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日記
2024年・8月

  31日





   ……はぁ。


   亜美ちゃん、焼きそば食べる?
   たこ焼きもあるよ。


   まこちゃん、待って。


   お好み焼きも良いなぁ。
   でもソースがなぁ、うっかり服にこぼしたら染みになっちゃうだろうし。
   座れるところがあれば良いんだけど……どこも、いっぱいなんだよな。


   まこちゃん。


   あ、フランクフルトだ。お祭りと言えば、フランクフルトだよね。
   亜美ちゃん、フランクフルト食べるかい?
   マスタード、今は食べられるけど昔は苦手でさ。


   待って。


   焼き鳥……豚串焼きも捨て難いかな。
   両親に連れてきてもらった時は、りんご飴を買って貰ってたけど。


   待って、まこちゃん。


   え?


   はぁ……。


   亜美ちゃん?


   ごめんなさい……歩くの、もう少しゆっくりにして欲しいの。


   あ。


   ……ついていくのが、やっとで。


   ご、ごめんよ。
   あたし、自分の歩幅で歩いてたかも……ううん、歩いてたよね。
   ごめん、亜美ちゃん。


   ううん、私もついていけなくてごめんなさい。


   亜美ちゃんが謝ることじゃないよ。
   あたしが悪いんだ、手も繋いでるのに……引っ張られるみたいになってきつかったよね、ごめんよ。


   ねぇ、まこちゃん。


   どこかでまた、休もうか。
   中心から出れば、ひとは少なくなるから。


   ……。


   ……え。


   こっち。


   あ、亜美ちゃん?


   行きましょう、まこちゃん。


   う、うん。


   ……。


   ごめん……怒ってるよね?


   ううん、怒ってないわ。


   けど……。


   ただ、気になってるだけ。


   気になって?


   ……。


   亜美ちゃん……。


   さっき、私が声をかけられてから。


   ……。


   まこちゃんの様子が、明らかにおかしいから。


   そ、然うかな……そんなこと、


   ないと言えるの?
   本当に?


   ……。


   ……ごめんなさい。


   ううん……。


   ……。


   あの……あたしの様子、どんなだった?


   ……。


   亜美ちゃんから、見て。


   ……何かを、振り切るようだった。


   振り切る……。


   何かを振り切るように、話して、歩いて……私が遅れているのにも、気が付かなくて。


   ……。


   私の勝手な推測でしかない……でも、然う感じたの。


   ……そっ、か。


   あんな歩き方……今までに、一度もされたことないから。


   ……ごめん。


   それで……改めて、思ったの。


   ……え?


   まこちゃんはいつも、私に合わせて呉れているんだって。


   ……。


   いつも、私に……。


   ……亜美ちゃんのペースが、好きなんだ。


   ……。


   亜美ちゃんに合わせて、亜美ちゃんの隣を歩く……そのスピードが、心地好かった。
   それは、今でも変わらない……多分、一生


   ……。


   ……それなのに。


   ……。


   ……。


   まこちゃん……ここなら。


   うん……ここなら。


   ……何か、飲む?


   ううん、良いや……亜美ちゃんは?


   ……私も、今は良いわ。


   ……。


   ……。


   ……あの、さ。


   ……うん。


   さっき、亜美ちゃんに声をかけてきたひとって……中学で、同じクラスだったんだよね。


   うん、二年生の頃の……彼は、学期の途中で転校してきたの。


   そ、然うなんだ……。


   それでまた、学期の途中で転校していった。親の仕事の都合だと、先生は言っていたわ。
   だから、あまり話したことはないの……あまりにも、短い期間だったから。


   転校……どこに?


   ……。


   憶えてない……?


   ……遠い場所だと。


   遠い……海外?


   ううん、国内……詳しくは、知らないの。


   あまり話したことはないと、言ったよね。


   うん。


   そ、それなのに、彼は憶えていたんだね……。


   ……。


   亜美ちゃん?


   ……塾が、同じだったみたいで。


   塾?


   私が受けた模試を、彼も受けていたみたいで……それで、声をかけられて。


   ……。


   まこちゃん?


   ……それだけ?


   それだけ……って?


   あたし、知ってるような気がするんだ。


   それは、短いとは言え、同じ学校に


   ……彼は、亜美ちゃんのことが好きではなかった?


   え。


   ……亜美ちゃんのことが好きで、亜美ちゃんも。


   それは、違うわ。


   ……。


   違うの、まこちゃん。
   彼は、そんなんじゃない。


   ……やっぱり、然うなんだね。


   ……。


   彼……浦和君って、言ったっけ。


   ……ええ。


   亜美ちゃんの背中を、あたしは押したことがあるような気がする……一度目の、時に。
   その時の、相手が……。


   ……彼だった。


   ……。


   だけど彼は、私にとっては……ただの、ともだちで。
   だって……。


   ……亜美ちゃん。


   私の好きなひとは……あの頃から、まこちゃんだったんだもの。
   恋愛が、良く分からなくても……分からないまま、まこちゃんにだけ特別な感情を抱いていた。


   ……彼に、一度目の記憶はあると思う?


   ないと、思う。


   ……それは、どうして?


   あるようには、見えなかったから。
   だから、私は何も言わなかった。その必要はない、然う思ったから。


   ……。


   何かしらの……それも強いきっかけがない限り、戻ることはないと思うの。
   そもそも、私達のように持っているかどうか……。


   ……だけど、ともだちだったんだろ。


   ……。


   それなのに……。


   ……恋愛感情を向けられるのが、嫌だった。


   ……。


   ……まこちゃん以外のひとに向けられるのが、本当に。


   思えば、一度目の時は。


   ……。


   そこまででは、なかったよね。
   少なくとも、蕁麻疹は出ていなかった。


   ……うん。


   何がどうして、然うなったんだろう……。


   ……まこちゃんだけ、だと。


   ……。


   他は……受け入れられない、と。


   ……ねぇ、亜美ちゃん。


   ……。


   亜美ちゃんを見つけて、声をかけてきたってことは……二度目でも、亜美ちゃんのことを。


   ……。


   ……今でも。


   仮令、然うだとしても。


   ……憶えていなくても、亜美ちゃんのこと。


   然うだとしても、私は応えられない。


   ……。


   私、言ったわ。


   ……うん、聞いてた。


   私の恋人は……まこちゃん、だから。


   ……吃驚、してたね。


   うん……だけど、良いの。
   会うことはもう、ないから。


   ……言い切ってしまっても、良いの?


   良いわ。


   ……今日みたいに、偶然に。


   まこちゃん。


   ……。


   ……会うことがあったとしても、それ以上のことはないわ。


   ……。


   決して、ないの。


   ……どうして今日、彼は居たんだろう。


   詳しくは、聞かなかったから……私には、分からないわ。


   ……。


   ……まこちゃん。


   分かってる、つもりなんだ……だけど。


   ……。


   ……亜美ちゃんが、手を強く繋いで呉れた時。


   ……。


   酷く、安心した……亜美ちゃんが好きなひとは、あたしなんだって。
   亜美ちゃんの恋人は、あたしなんだって……然う思ったら、涙が出てきそうになって。


   ……。


   フラれたことは、何度もあるけど……そのたびに、立ち直ることも出来た。
   亜美ちゃんが、傍に居て呉れたから。


   ……私だけじゃないわ。


   然うだけど……亜美ちゃんが、一番だったんだ。


   ……。


   若しも、亜美ちゃんにフラれたら……どうなるか、分からない。
   立ち直れるかどうか……正直、分からないんだ。
   だって、然うなったら、亜美ちゃんは屹度あたしの傍には居ない……居て呉れないだろうから。


   ……。


   亜美ちゃんに好きなひとが、出来て……それが、若しも、男のひとだったら。
   やっぱり、男のひとなんだって……考えただけで。


   ……私ね。


   ……。


   まこちゃんが、好きなの。
   ずっと、ずっと、好きなの。


   ……亜美ちゃん。


   出来れば……一生、あなたと居たい。
   然う、思っているの……願って、いるの。


   ……。


   だから……泣かないで。


   ……泣か?


   ……。


   ん……亜美ちゃん。


   ……鼻が、ね。


   え、え……。


   ……じっとしてて?


   う……。


   ……うん、これでよし。


   あ、あたし……。


   ……大丈夫、誰も見ていないわ。


   ……。


   好きよ、まこちゃん……私の、大好きな恋人。


   亜美ちゃん……。


   ……私の、誰よりも大切なひと。


   うん……うん……。


   ……。


   ……自分で、拭くよ。


   然う……?


   ……ありがと、亜美ちゃん。


   どういたしまして……まこちゃん。


   ……。


   ……。


   ……あたし、亜美ちゃんのお嫁さんになりたいな。


   え……?


   ……して呉れたら、嬉しい。


   ……。


   ……。


   ……法律が、改正されれば良いのに。


   ほうりつ……?


   ……法的には、出来ないから。


   あぁ、そっか……でも、さ?


   ……。


   いつかは改正するかも知れないし……それまでは、事実婚ということで。


   じじつこん……。


   ……なんて。


   ……。


   ……なんだか、熱くなってきちゃった。


   何か冷たいものでも飲む……?


   ……うん、然うしたいな。


   じゃあ……もう少し、落ち着いたら。


   ……あと、りんご飴が欲しい。


   りんご飴?


   ……子供の頃、良く食べたんだ。


   然う……じゃあ、りんご飴も。


   ……。


   ん……まこちゃん。


   ……ありがとう亜美ちゃん、大好きだよ。


  30日





   ……ん、冷たい。


   亜美ちゃん、パイナップルのアイスもしゃりしゃりして美味しいよ。
   食べてみるかい?


   うん、ありがとう。
   バニラも、良かったら。


   ん、ありがと。


   ん。


   うん、バニラも甘くて美味しい。
   パイナップルに合ってる。


   パイナップルのアイスも、さっぱりしていて美味しいわ。
   でも。


   でも?


   パイナップルのアイスなのに、果実のパイナップルとは味が同じではないのね。


   然う、然うなんだ。
   これなら、飽きが来ないと思うんだよね。


   うん。


   最初はパイナップルにパイナップルってどうなのかなって、思ったんだけどさ。


   それなのに、選んだの?


   興味、かな。


   あぁ……それなら、分かるわ。


   でね、食べてみて思ったんだ。
   アイスを工夫すれば、良いんだなって。


   アイスを?


   生クリームが入ってるんだ、アイスの中に。
   あと、パイナップルじゃない果汁。


   生クリームと、果汁?


   うん。


   ……。


   さっぱりしているから、柑橘の果汁だと思うんだ。
   亜美ちゃんは何だと思う?


   ……レモン、かしら。


   レモン?


   レモンならば、甘くならないと思うし。
   お菓子作りにも良く使われるでしょう?


   亜美ちゃんも然う思う?


   まこちゃんも?


   うん、あたしも。


   ……。


   もう一口、食べてみる?


   ……え?


   気になるようだったら。


   ううん、まこちゃんの分がなくなってしまうから。


   あはは、大丈夫だよ。
   亜美ちゃんの一口は、とてもちっちゃいから。


   ……。


   さぁ、どうぞ?


   ……バニラも、食べて。


   うん、貰う。


   ……。


   やっぱり、バニラはアイスの定番だよなぁ……然うだ。
   パイナップルとバニラアイスで、何か良いお菓子が作れるかも知れない。
   ううん、作れそうだ。


   ……生クリームと、レモン。


   うん?


   ……。


   あはっ。


   ……なに?


   いや、神妙な顔をしているから。


   ……変な顔、してた?


   変ではないんだけど、ちょっと面白かった。


   ……。


   ごめんごめん。


   ……もぅ。


   今度さ、パイナップルのお菓子を作ってみようと思うんだ。
   缶詰になっちゃうと思うけど……それでも、食べて呉れるかい?


   ……どうしようかしら。


   美味しく作るよ、必ず。


   ……顔を見て、笑ったし。


   ごめん、神妙な顔をしてアイスをじっと見てる亜美ちゃんが可愛かったから。


   ……可愛いと言えば許して貰える、然う思ってない?


   お、思ってないよ。


   ……ふぅん?


   可愛いなんて言葉ひとつで許して呉れるほど、亜美ちゃんは甘くない。


   ……だけど、言わずにはいられない?


   か、可愛いから、つい。


   ……。


   亜美ちゃん。


   ……食べたいわ。


   え。


   パイナップルのお菓子。


   ほ、ほんと?


   ん、ほんと。


   やった。
   じゃあ、近いうちに作るね。


   ……ねぇ、まこちゃん。


   なんだい。


   私も、一緒に作ってみても良い?


   一緒に?


   ……邪魔には、ならないようにするから。


   邪魔だなんて、なるわけないじゃないか。


   ……良い?


   うん、一緒に作ろ。
   絶対に、楽しくなるよ。


   ……うん。


   へへ。


   ねぇ、まこちゃん。


   なんだい、亜美ちゃん。


   アイスが溶けちゃうわ。


   え……あ。


   冷やしパイナップルも。


   ほんとだ、溶けそうになってる。


   と言うより、溶けてる。
   でも、だからって。


   ……つめたっ。


   いっぺんに口の中に入れるのは危ないわ。


   は、早く言って。


   言おうと思ったら、口の中に運んでしまっていたんだもの。
   飲み込まないで、とは言えないし。


   あー、背中、背中がー。


   もぅ。


   ……ん、亜美ちゃん。


   子供みたいなんだから。


   こ、高校生は未成年だし、子供だと思うな。


   然うだけど。


   ……うー。


   大丈夫?


   ……うん、亜美ちゃんがさすって呉れたから。


   気休めにしか、ならないと思うけど。


   でも、全然違うよ。


   まこちゃんは頭ではなくて、背中が痛くなるのよね。


   うん、あたしの場合は背中がきゅうってなって苦しくなるんだ。
   うさぎちゃんと美奈子ちゃんは、頭が痛くなるみたいだけど。


   ……それが、分かっているのに。


   いや、溶けちゃうと思ったら、つい。


   ……アイスクリーム頭痛。


   へ?


   アイスなどの冷たいものを食べて頭が痛くなることを然う言うの。
   ちゃんとした医学用語でもあるのよ。


   あぁ。それ、前にも聞いたかも。
   美奈子ちゃんがカキ氷をかきこんで、のたうち回ってる時だったかな。


   流石にのたうち回ってはいなかったけど……大騒ぎではあったわね。


   レイちゃんが呆れちゃってさ。


   ……その名の通り、頭痛を起こすひとが多いのだけれど。


   うん?


   ……。


   亜美ちゃん……?


   ……今は、ふたりだけだから。


   う、うん。


   ……みんなの話をするのは、さっきでおしまいにしたいの。


   ……。


   ……ふたりきり、だから。


   あ、あぁ……。


   ……。


   そ、然うだね、今はふたりきりなんだし、みんなのことを話すのは


   嫌なわけでは、ないの。


   うぇ?


   で、でも……その。


   ……。


   ……ごめんなさい。


   ……。


   ……。


   ねぇ、亜美ちゃん。
   そのまま、顔を上げないでね?


   ……?


   ……。


   まこ……ひゃっ。


   へへ。


   な、なに……。


   吃驚した?


   ……。


   溶けてるけど、未だ、冷たいから。


   ……まこちゃん。


   もう、しないよ。


   ……。


   少なくとも、ふたりでお祭りを楽しんでいる間は。


   ……それで、どうしてカップを私の首元に?


   吃驚するかなって。


   ……。


   あたし、子供だし。


   ……もぉ、何よそれ。


   あはは、ごめんね?


   もう、まこちゃんのばか。


   はは、ごめん、ごめんよ。


   本当に吃驚したんだから。


   うん、反応と声が可愛かった。


   また、可愛いって。


   可愛いんだ。


   ぁ。


   ……可愛いんだ、とても。


   まこ、ちゃん……。


   ……だから、曇らせたくない。


   くもらせる……?


   ……表情。


   ……。


   さ、食べよ。
   溶けちゃう前に。


   ……ばか。


   ん、ごめん。


   ……背中、大丈夫なの?


   うん、もう平気。


   ……気を付けてね。


   ん、気を付ける。
   心配して呉れて、ありが





   ……水野さん?   


  29日
   26日の拍手、ありがとうございます。





   ……。


   亜美ちゃん、大丈夫かい?


   ……なかなか、慣れないわ。


   あまり、飲む機会がないからなぁ。
   だけど、ちゃんと飲めてると思うよ。


   ……最初の頃よりは、飲めるようになったとは思う。


   亜美ちゃん、飲んだことなかったんだっけ。


   うん……だから、開け方も分からなくて。


   あの時の亜美ちゃん、ラムネ瓶をじっと見たまま固まってて。
   若しかしてあまり好きじゃないのかなって、思ったりもしたけど。
   まさか、開け方が分からなくて固まってるとは思わなかったなぁ。


   ……まこちゃんが気が付いて、開け方を教えて呉れたのよね。


   開け方が分からないのって、恥ずかしそうに小声で言う亜美ちゃんはすごく可愛かった。


   ……だけど、上手に開けることが出来なくて。


   結構、力が要るから。
   開け方は、悪くなかったんだけどね。


   ……結局、まこちゃんに開けて貰ったのよね。


   あたしが開ける時も、じっと見てたっけ。


   ……初めてだったから、物珍しくて。


   これは、失敗出来ないなって。
   ラムネを開けるだけで、あんなに緊張したことはないよ。


   ……ごめんなさい。


   亜美ちゃんの目、きれいだったな。


   ……目?


   青い目が、好奇心でかな。
   とても、きらきらしてて。今でも、忘れない。


   ……。


   で、うさぎちゃんとレイちゃんは開け方で言い争いをしてた。


   ……うさぎちゃんが失敗して、零しちゃったのよね。


   それがレイちゃんにかかって、喧嘩開始。
   いつものことだから、放っておいたけど。


   ……あのふたりは、出会った頃から喧嘩ばかりしてたわ。


   みたいだね。


   ……それが少しだけ、羨ましかったの。


   ……。


   レイちゃんと喧嘩をするうさぎちゃんは、私とふたりだった頃のうさぎちゃんとは、違うように思えて。
   レイちゃんも、うさぎちゃんと居る時の方が楽しそうに見えて。


   ……あぁ。


   三人で居ることは楽しかったし、うさぎちゃんもレイちゃんも優しかったけれど……私には言いたいこと、本当は言えてなかったのかなって。


   そんなことはないと思うな。


   ……。


   今なら、分かるだろ?


   ……うん、分かると思う。


   ん。


   ……まこちゃんのおかげ。


   え、あたし?


   ……まこちゃんが来て呉れたから、私は本当の意味でその中に入ることが出来たと思うの。


   そ、然うなの?


   ……うん、然うなの。


   そ、そっか。


   ……照れてる?


   うん、少しだけ。


   ……ありがとう、まこちゃん。


   こ、こちらこそ、ありがとう。


   ……どうして?


   亜美ちゃんが居なかったら……あたしも、馴染めなかったかも知れない。


   ……。


   なんて言うのかな、あのふたり、距離がとても近いだろう?
   だから、その中に入り辛いと言うか、入れないと言うか。


   ……分かるわ。


   三人より四人が良いとは、言ったものだけど。


   ……優しいから、余計に気を遣わせてしまっているんじゃないかって思ってしまって。


   然う、然うなんだ。
   だからさ、亜美ちゃんが居て呉れて本当に良かったよ。


   ……私も、まこちゃんが来て呉れて本当に良かった。


   だからって、うさぎちゃんとレイちゃんのことをどうこう言うつもりはないんだ。
   相性っていうのかな、より気が合うか合わないかって話で……あくまでも、あたしの問題だから。


   ……。


   ん、なに?


   ……まこちゃんって、大人だなぁって。


   え、あたしが大人?


   ……初めて逢った頃から、感じてはいたの。


   そ、然うなんだ。


   ……一緒に居ると、とても落ち着いて。


   ……。


   ……それで、気が付いたら好きになってた。


   亜美ちゃん……。


   ……だけど、今は少しだけ子供っぽい。


   へ。


   それで……大人にならなければ、いけなかったのかなって。


   ……。


   ……。


   ……亜美ちゃんと一緒に居るとさ、なんとなく楽だなぁって。


   私と……?


   然う、思ったら……余計に、亜美ちゃんと一緒に居たくなっちゃってさ。


   ……。


   ……もう、好きだったんだ。


   まこちゃん……。


   え、えと、子供っぽいあたしはいや?


   ……。


   いや、かな。


   ううん……そんなところも、好き。


   ……っ。


   ……大好きよ。


   う、うん……あ、ありがと。


   ……。



   な、なんだかさ。


   ……ん。


   あ、暑いね?


   ……ふふ、然うね。


   ラムネ、もう一本飲もうかな。


   ……大丈夫?


   え、な、何が?


   お腹……冷やしパイナップル、食べるのでしょう?


   あ、然うだった。


   ……。


   亜美ちゃん。


   ……なぁに。


   休めた?


   ……うん、大分。


   そっか、良かった。
   だけどもう少しだけ、休んでいようか。


   ……ごめんね。


   ううん、気にしないで。


   ……でも。


   お祭りは、まだ、終わらない。


   ……。


   だから、気にしないで。
   ね?


   ……うん。


   ひと、やっぱり多いね。
   歩けないほどじゃ、ないけど。


   ……ね。


   ん?


   ……。


   あ、亜美ちゃん……?


   ……暑い?


   う、ううん……平気だよ。


   ……暑かったら、言ってね。


   うん……暑かったら、ね。


   ……。


   ビー玉を落としたからって、直ぐに玉押しを外しちゃだめなんだ。


   ……うん?


   あの時のうさぎちゃん、直ぐに外しちゃっただろ?


   あぁ。


   ビー玉を落としたら、何秒か待たないと。


   ……炭酸ガスが、落ち着くまで。


   でないと、シュワっと吹きこぼれちゃう。
   面白いよね、ラムネって。


   ……化学反応。


   かがく?


   炭酸飲料とは、炭酸ガス……つまり、二酸化炭素が水分に溶け込んでいる状態のものを言うのだけれど。
   ラムネを開ける時のような衝撃を加えると、溶けていた二酸化炭素と水分が分離するの。
   分離した二酸化炭素が泡となって、水分を巻き込んで一緒に上がってくる……だから、ラムネは吹き零れるの。


   うん、確かに化学反応だね。


   ……。


   は、はは。


   ……ふふ。


   亜美ちゃんと話してると、本当に飽きない。


   ……本当? 鬱陶しくない?


   ちっとも、鬱陶しくない。
   面白いよ。


   ……。


   まぁ、難しくて分からない時もあるけどさ。
   そんな時は分かりやすい言葉で話して呉れるだろ?
   だから、飽きないよ。


   ……。


   もっと、聞かせて欲しいな。
   ね?


   ……うん。


   うん。


   ……今でも、ね。


   うん。


   ……最後まで飲むのが、難しいの。


   最後まで?


   傾けると、ビー玉が転がってしまうから。


   はは、分かるなぁ。


   ……まこちゃんも?


   うん、今でもちょっと苦戦する。


   ビー玉を取り出してしまえば、良いのだけれど。


   ビー玉を取り出しちゃったら、ラムネの良さが半減しちゃうような。


   ……でも、飲みやすくはなるわ。


   そういや、小学生の頃、ビー玉欲しさに瓶を叩き付けて割ったなんて言ってる奴がいたなぁ。
   で、親に怒られたとか。


   ……。


   あたしじゃないよ、欲しいなって思ったことはあるけど。


   ……確かにきれいよね、ビー玉。


   そうそう、然うなんだよ。
   ラムネのビー玉は簡単には取り出せないから、余計に欲しくなるんだ。


   ……今でも、欲しい?


   今は、別に……まぁ、ちょっとだけ。


   ……多分、取り出せると思うわ。


   え。


   取り出してみる?


   取り出せるの?


   ええ、この構造なら。


   割らなくても?


   この部分が、回せるから。


   ……。


   ここを、ね?


   ……これ、回せるんだ。


   スクリュー式だから。


   すくりゅー……。


   ……取り出してみる?


   やってみようかな。
   ううん、やってみたい。


   ……なら。


   でも、待って。


   ……え?


   ……。


   まこちゃん?


   うん、良い音。


   ……。


   あたし、好きなんだ。
   ビー玉が、瓶の中で転がる音。


   ……あぁ。


   きれいな音だし……あとはなんだろ、夏って感じがするからかな。


   ……風鈴、みたいなものかしら。


   はは、然うかも。


   ……。


   ……ね、亜美ちゃん。


   なぁに……?


   ビー玉……ふたつ、取り出してさ。


   ……。


   持って、帰らない?


   ……。


   こ、高校生なのに、子供っぽいかな。


   ……ううん、そんなことない。


   じゃあ……?


   ……持って、帰ろ。


   ……!


   ……ね。


   う、うん、持って帰ろ……。


  28日





   ……。


   亜美ちゃん。


   ……ん。


   そろそろ行こっか。


   ……もう、そんな時間?


   今、2時半を回ったところ。


   然う……じゃあ、行きましょうか。


   うん。


   ……。


   あ、落ちたよ。


   ん、ありがとう。


   ……。


   まこちゃん?


   この栞、今でも使って呉れてるんだなって。


   ……貰ってから、ずっと大切に使ってるわ。


   中学生の時だったよね、あげたの。


   うん……二度目の14歳の誕生日に。


   ……。


   ……。


   ……一度目の14歳の誕生日にも、何か贈りたかったな。


   ……まこちゃんが転校してきたのは二学期で、私の誕生日の直前だったから。


   うさぎちゃんや、レイちゃんにも教えてなかったんだっけ。


   ……自分の誕生日なんて、どのタイミングで言って良いのか分からなくて。


   うん、分かるかな……自分からは、あまり言わないよね。
   うさぎちゃんと美奈子ちゃんは、真っ直ぐに言ってくるけど……。


   ……だから、まこちゃんが聞いて呉れた時は嬉しかった。


   ……。


   まこちゃんのお誕生日も、知ることが出来たから。


   ……うん、あたしも嬉しかった。


   まこちゃん……。


   亜美ちゃんの誕生日の前に、一度目の記憶を取り戻せて良かったよ。
   じゃなきゃ、二度目の誕生日もお祝い出来なかったかも知れないし。


   ……。


   亜美ちゃん……?


   ……出来れば、思い出したくなかったこともあるから。


   あ……。


   ……だけど、何も思い出していなかったら。


   ……。


   ……まこちゃんと、こんな関係になることも。


   なかったかも、知れない。


   ……然う、よね。


   でも、実際のところは分からない。
   記憶がなくても、ともだちになって……こんな風に、なってたかも知れない。


   ……女の子同士なのに?


   うん……まぁ、難しいところでは、あるんだけどね。


   ……そもそも、好きになって呉れるの?


   難しいけれど、好きにならないとは言い切れない。
   決め付けることなんて、出来ないんだ。


   ……。


   はるかさんとみちるさんに、出会ってなかったら……自分の気持ちにちょっとだけ、戸惑っていたかも知れないけど。
   あのふたりの影響って、結構、あるんだ。考え方、と言うのかな。


   ……。


   けどね、あのふたりに出会ってなくても……それでもあたしは、亜美ちゃんのことを好きになってるような気がする。
   想いを、自覚して……ちょっとだけ戸惑いながらも、付き合いたいって、亜美ちゃんと恋人同士になりたいって、思ってるような気がする。


   ……私は、好きになってると思う。


   ……。


   ……思い出せなくても、きっと私は、木野まことという女の子のことを好きになる。


   亜美ちゃん……。


   ……だって、一度目の14歳の時から好きだったんだもの。


   ……。


   ……もっと、苦しかったのかしら。


   もっと……?


   ……セーラー戦士でなく、ただの女の子同士だったら。


   ……。


   ……セーラー戦士でも、苦しかったのに。


   それは、違うよ。


   ……え?


   セーラー戦士でなくても……同性を好きになっても、良いんだよ。


   まこちゃん……。


   確かに、変な目で見られることはあるだろう。
   偏見や、差別は……確実に、あるから。


   ……。


   だけど、さ……誰かを好きになることに、良いとか悪いとか、そんなのはないと思うんだ。


   ……。


   亜美ちゃんは、苦しかったと言うけれど……あたしには、正直、然ういうのがなくて。


   ……はるかさんとみちるさんの、影響?


   うん。
   だから、自覚してからは、ただ、ただ、好きだっていう気持ちしかなくて……だけど、告白はなかなか出来なくて。


   ……それはやっぱり、同性だから。


   ううん、然うじゃない。
   亜美ちゃんは、本当に大切なともだちだったから……告白したことで、ぎくしゃくしちゃうのが嫌だったんだ。
   ともだちという関係性が、壊れてしまうかも知れない……それが、とても怖かったんだ。


   ……。


   相手が男子なら、然ういう気持ちにはならない。なったこと、ない。
   だって、ともだちでもなんでもないんだからさ。壊れるものが、最初からないだろう?


   ……うん。


   亜美ちゃんは……同性同士だとしても、きっと、変に思わないだろうって。
   でも、そのままともだちでいられるかと言うと、別問題かなって。
   亜美ちゃんは優しいから、ともだちでいて呉れると思う……だけど、あたしがその関係に、苦しくなっちゃいそうで。
   だって、然うだろう? 亜美ちゃんに若しも、若しも、恋人が出来てしまったら……。


   ……まこちゃんも、苦しかったのね。


   ……。


   ……苦しいと思う程に、私のことを。


   うん……然うなんだ。


   ……。


   こう、言葉にしてみると……結局、同じだったのかも知れないね。


   ……同じ?


   亜美ちゃんも……その、あたしとの関係が壊れてしまうのが怖かったんだろうなって。


   ……とても、怖かった。


   ……。


   それなのに……まこちゃんへの想いは、大きく膨らんでいくばかりで。
   だけど、告白なんて出来そうになくて……しないと、決めて。


   ……変な夢まで、見ちゃったんだっけ。


   変では、ないけれど……不思議な夢ではあったわ。
   あなたにそっくりなひとが出てきて……だけど、あなたじゃないの。
   あなたの前世でも、なくて……それなのに、姿かたち、声まであなたにそっくりで。


   うーん……ジュピターじゃなきゃ、誰なんだろう。
   なんか、もやもやするな……ジュピターでも、いやなのに。


   ……。


   ん……。


   ……今の私が好きなのは、あなたよ。


   亜美ちゃん……うん、あたしも今の亜美ちゃんが好きだよ。
   大好きだ……。


   ……ん。


   ……。


   ……まこちゃ、


   お、と。


   ……え?


   栞。


   ……あぁ。


   ……。


   ありがとう……まこちゃん。


   ……どういたしまして、亜美ちゃん。


   ……。


   あの時は、さ。


   ……うん。


   何をあげようか、すごく迷ってさ。
   ともだちに誕生日プレゼントをあげるなんて、転校する前のあたしじゃ考えられなかったから。
   お店で買えるものか、手作りにするかでも迷ったっけ。


   ……うさぎちゃんが、先だったけど。


   うん、なに?


   ……なんでもない。


   うさぎちゃんの誕生日はさ、わりとあっさり決まったんだ。
   ついでに言えば、亜美ちゃんの後の美奈子ちゃんも、レイちゃんの15歳の誕生日の時も。
   一番悩んだのは、亜美ちゃんだった。


   ……。


   あれ。
   若しかしてレイちゃんだけ、14歳の誕生日のお祝いが出来なかった?


   ……二度目の時も、過ぎていたから。


   あー。


   ……。


   まぁ、それは……今はとりあえず、置いておいて。
   思い起こせば、あの頃から、亜美ちゃんのことが気になってたのかも知れない。
   ううん、気になってたんだ。なのに、気が付かなくて。


   ……。


   ブックカバーと悩んで、結局、青色の栞にして。
   栞なら、本にも教科書にも参考書にも、挟めるから。
   良く使って貰えると、思ったんだ。


   ……ブックカバーは、15歳の誕生日に。


   去年が栞だから、今年は青いブックカバーかなって。


   ……栞も、ブックカバーも、本当に嬉しかった。


   栞もブックカバーも、大事にして貰えてとても嬉しい。


   ……。


   栞を贈った時は、こんなに大切にして貰えるとは思ってなかった。
   亜美ちゃんは丁寧だから、物持ちはとても良い方だけれど……栞なんて、代わりは幾らでもあるからさ。


   ……代わりは、あるけれど。


   うん。


   まこちゃんに贈って貰った栞は、この一枚しかないから。


   ……。


   ん……まこちゃん?


   ……また、贈るよ。


   また……?


   ……一枚あれば、十分かも知れないけど。


   ううん、そんなことない……何枚でも、嬉しいわ。


   本当?


   ……何枚もあれば、本にも教科書にも参考書にも、挟んでおけるから。


   あぁ、そっか……それは、確かに。


   ……おねだりしているようで、ごめんなさい。


   良いよ……亜美ちゃんのおねだりならなんだって、何度だって聞いちゃうよ。


   ……あまり、甘やかさないで。


   ふふ……。


   ……この栞を挟んでおくとね。


   うん……。


   ……まこちゃんが、傍に居て呉れるような気がして。


   あたしが……?


   いつもでは、ないのだけれど……然う、感じる時があるの。


   然うなんだ……。


   ……塾に居ても。


   じゅ、塾かぁ……。


   ……とても、心強いの。


   ……。


   ……ずっと、大切にするわ。


   うん……ありがと。


   ……お祭りに、行きましょうか。


   ん……然うだね。


   ……。


   ねぇ、亜美ちゃん。


   ……なぁに、まこちゃん。


   栞、またあげるね。


   ……。


   次は……緑色の栞を。


   ……緑色?


   より、あたしっぽいかなって……。


   ……楽しみにしてても、良い?


   うん……楽しみに、してて。


  27日





   ……。


   亜美ちゃん。


   ……まこちゃん。


   おはよ?


   ……おはよう。


   ふふ。


   ……ん、なに。


   目がとろんとしてる、亜美ちゃんも可愛いなって。


   ……くすぐったいわ、まこちゃん。


   ぴょこんと、ちっちゃく跳ねてる髪の毛……ふふ、可愛いなぁ。


   ……あそばないで。


   寝起きの亜美ちゃんは、本当に可愛いからさ……寝起きの可愛さを競う世界寝起きコンテストなんてのがあったら、確実に上位を狙えると思うんだ。
   ま、あたしの中では、亜美ちゃんが一番なんだけど。


   ……そんなコンテスト、でたくないわ。


   んー……ふふ。


   ……もぉ、まこちゃん?


   亜美ちゃんのにおいがする……。


   ……ゆうべ、いっぱいしてくれたじゃない。


   ゆうべは、ゆうべだよ……。


   ……ん。


   うん……今朝は、涙の味がしない。


   ……もぅ、ばか。


   へへ……。


   ……。


   改めておはよ、亜美ちゃん。


   ……おはよう、まこちゃん。


   ん。


   ……いま、なんじ?


   今はねぇ……9時半を過ぎたところ。


   ……そう。


   思ったより、朝寝坊しなかったね。


   ……そうね。


   ゆっくりしてて、あたし達の朝ごはんはもう少し先になる予定だから。
   なんだったら、二度寝してても良いし、シャワーを浴びてきても良いよ。


   ……。


   今、この子達にお水をあげてるところなんだ。


   ……あぁ。


   夏はね、気を付けてないと直ぐにカラカラに乾いちゃうからさ。


   ……今日も、暑くなりそうだから。


   然うなんだ。
   だから、たっぷりあげておかないと。


   ……。


   みんな、今日もきれいだね。
   愛してるよ。


   ……きらきら、してる。


   だろ?
   みんな、あたしの自慢の子達なんだ。
   なんて、もう知ってるよね。


   ……。


   ん、虫は大丈夫そうだ。
   だけど卵は、と……これがついてると、厄介なんだよなぁ。


   ……まこちゃんのお部屋の植物達が、みんな、きれいなのは。


   うん、付いてない。
   良かった。


   ……まこちゃんに、愛されているから?


   うーん、この子は葉っぱがちょっと元気ないかなぁ。
   この暑さだし、夏バテ気味かも知れない……ちょっと、移動しようか。


   ……。


   栄養剤、必要かなぁ。


   ……今頃、気が付くなんて。


   ん?


   ……。


   亜美ちゃん。


   ……ちくちく、するのは。


   ね、亜美ちゃん。


   ……。


   お腹、空いてる?


   ……え?


   それとも、喉が乾いてる?


   ま、まこちゃ……?


   冷たいのが良い? それとも、あったかいの?


   あ、う、ううん……。


   うん?


   じ、自分でやるから……。


   やりたいんだ、だからやらせて?


   ……。


   ね?


   ……あ、あの。


   ん、なぁに?


   ……顔が、近いわ。


   顔?
   顔が、なんだい?


   ……。


   喉、乾いてない?


   ……私の、ことよりも。


   亜美ちゃん?


   まこちゃんは、みんなにお水をあげて……私のことは、良いから。


   良いの?


   ……う、ん。


   そっか。


   ……。


   うん、然うだよね。


   ……?
   まこちゃん……?


   みんながさ、亜美ちゃんにもお水をあげてって。
   喉が乾いてるようだったら、何か飲みたいだろうって。


   ……。


   と言うわけだから、何が良い?
   冷たいお水が良いなら、お水を用意するよ。
   要らないなら、要らないで良いからさ。


   ……言葉が、分かるの?


   まぁ、ね。


   ……。


   なんて言うのは、冗談だけど。


   ……じょうだん?


   亜美ちゃん、なんとなく淋しそうな顔をしてたから。


   ……。


   だ、だから……その。


   ……まこちゃん。


   い、要らないなら、良いんだ。
   ごはん、お水をあげ終わったら直ぐに作るからね。


   ……。


   今朝はねぇ、チーズトーストと目玉焼き。
   レタスのサラダに、あとは、ウィンナーのトマトスープ。
   どうかな?


   ……。


   ん、亜美ちゃん?
   どした?


   ……。


   何か飲みたいなら、あたしが……う、わ。


   ……。


   ……きれい、だ。


   ……。


   ……て、違うっ。
   いや、違わないけど……っ。


   ……。


   亜美ちゃん、服、服なら……わ。


   ……。


   え、え、えぇぇ……?


   ……。


   あ、あああ亜美ちゃん……?
   ど、どうした、の……?


   ……すき。


   な……っ。


   ……だいすき。


   ……っ!


   ……。


   あ、亜美、ちゃん……。


   ……。


   や、やらか……い、いいのか、な。


   ……わたし。


   え。


   ……わたし、ね。


   あ、う、うん……。


   ……じぶんで、やるわ。


   へ……。


   だから……まこちゃんは、みんなにお水をあげて?


   え、えぇ……?


   ……。


   あ……。


   ……まずは、着替えないと。


   あ、あぁ……。


   ……。


   ……ちょっと、いや大分、危なかった。


   何が、危なかったの?


   あ、いや……何も。


   ごめんなさい、お水をあげている時に。


   や、だ、大丈夫だよ、ちょ、ちょっとびっくりしたけど、大丈夫……うん、大丈夫。


   ……そう?


   う、うん。


   そう……よかった。


   ……。


   ……。


   ……まずい、どきどきが止まらない。


   ね、何か飲む?


   ぅえ?


   上?


   あ、や……。


   うん?


   え、えと、ごめん、良く、聞こえなかった。


   何か飲む?
   飲むのなら、一緒に入れようと思って。


   あぁ……えと、どうしようかな。


   要らない?
   もう、飲んでしまった?


   あ、あたしは……。


   うん。


   ……麦茶を、お願いしても良いかな。


   麦茶……ん、分かったわ。


   ……どうしよう、今朝の亜美ちゃんすごく可愛い。


   お砂糖、入れる?


   あ、うん、す、少し、入れようかな。


   氷も?


   う、うん、氷も。


   ん、分かった。


   あ、亜美ちゃんは?
   何を、飲むんだい?


   ……わたしは。


   うん……。


   まこちゃんと、同じものにする。


   ……。


   ちょっと、待っててね。


   う、うん、待ってる……。


   ……。


   ……。


   ……麦茶、もうあまりないわ。
   また、作らないと……。


   ……だめだ、今日はお祭りに行くんだ。


   氷は……うん、きれいに出来てる。


   ……た、確かに、時間はあるけど……ある、けど。


   あとは、お砂糖……ねぇ、まこちゃん。


   ……落ち着け……落ち着け。


   まこちゃん?


   ……え。


   お砂糖は、どれくらい?


   あ、あぁ……えと、小匙に一杯ぐらい、かな。


   ん。


   ……。


   ……。


   ……理性、がんばれ理性。


   まこちゃん。


   ……ひぇっ。


   どうぞ、まこちゃん。


   あ、ありがとう。


   どういたしまして。


   い、いただきます。


   ……ん。


   ……。


   ……お砂糖の量、大丈夫?


   うん……丁度良くて、美味しいよ。


   ん、良かった。


   亜美ちゃんも……。


   うん……。


   ……。


   ……ふふ、美味しい。


   ……く。


   飲んだら、シャワーを浴びてきても良い?


   う、うん、良いよ。
   行っておいで。


   ん……ありがとう。


   ……。


   ……やっぱり、喉が渇いていたのかも。


   そ、そっか……。


   ……。


   ……。


   ……ごちそうさまでした。


   あ、あたしも、ごちそうさま。


   ……。


   コ、コップは、そのままで良いよ。
   亜美ちゃんは、シャワーに。


   ……ありがとう、まこちゃん。


   ど、どういたしまして……。


   ……それじゃ、行ってくる。


   い、行ってらっしゃい……。


   ……。


   ……落ち着け、あたし……落ち着け。


  26日





   ……。


   亜美ちゃん。


   ……。


   あーみちゃん。


   ……うん?


   もう、12時を回りそうだけど……お勉強、未だ続ける?


   ……あぁ、もうそんな時間。


   明日の朝はゆっくりしてるつもりだから、少しくらいの夜更かしなら良いと思うけど。


   ……ううん、もうおしまいにする。


   そぉ?


   うん。


   じゃあ、寝る支度をしよっか。
   マグ、持ってくよ。


   あ、自分で


   良いから、良いから。


   ……ありがとう。


   どーいたしまして。


   ……。


   さぁさ、お片づけをして、亜美ちゃんと一緒に寝ようね~。


   ……なぁに、その歌。


   亜美ちゃんと寝る、ごきげんなあたしの歌。


   ……初めて聞いた。


   そりゃ然うさ、今初めて歌ったんだから。


   ……もう一度、歌える?


   勿論。
   さぁさぁ、お片づけをして、亜美ちゃんと仲良く寝ようね~。


   メロディだけでなく、歌詞もちょっと違うわ。


   あはは、所詮は即興だからねぇ。


   ……。


   これでよし、と。


   ……まこちゃん。


   なんだい?


   先に休んでて呉れても、良かったのに。


   一応、考えたんだけどね。
   やっぱり、一緒が良いなって。


   ……。


   あ、鬱陶しい?


   ……ううん、そんなことない。


   あぁ、良かった。


   ……。


   寝る前に少し、話す?


   ……え?


   明日のお祭り。


   ……どうして。


   チラシ、見てたからさ。
   意図的、ではなかったのかも知れないけど。


   ……。


   ここで話しても、良いけど……ベッドの中でも、良いと思うな。
   眠くなったら、直ぐに眠れるし……。


   ……ねぇ。


   ん?


   まこちゃんは……その、お祭りに行ったことはある?


   あるよ。


   ……それは、私達と?


   うん。


   ……私達と、出会う前は。


   両親と行ったかな、小さい頃に。
   あんまり、憶えてないんだけど……迷子になりかけたような、そんな憶えがある。
   多分、はしゃいでいたんだろうと思うけど。


   ……。


   転校する前は、お祭りに一緒に行くようなともだちなんて居なかったからさ。
   恋人も、居なかったし。


   ……ごめんなさい。


   うん、なんで?


   ……。


   そんな顔しないで、あたしは気にしてないよ。


   ん……まこちゃん。


   ……ねぇ、亜美ちゃん。


   なに……。


   ……ひとつ、心配なことがあるんだ。


   しんぱいなこと……?


   ……聞いて、呉れるかな。


   うん……聞くわ。


   ありがとう……実はさ。


   ……。


   今夜、眠れるかどうか……それが、心配なんだ。


   ……何か、気になることでもあるの?


   それがさ……。


   う、うん……。


   明日は、恋人と初めてのお祭りデートってことで……それはもう、楽しみで楽しみで。


   ……。


   気持ちが、浮かれちゃって……遠足前日の子供? ってこういうことを言うのかなって……実感、してるところなんだ。


   ……ええ、と。


   ね、この気持ちはどうすれば落ち着くと思う……?


   ……考えないように、すれば。


   それがね、無理なんだ……考えないようにすればする程、色々、考えちゃって。


   ……色々って?


   例えば……あたしの隣で楽しそうに笑ってる亜美ちゃんを想像するだけで、どきどきしてしまって。
   胸が高鳴ってしまって……とてもじゃないけど、眠れそうにないんだ。


   ……考えないようにするのは、無理なのよね?


   うん、無理そう。


   ……。


   だ、だから……。


   お勉強、する?


   ……。


   何が、良いかしら。


   ……あの、亜美ちゃん?


   ……。


   お勉強は、ちょっと……。


   然うだわ。


   ……あー。


   数学の問題を50問、解いてみるとか。


   うん、そんなことしたら明日の朝になっちゃうかな……。


   然うかしら……一時間もあれば、終わると思うけど。


   一問あたり、一分弱だよね……どう考えても、あたしじゃ無理だよね……。


   大丈夫、クールダウン出来るように直ぐに解ける問題にするから。


   そ、それでも、無理かな……。


   じゃあ、30問……?


   す、睡眠時間を削るのはどうなんだろう……?


   だけど、眠れなかったら一緒じゃない?


   それは、然うなんだけど……。


   良く眠る為に、計算は有効だと思うの。


   然うかも、知れないけど……そんなことをしなくても、良く眠れる方法が。


   計算を解いているとね、気持ちが良くなってくるから。
   きっと、良く眠れると思う。


   ……それは、亜美ちゃんの話であって。


   ……。


   ……あ。


   じゃあ……英語?


   ……あ、そっち。


   前置詞の復習、とか。


   ……ええ、と。


   慣用句でも、良いかも。


   ……ごめん、なんだか眠れそうな気がしてきた。


   え?


   先に、ベッドに入ってるね……。


   まこちゃん。


   亜美ちゃんは、ゆっくりおいで……待ってるから、さ。


   ……。


   ……よっこいせ、と。


   あの、まこちゃん。


   ……ん?


   ……。


   亜美ちゃん……?


   ……ごめんなさい、私。


   どうして?


   ……お勉強、ばかりで。


   あぁ……良いよ。


   ……。


   電気、お願いしても良い?


   ……うん。


   ありがと。


   ……。


   ……え。


   ……。


   亜美ちゃん、もう良いの?


   ……。


   わ……。


   ……ねぇ、まこちゃん。


   な、なんだい……?


   ……どうすれば、まこちゃんは眠れるの?


   え、え?


   私……お勉強しか、してこなかったら。


   ……。


   ……未だ、良く分からなくて。


   えと……亜美ちゃん?


   ……。


   亜美ちゃんが、隣に居て呉れるだけで……それだけで、良いよ。


   ……でも。


   今夜は、それだけで……。


   ……本当?


   うん、本当……。


   ……本当に、然うなの?


   ……。


   ……まこちゃん。


   キス。


   ……。


   しても、良い?


   ……う、うん。


   だ、だめ?


   ……だめじゃ、ない、わ。


   そ、それじゃ……。


   ……ん。


   ……。


   ……これで、良く眠れる?


   ……。


   ぁ……。


   ……じんましん、大丈夫?


   ……っ。


   大丈夫、かな……。


   ……大丈夫だと、思う。


   少しでも、だめだったら……言って。


   ……う、ん。


   ……。


   ね、ぇ……。


   ……だめ?


   うぅん……。


   ……。


   これは、睡眠時間を……あっ。


   ……やわらかい、かわいい。


   まこ、ちゃん……。


   ……良い?


   ……。


   ……。


   ……ひとつ、おしえて。


   なんでも……。


   ……ねむれないと、いうのは。


   うそじゃ、ない……。


   ……。


   ……ほんとうに、たのしみで。


   そう……。


   ……ん、あみちゃん。


   あしたのあさは、ゆっくりだけど……。


   ……うん。


   おまつりに、いくのだから……あんまり、ゆっくりしすぎないようにしてね。


   ……うん、わかった。


   ……。


   ……好きだよ、亜美ちゃん。  


  25日
   日記を毎日、一日も欠かさずに書いて、今日で丸一年です。
   何度か休もうと思った時もありましたけれども、それでも良く休まずに書いたなぁ、と、自分で自分を褒めておこうと思います。





   くしゅんっ。


   お、と。


   ご、ごめんなさい。


   ううん、気にしないで。
   大丈夫?


   ん、だいじょ……


   あ。


   ……くしゅんっ。


   あぁ。


   ……ごめんなさい。


   亜美ちゃんは悪くないよ。


   でも、食事中に……くしゅっ。


   あー。


   ……お行儀が悪くて、ごめんなさい。


   胡椒のせいだよ、亜美ちゃんは悪くない。


   ……それでも。


   あたしも良くあるんだ。
   気を付けていてもするっと入ってくるんだよね、胡椒って。
   まぁ、粉だからしょうがないんだけどさ。


   ……。


   でもさ、なんでくしゃみが出るんだろうね?


   ……。


   ね?


   ……胡椒の辛み成分であるピペリンが鼻の粘膜に付着して、三叉神経を直接刺激するから。


   花粉症と似てるんだっけ?


   花粉症は、もう少し複雑で……と言うのも、体内に侵入したスギやヒノキなどの花粉に、躰がアレルギー反応を起こしてしまうから。
   胡椒によるくしゃみは一過性に過ぎないけれど、花粉症は季節性のアレルギー性鼻炎だから……。


   春になるとって、やつだね。


   然う……だから、一度なってしまうと改善することは難しいの。


   花粉症にはなりたくないなぁ。
   毎年、大変そうだからさ。


   うん、大変だと思う。
   出来るなら、私もなりたくない。


   大学生くらいの女の人達が目と鼻を取り外して洗いたい、なんて話しているのを聞いたことがあるよ。
   よっぽどなんだなぁって。


   お薬で少しは抑えられるみたいなのだけれど、でも、症状を完全に抑えることは……?


   もう、大丈夫そうだね。


   ……?


   くしゃみ。


   ……あ。


   うん、良かった。


   ……もぅ。


   さ、食べよう?


   ……うん。


   胡椒、貰っても良い?


   ……気を付けてね。


   うん、分かった。


   ……。


   ……あ、まず。


   え。


   ……くしゅんっ。


   あ……。


   はは、参ったな。
   鼻が、むずむずする。


   ……。


   気を付けたんだけど、駄目だった。
   ごめんね?


   ……ううん、胡椒のせいだから。


   醤油ラーメンには、胡椒は外せないし。
   ほんと、参ったなぁ。


   ねぇ、まこちゃん。


   うん、なんだい?


   ありがとう。


   どうして?


   ……なんとなく、言いたくなったの。


   そっか。
   じゃあ、どういたしまして。


   ……ん。


   ……。


   ん……まこちゃん。


   亜美ちゃんは、くしゃみも可愛い。


   ……。


   揶揄ってなんて、いないからね?


   ……知ってる。


   ね、亜美ちゃん。


   ……なに。


   野菜炒めをのせるのって、悪くないだろ?


   ……?


   カップラーメンに。


   ……具なら、もう入ってる。


   然うだけど。


   ……手間も、かかるし。


   あたしの部屋で食べる時は、あたしが作った具を足すことにします。
   今日は醤油だったから、シンプルに野菜炒め。


   ……。


   あたしが作るんだから、問題ないだろ?


   ……手軽なのが、カップラーメンの売りなのに。


   毎回ではないよ、たまにはそのままの方が良いと思うしね。


   ……。


   美味しくない?


   ……そんなこと、言えるわけない。


   然う?


   ……すごく、美味しいもの。


   ん、良かった。


   ……まこちゃん。


   なんだい?


   ……お夕飯、カップラーメンで良かったの?


   うん、良かったよ。


   ……けど。


   食べたかったんだろ?


   ……。


   カップラーメン、あたしも好きだからさ。
   作るのが億劫な時は、これが一番手っ取り早くて良い。
   なんせ、お湯を入れて待っていれば食べられるんだからね。


   ……。


   明日はいよいよお祭りだし、何にも問題ないよ。


   ……お祭り、関係あるの?


   うーん、ないかも?


   ……。


   ふたりで食べるカップラーメンは美味しい。
   ね、亜美ちゃん。


   ……今度は、お塩が良い。


   塩?
   良いね、じゃあ今度は塩にしよう。
   具は、どうしようかな。何か希望があったら、言ってね?


   ……ん、考えとく。


   うん。
   でさ、お祭りのことなんだけど。


   ……3時頃から、始まるのよね。


   然うなんだ。
   それで、時間に合わせて行くか、それとも少し過ぎた頃に行くか。
   どっちが良いかなぁって。


   まこちゃんはどちらが良いの?


   あたしは、始まる前に行きたいな。
   亜美ちゃんは?


   私は……いつでも、良いわ。


   いつでも?


   ……まこちゃんと、一緒なら。


   う。


   ……う?


   あまりにも可愛くて、ラーメンが喉に詰まるところだった。


   ……口にラーメンを入れたまま、話さない方が良いと思う。


   うん、然うする。


   ……もぅ。


   それじゃ、始まるちょっと前に着くようにしようか。
   良い?


   うん。


   じゃ、時間は決まりと。


   今日は、どれくらいひとが来たのかしら。


   見たところ、そこそこは混んでたかな。
   歩けない程ではないんだけど。


   見に行ったの?


   偵察は、大事だろ?


   ……明日は、どれくらい混むと思う?


   今日と同じくらいだとは思うけど。


   逸れてしまった時の為に、会う場所を決めておいた方が良いかしら。


   一応、決めておこうか。
   逸れないようには、ちゃんとするけど。


   ……この辺りは、どう?


   ここ?


   うん。


   良いんじゃないかな、ここならあまりひとが居ないと思うし。


   それじゃあ、若しも逸れてしまった時はここで。


   ん、了解。


   人が多いとなると、やっぱり動きやすい方が良いわよね。


   その方が良いと思う。
   浴衣姿も、見たいけど。


   ……持ってきてないわ。


   浴衣姿は、違う機会に見せて呉れれば良いかなって。
   盆踊り、とか。


   ……盆踊り。


   い、行かない?
   ふたりで。


   ……ん、行く。


   やった。


   ……。


   あたしさ、冷やしバイナップルが食べたいなって思ってるんだ。


   冷やしパイナップル?


   美味しいだろ、冷やしパイナップル。


   美味しいけど……そんなに?


   どうやらさ、アイスが入ってるらしいんだ。


   アイス? パイナップルに?


   美味しそうだと思わない?


   冷凍、ではなくて?


   カップにカットした冷凍パイナップル、そこにアイスが入ってるんだって。
   ね、美味しそうだろ?


   美味しそうだけど……冷たそう。


   それが良いんだって、夏なんだから。


   ……。


   ん、あれ?
   あんまり、食べたくない?


   ううん……食べたい。


   ほ、ほんと?


   ……けど、食べ切れなかったら。


   サイズ、選べるらしいから。
   心配だったら、小さいのにしたらと良いと思う。


   ……ん、然うする。


   それでも、食べ切れなかったら言って。
   あたしが食べるから。


   ……。


   あ、あれ。


   ……もぅ、まこちゃんは。


   さ、流石に嫌……?


   ……お腹、壊さないでね。


   !
   うん、気を付けるよ!


   ……。


   亜美ちゃんは、何が食べたい?
   どこを見て回りたい?


   私は、食べたいものはちょっと分からないけど……。


   うんうん。


   見て回りたいところは……まこちゃんが、連れて行って呉れるところ。


   うん?


   ……お祭り、慣れていないから。


   あ、あぁ。


   ……だから、ついていくのがやっとになっちゃうと思うの。


   ……。


   で、でも、見たいものがあったら、ちゃんと言うわ。


   ……ん、分かった。


   まこちゃん……。


   明日は兎に角、ふたりで思い切り楽しむ。
   それで、行こっか?


   うん、まこちゃん。


   ……。


   ……ん。


   楽しみだね。


   ……うん、楽しみ。


   ……。


   まこちゃん……未だ、食べてるから。


   ……然うだった。


   ……。


   じゃあ、後で……。


   ……食事の後は、お勉強。


   お風呂から、出たら……?


   ……寝る前の、お勉強。


   うぇぇ……。


   ……明日は一日、遊ぶんだから。


   ……。


   ね……?


   ……はい。


  24日





  -誰そ彼(現世1)





   お祭り?


   今度の土日にあるんだね。
   商店街が協賛しているようだから、屋台もいっぱい出るみたいだ。


   楽しそうね。


   ね、亜美ちゃん。
   良かったらさ、一緒に行こうよ。


   お祭りに?


   うん、お祭りに。


   然う、ね。


   無理そう?
   土曜は塾だから、日曜ならと思ったんだけど。


   ……うん、日曜なら。


   今度の土曜も、やっぱり塾だよね?


   うん……折角誘って呉れたのに、ごめんね。


   ううん、謝らないで。
   日曜なら、行けるんだろ?


   うん、日曜なら一日大丈夫だから。


   じゃあ、日曜。
   日曜に行こうよ。


   ええ、分かったわ。


   でさ、土曜の夜はうちにお泊まりしない?


   お泊まり……。


   ど、どう?


   ……うん、良いわ。


   そしたらさ、いつものように迎えに行くよ。


   ん、ありがとう。


   約束。


   うん、約束。


   ふふ、やった。


   みんなにも、伝えておかないと。


   え?


   お祭りのこと。


   ……。


   今度の日曜なんて、もう、予定が入ってしまっているかしら。
   うさぎちゃんは若しかしたら、衛さんと二人で行くかも知れないけれど、一応、連絡してみた方が良いわよね。
   レイちゃんと、美奈子ちゃんは……?


   あー、亜美ちゃん?


   まこちゃん?
   どうしたの?


   うん……あの、さ。


   なんだか渋い柿を食べてしまった時のような顔をしているわ。


   そこまでの顔は、してないと思うけど。


   じゃあ、思っていたよりも塩辛いお漬物を食べてしまった時の……。


   待って、亜美ちゃん。


   ……?


   あ、あたしの顔は、この際、どうでも良いんだ。


   ……でも。


   なんとも言えない顔は、正直、してたと思う。
   だけど、それは良いから。


   ……然う?


   そ、そうそう。


   ……然う。


   あのね、亜美ちゃん。


   なぁに?


   ふたりで、行きたいな。


   ふたりで?


   で、出来れば、ふたりだけで行きたい。


   ……。


   みんなとではなく……亜美ちゃんと、ふたりだけで。


   ……あ。


   その……お祭りデートが、したいなって。


   あ、あぁ、そ、然ういうことだったのね。


   ふ、ふたりは嫌かい?


   ……嫌では、ないわ。


   ふたりじゃ、つまらない?
   みんなと一緒じゃなきゃ、楽しくない?


   つまらなくも、ないし……まこちゃんとふたりだけでも、その、きっと楽しいと思うわ。


   じゃ、じゃあ?


   ……。


   ……。


   ……まこちゃん。


   な、なに。


   ……ふたりで、行きましょう。


   ……っ、よっしっ!


   きゃ。


   あ、ごめ。


   吃驚した……。


   ご、ごめん。
   あ、あまりにも嬉しくて。


   ううん、良いの。


   でも、吃驚させちゃったろ?
   ごめんね。


   ……ねぇ、まこちゃん。


   な、なに?


   まこちゃんは、私とふたりだけで……本当に、楽しめる?


   も、勿論だよ。
   ずっと、考えてたんだ。


   ……ずっと?


   ほ、ほら、あたし達って五人で、衛さんとちびうさちゃんが居たら七人で、遊びに行くことが多かったろ?


   ……然うでもないわ。


   え。


   ちょっと前までのうさぎちゃんは、衛さんとちびうさちゃんの三人で行動していることが多かったと思う。
   今は、ちびうさちゃんが居ないから、衛さんと二人で良くお出掛けしていて。


   そ、それだ。


   え?


   うさぎちゃんは衛さんと恋人同士、だからふたりきりで出掛けることが多い。


   う、うん……。


   で、亜美ちゃんとあたしも、恋人同士。


   ……。


   だから……。


   ……ふたりで、出掛ける。


   もっと、ふたりきりで出掛けたい。


   ……。


   ずっと、考えてたんだ……。


   ……いつから、考えていたの。


   亜美ちゃんと、付き合う前から。


   ……。


   どうにか、ふたりきりになりたくて……頑張っては、いたんだけど。


   ……そう、なの?


   然う、なんだ。


   ……。


   す、好きなひとと、ふたりきりでどこかへ……あたしが、考えないわけがない。


   そ、然うなのね……。


   そ、然うなんだよ……。


   ……言って、呉れれば。


   つ、付き合う前は、なんとなく、言い辛くて。
   亜美ちゃんは、あたしとふたりよりも、みんなと一緒の方が良いかなって……。


   ……それは、おかしいわ。


   え、お、おかしい?


   だって……。


   だ、だって?


   お付き合いする前から……お泊まりする時は、ふたりきりが多かったもの。


   ……。


   ……いつもでは、ないけれど。


   い、言われてみれば……。


   ……だから、私、あまり考えたことがなくて。


   あたしと、ふたりだけで出掛けること……?


   ……今も、ふたりだし。


   ……。


   ……ふたりで、お買い物にも行っていたし。


   い、言われて、みれば……。


   ……だけど、然うね。


   いや、でも、あたしがしたいのは、然うじゃなくて……でも、ふたりきりは、どんな場合でも嬉しい……。


   これからは。


   ……へ。


   ふたりだけで、お出掛けしましょう……。


   ……。


   ……ね?


   う、うん、しよう、然うしよう。


   まずは……お祭り、ね。


   うん!


   きゃっ。


   あ、ご。


   ……顎?


   ご、ごめん。
   また、大きな声を出して。


   ふふ……ううん、気にしないで。


   は、はは……。


   ……。


   お祭り、楽しみだね。


   ……ん、然うね。


   あぁ、本当に楽しみだ。


   ……。


   早く、土曜にならないかな。
   ねぇ、亜美ちゃん。


   ……もぅ、まこちゃんったら。


  23日





   ……山の向こう側が、明るいですね。


   あぁ、大分小降りになってきた。


   ……雨の音が、小さくなっています。


   うん、直に止むだろう。


   ……。


   大夫、大丈夫かい?


   ……濡れてしまいましたね。


   降り始めたと思ったら、あっという間だった。
   何も今日、降らなくても良いのに。


   ……。


   大夫?


   ……糸筒。


   あぁ……然うか、濡れちゃったか。


   ……ごめんなさい。


   大夫のせいではないよ。あの雨じゃあ、どうしようもなかった。
   懐に入れたとしても、濡れていたと思う。


   ……。


   もう、使えない?


   ……紙で作った、筒なので。


   乾かしても、駄目かな。


   ……恐らくは。


   ……。


   一応、乾かしてはみますね。


   ……うん。


   ……。


   ねぇ、大夫。


   ……はい。


   また、作ろう。


   ……。


   また、ふたりで。


   ……然うですね、また作りましょう。


   うん。


   ……ねぇ、まことさん。


   なんだい?


   この糸筒……貰っても、良いでしょうか。


   良いけれど……取っておくのかい?


   ……然うするつもりです。


   そっか。


   ……使えないものを取っておいても、仕方ないですよね。


   半分に、しようか。


   ……?
   半分……?


   筒は、ふたつあるだろう?
   ひとつを大夫に、もうひとつをあたしに。


   ……。


   取っておいても仕方ないかも知れないけど、だからと言って直ぐに捨ててしまうのは惜しいと思う。
   ならばせめて、新しいのを作るまで。


   まことさん……。


   どうだろう、大夫。


   ……では、半分にしましょう。


   ん。


   ……。


   大夫、寒くはない?


   ……大丈夫です。


   寒かったら、直ぐに言って欲しい。


   ……まことさんは、大丈夫ですか。


   あたし?


   私よりも、濡れてしまっているから。


   あたしは、大丈夫だよ。


   ……腕を、雨避けにして呉れて。


   もう少し、良い笠になれれば良かったのだけど。


   ううん……おかげで、頭が濡れずに済みました。


   ……。


   まことさん?


   ……水が、滴る程ではないけれど


   ……。


   何か拭くものがあれば……ごめんよ、今日に限って持っていなくて。


   ううん、お互いさまだから……気にしないで。


   ん……大夫。


   ……風邪を、引いてしまわないように。


   雨が止んだら、一度、家に戻るよ。


   ……。


   大夫も、良かったら。
   此処からなら、うちの方が近いから。


   ……はい。


   ……。


   ……。


   ……大夫。


   今回は……33尺にも満たない、糸筒でしたけど。


   ……うん。


   それでも……楽しかったですね。


   うん、然うだね……とても楽しかったよ。


   ……姿は、見えているのに。


   大きな声を出さなくても、聞こえて。


   ……子供達が楽しそうにしていた理由が、これで分かりました。


   糸筒で遊ぶのは子供だけなのかい?


   大体の大人は、遊びません。
   あくまでも、子供の遊びですから。


   勿体ないな、遊んでみれば良いのに。


   ……大人には、大人の遊びがあるようなので。


   博打とか?


   ……それだけでは、ないと思いますけど。


   あたしは博打よりも、糸筒で大夫と話した方がずっと楽しいな。
   博打は、あまり好きじゃないんだ。


   ……したこと、あるんですか?


   まぁ、昔ね。


   ……然う。


   ん?


   ……。


   えと、子供っぽいかな。


   ……然うじゃなくて。


   ば、博打をするような奴は、嫌い?


   ……身を滅ぼす程するのはどうかと思いますが、仮令然うだとしても、私には関係がないので。


   か、関係したら?


   ……その時は離れて、切ります。


   あ、あたしはもう、やらないよ。やることもない。
   そもそもあの頃だって、やりたくてやったわけでは……。


   ……あなたが博打をしているところを、想像してみたんです。


   えっ?


   だけど、いまいち当て嵌まらなくて。
   まことさんは、どんな博打をしたことがあるのですか?


   その前に、どんな博打があるのか大夫は知っているのかい?


   あまり、知りませんけど……然う、ちんちろりんとか。


   ち、ちんちろりん?


   お店の軒先でしている方々を見掛けたことがあって。
   丼に賽子を転がすんですよね。


   そ、然うだけど……ま、まさか、やったのかい?


   いいえ、見掛けたことがあるだけです。


   そ、然うか……。


   まことさん、ちんちろりんを知っているんですね。


   ま、まぁ、手軽な博打だしね。
   茶碗と賽子三つがあれば出来るから。


   お茶碗?


   茶碗でも出来るんだ。
   要は、賽子を転がせれば良い。


   然うなのですね。
   それで、やったことはあるんですか?


   ……何度か。


   因みに、当たりましたか?


   ……それも、何度か。


   まことさんは強いのですね。


   と言うより、いかさまが好きじゃなくて。


   いかさま?


   うん……まぁ。


   ……。


   あたしにとっては、大して面白いものじゃなかったんだ。


   ……好きではなかったのですね。


   金を増やすことにも、興味がなかったから。


   ……。


   しかし、大夫の口からちんちろりんを聞くとは思わなかったな……。


   ……賽子を転がすと、ちんちろって音が鳴るから、ちんちろりん。


   え?


   ……音から、付けられてるんですね。


   あ、あぁ、然うみたいだ。
   詳しくは、知らないけど。


   ……どことなく、可愛いような。


   そ、然うかなぁ……実際は、そんな可愛いものじゃないけど。


   ……。


   ……と。


   そろそろ、止みますね……。


   ……家に、行こうか。


   ……。


   ……大夫?


   ごめんなさい……濡れているのに。


   ……ううん、構わない。


   ……。


   濡れている大夫の髪は、とてもきれいだと思う。


   ……急に、どうしたのですか。


   髪の青が、映えて……すごく、きれいなんだ。


   ……。


   今まで見たきた色の中で、大夫の青ほど、きれいな色はない。
   髪も、瞳も、本当にきれいだ。


   ……。


   いつもの、澄んだ青もきれいだけれど……水に濡れると、艶やかになる。
   まるで、水面に揺らめく光のようで……。


   ……ん。


   触れたく、なる。


   ……まことさん。


   ごめん……これ以上は、しない。


   ……冷たくは、ないですか。


   ……。


   ……肌。


   然うだな……。


   ……ぁ。


   冷たい……かな。


   ……。


   首も、頬も……そして。


   ……


   唇も……。


   ……あつい。


   大夫……良かったら。


   ……からだ、濡れているから。


   言ったろう……構わない、と。


   ……。


   大夫は、嫌かい……?


   ……。


   大夫……。


   ……聞かないで。


   分かった……もう、聞かない。


   ……。


   ……。


   ……ん。


   ……。


   ……まこと、さん。


   冷たいけど、柔らかい。


   ……。


   そして……甘い。


   ……あなたは、熱い。


   ……。


   いつだって、熱くて……。


   ……ねぇ、大夫。


   ……名前で。


   ……。


   名前で……呼んで。


   ……亜美さん。


   ぁ……。


   ……耳と心を繋ぐ、糸。


   ……。


   ……切られて、しまわぬように。


   ねぇ、まことさん……。


   ……なんだい、亜美さん。


   ……。


   ん……。


   ……甘い。


   え、と……。


   ……あの時からずっと、繋がっているわ。


   ……。


   ……だからお願い、ずっと、繋がっていて。


   うん……ずっと、繋がっているよ。


  22日





   ……。


   ……あー。


   ……。


   あー、あー。


   ……ふふ。


   大夫、聞こえるかい?


   ……。


   あたしの声、聞こえているかい?


   ……聞こえますよ。


   あれ、届いてないのかな。
   大夫、大夫、聞こえる?


   ……届いてますよ、まことさん。


   おかしいな。
   あー、あーー。


   まことさん。


   上手に出来たと思ったんだけど……大夫も、褒めて呉れたし。


   筒を、耳に当てて。


   ……?


   筒を、耳に。


   ……大夫?


   私の声、届いていますか。


   ……!


   私の声が、聞こえる?


   聞こえる、聞こえるよ!


   ふふ……良かった。


   あたしの声も、聞こえるかい?


   はい……まことさんの声も、ちゃんと聞こえます。


   あぁ、良かった。


   ……。


   大夫の、言った通りだ。


   ……私の?


   普通に話すよりも、良く聞こえるって。
   離れてるのに、面白いな。


   空気と、糸。


   うん。


   空気は気体なのですが、糸は固体です。
   気体よりも固体の方が音を確りと伝えて呉れるんです。


   へ、へぇ、然うなんだ。


   ふふ、然うなんです。


   え、えと……振動、だっけ。


   然うです。
   けれど、その説明は今は止めておきましょう。


   え。


   した方が良いですか?


   う、ううん、後が良いかな。


   では、然うしましょう。


   ねぇ、大夫。


   はい、まことさん。


   こうすることで、なんとなく分かったような気がするよ。


   試してみて、良かったですか?


   うん、良かったと思う。


   知識は得るだけで終わらず、必ず実践を。
   然うして初めて、知識は形となる。


   それは?


   ……。


   大夫?


   ……学んでいた頃に、ある方から頂いた言葉です。


   へぇ……。


   ……まことさん?


   ん、いや、なんでもない……。


   ……然う?


   う、うん……なんでもない、よ。


   ……ならば、良いのですが。


   え、えと……そ、然うだ、今度子供らにも作ってあげようかな。


   子供達にも?


   多分、喜ぶと思うんだ。うさぎちゃんが。


   あぁ、うさぎちゃんなら喜んで呉れそうですね。


   美奈は、分からないけど。
   うさぎちゃんが遊びたいって言えば、あいつも遊ぶだろうから。


   新しく作りましょうか。
   それとも、今、私達が話しているものを渡しますか。


   新しく作ろうと思う。
   あたし達のは、あたし達だけのものにしたい。


   ……。


   こ、子供っぽいかな。


   ……いいえ、良いと思います。


   そ、然うかい?


   はい……まことさんらしくて。


   え、えぇ。


   ふふふ……。


   た、たまにさ?


   はい。


   こんな風に、話すのも楽しくて良いなって。
   その為には、あたし達のがなければ出来ないだろう?


   ふふ……確かに然うですね。


   だ、だから。


   新しく作りましょう。


   う、うん、作ろう。


   喜んで貰えると良いですね。


   あぁ、然うだと良いな。


   どうせだから、綺麗な紙を貼って飾りましょうか。


   紙?


   その方がより、喜んで貰えるでしょうから。


   良い考えだとは、思うけど……その紙は、どうするんだい?


   今度。


   今度?


   町に行ったら、買ってきましょう。


   ……。


   だから……一緒に、来て呉れませんか。


   あ、あぁ、一緒に行く。
   一緒に、行こう。


   ……ありがとうございます、まことさん。


   ど、どういたしまして。
   た、楽しみだな。


   ……私も、楽しみです。


   せ、折角だから、何か美味しいものも食べてこよう。
   甘味、とか。


   然うですね……然うしましょう。


   あと、さ。


   はい。


   綺麗な紙、あたし達の分も買ってくるってどうだろう?


   私達のも?


   あたし達のにも、貼れたらって。


   ……。


   あ、あたし達のには、要らないか。


   ……いえ、折角ですし、買ってきましょう。


   い、良い?


   買ってきたら、新しく作ったものに貼りませんか?


   新しく?


   遊び過ぎて、よれよれになっているかも知れませんから。


   ……。


   そんなことも、あり得ると。


   ……然うかも、知れないな。


   でしょう?


   その時はまた、ふたりで作ろうか。


   ええ、然うしましょう。


   ……。


   ……。


   ……とまぁ、声が届くことが良く分かったところで。


   もう少し、続けますか?


   うん、続けよう。
   思っていた以上に、楽しい。


   ……都の子供達が糸筒で遊んでいる理由、分かったような気がします。


   何を、話そうか。


   然うですね……まことさんは、何か話したいことはありますか。


   あたしは……うん、まぁ。


   でしたら、まことさんから話して下さい。


   良いのかい、あたしが先で。


   私は、まことさんの後で話したいと思います。


   そっか、じゃああたしから話そう。


   ……。


   えーと……。


   ……。


   大夫が作る甘い麦茶は、いつ飲んでも美味しい。


   ……はい?


   いや、程良く甘くて。
   疲れた躰に染み渡るんだ。


   ……それが、話したいことなのですか?


   うん。


   ……。


   え、あれ、おかしいかな。


   いいえ……ふふ、あなたらしいと思って。


   そ、然うかい?


   ……あなたが作るご飯は、いつ食べても美味しいです。


   へ。


   お返しです。


   あ、あぁ。


   おかしいですか?


   い、いや、おかしくないよ。
   然うだ、今夜は何が食べたい?


   今夜、ですか?


   う、うん。


   ……それは、お誘いですか。


   お、お誘いです……。


   ……。


   だ、だめかな。


   ……お邪魔しても、良いですか。


   も、勿論、迎えに行くよ。


   ……診療が終わって、片付けてからになるので。


   待ってる、外で。


   ……。


   若しも、あたしが居なかったら。
   待っていて、欲しい。必ず、行くから。


   ……でも、いつも迎えに来て貰ってばかりで。


   迎えに行きたいんだ。
   大夫とふたりで、歩きたいんだ。


   ……。


   大夫……。


   ……待ってます。


   え、何……?


   あなたを、待ってます。


   ……!


   だけど、ひとつだけ。


   ひ、ひとつと言わず、幾つでも。


   ふふ……ううん、ひとつだけです。


   そ、然う?


   然うです。


   わ、分かった。


   若しも、私の支度が終わってなかったら。


   うん。


   外ではなく、中で待ってて下さい。


   中で?


   あなたの姿が見えた方が、嬉しい。


   ……っ。


   だめでしょうか。


   だ、だめじゃ、ない。


   では……まことさんが先の場合は、中で。


   うん、大夫。


   私が先だった場合は、


   中で、待ってて欲しい。


   ……。


   外でも、嬉しいけど。


   ……では、外で。


   えっ。


   ふふ……分かりました、中で待っています。


   ……。


   ……。


   あの、大夫。


   ……はい、まことさん。


   もう少し、話しても良いかな。


   ……はい。


   ……。


   ……まことさん?


   糸は、繋がってる?


   ……え。


   あたしの、


   ……あ。


   あ……。


   ……。


   雨が、降ってきた。


   ……ここまで、ですね。


   大夫、今からそっちに……。


   ……。


   くそ。


   ……切れた。


   何も今日、降らなくても良いだろうが。


   降り始めたばかりなのに……驟雨、ううん、俄雨かしら。


   今は、それよりも。


   ……まことさん。


   大夫……!


   ……。


   大夫!


   まことさん。


   大夫、お待たせ。


   ううん、ちゃんと見えていましたから。


   俄雨だろうけど、とりあえず、濡れない場所に。


   糸筒は……。


   あたしが、いや、大夫が。


   ……はい、分かりました。


   よし。
   それじゃ、行こう。


  21日





   ……雨。


   ……。


   ……小降りに、なってきたようですね。


   ん……あぁ、然うみたいだ。


   ……。


   大夫は……耳が、良いね。


   ……水の音だけです。


   うん?


   ……子供の頃から、水の音だけは良く聞こえて。


   ……。


   例えば……まことさんがお魚を釣りに行く、川の瀬音。


   ……川の?


   水溜まりを跳ねる、雨の雫の音。


   家の中からでも、聞こえるのかい?


   ……壁の隔たりの分だけ、音は小さくなりますが。


   それは、驚いたな……水溜まりは兎も角として、川は決して近くではないのに。


   ……とは言え、限度はあります。


   然う、だよな……なかったら、大変だろうし。


   ……ただ、ずっとだと疲れてしまうので。


   ずっとだと、五月蠅そうだ。
   特に雨の日は、あちこちから聞こえてくるだろうから。


   ……信じて、呉れるのですね。


   ん?


   ……こんな話。


   信じるも何も、本当のことだろう?


   ……。


   違うのかい?


   ……切るように、しているんです。


   え?


   ……ずっとだと、疲れてしまうから。


   あぁ。
   だけど、切るってどうやって?


   ……なんと言えば、良いのでしょうか。


   ……。


   然う……水の音だけを、心に届かないようにするんです。
   耳と心を繋ぐ糸を、一時的に、切っておくような。


   ……え、と。


   子供達の遊びに、ふたつの筒の底に紙を張り、糸で繋いで話す、というのがありますよね。


   ……。


   糸筒と言う遊びなのですが……知りませんか。


   ……それが、都の子供達の遊びなのかい?


   はい……糸筒とは、音の振動を利用した玩具なんです。


   おとの、しんどう……。


   糸筒を使えば離れていても声が聞こえて、話すことが出来るんです。
   普通に話すよりも、良く聞こえるんですよ。


   ……。


   声は空気を振動させることによって伝わります。
   けれど、糸を振動させても伝えることが出来るのです。
   糸筒は、その仕組みを使った……?


   ……。


   も、若し良かったら、作ってみますか。
   話を聞くよりも、まず、試してみた方が良いかと思います。


   ……作れるもの、なのか?


   はい、作れますよ。


   あたしでも?


   まことさんは手先が器用なので、私よりも良いものが作れると思います。
   私は作り方は知っていますが、作ったことはないので。


   ……。


   あの……作って、みますか?


   ……それを、使ったら。


   は、はい。


   それを使ったら、大夫と離れていても話せるだろうか。


   ……。


   は、話せない?


   ……330尺ぐらいの、距離ならば。


   330尺……。


   ……ものによっては、それ以上離れていても届くそうです。


   此処と、あたしの家までの距離は……。


   け、けれど、糸が曲がったり弛んだり、何かに触れたりすると、音はそこで途切れてしまって届かないんです。
   糸はずっと、張っておかないと。


   ……。


   それに、遠くまで届くものを作ろうとするのならば、筒は大きいものでなくてはなりません。
   糸も、ただの糸ではなく……。


   ……然う、か。


   ……。


   離れていても、大夫と話せると思ったのに……そんな便利なもの、この世にはないか。


   ……いつか。


   いつか?


   いつか、離れていても話せる道具が発明されるかも知れません。


   ……それは、いつだろう。


   ずっと、先……私達が生きている時には、難しいかも知れません。


   ……。


   だから……今、この時を生きている私達は。


   ……大夫。


   話したい時は、逢うしかない……それしか、ない。


   ……。


   けれど……逢うからこそ、触れ合いながら、話すことが出来るのだと。


   ……あぁ。


   温もりは、糸では届けられませんから……あ。


   ……。


   まこと、さん……。


   ……大夫の、


   ぁ……。


   ……言う通りだ。


   ……。


   けれど、離れていても大夫と話がしたい……大夫の声が、聞きたい。


   ……。


   済まない……ただの、我侭だ。


   ……いい、え。


   ……。


   私も……私も、まことさんと同じ思いですから。


   ……同じ、思い。


   離れていても、あなたと話すことが出来たら……どんなに、良いと。


   ……こんな雨の日でも。


   逢えない日が、続いても……。


   ……。


   ……


   声を聞いたら……余計に、逢いたくなってしまうかも知れない。
   逢って、その温もりを……。


   ……。


   糸では、温もりは届かない……か。


   ……あの。


   うん……?


   ……そろそろ。


   ……?


   離れて、頂けると……。


   離れて……あ。


   ……。


   す、済まない……っ。


   ……い、え。


   い、いつの間に、あたしは……っ。


   ……無意識、だったのですね。


   ほ、本当に……ん。


   ……。


   だ、大夫……?


   ……済まない、ではなく。


   う、うん。


   ……ごめんの方が、柔らかくて近しい間柄のような気がします。


   ……。


   ……気がするだけ、かも知れません。


   ごめん。


   ……。


   ど、どうだろう?


   ……ふふ。


   す、済まないの方が、良いか。


   ……ううん、ごめんの方が好きです。


   す、好き……。


   ……。


   こ、これからは、ごめんって言うようにする……い、良いかい?


   ……はい、然うして下さい。


   じゃ、じゃあ、然うしよう。


   ……ふふ。


   は、はは。


   ……ごめんなさい、唇にまた触ってしまって。


   う、ううん、良いんだ……寧ろ、もっと触って欲しい。


   ……。


   あ、いや……。


   ……糸筒。


   い、いとつつ?


   ……今度、一緒に作って試してみましょう。


   う、うん、然うしよう。
   た、楽しみだ。


   ……はい。


   ……。


   ……然う言えば、水の音の話をしていたんでしたね。


   ……。


   ふふ……忘れていましたよね。


   そ、そんなことは……。


   ……どうしましょうか。


   き、聞かせて欲しい。


   ……。


   た、確か、切るんだったね。


   はい……耳と心を繋ぐ糸を、一時的に。
   あくまでも、感覚の話なのですが……。


   ……他の音や声は、聞こえる?


   水の音を切るだけなので。


   ……。


   糸筒は、糸を切ってしまえばそれまで。
   心の糸もまた、同じこと。


   一時的に、と言うことは……繋ぐことは、出来るのか。


   出来ます……水の音を伝えて呉れるもの、ならば。


   ……。


   今は、少しだけ繋げているんです。
   雨の音が、聞こえるように。


   ……。


   ……帰るのならば、今が良いかも知れません。


   大夫。


   ……支度を、するのなら。


   切らないで、欲しい。


   ……え。


   然うならないよう、努めるから。


  20日





   これは、ある地域で、白米が主食として食べられるようになった頃に流行した病です。
   原因が特定されたことで、今はもう、発症率は下がっています。


   玄米ばかり食べていた頃にはならなかった。
   つまり、玄米にはその病に罹らないものが入っていたが、白米には入っていなかった。
   然ういうことかい?


   はい、その通りです。
   その地域では一汁一菜が基本で、主食……つまり、白米ばかり摂取していました。
   それも、その病が流行してしまった要因となったのです。


   汁物や小菜も、大事ってことだね。


   然うですね。
   特定のものばかり食べていると、偏ってしまって躰には良くありません。


   うん。


   この病は、遠い戦地へ送られた戦人達の間でも流行したとの記録が残っています。


   ……戦人?


   近いところでは、先の戦で。
   原因が特定されていても、食糧の補給が滞ってしまえば罹ってしまうのでしょう。


   ……。


   聞いた話によると、その戦人達も白米ばかり食べていたそうです。


   ……遠い地に、送られて。


   ですが途中で玄米や豆類などの小菜も摂るようになり、広がることは……?


   ……それは、おかしい。


   まことさん?


   白米など、そんなもの、一粒もなかった。
   玄米も、小菜も……そもそも、まともに食うものなんて。


   ……。


   ……その戦人達は、特別だったんだろうか。


   どうやら、特殊部隊ではあったらしいと……詳しいことは、分かりません。


   特殊部隊……噂では聞いていたが、矢張り、然うだったのか。


   あの、まことさん……。


   ……。


   先の戦で……。


   ……ん、あぁ、聞いた話だよ。


   聞いた話……。


   ……あの戦は、酷かったろう。


   ……。


   だから、知らない者は居ない。
   知らないのは、その頃に生まれていなかった子供くらいだ。
   まぁ、然ういうことだよ。


   ……病よりも。


   うん?


   ……飢餓の方が、ずっと、多かったそうです。


   ……。


   栄養素が足りずに病に罹る……それは、命を落とさないからでもあります。
   他の物を食べることで、飢えることはないから……。


   ……確かに、食えないと病になる前に飢え死にしてしまうからな。


   ええ……飢餓状態は、医術ではどうにもなりません。
   飢餓……餓死とは、生命を維持する為の栄養が足りずに命を落とすこと……それを防ぐには兎に角、食べることしかないのです。


   ……然う、なんでも。


   ……。


   飢えると言うのは、死ぬよりも苦しいらしい。
   どうせ、最後には死んでしまうとしても。


   ……然う、みたいですね。


   これも、聞いた話なんだが。


   ……はい、なんでしょう。


   土豆。


   ……?


   十年程、前か。
   白米もなければ玄米もない、だから、そればかりを食べていた隊があったらしい。


   土豆を……?


   然う、来る日も来る日も、土豆ばかり。
   なんでも、その隊の長がそれを配給するように強く言ったらしい。
   兎に角、腹持ちが良いからと。そんな理由で。


   土豆……それならば。


   その隊では、大夫の言う病が流行ったことはなかった。
   それ以外の病は、防げなかったらしいが。


   ……感染症、ですね。


   後に、それすらも食えなくなる……なったらしいが、他よりも生き残りは多かったみたいだ。
   それらの病に罹って死ぬ者が居なかった、と言うのも大きいのだろう。


   どちらの病も、防ぐことが出来ます。
   必要な栄養素さえ、摂ることが出来れば。


   ……。


   いえ、もうひとつの病は未だ分かりませんが……でも、十年前って。


   ……全部、聞いた話だ。


   ……。


   病になるのも苦しいが、飢えるのも苦しい……出来れば、なりたくない。


   ……まことさん。


   今日、あたしが此処に来たのは、大夫に逢いたいだけでなく。
   大夫が何か困っていないか、食べるものがなくなっていないか……それが、心配だったから。


   ……。


   けど、何もないようで良かった。
   本当に安心した。


   ……来て呉れて、改めてありがとうございます。


   大夫……。


   ……心配、して呉れて。


   何かあったら……いや、何かある前に、あたしは此処に来ようと思う。
   何かあってからじゃ、遅いから……。


   ……。


   考え過ぎと、言われるかも知れない……それでも。


   ……あなたの言う通りです。


   ……。


   未然に防げるのならば、その方が良い……だけど、あなたにはずっとお世話になってばかりで。


   何度も言っているけれど、気にしないで欲しい。


   ……。


   ……済まない、最後にこんな話をしてしまって。


   いえ……。


   ……。


   ……そろそろ、帰りますか。


   然う、だな……大夫の話が、終わりならば。


   ……。


   甘い麦茶、とても美味しかった。
   その前に淹れて呉れたお茶も。


   あなたが作って呉れた、お味噌の雑炊も……躰が温まって、本当に美味しかったです。


   うん……良かった。


   ……。


   それじゃあ、大夫……。


   ……雨の音が、良く聞こえます。


   ……?


   ……。


   大夫、何処へ……。


   ……矢っ張り。


   戸を開けたら、雨が……。


   ……雨の降り方が、強い。


   ……。


   こんなに、降っていたら。


   いや……これくらいならば、大丈夫だ。


   ……。


   蓑、湿ってるな……流石に乾かないか。


   ……今、外に出るのは。


   笠は……。


   危ないと、思うのです。


   ……。


   だから……だから。


   ……大夫。


   弱くなるまで……此処に。


   ……然う、したい。


   ……。


   穿袴は、洗ってから返したいと思う……良い、かな。


   ……話。


   ……。


   聞いて貰いたい話が、未だ、あると言ったら。


   ……。


   帰らずに……聞いて、呉れますか。


   ……。


   今日でなくても、良いような話です……それでも。


   ……聞きたいと、思う。


   あ……。


   ……雨が弱くなるまでで、良いから。


   ……。


   大夫の話を、声を、聞いていたい……。


   ……まことさん。


   この手に、触れながら……。


   ……。


   ……。


   ……冷たい手で、良いのなら。


   ……。


   どうぞ、このままで……。


   ……大夫の手は、冷たくなんかない。


   ……。


   血が、ちゃんと通っている……だから。


   ……。


   どうしても、気になるのなら……あたしの熱を、うつそう。


   ……。


   きっと……あたたかくなる。


   ……まことさんの手が。


   構わない。


   ……。


   大夫……今一度、話を聞かせて呉れるかい?


   ……はい、喜んで。


   うん……ありがとう。


  19日





   ……。


   ……うん。


   どうでしょうか……。


   ほんのりと甘くて、美味しい。
   麦の香りも良くて、大夫が都に居た頃に良く飲んでいたというのも頷ける。


   ……今でも、飲んでいます。


   うん、然うだったね。


   ……。


   甘いから、疲れている時に良いような気がする。
   ほら、疲れている時に砂糖をほんの少し舐めると元気になるだろう?


   ……。


   本当に美味しいよ、大夫。
   嘘じゃない。


   ……良かった。


   あと、少しだけ懐かしいかな。


   ……小さい頃に、飲んだことがあるんでしたよね。


   うん、未だ両親が生きていた頃だ。


   ……。


   また飲めるなんて、思わなかった。
   ありがとう、大夫。


   ……また、一緒に飲みましょう。


   うん、また一緒に。


   ……。


   はは、しかし美味しいな。
   畑の合間に、特に汗をたくさんかいた時に飲みたくなる味だ。


   あの……良かったら、作って持って行きます。


   え、良いのかい?


   いつもは、難しいですが……たまにで、良ければ。


   も、勿論、良いに決まっているし、とても嬉しい。


   ……では、然うしますね。


   そ、その時は、一緒に。


   ……。


   い、一緒だと、より、嬉しい。


   ……それでは、一緒に。


   う、うん。


   お砂糖だけでなく、お塩もほんの少しだけ入れて。


   え、塩?


   はい。


   砂糖、だけでなく?


   大丈夫です、砂糖よりも少量ですから。
   塩気を感じることは、まず、ありません。


   お、おう。


   汗をたくさんかくと、塩気の強いものが美味しいと感じることはありませんか。


   あるかも、知れない……いや、あるな。
   暑い時は、特に。


   それは、躰がお塩を求めているからです。
   麦の茶だけでは、水分は摂れますが、塩気は摂れません。


   塩って、大事なのかい?


   はい、とても。


   どれくらい?


   生命を維持する為に欠かすことは出来ない存在、つまり必須である。
   然う、言われています。


   は、はぁ。


   不足すると、


   躰に、異常をきたすようになる?


   その通りです。
   躰のあらゆるところで異常が生じ、最悪、意識障害に陥って命を落としてしまいます。


   ……。


   汗をかくと、躰の塩分が汗と共に排出されてしまいます。
   ですから、それを補う為にも、外部から摂取する必要があるのです。


   ……躰から、塩が抜けるって。


   汗には、塩辛いものがありますよね。
   まことさんは農作業などでいつも汗をかいているでしょうから、若しかしたら、塩辛くないかも知れませんが。


   いや、塩辛い時もあるよ。
   好んで舐めたことは、ないけど。


   ふふ、然うですよね。


   ……大夫は、


   私も、ありませんよ。


   そ、然うか。


   他にも、汗が染みた着物に白いものが浮いていることはありませんか。


   ああ、ある。
   若しかして、あれは。


   塩です。


   あれは、塩だったのか。


   とは言え、塩だけではないのですが。


   はぁ、然うだったのか……ひとのこの躰にも、塩が。


   お砂糖もお塩も、躰には必要なものです。
   だからと言って、摂り過ぎてはいけませんが。


   いや、面白いな。
   そんなこと、一度も考えたことはなかった。


   ふふ……面白いと言って貰えて、嬉しいです。


   大夫が此の村に来なければ、一生、知ることはなかったかも知れない。


   そんなこと……何処かで知る機会は、屹度、あったと。


   いいや、ないと思う。
   あたしは人と話す以前に、関わることすら出来るだけ避けていたから。


   ……。


   塩の握り飯が、暑い日だとより美味いと感じるのは、然ういうことだったのか。
   考えてみれば、寒い頃よりも暑い頃の方が少し多めに付けたりもするな。
   それも、大夫。


   はい、躰が求めているからです。


   はは、然うか。
   うん、合点が言った。


   実は、私。


   うん。


   夏の頃は、お砂糖だけでなく、お塩もほんの少しだけ。


   入れて、飲んでた?


   ……はい、飲んでいました。


   今も?


   今は……未だ。


   未だ、暑いと感じたことはない?


   はい、未だ。


   此の村にも短いとは言え、夏はある。
   若しかしたら、大夫にも塩入りの麦茶が必要になるかも知れない。


   ふふ、然うかも知れません。


   あ、でも。


   はい?


   畑の合間に持って来て呉れる麦茶に、塩を入れたら……大夫は、飲めるかい?
   汗をかいていないのに、飲んでも良いもの?


   ……。


   の、飲めない?


   ……然うですね、色々思うところはありますが。


   う、うん。


   別にしましょうか。


   え。


   まことさんにはお砂糖とお塩、私にはお砂糖だけ。


   え、えぇ。


   駄目ですか?


   お、同じものが、飲みたいと……。


   ……然うですか、矢張り同じものが良いですよね。


   あ、や、でも、別でも全然……。


   では、同じにしましょう。


   ……。


   お塩は、お砂糖よりも少量ですから。


   ……感じることは、まず、ない?


   然うではなく。


   え、えと?


   過剰摂取を考えるのならば、麦の茶に入れた分を、その日に頂く食事から減らせば良い。
   それならば、大丈夫。


   う、うーん?


   つまり、料理に使うお塩をほんの少し減らせば良いのです。
   然うすれば、過剰摂取にはならないでしょう。


   あ、あぁ。


   と言っても、たまにですし。
   そこまでは気にしなくても良いと思いますが。


   ……。


   それで、どうでしょう。


   ……大夫とあたし、同じ麦茶を飲む?


   はい、然うです。


   い、良いと、思う。


   ん……では、然ういうことで。


   ……。


   まことさん、お代わりはいかがですか。


   ……。


   ……?
   まことさん?


   ……きれい、だ。


   はい?


   ……とても。


   あの、まことさん?


   ……亜美さん。


   え。


   ……ふ、触れても、良いだろうか。


   え、え?


   て、手に。


   ……。


   だ、だめ、ですか……。


   ……いえ、どうぞ。


   ……っ。


   ……。


   あ、ありが、とう……。


   ……。


   ……。


   ……冷たいですか。


   いや……気にする程じゃない。


   ……でも、冷たいですよね。


   ……。


   ……え。


   うん……気持ち良い。


   あ、あの……何を、しているのですか。


   大夫の手を、自分の頬に当てている……。


   なんの、為に……。


   ……冷ます、為に。


   さます……。


   ……大夫の手は、とても、気持ちが良い。


   ……。


   ……。


   ……まことさん。


   済まない……もう、離すから。


   いえ、然うではなく……。


   ……。


   急に、どうしたのですか……?


   ……。


   手に、触れたいだなんて……。


   ……きれい、なんだ。


   きれい……?


   ……大夫が。


   ……。


   だから……急に、触れたくなった。


   ……然う、ですか。


   さっきも、触れたと言うのに……済まない。


   ……いいえ。


   ……。


   ……まことさん、私からも良いですか。


   ん、ああ……良いよ。
   鼻、かい?


   ……いえ。


   うん……?


   ……。


   ん。


   ……。


   ……。


   ……ごめんなさい、冷たかったですよね。


   い、いや……。


   ……。


   ど、どうして、唇に……。


   ……わかりません。


   ……。


   ……ただ、触れてみたくて。


   ……。


   ごめんなさい……唇には、もう。


   ……構わない。


   ……。


   大夫……亜美さんになら、構わない。


   けれど、唇に触れるだなんて……。


   ……亜美さんになら、触れられたい。


   ぁ……。


   ……指だけで、なく。


   まこと、さん……。


   ……。


   ……や。


   ……。


   ……。


   ……すま、ない。


   ……いい、え。


   ……。


   ……。


   ……話の続き、聞かせて貰えるかい。


   ……はい。


   その話を、聞いたら……帰ろうと、思う。


   ……かえる。


   うん……。


   ……そう、ですよね。


   ……。


   ……。


   ……麦茶。


   はい……。


   ……小袋に入ってて、他の茶に比べて淹れ易いな。


   それもまた、私が良く飲んでいた理由のひとつです……。


   ……今も、だろう?


   はい……今も、です。


   ……。


   ……では、話の続きを。


   大夫。


   ……はい?


   ゆっくり、話して欲しい。


   ……。


   ……ゆっくりと、聞きたい。


   ……分かりました。


   うん……。


  18日





   新鮮なお野菜や果物を長い時間食べられずにいると、躰に必要な栄養素が足りなくなり、最悪、死に至ることもあります。


   はぁ、然うなのか。


   この病は特に、長い航海に出る船人に多いとされてきました。
   原因が判明した今では予防することが出来るようになったのですが、それでも、罹患者が零になることはありません。


   どんなに積んだところで、長い時間だと腐ってしまうもんなぁ。
   然うなると、どうしたって、腐り難いものばかりになる。
   乾物とか、塩漬けとか。


   新鮮なものであっても、加熱調理をすると、その栄養素が壊れて失われてしまうんです。


   それは、参ったな。


   ですから、出来るだけ、加熱調理はせずに生のまま摂取することが望ましいのです。


   けれど、生だと長くはもたない、腐ってしまう。
   どこかで補給するしかない。


   はい。
   ですので、こまめに陸に上がって、新鮮なものを摂取することを推奨しています。


   薬はないのかい?


   今の所、有効なものは。


   成程……となると、陸に上がって食べるしかないな。
   けれど、遠い海に出なければならない船人とは難しいだろう。
   なんせ、上がれる陸がない。


   五年程前、なのですが。


   うん。


   あるお芋がその病を予防するのに良いと、ひとりの医究が発見したんです。


   いきゅう……?


   主に医薬を研究し開発する者のことです。


   へぇ、薬を研究するひとなんて居るのか。
   医生とは違うのかい?


   医究はあくまでも研究する者であって、診療はしません。
   また、その技術や知識もありません。


   けど、医生は薬を煎じるだろう?


   医生は、医究が研究し開発した薬の効用を学び、そしてその煎じ方を習う。
   医生が研究することはあまりありません。専門知識が必要となるので。


   はぁ、成程なぁ。
   それで、その芋とはなんだい?


   やっぱり、気になりますよね。


   あぁ、勿論。


   土豆です。


   あー、土豆か。


   土豆は必要な栄養素を多く含んでいて、且つ、過熱調理をしても壊れ難いようで。


   それは、良いな。
   土豆なら、芽には気を付けなければならないが、うまくやれば長く持つ。
   船にも載せられるかも知れない。


   今は未だ、実験段階なのですが。


   実際に船に載せて試しているのかい?


   はい。


   それで、良い知らせは?
   届いている?


   罹患するひとは、ほぼ、居ないと。


   ほぼ?


   土豆が嫌いなひとは、どうしても居るので。


   あぁ。
   だけど、それならばはっきりしたようなものなのではないか?
   食べない奴が、その病になってるんだろう?


   けれど実用するには、もう少し、実験結果が必要なんです。


   良さそうならば、使えば良いと思うが。


   ふふ、然うですね。
   でも、そんな簡単にはいかないのです。
   ひとの命に関わることなので。


   関わるからこそ、早い方が良いと思うんだ。
   ひとが、無駄に死ぬのを防げる。
   しかも、芋で。


   それも、然うなのですが。


   大夫は、どう思う?


   私、ですか?


   芋、早い方が良いと思うかい?


   ……思います。


   然うか、同じだ。


   だけど、然うはいかないんです。
   仮令、お芋であっても……確実な結果が、得られなければ。


   然うか……難しいものなんだな。


   ……利権も、関わってくるので。


   りけん?


   ……。


   大夫?


   ……あの、まことさん。


   ん、なに?


   退屈では、ありませんか。


   退屈?


   こんな話……詰まらなくは、ありませんか。


   いや、詰まらなくはないよ。
   食べ物のことだし、それに。


   ……それに?


   そんな病に罹ってしまわないよう、大夫には新鮮な野菜も食べて貰おうって。
   果物も、出来るだけ。そんなことを思いながら、聞いてたから。


   ……。


   土豆か……あたしは、作ってないんだよな。
   あれを煮ると、なかなか美味いんだけど。


   ……ふふ。


   ん?


   良かったら、もっと話を聞いて呉れませんか?


   あぁ、聞きたいな。
   もっと話して欲しい。


   次の話は、退屈かも知れません。


   然うかな、大夫の話なら楽しいよ。


   ……。


   大夫が自分の好きなことを話して呉れる、聞かせて呉れる。
   だから、とても楽しい。


   ……あぁ。


   あたしには難しいけど、でも、楽しそうに話す大夫を見ていると……楽しくて、嬉しい気持ちになるんだ。
   もっと見ていたいし、もっと楽しそうな声を聞いていたいって、思う。


   ……。


   も、勿論、話もちゃんと聞いているよ。


   ……分かって、います。


   つ、次はどんな話なんだろう。


   ……また、食べ物の栄養素に関する話です。


   それが足りないと、病になってしまう?


   ……はい。


   さっきとは、違う病なのかい?


   ……然うです。


   はは、それはまた楽しそ……楽しそうって言っても、良いのかな。


   ……良いと思います。


   然うか。ならば、次の話もまたとても楽しそうだ。


   ……。


   然うだ、話す前にお茶を淹れようか。
   ずっと話していて、喉が乾いたろう?
   少し、潤そう。


   ……まことさん。


   うん?


   ……。


   大夫?


   ……あなたは、私の話を遮らない。


   え?


   ……途中で耳を塞ぐこともなく、拒むこともなく、最後まで、聞いて呉れる。


   ……。


   ……それが、とても嬉しい。


   大夫……。


   ……同じことを学んでいた筈なのに、私の話を聞いて呉れるひとなんて居なくて。


   ……。


   ……ごめんなさい、私、何を言って。


   ん……別に、謝ることではないよ。


   ……。


   もっと、大夫の話が聞きたい。
   もっと、聞かせて欲しい。
   良いかな。


   ……はい、まことさん。


   うん、ありがとう。


   ……こちらこそ。


   お茶、飲むだろう?


   ……私が。


   ううん、あたしが淹れよう。


   ……ごはんを、作って貰いましたから。


   大夫の話を聞かせて欲しいと、あたしが頼んだんだ。
   だから、お茶はあたしが淹れる。


   ……。


   さて、それじゃあ。


   まことさん、若し良かったら。


   うん?


   甘い麦の茶を、飲みませんか。


   ……。


   ……今は、要りませんか。


   う、ううん、要る。


   ……。


   だ、大夫と、飲みたい。
   けど、良いのかい?


   ……今、あなたと飲みたいんです。


   ……。


   だから……。


   ……淹れ方を、教わっても?


   ふたり、で。


   ……。


   ……淹れませんか。


   ……。


   あ……。


   ……ふたりで、淹れよう。


  17日





   ……はふぅ。


   はは。


   ……何ですか。


   いや、聊か熱かったのかなと思って。


   ……もう少し、冷ませば良かったです。


   火傷はしなかったかい?


   ……そこまででは、ありませんから。


   然うか、なら良かった。


   ……。


   味は、どうだい?


   はい……切って干したお大根はしゃきしゃきとして、お米はふっくらと柔らかくて、お味噌の塩梅も丁度良くて、とても美味しいです。


   ん、良かった。
   お代わりはあるから、遠慮なく食べて欲しい。


   ……はい、ありがとうございます。


   うん。


   ……。


   ん、やっぱり卵が入ってると味が違うな。
   大夫、使うのを許して呉れてありがとう。


   いえ……。


   ん? どうした?


   ……卵が、ふんわりとしています。


   あぁ。


   ……。


   固いのも良いけど、今日はふんわりとさせてみたんだ。
   生ではない、半熟というところかな。


   ……半熟。


   新鮮な卵でなければ、良く火を通したんだけど。
   今朝産んだばかりだと言っていたから、だったら、良いかなと思って。
   勿論、良く洗ったよ。


   ……。


   き、気に入って、貰えたかい……?


   ……。


   あ、か、固い方が良かったか……。


   ……いえ、ふんわりとしているのも好きです。


   ほ、本当に?


   ……ええ、本当に。


   ま、また作ったら、食べて呉れるかい……?


   ……はい、また食べたいです。


   わ、分かった、また作ろう。


   ……。


   因みに、卵はどんなのが好きだい?


   ……どんなの、とは?


   えと、固めとか柔らかめとか。


   生でなければ、大丈夫です。


   生は、難しいもんなぁ。
   中ると、最悪だ。


   ……都に居る頃は、卵と言えばゆで卵ばかり食べてました。


   ゆで卵?


   ……茹でるだけで、食べられるので。


   あぁ、確かに。


   ……ところで。


   な、なんだい?


   此のきのこは、此の辺りで良く採れるのですか。


   きのこ?


   はい。


   あ、あぁ。
   採れるよ。今頃だと、此のきのこかな。


   はぁ、然うなのですね……。


   ……。


   ……あの、なんでしょうか。


   若しかしたら、薬に使えるのかい?


   ……どうして分かったのですか?


   いや、じっと見ているから、然うなのかなと思って。
   あと、薬の材料の中に、きのこみたいのがあったような気がしたから。


   ……目が、良い。


   そ、然うだ。こ、今度、一緒に採りに行くかい?
   雨の後だと、良く採れるんだ。


   ……まことさんって、きのこの知識もあるのですね。


   と言っても、そんなに多くはないよ。
   今となっては、此の辺りで採れるものぐらいしか覚えていない。


   誰かに教わったのですか?
   それとも、書物で学ばれたのですか?


   うん……昔、ちょっとね。


   ……。


   ひとに教わったのだけれど……ほとんど、忘れてしまった。


   ……食べられるものと、然うでもないもの。


   うん?


   見分けることは、とても難しいことです。
   特に、きのこは本当に難しい。


   ……。


   あの、まことさん。


   ……なんだい。


   良かったら、連れて行って呉れませんか。
   きのこ採りに。


   あぁ……行こう、一緒に。


   ……はい、ありがとうございます。


   いつが、良い?
   大夫の都合に合わせるよ。


   けれど、畑が。


   畑なら、大丈夫だ。ただ、明日は勘弁して欲しい。
   明渠掘りと、場合によっては草を取らなければ。


   私も、明日はちょっと。
   雨で体調を崩している方が居ないか、村を回りたいので。


   村を?


   はい。


   ……。


   まことさん?


   途中、あたしの畑に寄る時間は……。


   ……。


   な、ないか。
   そ、然うだよな。


   ……まことさんの畑にも、行きましょうか。


   ほ、本当かい?


   はい、擦り傷の様子も診たいので。


   擦り傷……。


   手の。


   ……。


   これくらいなんて、


   い、言わない。
   み、診て欲しい。


   ……はい、では寄りましょう。


   ひ、昼を。


   お昼?


   よ、良かったら、一緒に。


   ……。


   も、若しも、都合がつくようだったら、


   ……ご一緒しても、良いですか?


   あぁ、ご一緒しよう!


   ……。


   あ。


   ……まことさんったら。


   は、はは。


   ……ふふ。


   じゃあ、きのこ採りはいつにしようか。


   取り敢えず……明後日以降、ですね。


   然うだね。


   ……。


   大夫。


   ……はい?


   顔色が、良くなった。


   ……顔色?


   頬に少し、赤みが差してる。


   ……赤み。


   ごめん、大夫。
   少し、頬に触れても。


   ……はい、大丈夫です。


   うん……。


   ……ん。


   ほんのりと、温かい……思った通りだ。


   ……まことさん。


   大根は、生で食べると躰を冷やす野菜と言われている。


   ……。


   が、温めたり干したりすると変わる。
   躰を温める野菜になる。


   ……あぁ。


   あたしに、出来ること。


   ……。


   あまり、役に立たないと思うけれど。


   ……いいえ、あなたは正しい。


   ……?


   ……冷えに限らず、体質を改善する為に食事はとても重要です。


   ……。


   ですが、私は……その、あまり。


   ……。


   ……一応、やってはみたんです。


   然うか……然うか。


   ……呆れ、ましたよね。


   どうして。


   ……だって。


   任せて、大夫。


   ……あ。


   大夫のごはんはあたしが作ろう、一生。


   いっ、しょう……。


   然う、一生。
   一生をかければ、大夫の躰だって……?


   ……一生って。


   あ。


   ……一生、だなんて。


   あ、や、その、だから……。


   ……。


   ご、ごめん、い、一生、あたしのごはんなんて、い、嫌だよな。
   あ、あたしは、な、何を言って……。


   ……一生って、どれくらいでしょうか。


   えっ。


   ……二十五年、それとも、それ以下?


   え、えと……。


   ……それ以上?


   ……!


   ……まことさんの言う、一生は。


   そ、それ以上だったら、良い。


   ……。


   ……大夫と、一緒なら、それ以上が良い。


   然う、ですか……。


   ……。


   ……。


   ……あ、あの、大夫。


   私も、作ります。


   そ、然う、大夫も作る……え。


   ……作って貰うばかりなんて、だめです。


   あ、え、えぇ?


   ……一生の、時を。


   だ、大夫……?


   ……一緒に、生きるのなら。


   い、嫌だったら……。


   作ります。


   ……っ。


   ……作り、ますから。


   は、い……。


  16日





   ……。


   ……まことさん。


   うん……?


   ……流石に、そろそろ。


   あぁ……然うだね。


   ……ふふ。


   な、なんだい?


   ……手の中が、じんわりと温かい。


   ……。


   まことさんの手の熱が、うつったような……そんな気がします。


   あたしの熱で、良いのなら。


   ……。


   幾らでも、大夫に……仮令それが、一時だったとしても。
   何度も、何度も、繰り返せば……若しかしたら、一時ではなくなるかも知れない。


   ……何度も。


   それを、ずっと……ずっと続けていけば、若しかしたら。


   ……長い時が、かかると思います。


   あたしは、それでも構わない。
   大夫さえ、望んで呉れるのならば。


   そんなに長い時間を……私の為に、使うなんて。


   大夫の為に、使いたい。


   いいえ……あなたの時間は、あくまでもあなただけのものです。
   あなたの為に、使うべきものです……。


   あたしは、あたしの為に、大夫に使いたい。


   ……。


   大夫の手が……躰が、温かくなるまで。


   ……まことさん。


   温かくなっても……叶う、ならば。


   ……。


   あたしは……大夫の傍に、居たい。


   ……わたしの、そばに。


   残された時を、全て、使って。


   ……。


   大夫と共に、生きたい。


   ……残された、時。


   大夫、あたしは。


   ……残された時とは。


   ……。


   それは、どういう……。


   ……深い意味は、ないよ。


   本当に……?


   ……。


   まことさん……あなたの中に、何か。


   ……五十年。


   ……?


   ひとのこの生は……五十年と、言うだろう。


   ……今は、それよりも長くなっています。


   けれど、それは一握りだ。
   然う、都で暮らす生まれながらにして裕福な者達のような。


   ……。


   あたしは、二十五年生きた。数えでは、二十六になる。
   と、なれば、もう、半分は生きたことになるだろう。


   ……だから、残された時。


   そ、然うだ。
   あたしに残された時は、うまくいけば、あと二十五年だ。
   だから……だから、大夫……。


   ……やめて。


   ……。


   残された時なんて、言わないで。
   そんな言い方、しないで。


   ……大夫。


   うまくいけば、なんて……そんなこと。


   ……。


   ……あ。


   大夫は、躰が改善するまで、生きられないかも知れないと言った。


   ……。


   それは……つまり、己に残された時を数えていたからでは、ないのか。


   ……。


   だから……諦めてしまったのでは、ないのか。


   ……あぁ。


   大夫は、大夫も、あたしと同じではないのか……。


   ……。


   残された時を、数えて……だからこそ、他のことに時を使おうと。


   ……同じ、です。


   ……。


   私も、同じ……。


   ……大夫は。


   私の歳は、あなたと同じ。


   ……。


   数え、二十六……この世に生を受けて、二十五年。
   若しも、ひとの生が五十年と言うのであれば、私はもう、半分生きてしまったことになる……。


   ……諦めたのは、いつ。


   ……。


   もっと前に、諦めたのだろう?


   ……数え、十四の時に。


   数え十四……。


   ……よしんば改善出来たとしても、私に残された時は然程ないと。


   そんな歳で……あぁ、でも。


   ……けれどそれ以上に、長く生きたいと思わなかった。


   ……。


   長くて、初老……四十まで。
   それだけ、生きれば……ううん、もっと、短くても構わないと。


   ……今でも、然う思っているのか。


   今は……。


   今でも、初老……それよりも、短くても良いと。


   ……思って、いないのかも知れません。


   ……。


   ……分からないのです、未だ。


   今直ぐには、分からなくても。


   ……。


   明日になれば、分かるかも知れない。


   ……明日。


   あたしも、同じだったから。


   ……おなじ。


   あたしも、分からなかった。


   ……。


   あたしは……大夫と、出逢って。
   大夫が……若しも、手が届かなくても、其処に居て呉れるならば。
   生きていて、呉れるのならば……長く生きるのも、悪くないと。


   ……。


   今、然う思ったんだ。
   今、分かったんだ。


   ……今。


   若しかしたら、ぼんやりとは、分かっていたのかも知れない。


   ……。


   だけど、はっきりと分かったのは……今だ。


   ……そんなことって。


   あたしは、どうも、鈍いらしい。


   ……それは。


   名を出さずとも、分かるだろう?


   ……。


   今は、大夫以外の名を口にしたくない。


   ……してませんよ。


   うん?


   ……私の、名も。


   ……。


   ずっと、大夫と。


   あ、あぁ……。


   ……あなたはいつも、私のことを大夫と呼びます。


   ……。


   私の名は……そんなに、呼び辛いものなのですか。


   ……そんな、ことは。


   でしたら。


   ……。


   ……呼んでは、呉れませんか。


   ……。


   呼んでみては、呉れませんか……。


   ……。


   呼んで呉れたら……若しかしたら、分かるかも知れません。


   ……あ、


   ……。


   ……亜美、さん。


   ……。


   亜美さん……。


   ……やっぱり。


   わ、分かったかい……?


   ……分かりません。


   ……。


   ……けれど、それも良いのかも知れないと思えました。


   良いのかも……?


   ……あなたと共に生きられるのならば、長く生きてみても。


   ……。


   まことさん。


   ……なんだい、大夫。


   ……。


   あ、えと……亜美さん。


   ……傍に、居て呉れますか。


   あぁ……傍に、居るよ。


   ……共に、生きて呉れますか。


   あぁ……共に、生きたい。


   ……で、あるならば。


   あるならば……?


   ……あなたが生きる時と同じくらいは、生きたいと思います。


   ……。


   ……おかしいでしょうか。


   いや……おかしくは、ないんじゃないかな。


   ……。


   うん……ちっとも、おかしくないよ。


   ……ねぇ、まことさん。


   ん……?


   ……鼻に、触れてみても良いですか。


   鼻……かい?


   ……はい。


   うん……良いよ。


   ……。


   ……ん。


   あ、冷たいですか……?


   ……いや、あまり。


   ……。


   鼻なんて、触られることないからさ……。


   ……然う、ですよね。


   何か、意味でもあるのかい……?


   ……特には。


   然う、か……。


   ……ごめんなさい。


   ん、いや、良いよ。
   大夫……亜美さんなら。


   ……。


   ん、もう良いのかい……?


   ……はい、ありがとうございました。


   また、触りたくなったら。


   ……。


   いつでも、触って欲しい。


   ……はい、まことさん。


   ……。


   ……。


   ……お腹が空く前に、ごはんを作ろうか。


   私は……少なくなってしまった、薬の作り置きを。


   ……。


   ……。


   ……はは。


   ふふ……。


   ……温かいごはんを、作るよ。


   はい、ありがとうございます……でも、その前に。


   うん……?


   ……足を、洗わないと。


   ん……あぁ、然うだった。
   すっかり、忘れてた……。


  15日
   エックス。
   ここのところ思い悩んでばかりいるので、自衛の為にそれも考えないといけないのかも知れないと思っています。
   気にしなければ、良いだけの話なのですが……つくづく、向いていない。





   ……。


   ありがとう……大夫。


   ……もう、良いのですか。


   うん……此れ以上は、流石に、迷惑になってしまうと思うから。


   ……。


   い、いや、もう迷惑だったか……済まない。


   ……離さないで、と。


   ……。


   ……言ったのは、私ですから。


   大夫……。


   ……こちらこそ、ごめんなさい。


   う、嬉しかった。


   ……。


   嬉しかった、から……謝らないで、欲しい。


   ……私もです。


   大夫も……?


   ……だから。


   ……。


   ……だから、済まないなんて言わないで下さい。


   大夫……。


   ……うれし、かったんです。


   ……。


   だから……だから。


   あぁ……分かった、もう言わない。


   ……。


   ……。


   ……冷たい、手だったでしょう?


   いや、言う程冷たくはなかったよ……。


   ……良いんです、今更ですから。


   今更……。


   ……私の手、いつもこうなんです。


   いつも?


   ……私の手が温かい時なんて、屹度、一度もなかったと思います。


   いや、そんなことは……此処で、手当てをして呉れる時は温かいと。


   ……それは、懐炉を使っているからです。


   懐炉?


   ……冷たい手だと、触診や手当てをする時に良くないので。


   ……。


   だけど、あなたとふたりで逢う時は……懐炉を、使わないから。


   ……。


   ……どんなに温めても、一時だけだから。


   暑くても、冷たいのか……?


   ……はい、何もしなければ冷たいままです。


   原因は……?


   ……。


   何か、あるのだろう?


   ……体質の問題と、あとは。


   体質……それは、どうにもならないのか。


   ……改善する方法なら。


   あるのか?


   ……はい、一応は。


   それは、どうすれば良い?
   何をすれば良い?


   ……。


   どうすれば、改善する?


   ……小さい頃からずっと、こうだったから。


   小さい頃から?


   私の躰……生まれつき、熱を作る機能が弱いんです。


   生まれつきでも、


   だから、もう。


   ……。


   ……このままでも、構わないと。


   けれど、それで大丈夫なものなのか……?
   冷たいままだと、躰には、良くないのではないか……?


   ……然うですね、あまり良くないのかも知れません。


   ならば。


   ……どうして、然う思ったのですか。


   どうしてって?


   ……冷たいままだと、躰に良くないと。


   本来、生きている者の躰は温かいものだ。


   ……。


   だから、冷たいままなのは良くないと。
   然う、思ったんだ。


   ……あなたが、初めてです。


   ……。


   ……そんな風に、思って呉れたのは。


   あたしは、


   私はずっと、この躰で生きてきました。


   ……。


   ……冷たくても、これが私なのだと。


   ……。


   ……それでいつか、取り返しがつかないことになったとしても。


   改善しようと思ったことは、あるのだろう?


   ……一度だけ、学生の時に。


   今は?


   ……今は、特段何も。


   諦めて、しまったのか。


   ……改善するには、長い時が必要なんです。


   つまり、長い時をかければ改善する可能性はあるのだろう?
   で、あるならば。


   ……そんなに長く、生きたいと思わなかった。


   ……。


   この躰が、改善するまで……生きられるかどうか、分からなくて。
   だったら、別のことに時を使おうと……ぅ。


   ……。


   まことさん……。


   ……あたしに、出来ることは。


   ……。


   何も、ないかも知れない。
   出来ないかも、知れない。


   ……。


   だけど、何か……何か、ひとつだけでも。


   ……。


   何か、ないか……。


   ……あるかも、知れません。


   ……。


   ……あなたに、出来ることが。


   それは、なんだ……あたしに、何が出来る?


   ……ううん、あなたにしか出来ない。


   大夫……どうか。


   ……だけど、それは。


   教えて、欲しい。


   ……酷く。


   ひど……?


   ……いえ。


   大夫、何でも言って欲しい。
   大夫の為になれるのならば、あたしは。


   ……。


   頼む……いや、お願いだ。


   ……冷えは、体質の問題だけでなく。


   ……。


   ……心にも、問題があると。


   こころ……?


   ……。


   ……。


   ……気(き)、血(けつ)、水(すい)。


   ……?


   冷えは通常、これらの異常によって起こると考えられています。
   私の場合、生まれつき、これらに異常をきたしやすいのです。


   それは……体質の、問題?


   ……はい。


   じゃあ、心は?


   心は……。


   ……。


   ……外的刺激による、心への負担。


   心の、負担……。


   ……それもまた、異常をきたす一因となります。


   ……。


   体質だけならば、或いは……改善、されたかも知れません。


   ……然う、か。


   ……。


   ……。


   ……ごめんなさい、こんな話をして。


   いや。


   ……。


   ……なんでも、しよう。


   まことさん……。


   ……大夫が、望んで呉れるなら。


   ……。


   けれど、若しも。


   ……。



   若しもあたしの存在が、大夫の心に負担をかけるようなものであれば……。


   ……居て。


   ……。


   ……傍に。


   それが。


   ……。


   それが、あたしに出来ることならば。
   そしてそれが、大夫の望みであるならば。


   ……それが、わたしの。


   それで……大夫の躰が、良くなるのなら。


   ……。


   ……傍に、居るよ。


  14日





   ……はぁ。


   大夫。


   ……。


   今、戻ったよ。


   ……お帰りなさい、まことさん。


   ……。


   泥濘に、足を取られてしまうようなことはありませんでしたか。


   ……ま。


   ……?


   ……。


   まことさん?
   どうかされましたか?


   ……いや、なんでもない。


   けれど……。


   今度は、転ばなかったよ。
   気を付けて、歩いたから。


   ……。


   雨は、相変わらず降ってる。
   だけど気持ち、小降りになってきたような気がするよ。


   ……ご無事で、何よりです。


   うん……大夫の、おかげだ。


   ……私は、何も。


   大夫が、待ってて呉れると思ったら。


   ……。


   早く、だけれど無事に帰らなければと、思って。


   ……。


   く、薬は、濡らさずにちゃんと届けることが出来た。
   中身を確認して、濡れてないと分かった時は正直ほっとしたよ。
   幾ら油紙で包んでいたとしても、濡れる時は濡れてしまうから。


   ……。


   あの……大夫?


   ……私のせいで、御足労をおかけしてしまって。


   御足労だなんて。
   あたしの足は、そんな大層なものではないから。


   ……。


   本当は、取りに来ることになっていたのだろう?
   だけど、時刻を過ぎても来なかった。雨のせいで、来られなかった。


   ……雨のせいで、来られないであろうことは分かっていたんです。


   分かっていたから、大夫は届けようとした。
   然うだろう?


   ……けれど、届けようと思っていた時刻は疾うに過ぎてしまっていて。


   それまで患者さんが居たんだ、仕方がないよ。


   ……ううん、ちがうの。


   うん?


   ……わたしは。


   こんな雨の中、わざわざ届けて呉れて有り難いと喜んでいた。


   ……え。


   今日、届けて貰えるなんて思ってなかったみたいだ。
   だから、時刻なんて気にしていなかったよ。


   ……若しも今日、届けていなかったら。


   だとしても、明日で良い。
   言って呉れれば、あたしが朝餉に間に合うように朝一で届けよう。


   ……そんな、こと。


   良いんだ、大夫。
   此処にあたしが居ても何も出来ないし、何より、あたしが行くと言ったのだから。
   どうか、気にしないで欲しい。


   ……。


   だけどその分、ごはんが遅くなってしまうのは……その、ごめんよ。


   ……いいえ、いいえ。


   足を洗ったら、直ぐにまた、取り掛かるから。


   まことさん。


   ん?


   ありがとうございます、まことさん……あなたが居て呉れて、本当に助かりました。


   うん、どういたしまして……大夫の役に立てて、嬉しいよ。


   ……うれしい。


   大夫の手伝いが、出来て……ありがとうと、言って貰えて。


   まことさん……。


   ……おかえりと、言って貰えて。


   ……。


   ……本当に、嬉しい。


   ……。


   大夫。


   ……はい。


   良かったらまた、大夫の手伝いをさせて欲しい。
   あたしに、出来ることなら、なんでもしたい。然う、思ってる。


   ……お心遣い、だけで。


   大夫の力に、なりたいんだ。


   ……。


   だから……なんでも、言って欲しい。


   ……ありがとうございます、嬉しいです。


   う、うん。


   ……。


   ……大夫。


   蓑と、笠を。


   あ、ありがとう。
   だけど汚れてしまうから、自分で掛けるよ。


   ……では、お水を。


   ん……ありがとう。


   ……どういたしまして。


   あの、大夫。


   ……はい、なんでしょう。


   あたしが薬を届けている間、誰か来たかい?


   いいえ、誰も。


   ……然うか。


   まことさんは、誰かとお会いしましたか?


   薬の届け先以外は、誰とも。
   此処に向かっている者も、見掛けなかった。
   流石に、子供も遊んでいなかったよ。


   ……足を滑らせて、大きな怪我でもしたら大変ですから。


   あぁ、然うだね。
   それこそ、深い水溜まりにでも落ちたら……?


   ……。


   ……え。


   本当に、手の擦り傷だけで済んで良かった。


   だ、だ、だいふ……。


   ……あまり、心配させないで下さい。


   あ……あぁ。


   ……ごめんなさい、直ぐにお水を。


   ま、待って。


   ……。


   も、もう少し、だけ。


   ……でも。


   だ、大夫の手に、ふ、触れていたい。
   ふ、触れられて、いたい。


   ……手当てが、必要なら。


   そ、然うじゃない。


   ……今一度、消毒を。


   ち、違うんだ。


   ……。


   て、手当てでも、なんでも、なく……ただ、大夫の手に、触れていたい。


   ……こんな、冷たい手に。


   つ、冷たくなんか。


   ……薬のにおいが、うつってしまいます。


   か、構わない。


   ……あまり、良いにおいではないですから。


   構うものか。


   ……ぁ。


   ……。


   まこと、さん……。


   ……うん、嫌なにおいなんかじゃない。


   なにを、しているのですか……。


   ……確認、してる。


   か、確認って……。


   ……あぁ、やっぱり。


   ど、どうして、そんなことを……。


   ……やっぱり、あたしはこの手が好きだ。


   な……。


   ……大夫の、薬のにおいがほんのりとする、この手が。


   なにを、いって……。


   ……若しも。


   ……。


   若しも、大夫のにおいがうつると言うのなら……うつって、欲しい。
   うつして、欲しい……。


   ……そん、な。


   あ、あたしの手は、土くさいから……。


   ……。


   ……いや、土だけじゃない。


   わたしは……わたしも。


   ……大夫の手が、好きなんだ。


   ……っ。


   済まない……もう、離すから。


   ……はなさ、ないで。


   ……。


   もう、すこし……。


   ……良いのか。


   もうすこし、だけ……。


   ……。


   こんな手で、良いのなら……。


   ……大夫の手が、好きだ。


   ……。


   このまま、離したくないと……思ってしまう、程に。


  13日





   雨の日が続いているので、余計に起こり易くなっているのでしょう。
   この薬湯を一日二回、朝と晩に飲んで下さい。鎮痛作用がありますので、痛みが和らぎます。
   少し苦いかも知れませんが……はい、お大事になさって下さいね。
   宜しければ、往診にも参りますので……はい、お足元にはお気を付けて。
   さようなら。


   ……。


   ……ふぅ。


   大夫……?


   ……まことさん。


   大丈夫そうかい?
   あのひとは雨が降ると決まって頭が痛いと、良く言っているそうなんだけど。


   ……。


   大夫?


   ……それは、誰から聞いたのですか。


   ええと、美奈から。
   あいつ、無駄に詳しいんだ。


   まぁ、知られていた方が何かあった時の為には良いのでしょうね。
   支え合い、とでも言うのでしょうか。


   けど、話してもいないことを勝手に知られているのはあまり良い気分ではないよ。


   ……それは、然うでしょうね。


   それで……大丈夫そうかい?


   ……興味本位ですか。


   え。


   それとも……心配からの問い、ですか。


   ……。


   ごめんなさい……心配、ですよね。
   同じ村に、住んでいるのですから。


   ……若しかして、都ではあまり話してはいけないことなのか。


   ……。


   なんとなく、然う思った。


   ……守秘義務と、言います。


   しゅひ、ぎむ……。


   個人の情報を勝手に他者に漏らすことは、法で禁じられています。


   それが、病でもか。
   だが、誰も知らなかったら、何かあった時に対処出来ないのではないか。


   ……都では、奇特な人だと思われます。


   きとく?


   ……己と関わりがない者を、わざわざ助けようなどと考える者は。


   ……。


   まぁ、急病人を救護しなければならないという義務はありますが。


   ……他者と関わりたく者には、それくらいが丁度良いのかも知れないな。


   ……。


   冷たいかも、知れないが。


   ……然うですね。


   ……。


   ……話を、聞く限り。


   うん……?


   ……あの方の症状は、天気痛と呼ばれるものでしょう。


   てんき、つう?


   気象病とも、言います。


   きしょ……。


   気象要素、例えば気圧や温度、湿度、日照時間、降水量、雨や風などの影響で引き起こされる心身の不調の総称です。
   天気痛は、主に天気が崩れる時に……?


   ……。


   然うですね……天気が崩れることで、体調を崩したり心が不安定になってしまう病のことです。
   今の方の場合だと、雨が降ると決まって頭に痛みが出現してしまう。


   つまり、雨のせいで頭が痛くなるということか。


   はい、然うです。


   へぇ、そんな病もあるのか。


   頭痛の他に、腰痛や節々の痛み、耳鳴り、お腹の不調、倦怠感や眩暈、肩や首の凝り、喘息の悪化、弱った心臓への影響、あとは古傷の痛みなど。
   天気痛には様々な症状があり、ひとによってそれは異なります。


   色々なるんだな、大変そうだ。


   眠気やむくみ、気分の浮き沈み、躰がいつもよりも重いなど。
   それらも、或いは天気のせいかも知れません。


   眠気も、か。
   なんだか厄介だけど、美奈やうさぎちゃんには言わない方が良さそうだ。
   言い訳に使いかねない。


   ふふ、然うですね。


   でも、天気ぐらいでどうして然うなるんだろう。


   湿邪が関係していると、考えられています。


   しつじゃ?


   湿邪とは……。


   ……。


   ……また、今度にしましょうか。


   そ、然うか。


   まことさんは、どうですか。


   ……あたし?


   どれかひとつでも当て嵌まる、或いは、例にあげたこと以外でも、なんでも構いません。
   体調のことで、何か気になることはありませんか?


   うーん、然うだなぁ。


   些細なことでも構いません。
   何でも仰って下さい。


   ……。


   今は未だ、思い当たることがなければ良いんです。
   けれど今後、


   ……古傷の痛み。


   はい?


   古傷にも、響くものなのかい?
   例えば、雨が降ると疼くとか。


   はい、疼きを感じることもあるそうです。


   ……然うか。


   まことさん?


   ……。


   若しかして、痛む古傷が


   いや、聞いてみただけだよ。


   ……。


   まぁ、古傷がないと言えば嘘になる。
   小さい傷痕なら、躰のあちこちにあるからさ。


   ……痛むことは、ありませんか。


   うん、ないよ。
   どれもこれも、今となっては、ただの傷痕だからね。


   ……。


   大夫に診て貰ったことがある手にも、さっき診て貰った足にも、小さな傷痕は幾つもある。
   だけど、どれも大したものじゃない。思い出すように痛むなんてことは、一度もないよ。


   ……なら、良いのですが。


   うん。
   ありがとう、心配して呉れて。


   ……いえ。


   さっきのひと、大丈夫かな。
   ちょっと見てこようか。


   付き添いの方は、居ましたが。


   あぁ、然うだった。
   ならば、大丈夫だろう。


   ……あの、まことさん。


   ん、なんだい?


   若しも。


   若しも?


   若しも……少しでも痛むようなことが、あったら。


   ……。


   その時は、どうか、診せて下さい。


   ……。


   痛みを和らげることぐらいしか、出来ないかも知れませんが……それでも、どうか。


   ……うん、分かった。


   まことさん……。


   その時は、大夫に診せるよ。


   約束、して呉れますか?


   あぁ、約束する。
   少しでも痛みを感じたら、必ず、診せると。


   ……。


   その時は、えと、宜しく頼む……大夫。


   ……はい。


   参ったな……言葉が、出てこない。


   いえ……大丈夫ですよ。


   ……もう少し、練習しないといけないな。


   練習……?


   ……。


   あの、練習とは……?


   ……いや、その。


   何かの練習を、まことさんはしているのですか……?


   ……うん、まぁ。


   それは、ひとりで……それとも、誰かと……。


   ……ひとりでは、出来ない。


   そう、ですか……では、だれかと。


   ……。


   ……。


   ……?
   大夫……?


   ……練習相手に、私はなれますか。


   え。


   ……なれません、か。


   そ、それは……。


   なれません、よね……ごめんなさい、私は何を言って。


   い、いや、そんなことはないよ。


   ……何を練習しているのかも、知らないのに。


   だ、大夫と、話す、練習を。


   ……。


   あ、あたし、大夫が此の村に来るまで、ひとと話すことなんて滅多になくて……。


   ……わたしと、はなす、れんしゅう。


   は、話そうとすると、む、昔の言葉遣いに、なってしまいそうになるから。
   だけど、それだと固くて、取っ付き難いと言われて……あ、あと、どもってしまうしで。
   そ、それで、出来るだけ柔らかく話せる、練習を……。


   ……わたしと。


   だ、だから……その、大夫と練習、出来るなら。


   ……私で、良ければ。


   う、うん……。


   ……練習、しましょう。


   大夫……い、良いのかい?


   ……実は、私もひとと話すのは得意ではないんです。


   え。


   ……どうも、子供の頃から苦手で。


   そ、然うなのかい……?


   ……医生なのに、これではいけないのですが。


   じゃ、じゃあ、い、一緒に、練習しよう。


   ……。


   あ、あたしじゃ、練習相手にならないかも知れないが。


   ……いえ、まことさんとなら、出来ると思います。


   そ、然うか?


   はい……屹度、あなたとなら。


   で、では、もっと逢う時間を増やさないといけないな。


   ふふ……然うですね、もっと増やさないと。


   お、おう。


   ……。


   ……あ。


   ふふ……。


   も、申し訳ない……。


   その話し方……私は、嫌ではありませんよ。


   だ、だが、固すぎると……。


   ……それは、美奈子ちゃんが?


   ……。


   若しかして、練習相手って。


   ……思って、たんだ。


   何を、でしょう……?


   ……美奈やうさぎちゃんが練習相手で、良いのかと。


   ……。


   ただ、面白がられているだけでは、ないかと。


   ……これからは。


   あ……。


   ……私と、しましょう。


   あ、あぁ……。


   ……私と、もっと。


   大、夫……。


   ……。


   あ、あたしは、大夫ともっと……。


   ……ごめんなさい、まことさん。


   ぁ……。


   ……誰か、いらっしゃったようなので。


   あ、あぁ……然う、か。


   ……ごめんなさい。


   ん、いや、良いんだ……患者さんが、最優先だ。


   ……。


   あたしは……然うだ、そろそろごはんを作ろうかな。
   作ってても、大丈夫かな。


   ……はい、大丈夫ですよ。


   う、うん、それじゃあ。


   ……はい、また後で。


   うん……また、後で。


  12日





   ……。


   ……あ、あの。


   ……はい。


   お、お茶、美味しいよ。


   ……良かったです。


   こ、此のお茶は、とても美味しいね。


   ……気に入って頂けて、嬉しいです。


   い、いつもとは違う味がする。
   大夫が淹れて呉れるお茶は、いつも美味しいけれど、今日のは特に……。


   ……まことさんは、お茶がお好きですか。


   え?
   あ、うん、好きだよ。


   ……。


   と、特に……。


   ……どんなお茶が好きですか。


   ど、どんな?


   ……お茶にも、色々種類がありますから。


   え、えと……その、美味しければなんでも飲むかな。
   苦かったり渋かったりするのは、少し、苦手かも知れない。


   ……。


   ごめん……好きだけど、詳しくはないんだ。
   全然。


   ……ふふ。


   だ、大夫?


   ごめんなさい……私も、詳しいわけではないんです。


   ……。


   茶葉には色々な種類があって、多種多様な特徴を持っていることは知識としては知っているのですが……味は、全く。


   の、飲んでみたいとは?


   ……思ったことは、ありません。


   ま、全く? い、一度も?


   ……はい、ありません。


   そ、然うか……。


   ……私には、拘りなんてなくて。


   ……。


   いつも、同じものばかり飲んでいました。
   飲めれば、それで良かったのです。


   ……然うか、分からなくはないよ。


   その……まことさんは、ありますか?


   あたしかい?


   色んな種類のお茶を、飲んでみたいと……然う、思ったことは。


   ……それ以前に、知らなかったから。


   ……。


   お茶に、そんなに種類があるだなんて……全然、知らなかった。


   ……あぁ。


   だ、だけど、今、知ったから。


   ……飲んでみたいですか?


   の、飲めるのならば。


   ……然う。


   だ、大夫と。


   ……私と?


   う、うん、大夫と。


   ……。


   け、けど、大夫が飲んでみたいと思わないのなら……。


   ……今なら。


   い、今なら?


   ……飲んでみたいかも、知れませんね。


   じゃ、じゃあ、あたしと。


   ……まことさんと。


   い、いつか、飲んでみないか?
   い、色んな種類のお茶を。


   ……。


   こ、此の村で飲むのは、よっぽどのことがない限り、無理だろう。
   行商も来るには来るが、運んでくる茶の葉の種類は決して多くない。多くて、三種類くらいだ。
   だ、だけど、ふたりで村の外に出て、大きな町に行けば、屹度、飲めるだろう。
   色んな茶葉も、手に入るだろう。それを持ち帰れば、家でも飲めるようになるだろう。


   ……それは、楽しそうですね。


   き、屹度、楽しいと思う。


   ……考える時間を、頂いても良いでしょうか。


   も、勿論だ。
   答えは、直ぐでなくても構わない。


   ……。


   良く考えてみて、矢っ張り無理だと思ったら……それで、良いから。


   ……屹度、そんなことは思わない。


   ……。


   ……。


   ……ところで、此のお茶は。


   都のものです。


   大夫がいつも飲んでいたというお茶は、此れなのかい?


   ……いいえ。


   いつも飲んでいたお茶は、どんなものなんだい?


   私がいつも、飲んでいたのは……専ら、麦のものばかりで。


   あぁ、麦茶か。


   ……知っていますか?


   ああ、知ってるよ。
   すっきりしていて、冷たくても温かくても、美味しいよね。


   ……私はたまにお砂糖を入れて、甘くして飲んだりもしていました。


   砂糖? 麦茶に?


   ……ひとには、奇異な目で見られたりもしましたが。


   いや、甘くて美味しいと思うよ。
   麦茶に砂糖。


   ……え。


   あたしは、あまり飲んだことはないけど。


   ……然うですよね、お砂糖入りの麦茶なんて


   砂糖が、手に入らなくてさ。
   飲んでみたくても、作れなかったんだ。


   ……。


   実は、小さい頃に飲んだことがあって。
   あれは、甘くて美味しかったなぁ。


   ……若しも飲めるのなら、飲んでみたいですか。


   うん、飲んでみたいな。
   今なら砂糖も、多くはないけれど、あるし。


   ……若しも。


   大夫?


   ……若しも、お砂糖入りの麦茶を淹れたら。


   うん。


   ……私と、飲んで呉れますか。


   大夫と?
   あぁ、勿論だよ。


   ……。


   大夫と、ふたりで飲めるなんて。
   こんなに嬉しいことは、ないよ。


   ……。


   砂糖入りの麦茶、いつか一緒に飲もう。


   ……実は。


   うん?


   ……あるんです、麦のお茶。


   ……。


   その……今でも、飲んでいて。


   なんだ、然うか。
   じゃあ、直ぐにでも飲めるね。


   ……。


   あ、いや、今は此の美味しいお茶を飲むけれど。


   ……ふふ。


   は、はは。


   まことさん。


   な、なんだい?


   また今度……近いうちに、ふたりで。


   ほ、本当かい?


   ……はい、本当です。


   や、やった……っ。


   ……そんな、大袈裟ですよ。


   いや、だって、嬉しくて。
   早速、逢える時間が出来たから。


   ……。


   ち、近いうちに。


   ……必ず。


   !
   うん!


   ……ね、まことさん。


   なんだい、大夫。


   話は、変わりますが。


   うん。


   良かったら、少し持っていきますか。


   うん?


   此のお茶の、茶葉を。


   え、良いのかい?


   ……ええ、是非。


   けど、都のものなんだろう?
   そんな良いものを、あたしが貰ってしまっても本当に良いのかい?


   ……まことさんに、貰って欲しいと思って。


   あ……。


   ……無理にとは、言いませんが。


   い、いや、貰う。
   あ、ありがとう、大夫。


   ……どういたしまして。


   だ、大事に飲むよ。


   ……そんなに大事にしなくても良いですよ。


   ねぇ、大夫。


   ……なんでしょう。


   こ、今度はうちで飲まないか。
   あたしが、淹れたのを。


   ……まことさんの家で、ですか?


   だ、大夫のようには、淹れられないかも知れないけど。


   ……。


   あ、い、いやなら


   ……出来るだけ、早めに飲んで下さい。


   へ。


   ……新茶で、あまり日持ちしないので。


   そ、然うなのか。


   ……開封しなければ、持つのですが。


   あ、あぁ。


   ……一度でも開封してしまうと、日を追うごとに風味が落ちていってしまうのです。


   ど、どれくらいで、飲んだ方が良い?


   ……然うですね、長くても一ヶ月以内で。


   い、一ヶ月以内……。


   ……それ以降も、飲めなくはないのですが。


   の、飲めなくなるわけでは、ないんだね。


   ……ですが、痛んでしまうこともあるのでなるべく早い方が良いです。


   う、うん、分かった。


   ……。


   な、ならさ。


   ……はい。


   あ、雨が、止んだら、うちに来ないかい?


   ……。


   ふ、降っていても、良いけれど。


   ……此の雨は。


   う、うん?


   いつまで、降り続けるのでしょうね。


   ……。


   ……?


   ……明日には。


   まことさん……?


   明日の昼までには、止むと思うんだ。


   ……どうして、然う思うのですか。


   長年の勘、かな。


   ……勘。


   と言っても、当てずっぽうで言ってるわけじゃない。
   言葉には、上手く出来ないけれど。


   ……。


   当たらなかったら……済まない。


   ……明日の昼には、止むかも知れないのに。


   ……。


   それなのに、逢いに来て呉れたのですね。


   ……あ。


   ……。


   ど、どうしても、逢いたくて……明日まで、待てなかったんだ。


   ……。


   や、止まないかも、知れないし……。


   ……考えてみれば。


   ……。


   雨が降っているからと言って、逢ってはいけないなんて決まり……何処にも、ありませんよね。


   ……!


   ……然う、何処にもない。


   だ、大夫、そ、それは、どういう……。


   ……お茶のお代わりは、如何ですか。


   え……。


   ……もう、要りませんか。


   あ、や、貰っても良いですか……。


   ……はい、分かりました。


   ……。


   ……まことさん。


   なに……大夫。


   ……これからは、雨でも逢いましょう。


   うん……雨でも、逢いに来るよ。


   ……私も、逢いに行きます。


   うん……来て、欲しい。


   ……。


   ……大夫。


  11日





   ……うん。


   ど、どうだい?


   ……右の手の平を、擦り剥いている程度ですね。


   右手を、咄嗟に出したから。


   ひりひりは、しませんか。


   少し、するかな。


   血は出ていませんが、消毒をしておきましょう。


   此れくらいなら、放っておいても


   駄目です。


   ……はい、ごめんなさい。


   擦り傷と雖も、蔑ろにしてはなりません。
   此れくらいだと軽んじた結果、傷口から菌が入り込み、命にも関わる感染症を引き起こす場合があるのですから。


   ……今まで、


   今まではたまたま、感性しなかっただけです。
   良いですか、たまたま、ですからね。


   ……はい、たまたまです。


   はい、それでは少し滲みますけれど我慢して下さい。


   はい……我慢します。


   ……。


   ……うぁ。


   滲みますか。


   う、うん、まぁまぁ滲みるかな。
   だけど、そこまでじゃないよ。


   然うですか。


   ……。


   ん、此れで良し。


   あ、ありがとう、大夫。


   どういたしまして。


   そ、それじゃあ、手当ても終わったことだし。
   お茶を飲みながら、話でもしようか。


   ……。


   え、あれ……未だだめ、ですか。


   ……もぅ、まことさんは。


   え、え?


   どことなく、他人事なのはどうしてですか。


   ひ、他人事?


   あなたが、怪我をした。
   他の誰でもなく、まことさん、あなたが。


   う、うん、分かってるけど……消毒、滲みたし。


   ……。


   べ、別に、か、軽んじているわけでは。


   本当に?
   ちゃんと自分事だと思っていますか。


   お、思っているよ。
   ほ、本当に。


   ……。


   う、嘘じゃない。


   ……私の気のせいならば、良いの。


   え?


   怪我をしたら、それがどんなに軽いものであっても、血が出ていなくても、ちゃんと手当てはして下さい。
   私で良ければ、直ぐに対応しますので。


   う、うん……お願い、します。


   はい。


   ……此れは、口実になるかな。


   何か、言いましたか?


   あ、や、何も……。


   ……。


   なんでもない……なんでもない。


   ……然うですか。


   え、えと……大夫、ごはんを作るのに材料はあるかい?
   あ、あまりないようだったら、うちから持ってくるけど……と言うか、持って来れば良かった。


   まことさんから頂いたお野菜が、少し、残っています。


   そ、然うか。


   それから、


   ならば、それを使っても良いかい?


   それは、構いませんが……。


   で、でさ、使った分は明日、持ってくるよ。


   ……明日?


   あ、あたしが野菜を使ってしまったら、食べるものは少ししか残らないだろう?
   だ、だから、明日、使った分以上に持ってくる。


   あ、いえ、そのお気持ちだけで。


   だ、だけど、


   診察のお礼にと、他の方から頂いものも未だあるんです。


   ……他の、方。


   ですから……?


   ……。


   まことさん……?


   ……いや、なんでもない。
   そ、それなら、良いんだ……。


   ……。


   い、言われてみればさ、大夫はお礼で頂くこともあるんだよね。
   うん、確かに然うだ……然うだ。


   ……。


   で、でもさ、も、若しも、足りなくなるようなことがあったら。
   足りなくなる前に、言って欲しい。腹を、空かせてからではなく。


   ……まことさん。


   腹を、空かせるのは……空かせたままなのは、躰だけでなく、心にも良くないから。


   ……村に来た頃から、私は、あなたに頂いてばかりで。


   い、良いんだ、あたしが好きでしていることなのだから。


   ……あなたに、何かお返しが出来たらと。


   お、お返しなんて……あ。


   ……?


   だ、だったら、こ、こうしよう。


   ……。


   あ、あたしと、逢う時間を、つ、作って欲しい。


   ……え。


   す、少しで、良いんだ……あ、逢って、少しだけでも、話が出来たら……。


   ……。


   い、いつも、一緒に、ごはんを食べられるわけじゃない、だろ……?
   で、あ、逢えない日が、つ、続いてしまう時も、あって……そ、そんな時、でも。


   ……。


   あ、ぁ、ぃ、い、いや……。


   ……そんな、ことで。


   あ、あたし、な、何を、い、言って……だ、大夫の、都合も、考えずに。
   そ、そんな、め、迷惑な、ことを……。


   ……迷惑、だなんて。


   ご、ごめん……な、なんでもない……なんでも、ないよ……。


   ……そんなことで、あなたは良いのですか。


   へ……。


   ……あなたと逢う時間を作るだけで、それだけで。


   い、良い……っ。


   ……ぁ。


   だ、大夫に、逢いたい。
   大夫と過ごす時間が、欲しい。
   い、今よりも、ず、ずっと、ずっと。


   ……私に、出来ることと言えば。


   う、うん……。


   ……医生として、その務めを果たすことだけ。


   そ、それだけじゃ、ないよ。


   ……。


   それだけじゃ、ない。
   あたしにとっては、それだけじゃない。


   ……作ります。


   え……。


   ……あなたと、逢う時間。


   え、え……。


   ……今よりも、もっと。


   だ、大夫……。


   ……私も、あなたに逢いたい。


   ……ッ。


   良いでしょうか……?


   は、はい、勿論です……っ。


   ……。


   あ、ありがとう、ありがとう、大夫。


   ……こちらこそ、ありがとうございます。


   と、とても、嬉しいよ。


   ……未だ、駄目ですよ。


   へ……。


   ……喜ぶのは、私がちゃんとあなたに逢う時間を作ってから。


   ……。


   それからに、して下さい。


   わ、分かった。


   ……まことさんは、私に逢う時間を。


   だ、大夫に逢う為ならば、逢える為ならば。


   ……。


   幾らでも、あたしは。


   ……。


   大夫……あたしは。


   ……お茶を、淹れましょう。


   え……あ。


   ……どうぞ、まことさんはそのままで。


   や、でも……。


   ……どうか、そのままで。


   大夫……。


   ……。


   分かった……待ってるよ。


   ……。


   ……。


   ……ごめんなさい。


   今日、逢えたんだ……。


   ……。


   ……今は、それだけで良いんだ。


  10日





  -甘雨(パラレル)





   ……ど。


   や、やぁ、大夫。


   ど、どうされたのですか?!


   あ、え、えと、い、今、大丈夫かな。


   大丈夫です。
   それより、


   だ、誰か、来ているかい?


   今日は未だ、誰も来ていません。


   そ、然うか。


   それより、どうされたのですか。
   そんな、泥だらけになって。


   い、いやぁ、此処まで来るのにちょっと滑ってしまって。


   転倒されたのですか?


   うん、まぁ……だ、だけど、大したことはないから。


   お怪我は……ううん、先ずは診療所の中に。


   や、こんなに汚れてしまっているし、此処で。
   あの、何か困ったことは


   駄目です、中に入って下さい。
   お話は手当等が終わってから、落ち着いてから聞きます。


   よ、汚してしまうから。


   構いません。


   で、でも……。


   まことさん。


   ……はい。


   さぁ、どうぞ。


   ど、土間で


   然うですね、足の汚れを落としましょう。
   お水を用意します。


   あ、あー。


   蓑と笠は、そちらに。


   う、うん、分かった。


   ……。


   よ、と……うん、此れで良し。


   ……。


   な、なんだい?


   汚れているのは主に蓑で、中はそんなに汚れていないようです。


   けど、穿袴は汚れているから。
   だから、このまま上がるわけには


   穿袴の汚れは見た所、下の方だけだと思います。
   ですので、捲ってしまえば問題ないです。


   そ、然うかな……汚れ、ないかな。


   仮令汚れたとしても、拭き取れば良いだけの話です。


   然うか、じゃああたしが拭き取れば


   良いですか、まことさん。


   え。


   どんなに汚れていようとも、怪我をしているかも知れない者を、無碍に追い返すことなど絶対にしない。
   そんなことは、絶対にしてはならないことなのです。


   だけどあたしは、患者では、


   ……。


   わ、分かった、分かったよ。


   ……着物が濡れていては不快ですよね。


   あ、いや、


   ならば、何か代わりをご用意します。


   や、や、濡れているのは平気だよ。
   慣れて、


   その前に、痛むところはありませんか。


   え、あ。


   どこか、打ったところは……或いは、捻ったとか。


   た、多分、ないと思う。
   何処も、痛くないし。


   今は痛くなくとも、後で出てくるかも知れません。
   ちゃんと診せて下さい。


   い、今かい……?


   はい。


   ……。


   まことさん。


   ……その前に、足を洗いたいな。


   足を……。


   よ、汚れているし……。


   ……。


   汚れていたら、傷があるかどうかも、分からな


   分かりますよ。


   ……。


   ……本当に、痛くないのですね。


   あ、あぁ、本当に痛くない……。


   ……分かりました、では後にしましょう。


   ……。


   後で、ちゃんと診せて下さいね。


   はい、大夫……。


   ……。


   はぁ……。


   ……まことさん。


   は、はい。


   足洗水をどうぞ。


   あ、あぁ、ありがとう。


   ゆっくりと、汚れを洗い落として下さいね。


   ゆ、ゆっくりと洗って、きれいにするよ。


   はい……それでは。


   だ、大夫、お気遣いなく。


   ……。


   ……取り敢えず、足をきれいに。


   あの、まことさん。


   う、うん?


   雨が降る中、来て下さってありがとうございます。


   え。


   それで、その。


   う、うん。


   若しも、此の後もお時間があるようでしたら……ゆっくり、していって呉れませんか。


   ……!


   ここのところ、雨の日が続いていて。


   そ、然うだね。


   ……それでなくても、最近、あまり逢えていなかったから。


   え、な、何だい?


   雨は嫌いではなく、寧ろ、好きではあるのですが。


   あ、あぁ。あたしも、雨は嫌いじゃないよ。
   雨は作物にとっても、天からの恵みになるからさ。
   ただ、あまり降り過ぎると困るけれどね。


   作物を育てていると、然うですよね。


   あ、あのさ、大夫。


   はい。


   よ、良いのかい?


   ……。


   そ、その、ゆっくりしていっても。


   はい……まことさんさえ、良ければ。


   よ、良いに決まってる。
   と言うより、嬉しい。


   ……まことさん。


   あ、逢いに、来たんだ。
   雨が続いて、それでなくても、最近はあまり逢えていなかったから。


   ……。


   め、迷惑ではないかと、思ったんだけど。
   き、気が付いたら、躰が


   勝手に、動いていたのですか?


   ……。


   ふふ……然うなのですね。


   じ、実は滑って転んだ時に、我に返ったんだ。
   だけど、戻るのも嫌で。


   ……。


   ひ、一目でも、大夫に逢えたなら。ひ、一言でも、その声が聞けたなら。
   そ、それで、それだけでも、良いと。


   ……そんなに。


   な、何か、困っていることはないかい?
   た、食べるものは、足りているかい?
   困っていることがあるのならば、遠慮なく言って欲しい。
   食べるものが足りていなかったら、今から、持ってくるよ。


   ……話し相手に、なって下さい。


   え……。


   ……ただ、それだけで。


   ……。


   雨の日に、ひとり……私の、最も好きな時間の筈だったのに。


   大夫……。


   ……特定の誰かに、逢いたいだなんて。


   大夫、あたしも、


   此れは、どうでしょうか。


   ……へ。


   着られるでしょうか。


   えと……此の、穿袴は?
   大夫のでは、ないよね?


   此の穿袴は、患者さんの為に用意してあるものです。
   と言っても、此の村に来てからは一度も使ったことはないのですが。


   あ、あぁ、然うなんだ。


   ……着られない、でしょうか。


   あ、や、き、着られると思う。
   か、借りてしまっても、良いのかい?


   ……はい、どうぞ。


   あ、ありがとう、大夫。
   じゃあ、足を洗い終えたら、此れに着替えさせてもらうよ。


   ……ん。


   あ……。


   えと、お茶は飲みますよね。


   ……。


   ごめんなさい……私、何を言って。


   あ、あたしが淹れようか。
   ううん、淹れるよ。


   いいえ……まことさんは、来て下さったのですから。


   大夫……。


   ……。


   あの……お茶、大夫と飲みたいです
   お願いしても、良いですか。


   ……はい、まことさん。


   うん……ありがとう、大夫。


   ……では。


   よ、良かったら。


   ……え?


   ごはん、作るよ。
   ふたりで、食べよう。


   ……。


   い、要らないかな。


   ……いえ。


   そ、然うか、良かった。


   ……ありがとうございます、まことさん。


   こ、こちらこそ、ありがとう……大夫。   


  9日





   初々しいな。


   未だ、幼体だから。


   もう、幼体ではないと思うがな。


   成体でもないわね。


   やることもやってるし。


   生憎、それが基準ではないの。


   まぁ、あたし達も然うだったしな。


   一緒にしないで。


   ところで、その間はないのか。


   ない。


   幼体と成体、その間の……然うだな、半成体みたいのがあっても良いと思うんだが。


   良いんじゃない、あっても。


   お。


   思うだけならば、あなたの勝手。


   お前も良いと思うだろ?


   然うね。


   珍しく、意見があったなぁ。


   だけど正式な区分は、どこまで行っても、幼体と成体のふたつのみ。
   だから、私はそのふたつで判断する。あの子達は、未だ、幼体。


   あー、然うかい。
   ま、別に良いけど。


   そもそも、行為に溺れている時点で幼体。


   ……ふーん。


   何。


   いや、別に。


   何よ。


   なんだ、気になるのか?
   流せよ、いつものように。


   敢えて言わない、言葉にしない。


   あぁ、然うだよ。
   ただの挑発さ。


   乗ってあげると、言っているの。


   へぇ?
   それは、嬉しいな。


   それで、何。


   行為に溺れるなんてこと、成体になっても多々あるよな、と。


   個体にもよるわね。


   ま、仕方ないよなぁ。
   成体にだって、いや、なったからこそ、色々あるもんな。
   寧ろ、成体の方が厄介かも知れない。


   個体差。


   なぁ。


   材料が同じだとしても、出来上がりが同じになることは


   花冠、作ってやろうか。


   ……は?


   花冠。


   あの子達に?


   もう、疾うの昔に教えたよ。


   ……。


   作り方。ちびにはもう、な。
   あいつ、然ういうのを覚えるのは早いんだよ。
   おまけに、あたし程じゃないにしても、手先が器用だからな。


   あの子の方が丁寧。


   こう見えても、あたしは丁寧な仕事をすることで定評があるんだ。
   四守護神の中で最も器用で、丁寧ってさ。


   は。


   思い当たることはある、だろ?


   どんなに大事にしていようとも、最後には枯れてしまうわ。


   枯らしちゃったのか?
   お前なら、枯らしてしまう前に


   教えていない。


   ……へぇ?


   あの子は己の力で、保存方法を見つけた。
   わざわざ、私が教えずとも。


   はは、流石だな。


   だけど、それだって永遠ではないわ。
   いつかは朽ちるのだから。


   でも、暫くは楽しめるだろう?


   花冠ではなく、ただの花として。


   それでも良い、大事にされていれば。


   ……。


   ちびの想いは、大事にされる。
   それで十分だ。


   ……過保護ね。


   お前にだけは、言われたくないな。
   下手すりゃ実験体にしかねないような、お前がさ。
   今では、いや、ちび達だけには……。


   ……。


   と、言い過ぎた。
   済まない。


   ……別に良いわ、本当のことだから。


   ……。


   ……。


   ……本当に、済まない。


   別に良いと、言っているでしょう。
   ただの軽口だもの、今に始まったことではないわ。


   ……。


   だから……ん。


   ……済まない、メル。


   ……。


   ……氷の刃は、勘弁して呉れ。


   離れて。


   ……応。


   はぁ。


   ……。


   話を元に戻すけれど。


   ……うん。


   花にしてみれば、良い迷惑だと思うけれど。


   ……。


   勝手に摘まれて、勝手に花冠にされて。
   そのままであれば、そこで終わることが出来たのに。


   どこで終わろうとも、花は花だ。
   ましてや、最後まで大事にされるのであれば、あたしはそれで良いと思う。
   踏み躙られるよりも、ずっと、良い。


   ……。


   無惨なものだ、踏み躙られている花ってのはさ。


   ……知ってるわ、何度も見たもの。


   あぁ……何度も、な。


   ……。


   な、作ってやろうか。
   久しぶりにさ。


   要らない。


   ふたつ作って、揃いにするのも良いな。


   必要ない。


   あたし達には幼体らしい時がなかった。
   幼体であるのに、成体のように振る舞って。


   ……そんなの、よくある話でしょう。


   今の金星姫のように、か?


   ……は。


   本当に嫌いだよなぁ、お前。


   嫌いだけど、それが何かしら。


   別に、何でも。


   なら、言わないで。


   はいはい。


   兎に角、花冠は要らない。


   然うか、残念だ。


   ……残念?


   あいつらのようには、出来なくても。


   出来るわけがないでしょう。


   真似ることぐらいなら、出来るんじゃないかって思った。


   成体が幼体を真似て、何になると言うの。


   「つれない」になれる。


   ……。


   それも、悪くない。


   ……「つれあい」でしょう。


   あ?


   「つれあい」。


   あたし、なんて言った?
   然う、言わなかったか?


   ……どうでも良いわ。


   と、言うわけだ。
   受け取って呉れないか、花冠。


   要らないと言っているの。


   冠が嫌なら、腕に


   今更でしょう。


   ……。


   そんなの。


   然うだな、今更だ。


   だったら。


   あたし達は、つがいだ。
   もう、離れることはない。出来ない。


   ……。


   それでも、


   それとも、あなたは「つれあい」の方が良かったとでも?


   いや、つがいで良い。
   あたしには、酷く重たいくらいで丁度良いからな。


   ならば、幼体の真似事なんて意味のないことを


   それくらいの重さがなけりゃ、毎回、お前のところに戻ってくることなんて出来なかったかも知れない。


   ……。


   お前は、ちび達を幼体と言うし、あたしも然う思ってる。
   けど、あいつらを見てると、あたし達にはないものがあるように思えてならないんだ。


   ……ないところで、困らない。


   まぁ、然うだけどな。


   ……。


   一度だけ、贈ったことがあるだろう?


   ……あの時だって、要らなかったのに。


   だけど、お前は受け取って呉れた。頭に乗せて呉れた。
   あの時のお前の姿を、あたしは今でも、はっきりと思い出せる。


   ……莫迦のくせに。


   莫迦でも大切な存在のことは忘れないものさ。


   ……顔の区別もつかないくせに。


   お前の顔だけはよく見えるし、よく分かる。
   今では、ちび達の顔も。


   ……。


   なぁ、マーキュリー。


   ……何。


   なんだったら、「野狐の嫁入り」も


   しない。


   あー。


   ……あの子達に、見られたくない。


   あ?


   ……。


   見られなければ、良いのか?
   花冠も、「野狐の嫁入り」も。


   そんなことは、言っていない。


   ところで今夜は泊まっていくだろう?
   ちびの鍛錬結果を詳しく聞かせて欲しい、あたしの寝台の中で。


   泊まってなどいかない、報告だけしてメルを連れて帰るわ。


   今夜はご馳走だ、ちびが喜ぶ。


   ふたりでどうぞ。


   だったら、メルは置いてけ。


   はぁ?


   メルだって、ちびと居たいに決まってる。
   帰るなら、帰したくないけど、ひとりで帰れ。


   莫迦なの?


   よし、決まりだ。


   決まってない。


   なぁ、何が食いたい?
   花冠に使う花のことも、考えておいて呉れよ。


   あぁ、もう。


   ははは、今夜は良い夜になりそうだ。


   勝手に決めないで、ばか。   


  8日





   メル、「よめ」ってなぁに?


   ……。


   後で、教えて呉れるって言ったろ?
   だからね、着替えた後に教えて呉れるのかなぁって。


   ……。


   メル?


   ……。


   先生に、聞いた方が


   別になんでもないの。


   え。


   大した意味でもないの。


   そ、然うなの?


   「嫁」と言うのはね。


   うん。


   青い星の言葉で、「女」の「つれあい」のこと。


   「つれあい」?


   「男」の「つれあい」のことは「婿」と言うの。


   へぇ、然うなんだ。
   「つれあい」ってなに?


   ……支え合って、一生を共に生きる者のこと。


   支え合って、一生を共に生きる……。


   「嫁入り」とは「男」に「女」が「つれあい」として、


   つまり、つがいってこと?


   ……。


   あれ、違う?


   ……つがいはもっと、重いもの。


   おもい……?


   然う……とても、重たいもの。


   ……。


   「つれあい」はね、解消することも出来るの。


   かいしょう……って、解消?


   然う……「つれあい」を解消して、別々に生きるの。
   今までの状態や関係、約束や誓いをなくして。


   どうして?


   ……。


   どうして、解消するの? 折角、「つれあい」なのに。
   なりたくて、なったんじゃないの?


   解消する理由は、色々あるみたいなのだけれど……「子」が出来なかったり、相手の「不貞」だったり、「暴力」だったり、「性格」の不一致だったり。
   或いは、相手が命を落としたり、戦や天災などで消息不明になっても解消出来るわ。


   命を落としてしまうのは、どうしようもないけど……他の理由は、どうなの。


   ……。


   支え合って、一生を共に生きるって決めたんだろ?
   消息不明と言っても、若しかしたら、帰ってくるかも知れないじゃないか。


   ……ずっとは、待っていられないかも知れない。


   ……。


   新しい相手を見つけるかも知れない……生きる為に、見つけなければいけないかも知れない。


   ……そんなことって。


   然うやって、また新しい「つれあい」を探すの。
   然うやって、生きていくの。


   ……。


   ユゥが言うように、たったひとりのことを想いながら、ひとりで生きていく者も居るには居るみたい。
   あとは、「つれあい」を作ったことを失敗だと捉えて、敢えてひとりで生きていく者も。


   ……あたしが、メルと「つれあい」になったら。


   ……。


   ずっと、ずっと、大事にするのに……。


   ……ユゥは、きっと。


   うん?


   ……「つれあい」が、私でなくても。


   メルじゃなきゃ嫌だ。


   ……。


   メルじゃなきゃ、ひとりで良い。


   ……ひとりは、


   メルじゃなきゃ嫌なんだ。


   ……。


   ずっと、ずっと、一緒に居たいんだ……「つがい」に、なって。


   ……「つがい」は、重たいものだけれど。


   ……?


   解消、出来ないわけじゃない……ただ、代償が伴うだけ。


   代償……?


   ……。


   メル……?


   ……私はきっと、耐えられない。


   あ……。


   ……ユゥと「つがい」になって、なれたのに。


   解消なんて、しないよ。


   ……。


   メルがあたしから離れたいって思わない限り。
   言ったよ、あたしはずっとずっとメルと一緒に居たいって。
   ずっと、言ってきたよ。


   ……ユゥ。


   あたしは、メルが望んで呉れるなら、ずっとメルと一緒に居る。
   だからお願い、あたしと一緒に居たいと思って。


   ……。


   思って呉れるなら、あたしは絶対に、離れない。


   ……ユゥは、思わないの。


   思わない。


   ……私から、離れたいって。


   メルから離れたいなんて、少しも思わない。
   思うわけない。


   ……。


   メル。


   ……お天気が、良い時に。


   え?


   ぱらぱらと降る「雨」のことを、青い星の一部の地域では「野狐の嫁入り」と呼ぶの。


   ……え、と。


   「雨」は青い星の天気のひとつで、月にはないもの……ちゃんと覚えてる?


   う、うん、覚えてるよ。
   空から、水が降ってくるんだよね?


   その仕組みは……。


   ……。


   ……後で、復習ね?


   う、うん……後で。


   ……先生は、さっきの光景を「野狐の嫁入り」と形容した。


   さっきのこうけい……。


   私が水気の制御を上手に出来なくて、頭の上から「雨粒」のような水を降らした……それを、先生とお師匠さんは見ていて。
   ふたりが居る場所からだと、そんな風に見えたのだと思う。


   だから、師匠は「嫁入り」するかって言ったのか。


   ……それは。


   ん、あれ、師匠は誰に「嫁入り」するって言ったっけ?
   と言うより、誰が「嫁入り」するの?


   ……思い出さなくても、良いと思う。


   「嫁入り」ってことは、誰かが誰かの「嫁」に入るってことだろ?
   ん、「嫁」に入るってなんだ? 家に入る?


   ……。


   まぁ、いっか。
   で、誰が誰に……若しかして、先生が師匠に?


   ……ふたりはもう、つがいだから。


   然うだよね。
   それに、先生は「嫁」って感じじゃないもんなぁ。
   師匠もだけど。


   ……とりあえず、分かった?


   うん、分かった。
   「嫁」は「女」の「つれあい」、つがいとはまた違う。


   ……うん。


   んー……。


   ……ユゥ?


   ねぇメル、あたしに「嫁入り」する?


   ……え?


   つがいがまだ先なら、「つれあい」に。
   それなら、良いだろ?


   け、けど、はんぶんのつがいになるんでしょう?


   うん、なる。


   だったら、


   「つれあい」より、つがいの方が重いんだっけ。


   ……。


   然うだったよね、メル。


   ……おのれのすべてをさしだして、ちかうものだから。


   すべてをさしだして?


   ……いのち、すらも。


   んー。


   だから、だからね、ユゥ……。


   ならやっぱり、つがいの方がいっか。
   「つれあい」は解消出来ちゃうものだし、つがいだったら、ずっとずっと一緒だし。


   ……。


   ありがと、メル。
   またひとつ、覚えた。


   ……うん、良かった。


   へへへ。


   ……ん、ユゥ。


   この服、刺繍だけ取っておこうかな。


   ……。


   ……メルと、初めてのお揃いだから。


   ……。


   うん、然うしよう。
   大事にしなきゃ。


   ……あの、ユゥ。


   うん、なぁに?


   ……私は、未だ、着られるのだけれど。


   ……。


   若しも、着られなくなったら。


   ……うん。


   あの刺繍だけは……取っておく、から。


   ……。


   ……大事に、取っておくから。


   うん……大事にしよう。


   ……ん。


   それで、いつかさ……。


   ……いつか?


   その、お揃いの刺繍を使って……服を、仕立てよう。


   ……。


   ……つがいになった、その時に。


   ……。


   メル……?


   ……然うなったら、嬉しい。


   然うなるよ……メルとあたしが、ずっと、その願いを離さずに持っていたら。


   ……。


   だから、メル……持っていて、ずっと離さずに。


   ……ユゥも。


   絶対に、離さない……離すもんか。


   ……私も。


   ん……。


   ……離さないわ、ずっと。


  7日





   どう?


   ……え、と。


   着られた?


   着られた、けど……少し、大きいわ。


   どれ、見せて見せて。


   ちょ、ちょっと待って。


   うん、待ってる。


   ……。


   その服、あたしはもう着られないんだ。
   だから、メルに着てもらえて嬉しい。


   ……この服、お気に入りだったよね。


   うん、気に入ってたし、今も気に入ってるよ。
   刺繍が、メルの服とお揃いだから。


   ……。


   気が付いた時は本当に嬉しくて、今でもその時のことはよく憶えてるんだ。


   ……言ってもらえて、とても嬉しかった。


   うん?


   ……お揃いで、嬉しいって。


   あたしも、嬉しかった。


   ……。


   私も嬉しいって、返してもらえて。
   メルも、あたしと同じ気持ちなんだって。


   ……ねぇ、ユゥ。


   なに?


   ……もう、着てしまったけれど。


   もう、見ても良い?


   ……それは、待って。


   分かった、待ってる。


   ……。


   なぁに、メル。


   ……本当に、借りても良いの?


   良いよ。


   ……お気に入りの服なのに、私が着ても。


   メルが、良いんだ。
   服もメルに着てもらえて、嬉しいって。


   ……服が、喜ぶの?


   あたしはもう、着られない。
   無理して着たら、多分、破けちゃう。
   肩がね、きつくて入らないんだ。


   ……。


   あたし以外に、その服を着るひとは居ない。着て呉れるひとはいない。
   その服はもう、誰にも着てもらえないんだ。
   そしたら、その服は仕舞っておかれるだけになっちゃう。


   ……でも、布巾や何かにすればまた。


   うん、分かってる。
   その服も、いつか……ううん、近いうちに他のものにするつもりだから。
   だから、今だけでも。


   ……。


   ね、メルに着て欲しい。
   今だけで、良いんだ。


   ……。


   あ、それとも、本当は嫌だった?
   嫌だったなら、他の……って言っても、師匠のしかないけど。
   それは、あたしがやだな……先生に言えば、若しかしたら。


   ……ね、ユゥ。


   な、なに。


   ……ユゥは、揃いの刺繍の意味を知ってる?


   刺繍の意味?


   ……知ってる?


   ううん、知らない。
   何か意味があるの?


   ……ジュピターとマーキュリーにとって、揃いの刺繍は特別なものなの。


   特別な?


   ……然う、特別。


   特別って、どんな?


   ……。


   メル?


   ……お師匠さんと先生が着ている服の刺繍、お揃いなのは知ってるよね?


   うん、知ってる。


   ……それは、ふたりが。


   ふたりが?


   ……つがい、だから。


   つがい?


   ……揃いの刺繍は、その証なの。


   え、と……。


   ……だけど、私達は未だ。


   ねぇ、メル。
   そしたら、あたし達もつがい?


   ……。


   揃いの刺繍の服を着ていたから!


   ……つがいの意味は、知ってる?


   ううん、知らない。
   だけど、悪い意味じゃないんだろ?


   ……。


   ね、あたし達もつがいになる?


   ……今は、違う刺繍が入った服を着てる。


   今は、然うだけど。


   だから……私達は、つがいではないわ。


   然うなんだ。


   ……。


   それじゃあ、また揃いの刺繍が入った服を着ようよ。


   ……。


   でさ、なろう。
   つがいに。


   ……つがいには、そんな簡単になれるものではないの。


   難しいの?


   ……揃いの刺繍が入った服を着ることだって、本当は。


   んー……。


   ……つがいになってからでは、ないと。


   じゃあ、どうやったらなれるの?


   ……。


   先生と師匠はつがいなんだろ?
   ふたりがなれたんなら、あたし達だってなれるよ。


   ……私達は未だ、ジュピターとマーキュリーにさえなっていない。


   ならなきゃ、だめなの?
   なってからじゃないと、つがいになれないの?


   ……。


   メル……あたしと、つがいになるのはいや……?


   ……いやじゃない。


   あたしも、いやじゃないよ。


   ……意味も、知らないのに?


   だって先生と師匠は、ずっと一緒に居るだろう?


   ……。


   つがいが嫌だったら、ずっと一緒になんて居ないよ。


   ……ユゥ。


   あたしはメルとずっと一緒居る、居たい。


   ……だから、私とつがいに。


   なりたいし、なってほしい。


   ……。


   メルは……どう?
   あたしと、なりたい? あたしに、なってほしい?


   ……かなう、なら。


   じゃあ、叶えようよ。


   ……けど。


   ジュピターとマーキュリーになってからだと言うのなら、なってからでも良い。
   それまでは……んー、どうしようかな。


   ……。


   然うだ、刺繍を半分だけお揃いにしよう。


   ……半分?


   うん、半分だけ。
   それで、はんぶんのつがいになろう。


   ……はんぶんの、つがい。


   然う。
   ね、良いだろ?


   ……。


   そ、それも、だめ……?


   ……ユゥ、は。


   あ、あたしは?


   ……わたしのこと、すき?


   うん、好き。
   大好きだ。


   ……。


   メルは?
   あたしのこと、好き?


   ……わたしは。


   うん。


   ……。


   あ、あれ。


   ……。


   も、もう、す、好きじゃない?


   ……き。


   ご、ごめん、メル。
   あ、あたし、メルに嫌われるようなこと、


   すき。


   ……え。


   だれよりも……ユゥが、すき。


   メ、メル……。


   ……あなたと、つがいになれたら。


   なろう、メル。


   ……。


   あたしは、なりたい。


   ……私も、なりたい。


   じゃあ、今からなろう。


   ……。


   と言っても、今は半分だけだけど。


   ……。


   ねぇ、メル。


   ……やっぱり。


   あ。


   ……大きいわ。


   わぁ。


   ……どう?


   うん、大きいね。


   ふふ……ね。


   だけど、変じゃないよ。


   ……そう?


   全然、変じゃない。
   大きいけど。


   ……服が乾くまで、借りてても良い?


   うん、良いよ。


   ……ありがとう、ユゥ。


   寧ろ、ずっと借りてて欲しいな。


   ずっとなんて……。


   なんて、さ。


   もぅ……ユゥは。


   へへ。


   ……ふふ。





   お、悪くないな。
   なんだったら、今直ぐにでもちびに「嫁入り」するか?


  6日





   はは、全部濡れちゃった!!


   ……ごめんなさい、ユゥ。


   すごく面白かった!
   頭の上から水がぱらぱらって降ってきて!


   ……あれは、ぱらぱらって程度ではないと思う。


   頭の上から被るのって、思ってたよりも楽しいな。
   水浴びでも被るけど、それとはなんか違うんだ。


   ……。


   メルの水は、桶で被るよりもなんとなく優しい気がする。
   桶の水のように、びしゃってかからないからかな。


   ……あんなのが、優しいわけない。


   桶の水はさ、零すと平べったくて、いっぺんにかかるけど、メルの水は丸い気がするんだ。


   ……。


   でね、丸くてちっちゃい水がひとつひとつ、ぼつぼつと頭に当たるみたいでさ。
   それが気持ち良くて、とても優しかったんだ。


   ……痛くは、なかった?


   ちっとも。
   メルは痛かった?


   ……今日は、それほどじゃなかった。


   あのね、メル。本当に気持ち良かったんだ。頭も、冷えたし。
   だからさ、またして欲しいな。


   ……全身、ずぶ濡れになってしまって。


   大丈夫だよ、乾くから!


   ……早く躰を拭いて、着替えないと。


   メル。


   ……あ。


   メルも、濡れちゃったね。


   ……私は、自業自得だから。


   ね、帰っちゃう?


   ……どうしようって、考えているの。


   帰るなら、送るよ。


   ……。


   帰らないなら……あたしの服で良ければ、貸すよ。


   ……ユゥの?


   う、うん。


   ……。


   あ、あたしの服じゃ、い、いやかな。


   ……ううん、いやじゃない。


   それじゃあ。


   ……借りても、良い?


   うん、良いよ。
   あー、良かったぁ。


   ……?


   メルが、帰っちゃわないで。


   ……お昼からの鍛錬をするって、お師匠さんに言ったから。


   そっか。
   へへ、それでも嬉しいな。


   ……。


   行こう、メル。


   ん……ユゥ。


   ふふ。


   ……ねぇ、ユゥ。


   なぁに、メル。


   冷たくは、なかった?


   冷たかった!
   だからね、ひんやりして気持ち良かった!


   寒くない?


   平気。
   メルは、寒い?


   ……私は。


   若しかして、寒い?


   ……ううん、自分の水気で生み出した水だから、寒くはないのだけれど。


   着替えたら、あったかいお茶を淹れてあげる。


   ……。


   ふたりで、あったまろ?


   ……ありがとう、ユゥ。


   うん!


   ……私ね。


   うん。


   ……未だ、上手に制御が出来ないの。


   せいぎょ?


   ……水気の。


   あぁ。


   ……いつも、不安定になってしまって。


   先生と練習、してるんだろ?


   ……うん。


   じゃあ、いつかは出来るようになるよ。


   ……。


   あたしもさ、まだまだ、上手に出来ないんだ。
   全然駄目だって、いっつも師匠に言われてるよ。


   ……。


   メル?


   ……ユゥのことを想いながらなら、出来るかなって思ったの。


   ……。


   ……でも、出来なかった。


   ね、メル。
   一緒に練習しよう。


   ……え?


   あたしは雷気の、メルは水気の。
   一緒にやれば、出来るようになるかも知れない。


   ……けど、気の性質が。


   性質は違うけど、でも、その制御の仕方は似てるかも知れない。


   ……。


   気ってさ、躰の内側にあるだろ?


   ……うん。


   それを溜めたり練ったりなんだりして、外に出して、色んな形にする。
   あたしの場合だと、雷を降らしたり、雷球にして投げたり、蹴ったり、手に留まらせて直接叩きこんだり。
   周りに雷気の壁を作ったり、一気に爆ぜさせたり、他にも、色々。


   ……。


   水気も、同じようなものだと思うんだ。


   ……ユゥは、どんな感覚なの?


   かんかく?


   躰の内側にある雷気を、どんな風に感じる?


   んー、然うだなぁ。
   ばちばちって、感じるかな。


   ばちばち?


   早くここから出せって、騒いでるみたいでさ。
   だけど、そのまま出してしまうと、自由気儘に弾けて飛び散ってしまうから。
   それで済めば良いんだけど、暴発しちゃうと大変なんだ。自分も吹っ飛んでしまうから。


   ……降らせる雷って、月だとユゥの雷気によるものなんだよね。


   うん、月では自分の雷気。
   青い星でだと、雷気を含んだ雲を呼んで雷を降らせるんだって。


   ……雷雲?


   師匠は、然う言ってた。
   どんなものか、全然分からないんだけどさ。
   どうやら、雷気で呼ぶらしいんだ。


   ジュピターの雷気と、雷雲の雷気を合わせる……。


   然う、そんな感じみたい。
   あまりにも強力だと躰が持たないかも知れないから、気を付けなくちゃいけないんだって。


   ……。


   あと、雷雲の雷を躰の中に溜めることも出来るみたいなんだ。
   溜めて、溜めて、外に出す。然うすると雷気は四方八方に走って爆ぜるか、或いは、自分の躰を雷気の塊にするか。


   雷気の塊って……そんなことを、したら。


   うん、躰が爆ぜてばらばらになっちゃうかも知れない。
   だから、然うしなきゃいけない時以外はしちゃだめなんだって。


   ……捨て身の、攻撃。


   溜め過ぎても、だめだから。
   難しいね。


   ……お師匠さんの、腕は。


   師匠の腕は、それでどこかに行っちゃったみたい。


   ……。


   ん? メル?


   ……使わないで、良いように。


   ……。


   ……そんな時が、来ないように。


   然うしなきゃいけない時が来たら。


   ……ユゥ。


   迷わず、あたしは。


   ……使命の、為に。


   ううん、違う。
   メルを、守る為に。


   ……守るべきは、私じゃない。


   あたしが守りたいのは、メルだよ。


   ……。


   けど、それは最終手段だからさ。


   ……然うならないように、しないと。


   メル?


   ……。


   ね、一緒に練習する……?


   ……する。


   ほんと?


   ……先ずは、制御出来るようにならないと。


   うん、出来るようになろう。
   ふたりなら、出来るよ。


   ……。


   ん、メル。


   一緒なら。


   うん、一緒なら。


   ……。


   メル……。


   ……ユゥ。





   どうでも良いけれど、濡れた躰は早く拭いた方が良いわね。





   あ。


   ……。


   せ、先生。


   ……いつから、そこに。


   え、え。


   ……もぅ。


   え、えと、今拭きます……わ。


   ……。


   あ、ありがとうございます、先生。
   あの、師匠は……え、水浴びしてる?
   また?


   ……はい、また上手く制御出来ませんでした。


   鍛錬は……え、先生がするの?
   あ、頭の鍛錬?


   ……分かってます。


   え、えと。


   ……筋肉の負荷と、走り込み。


   あ、あたしもメルと同じ……え、違うんですか。


   ……それから、水気の制御訓練。


   そ、それなら、あたしも一緒に……え、良いんですか?
   やった!


   ……。


   先生が見てて呉れるんですよね?
   わぁ、やったぁ。はい、嬉しいです。


   ……はぁ。


   メル、拭いたらあたしの部屋に行こう。
   服、貸してあげる。


   ……。


   メル?


   ……なんでもない。


   先生?


   ……。


   やこ?
   メル、やこってなに?


   ……青い星の、獣。


   やこ……。


   ……ひとのこを化かして騙したり、場合によってはひとのこに憑りつくと言われているの。


   そんな獣が居るんだ……面白いな。


   野狐がなんだと言うのですか。


   ……どんな形をしてるのかな。


   よめいり?
   さっきの、水気の様(さま)がですか?


   ……獣ってことは、食べたら美味しいのかな。


   だから、それがなんだと……それとは、一切関係ないと思います。


   師匠は、青い星の獣は大体美味しいって……え、やこは臭くてあんまり美味しくないんですか?


   ……あぁ、もう。


   そっかぁ……。


   ……言われなくても、拭きます。


   わ。


   ……う。


   よめ? よめって、なんですか?
   それも、青い星の獣なんですか?


   ……聞かないで、ユゥ。


   え、でも。


   ……後で、私が教えてあげるから。


  5日





   これで、何敗だっけか。


   聞きたいの?


   全敗じゃないのは、確実なんだけどな。


   生憎、あなたの全敗だけど?


   いや? 全敗ではないな。
   一回だけ勝ってる筈だ。


   私の記憶にはないわ。


   あたしの記憶にはあるんだ。


   あなたの記憶力なんて、当てにならない。


   お前、負けた記憶を消してるってことはないか?


   仮に、私があなたに負けたことがあるとして。
   私が本当にその記憶を消すとでも?


   思わないな。


   でしょう。


   いつまでも憶えていそうだ。


   然う、だから私は一度だってあなたに負けたことはないの。


   まぁ、それならそれで良いけどさ。


   お茶のお代わり、貰える?


   はいはい、少々お待ちを。
   美味しいのを、直ぐに淹れてやる。


   冷たいのが良いわ。


   奇遇だな、あたしも冷たいのが良いって思ってたんだ。


   あなたも飲むの?


   勿論、お前とお茶が飲めるなんて最高だからな。


   あ、然う。
   じゃ、早くね。


   応。


   ……。


   なぁ。


   何。


   ちびと遊んで、どうだった?


   やっぱり、あなたよりはずっとまし。


   あたしの方がずっと、顔と頭は良いけどな。


   あなたの方がずっと、短絡的だった。


   全駒突撃も作戦のうちだろ?


   考えがあっての行動なら未だ良い、けれどあなたの場合はほぼほぼない。
   頭の中が空っぽ過ぎて、話にならなかった。


   女王を奇襲に使うのは、我ながらに面白いと思うんだけどな。


   取り囲まれて、敢え無く、返り討ち。
   確かに、面白いわね。


   然うならない為に、姫を前に出すのさ。


   姫に戦う力なんて、全くないのだけれど。


   囮くらいには、なるだろ?


   己を守る力は疎か、逃げ惑う力すらろくに持たない姫を囮にしたところで、なんの意味があると?


   敵が姫に群がってるところへ、駒の中で最も力のある女王が奇襲をかける。


   敵の全てが姫に群がるとは限らない。
   そもそも、姫が討取られてもそこで遊戯は終了なのだけれど。


   然うなる前に、奇襲を成功させれば良いだけだ。


   成功した試しなんて、一度もないけど。


   お前にはな。


   よっぽどの無能ね、それ。


   だから、然ういうのはいつまで経っても木偶の坊のままだったよ。
   ま、駒のひとつにはなって呉れたから良いけどな。


   護兵の存在意義は?


   一応、姫に幾つか付ける。
   ひとつじゃ無力過ぎて、話にならない。


   その作戦が成功すると本気で思っていたのだから、救いようがない莫迦よね。


   そのうち、やらなくなったろ。
   なんせ、こてんぱんに叩きのめされてばかりだったからな。
   遊戯でも、言葉でも。


   然うだったかしら。


   お前に対しては、やらなくなった。


   目に見えては、ね。


   推し量るには便利だったんだよ、それ。


   ふぅん。


   せめて、姫の駒がもうひとつあればなぁ。


   姫の駒はあくまでも、ひとつだけ。


   予備があれば、少しは楽になるんだけどな。


   女王さえ生き残れば、代わりは幾らでも生み出せるけれど。


   それは、遊戯の話じゃないだろ?


   ええ、違うわね。


   結局、石を使える女王を守った方が手っ取り早いってことだ。


   然ういうこと。


   よし。


   待たせすぎ。


   いや、全然待たせてないだろ?


   ちゃんと冷たい?


   ああ、勿論。
   けど、一気に飲むなよ。腹を痛くしたら大変だからな。


   あなたと一緒にしないで呉れるかしら。


   まぁ、痛くしたら、その時は喜んで、もとい、甲斐甲斐しく看病してやるから安心して呉れ。


   余計に酷くなる。
   あなたに看病されるくらいなら、ユゥの方が良い。


   あいつはだめだ。


   何故?


   あいつには、メルが居る。


   だから?


   お前にはあたし、十分過ぎるだろ?


   莫迦なの?


   お前の相手は、あたしみたいな利口な奴の方が合ってるんだ。
   あいつには、お前の相手は到底出来ないさ。


   勝手に決め付けないで欲しいものね。


   同じように、メルの相手はあいつにしか出来ない。
   なんせ、「お前達」に合わせて「あたし達」は造られているんだからな。


   は。


   つまりは、然う言うことさ。


   本当、迷惑な話ね。


   どうだ? 美味しいだろ?


   未だ飲んでない。


   ん、然うか?


   見ていたのだから、分かるでしょう。


   はは、然うだった然うだった。


   ……。


   な、美味しいだろ?


   ……いつも通りの味。


   それは、美味しいってことだ。


   あの子が淹れて呉れたお茶は美味しいわ。


   あいつに淹れ方を教えたのは、このあたしだ。
   だから、あたしが淹れたのはもっと美味しいってことだ。


   本当、莫迦ね。


   おう、莫迦で結構。


   あの子の前に、下着一枚で立つことは?


   それは、謝ったろ?
   うっかりしてたんだよ、まさかメルが来るとは思ってなかったんだ。


   うっかり、ね。


   水浴びをしたのに、躰が熱くてさ。
   それで、服を着ないで冷ましてたってわけだ。


   今は?


   今はまぁ、冷めてるよ。


   ……。


   今日はなんだか、躰に熱が籠ってしまってさ。
   これは、あれだ。なぁ?


   ……。


   お……。


   ……じっとしていて。


   心配、して呉れるのか……?


   ……黙って。


   あぁ……分かった。


   ……。


   ……。


   ……もう少し、冷やした方が良さそうね。


   そろそろ、鍛錬をしようかと。


   その時間、私が貰ってあげるわ。


   メルが折角、来て呉れたんだ。
   出来ることなら、やりたい。


   何をやらせるつもりなの?


   然うだな、先ずは筋肉への負荷だな。
   メルはもう少し、筋肉を付けた方が良い。


   筋肉莫迦。


   筋肉は裏切らないぞ。


   知識もね。


   あれじゃ、逃げる体力もない。


   ……。


   知識が幾らあっても、それを使う体力がなければ駄目だ。
   然うだろう……メル。


   ……その名を。


   だから、もう少しだけで良い。
   あの子に、体力をつけてやりたい。


   ……もう少し、ね。


   駒を動かすマーキュリーが真っ先にやられてしまうのは、論外だろ?


   然うね、話にならないわ。


   だったら。


   ユゥ。


   ……と。


   何をやらせれば?


   ……さっきも言った通り、筋肉への負荷。


   ……。


   これは、あくまでも、軽くで良い。
   お前なら、分かるだろう。


   ……他は?


   少し、走らせてやって呉れ。
   これも長い距離でなく、程々で良い。


   然う……分かった。


   ……。


   ……何。


   マーキュリーにとっては、己すらも駒のひとつだ。


   ……それが?


   であるならば、しぶとい方が良い。
   壊れ難い、な。


   ……。


   お前みたいに、図太ければ良いんだけどな。
   それこそ、姫も女王も駒に出来るような。


   ……仲が、良いわね。


   あぁ?


   あの子達。


   あぁ、然うだな。
   まるであたし達みたいだ。


   ……。


   ん、鼻で笑わないのか?


   ユゥの頭を、あなたのものよりましなものにしてあげるわ。


   ……。


   そして、盤上遊戯で負けなさい。


   あたしがあんなちびに負けるかよ。


   私と、あの子が鍛えるから。
   負けるわよ、あなた。


   負けてやるつもりはないさ、調子に乗るだろうからな。


   ふ。


   でもま、その時が来たら、ご馳走でも作ってやるか。


   ……ええ、然うしてあげて。


   ん?


   躰、もう一度ちゃんと冷やして。


   あぁ、分かったよ。


   冷えなければ、


   それは苦しいから、出来れば避けたい。


   ……これを。


   あぁ……ちゃんと飲むよ。


   ……忘れないで。


   応、忘れない。


   ……。


   ……なぁ、メ


   ジュピター。


   ……ちぇ、だめか。


   あれを見て。


   ん、どれ。


   あの子達。


   あー?


   ……。


   なんだあれ。


   水気を使ったのね。


   水気を?
   いや、でも。


   未だ、上手く制御が出来ないの。
   私と違って、あの子は不器用だから。


   いや、お前の方が……。


   私の方が?


   あー、なんだ。
   青い星の「雨」みたいだな。


   「雨」?
   どこが?


   ほら、晴れてる時に降ってるやつ。
   なんて言ったっけ?


   月の空は、青くはないけれど。


   でも、晴れてるだろ?


   月には天気なんてものはないから。


   なんだっけな。


   ……ねぇ。


   ん?


   あの下に行ってきたら?
   冷えるわよ。


   そんな野暮なこと、出来るか。


   野暮?


   楽しそうに、仲良くじゃれあってるだろ?


   ……然うかしら、止めようとしてあたふたしているように見えるけれど。


   あれの邪魔はしたくないな。


   ふたりでずぶ濡れになってるわね、あれは。


   それに、どうせなら、あたしはお前の水の方が。


   ……。


   良いんだけどな。


   ……叶えてあげても、良いけれど。


   いや……中では、なくて。


   ……へぇ?


   頭から、被りたいんだけど……な。


   ……。


   なぁ、メ……ぐ。


   ……好きなだけ、被れば良いわ。


   あー……マーキュリー?


   水浴びをしながら……ね。


  4日





   うーん、やっぱり難しいなぁ。


   だけど、駒の動きは大分良くなったと思う。


   然うかなぁ……一度も、勝てなかったけど。


   ねぇ、ユゥ。


   なに?


   わざと負けることも、出来るの。


   ……。


   だけど、それは


   わざと負けるなんて、だめだよ。


   ……。


   あたしは、あたしの力で、メルに勝たなければならない。
   だから、そんなこと、絶対にしないで欲しい。


   ……ユゥなら、然う言うと思った。


   勝たせてもらっても、勝ったうちにはならない。
   それは負けと同じことなんだ。


   ……。


   だろ? メル。


   ……だったら、私は絶対に手を抜かないわ。


   うん、良いよ。
   絶対に、抜かないで。


   ん。


   いつか必ず、あたしは自分の力でメルに勝ってみせる。


   そのいつかは、来ないかも知れない。
   ううん、来させない。


   うん、その意気だ。


   ユゥも。


   応。


   ……。


   ところで、メル。


   ……。


   メル?


   ……え。


   どうかした?


   う、ううん、なんでもない。


   ほんとに?


   ……。


   メル。


   ……素敵、だったから。


   え、なにが?


   な、なんでもない。


   すてきって、なに?


   ほ、ほんとになんでもないの。


   んー……。


   ……。


   まぁ、いっか。


   ……それで、なに?


   あたし、どこが良くなってた?


   あぁ。


   自分では、分からないんだ。


   少なくとも三手先まで、二通りくらいの動きを考えているようには見えたわ。


   それで、大分良くなってるって言えるの?


   うん、言える。
   目の前のことだけじゃなく、その先のことも考えられるようになったということだから。


   メルの言う通り、三手先二通りは考えられるようになった。
   だけど、それがやっとなんだ。それ以上考えようとすると、頭の中がぐしゃぐしゃになってしまって。


   今は然うでも、何度も繰り返せばもっと考えられるようになる。


   なるかな。


   考えることを、止めないで。


   ……。


   決して、止めないで。


   ……若しも、止めてしまったら。


   止めてしまったら、そこで終わってしまうから。
   単純な思考に飲まれて、容易に流されてしまうから。


   ……。


   ユゥなら、出来る。
   今よりももっと、考えられるようになるわ。


   ……うん、分かった。


   ユゥ。


   あたしは、止めない。
   考えることを、止めない。


   ……うん。


   ジュピターになった時。


   ……え。


   盤上遊戯ではない、生き死にがかかった本物の戦に幾度も行くことになる。
   生きてマーキュリーのところに帰ってくる為にも、あたしは考えるのを止めてはいけない。


   ……。


   マーキュリーのことは、誰よりも信じている。
   だからって全部、マーキュリー任せにしてはだめなんだ。
   然うだろ?


   ……。


   うん、頑張らなきゃ。


   ……ジュピターすら、手駒のひとつに過ぎない。


   え、なに?


   ……けれど、私は。


   メル? どうかした?


   ……ううん、大丈夫。


   ほんとに?


   ん……私は、大丈夫。


   メル……。


   ね……もう一回、やる?


   ……もう一回?


   うん……もう、やりたくない?


   ううん、やる。
   やろう、メル。


   うん、ユゥ。


   だけど、ほんの少しだけ休んでも良い?


   ……。


   頭、ちょっと疲れちゃった。


   ……然う、よね。


   はは、頭の中が駒だらけだ。
   なんか、ぴょんぴょんと跳ねてるし。


   ……ごめんね、ユゥ。


   ん、なんで?


   ……私ばかり、楽しんでいたと思うから。


   そんなことない、あたしも楽しかったよ。
   師匠とはこんな遊び、することないからさ。


   ……。


   今度ね、師匠ともやってみようと思うんだ。


   ……お師匠さんと?


   でね、師匠を負かしてやりたい。
   ううん、負かしてやるんだ。


   ……。


   ん?


   ……お師匠さんに勝ちたいのなら、もう少し考えられるようにならないとだめだと思う。


   ……。


   お師匠さんが、先生の相手をしていたのなら。


   然うだとしたら、今のあたしじゃ敵わない。
   だからさ、メル。


   ん……ユゥ。


   あたしを、強くしてほしい。


   ……。


   闇雲に戦ってはだめだ、だから戦う為の考える力をつけたい。
   考えることを止めるつもりはないけど、ひとりでは限界があるから。
   だから、その手伝いをメルにして欲しいんだ。


   ……私で、良い?


   うん、メルが良い。


   でも、先生の方が色々教えて呉れると思うの。


   メルだって、色々と教えて呉れるよ。


   先生は、私以上に考えていることが多いから。
   今の私では、考えられないようなことを。


   だけど、メルはそれを自分のものにしているだろう?


   ……。


   少しずつかも知れないけど、メルは先生に近付いていると思うんだ。


   ……然うとは、思えない。


   ううん、メルは確実に近付いている。
   そしていつかきっと、先生に勝つんだ。


   ……私が、先生に。


   必ず、勝てる。
   メルなら、必ず。


   ……だけど、その時が来たら。


   来たら、お祝いしよう。
   あたし、ご馳走を作るよ。


   ……。


   メルが、好きなものを……メル?


   ……。


   やっぱり、どこか。


   ……それよりも、ユゥ。


   ん?


   少し、良い?


   ……わ。


   ……。


   ……あぁ。


   額も、頬も……少し、熱い。


   ……メルのて、ひんやりしてて。


   冷やした方が、良いかも知れない。


   ……メル。


   待ってて、今、お水を……きゃっ。


   ……。


   ユ、ユゥ……。


   ……メルのからだも、きもちいい。


   え……え。


   ……このままで、いたい。


   でも、お水で冷やさないと……。


   ……ううん、このままがいい。


   けど……。


   ……はぁ、きもちいいなぁ。


   ……。


   ちょっと、ねむりたいかも……。


   ……ね、ユゥ。


   なに……メル。


   ……失敗したら、ごめんね。


   しっぱい……?


   ……はぁ。


   メル……?


   ……我が、水気よ。


  3日





   ……。


   ユゥ。


   ……あー。


   大丈夫?


   一回も勝てなかったーっ。


   け、けど、良い勝負はしていたと思うわ。


   ……ほんとうに、そうおもう?


   えと……。


   ……はっきり言って良いよ。


   その……ちょっとだけ、短絡的だったと思う。


   ……ほんとうに、ちょっとだけ?


   ……。


   メル。


   ……ユゥの手は、真っ直ぐなのは良いけれど、単純で、次の手を考えずに動かしているのが良く分かるの。


   ……。


   そんな動きが、最後までずっと変わらない……挙句、追いつめられると、捨て身の攻撃を思わせるような突撃を繰り返すだけになってしまって。
   然うなってしまうと、駒が無駄死にするばかりになってしまうから……だから、もう少し考えて駒を動かさないとだめ。
   仮令、追い詰められても……最後まで、考えなくてはだめ。


   もう少し……って、どれくらい?


   何手か先まで……。


   ……なんてか、さき。


   今回の場合は……然う、五手先で良いと思う。


   ……ごてさき。


   本当は十手先まで、何通りかを考えられるようになれば。


   ……なんとおり。


   だ、だけど、相手は先生だし、とんでもない手を打ってくることも多々あるから……そこまで考えるのは、大変だと思う。


   ……。


   あ、あのね、ユゥ。
   先生は楽しそうにしていたから、どちらかと言うと、遊んでいただけだと思うの。
   だから、そんなに気にしないで?


   ……。


   先生はきっと、ユゥと遊ぶつもりで……ユゥ?


   ……先生は遊んでいただけなのに、真剣だったあたしは一回も勝てなかった。


   あ。


   ……先生の手駒、あたしよりも少なかったのに、それなのに。


   先生は仮令遊びであろうと、決して、負けることはしないから。
   自分の手持ちの駒を相手よりも少なくするのは、如何に不利な状況であっても、


   ……あった?


   え。


   先生が不利な状況……一度でも、あった?


   ……今回は、なかったわ。


   ……。


   あのね、ユゥ。


   ……うん。


   ユゥも、知ってると思うけど……私も未だに、先生には一度も勝てたことがないの。


   でも、手駒の数は同じなんだよね?


   ……。


   前は先生の方が少なかったけど、今は同じになったんだろ?


   ……ううん。


   違うの?


   今でも……先生の方が、少ない。


   だけど、さっきは同じだったよね?


   さっきは、同じ数だったけど……普段は未だ、先生の方が少ないの。


   然うなんだ……。


   同じ数で、手合せをしたのは今日が初めて。
   結果……全く、歯が立たなかった。


   ……。


   私も、先生に遊ばれるだけ遊ばれて、結局は負けてしまった。
   一度も、勝てなかった。


   ……でもさ、良いとこまでは行ったよね?


   ……。


   え、それも違うの……?


   ……私が有利であるような、あの流れは、先生が計算していたものでしかない。


   計算……。


   つまり、先生が敢えて作り出した状況なの。
   自分を、少しでも、追い詰める為に。


   ……。


   だけどね、ユゥ。


   ……うん。


   ユゥと手合せをしている時の先生は、本当に楽しそうだった。
   負けるつもりは、やっぱり、なかったのだろうけど……それでも。


   ……。


   先生、笑っていたでしょう?


   うん……楽しそうに、にこにこしてた。


   本当に楽しかったのだと思う。
   一所懸命に、考えているユゥを見て。


   ……。


   あんなに楽しそうにしている先生は……私とふたりでは、ほとんど見られない。
   だから、先生は……。


   ねぇ、メル。


   ……なに。


   先生は、あたし達と遊びたいのかな。


   ……。


   すごく、楽しそうだったし……駒の手合せだけじゃなく、他の遊び方も教えて呉れたし。


   ……遊ぶって。


   あたし達が遊んでいるように、先生も。


   ……先生が、私達と遊ぶ?


   なんとなく、だけど……先生とかじゃなくて、その。


   ……。


   ね……先生の真名って、なに?


   先生の、真名?


   聞いたこと、ある?


   ……ない。


   そっか……先生も、教えて呉れないんだ。


   お師匠さんも、だよね?


   うん、教えて呉れない。
   未だ、早いって。何が早いんだか、分からないけど。


   ……。


   その、先生でもマーキュリーでもなくて。
   本当の姿で、遊びたいのかなって。


   ……本当の、姿。


   あたし達も、四守護神になってしまったら……今の名前は。


   ……あぁ。


   分かんない、けど。


   ……。


   ……あたし、先生ともっと遊びたいな。


   盤上遊戯で……?


   それでも、良いけど……他のことでも。


   他の……。


   ……水のかけあいっこ、とか?


   先生と、水のかけあいっこ……。


   でさ、マーキュリーの力を少しでも使ったら負けなんだ。
   使ったら、絶対に先生が有利になってしまうから。
   ね、面白そうだろ?


   ……勝ち負けになってしまったら、先生は遊びであっても勝ちに来るわ。


   良いよ、楽しく遊べるならさ。


   ……。


   先生とメルがしてるの、見てみたいな。
   なんか、面白そう。


   ……面白い、かしら。


   うん、多分。


   ユゥとお師匠さんは、するの?


   あたしと師匠?


   私と先生がするのなら。


   ……。


   見てみたい、かも。


   ……本気の水のかけあいを、見せることになるかも知れない。


   本気の……。


   師匠の中に、負けの二文字はないから。
   先生と同じように。


   力は、使ってはだめよ?


   それは、勿論。


   ……。


   今度、行ってみようかな。
   先生に、


   お師匠さんにも。


   ……皆で、遊ぼうって。


   私も、一緒に。


   うん、一緒に。


   ねぇ、ユゥ。


   なに、メル。


   若し良かったら、私とする?


   メルと?


   盤上遊戯の、手合せ。


   ……。


   盤上遊戯でも、遊ぶことになると思うから。
   私と何度もすれば、然うすれば……勝つことは難しくても、先生の手駒の数を増やすことは出来るようになるかも知れない。


   ……。


   する……?


   うん、する。
   先生と、もっと楽しく遊びたい。


   じゃあ。


   じゃあ?


   早速。


   え。


   ね、ユゥ?


   今から?


   うん、鍛錬までもう少し時間がありそうだから。


   ……。


   いや?


   ううん、いやじゃない。
   じゃあ、手合せお願いします。


   はい。


   よし。


   駒の数、


   同じで良いよ。


   ……。


   と、思ったけど……ふたつくらいなら、少なくても。


   ……じゃあふたつ、少なくするね。


   う、うん。


   ん。


   ……よし、がんばろ。


   ……。


   ……。


   ……そういえば。


   え、なに?


   先生はお師匠さんと、盤上遊戯で手合せしたことはあるのかな。


   え、どうだろう。
   見たこと、ないけど。


   私達が知らないところで、してる?


   していたとしても、師匠は先生には敵わないと思う。
   あっさり負けてそうだよ。だって、あの師匠だもん。


   ……。


   メル?


   ……マーキュリーと、ジュピター。


   ……?


   意外と、良い勝負をするかも。


   え、師匠が? 先生と?


   結果的には、先生が勝つかも知れないけど……あっさりとは、勝てないかも知れない。


   えー、然うかなぁ。


   ……一度、見てみたい。


   先生とお師匠さんの手合せ?


   うん……いつか。


   ……それも、言ってみる?


   ……。


   若しかしたら、見せて呉れるかも知れない。


   ……言ってみる。


   ん、じゃあそれも言おう。


   良い?


   勿論さ。


   ……ありがとう、ユゥ。


   へへ、どういたしまして。


   ……うん、準備出来た。


   よし、それじゃ。


   うん。


   あたしと手合せを。


   私と手合せを。


   先攻か、後攻か……よ、と。


   ……。


   ……あたしが、後攻だ。


   私は……先攻。


  2日





   はぁ、お腹いっぱいだぁ……。


   ……ごはん、美味しかったね。


   うん、ご馳走じゃないけど美味しかった。
   夜も楽しみだなぁ。


   ……ふふ。


   ん、なに?


   ユゥはやっぱり、お師匠さんが作るごはんが好きなんだなって。


   ……うー。


   ふふ。


   ……。


   なぁに?


   ……もっと美味しいのを作れるようになろうって、思っただけ。


   ユゥが作って呉れるごはんも美味しいけど。


   ……ねぇ、メル。


   なぁに?


   ……あたしが作るごはんも、好きだよね?


   うん、好きよ。
   だって、


   美味しい?


   ん、とても美味しい。


   こ、今度また、ごはんを作りに行っても良い?


   え?


   め、メルと、先生の。
   いつも……ううん、たまに行っても良い?


   たまに?


   うん。


   私は、嬉しいけど……。


   ほ、ほんとう?


   う、うん……作りに来て呉れたら、嬉しい。


   じゃあ、行く!


   だけど、先生にも一応、聞いてみて。


   分かった。あとで先生にも聞いてみる。


   ……多分、喜ぶとは思うけど。


   喜んでもらえるかな。


   ……。


   メル?


   ……先生ね、ユゥが作るごはんが好きなの。


   え、え。


   食べることに興味はないし、量もあまり食べないひとだけど……でも、お師匠さんとユゥが作ったごはんはちゃんと食べる。
   それはきっと、好きだから。


   メルが作ったごはんは?


   ……。


   食べない?


   ……ううん、作れば食べて呉れる。


   そっか、良かった。


   ……良かった?


   先生、メルが作るごはんもちゃんと好きなんだ。
   だから、良かった。


   ……だけど、あまり美味しくはないみたい。


   え、然うかな。
   メルのごはん、美味しくて、幾らでも食べられて、あたしは大好きだけどな。


   ……。


   ん?


   ……えと、私はユゥやお師匠さんのようには作れないから。


   ちゃんと聞いてみた?


   ……聞く?


   美味しかった? って。


   ……。


   聞いてみた方が良いよ。然うすれば、次に活かすことが出来るから。
   美味しかったら、どこが美味しかったか。美味しくなかったら、どこが美味しくなかったか、ね。


   ……ユゥは、聞くの?


   聞かなくても、言われる。
   うるさいんだよ、師匠は。


   そ、然う……。


   美味しかったものは、そのままでも良いし、ちょっと工夫して違う感じにしてみても良い。
   美味しくなかったものは、どうしても改良出来ないものは仕方ないけど、どこか変えれば美味しくなるかも知れない。
   そんな風に考えて作るのは、楽しいよ。


   ……だけど、そんなことを考えていたらお勉強が出来ないわ。


   これも、お勉強のひとつだと思うんだ。


   ……お勉強の?


   なんにもしなかったら、お勉強って出来るようにはならないだろ?


   ……うん。


   それはさ、ごはん作りも同じだと思うんだ。


   ……。


   勉強は色々学んで、覚えて、考えて。
   例えば、盤上遊戯で先生と競う時は、学んだことや覚えたこと、考えたことを試したりする。
   それがいつでも上手くいくとは限らない、限らないから、また色々学んで覚えて考えたりする。
   だろ?


   うん。


   ごはん作りも同じで、美味しいごはんを作る為には、色々学んだり覚えたり考えたり試したりする。
   で、何かと何か、特定のものを一緒にしたら、とても美味しいものが出来たりさ。


   ……戦術が、上手く嵌まった時みたいに。


   そうそう、そんな感じだと思う。


   ……。


   と言っても、メルは忙しいから、ごはんのことをずっと考えてたりは出来ないと思う。
   そんな時はさ、あたしに聞いてよ。いつでも、聞くから。いつでも、教えるから。


   ……ユゥにはもう、何度も教えてもらったわ。


   それも、お勉強と同じだよ。


   ……。


   お勉強だって、出来るようになるまで。
   分からないことがあれば、何度だって、聞くだろ?
   ごはん作りも、同じさ。


   ……。


   メルと先生は、あたしが同じことを何度聞いても怒らない。分かるまで、ちゃんと教えて呉れる。
   あたしも、然うだよ。ついでに言えば、師匠も。


   ……またって、思わない?


   思わない。
   メルだって、思わないだろ?


   ……うん、思わない。


   あたしが教えて、メルが思うように作れるようになったらとっても嬉しいと思う。


   ……私も、私が教えたことで、ユゥが分かるようになったら嬉しいと思う。


   ほら、同じだ。


   ……然うなのかな。


   同じってことにしとこ? ね?


   ……。


   ね? ね?


   ……ん。


   やった!


   ……でも。


   でも?


   ……何度だって教えてもらえるのは、嬉しいんだけど。


   うん。


   ……ごはんを作ること自体、忘れてしまうことがあって。


   え。


   ……今でも、たまに。


   今でも、なの?


   ……うん、今でもなの。


   えぇ。


   ……それで、そのまま。


   食べるのを忘れちゃうって、前にも言ってたよね?


   ……ユゥに言われてから、気を付けるようにはしてるんだけど、つい。


   あー。


   先生は、食べなくても平気なひとだから。


   それで、師匠に言われるんだよね。


   言われても、気にしないから。


   師匠、乗り込んでやろうかなってたまに言ってることがあるけど。


   ……先生が、そんなだから。


   お腹、空かない?


   ……あまり、感じない。


   感じた時は?


   ……先生が作った、栄養食を。


   あの、丸いの?


   ……然う、丸いの。


   そんなのばかりじゃだめだよ。


   ……一応、空腹は感じなくなるし。


   然うだけど!


   ……必要な栄養も、摂れるし。


   然うだけど!!


   ……確かに、美味しくはないけど。


   然うだろう?!
   あーもう!


   ……。


   あれはあくまでも非常時のものだって、師匠が言ってた。
   あんなんじゃ、だめだって。


   ……分かっては、いるの。


   うん、決めた。
   ごはんは任せて。


   ……。


   毎日は無理でも、定期的に作りに行くから。


   ……だけど、お師匠さんは良いの?


   師匠?


   お師匠さんは、一緒じゃなくて……良いの?


   ……。


   ひとりだと、淋しいと思うわ。


   ……師匠が、来たら。


   来たら?


   ……師匠も、作ると思うから。


   ……。


   然うなったら……あたしのごはん、なんて。


   ユゥのごはん、私は好き。


   ……メル。


   お師匠さんのごはんも、好きよ……だけど。


   ……。


   ……私は、ユゥのごはんの方が好き、よ。


   !
   メル!


   え……きゃっ。


   ……。


   ユ、ユゥ……?


   ……ありがとう、すごく嬉しい。


   う、ん……。


   ……もっと、美味しいのを作れるようになるから。


   今でも、十分に……。


   ううん……もっと、もっとだよ。師匠が作るごはんよりも、もっと。


   ……。


   悔しいけど……今はまだ、師匠が作るごはんの方が美味しい。


   そんなことは……。


   ……色んなものも、まだ、作れない。


   ……。


   だけど、いつか。


   ……ユゥ。


   ね、メル。
   期待、してて欲しい。


   ……。


   してて、メル。


   ……うん、分かった。


   うん!


   ……ね、ユゥ。


   なに、メル。


   お昼にお師匠さんが作って呉れた、赤い果実を絡めた冷たい細麦麺……本当に、美味しかったの。


   あれ、美味しいよね。
   あたしも好きなんだ。


   ……ユゥも、作れるの?


   うん、作れるよ。


   そしたら、ね……今度、作り方を教えて欲しいの。


   メルも、作ってみたい?


   ……作れるか、分からないけど。


   作れるよ、あれはそんなに難しくはないから。


   ユゥにとっては……。


   メルにも作れる。メルなら作れる。
   美味しく、ね。


   ……うん、ユゥ。


   先生も、好きになると思う。


   ……それは、分からないけど。


   師匠も、気に入る。


   ……だと、嬉しい。


   ね、メル。
   良かったら、あたしが作ったのを……


   ……ユゥが作ったのも、食べてみたい。


   うん、良いよ!
   今度、作ってあげるね!


   ……ん。


   へへ、いつが良いかな。


   ……ねぇ、ユゥ。


   なになに?


   ……そろそろ、鍛錬の時間。


   え、もう?


   ……なの、だけれど。


   んー……師匠、まだ転がってる。


   ……。


   あの様子だと……あ、先生がこっちに来た。


   ……ユゥ。


   若しかして……お勉強の、時間?


   先生、笑ってる?


   ……うん、にこにこしてる。


   だったら……お勉強の、時間。


   けど、此処で?
   何も、ないよ?


   ……何もなくても、支度を。


   や、やっぱり、然うなのかな。


   機嫌が、良さそうなら。


   すごく、にこにこして……何か、持ってる。


   ……。


   そういや先生、うちに来る時、何か持ってたような……あたしが、持ったような。


   ……今日の教材は、それだと思う。


   ……。


   ユゥ。


   ……はぁい。


   一緒に、お勉強しようね?


   ……。


   ね。


   うん、する。


   ん。


  1日





   ……はふぅ。


   ……。


   へへ、気持ち良い……。


   ……痛くない?


   へーき、ちっとも痛くない……。


   ……痛かったら、言ってね。


   うん……。


   ……。


   嬉しいな……湯浴みじゃないのに、メルに背中を拭いてもらえるなんて。


   ……いつもは、難しいけど。


   うん……?


   ……朝の鍛錬に、出た時なら。


   拭いて、呉れる……?


   ……時間があったら、だけど。


   やった。


   ……。


   ね、メル……その時はさ、一緒に水浴びしようよ。
   メルの背中、拭いてあげる。


   ……私は、


   あ、水じゃ冷たい?


   ……ううん、水の冷たさは平気。


   じゃあ。


   ……。


   メル?


   ……暗く、ないから。


   あ。


   ……。


   そ、そっか。
   うん、然うだよね。


   ……ねぇ、ユゥ。


   な、なに。


   ……このお水、やっぱりユゥには冷たくない?


   ううん、平気だよ。
   慣れてるし。


   ……。


   鍛錬の後は、躰が熱くなってるからさ。
   これくらいが丁度良いって、師匠が。


   ……お師匠さんが?


   躰に熱が籠り易いあたし達には、これくらいの方が良いんだって。


   ……。


   だからって、湯浴みが駄目なわけじゃないよ。
   なんでもなかったら、湯の方が気持ち良いし……一緒なら、その、もっと気持ち良いし。


   ……。


   師匠はね……水を被ると、湯気が出るんだ。


   ……湯気?


   うん、躰から。


   ……。


   言ってなかったよね?


   ……うん、初めて聞いた。


   その時の師匠の躰、触れないくらい熱いんだ。


   ……だから、冷たいお水なのね。


   うん、そんな時は冷たい水じゃなきゃだめなんだって。
   例外は、あるらしいんだけど。


   ……例外?


   マーキュリーの水気で生み出した、水。


   ……。


   頭からばしゃっとされると、すごく気持ち良いんだって。


   ……然う。


   さっきね、先生に顔を拭いてもらったんだ。


   ……それは、水気の?


   うん……ひんやりして、とっても気持ち良かった。


   ……とっても。


   ね、メル、メルもいつか、あたしに


   それは、いつもなの?


   え。


   お師匠さんの躰は、いつも湯気が出るくらいに熱くなるの?


   んーん……いつもじゃない。


   たまに?


   熱くなるのはいつもだけど、湯気が出る程じゃないよ。


   それは、どんな時?


   えと……雷気を使う鍛錬をした時に、たまになるくらいかな。


   ……普段の鍛錬ではならないの?


   熱くはなるけど……そこまでは、熱くならないみたい。


   ……その時のお師匠さんは、大丈夫なの?


   大丈夫って?


   ……そんなに高い熱を発していたら、躰は。


   んー、大丈夫みたいだけど。


   ……ユゥは、どうなの?


   あたし?


   雷気を使う鍛錬をしたら……ユゥも、同じように。


   熱くなるけど、あたしはなったことない。
   大丈夫だよ。


   ……。


   あたしの場合は、躰の外と言うよりも、中なんだ。
   外も熱くなるけど、中の方が熱くて。


   ……。


   メルも……知ってると、思うけど。


   ……お師匠さんは、躰の中が熱くなるということはないの。


   んー、どうだろう。
   まるっきり、ならないわけじゃないと思うけど。


   ……。


   メル?


   ……ううん、なんでもない。


   何か、思い当たることでもある?


   ……。


   え、えと、聞かない方が良い?


   ……うん。


   そ、そっか、分かった。


   ……中まで、冷やせるのは。


   え……?


   ……。


   メ、メル?


   ……背中、もう良い?


   え、あ、うん。


   ……。


   ありがとう、メル。
   すごく気持ち良かった。


   ……次は、腕。


   え、腕も拭いて呉れるの?


   ……だめ?


   そ、そんなわけ。


   ……。


   どうしよう、すごく嬉しい……今日は、良い日だ。


   ……あのね、ユゥ。


   なぁに、メル。


   ……今は、だめだけど。


   ?
   う、うん。


   ……いつか、私の水気で。


   し、して呉れるの?


   ……先生のようには、出来ないけど。


   頭からばしゃって、やって呉れる?


   ……頭からが良いの?


   うん、ばしゃってされてみたい。


   ……ユゥが、されたいのなら。


   やったぁ。


   ……。


   ふふ、楽しみだな……。


   ……。


   はぁ……本当に、良い日だ……。


   ……お師匠さん。


   ん、師匠?


   ……何を、作るのかしら。


   あぁ。


   ……張り切ってたよね。


   先生が来たから……若しかしたら、ご馳走になるかも知れない。
   ほんと、分かり易いんだ……鼻歌なんか、歌っちゃってさ。


   ……。


   あとはね……メル。


   ……私?


   然う、メルが来て呉れたから。


   ……私は、関係ないと思う。


   関係あるよ。


   ……けど、先生の存在の方が大きいと思う。


   メルにごはんを作ってあげるのも好きなんだ……師匠は。


   ……。


   師匠のごはん……メルは、好き?


   ……うん、好きよ。


   えと、師匠のごはんは美味しい?


   ……ん、とても。


   あ、あたしが作るのと……。


   ……。


   ……ううん、なんでもない。


   ……。


   なんとなく、気に食わないんだけどさ……だけど、メルに不味いごはんを食べてもらうことになるのは、もっと気に食わないから。


   ……でも、ご馳走にはならないわ。


   先生だけでも、ならないよ。


   ……。


   先生とメル、師匠とあたし、四人揃ってるとご馳走になる。
   師匠の中では、然う決まってるみたいなんだ。


   ……それでも。


   なんだっけ。


   ……?


   えと、青い星の言葉らしいんだけどさ。
   ひとつの家に住んでる者達を、ひとつの言葉で言い表すらしいんだ。
   なんでも、先生に聞いたとか。


   ……先生に?


   うん。


   ……。


   えっと……なんだっけ。


   ……「家族」?


   かぞく?


   青い星の、生活共同体のひとつなのだけれど……。


   ……然う、然うだ、かぞく。


   ……。


   そのかぞくが揃ったら、ご馳走を食べるんだって。
   青い星の民は、然うしてるらしい。


   ……皆が皆、然うではないと思うけど。


   師匠の中では、然うなってるんだ。


   それに、私達はひとつの家に住んでないわ。


   住んでないけど。
   離れて暮らしてる場合もあるから、良いんだって。


   ……。


   昼からご馳走なんて、滅多にないよ。


   ……お腹いっぱい、食べたら。


   え?


   鍛錬、出来なくなってしまうかも。
   お腹が、重くて。


   あ。


   ……お勉強も。


   その分、いっぱい休めば大丈夫だよ。


   ……いっぱい、休めないと思う。


   大丈夫、師匠も腹がいっぱいになると動かなくなるから。
   その分だけ、休める。


   ……然うだと、良いけど。


   だけど、先生は。


   ……お腹いっぱいで、居眠りなんてしたら。


   こわい……?


   ……やらなきゃいけないことが、倍になるかも。


   だよね……。


   ……。


   でも、折角のご馳走だし……。


   ……そもそも、然うなるとは限らない。


   えっ?


   ……お昼からの鍛錬や講義のことを考えたら。


   そ、そんなぁ……。


   ……。


   ごちそう……。


   ……ユゥも、お師匠さんが作るごはんが好きなのね。


   え。


   ……ふふ。


   うー。


   ……若しかしたら、夜かも。


   夜、夜かぁ……夜でも、良いな。


   ……然うなったら、良いね。


   ね、メル。


   ……なに。


   若しもご馳走が夜になったらさ、然うなったらさ、今夜はあたしの部屋に。
   と、泊まるって、どうかな。


   ……。


   う、うちで食べることになったらの話、だけど。


   ……うん。


   ほ、ほんと?


   ……泊まれたら、ね。


   と、泊まれるよ、きっと、大丈夫だ。


   ……先生が帰ると言ったら、無理だから。


   せ、先生も泊まれば良いんだ。


   ……。


   し、師匠が、喜ぶ。


   ……すごく、喜びそう。


   だろだろ?


   ……若しも、私達の家だったら?


   へ……。


   ……そしたら、私の部屋に泊まる?


   と、泊まる、泊まりたい。


   ……。


   い、良い?


   ……お師匠さんが、帰ると言ったら。


   その時は、師匠ひとりで帰れば良い。


   ……。


   然うなったら、良いな……ね、メル。


   ……ん。