、がまんしないで。


   ……。


   わたしのことは、いいの……だから、おねがい。


   ……むぅ。


   あなたがのんでいるところを、みているから……わたしは、それだけでいいの。


   ……ない。


   よくない……?


   ……。


   わたしは……そう、のどがかわいていないの。
   だからね、のまなくてもへいき……。


   ……や。


   や……?


   ……しょ。


   しょ……。


   ……い、しょ。


   い、しょ……いっしょ?


   ……たい。


   いっしょに……のみたい?


   ……ん。


   あぁ……そういうこと。


   お、おー。


   ……おししょうさんに、おねがいすれば。


   え!


   ……せんせいも、きっと、つくってくれる。


   う、うーー?


   ……のめなくはないの。


   ……。


   だけど……わがままに、なってしまうから。


   ……まま?


   わたしのぶんも、いれてほしいなんて……。


   ……い。


   い……?


   んーん、んーん。


   ……え、と。


   あーーーー!


   え。


   あーーー!!


   な、なに。


   あーーーーーー!!


   ど、どうすれば、





   喚くな、ちゃんと持って来たよ。





   ……え。


   う、う。


   お、おししょうさん?


   お、お。


   これ、わたしに……え、でも。


   ううーーう。


   あの、おししょうさん……え、こおりも?


   うぅー……。


   あ、いえ……ありがとう、ございます。


   ……うっ。


   はい、げんきみたいです……。


   ……うぅぅ。


   いっしょに、います……はい、ちゃんとみてます。
   いえ、わたしもいっしょにいたいと、おもって……ん。


   ……!


   んん……。


   おー!


   ……うん?


   あーうーーー!!


   あ、だめ。


   う!


   こぼれちゃうから、ね?


   う。


   はぁ……よかった。


   う?


   だいじょうぶ、こぼれてない。


   う~。


   ……ふふ。


   へへっ。


   おししょうさん、ありがとうございます。
   せんせいには、あとで……はい、じゃあ、つたえておいてください。


   う、う。


   うん……いっしょに、のめるね。


   うぅー!


   ……おたけび、ですか?


   う、うー。


   ……。


   うー?


   ……ふふ、たしかにすこしおもしろいかもしれません。


   ……。


   ふふ……ふふ。


   ……へへへ。


   ね……すこしずつ、ゆっくりと、のもうね。


   あい。


   うん……じゃあ、いただきます。


   ます。


   ん。








   はぁ、やれやれ。


   起きていたようね。


   あぁ、すっかりな。
   若しかしないでも、ちびの声が聞こえたか?


   雄叫び。


   然うだよな、あれだけでかければ聞こえるよな。


   お茶は?


   受け取って呉れたよ。


   然う。


   まさか、ちびのだけ持って行ってしまうとは思わなかった。


   未だ、視野が狭いから。


   然うか、なら仕方ない。


   あの子は寝台の上で大人しくしてた?


   いや、あの様子じゃ寝台から出てあの子を探しに行こうとしてたな。


   然うでしょうね。


   全く、ほんの少しだけ、離れていただけだってのに。


   本当だったら、あなたが傍に居るべきなのだけれど。


   あたしも然う思うが、あの子が傍に居たいと言って呉れたからな。


   言ったわね。


   あの子がちびの傍に居て呉れれば、あたしも安心だ。


   どうして?


   ちびに何かあれば、直ぐに知らせて呉れるだろう。
   マーキュリーに似て、とても確りしているからさ。


   当然でしょう。


   うん、当然だ。


   ……全く、先が思いやられるわ。


   ん、どうしてだい?


   甘くて。


   あたしは良いと思うぞ。


   何処が?


   ちび達の先は安泰だ。


   だと、良いわね。


   応、屹度大丈夫だ。


   ……楽観的。


   お茶はどうだい?


   ……まぁ、悪くないわね。


   甘味が、ちと足りないか?


   いいえ……此れで十分よ。


   然うか。


   あの子達のものには、甘煮を混ぜてあげたのでしょう。


   其の方が飲みやすいと思ったんだ。


   其れに比べて、私のものには切った柑橘を浮かべただけ。


   今からでも混ぜるか?


   混ぜるのならば、淹れ立て時に混ぜた方が良い。


   淹れ直すか?


   此れで良いわ。


   ん、然うか。


   ……ふぅ。


   マーキュリー。


   ……なに。


   ありがとう、来て呉れて。


   あなたのことだったら、来なかった。


   ……と言いつつ、来て呉れるんだよな。


   何か言ったかしら?


   お前は誰よりも優しいと言った。


   あぁ、然う。


   応。


   飲んだら、帰るわ。


   いや、今夜は此処で休んで呉れ。


   あの子は置いていく、屹度離れようとしないだろうから。


   ならば、お前も此処に。


   私は


   あたしが離れたくない。


   却下。


   ちびも。


   あの子は、あの子が居れば


   お前も居て呉れたら、より心強い。


   ……は。


   頼む、マーキュリー。


   ……はぁ。


   駄目か?


   ……仕方ないわね。


   うん、矢っ張り優しいな。


   あくまでも、あの子の為。


   あぁ、分かってる。


   ……。


   良し、あたしも飲むかな。


   飲むの。


   応、お前と一緒に飲むぞ。


   別に飲まなくても良いのに。


   飲ませて欲しい。


   嫌よ、ひとりで飲んで。


   頼む。


   頼まれない。


   良し、飲むぞ。


   矢っ張り、飲むの。


   うん、お前と飲むお茶は美味いから。


   あぁ然う、本当に勝手なひとね。


   はは。


   ……。


   ……うん、美味い。


   お茶を飲んでいるようには思えない。


   ん、然うか。


   まるで酒精を飲んでいるみたいだわ。


   安心して呉れ、あたしが飲んでいるのはお前と同じお茶だ。


   分かってる。


   久しぶりに飲むか?


   何を。


   酒精、藍実のやつが良い具合に浸かっているぞ。


   今度ね。


   ん、分かった。


   ……。


   其の時は乾酪の燻製を用意するから、言って呉れ。


   ……ええ。


   楽しみだな。


   ……あなたは飲めないけれど。


   飲んでいるお前を見ながら、燻製乾酪を食べているだけで良い。


   ……。


   白い肌が赤くなっていく様を


   ジュピター。


   ……応。


   はぁ……。


   ……酒精は、飲めずとも。


   ……。


   楽しむことは、出来る……お前となら。


   ……勝手に楽しまないで欲しいわね。


   ……。


   ……何を考えているの。


   言葉にしたら、怒られそうだから。


   ……しなくても、気分が悪いわ。


   酒精が入ったお前は、いつも以上に艶っぽくなる。


   ……不愉快。


   どっちにしろ、怒られるんだな……。


   ……そんなことを考えているあなたが全面的に悪い。


   ん、確かに。


   ……。


   ちび達は、楽しんでいるかな。


   ……明日の朝。


   ん?


   ……熱が下がっていなければ、薬茶を飲ませる。


   あぁ……取り敢えず、今夜は様子見だな。


   ……。


   然し、なんで熱を出したんだろうなぁ。
   熱が出ることなんざ、していないと思うんだが。


   ……幼体によっては、然ういう個体もあるわ。


   だとしたって、今日は起きて、食って、遊んで、食って、昼寝して、遊んで、食っただけなのに。


   ……疲労の蓄積、ではなさそうね。


   うん、其れはないな。


   ……あなた自身、何か変わったことをしたわけではないのでしょう。


   ちびの世話以外、特にはしていない。


   ……。


   ちびよりも早く起きて、飯を作って、食って食わせて、ちびと遊んで、飯を作って、食って食わせて、ちびが昼寝をしている間にお前とお茶を飲んで、


   もう良いわ。


   ん、然うか。


   ……。


   マーキュリー、何か気になることでもあるのか。


   ……躰が弱い個体。


   ……。


   其の可能性は、排除出来ない。


   躰が弱い個体……ジュピターでも有り得るのか。


   ……ないとは言えないわね。


   記憶力ぐらいだと思っていたが。


   ……躰の機能に欠陥がある個体が居たって、何らおかしなことではないわ。


   若しも、然うだとしたら……ちびは。


   ……長くは持たないでしょうね。


   ……。


   顔が歪んだわ。


   ……ん、然うだったか。


   分かりやすいくらいに。


   ……ちびが若しも、長く持たないとしたら。


   あの子のことを考えるのならば、新しい個体にした方が良い。


   ……未だ、間に合うか。


   名も未だ、与えていないから。


   ……。


   でも屹度、駄目ね……あの子はもう、認識してしまっているから。


   ……自分のジュピターだと。


   と言うより、其の存在を。


   ……存在。


   でなければ、今頃、寄り添ってなどいないわ。


   ……あぁ。


   まぁ、大丈夫だとは思うけれど。


   ……大丈夫だと、良いな。


   大分、情が湧いているわね。


   ……然うだな。


   ふ……。


   ……お前も、だろう?


   さぁ……どうかしらね。


   ……ちびは良く食うし、涎は垂らすし、転がるように動き回るし、ぷいっとするし、夜泣きはするし、よじ登って来るし、其処ら辺で転がってるしで、なかなか手は掛かるが。


   其れが、面白い。


   ……守護神の使命なんかよりも、ずっとさ。


   比べる物ではないわ。


   ……比べ物にも、ならないな。


   使命の方が、ずっと、大事。


   ……は、其れは然うだ。


   知ったことではないけれど。


   ……応、どうでも良いな。


   ……。


   もう少ししたら、様子を見に行くか。


   ……然うして。


   お前も、来て呉れるだろう?


   当たり前でしょう……其の為に、私は居るのだから。


   ……うん。


   ……。


   ……。


   ん……なに。


   ……確かめたくなった。


   あなたの目の前に居るでしょう。


   ……其れでも。


   ……。


   ……ごめん。


   ……。


   お……。


   ……次、意味もなく触れたら。


   うん……。


   ……此の手を、抓る。


   ん……。


   ……よぉく、覚えておいて。


  1日





   ふぅ……少し、重たいかな。


   『 ジュピター 』


   ん。


   『 起きている?』


   うん、起きてる。


   『 然う、ならば大丈夫そうね 』


   マーキュリー、来て呉れたんだね。


   『 来ない方が良かったかしら?』


   ううん、来て呉れてありがとう。
   待ってて、直ぐに開けるよ。


   『 良いわ、開けられるから 』


   ん。


   ……。


   マーキュリー。


   気分はどう、ジュピター。


   マーキュリーが来て呉れたから、とても良い気分だよ。


   然う、単純ね。


   あは。


   何をしていたの?


   躰の調子を見てた。


   何処か、気になるところはあった?


   ちょっと重たいと思う。


   全体的に?


   上半身かな、下半身は其れ程ではないような気がする。


   気がする、ね。
   まぁ良いわ、取り敢えず座って。


   何処に座れば良い?


   椅子でも、寝台でも。
   あなたの部屋なのだから、好きなところに。


   じゃあ、寝台にしようかな。


   隣に座って欲しいとでも?


   うん、座って欲しい。


   座るとしても、今ではないわ。


   ふふ、そっか。


   ……。


   座ったよ、マーキュリー。


   何かを期待しているような表情ね。


   叶ったら嬉しいなぁ。


   額に触っても?


   ん、勿論。


   然う……ならば、動かないでね。


   うん……じっとしてる。


   ……。


   ん……。


   ……微熱ね。


   マーキュリーの手……冷たくて、気持ちが良い。


   期待は叶ったかしら?


   ん……叶った。


   ……気分は?


   とても良いよ……悪いところなんて、全然ない。


   ……少しの間、様子見ね。


   多分、一晩ゆっくり休めば明日の朝には下がっていると思う……。


   ……其れを期待しているわ。


   其れでさ、マーキュリー……お願いが、あるんだけど。


   何か飲みたいものがあるのならば、用意するわよ。


   ……飲みたいもの?


   微熱と雖も発熱しているのだから、水分は多めに摂取するべき。


   あぁ、そっか。


   いつ飲んだの?


   んー……いつだったかなぁ。
   でも、ちゃんと飲んでいるよ。


   然う、何が飲みたい?


   然うだなぁ……矢っ張り、冷たいものが良いな。
   熱いものだと、躰に籠もってしまいそうで。


   お茶と水、炭酸水、或いは果汁、どれが良い?


   え、と……甘酸っぱい柑橘を浮かべたお茶が良い。


   氷は?


   大きめの氷が入っていたら、嬉しいな。


   食べてしまいそうね。


   食べると思う。


   であるならば、程良い大きさにしておいてあげるわ。
   あまり大きいと、食べ難いでしょうから。


   ふふ……うん、ありがとう。


   どういたしまして、用意出来るまで大人しく待っていてね。


   はぁい。


   甘味はあった方が良いかしら。


   ん、少し甘い方が嬉しいな。


   嬉しいの?


   うん、嬉しい。


   ふぅん……まぁ、良いけれど。


   ねぇ。


   なぁに。


   マーキュリーも、一緒に飲む?


   私は、別に。


   一緒に飲んで呉れたら、もっと嬉しい。


   然う、ならば仕方ないわね。


   へへ、やった。


   全く。


   ん。


   プリンセスの問題が落ち着いたと思ったら、今度はあなたが熱を出すなんて。


   疲れは感じていないし、熱が出そうな傷も負っていないのに。
   なんで熱が出たのか、自分でも良く分からないや。


   あなたは鈍いから。


   若しかして、お灸の勉強をしようとしたからかなぁ。


   あなたは経穴を知っているし、火加減さえ間違えなければ難しいものではないと思うのだけれど。


   火に中ったのかも知れない。


   火に?


   じっと見ていたから。


   あなたが見ていたのは煙、火其の物は見ていないわ。


   艾の中でじりじりと燻っているところが、何処となく似ているような気がした。


   ……。


   いや、あれはそんな大人しいものではないか。
   ひとつでも爆ぜてしまうと、どうにもならなくなってしまうこともあるし。


   ……初めてね、火に中るなんて。


   じんわりと、其の熱が躰に染み込んだのかも知れない。


   ……見ているだけで、染み込むものではないわ。


   だから、もうないと思うんだ。


   ……。


   多分、慣れたから。


   一度きり?


   うん、一度きり。


   ……然うだと良いけれど。


   今度、木星の民達に試してみたいと思う。
   其の時はマーキュリー、傍で見ていて欲しい。


   ……良いわ、見ていてあげる。


   ん、ありがとう。


   詳しい日時は決まっていないのよね。


   うん、全然決まっていない。


   私の都合に合わせて貰っても?


   構わない。


   ……考えておくわ。


   うん。


   ……。


   ……ふぅ。


   熱い?


   ……少し。


   雷気は?


   今のところ、大人しい……此の熱には、反応しないみたいだ。


   ……反応していたら、こんなに落ち着いてはいられないわね。


   抑え切れなくて、マーキュリーを求めていたかも知れない。


   ……然うでなくて、良かったわ。


   うん、あたしも然う思うよ……あれは、良くないことだから。


   ……時と場合によるわ。


   然う……?


   ……ただ、独り善がりな行為は嫌い。


   あ……。


   ……痛みばかりで。


   然うだよね……。


   ……。


   あたしも、好きじゃない……ううん、嫌いだ。


   ……火なんて。


   え……?


   ……火なんて、子供の頃から見ているのにね。


   あぁ……然うだね、ずっと見てる。


   ……今も。


   ごはんを作ったり、お茶を淹れたりする時に必要だから。


   ……火がなければ、水を温めることも出来ない。


   水は……あたしが、温める。


   ……私が言っているのは、飲用の水。


   あぁ、然うか。


   ……。


   火と言ってもさ……お灸のような燻る火は、あんまり見たことがないと思うんだ。


   ……燻製。


   くんせい……燻製。


   ……燻煙を使って、先代がたまに作っていたわ。


   あぁ、然う言えば……。


   ……あなたは作らなかったけど、傍で見ていた。


   今度、作ってみようかな……。


   ……あなたは好きではなかったから。


   ん……然うだったっけ。


   煙臭いと言って。


   ……然うだったかも知れない。


   ……。


   マーキュリーは……好きだった?


   ……臭いが苦手だった。


   あたしと同じだ……。


   ……大きくなれば、此の良さが分かるだろうと。


   大きく……?


   ……そんなことを言って、笑っていたわ。


   其れは……師匠だな。


   ……先生も。


   先生も?


   ……先生は、ほんの少しだけだけれど、酒精を嗜んだの。


   酒精を……?


   本当にほんの少しだけ……躰の中の水気が一時的に濁るし、そもそも強くないから。


   酒精じゃ……師匠は、一緒に楽しめないな。


   ……だから、一緒に燻製を食べたのよ。


   然う言えば……ふたりだけで、食べていた。


   ……私達には、決まって甘い果実。


   甘い果実……うん、然うだった。
   あれは、甘くて美味しかったなぁ。


   ……楽しみだったの。


   楽しみ?


   ……あなたと、甘い果実を食べること。


   ……。


   ……あなたは、甘い果実が楽しみだったと思うけれど。


   ひとりで食べても、味気ない。


   ……。


   マーキュリーとふたりで食べなければ……どんなに甘い果実だったとしても、甘く感じないんだ。


   ……小さい頃のあなたは、口の周りを果汁でべたべたにして。


   う……。


   ……拭いてあげると、にこにこと笑って喜ぶの。


   あー……。


   ……憶えている?


   ぼんやりと、だけど……。


   ……あの頃は未だ、お話出来なかったのよね。


   言葉を、覚えていなかったから……。


   ……其れでも、なんとなく分かったの。


   マーキュリー……。


   ……先生は。


   うん……。


   ……たまに、飲みたくなると。


   其の酒精は、何処から……先生が、作っていた?


   いいえ……お師匠さんよ。


   師匠が……?


   ……甘い果実の酒精を。


   果実の……でも師匠は、においも苦手だったのに。


   ……苦手なだけで、躰には影響が出なかったから。


   あぁ……だったら、作れるな。


   ……先生の為ならば、と。


   幾らでも作るだろう……作っている姿が、目に浮かぶよ。


   ……私は憶えているわ。


   ……。


   今は未だ飲ませられないが、大きくなれば、あいつのように嗜むようになるかも知れない……と。


   ……そんなこと、言われたんだ。


   未だ、嗜もうとは思わないけれど……。


   ……其の時は、あたしは見ているよ。


   ……。


   酒精に合うものを、作って。


   ……一緒に食べる?


   うん……食べる。


   ……間違っても、舐めないでね。


   舐めないよ……舐めるだけでも、駄目だから。


   ……。


   マーキュリーも、嗜むようになるのかな……。


   ……分からないわ。


   若しも、嗜むようになったら……作れるものならば、作ってみたい。


   ……私は果実のお茶で良い。


   ん……。


   はい……どうぞ。


   わぁ……。


   ……ゆっくり、楽しんで。


   うん、然うする……。


   ……少し、顔が赤いわね。


   熱のせいかな……。


   ……他にはないわ。


   そっか……。


   ……飲んだら、休んで。


   マーキュリーは……戻る?


   ……戻っても良い?


   ……。


   居て欲しい?


   ……居て、欲しい。


   ごはんは食べたの?


   ……ごはん?


   食べた?


   ううん……未だ。


   食べる?


   ……出来れば、食べたい。


   簡単なもので良い?


   ……。


   作ってあげるわ。


   ……あぁ。


   食べたくないのなら、


   食べたい。


   ……お芋のお粥でも良い?


   良い……マーキュリーが作って呉れるものなら、なんでも。


   ……なら、作ってあげる。


   ……。


   ん、なに……?


   ……抱き締めたい。


   だめよ?


   ……あとで。


   考えておくわ。


   ……へへ。


   ふ……。


   ……ん。


   あの頃と、同じ表情。


   ……話が出来なかった頃?


   然うよ……。


   ……あ。


   ……。


   ……矢っ張り、


   だーめ。


   ……今直ぐ、だめ?


   だめよ。


   ……はい。


   ……。


   ……マーキュリーの唇、熱かった。


   あなたの額の方が熱いわ。


   ……マーキュリーは、火も使えるんだ。


   使えないわよ……火気は、備わっていないから。


   ……だって、触れたところがこんなにも熱い。


   であるならば、あなたも使えることになる。


   ……あたしも?


   同じ理屈……。


   ……。


   ところで、味はどう?


   ……あじ。


   ゆっくりと楽しんで、とは言ったけれど。


   あ。


   もたもたしていると、氷が融けてしまうわよ。


   ちょっと待って。


   慌てて飲んで、咽ないように。


   ……んっ。


   だから、言ったのに。


   然うじゃなくて……美味しい。


   ……美味しい?


   程良く甘酸っぱくて……とっても、美味しい。


   然う……其れは良かったわ。


   ……マーキュリーも。


   ええ……。


   ……。


   ……うん。


   美味しいね。


   ……まぁ、悪くないわ。


   あはっ。


   ……ふふ。


   ……。


   ……火と言えば。


   うん……?


   ……熾火は、お料理をするのに活用しているわね。


   熾火……あれは、煮炊きをするのに良いんだ。
   時間は掛かるけど、美味しく出来るから……。


   ……思えば、熾火もじっと見ていたわ。


   うん、見ていたと思う……。


   ……熱は出した?


   熱……?


   ……熾火で。


   えと……ごめん、憶えてない。


   ……。


   ……マーキュリー?


   あの時の熱の原因は……若しかしたら。


   ……あの時?


   夜になって、急に熱を出して……其れまでは、なんでもなかったのに。


   ……。


   お師匠さん……ううん、先生ならば。


   ……ゆらゆらと揺れる火は、きれいだと思う。


   ……。


   確か……揺らぎの効果、だっけ。


   然うよ……と言っても、熾火や燻る火は揺らめかないけれど。


   水にもあってさ……見ていると、心がとても落ち着くんだ。


   ……落ち着くだけ?


   勿論、水の揺らめきもきれいだ……ずっと見ていても、飽きない。


   ……静かだと思ったら、じっと見ている時が何度もあったわ。


   水……?


   ……火も。


   水の方が多いよ……ずっと。


   ……どちらでも良い。


   良いの……?


   ……あなたが好きな方を


   其れならば、水だ……。


   ……。


   ……ん、美味しい。


   取り敢えず……今夜は、ゆっくり休んで。


   うん……マーキュリーと一緒にお休みする。


   ……。


   ……ん、マーキュリー。


   其の為に、仕事を終わらせたの。


   ……。


   私と、ゆっくり休んで……熱を下げて。


   ……うん、下げる。


   ……。


   ……薬茶は、


   飲みたい?


   ……。


   飲みたいのならば、煎れてあげるけれど。


   ……飲まないで、良いなら。


   ……。


   ……飲んだ方が良い、かな。


   良いわ……今夜は。


   ……。


   ……だけど、明日になっても下がっていなかったら。


   飲む……。


   ……宜しい。


   マーキュリー……。


   ……隣、良い?


   うん……座って欲しい。


   ……。


   ……来て呉れてありがとう、マーキュリー。


   どういたしまして……ジュピター。